東京地方裁判所 平成19年(ヨ)20081号 決定 2007年6月28日
主文
1 債権者の申立てを却下する。
2 申立費用は債権者の負担とする。
理由
第1申立ての趣旨
1 債務者が平成19年6月24日の株主総会決議に基づいて現に手続中の新株予約権無償割当てを仮に差し止める。
2 申立費用は債務者の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,債務者の株主である債権者が,債務者が平成19年6月24日の株主総会決議(第7号議案)に基づいて現に手続中の新株予約権の無償割当て(以下,この新株予約権を「本件新株予約権」といい,この無償割当てを「本件新株予約権無償割当て」という。)について,①新株予約権の内容が株主平等原則(会社法109条1項)に反し,法令に違反すること,②上記の株主総会決議(第7号議案)は無効又は取り消されるべきものであるから,一定の新株予約権無償割当てに株主総会決議を求める定款(第6号議案の決議に基づいて変更された第19条)に違反すること,③債権者関係者の持株比率を大幅に希釈化させることのみを目的とするもので,著しく不公正な方法によるものであることを理由として,会社法247条の類推適用に基づき,これを仮に差し止めることを求めた事案である。
2 前提事実
後掲の疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,以下の事実が一応認められる。
(1) 当事者等
ア 債務者
(ア) 事業内容
債務者は,大正15年9月21日に設立され,ソースその他調味料の製造及び販売等を主たる事業とする株式会社である。
債務者の平成19年3月期の年間連結売上高は約167億円,連結営業利益は約7億円である。
(甲11)
(イ) 資本構成
平成19年6月8日現在,債務者の資本金の額は10億4437万8250円,発行可能株式総数7813万1000株,発行済株式総数は1901万8565株であり,債務者は,その発行する株式を株式会社東京証券取引所(以下「東京証券取引所」という。)市場第二部に上場している。債務者においては,単元株制度が採用されており,単元株式数は1000株である。
平成18年9月30日現在で,債務者の発行済株式の総数に対する大株主(上位10名)の保有株式数の割合は約33パーセント,債権者の保有株式数の割合は約9パーセントであるのに対し,債権者以外の大株主の保有株式数の割合はいずれも4パーセント以下にとどまる。
(甲1)
(ウ) 定時株主総会
債務者の定時株主総会は,毎年6月に招集され,定時株主総会の議決権の基準日は毎年3月31日とする旨が定款に定められている。
(甲3)
イ 債権者等
(ア) 債権者
債権者は,日本株への投資を目的とする英領ケイマン諸島法に基づいて設立されたリミテッド・パートナーシップ形態の米国系投資ファンドである。債権者は,債務者の株主であり,平成19年5月18日現在,債務者株式178万株を保有している。また,債権者の関連法人であるリバティ・スクェア・アセット・マネジメント・エル・ピー(以下「LSAM」という。)も債務者株式17万株を保有しており,その合計は債務者の発行済株式の10.25パーセントとなる。
(甲1)
(イ) SPVⅡ
スティール・パートナーズ・ジャパン・ストラテジック・ファンド-エス・ピー・ヴィーⅡ・エル・エル・シー(以下「SPVⅡ」という。)は,アメリカ合衆国デラウェア州法に基づいて設立されたリミテッド・ライアビリティー・カンパニー(有限責任会社)である。SPVⅡは,債権者のために株式等の買付けを行うことのみを目的として設立された会社であり,その持分の100パーセントを債権者が有しており,債権者が完全に所有,支配している。
(甲1,5)
(ウ) 債権者関係者
債権者,SPVⅡ,LSAMを含む,別紙「本件新株予約権無償割当ての内容」第9項に記載された者(以下,これらの者を一括して「債権者関係者」という。)は,グループを形成して,世界各地で企業に対する多額の投資を行ってきている。
