東京地方裁判所 平成19年(ヨ)20080号 決定 2007年6月15日
債権者
楽天メディア・インベストメント株式会社
同代表者代表取締役
A
同代理人弁護士
国谷史朗
同
池田裕彦
同
高安秀明
同
竹平征吾
同
細野真史
同
山浦美卯
同
茂木龍平
同
高子賢
同
宇留賀俊介
同
山口拓郎
同
吉田勉
同
神谷光弘
同
金川創
同
伊藤徳高
債務者
株式会社東京放送
同代表者代表取締役
B
同代理人弁護士
新保克芳
同
髙﨑仁
同
大久保暁彦
同
洞敬
同
井上彰
同
上野保
同
鳥養雅夫
同
上村真一郎
主文
1 債権者の申立てを却下する。
2 申立費用は債権者の負担とする。
理由
第1申立ての趣旨
債務者は、債権者に対して、債務者の営業時間内のいつにても、別紙書類目録記載の書類(以下「本件書類」という。)を閲覧及び謄写(写真撮影及び電磁的記録によって保存する方法を含む。)させなければならない。
第2事案の概要
本件は、債務者の株主である債権者が、会社法433条1項の規定する会計帳簿の閲覧等の請求権に基づいて、債務者が保有する投資有価証券の明細を記載した帳簿(有価証券台帳等)の閲覧及び謄写を求めたのに対し、債務者が、債権者の当該請求は同条2項1号ないし3号に該当するとしてこれを拒否したことに基づき、当該帳簿の閲覧及び謄写の仮処分命令を求めている事案である。
1 前提となる事実
後掲の各疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。
(1) 当事者
ア 債務者
債務者は、昭和26年5月17日に設立された、放送法による一般放送及びその他放送事業等を目的とする株式会社である。
平成19年6月4日現在、債務者の資本金は548億6515万4896円、発行可能株式総数は4億株、発行済株式の総数は1億9031万3968株であり、債務者は、その発行する株式を株式会社東京証券取引所の開設する市場第1部に上場している。なお、債務者においては単元株制度が採用されており、一単元の株式数は100株である。
(甲1、審尋の全趣旨)
イ 債権者
債権者は、平成17年10月7日に有価証券の保有及び運用等を目的として設立され、楽天株式会社(以下「楽天」という。)がその発行済み株式の全てを保有する株式会社である。
債権者は、債務者が平成19年6月28日に開催する予定の第80期定時株主総会(以下「本定時株主総会」という。)において、債務者の総株主の議決権の100分の3以上にあたる29万9012個の議決権を有する債務者の株主であり、その出資比率は15.71%である。
(甲2から4まで、審尋の全趣旨)
ウ 楽天の業務提携提案
楽天は、平成17年8月から子会社を通じて債務者株式を取得し始め、同年10月13日に債務者に対して業務提携の提案を行った。
(甲9、10)
(2) 債務者の有価証券報告書等
債務者の平成18年3月期(自平成17年4月1日至平成18年3月31日)有価証券報告書及び平成19年3月期(自平成18年4月1日至平成19年3月31日)決算短信には、債務者は平成18年3月期及び平成19年3月期の2事業年度において、投資有価証券の取得のため、合計925億8600万円(平成18年3月期のみで601億1300万円)を支出したことが記載されている。
債務者は、上記投資有価証券の取得目的について、「ビジネス上の関係先等との間で事業上の連携強化を目的としたものである。」と説明している。
なお、債務者の平成15年3月期ないし平成17年3月期の3事業年度における投資有価証券の取得による支出の合計額は179億6500万円であった。
(甲11から15まで)
(3) 本件書類の閲覧及び謄写請求
債権者は、平成19年5月22日付法定書類閲覧・謄写等請求書により、債務者において安定株主工作としてどのような行為が行われ、どの程度の会社財産が流出したかという事実を知ることが、本定時株主総会において議決権を行使する上で、また、株式取得に関する債務者取締役の損害賠償責任の有無を検討し、責任が存在する場合における株主としての権利行使の準備をする上で必要であるとして、債務者に対し、本件書類のうち平成15年3月期ないし平成19年3月期の5事業年度に関するもの(以下「請求書類」という。)の閲覧及び謄写を請求した。
