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東京地方裁判所 平成19年(ヨ)20047号 決定 2007年8月28日

債権者

A野株式会社

同代表者代表取締役

B山太郎

同代理人弁護士

小島秀樹

菊池毅

川畑まり

債務者

株式会社C川

同代表者代表理事

D松夫

同代理人弁護士

古田啓昌

細井正知

山田貴彦

主文

一  債権者の申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一申立ての趣旨

一  主位的申立て

(1)  債務者は、その製造するシリコンウェハーを、債権者による発注を経ずに株式会社E田に対し直接又は第三者を介して販売してはならない。

(2)  債務者は、債権者が債務者の製造するシリコンウェハーを発注した場合は、注文した品種、数量を納期までに株式会社E田に対し引き渡さなければならない。

(3)  債権者が債務者の製造するシリコンウェハーを発注した場合は、債権者が債務者に対し、注文した品種、数量を納期までに株式会社E田に対し引き渡すことを求める契約上の権利を有する地位を仮に定める。

二  予備的申立て

(1)  債務者は、平成二一年九月三〇日までの間、その製造する六インチシリコンウェハーを、債権者による発注を経ずに株式会社E田に対し直接又は第三者を介して販売してはならない。

(2)  債務者は、平成二一年九月三〇日までの間、債権者が債務者の製造する六インチシリコンウェハーを発注した場合は、注文した品種、数量を納期までに株式会社E田に対し引き渡さなければならない。

(3)  債権者が、平成二一年九月三〇日までの間、債務者の製造する六インチシリコンウェハーを発注した場合は、債権者が債務者に対し、注文した品種、数量を納期までに株式会社E田に対し引き渡すことを求める契約上の権利を有する地位を仮に定める。

第二事案の概要

本件は、債務者の製造に係るシリコンウェハー(以下「本件製品」という。)を株式会社E田(以下「E田」という。)等に対して販売するために債権者を債務者のエージェントに任命することなどを内容とする債権者と債務者との間のエージェント契約(以下「本契約」という。)について、債務者が平成一九年一月二二日に債権者に対し、同年三月三一日をもって契約期間は満了し、契約期間を更新する意思はない旨の意思表示(以下「本件更新拒絶」という。)をしたところ、債権者が、主位的に、①本件更新拒絶は有効な更新拒絶とは認められないこと、また、仮に更新拒絶が有効であるとしても、本件更新拒絶後に、E田、債権者及び債務者の三社間で、本件製品のうちの一部である六インチシリコンウェハー(以下「六インチウェハー」という。)の継続的取引に関する契約(以下「六インチ三社間契約」という。)を締結し、これにより本契約についても黙示の更新合意がされたことから、本契約に基づく履行請求権を有すること(被保全権利一)、②本件更新拒絶は、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)一九条、昭和五七年六月一八日公正取引委員会告示第一五号(以下「一般指定」という。)二項所定の単独取引拒絶及び同一四項所定の優越的地位の濫用に該当するため、独占禁止法二四条に基づき差止請求権を有すること(被保全権利二)を理由に、債務者が、E田に対し、本件製品を債権者による発注を経ずに直接又は第三者を介して販売することを禁止すること、債務者は債権者が発注した本件製品を納期までにE田に対して引き渡すこと及び本契約上の地位を仮に定めることを求めるとともに、予備的に、本契約とは別に、E田、債権者及び債務者の三社間において、六インチ三社間契約が成立しているから、同契約に基づく履行請求権を有することを理由に、債務者が、E田に対し、六インチウェハーを債権者による発注を経ずに直接又は第三者を介して販売することを禁止すること、債務者は債権者が発注した六インチウェハーを納期までにE田に対して引き渡すこと及び六インチ三社間契約上の地位を仮に定めることを求めた事案である。

一  前提事実

後掲の疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が一応認められる。

(1)  当事者等

債務者は、本件製品の製造を業とする大韓民国(以下「韓国」という。)の法人であり、債権者は、主に韓国と日本との間における半導体関連製品の販売を業とする株式会社である。

(2)  本契約の締結

ア 債権者は、平成五年九月一日、債務者との間で、期間を三年間として、債務者の製造に係る本件製品を日本において販売するために債権者を債務者のエージェントに任命することなどを内容とする本契約を締結した。その後、債権者と債務者は、平成八年九月一日、平成一四年九月一日及び平成一五年三月一五日にそれぞれ従前のエージェント契約を更新するための契約書を作成した。本契約は、一年ごとの自動更新条項(本契約第八条)に従い、平成一九年三月三一日まで更新された。

イ 平成一五年三月一五日に作成された契約書には、要旨、以下のことが定められている。

第一条 任命

1.1 債務者は、債務者が製造する本件製品を本契約に規定する販売地域において販売するために、債権者を債務者の非独占販売エージェントとして任命し、債権者は、かかる任命を本契約中に規定された条件に従って受任する。

第二条 販売地域

2.1 本契約において、日本における販売地域とは、E田、A田株式会社、B野株式会社、C山株式会社及びD川株式会社を意味する。

第五条 債務者の義務と責任

5.3 債務者は、本契約存続期間中、販売地域において債権者を介さないで本件製品を販売してはならない。

第七条 報酬と支払

7.1 債務者は、債権者が債務者に支払うべき販売代金の総額を受領した後、その四・〇%相当額を債権者に支払う。債権者は、本件製品の販売代金を顧客納品月の決算日より四〇日以内に債務者に支払わなければならない。

第八条 発行日と継続期間

8.1 本契約は、平成一五年四月一日から平成一六年三月三一日まで有効である。

8.2 当事者のいずれかが、他の当事者に対して当初の契約期間又は延長された期間の満了日六〇日前までに更新拒絶の意思を書面をもって通知しない限り、本契約は毎年更新される。

第一〇条 解除

9.1 本契約は、一方の当事者が、本契約に基づいて当然遂行されるべき義務を懈怠し、帰責事由のない他方の当事者からの懈怠の書面の通知を受領してから三〇日以内にその懈怠を改善しないときは、帰責事由のない他方の当事者によって解除することができる(以下「本件解除条項」という。)。

第一二条 仲裁

11.1 本契約の不履行に関するか否かを問わず、両当事者の間で発生するすべての紛争、議論又は不和は、韓国ソウル市の仲裁機関によって、大韓商事仲裁院の商事仲裁規定に従って最終的に解決され、仲裁人によって下された裁定は最終のものとし、関係両当事者に対し拘束力を持つ(以下「本件仲裁合意」という。)。

第一三条 準拠法

12.1 本契約の有効性、締結及び履行は大韓民国法(以下「韓国法」という。)を準拠法として、これに基づき解釈される(以下「本件準拠法合意」という。)。

第一四条 その他

13.4 本契約に基づくすべての通知は国際書留郵便で送るものとし、状況に応じて、ケーブル、ファクシミリ又はテレックスで送ることができ、後に確認のため国際書留郵便でも送る(以下「本件通知方法に関する条項」という。)。

(3)  本件製品に関する資材取引基本契約

債権者は、平成九年七月八日、福岡県北九州市に所在するE田の工場との間で、債権者が本件製品を継続的にE田北九州工場に対して納入することなどを内容とする資材取引基本契約を締結し、E田との取引を開始した。債権者は、その後、三重県四日市市、岩手県北上市、大分県大分市に所在するE田の各工場及びE田本社の資材部との間で、上記と同内容の資材取引基本契約を締結し、平成一九年三月三一日に至るまで、継続して本件製品をE田に対して納入してきた。

(4)  債務者による本契約に関する更新拒絶の意思表示(本件更新拒絶)

債務者は、債権者に対し、平成一九年一月二二日付けの書面(以下「本件書簡」という。)により、「貴社と締結中のエージェント契約を解約しようと思います。」などと通知した。

なお、本件書簡は、ドイツ法人DHL International Ltd.(以下「DHL」という。)の配送サービスにより同月二四日に債権者に送付された。

(5)  E田、債権者及び債務者による取決め(六インチ三社間契約)

ア E田、債権者及び債務者は、平成一八年秋ころから、本件製品の約七〇%を占める六インチウェハーについて、安定供給を目的とした長期契約の締結に向けた協議を開始した。

E田、債権者及び債務者の協議では、債権者が、債務者の製造に係る製品をエージェントとしてE田に納入するという従来の取引形態を前提として、専ら六インチウェハーの単価、数量及び契約期間についての話合いが行われ、平成一八年一二月一四日に最終協議を行って、議事録を作成した。