債権者関係者は,我が国においては,ハウス食品株式会社,キッコーマン株式会社,日清食品株式会社,江崎グリコ株式会社,サッポロホールディングス株式会社,株式会社アデランス,株式会社ノーリツ,ブラザー工業株式会社,ユシロ化学工業株式会社等の様々な会社に大規模な投資を行い株式を大量に取得しており,これまでに,日本企業約30社に対して総額40億ドルを投資したとされている。
また,債権者関係者は,我が国においてこれまでに公開買付けによる敵対的買収(以下「対象会社の現経営者が反対している買収」の意味で用いる。)を数回試みてきている。
例えば,債権者は,平成15年12月,その子会社を通じて株式会社ソトー(以下「ソトー」という。)の株式に対する公開買付けを開始した。ソトーの経営陣は,当初,経営陣による企業買収で対抗したが失敗し,その後,平成16年3月期に大幅増配を行うことを決定,発表したこと等から市場価格が買付価格を上回ったため,買付けに応募する株主はほとんど現れないまま公開買付けは終結した。しかし,債権者は,株価が高騰していたことから,既に保有していたソトーの株式の相当割合を配当を受ける前に売却して売却益を得た。これと同時期に,債権者は,ユシロ化学工業株式会社の株式に対する公開買付けも実施した。
また,債権者は,平成18年10月,その100%子会社を通して明星食品株式会社の株式に対する公開買付けを開始した。債権者側の公開買付けの開始後,明星食品株式会社との資本業務提携を前提とする日清食品株式会社が,債権者側の買付価格を大幅に上回る価格での公開買付けを開始したことから,債権者側は,保有する明星食品株式会社の株式全部(議決権比率23.1%)を日清食品株式会社に売却した。
これらの事例は広く報道されるなどして,債権者関係者の投資活動は,経済社会の関心を集めていた。
(甲5,15,16,36から38まで,乙2から6まで,8)
(2) SPVⅡによる債務者株式の公開買付けの開始
ア 債務者は,平成19年5月16日,債権者から,債務者の発行済株式の全部の取得を目的として,1株につき1584円の買付価格により,取得株式数に下限を付さずに公開買付けを実施することを意図している旨の内容の書簡を受領した。
債権者は,平成14年に債務者株式の取得を始め,同年12月12日には,その関係者と併せて債務者株式96万株(発行済株式総数の5.05パーセント)を保有していることを明らかにし,平成19年1月11日には,LSAMと共に大量取得報告書(変更報告書)を提出して,同月1日現在で債権者が債務者株式を176万株,LSAMが17万株を保有していること,保有目的が株主としてのリターンの享受のための投資及び状況に応じて経営陣への助言,重要提案行為等を行うこと,その取得に要した資金の額が債権者は16億9963万1000円,LSAMは1億1756万1000円であること等を明らかにしていた。しかし,債権者は,平成17年10月に債務者の経営陣と一度接触を持った以外,上記書簡の送付まで,債務者経営陣に対して経営方針や取締役の選任等について具体的な提案をしたことはなく,また,上記の書簡でも,公開買付けの開始日や買付期間,取得目的や債務者の経営への関与方針等については,明らかにしていなかった。
(甲12,乙1,31)
イ SPVⅡは,平成19年5月18日,債権者及びLSAMを併せて,債務者の発行済株式の全株式を取得することを目的として,次のとおりの公開買付け(以下「本件公開買付け」という。)を行う旨公告し,公開買付開始届出書を関東財務局長に提出した。
① 買付け等をする株券等の種類普通株式及び平成16年6月29日第79回定時株主総会の特別決議に基づき発行された新株予約権
② 買付期間平成19年5月18日から同年6月28日まで
③ 買付価格1株1584円,新株予約権1個1円
④ 買付け等を行う株式等の上限及び下限なし(したがって,応募株券等の全部の買付けを行う。)