これに対して、債務者は、同月28日付「法定書類閲覧・謄写等請求について」と題する書面により、①債権者は債務者提案に係る本定時株主総会の第2号議案及び第4号議案に対する反対を明確に表明しているから、請求書類の閲覧及び謄写の必要性はないこと、②債務者の有価証券の取得・保有状況の主要部分は、債務者の有価証券報告書により開示されており、債権者が議決権を行使する上で請求書類の閲覧及び謄写は必要ではないこと、③債権者の完全親会社である楽天の営む事業が、債務者が株式の相互保有の状態にある提携先を中心とするビジネス上の関係企業と共同で展開するビジネスと競争関係にあることを理由として、請求書類の閲覧及び謄写を拒絶する旨の回答を行った。
債権者は、債務者がいう拒絶事由はいずれも適法な拒絶事由に該当しないと主張して、同月30日付け請求書により、再度、請求書類の閲覧及び謄写を請求したが、債務者は、これに対しても、閲覧及び謄写を拒絶した。
(甲5から8まで)
(4) 債務者の第80期定時株主総会
債務者は、平成19年6月28日午前10時に東京都千代田区<以下省略>グランドプリンスホテル赤坂クリスタルパレスにおいて、本定時株主総会を開催することとし、株主に対してその召集通知を発している。
本定時株主総会においては、債務者提案の議案として、第2号議案「取締役15名選任の件」及び第4号議案「『当社株式にかかる買収提案への対応方針』の改定の件」を含む4つの議案が上程されている。
また、債権者は、本定時株主総会において株主提案権を行使し、第5号議案「取締役2名選任の件」及び第6号議案「定款一部変更の件」の提案を行っている。
(甲4)
(5) 仮処分申立て
債権者は、平成19年6月6日、本件仮処分命令の申立てをした。
(審尋の全趣旨)
2 争点
(1) 閲覧又は謄写請求の拒絶事由の有無
ア 当該請求を行う株主(以下「請求者」という。)がその権利の確保又は行使に関する調査以外の目的で請求を行ったとき(会社法433条2項1号)に該当するか否か
イ 請求者が請求の相手方である株式会社(以下「相手方会社」という。)の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事するものであるとき(会社法433条2項3号)に該当するか否か
ウ 請求者が相手方会社の業務の遂行を妨げ、株主の共同の利益を害する目的で請求を行ったとき(会社法433条2項2号)に該当するか否か
(2) 保全の必要性の有無
3 争点に対する当事者の主張
当事者双方の主張の要旨は、別紙記載のとおりである。
第3当裁判所の判断
1 閲覧又は謄写請求の拒絶事由の有無について
(1) 本件書類のうち権利行使のために閲覧及び謄写が必要な範囲について
会社法433条1項は、総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主又は発行済株式の100分の3以上の数の株式を有する株主は、株式会社の営業時間内は、いつでも、請求の理由を明らかにして、会計帳簿又はこれに関する資料(書面をもって作成されているときは当該書面、電磁的記録をもって作成されているときは当該電磁的記録に記録された事項を表示したもの)の閲覧又は謄写の請求をすることができる旨規定し、同条2項は、同条1項の請求があったときは、株式会社は、同条2項1号から5号までのいずれかに該当すると認められる場合を除き、これを拒むことができない旨規定している。
上記の請求の理由は、具体的に記載されなければならないが、債権者は、前記第2の1(3)に認定のとおり、債務者において安定株主工作としてどのような行為が行われ、どの程度の会社財産が流出したかという事実を知ることが株主総会において議決権を行使する上で、また、債務者取締役の損害賠償責任の有無を検討し、責任が存在する場合における株主の権利行使の準備をする上で必要であると閲覧及び謄写請求の理由を記載しており、この記載は、請求書類の閲覧及び謄写を請求する理由の記載として、その具体性に欠けるところはないというべきである。