イ 債務者は、平成一九年二月二六日、「六インチウェーハーの購入に関する取り決め」と題する書面(以下「本件取決書」という。)の調印に先立ち、E田に対し、既に債権者に対して本件更新拒絶を行ったことを理由に、債務者とE田との二社間だけで契約を締結することを提案したが、E田から、六インチ三社間契約は、六インチウェハーの安定的供給を目指して債権者を含めた三社間で協議を行ってきたのであるから、債権者も含めた三社間契約にしたいとの要望を受けた。このため、債務者は、二社間での契約締結の提案を撤回し、当初の予定どおり三社間で契約を締結することとし、E田、債権者及び債務者は、同日、本件取決書を作成した。この際、債務者の担当者は、本契約が同年三月三一日で終了するため、これに連動して債権者は同年四月一日以降六インチ三社間契約から離脱することになるとの説明はしなかった。

ウ 本件取決書には、平成二一年九月三〇日までの期間について、取引される六インチウェハーの数量及び価格の目安が記載され、その後の契約内容については、平成二一年度上期に検討することとされているが、その他の具体的な契約条件については定められていない。また、本取り決め内容に記載されていない事項または疑義事項が生じた場合資材取引基本契約に従い、別途協議のうえその処置を取り決めるとされている。

(6)  債務者による本契約解除の意思表示

ア 債権者は、債務者に対し、平成一九年六月八日付け通知書により、債権者が本契約に基づいて同月一〇日までに債務者に対して支払うべき本件製品の販売代金一億〇四七三万九六五〇円を、同期日までに支払わない旨を通知した。

これを受けて、債務者は、同月二〇日、債権者に対し、債権者が上記のとおり販売代金の支払義務に違反したことを理由に、本件解除条項に基づき、同日から三〇日が経過する日をもって、本契約を解除する旨の意思表示をした。

イ 債務者は、同年七月二三日、債権者に対し、予備的に、上記と同じ理由で、本件解除条項に基づき、同日から三〇日を経過する日をもって、六インチ三社間契約を解除する旨の意思表示をした。

二  争点

(1)  本契約に基づく履行請求権(主位的申立てに係る被保全権利一)の有無

ア 我が国に国際裁判管轄があるか否か

イ 本契約の準拠法は韓国法か否か

ウ 本件更新拒絶は有効か否か

エ 六インチ三社間契約の締結により本契約は黙示に更新されたか否か

オ 本契約は債務不履行解除によって終了したか否か

(2)  独占禁止法二四条に基づく差止請求権(主位的申立てに係る被保全権利二)の有無

ア 我が国に国際裁判管轄があるか否か

イ 本件更新拒絶が一般指定二項所定の単独取引拒絶に該当するか否か

ウ 本件更新拒絶が一般指定一四項所定の優越的地位の濫用に該当するか否か

(3)  六インチ三社間契約に基づく履行請求権(予備的申立てに係る被保全権利)の有無

ア 我が国に国際裁判管轄があるか否か

イ 六インチ三社間契約の準拠法は韓国法か否か

ウ 六インチ三社間契約は本契約と別個の契約か否か

エ 六インチ三社間契約は債務不履行解除によって終了したか否か

(4)  保全の必要性の有無

三  争点に対する当事者の主張

(1)  本契約に基づく履行請求権の有無について

ア 争点(1)ア(国際裁判管轄の有無)について

(債権者の主張)

(ア) 本件準拠法合意及び本件仲裁合意は、日本の公序である継続的契約の保護の法理(後記ウ債権者の主張(ウ)参照)を回避する目的でされており、公序良俗(民法九〇条)に反し無効である。

ところで、民事保全法一二条一項に規定する管轄原因のいずれかが日本国内にあるときは、原則として日本の裁判所に申し立てられた民事保全事件について債務者を日本の裁判権に服させるのが相当であるところ、上記のとおり本件準拠法合意及び本件仲裁合意は無効であるから、本件における「本案の管轄裁判所」(民事保全法一二条一項)は、以下のとおり、義務履行地(民事訴訟法五条一号)又は債務者の事務所所在地(同条五号)により東京地方裁判所となり、本件について東京地方裁判所が管轄権を有する。

すなわち、債務者は債権者に対して、本件製品を供給する義務(作為義務)及び本件製品を債権者を介さずに販売地域に供給してはならない義務(不作為義務)を負っているところ、作為義務については、E田本社との間でも資材基本取引契約が締結されていることやE田本社から一括して注文がされていることなどから、E田の本店所在地である東京が義務履行地となる。また、不作為義務についても、本契約が日本国内のE田等に対して債権者による発注を経ないで本件製品を販売供給してはならないという債務者の不作為義務を定めたものであるから、日本国内のE田の本店所在地である東京が義務履行地となる。

次に、民事訴訟法五条五号所定の「事務所又は営業所」とは必ずしも本店又は登記された支店であることを要しない。また、「事務所」とは営業とはいえない範囲の業務が継続的に行われる中心的な場所をいうところ、債務者の東京事務所に常駐するE竹夫は、A川株式会社等に対して、価格交渉、納期管理及び新製品の販売等の業務を継続的に行っている。さらに、「事務所又は営業所」は、係争事件のもととなった業務を単独で取り扱ったことは必要なく、本店等日本国外の他の事業所等と共同で取り扱った場合でも差し支えないところ、債務者の東京事務所は、本契約に関する業務について債務者本社と共同して取り扱っていた。したがって、債務者の東京事務所は、民事訴訟法五条五号所定の「事務所」に該当する。

(イ) 仮に本件準拠法合意及び本件仲裁合意が有効であったとしても、民事保全法一二条一項にいう「本案の管轄裁判所」には、仲裁合意がなければ本案について管轄を有したであろう裁判所も含まれる。

そして、仲裁合意がなければ本案について管轄を有したであろう裁判所は、義務履行地又は債務者の事務所所在地より、東京地方裁判所となる。

(債務者の主張)

(ア) 本件仲裁合意の効力は、韓国法を準拠法として判断されるから、日本法の適用を前提に公序良俗に反し無効とする債権者の主張は失当である。

仮に本件準拠法合意が無効であるとしても、本件準拠法合意と本件仲裁合意とは別個の合意であるから、本件準拠法合意が無効であるからといって当然に本件仲裁合意も無効となるわけではない。また、外国を仲裁地とする仲裁合意は、当該仲裁合意が甚だしく不合理で公序に違反するなどの場合は格別、原則として有効であるところ、韓国に本店を有し、同所を通じて債権者との取引を行っていた債務者にとって、仲裁地を韓国ソウル市とすることは極めて合理的であり、他方、韓国ソウル市に支店を有し、韓国と日本との間の半導体関連事業を行っている債権者にとっても、仲裁地を韓国ソウル市とすることは不合理とはいえないから、本件仲裁合意は日本法によっても有効である。

(イ) 当事者間に仲裁合意が存在する場合には、当該仲裁の仲裁地を管轄する裁判所が、民事保全法一二条一項所定の「本案の管轄裁判所」に該当するのであって、仲裁合意がなければ本案について管轄を有したであろう裁判所はこれに含まれない。

本件では、当事者間に仲裁地を韓国ソウル市とする本件仲裁合意が存在するため、同項所定の「本案の管轄裁判所」は日本国内には存在せず、また、本件申立ては、仮差押命令又は係争物に関する仮処分を求めるものではないから、同項所定の「仮に差し押さえるべき物若しくは係争物の所在地を管轄する地方裁判所」が管轄裁判所となることはない。

したがって、民事保全法一二条一項に規定する管轄原因は日本国内に存在せず、日本の裁判所は本件申立てについて国際裁判管轄を有しない。

(ウ) 仮に民事保全法一二条一項所定の「本案の管轄裁判所」に仲裁合意がなければ本案について管轄を有したであろう裁判所が含まれるとしても、本件では、以下のとおり、義務履行地(民事訴訟法五条一号)又は債務者の事務所所在地(同条五号)により東京地方裁判所が管轄権を有することはない。

すなわち、民事訴訟法五条一号所定の「義務履行地」は、これが契約上明示され、あるいは契約内容から一義的に明確であるなど特段の事情のない限り、国際裁判管轄の管轄原因にはならないとされているところ、本契約に基づく本件製品の納品はE田の各工場においてされており、E田の本店所在地である東京が義務履行であることが契約上明示され、あるいは契約内容から一義的に明確であるとはいえない。

また、民事訴訟法五条五号所定の「事務所又は営業所」とは、それ自体が独立の営業単位として、独立して主たる営業行為の全部又は一部を完結することのできる場所であることが必要とされるところ、債務者の東京事務所は何ら独立の営業活動は行っておらず、主として日本における市場調査や情報収集を行うための駐在員事務所にすぎず、支店としての商業登記もされていないから、同号所定の「事務所又は営業所」には該当しない。加えて、本契約の締結及び履行はすべて債務者の本社が行い、債務者の東京事務所はこれに関与していないから、同号所定の「その事務所又は営業所における業務に関するもの」には該当しない。

