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東京地方裁判所 平成19年(ミ)4号 決定 2008年5月15日

申立人(債権者)

株式会社I社

同代表者代表取締役

北川昭夫

申立人(債権者)

外6名

申立人ら代理人弁護士

三村藤明

榎本久也

大島義孝

木村昌則

被申立人(開始前会社)

A株式会社

同代表者代表取締役

南野和夫

同代理人弁護士

船橋茂紀

髙木裕康

内藤滋

早乙女芳司

小林史治

清水豊

前岨博

小川敦司

主文

1  本件会社更生手続開始の申立てを棄却する。

2  申立費用は申立人らの負担とする。

理由

第1  事案の概要

本件は,ゴルフ場の経営等を行う株式会社について,同会社の預託金会員債権者である申立人ら7名が会社更生法17条2項,1項の規定に基づき,会社更生手続開始の申立てをしたところ,同会社については,本件申立てに先立って民事再生事件の申立てがされ,現に再生手続が開始され,再生計画認可決定が確定していることから,特に同法41条1項2号の事由の存否が問題となっている事案である。

第2  前提事実

一件記録によれば,以下の事実が認められる。

1  当事者

(1)  開始前会社A株式会社(以下「開始前会社」という。)は,ゴルフ場の経営等を目的として,昭和34年12月に設立された株式会社であり,現在,「Sカントリークラブ」(以下「SCC」という。)ゴルフ場(昭和39年5月開場,千葉県□□市所在,現在,合計54ホール)及び「Bゴルフクラブ」ゴルフ場(昭和61年9月開場,茨城県△△市所在,18ホール。以下,上記2つのゴルフ場を併せて「本件ゴルフ場」という。)を経営等している。

開始前会社の発行済株式総数は20万株,資本金は1億円であり,C株式会社が開始前会社の株式を100パーセント所有している。また,開始前会社の株式については定款による譲渡制限がされている。

(2)  申立人らは,開始前会社に対して,総額9455万円のゴルフ会員預託金債権を有する債権者(以下「会員債権者」という。)であり,債権総額は,開始前会社の資本金額の10分の1以上である。

2  開始前会社の財産状況

開始前会社の財産状況については,後記3の(2)記載の再生手続開始決定時の直近決算期末である平成18年10月31日時点において,総資産が約123億1400万円,総負債が約381億0500万円であり,債務超過額が約257億9100万円となっている(同日現在の貸借対照表)。また,上記再生手続における財産評定上は,総資産が約85億2800万円,総負債が約384億9600万円であり,債務超過額が約299億6800万円となっている。

3  開始前会社に対する再生手続の開始及びその後の進捗状況等

(1)  開始前会社は,いわゆるバブル期前後に,さらに国内外でゴルフ場等の開発を進め,積極的な事業拡大を図ってきたが,新規事業の多くは想定した収益を上げるに至らず,SCCゴルフ場の営業利益等で上記事業の損失を補填しなければならないような状況となっていた。

開始前会社は,昭和62年3月,SCCの高額預託金会員(償還期間10年)の追加募集を行って預託金総額約240億円を集めたが,平成9年に到来した第1回の償還期限において預託金の全額償還に応ずることができず,償還期限を延長した。その結果,延長後の償還期限が平成19年3月から順次到来することになったが,開始前会社においては,償還に応ずるための新規融資を受けることが困難な状況にあり,預託金の償還に応じることができる見込みが立たなかった。

(2)  そこで,開始前会社は,Pゴルフプロパティーズ株式会社(以下「PGP」という。)との間で予めスポンサー契約を締結した上,平成19年4月3日,東京地方裁判所民事第20部に対し,再生手続の開始申立てをし,同裁判所は,同月9日,開始前会社について再生手続の開始決定をした(同裁判所平成19年(再)第56号再生手続開始申立事件。以下,同事件にかかる再生手続を「本件再生手続」といい,同事件の申立てを受けて開始決定をした裁判所を「本件再生裁判所」という。)。これに対し,申立人らは,同年6月7日,東京地方裁判所民事第8部に対し,開始前会社について,本件会社更生手続開始及び調査命令の各申立てをし,同裁判所は,同日,弁護士長谷川宅司を調査委員に選任し(以下「本件調査委員」という。),同調査委員による調査を命じる決定をした。

ところで,本件再生手続は,手続が進められ,開始前会社から再生計画案(以下「本件再生計画案」という。)が提出され,本件再生裁判所は,同年7月2日,債権者集会を同年8月22日と定めて同集会に本件再生計画案を付議する旨の決定をした。