公開買付開始届出書には,本件公開買付けは,あくまでも証券売買による利益を得ることを目的としている旨記載されていた。また,当該届出書には,買付価格について,債務者株式の直近の市場価格が債務者の株主が認識している公正な株式価値を合理的に反映したものであると判断し,適切と考えるプレミアムを加算して決定したこと,当該買付価格は,本件公開買付け開始前の平成19年5月16日までの1か月間,3か月間,6か月間及び12か月間の債務者株式の東京証券取引所における取引日の終値の単純平均値1342円,1404円,1360円,1351円に対して,それぞれ約18.03パーセント,約12.82パーセント,約16.47パーセント及び17.25パーセント,同日の終値1336円に対して約18.56パーセントのプレミアムを加算したものとなっていること等が記載されていた。
(甲1)
(3) 債務者による意見表明報告書及びSPVⅡによる対質問回答書の提出債務者は,平成19年5月25日,本件公開買付けに対する意見を留保することを取締役会で決議し,SPVⅡに対する質問事項を記載した意見表明報告書を関東財務局長に提出した。これに対し,SPVⅡは,同年6月1日,上記質問事項に対する対質問回答報告書を関東財務局長に提出した。
対質問回答報告書には,債権者は日本において会社を経営したことはなく現在その予定もないこと,債権者は現在のところ債務者を自ら経営するつもりがないこと,企業価値を向上させることができる提案等をどのように経営陣に提供できるか想定しているものはないこと,債権者は債務者の支配権を取得した場合における事業計画や経営計画を現在のところ有していないこと等が記載され,また,債務者の行うソース類の製造販売事業について質問の大部分については,現在のところ債務者の日常的な業務の経営を行うことを意図していないため回答する必要がないと考えるとの回答が記載されていた。
債務者は,同日,SPVⅡの代理人に対し,「当社の平成19年5月25日付け意見表明報告書に記載の質問事項に対するご回答のお願い及び秘密保持契約案文のご送付」と題する書面を送付し,SPVⅡが機密情報に当たるとして回答を留保した質問事項について,秘密保持契約を締結した上で平成19年6月6日までに回答するように求めたが,債権者から,同日,これに応じられない旨の回答がされた。
(甲4から7まで)
(4) 本件公開買付けに対する債務者取締役会の意見表明
債務者取締役会は,平成19年6月7日,本件公開買付けに対して反対することを決議した。そして,債務者取締役会は,同日に公表した意見表明報告書の訂正報告書及び「当社の企業価値向上に向けて」と題する書面において,本件公開買付けは,債務者の企業価値ひいては株主の共同の利益の毀損につながると判断して反対の意見を表明するとし,その理由として,公開買付者であるSPVⅡ及び債権者が,株主共同の利益に資する経営支配を行う能力を有していないこと,本件公開買付け後の債務者の経営に対して具体的な方針を明らかにしていないこと,ファンドとしての性質上追求する利益と中長期的視点での債務者の企業価値等の拡大が衝突する可能性があること等から,SPVⅡ及び債権者が債務者の議決権の多数を取得することが企業価値の毀損につながると述べ,また,買付価格が債務者の企業価値を適正に反映していないもので,その算定根拠についても市場価格に一定のプレミアムを付したものと説明するのみで具体的な説明がないこと等から,本件公開買付けの条件及び方法が不適切である旨述べた。
(甲8,11)
(5) 本件新株予約権無償割当ての株主総会への付議決定
債務者取締役会は,上記意見表明の同日,本件公開買付けに対する対応策として,平成19年9月24日開催予定の定時株主総会(以下「本件総会」という。)の特別決議による承認に基づき,本件新株予約権無償割当てを行うべく,①一定の新株予約権無償割当てに関する事項を株主総会の特別決議事項とする等の内容の定款変更議案(以下「本件定款変更議案」という。)及び②本件定款変更議案が承認可決されることを条件として,本件新株予約権無償割当てを行うことを特別決議により承認することを求める議案をそれぞれ本件総会に付議することを決定した。