そして、本件書類のうち平成18年3月期及び平成19年3月期の2事業年度に関するもの(以下「必要書類」という。)については、楽天による業務提携提案が行われた後に債務者が取得した株式の銘柄、取得時期、株式数、単価が記載されており、楽天による業務提携提案が行われた後に債務者が取得した株式の内容を知るために閲覧及び謄写が必要であると一応認められる。これに対し、本件書類のうちその余の事業年度に関するものについては、楽天による業務提携提案後における債務者の安定株主工作としてどのような行為が行われ、どの程度の会社財産が流出したかという事実を知る上で、その閲覧及び謄写が必要であると一応認めることはできない。
そこで、債権者による必要書類の閲覧及び謄写の請求について、債務者が主張する拒絶事由が認められるか否かについて検討する。
(2) 権利の行使の確保又は行使に関する調査以外の目的の有無について
ア 会社法433条2項1号は、請求者がその権利の確保又は行使に関する調査以外の目的で請求を行ったときに該当すると認められる場合には、相手方会社は閲覧又は謄写の請求を拒絶することができる旨規定している。
ここにいう請求を行う株主の権利とは、株主が株主たる地位において有する権利のことをいうところ、債権者は、議決権(質問権、意見陳述権)の行使、株主提案権の行使、取締役の違法行為差止請求権及び責任追及の訴えの提起請求等の検討のため、本件書類の閲覧及び謄写が必要であると主張しており、これらの権利はいずれも株主たる地位において有する権利であるということができる。
イ これに対し、債務者は、①債権者が債務者の取得した有価証券の銘柄、取得時期及び取得金額といった情報を得ても、安定株主工作に関連した有価証券の取得目的や、取得行為と債務者の事業との関連性が判明することはない、②債務者が保有する有価証券の細目については株主総会における取締役の説明義務の範囲外であるから、本件書類の閲覧及び謄写と株主総会における質問権及び意見陳述権の行使とは関連しない、③債権者の提案に係る取締役選任議案及び定款の一部変更議案と本件書類の閲覧及び謄写とは関連しない、④株式会社が有価証券に投資する行為は何ら違法なものではなく、有価証券を取得することで債務者の財産を減少させたことはないから、取締役の違法行為差止請求権や責任追及の訴え請求と本件帳簿の閲覧及び謄写とは関連しないと主張する。
しかしながら、必要書類の記載が、債務者による有価証券の取得目的や取得行為と債務者の事業との関連性を明らかにする上で具体的に役立つか否か、あるいは、債権者による株主総会における意見陳述等に役立つか否かについては、債権者が当該書類の閲覧又は謄写をし、他の資料とも突き合わせながらその内容を検討して初めて判明する事柄であるから、債務者の投資先との関係がさまざまであるとしても、そのことから直ちに必要書類の閲覧及び謄写が債権者の権利行使に必要がないということはできない。
ウ 債務者は、債務者の行った有価証券の取得が安定株主工作のために行われたものか否かの調査は、有価証券報告書の記載及び株主名簿により達成できるから、本件書類の閲覧及び謄写は必要ないと主張する。
なるほど、債務者が開示している有価証券報告書(平成19年3月期については、関東財務局への提出及び開示前であるが、そのうち有価証券明細表の予定稿については本件仮処分申立事件の疎明資料として提出された。)には、債務者が保有する全株式のうち、貸借対照表の投資有価証券計上額の平成18年3月期については96.2パーセント、平成19年3月期については96.6パーセントに該当する株式の銘柄ごとの個別株数及び計上額が記載されており、また、債務者は、債権者に対して平成19年3月期の株主名簿の謄本を交付済みであるから、必要書類の閲覧及び謄写がなければ把握できない投資先は、貸借対照表の投資有価証券計上額の3.4パーセントから3.8パーセントにすぎないことが一応認められる(甲11、乙14)。
しかしながら、有価証券報告書において銘柄が開示されていない株式は、平成18年3月期で68銘柄(貸借対照表計上額75億700万円)、平成19年3月期で72銘柄(貸借対照表計上額74億6500万円。前記予定稿で関東財務局への提出まで非開示とされたものを含めると、76銘柄、貸借対照表計上額279億6900万円。)にも上っており、銘柄が開示されている株式についても、その取得時期及び取得金額は明らかではないのであるから、有価証券報告書に相当割合の株式の銘柄ごとの個別株数及び貸借対照表計上額が開示されているとしても、必要書類の閲覧及び謄写が債権者の権利行使に必要がないということはできない。