(エ) 仮に民事保全法一二条一項に規定する管轄原因が日本国内に存在するとしても、本件仲裁合意及び本件準拠法合意が存在すること、日本の裁判所が発令した仮処分命令が韓国で承認される余地がないこと、債務者が韓国に支店を有する韓国法人であること並びに債権者も韓国ソウル市に支店を有し、韓国と日本との間の半導体関連事業を行っていることなどの事情に照らせば、本件申立てについて、日本で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情が存在するといえるので、日本の国際裁判管轄を否定すべきである。

イ 争点(1)イ(本契約の準拠法)について

(債権者の主張)

(ア) 本件準拠法合意は、日本の公序である継続的契約の保護の法理(後記ウ債権者の主張(ウ))を回避する目的でされており、公序良俗(民法九〇条)に反し無効である。

(イ) 本件準拠法合意は無効であるから、当事者間には準拠法に関する合意がないことになる。もっとも、本契約は日本の債権者所在地において締結され、行為地は日本であるから、本契約の準拠法は、法例七条二項により日本法となる。また、本契約の申込みも日本で行われたから、本契約の準拠法は、法例九条二項により日本法となる。

(債務者の主張)

法の適用に関する通則法七条(以下「通則法」という。)は契約の準拠法の選択を当事者の意思に委ね、他方で当事者の選択した準拠法の内容が日本の公序に反する場合には、通則法四二条により日本の公序に反する限度で当該外国法の適用を排除している。

このように当事者の選択した準拠法の内容が日本の公序に反する場合であっても、準拠法合意自体が無効となるわけではないから、本件準拠法合意は有効である。

ウ 争点(1)ウ(本件更新拒絶の適否)について

(債権者の主張)

(ア) 本件書簡は国際書留郵便で送られていないから、本件通知方法に関する条項に違反し有効な通知とはいえず、本件更新拒絶は無効である。

(イ) 本件書簡の記載内容は不明瞭で、何を目的とするものかが不明確・不特定であるから、本件書簡により有効な本契約の更新拒絶の意思表示がされているとはいえず、本件更新拒絶は無効である。

(ウ) 日本の判例法理では、期間の定めのある継続的供給契約において自動更新が規定されている場合には、契約を終了させてもやむを得ない事情(正当事由)がある場合に限って契約を解消できるとされている。

本契約は自動更新条項に従い一三年間にわたって継続されてきたところ、債権者は本件更新拒絶までに一度も本契約上の債務の履行を怠ったことはなく、他方で債務者は債権者に対して本契約が従前どおり自動更新されるものと信頼させるに足りる行為を行っているから、本契約の更新を拒絶することは信義則に反する。

したがって、本件更新拒絶には正当事由が具備されていないから、本件更新拒絶は無効である。

(エ) 継続的契約保護の法理は、まさに契約における弱者保護を目的としており、労働者の保護や賃借人の保護と同様に日本の公序にほかならない。

したがって、仮に本件において韓国法を準拠法とする合意が存在するとして、韓国法の適用によれば継続的契約が原則的に保護されないとしても、通則法四二条により日本の裁判所においては保護される。

(債務者の主張)

本件更新拒絶は、本契約の期間満了六〇日前に債権者に到達し、その内容も本契約の解約通知ないし更新拒絶通知であることは明らかであるから有効である。したがって、本契約は本件更新拒絶により終了しているから、本契約に基づく履行請求権は存在しない。

(ア) 本件通知方法に関する条項の趣旨は、各種通知の発信・到達について、当事者間の紛争を未然に防止する点にあるから、本件書簡が債務者により発信され、債権者に到達したことについて当事者間に争いのない本件では、これをあえて無効とする理由は存在しない。

(イ) 本件書簡には、「代理店契約解約通知の件」との表題が付され、その本文において、「貴社と契約中の代理店契約を解約しようと思います。」などの記載がされているから、一読して本契約の解約通知ないし更新拒絶通知であることは明らかである。

(ウ) 本契約の準拠法である韓国法では、継続的供給契約の終了に際し、契約を終了させてもやむを得ない事情(正当事由)が必要であるとの法理は存在せず、債権者の主張はその前提を欠いている。

また、日本の判例法理では、正当事由がない場合であっても、解約告知に際して相当の予告期間を設けるか、これに対応する相手方の損害を填補すれば、継続的供給契約を一方的に解消できるとされているから、債権者の主張は日本の判例法理の解釈を誤っている。

(エ) 労働者の保護や賃借人の保護はいずれも特に法律による規定が設けられているのに対し、継続的契約の保護についてはかかる規定は存在しない。また、債権者と債務者とは、いずれも独立して経済的活動を営む営利法人であり、両者の間には絶対的かつ圧倒的な格差は存在しない。

したがって、継続的契約の保護の法理は直ちに日本の公序を構成するものではないし、少なくとも本件では日本の公序による債権者の保護を図るべき具体的な必要性は存在しない。

エ 争点(1)エ(本契約について黙示の更新合意の有無)について

(債権者の主張)

六インチ三社間契約は、E田の六インチウェハーの需要が安定していることから、計画的安定供給を目的として締結されたもので、本契約から六インチウェハーに関する部分だけを分離して改めて契約を締結したものではなく、本契約の継続を前提とするものである。

したがって、債務者は、本件更新拒絶後に六インチ三社間契約を締結したことにより、本件更新拒絶を撤回し、債権者との間で、少なくとも平成二一年九月三〇日まで本契約を更新する旨の黙示の合意をした。

(債務者の主張)

六インチ三社間契約には、債権者を債務者のエージェントとするなど本契約に関する具体的な定めは何ら存在しない。

債務者は、当初六インチ三社間契約が当事者間において法的拘束力を有しないMOU(基本合意)であり、債権者を当事者に含める必要がないと考えていたところ、E田から、六インチ三社間契約の締結に向けた協議を三社間で行ってきたことや三月末までは本契約が有効であることを理由に債権者を含めた三社間での契約にしたいとの要請を受けたため、本契約の存続期間中は債権者を当事者に含める必要があると考えるに至り、三社間での契約を了承したにすぎず、本契約の終了により債権者は本契約上の地位とともに六インチ三社間契約上の地位も喪失するという理解を前提に六インチ三社間契約を締結したものである。

したがって、債務者は、六インチ三社間契約を締結したことにより、本件更新拒絶を撤回したことはなく、債権者との間で、少なくとも平成二一年九月三〇日まで本契約を更新する旨の黙示の合意をしたこともない。

オ 争点(1)オ(本契約が債務不履行解除によって終了したか否か)について

(債務者の主張)

債務者は、平成一九年六月二〇日、債権者に対し、債権者が本件契約に基づいて同月一〇日までに債務者に対して支払うべき販売代金一億〇四七三万九六五〇円を同期日までに支払わなかったことを理由に、本件解除条項に基づき、同日から三〇日が経過する日をもって、本契約を解除する旨の意思表示をした。

したがって、本契約は、債権者の重大な債務不履行を原因とする解除によって終了した。

(債権者の主張)

債権者は、債務者が六インチ三社間契約に基づく履行を拒絶する限り月々発生する損害賠償請求権(損害額は平成二一年九月三〇日までに累計で約一億四〇〇〇万円となる。)との相殺権を確保するために、本件製品の販売代金一億〇四七三万円の履行を拒絶しているのであるから、これは不安の抗弁として正当な理由に基づくものであり、債務不履行とはいえない。

(2)  独占禁止法二四条に基づく差止請求権の有無について

ア 争点(2)ア(国際裁判管轄の有無)について

(債権者の主張)

上記(1)ア債権者の主張(ア)のとおり、本件の義務履行地及び債務者の事務所所在地は東京であるから、独占禁止法八四条の二及び民事訴訟法五条一号又は五号により東京地方裁判所が管轄権を有する。

また、独占禁止法二四条の差止請求は、不法行為の特則としての性質を有するところ、本件では債権者の住所地である東京において損害が発生しているから、不法行為地は東京となり、独占禁止法八四条の二及び民事訴訟法五条九号により東京地方裁判所が管轄権を有する。

(債務者の主張)

上記(1)ア債務者の主張(ウ)のとおり、本件の義務履行地及び債務者の事務所所在地は東京には存在しない。

イ 争点(2)イ(単独取引拒絶に該当するか否か)について

(債権者の主張)

(ア) 「市場における有力な事業者」

本件製品は世界的に寡占化が進みメーカー数自体が極端に少ない上、債務者は韓国における唯一のシリコンウェハーメーカーであるから、債務者は「市場における有力な事業者」に該当する。