(3)  本件再生計画案の概要は,退会する会員債権者及び一般再生債権者については,本件再生手続開始決定日における元利金債権の21パーセント相当額を再生計画認可決定が確定した日から3か月以内に一括で支払い,退会しない会員債権者については,元金債権の23パーセント相当額を再生計画認可決定が確定した日から10年間経過後の退会時に一括で支払うというものである。

(4)  本件再生裁判所は,平成19年8月22日,本件再生手続の債権者集会において,本件再生計画案について決議を行ったところ,同計画案が,投票者総数4137名のうち賛成者数2172名,総議決権額に占める賛成の議決権額の割合58.2パーセントで可決されたため,同月23日,再生計画認可の決定をした。

申立人らの一部を含む開始前会社の会員債権者らは,平成19年9月14日,東京高等裁判所に対し,①本件再生裁判所が本件再生手続の途中で再生債権者の議決権行使に関し代理人による議決権行使には委任状を要するとしたのは,再生債権者の議決権行使の機会を奪うものである,②本件再生計画案は,別除権者であるPGPに対して不当に高額な弁済を行うことを内容とし,他の再生債権者の利益を害するものである,などと主張して上記認可決定に対して即時抗告を申し立てた。抗告審裁判所は,平成20年3月28日,即時抗告を棄却するとの決定をし,同年4月1日,上記認可決定は確定した。

第3  当裁判所の判断

1  会社更生法17条1項所定の更生手続開始原因の有無

上記第2の2の認定事実によれば,開始前会社は債務超過の状態にあることが認められる。

2  会社更生法41条1項各号所定の棄却事由の有無

(1)  そこで,次に,会社更生法41条1項各号所定の棄却事由の有無について検討することにするが,開始前会社については,本件申立てに先行して,本件再生手続が係属しているので,まず,同項2号所定の事由が存在するか否かについて判断する。

(2)  本件調査委員は,当裁判所に対し,会社更生法41条1項2号所定の事由が存在するか否かに関して,以下のような調査結果を報告している(本件調査委員作成に係る平成19年8月7日付け中間調査報告書並びに同年10月5日付け及び平成20年4月9日付け各調査報告書)。

ア  会社更生法41条1項2号所定の事由の存否を判断するに当たっては,開始前会社の会員債権者の債権額が300億円を超え,かつ,一般更生債権の額の3分の2を超えていることに加えて,本件がゴルフ場の再建事案であり,ゴルフ場の運営事業が会員債権者を主な顧客として成り立つものであって,会員債権者の意向に十分配慮しなければ成り立たないものであるという,会員債権者の利益を重視すべき特別の事情があることから,第1に,本件再生手続におけるスポンサー選定過程に不当性があって会員債権者の保護に欠けるような事情がないか,第2に,本件会社更生手続が開始される場合に想定される債権者の利益状況と比較して,本件再生計画案による利益状況が会員債権者に有利であるかを検討すべきである。

イ スポンサー選定過程における不当性の有無

スポンサーとしてPGPを選定した過程については,複数の候補者に対して検討に必要な資料が提出され,競争状態を維持しつつ行われていたと考えられること,買収価格が特段低廉であるとは認められないこと,開始前会社のメインバンクであった株式会社M銀行もスポンサー選定手続に関与しその結果を承諾していると考えられること,PGPとのスポンサー契約の締結が再生手続の早期申立てに寄与していると考えられること等にかんがみれば,手続的に特に明らかな不当性があったとは認められない。

ウ 本件再生計画案による会員債権者の利益状況

(ア) 会員債権者にとって本件再生計画案が本件会社更生手続において想定される債権者の利益状況と比較して有利か否かは,同計画案に対する会員債権者の意向及び同計画案における担保権評価の妥当性にかかるものと考えられる。

(イ) まず,本件再生計画案が会員債権者にとって有利なものか否かについては,プレー権の保護と預託金債権に対する弁済率とのバランスをどう考えるか,また,本件再生計画案に基づく早期解決を求めるのか,あるいは時間と費用をかけてでも本件会社更生手続においてより有利な条件を獲得できる可能性を追求するのかなどについての会員債権者の意向が重要である。

(ウ) 次に,担保権評価の妥当性については,本件会社更生手続が開始された場合,更生担保権の評価が本件再生手続における別除権評価を下回る可能性があり,その場合にPGPと同水準の支援金を拠出するスポンサーが現れると,本件再生手続が会員債権者にとって必ずしも有利とはいえないことになると考えられる。

しかし,本件再生手続において,PGPはスポンサーであると同時に別除権者であり,PGPが拠出を約束している金額は,本件再生計画案における別除権付債権に対する弁済予定額を自ら回収することを前提に合意されたという側面もあると考えられるから,本件会社更生手続においてPGPと同水準の支援金を拠出するスポンサーが現れるか否かについては必ずしも確実とは言えない。