(甲9,10)
(6) 本件定款変更議案の概要
本件定款変更議案の概要は次のとおりである。
① 第19条新設
債務者は,その企業価値及び株主共同の利益の確保・向上のためになされる,新株予約権者のうち一定の者はその行使又は取得に当たり他の新株予約権者とは異なる取扱いを受ける旨の条件を付した新株予約権無償割当てに関する事項については,取締役会の決議によるほか,株主総会の決議又は株主総会の決議による委任に基づく取締役会の決議により決定する。この株主総会の決議は,特別決議で行う。
② 第18条及び第22条改正
取締役の任期を1年とし,解任決議の要件を株主総会の特別決議から普通決議に変更する。
③ 第6条改正
発行可能株式総数を7813万1000株から2億株に引き上げる。
(甲10)
(7) 本件新株予約権無償割当ての概要
本件総会で承認が求められた本件新株予約権無償割当ての内容は別紙「本件新株予約権無償割当ての内容」に記載のとおりであるが,その概要は次のとおりである。
① 割当の方法及び割当先
新株予約権無償割当ての方法により,基準日である平成19年7月10日の最終の株主名簿及び実質株主名簿に記載又は記録された株主に対して,その有する債務者株式1株に付き3個の割合で本件新株予約権を割り当てる。
② 本件新株予約権無償割当てが効力を生ずる日
平成19年7月11日
③ 本件新株予約権の目的である株式の種類及び数
債務者普通株式。本件新株予約権1個の行使により債務者が交付する数(割当株式数)は1株とする。
④ 本件新株予約権の行使に際して出資される財産の価額
本件新株予約権の行使により債務者がその普通株式を新たに交付する場合における株式1株当たりの払込金額は,1円とする。
⑤ 本件新株予約権を行使することができる期間(行使可能期間)
平成19年9月1日から同月30日まで
⑥ 本件新株予約権の行使の条件
債権者関係者は,「非適格者」として本件新株予約権を行使することができない。
⑦ 本件新株予約権の取得の事由及び取得の条件(取得条項)
債務者は,その取締役会が別途定める日(但し,行使可能期間の初日より前の日とする。)をもって,本件新株予約権(但し,非適格者の有する新株予約権を除く。)を取得し,その対価として,本件新株予約権1個につき当該取得日時点における割当株式数の債務者普通株式を交付することができる。
債務者は,その取締役会が別途定める日(但し,行使可能期間の初日より前の日とする。)をもって,本件新株予約権(但し,非適格者の有する新株予約権に限る。)を取得し,その対価として,本件新株予約権1個につき396円を交付することができる。
なお,この396円という取得価額は,本件公開買付けにおける買付価格1584円に本件新株予約権無償割当てによって見込まれる希釈化の割合(4分の1)を乗じて得られた価格である。
⑧ 本件新株予約権の譲渡制限
譲渡による本件新株予約権の取得については,債務者取締役会の承認を要する。
(甲10)
(8) 債務者による本件新株予約権無償割当ての説明
債務者は,平成19年6月7日に提出した意見表明報告書の訂正報告書や本件総会の株主総会参考書類において,本件新株予約権無償割当ての目的,効果等について,概ね,次のような説明をしている。
ア 本件新株予約権無償割当ては,公開買付者(SPVⅡをいう。)が本件公開買付けを通じて債務者の議決権の多数を取得することを防止すること等,債務者の企業価値ひいては株主の共同の利益を保護ないし確保することを目的とする。
イ 本件新株予約権無償割当ては,①公開買付者による本件公開買付けの実施に対して,公開買付者に撤回等を行うか否かを検討するための十分な機会を与えるという効果を有する(本件新株予約権無償割当てについて株主総会で承認がなされた場合には,公開買付者は,本件公開買付けの撤回等を行うことが可能となる。),②本件公開買付けの撤回等がなされない場合は,本件公開買付け後に公開買付者らが保有することとなる債務者の議決権について,公開買付者らに経済的価値の損害を被らせることなく希釈化させる効果を有する,③本件新株予約権無償割当てが実行される場合には,債務者の発行済株式は3倍超に増加することとなり,投資単位の引き下げ効果があるため,債務者の株式の市場における流動性が増すのみならず,顧客である消費者が株主となることが容易になる効果も有する。