(イ) 代替取引の困難性

債権者は、本契約に基づきE田を販売地域とする債務者との間の取引において、その利益の約五〇%を得ていること、シリコンウェハーメーカーは寡占化し、日本の半導体製造業者は既に固有の販売店を有しているため、債権者が新たなシリコンウェハーメーカーと契約を締結するのは不可能に近いこと及び債権者の特徴を生かせるシリコンウェハーメーカーは債務者以外に存在しないことなどの事情に照らせば、債権者は、本件更新拒絶により容易に代わりの取引先を見いだし難くなる。

(ウ) 不正な目的

債務者は、B原グループ内で利益を独占しようとの意図の下、債権者がE田に対して本件製品を納品できなくすることで、債権者からE田に対するエージェントの地位を奪取し、自己と密接な関係にあるC田ジャパンの競争者である債権者をエージェント市場から排除しようとの独占禁止法上不正な目的を有していた。

(エ) 単独取引拒絶行為

債務者は、債権者に対して従来供給していた本件製品の供給を停止している。

(債務者の主張)

(ア) 「市場における有力な事業者」に該当しないこと

「市場における有力な事業者」とは、当該市場におけるシェアが一〇%以上又はその順位が上位三位以内にあることが一応の目安となる。

この点、日本国内においては、信越半導体株式会社及びSUMCOのほか、SILTRONICやE田セラミックスなどもシリコンウェハーメーカーとして有力であり、債務者の日本国内におけるシェアは、平成一八年一二月末の時点で一・六%であり、第六位であったから、債務者は、「市場における有力な事業者」には該当しない。

(イ) 公正競争阻害性の不存在

取引先の選択は契約自由の原則の基本であるから、特定の事業者との取引を拒絶したとしても、それが直ちに反競争的なものとなることはない。

日本国内のシリコンウェハーメーカーとしては、上記(ア)のとおり、信越半導体株式会社等が存在するところ、債務者が債権者との取引を停止することで、これら競争者の取引の機会を減少させることはあり得ない。

したがって、本件更新拒絶には、独占禁止法における公正競争阻害性は存在しない。

(ウ) 「不正な目的」の不存在

債務者が本件更新拒絶を行ったのは、シリコンウェハー市場における債権者の競争を制限することやシリコンウェハーの販売価格を維持するなど独占禁止法の理念に反する目的があったためではなく、債権者の信用リスクの負担軽減など単に債務者の企業としての通常の経営判断に基づくものにすぎない。

したがって、本件更新拒絶には、「不正な目的」は存在しない。

ウ 争点(2)ウ(優越的地位の濫用に該当するか否か)について

(債権者の主張)

(ア) 優越的地位

債務者の属するB原グループと債権者との間には、その事業規模において売上高で二万五〇〇〇倍、従業員数で二万六〇〇〇倍という歴然とした格差を有する。

また、債権者は、本契約に基づきE田を販売地域とする債務者との間の取引において、その利益の約五〇%を得ているから、債務者との取引は、債権者の事業の大部分を占める。

さらに、シリコンウェハーメーカーは寡占化し、日本の半導体製造業者は既に固有の販売店を有しているため、債権者が新たなシリコンウェハーメーカーと契約を締結するのは不可能に近いことから、債権者は、本件更新拒絶により事業の継続が不可能になる。

(イ) 濫用行為

債務者は、債権者に対し、支払条件を信用状方式に変更すれば契約問題は片づくなどと支払方法の変更と契約の継続を連動させた提案をしているところ、支払方法を信用状方式に変更することは、債権者の財務的負担を著しく増加させるものであるから、一般指定一四項三号所定の「相手方に不利益となるように取引条件を設定し、又は変更すること」に該当する。

そして、債権者が取引条件の変更を受諾しなかったことにより本契約を一方的に解消した債務者の行為は、支払方法の変更要求と一体の行為として、優越的地位の濫用に該当する。

(債務者の主張)

(ア) 取引は終了していること

一般指定一四項所定の「優越的地位の濫用」は、そもそも取引が継続していることを前提とする規定であり、契約を一方的に解消されたと主張する本件は、これに該当しない。

仮に独占禁止法上違法な行為や不当な目的を実現するために取引を終了させる場合も「優越的地位の濫用」に該当するとしても、債務者が本件更新拒絶を行ったのは、債権者の信用リスクの負担軽減など単に債務者の企業としての通常の経営判断に基づくものにすぎず、独占禁止法上違法な行為や不当な目的を実現するためのものではない。

(イ) 濫用行為の不存在

優越的地位の濫用に該当するためには、取引上の地位を不正に利用することによって、対等な取引関係ではあり得ないような取引条件や不利益な行為等を強制することが必要であるところ、債務者による本契約についての支払方法変更の提案は、債権者の信用リスクの負担軽減のために行われたものであり、対等な取引関係ではあり得ないような取引条件や不利益な行為等を強制するものではない。

したがって、本契約についての支払方法変更の提案についてはもちろん、本件更新拒絶についても独占禁止法上の濫用行為は存在しない。

(3)  六インチ三社間契約に基づく履行請求権の有無について

ア 争点(3)ア(国際裁判管轄の有無)について

(債権者の主張)

(ア) 本件取決書の「7.その他」欄には、「本取り決め内容に記載されていない事項または疑義事項が生じた場合資材取引基本契約に従い、別途協議のうえその処置を取り決める。」と記載されているところ、資材取引基本契約では、管轄裁判所を東京地方裁判所とする管轄合意が存在しているから、六インチ三社間契約に関する紛争については東京地方裁判所が管轄権を有する。

仮に当事者間に管轄合意が存在しないとしても、六インチ三社間契約は従前の取引構造の下で行われるから、上記(1)ア債権者の主張(ア)のとおり、義務履行地又は債務者の事務所所在地より東京地方裁判所が管轄権を有する。

(イ) 仲裁合意は、仲裁合意の当事者のみを拘束するのが原則であるところ、六インチ三社間契約を締結する際に、E田が本件仲裁合意に同意した事実はない。また、六インチ三社間契約における明確かつ一義的な仲裁合意は、E田のみならず、債権者と債務者との間にも存在しない。したがって、本件仲裁合意の効力が六インチ三社間契約に及ぶことはない。

六インチ三社間契約の法律関係を、債権者と債務者の法律関係、債権者とE田の法律関係というように当事者ごとに二分して、それぞれに管轄を定めることは、三社がエージェントを介して密接に関連し合っていることに照らすと、極めて不合理である。

(債務者の主張)

(ア) 六インチ三社間契約の締結時に、債権者と債務者との間には本契約が有効に存続していたから、六インチ三社間契約が本契約の効力を前提とせずに独自に成立したと考えることは不合理である。六インチ三社間契約は、本契約が継続していることを前提に締結されたものであるから、本件仲裁合意の効力は六インチ三社間契約にも及ぶ。

仮に六インチ三社間契約が本契約の効力を前提とせずに独自に成立したとしても、主位的申立てと予備的申立てとは、社会的紛争としての実質的同一性ないし社会的実態としての紛争の同一性があるから、予備的申立てに係る本案訴訟が提起された場合には、当該訴訟は本件仲裁合意の「対象となる民事上の紛争」(仲裁法一四条一項本文)について訴えが提起された場合として、本件仲裁合意の効力によって却下を免れない。

(イ) 資材取引基本契約の当事者はE田と債権者であるから、六インチ三社間契約を締結するに際し、債務者が資材取引基本契約に定める管轄合意と同様の管轄合意を定める旨の意思表示をしたと考えることはできない。

本件取決書の「7.その他」欄は、資材取引基本契約に従って「協議すること」を定めた規定にすぎず、これを根拠に債務者が資材取引基本契約の管轄合意に拘束されるとするには論理の飛躍がある。

(ウ) 仮に当事者間に仲裁合意が存在しないとしても、本件では、上記(1)ア債務者の主張(ウ)のとおり、義務履行地又は債務者の事務所所在地により東京地方裁判所が管轄権を有することはない。

イ 争点(3)イ(六インチ三社間契約の準拠法)について

(債権者の主張)

(ア) 六インチ三社間契約の準拠法は、上記ア債権者の主張(ア)のとおり、資材取引基本契約に従って決せられる。この点、資材取引基本契約自体には準拠法に関する規定は存在しないが、東京地方裁判所を管轄裁判所とする合意が存在すること、準拠法を外国法とする合意が存在しないこと及び債権者もE田も日本法人であることなどから、準拠法を日本法とする黙示の合意があったといえる。したがって、六インチ三社間契約の準拠法は、資材取引基本契約に従って日本法となる。

(イ) 仮に六インチ三社間契約自体には準拠法の合意がないとしても、同契約当事者のうち二者が日本法人であること、同契約に基づく納品及びサポートは日本で行われ、義務履行地が日本であること及び同契約の管轄裁判所が東京地方裁判所であることなどの事情に照らせば、六インチ三社間契約の準拠法は、通則法八条一項(最密接関係地)により日本法となる。