エ 債務者は、債権者が債務者取締役に対する責任追及を意図するのであれば、より早期に帳簿等閲覧請求訴訟等の法的措置を講ずることができたのに、債務者定時株主総会の直前になって本件仮処分申立てを行ったのは、社会一般にあたかも債務者取締役が違法又は不正な行為をしているかのような印象を与え、自らに有利な議案の議決を実現し、債務者株式の大量取得を果たそうとするものであり、株主としての権利の行使とは関係がないと主張する。
しかしながら、債務者の平成15年3月期ないし平成17年3月期の3事業年度における投資有価証券の取得による支出の合計額は179億6500万円であったのに対し、平成18年3月期及び平成19年3月期の2事業年度における投資有価証券の取得による支出の合計額は925億8600万円にのぼることは前記第2の1(2)に認定のとおりであり、債務者の15.71%の株式を所有する債権者がその内容に関心を寄せることは無理からぬことと考えられ、債務者定時株主総会の直前に債権者が請求書類の閲覧及び謄写の請求をしたことから、ただちに、当該請求が債権者の株主としての権利の行使とは関係がない目的でなされたものであると認めることはできない。
オ したがって、債権者による必要書類の閲覧及び謄写の請求が、株主の権利の確保又は行使に関する調査以外の目的で請求を行ったときに該当すると認めることはできない。
(3) 債権者が債務者の業務と実質的に競争関係にある事業を営むか否かについて
ア 会社法433条2項3号は、請求者が相手方会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事するものであるときに該当すると認められる場合には、相手方会社は閲覧又は謄写の請求を拒絶することができる旨規定している。
イ 債務者は、債権者が保有する債務者株式に関して実質的に株主としての権利行使の判断をし、株主としての利益を享受するのは債権者の完全親会社である楽天であるので、債務者との実質的競争関係の有無については、楽天との間で判断すべきであると主張する。
これに対し、債権者は、会社法433条2項3号は「請求者」との間の競争関係のみを問題にしており、債権者の親会社ではあるものの、法人格を別個にし代表者も異なる楽天との間における競争関係を問題にすることは、会社法の文言に明らかに違背する旨主張する。
そこで検討すると、会社法433条2項3号の趣旨は、競業者等が会計帳簿及び書類の閲覧等により会社の秘密を探り、これを自己の競業に利用し、又は他の競業者に知らせることを許すと、会社に甚大な被害を生じさせるおそれがあるので、このような危険を未然に防止することにあると解されるところ、そのようなおそれは、単に請求者の事業と相手方会社の業務とが競争関係にある場合にとどまらず、請求者の子会社や親会社の事業が相手方会社の業務と競争関係にある場合にも生じ得るものである。
また、旧商法293条ノ7第2号は「株主ガ会社ト競業ヲ為ス者ナルトキ、会社ト競業ヲ為ス会社ノ社員、株主若ハ取締役ナルトキ又ハ会社ト競業ヲ為ス者ノ為其ノ会社ノ株式ヲ有スル者ナルトキ」と規定していたところ、これによれば、請求者が相手方会社と競業する会社の株式を1株でも保有していれば形式的には同号に該当することとなる一方、請求者の親会社が競業する会社である場合は同号に該当しないこととなり、均衡を欠く結果となっていたことから、会社法は、請求者の事業と相手方会社の業務との実質的な競争関係の有無によって拒絶事由を判定することとしたものであって、あえて請求者の子会社が競業する会社である場合を排除するなど、閲覧等の拒絶事由の実質を変更したものであるとは解し難い。
そうであれば、会社法433条2項3号にいう「請求者が当該株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業」を営む場合とは、単に請求者の事業と株式会社の業務とが競争関係にある場合に限るものではなく、請求者がその子会社又は親会社と一体的に事業を営んでいると評価できるような場合において、当該事業が相手方会社の業務と実質的に競争関係にあるときも含むものと解するのが相当である。