ウ 本件新株予約権無償割当ての基準日(平成19年7月10日)に係る権利落ち日(同月5日)よりも前に公開買付者が証券取引法の規定に従い本件公開買付けの撤回等を行った場合その他必要な場合には,本件新株予約権無償割当ては実施されない。
エ 割り当てられた本件新株予約権については,原則として,行使期間の到来よりも前に,取得条項に基づき取得することを予定している。ただし,税務当局から,非適格者以外の株主に負担となる課税が発生する旨の見解が示された場合には,かかる取得は行われず,非適格者以外の株主には行使可能期間の到来を待って本件新株予約権を行使してもらう可能性がある。
オ 本件新株予約権の取得又は行使がされた場合には,非適格者以外の株主の議決権比率は,相対的に高まる。
(甲8,10)
(9) 本件新株予約権無償割当ての影響
ア 持株比率
(ア) 本件新株予約権無償割当てにおいては,基準日である平成19年7月10日における最終の株主名簿及び実質株主名簿に記載又は記録された株主に対して,その有する債務者株式1株に付き3個の割合で本件新株予約権が割り当てられる。しかし,債権者関係者は,非適格者として本件新株予約権を行使することができず,また,債務者が取得条項を行使しても債権者関係者が受ける対価は金銭であって債務者株式ではない。したがって,債権者関係者以外の株主が新株予約権を全部行使し,又は,債務者が取得条項に基づき債権者関係者以外の株主の新株予約権を全部取得して,これに対応する株式が債権者関係者以外の株主に交付された場合には,債権者関係者の持株比率は大幅に希釈化される。
(イ) 仮に,本件公開買付けによりSPVⅡが取得した債務者株式の名義書換が基準日である平成19年7月10日までに行われ,基準日において債権者関係者が全体で発行済株式総数1901万8565株の50パーセントである950万9283株を有するに至ったとした場合,債権者関係者以外の株主の全てが本件新株予約権を行使し,又は債務者が取得条項に基づき債権者関係者以外の株主の本件新株予約権を全て取得して,株式が交付されたときは,発行済株式総数は4658万8901株に増加する(債権者関係者以外の株主保有株式数〔発行済株式総数1901万8565株-債務者自己株式数31万9170株-債権者関係者保有株式数950万9283株〕×4+債務者自己株式数+債権者関係者保有株式数)一方,債権者関係者の保有株式数は変わらないから,債権者関係者の持株比率は20.41パーセントまで低下する。
(ウ) また,仮に,本件公開買付けによりSPVⅡが取得した株式の名義書換が基準日までに行われず,債権者関係者以外の株主の全てが本件新株予約権を行使し,又は債務者が取得条項に基づき債権者関係者以外の株主の本件新株予約権を全て取得して,株式が交付された場合には,発行済株式総数は6926万6750株(発行済株式総数1901万8565株-債務者自己株式数31万9170株-債権者関係者保有株式195万株)×4+債務者自己株式数+債権者関係者保有株式数)となり,債権者関係者の持株比率は,10.25パーセント(195万株÷1901万8565株)から2.82パーセント(195万株÷6926万6750株)まで低下する。
(エ) なお,本件公開買付けは,後記(10)のとおり,買付期間の末日が平成19年8月10日まで延長されたことから,本件公開買付けにより取得した株式についてSPVⅡが本件新株予約権の割当てを受けるという上記(イ)の例の可能性はなくなった。
イ 1株当たりの経済的価値