(ウ) 三社がエージェントを介して密接に関連し合っている本件において、当事者ごとに分割して準拠法を指定できるとすることは、事案全体の統一的解決を図れず極めて不合理であるが、仮に当事者ごとに分割して準拠法を指定できるとしても、エージェントである債権者の事業所所在地である日本が特徴的給付地となるから、六インチ三社間契約の準拠法は、通則法八条二項より日本法となる。

(エ) 仮に六インチ三社間契約の準拠法が韓国法となるとしても、契約内容の解釈は日本法における解釈と異ならない。

(債務者の主張)

(ア) 六インチ三社間契約は本契約を前提に本契約と一体となるものであるから、六インチ三社間契約における債権者と債務者間の法律関係に適用される準拠法も、本件準拠法合意により韓国法となる。

(イ) 仮に六インチ三社間契約が本契約と独立して成立する契約であったとしても、資材取引基本契約の当事者はE田と債権者であるから、これが債権者と債務者間の法律関係に適用されることはなく、六インチ三社間契約自体には準拠法の合意がないことになる。そうすると、従前から本契約の準拠法が韓国法とされてきたこと、債務者が韓国に本店を有する韓国法人であること及び債権者も韓国ソウル市に支店を有し、韓国と日本との間の半導体関連事業を行っていることなどの事情に照らせば、六インチ三社間契約における債権者と債務者間の法律関係に適用される準拠法は、通則法八条一項(最密関係地)により韓国法となる。

ウ 争点(3)ウ(六インチ三社間契約の内容)について

(債権者の主張)

(ア) 本件取決書の「2.確認者」欄には、E田、債権者及び債務者の各署名があり、「7.その他」欄に「資材取引基本契約に従い」との記載がある。E田と債務者間の直接取引を規定したものであれば、E田と債権者間の契約を引用する根拠がないから、六インチ三社間契約は従来の債権者を介する取引形態を承継する意思で締結されたものである。

そもそも六インチ三社間契約は、E田に対する六インチウェハーの安定供給を目指して、従前の取引構造や役割分担を基礎に、供給期間や数量及び価格等を取り決めたものであり、平成一九年四月一日以降、取引構造を変更する旨の合意は存在しない。

(イ) E田は、六インチ三社間契約について法的拘束力があるものと認識し、債権者、債務者及びE田は六インチウェハーの安定供給を目指して供給枚数や価格について協議を重ねていたから、債務者もE田と同様に本契約について法的拘束力があるものと認識していた。実際に、本件取決書には、法的拘束力がない形で作成を予定した場合に用いられるMOUやLOIなどの題名は用いられていない。

(ウ) 債務者は、当初、E田との間の二社間での契約締結を主張していたが、E田からこれを拒絶されたため、三社間での契約締結を承諾した。このような六インチ三社間契約の締結経緯にかんがみれば、債務者は、平成二一年九月三〇日まで債権者を介して六インチウェハーをE田に対して納品することを約したとするのが当事者の合理的意思に合致する。

(債務者の主張)

(ア) 本件取決書には、平成二一年九月三〇日まで債権者を介して本件製品をE田に納品する義務は全く明示されていない。

(イ) そもそも六インチ三社間契約は、三当事者間において、具体的な権利義務関係を発生させることを意図して締結されたものではなく、法的拘束力を有しないMOUとして締結されたにすぎないから、これにより債務者が何らかの法的義務を負うことはない。

エ 争点(3)エ(六インチ三社間契約が債務不履行解除によって終了したか否か)について

(債務者の主張)

(ア) 債務者は、平成一九年六月二〇日、債権者に対し、債権者が本件契約に基づいて同月一〇日までに債務者に対して支払うべき販売代金一億〇四七三万九六五〇円を同期日までに支払わなかったことを理由に、本件解除条項に基づき、同日から三〇日が経過する日をもって、本契約を解除する旨の意思表示をしたが、同意思表示は六インチ三社間契約にも及んでいる。

したがって、六インチ三社間契約は、債権者の重大な債務不履行を原因とする解除によって終了した。

(イ) 仮に上記(ア)の意思表示が六インチ三社間契約に及ばないとしても、債務者は、同年七月二三日、債権者に対し、上記と同様の理由で、本件解除条項に基づき、同日から三〇日を経過する日をもって、六インチ三社間契約を解除する旨の意思表示をした。

したがって、六インチ三社間契約は、債権者の重大な債務不履行を原因とする解除によって終了した。

(債権者の主張)

(ア) 本契約と六インチ三社間契約は別個の契約であるから、本契約に関する解除原因が六インチ三社間契約の解除原因になることはない。

仮に六インチ三社間契約の解除権が発生するとしても、六インチ三社間契約は、債権者と債務者のみならず、E田も当事者であるから、解除の意思表示はE田に対してもされなければならない。

(イ) 上記(1)オ債権者の主張のとおり

(4)  争点(4)(保全の必要性の有無)について

(債権者の主張)

ア 債権者は、本契約に基づきE田を販売地域とする債務者との間の取引において、その利益の約五〇%を得ているから、債務者の本契約の不履行により、その利益の約五〇%を失うことになる。したがって、仲裁による解決を待っていたのでは、債務者は存続自体が不可能となる。

イ 仮に本契約が平成一九年三月三一日に終了する場合、債権者は、E田との間の本件製品供給契約上の義務としてE田に対するサポート及び本件製品のケアに関して債務者に引き継ぐ義務を負うところ、債務者が本件書簡を送付するまで本契約が継続するかのように信頼させる態度をとっていたため、これを行っていない。

また、六インチ三社間契約は平成二一年九月三〇日まで継続するところ、債務者が債権者による発注を経ることなく六インチウェハーをE田に販売することは、債権者のE田に対する債務不履行になる。

したがって、債権者は、債務者の本契約の不履行により、E田から債務不履行責任を追及される現実的危険性が存在する。

ウ 平成一九年四月分及び五月分の本件製品のE田に対する納品は、債権者・債務者間の暫定合意により債権者を介さず債務者が直接行ったが、債務者の対応に関する苦情はE田の各工場から債権者に寄せられ、債権者はE田からの依頼に応えて無償でサポートを行っている。

したがって、仲裁による解決を待っていたのでは、債権者はE田に対して無償でサポートを行い続けなければならない一方で、債務者はE田に対する必要なサポートを行わないまま暫定合意によって事実上債権者に支払うべきコミッション料を手に入れるという不公平な状態が継続することになる。

(債務者の主張)

ア 債権者の主張では、売上原価を控除後の売上総利益又は販売費及び一般管理費を控除後の営業利益との比較により約五〇%という割合を算出しているが、本契約に基づきE田を販売地域とする債務者との間の取引に要する売上原価や費用を勘案せず、売上高と売上総利益又は営業利益を比較するのは不合理である。平成一八年三月期の債権者のコミッション金額と同期の債権者の総売上高とを比較すると、債権者が本契約に基づき得ている売上は、債権者の総売上高の約一四・二五%を占めるにすぎない。

仮に債権者が債務者の本契約の不履行によりその利益の約五〇%を失うとしても、平成一七年度における債権者の未処分利益の約五〇%の利益は確保できる以上、倒産する差し迫った危険はおろか、仲裁による解決を待っていたのでは存続自体が不可能な状態にあるとはいえない。

イ E田から債権者に対して損害賠償請求等がされたという事実はなく、債権者のE田に対する債務不履行の危険が現実化しているとはいえない。

ウ 債権者は、債務者が平成一八年一一月及び一二月にE田向けに引き渡した八インチシリコンウェハーについて債務者に対して返送する旨合意をしたにもかかわらず、これを履行しない。このように債権者と債務者との間の信頼関係は、もっぱら債権者によっておよそ回復不能な程度に破壊されているから、現時点において、債権者に本契約に基づく履行請求権を認める必要性は存在しない。

第三当裁判所の判断

一  本契約に基づく履行請求権の有無について

(1)  争点(1)ア(国際裁判管轄の有無)について

ア どのような場合に保全命令事件の国際裁判管轄を肯定すべきかについては、国際的に承認された一般的な準則が存在せず、国際的慣習法の成熟も十分ではないため、一般の民事訴訟と同様に、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理に従って決定するのが相当である(最高裁平成五年(オ)第一六六〇号同九年一一月一一日第三小法廷判決・民集五一巻一〇号四〇五五頁)。そして、民事保全法一二条一項に規定する保全命令事件の管轄裁判所が我が国内にあるときは、原則として、我が国の裁判所に申し立てられた保全命令事件につき、債務者を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが、これらが存在しない場合には、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に沿う特段の事情がない限り、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである。