ウ この観点からみると、債権者は、有価証券の保有及び運用等を目的とする株式会社であるが、楽天がその発行済株式の全てを保有している楽天の完全子会社であり、また、楽天と債権者は、債務者株主に対する委任状勧誘など株主としての権利行使を共同して行っていることが一応認められるから、楽天と債権者は一体的に事業を営んでいると評価することができる。
もっとも、債権者は有価証券の保有及び運用等を、楽天はインターネット・サービス事業を主として営む会社であるのに対し、債務者は放送事業を主として営む会社であると一応認められるから、基本的に、債権者及び楽天が債務者の事業と実質的に競争関係にある事業を営んでいるということはできない。
これに対し、債務者は、債務者の出資に係る会社はライセンス商品開発事業及びショッピング事業を営んでおり、楽天の電子商取引事業と競争関係にあると主張するが、債務者と当該会社との関係、あるいは債務者の営業規模の中に占める当該事業の割合は明らかではなく、当該会社がショッピング事業等を営んでいることをもって債務者と楽天との間に実質的な競争関係があるとは認められない。また、債務者は、楽天と直接的な競争関係がある多数のIT企業とも提携関係を有するとも主張するが、債務者と当該IT企業との関係は明らかではなく、債務者とIT企業との間に何らかの提携関係があることをもって債務者と楽天との間に実質的な競争関係があるとは認められない。
エ したがって、債権者が債務者の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事するものであると認めることはできない。
(4) 株主の共同の利益を害する目的の有無について
ア 会社法433条2項2号は、請求者が相手方会社の業務の遂行を妨げ、株主の共同の利益を害する目的で請求を行ったと認められる場合には、相手方会社は閲覧又は謄写の請求を拒絶することができる旨規定している。
イ 債務者は、債務者の投資先の中には、共同事業に向けて債務者が先行投資をし、現在共同事業の内容について交渉中のものがあり、このような事実を競争関係にある債権者に知られることは、交渉中の共同事業を頓挫させ、あるいは債務者の立場を不利にさせるおそれがあり、本件請求が認められると債務者ひいては株主共同の利益を害することになると主張する。
ウ しかしながら、必要書類を債権者に閲覧及び謄写させたときには、投資先との円満な関係維持の観点から債務者において株式保有を秘密にしておきたい投資先についてもその名前が債権者に知られることになるものの、必要書類に記載されているのは債務者が保有する株式の銘柄、取得時期及び取得金額等に限られ、投資先との取引関係が直ちに明らかになるものではないし、前記のとおり、債務者と債権者及び楽天との間に実質的な競争関係を認めることはできないのであって、債務者の株式の15.71%の株式を保有する債権者が株主の共同の利益を害する目的で請求資料の閲覧及び謄写の請求を行ったことを窺わせる資料は何ら存在しない。
エ したがって、債権者が、債務者の業務の遂行を妨げ、株主の共同の利益を害する目的で請求を行ったと認めることはできない。
(5) 小括
以上によれば、本件においては、債務者が、債権者の閲覧及び謄写の請求を拒絶することができる事由を認めることはできず、債権者が、債務者に対し、必要書類の閲覧及び謄写を請求することができると一応認められる。
2 保全の必要性の有無について
(1) 本件処分命令の申立ては、会計帳簿等の閲覧謄写請求権にかかる権利関係が確定しない段階で閲覧及び謄写を命ずる、いわゆる満足的仮処分を求めるものであり、かかる仮処分は、「争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするとき」に限り、発令することができるとされている(民事保全法23条2項)。