本件新株予約権無償割当ては,基準日(平成19年7月10日)時点の株主に対して,その有する債務者株式1株につき3個の割合で本件新株予約権を割り当て,本件新株予約権1個の行使により1株が交付されるから,基準日時点の株主が保有する債務者株式の経済的価値は,非適格者が新株予約権を行使することができないという条件を捨象すれば,実質的には,株式1株と3個の新株予約権によって4分されることになる
(10) 本件公開買付けにおける買付価格の引上げ及び買付期間の延長
ア SPVⅡは,平成19年6月15日,本件公開買付けの条件を変更し,買付期間の末日を同月28日から8月10日に延長し,買付価格を1株1584円を1株1700円に引き上げ,決済の開始日を同年7月6日から同年8月17日に変更した。SPVⅡが提出した公開買付届出書の訂正届出書には,買付価格の引上げは,過去の取引日の終値の平均値に加算するプレミアムを増額したことによることが示されており,これにより,買付価格は,訂正前は債務者株式の東京証券取引所における平成19年5月16日までの1か月間の終値平均(1342円)を約18.03パーセント上回る価格であったが,訂正後は約26.67パーセント上回る価格となった。
(乙7)
イ 買付期間の末日が平成19年8月10日に延長されたことから,SPVⅡが本件公開買付けで取得する債務者株式については,本件新株予約権無償割当ての基準日である同年7月10日の時点では株主名簿又は実質株主名簿の名義書換がされず,本件新株予約権の割当ての対象にならないことになった。
したがって,債権者関係者のうち,本件新株予約権の無償割当てを受けることになるのは,債権者(178万株)及びLSAM(17万株)に限られ,債権者関係者以外の株主の全てが本件新株予約権を行使し,又は債務者が取得条項に基づき債権者関係者以外の株主の本件新株予約権を全て取得して,株式が交付された場合には,前記(9)ア(ウ)のとおり,債権者及びLSAMを併せた持株比率は,10.25パーセントから2.82パーセントまで低下することになる。そして,債権者及びLSAMに割り当てられた本件新株予約権を取得条項に基づき債務者が取得する場合には,当該両者に対し,合計23億1660万円(195万株×3×396円)の支払がされることになる。
(11) 本件新株予約権無償割当ての承認議案等の本件総会での決議
本件総会は,平成19年6月24日午前10時から開催された。本件総会では,予定どおり,本件定款変更議案(第6号議案)及び本件新株予約権無償割当ての承認に係る議案(第7号議案)も順次上程された。
議決権を行使することができる株主の総議決権の個数は1万8533個であったが,①本件定款変更議案については,総議決権の約94パーセント(1万7430個)を有する株主が出席し(議決権行使書面の提出を含む。),出席した当該株主の議決権の約88.7パーセント(総議決権の約83.4パーセント)の賛成により,②本件新株予約権無償割当ての承認に係る議案については,総議決権の約94パーセント(1万7419個)を有する株主が出席し(議決権行使書面の提出を含む。),出席した当該株主の約88.7パーセント(総議決権の約83.4パーセント)の賛成により,それぞれ可決承認された。
(甲59,60,乙36)
(12) 本件総会終了直後に開催された債務者取締役会での決議等
本件総会が終了した直後である平成19年6月24日午後1時20分から債務者取締役会が開催された。債務者取締役会は,本件総会において承認された本件新株予約権無償割当ての要項を決議したほか,①本件新株予約権に関して現在実施している税務当局への確認の結果,各取得条項に基づき本件新株予約権の取得を行った場合であっても,株主に特段不利益となる課税関係が生じない旨の回答が税務当局から得られた場合には,その後可及的速やかに本件新株予約権の取得を行うこと,②上記の税務当局に対する確認の結果,株主に対する課税上の問題から,非適格者である債権者関係者から取得条項に基づき本件新株予約権の取得を行うことができないと判断される場合であっても,債権者関係者の有する本件新株予約権の全部を,債務者として債権者関係者に何らの負担・義務を課すことなく1個当たり396円の支払と引き換えに譲り受けることを,それぞれ決議し,これらの各決議の内容は,同日付けのプレスリリースにおいて公表された。