イ 民事保全法一二条一項は、民事保全事件の管轄について、本案の管轄裁判所又は仮に差し押さえるべき物若しくは係争物の所在地を管轄する地方裁判所と定めるところ、「本案」とは、被保全権利又は法律関係の存否を確定する手続をいい、訴訟手続のほか、仲裁手続もこれに該当すると解されるから、仲裁合意が存在する場合における同項所定の「本案の管轄裁判所」とは、当該仲裁の仲裁地を管轄する裁判所をいい、仲裁合意がなければ本案訴訟について管轄権を有したであろう裁判所を含まないと解するのが相当である。なぜなら、このように解さなければ、仲裁合意が存在するために本案訴訟について管轄権を有しない裁判所が、保全事件についてのみ管轄権を有することとなり、保全事件が本案訴訟に対して付随性を有することに反する結果となるからである。また、仲裁地を管轄する裁判所が保全事件について管轄権を有するとすることは、仲裁合意によって仲裁地を定めた当事者の合理的意思に沿うものであり、当事者間の公平の理念にも合致するということができる。

ウ 本件においては、当事者間に仲裁地を韓国ソウル市とする本件仲裁合意が存在するため、本件仲裁合意の効力について検討する。

(ア) 仲裁法は、仲裁合意の準拠法について明文の規定を置いていないから、仲裁合意の効力は、当該法律行為の当時に当事者が選択した地の法によって判断することになるところ(通則法七条)、本件では、本契約中に準拠法を韓国法とする本件準拠法合意が存在するので、本件仲裁合意の効力の準拠法は韓国法となる。

(イ) これに対し、債権者は、本件準拠法合意は、日本の公序である継続的契約の保護の法理を回避する目的でされており、公序良俗(民法九〇条)に反し無効であると主張する。

しかし、準拠法指定については当事者自治の原則が妥当し、当事者は自由に当該法律行為の成立及び効力を規律する法律を定めることができるものとされ(通則法七条)、他方で当事者の選択した準拠法の適用の結果が公の秩序又は善良の風俗に反するときは、当該準拠法の適用を排除するものとされている(通則法四二条)。このように当事者の選択した準拠法の適用の結果が我が国の公序良俗に反する場合であっても、準拠法の合意自体が当然に無効となるものではない。

また、本件準拠法合意が日本法における継続的契約の保護をあえて回避する目的でされたとか、債務者の優越的地位を濫用してされたと認めるに足りる疎明もない。

したがって、本件準拠法合意が公序良俗(民法九〇条)に反し無効であるとはいえず、この点に関する債権者の主張は採用できない。

(ウ) そうすると、本件仲裁合意の効力は韓国法を準拠法として判断すべきであり、韓国の仲裁法三条二号は、「仲裁合意とは、既に生じた民事上の紛争又は将来において生ずる一定の法律関係(契約に基づくものであるかどうかを問わない。)に関する紛争の全部又は一部の解決を仲裁人に委ねる旨の合意をいう。」と規定し、同法八条二項は、「仲裁合意は書面によってしなければならない。」と規定するところ、本件仲裁合意は、これらの要件を充たすから、本件仲裁合意は韓国法に照らして有効と解すべきであり、他にこの判断を覆すに足りる疎明はない。

また、債務者は韓国に本店を有する韓国法人であること、債権者も韓国ソウル市に支店を有し、韓国と日本における半導体関連事業を行っていること、債権者の代表者は、二一歳まで韓国で生活しており、韓国及び日本の双方に幅広い人脈を有していることなどの事情に照らせば、本件仲裁合意は不合理なものとはいえず、本件仲裁合意が日本法における継続的契約の保護をあえて回避する目的でされたとか、債務者の優越的地位を濫用してされたとの事実を認めるに足りる疎明もしないから、韓国法の適用の結果が我が国の公序良俗に反するということもできない。

エ 以上のとおり、本件では、当事者間に仲裁地を韓国ソウル市とする本件仲裁合意が存在するため、民事保全法一二条一項所定の「本案の管轄裁判所」は我が国には存在せず、また、本件申立ては、仮差押命令又は係争物に関する仮処分を求めるものではないから、同項所定の「仮に差し押さえるべき物若しくは係争物の所在地を管轄する地方裁判所」が管轄裁判所となることもないから、本契約に基づく履行請求権を被保全権利とする申立てについては、民事保全法一二条一項に規定する管轄裁判所が我が国内に存在しない。

また、上記ウ(ウ)認定の事情に加え、本契約は韓国法を準拠法とするものであること、本件仲裁合意にしたがって、韓国において大韓商事仲裁院の商事仲裁規定に従って仲裁の申立てを行うことにより迅速な紛争解決を期待することができることに照らせば、我が国で裁判を行うことが当事者の公平や裁判の適正・迅速の理念に沿う特段の事情が存在し、本契約に基づく履行請求権を被保全権利とする申立てについて我が国の国際裁判管轄を肯定すべきということもできない。

そうすると、同申立ては、その余の点について判断するまでもなく不適法であることに帰するが、本件では、被保全権利の有無についても争点になっているので、念のためこの点についても判断する。

(2)  争点(1)イ(本契約の準拠法)について

債権者は、本件準拠法合意は、日本の公序である継続的契約の保護の法理を回避する目的でされており、公序良俗(民法九〇条)に反し無効であると主張するが、本件準拠法合意が無効であるとはいえず、本契約の準拠法は韓国法と解すべきことは、上記(1)ウに判示のとおりである。

(3)  争点(1)ウ(本件更新拒絶の適否)について

ア 債務者による本契約に関する更新拒絶を通知する本件書簡は、DHLの配送サービスにより債権者に送付されていることは、第二の一(4)に認定のとおりであるところ、債権者は、本件書簡は国際書留郵便で送られていないから、本件通知方法に関する条項に違反し有効な通知とはいえず、本件更新拒絶は無効であると主張する。

しかし、本件通知方法に関する条項の趣旨は、国際書留郵便によることで、各種通知の発信及び到達に関する当事者間の紛争を未然に防止することにあると解することができ、国際書留郵便によらない限り、各種通知をすべて無効にすることが契約当事者の意思であったものとは解し難い。

したがって、本件書簡が債務者により発信され、債権者に到達したことについて当事者間に争いのない本件では、これを無効と解すべき理由はないから、この点に関する債権者の主張は採用できない。

イ 債権者は、本件書簡の記載内容は不明瞭で、何を目的とするものかが不明確・不特定であるから、本件書簡により有効な本契約の更新拒絶の意思表示がされているとはいえず、本件更新拒絶は無効であると主張する。

しかし、本件書簡には「エージェント契約解約通知の件」との表題の下、その本文において「貴社と締結中のエージェント契約を解約しようと思います。」との記載がされていること、債権者と債務者は、平成五年九月一日以降、約一三年以上にわたってエージェント契約を継続し、同契約中には更新拒絶に関する定めが置かれていること(前記第二の一(2)ア)、本件書簡は、契約期間である平成一九年三月三一日の六〇日前までという更新拒絶通知期限の直前である同年一月二四日に債権者に到達していること(前記第二の一(4))に照らせば、本件書簡は、これを受け取った債権者において、本契約の更新を拒絶する通知であることを認識できる程度に特定されているといえるから、債務者は本件書簡により有効に本契約の更新拒絶の意思表示を行ったものと一応認められる。

したがって、この点に関する債権者の主張は採用できない。

ウ(ア) 債権者は、我が国の判例法理では、期間の定めのある継続的供給契約において自動更新が規定されている場合には、契約を終了させてもやむを得ない事情(正当事由)がある場合に限って契約を解消できるとされているところ、本件更新拒絶には正当事由が具備されていないから、本件更新拒絶は無効であると主張する。

しかし、前記(1)ウで判示したとおり、本契約の準拠法は韓国法であるから、本件更新拒絶の効力についても韓国法に従って判断すべきところ、韓国法では、継続的契約の終了に際して契約を終了させてもやむを得ない事情(正当事由)が必要であるとの法理は存在せず、当事者間において、契約期間の満了日二か月前に更新拒絶の通知をすれば契約を解約できるとの合意がある場合には、韓国民法の基本的公理である私的自治の原則の下、かかる合意は尊重され、完全な強制力を持ち、当事者はいかなる理由であろうとも自由に契約の更新拒絶をすることができるとされているのであるから、本件更新拒絶は有効と解すべきである。

したがって、この点に関する債権者の主張は採用できない。

(イ) これに対し、債権者は、継続的契約保護の法理は、まさに契約における弱者保護を目的としており、労働者の保護や賃借人の保護と同様に日本の公序に該当するから、通則法四二条により上記の韓国法の適用は排除されると主張する。