ところで、会計帳簿等は会社の貸借対照表、損益計算書などの計算書類等の記載事項の基礎となる資料であって、計算書類等と一体となって、会社の経営、経理の実態を示すものであり、その中には会社の企業秘密も含まれているから、上記仮処分により会計帳簿等の閲覧及び謄写が認められた後に、本案訴訟において債権者にその閲覧等の請求権がないことが確定したときには、相手方は無権利者に企業秘密等を開示した結果となる上、これらの書類がいったん閲覧及び謄写されると、情報という性質上、これを閲覧及び謄写がなかった状態に戻すことはできず、ひいては相手方に不測の損害を被らせるおそれがあると考えられる。
したがって、上記のような満足的仮処分は、会計帳簿等の閲覧謄写請求権に係る権利関係が確定しないために生ずる債権者の損害と上記仮処分により相手方が被るおそれのある損害とを比較衡量し、相手方の被るおそれのある損害を考慮しても、なお債権者の損害を避けるため緊急の必要がある場合に限って認められるものと解するのが相当である(東京高等裁判所平成13(ラ)第616号同13年12月26日決定・金融商事判例1140号43頁参照)。
(2)ア これを本件についてみると、債権者は、①本定時株主総会における質問権、意見陳述権、議決権、株主提案権を行使するためには、少なくとも、本定時株主総会前に本件書類を閲覧及び謄写する必要があること、②仮に、本件書類の閲覧及び謄写の結果、債務者財産が違法に流出していれば、取締役の違法行為差止請求権及び責任追及の訴えの提起請求等の監督是正権を行使し、債務者財産の流出を早急に食い止める必要があること、③保有株式の貸借対照表計上額の約96%にあたる銘柄の個別株数及び計上額は開示されており、また、本件書類の閲覧及び謄写によって開示される情報に鑑みても、残りの情報を開示することによって債務者に損害が発生することはないと主張する。
イ しかしながら、債権者が、債務者の株式保有に関して、本定時株主総会において質問権、意見陳述権、議決権、株主提案権等の権利行使を行うとしても、債務者は、既に、各年の有価証券報告書において、債務者が保有する全株式のうち貸借対照表計上額の、平成17年3月期については96.7パーセント、平成18年3月期については96.2パーセント、平成19年3月期については96.6パーセント(前記予定稿で非開示とされたものを除いても87.2パーセント)に該当する株式の銘柄ごとの個別株数及び計上額を開示しており、また、平成19年3月期の株主名簿の謄本を債権者に交付済みであるから、本定時株主総会前に必要書類の閲覧及び謄写をしなければ、その権利行使自体が不可能であるとか、権利行使に著しい妨げが生ずるなど、債権者に著しい損害が生じると認めることはできない。
ウ また、債権者が、必要書類の閲覧及び謄写をした上で、取締役の違法行為差止請求又は責任追及の訴えの提起等を検討するとしても、そもそも、債務者が行った株式の取得が債務者財産の散逸に該当することについて何らの疎明もない上、また、仮に債務者が何らかの損害を被ったことがあるとしても、事後的に責任追及の訴えにより損害の回復を図ることは可能であるし、さらに、債務者に生じた損害が直ちに債権者の損害を構成するものでもないから、本定時株主総会前に必要書類の閲覧及び謄写をしなければ債権者に著しい損害が生ずると認めることはできない。
エ 他方、必要書類の中には、投資先との円満な関係維持の観点から債務者として情報管理を必要とする投資先ないし業務提携先の名前が含まれると一応認められるところ、債権者の必要書類に対する閲覧及び謄写が認められると、これらの名前が債権者に対して開示されることになり、投資先との円滑な関係の維持が困難となるなど、債務者に不測の損害を生じさせるおそれがあることは否定できない。
(3) そうであれば、債務者の被るおそれのある損害を考慮しても、なお債権者の損害を避けるため、本案訴訟の結果を待たずに、仮処分により必要書類の閲覧及び謄写をさせるべき緊急の必要性があると認めることはできない。
3 結論
以上によれば、債権者の申立ては、必要書類の閲覧及び謄写を請求できることについては疎明があるものの、閲覧及び謄写を仮処分によって求める保全の必要性があることの疎明がないといわざるを得ない。
よって、債権者の申立ては理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 鹿子木康 裁判官 矢尾和子 西村英樹)
<以下省略>