したがって,本件再生手続における担保権評価の妥当性は,本件会社更生手続におけるスポンサーがPGPと同水準以上の支援金を提供する可能性と共に,会員債権者の意向によって判断するのが相当であると考えられる。

(エ) 本件における会員債権者の意向は,本件再生手続において本件再生計画案が可決されるか否かによって判断されるものと解されるが,同計画案が債権者集会の決議によって可決され,再生計画認可の決定が確定したことにより,本件再生手続において再生計画に従った弁済を受けることを希望するという,会員債権者の多数の意向が明らかになった。本件において,会員債権者を害するものとして,上記意向を覆すに足りるだけの特段の事情が存在するものとは認められない。

エ 小括

本件調査委員の上記アないしウの調査結果は,一件記録に照らしていずれも首肯することができ,特段不合理な点は認められない。

(3)  ところで,本件調査委員は,申立人らが本件再生手続の問題点として,スポンサー選定過程における不当性の有無のほかに,本件再生手続開始申立ての直近における不透明な会社財産の処分の当否及び開始前会社役員の責任追及の懈怠の有無についても,調査結果を以下のとおり報告している(本件調査委員作成に係る上記各報告書)。

ア 本件再生手続開始申立ての直近における財産処分の当否

開始前会社がその親会社系列の関連会社6社から借り入れていた借入金のうち約9億5900万円について,上記各社が平成18年10月に担保権を実行して債権回収をした行為が否認権の対象となる行為に当たるか否かが問題となる。しかし,当該債権回収行為は,弁済期が到来していた債権を回収するために,各債権者が有していた担保権を実行して債権回収を行ったものであって,担保権の実行が否認権の対象となる行為に当たるものとは認められず,また,担保権の設定についても否認対象行為に当たるものとは認められない。

また,開始前会社が平成19年3月に子会社であったグアム法人の株式を譲渡した行為についても,これが否認権の対象となる行為に当たるものとは認められず,さらに,開始前会社の子会社である他のグアム法人が同月にその所有不動産を売却した行為についても,これが特に問題のあるものとは認められない。

以上によれば,本件再生手続開始申立ての直近における財産処分に明らかに不当なものがあるとは認められない。

イ 開始前会社役員の責任追及の懈怠の有無

開始前会社は,昭和62年3月,SCCの高額預託金会員債権者の募集を行って約230億円を集めており,その資金使途に関して,事業収支で損失の出ているものについては役員の法的責任が問題となり得る。そのうち,損害賠償請求権の時効消滅等により役員の法的責任が認められないものを除くと,開始前会社による株式会社Eゴルフクラブに対する直近10年間の新規融資(銀行融資返済分を除いて合計15億円以上)が問題となるが,本件においては,本件再生手続が本件会社更生手続開始の申立てに先行して進められていることに加え,再生手続にも役員等の責任査定手続が存在すること(民事再生法143条)を併せ考えると,本件再生手続において再生計画認可の決定が確定した場合には開始前会社役員の責任追及も本件再生手続に委ねられたものと解するのが相当であり,上記のとおり,本件再生手続においては,本件再生計画案が可決され,再生計画認可の決定が確定している。

ウ 小括

本件調査委員の上記ア及びイの調査結果は,一件記録に照らしていずれも首肯することができ,特段不合理な点は認められない。

(4) 以上の検討結果によれば,本件においては,①スポンサー選定過程に明らかな不当性は認められず,買収価格も特段低廉でないなど現経営陣の経営が現に事業価値を毀損しているとはいい難いこと,②本件再生計画案は多数の債権者の賛成により認可確定しており,会員債権者の利益を害しているとはいえないこと,③本件再生手続開始申立ての直近の開始前会社の財産処分は否認権の対象となる行為に当たるものとは認められないこと,④何よりも,本件において特に重視すべきものと考えられる会員債権者の多数の意向が,本件再生手続において再生計画に従った弁済を受けることを希望するというものであることが示されたことなどが認められ,これらの事情を総合考慮すると,開始前会社の再建については,本件再生手続によることが債権者の一般の利益に適合するものと認められる。

3  結論

以上によれば,本件申立てについては,本件再生裁判所に現に係属する本件再生手続によることが債権者の一般の利益に適合するものと認められ,会社更生法41条1項2号所定の事由が存在するというべきである。そうだとすると,本件申立ては,その余の点を判断するまでもなく棄却するのが相当である。

よって,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 難波孝一 裁判官 渡部勇次 裁判官 鈴木謙也)

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