しかし、労働者の保護や賃借人の保護については、いずれも民法の規律に加えて特別法(労働基準法、借地借家法等)により特別の配慮が規定されているのに対し、継続的契約の保護についてはかかる特別法の規定は存在しないのであって、これが直ちに我が国の公の秩序を構成すると解することはできず、韓国法の適用により、継続的契約において、契約期間の満了に伴う更新拒絶により契約の終了の効力を認めることが、通則法四二条所定の「公の秩序又は善良の風俗に反する」ということはできない。

したがって、この点に関する債権者の主張は採用できない。

エ そうすると、本契約について期間満了日である平成一九年三月三一日以降の更新を拒絶する意思表示は、有効というべきである。

(4)  争点(1)エ(本契約について黙示の更新合意の有無)について

債権者は、債務者が本件更新拒絶後に六インチ三社間契約を締結したことにより本件更新拒絶を撤回し、債権者との間で本契約を更新する旨の黙示の合意をしたと主張する。

しかし、前記第二の一(5)に認定のとおり、六インチ三社間契約は、本件製品のうち六インチウェハーについて、その安定的供給を目指して、債権者、債務者及びE田の三社間で、契約期間、取引数量及び価格を協議した上で、その合意に至ったものであり、本件取決書には、六インチウェハー以外のシリコンウェハーに関しては何らの記載も存在しない。

この事実に照らすと、債権者、債務者及びE田の三社が、六インチウェハー以外のすべてのシリコンウェハーも含めて今後の取引を継続するという認識で、六インチ三社間契約を締結したものと認めることはできない。

したがって、債権者と債務者が六インチ三社間契約を締結したことによって、本件更新拒絶にかかわらず、本契約を更新する旨の黙示の意思表示をしたものと認めることはできないから、この点に関する債権者の主張は採用できない。

(5)  以上によれば、本契約は本件更新拒絶により平成一九年三月三一日をもって終了し(上記(3))、その後、本契約について黙示の更新合意をしたものとも認められないから(上記(4))、本契約に基づく履行請求権(主位的申立てに係る被保全権利一)は、争点(1)オ(本契約が債務不履行解除によって終了したか否か)について判断するまでもなく、疎明を欠くといわざるを得ない。

二  独占禁止法二四条に基づく差止請求権について

(1)  争点(2)ア(国際裁判管轄の有無)について

独占禁止法八四条の二第一項は、同法二四条の規定による侵害の停止又は予防に関する訴えについては、民事訴訟法四条及び五条の規定により日本国内のいずれかの裁判所が管轄権を有する場合には、東京地方裁判所にも訴えを提起することができる旨規定している。

そこで検討すると、本契約には、債務者が製造する本件製品を販売地域において販売するために、債権者を債務者の非独占販売エージェントと任命し、債務者は、本契約存続期間中、販売地域において債権者を介さないで本件製品を販売してはならない旨の条項が存在する(前記第二の一(2)イ)。これは、我が国内の販売地域において債権者を介さずに本件製品を販売してはならないという債務者の不作為義務を定めたものであるから、かかる不作為義務の義務履行地としては日本に限定したものということができる。

そうであれば、本件では、義務履行地(民事訴訟法五条一号)により日本国内のいずれかの裁判所に管轄が認められることになるから、独占禁止法八四条の二第一項により東京地方裁判所も本案の管轄裁判所となる。

したがって、独占禁止法二四条に基づく差止請求権を被保全権利とする申立てについては、民事保全法一二条一項に基づき東京地方裁判所が管轄を有する。

なお、本件では、当事者間に本件準拠法合意が存在するが、独占禁止法は強行法規であるから、準拠法の合意にかかわらず、本件に適用される。

(2)  争点(2)イ(単独取引拒絶に該当するか否か)について

ア 債権者は、本件取引拒絶が単独の取引拒絶(独占禁止法一九条、一般指定二項)に該当すると主張する。

単独の取引拒絶とは、「不当に、ある事業者に対し、取引を拒絶し若しくは取引に係る商品若しくは役務の数量若しくは内容を制限し、又は他の事業者にこれらに該当する行為をさせること」をいう。単独の取引拒絶は、共同の取引拒絶(一般指定一項)とは異なり、拒絶された相手方は通常は自由に他の取引先を見出すことができるので、原則として契約の相手方選択の自由の行使として認められる。しかし、かかる取引拒絶が、①市場における有力な事業者が、自己の競争者等との取引を拒絶し、その結果、取引を拒絶される事業者の事業活動の円滑な遂行が困難となる場合、②再販売価格維持や排他条件付取引など独占禁止法上違法な行為の実効性を確保するための手段として用いられる場合には、公正競争が阻害されるため、不公正な取引方法に該当すると解される(流通・取引慣行ガイドライン第一部第三2参照)。

イ(ア) これを本件についてみると、上記①の場合にいう「市場における有力な事業者」とは、当該市場におけるシェアが一〇%以上又はその順位が上位三位以内にあることが一応の目安とされているところ(流通・取引慣行ガイドライン第一部第四注七参照)、シリコンウェハー市場における債務者の日本国内のシェアは、平成一八年一二月末の時点で一・六%であり、その順位は第六位であったから、債務者が直ちに「市場における有力な事業者」に該当するということはできない。その他、本件更新拒絶の結果、本件製品の競争者の事業活動の円滑な遂行が困難になり、公正競争が阻害されたことを窺わせる疎明はないから、本件は上記①の場合に該当しない。

(イ) また、本件更新拒絶が、再販売価格維持等の独占禁止法上違法な行為の実効性を確保するための手段として用いられたことを認めるに足りる疎明はないから、本件は上記②の場合にも該当しない。

ウ したがって、本件更新拒絶には、単独の取引拒絶における公正競争阻害性は認められないから、この点に関する債権者の主張は採用できない。

(3)  争点(2)ウ(優越的地位の濫用に該当するか否か)について

ア 債権者は、本件更新拒絶が支払方法の変更要求と一体の行為として、優越的地位の濫用のうち「相手方に不利益となるように取引条件を設定し、又は変更すること」(独占禁止法一九条、一般指定一四項三号)に該当すると主張する。

イ なるほど、債務者が、債権者に対して、支払方法を信用状方式(L/C)に変更するように要求したことが一応認められるが、他方で、債権者も、債務者に対して、コミッション料の値上げを要求していることも一応認められ、このような両者の交渉経過にかんがみれば、債務者による支払方法の変更要求が、単なる当事者格差の反映にはとどまらず、通常では受け入れ難い不利益を一方的に課すような抑圧的な行為であったとは認め難い。

また、債務者は、協議がまとまらなかった結果、債権者との間の本契約の更新を拒絶しており、債権者の不利益になるように取引条件の設定や変更が行われたということもできない。

したがって、本件更新拒絶が一般指定一四項三号に該当するということはできないから、この点に関する債権者の主張は採用できない。

(4)  以上によれば、独占禁止法二四条に基づく差止請求権(主位的申立てに係る被保全権利二)については、その疎明を欠くから、保全の必要性について判断するまでもなく理由がない。

三  六インチ三社間契約に基づく履行請求権について

(1)  争点(3)ア(国際裁判管轄の有無)について

ア 債権者は、本件取決書の「7.その他」欄には、「本取り決め内容に記載されていない事項または疑義事項が生じた場合資材取引基本契約に従い、別途協議のうえその処置を取り決める。」と記載されているところ、資材取引基本契約では、管轄裁判所を東京地方裁判所とする管轄合意が存在しているから、六インチ三社間契約に関する紛争については東京地方裁判所が管轄権を有すると主張する。

しかし、前記第二の一(3)に認定のとおり、資材取引基本契約はE田と債権者との間の契約であって、債務者を当事者とするものではないところ、本件取決書は、「資材取引基本契約に従い、」としつつも、「別途協議のうえその処置を取り決める。」としているにすぎず、資材取引基本契約の当事者ではない債務者が、同契約に定められた管轄合意に同意するという認識で、六インチ三社間契約を締結したものと認めるには足りないし、他にこれを認めるに足りる疎明はないから、この点に関する債権者の主張は採用できない。

イ そもそも六インチ三社間契約は、前記第二の一(5)に認定のとおり、六インチウェハーの安定的供給を目指して、債権者が、債務者の製造に係る製品をエージェントとしてE田に納入するという従前の取引形態を前提に、債権者、債務者及びE田の三社間において、専ら六インチウェーハーの単価、数量及び契約期間について協議を行った上、最終的な合意に至ったものであり、その他の具体的な契約条件については三社間で新たな合意はされていない。

そうであるとすれば、六インチ三社間契約の内容については、本件取決書に記載された事項以外の契約条件については、従前からの各当事者間の個別的契約(債務者と債権者間については本契約、債権者とE田間については資材取引基本契約)に従う趣旨であったと解することが、当事者の合理的意思に沿うものというべきである。

したがって、債権者と債務者間では、本件取決書に記載された事項を除き、本契約において定められた条項が六インチ三社間契約の契約内容を構成するものと解するのが相当であるから、本件仲裁合意は債権者と債務者間の六インチ三社間契約の契約内容を構成するというべきである。

ウ これに対し、債権者は、六インチ三社間契約の法律関係を当事者ごとに二分することは、三社がエージェントを介して密接に関連し合っていることに照らして極めて不合理であると主張する。

しかし、従前から、債権者と債務者間、債権者とE田間のそれぞれの個別的契約を前提に、債権者が、債務者の製造に係る本件製品を債務者のエージェントとしてE田に対して納入するという取引がされていたこと、六インチ三社間契約は従前の取引形態を実質的に変更することを意図したものではないことに照らせば、六インチ三社間契約の契約内容を、本件取決書に記載された事項を除き、債権者と債務者間、債権者とE田間に二分し、従前からの各当事者間の個別的契約内容によるものと解しても、不合理とはいえないし、このように解することで六インチ三社間契約の目的が損なわれるものでもない。

したがって、この点に関する債権者の主張は採用できない。

エ そうであれば、本件では、当事者間に仲裁地を韓国ソウル市とする本件仲裁合意が存在するため、民事保全法一二条一項所定の「本案の管轄裁判所」は我が国内には存在しないから、六インチ三社間契約に基づく履行請求権を被保全権利とする予備的申立てについては、民事保全法一二条一項に規定する管轄裁判所が我が国内に存在しない。また、その他に、同申立てについて我が国の国際裁判管轄を肯定すべき特段の事情も存在しないことは、前記一(1)エに判示のとおりである。

そうすると、同申立ては、その余の点について判断するまでもなく不適法であることに帰するが、本件では、被保全権利の有無についても争点になっているので、念のためこの点についても判断する。

(2)  争点(3)イ(六インチ三社間契約の準拠法)について

上記(1)イに判示のとおり、債権者と債務者間では、本件取決書に記載された事項を除き、本契約において定められた条項が債権者と債務者間の六インチ三社間契約の契約内容を構成すると解されるから、本件準拠法合意も、また、六インチ三社間契約の契約内容を構成することになる。

したがって、債権者と債務者間の六インチ三社間契約の準拠法は、本件準拠法合意により韓国法となる。

(3)  争点(3)ウ(六インチ三社間契約の内容)について

ア 債務者は、六インチ三社間契約は法的拘束力を有しないMOUにすぎず、これにより債務者が何らかの法的義務を負うことはないと主張する。

そこで検討すると、平成一八年秋ころから、E田、債権者及び債務者との間で、六インチウェハーの安定的供給を目指して、単価、数量及び契約期間について協議を重ね、本件取決書の作成に至ったことは、前記第二の一(5)のとおりであり、当事者間において、本件取決書と別個に契約書を作成することが予定されていたことについての疎明はない。また、本件取決書には、法的拘束力がないことを表すMOUなどの表題は用いられておらず、E田も、本件取決書の作成にかかわらず、別途、六インチ三社間契約に関する契約書を作成するまでは当事者間に契約関係の効力は生じないという認識ではなかったことが一応認められる。

これらの事実によれば、E田、債権者及び債務者の三社は、本件取決書の作成により、平成二一年九月三〇日までの間、債務者の製造に係る六インチウェーハーについて、債権者が債務者のエージェントとして、E田に対し、本件取決書に記載された取引数量及び価格を目安として納入することを合意したことが一応認められる。

そして、六インチ三社間契約については、本件取決書に記載された事項以外は、従前からの各当事者間の個別的契約において定められた条項がその契約内容を構成するものと解すべきことは、上記(1)イに判示のとおりである。

そうであれば、六インチ三社間契約は、債務者が、債権者に対し、債務者の製造に係る六インチウェーハーにつき、平成二一年九月三〇日まで、債権者の注文に応じて供給するとともに、債権者を介さないでE田に販売しないという債務を負うことを内容とする法的拘束力を有する契約であると一応認められるから、この点に関する債務者の主張は採用できない。

イ また、本契約の終了により債権者は本契約上の地位とともに六インチ三社間契約上の地位も喪失すると主張する。

しかしながら、本件取決書の調印に先立ち、債務者が、E田に対し、既に債権者に対して本件更新拒絶を行ったことを理由に、債務者とE田との二社間だけで契約を締結することを提案したものの、E田から三社間契約にしたいとの要望を受け、当該提案を撤回して、債権者を含めた三社で本件取決書が作成されたこと、その際、債務者の担当者は、本契約の終了に連動して債権者が六インチ三社間契約から離脱するとの説明はしていないことは前記第二の一(5)に認定のとおりであり、また、本件取決書にもその旨の記載は存在しないこと、E田も、本契約の終了により債権者が六インチ三社間契約から離脱することはないとの認識を有していたことが一応認められる。

これらの事実に照らせば、E田、債権者及び債務者の三社が、本契約の終了により債権者が六インチ三社間契約から離脱するとの認識をもって、六インチ三社間契約を締結したものと認めることはできず、この点に関する債務者の主張は採用できない。

(4)  争点(3)エ(六インチ三社間契約が債務不履行解除によって終了したか否か)について

ア 債権者と債務者間では、本件取決書に記載された事項を除き、本契約において定められた条項のすべてが六インチ三社間契約の契約内容を構成するものと解すべきことは、前記(1)ウに判示のとおりであるから、本件解除条項は債権者と債務者間の六インチ三社間契約の契約内容を構成することになる。

イ(ア) 債権者は、平成一九年六月八日付け通知書により、債務者に対し、債権者が本契約に基づいて同月一〇日までに債務者に対して支払うべき本件製品の販売代金一億〇四七三万九六五〇円を、同期日までに支払わない旨を通知したこと、債務者は、同年七月二三日、債権者に対し、この不払を理由に、本件解除条項に基づき、同日から三〇日が経過する日をもって、六インチ三社間契約を解除する旨の意思表示をしたことは、前記第二の一(6)に認定のとおりである。また、上記不払いとなっている販売代金は六インチ三社間契約における販売代金をも含むものであることは債権者の自認するところであり(債権者第四準備書面二頁)、この不払は、六インチ三社間契約に基づく代金支払義務の不履行に該当することから、債権者と債務者間の六インチ三社間契約は、上記解除の意思表示により、平成一九年八月二二日の経過をもって終了したものと一応認められる(なお、債務者は、平成一九年六月二〇日付けの本契約の解除の意思表示が六インチ三社間契約の解除の意思表示をも含むものである旨主張するが、同意思表示は本契約の意思表示であることが明らかであって、債務者の主張は採用できない。)。

(イ) これに対し、債権者は、六インチ三社間契約の解除の意思表示はE田に対してもされなければならず、また、本件につき不安の抗弁が成立すると主張する。

しかし、六インチ三社間契約は、六インチウェハーの安定的供給を目指して、従前の取引形態を前提に契約期間、取引数量及び価格について協議を行った上、最終的な合意に至ったものであり、当該契約において合意された内容以外の契約条件については、従前からの各当事者間の個別的契約に従うものと解すべきであることは、前記三(1)ウに判示したとおりであり、本件解除条項は債権者と債務者間の六インチ三社間契約の契約内容を構成することになるから、その契約解除に当たっては、E田に対してまで解除の意思表示をする必要はなく、この点に関する債権者の主張は採用できない。

また、本件につき不安の抗弁が成立するとの債権者の主張は、債務者の信用不安を認めるに足りる疎明がないのみならず、独自の理論に基づくものであり、採用の限りではない。仮に債権者が、債務者の債務不履行により債務者に対する損害賠償請求権を取得しているというのであれば、当該債権を自動債権とする相殺を主張すれば足りるところ、かかる自動債権についての的確な主張及び疎明もない。

(5)  小括

以上によれば、債権者と債務者間の六インチ三社間契約は、本件解除条項に基づく解除により、平成一九年八月二二日の経過をもって終了したものと一応認められるから、六インチ三社間契約に基づく履行請求権(予備的申立てに係る被保全権利)については、その疎明を欠くといわざるを得ない。

第四結論

以上のとおり、本件申立てのうち、本契約に基づく履行請求権(主位的申立てに係る被保全権利一)及び六インチ三社間契約に基づく履行請求権(予備的申立てに係る被保全権利)を被保全権利とする申立ては、いずれも我が国の国際裁判管轄を欠き不適法であり、かつ、被保全権利の疎明も欠くものであり、独占禁止法二四条に基づく差止請求権(主位的申立てに係る被保全権利二)を被保全権利とする申立ては、被保全権利の疎明を欠くものである。よって、本件申立てを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 鹿子木康 裁判官 小川雅敏 川原田貴弘)

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