(乙37,53)
3 当事者の主張
当事者の主張は,別紙のとおりである。
第3当裁判所の判断
1 新株予約権無償割当てについての会社法247条の類推適用の可否について
(1) 会社法247条は,第4款「募集新株予約権の発行をやめることの請求」中に置かれ,株主が株式会社に対し,同法238条1項の募集に係る新株予約権の発行をやめることを請求することができる旨を規定しているものであるから,同法277条の規定する新株予約権無償割当てについて同法247条の規定を直接適用することができないことは明らかである。
(2) 次に新株予約権無償割当てについての同法247条の類推適用の可否について検討する。
会社法は,同法238条1項の募集に係る新株予約権の発行が法令若しくは定款に違反する場合,又は当該新株予約権の発行が著しく不公正な方法により行われる場合において,株主が不利益を受けるおそれがあるときは,その株主に株式会社に対する当該新株予約権発行の差止請求権を認めている(同法247条)。その趣旨は,募集新株予約権の発行については,新株予約権の割当てを受ける権利が無視されたり,第三者への新株予約権の発行がされ,その行使としての株式の交付により持株比率が低下したり,又は第三者に有利な価額で新株予約権が発行され,その行使としての株式の交付により株価の低下に伴う損害を受けるなど株主が不利益を受けるおそれがあるため,法令若しくは定款違反又は不公正な方法による発行により不利益を受けるおそれがある株主を事前に救済するということにある。一方,新株予約権無償割当ては,既存株主の株式の保有数に応じて新株予約権を割り当てるにすぎず,二つ以上の種類の株式を発行している場合を除けば,株主にとっては,新株予約権の行使により発行済株式数が増えても,従来の保有株式と新たに交付された株式を合計すれば,持株比率や株式の総体的な経済的価値に変更はないから,通常は,株主が不利益を受けるおそれを想定することができない。そのため,新株予約権無償割当てについては,募集新株予約権の発行と同様の差止請求権が規定されなかったものと解される。
これに対し,本件新株予約権無償割当てにより割り当てられる本件新株予約権には,債権者関係者は非適格者として新株予約権を行使することができないとするなど新株予約権者を差別的に取り扱う行使条件(以下「差別的行使条件」という。)が付されており,債権者関係者は,本件新株予約権の割当ては受けるものの,本件新株予約権を行使して株式の交付を受けることができず,その結果,既存株主としての地位に実質的な変動が生じ,持株比率及び保有株式の経済的価値の低下という不利益を受けるおそれが生じることになる。このようなおそれは,募集新株予約権の発行が法令若しくは定款に違反する場合又は当該新株予約権の発行が著しく不公正な方法により行われる場合に既存株主に生ずる不利益のおそれと本質的に異なる性質のものではない。
また,このような差別的行使条件を付した新株予約権無償割当ては,債権者関係者を除く株主に対する募集新株予約権の発行と実質的には異なるところがないが,後者の場合には差止請求権の行使が可能であるのに,前者の場合には差止請求権の行使ができない結果となることに合理的な理由を見出すことは困難である。
さらに,平成17年法律第87号による改正前の商法においては,株主に対して無償で新株予約権を発行する場合についても新株予約権発行の差止請求権が認められていたところ(同法280条の39第4項,280条の10),会社法においては,新株予約権無償割当てが原則として既存株主に不利益を及ぼすものでないため差止請求権を規定しなかったものであって,新株予約権無償割当てが既存株主の地位に実質的な変動を及ぼす場合にまで差止請求権を排除する趣旨であるとは解し難い。
したがって,新株予約権無償割当てについても,それが株主の地位に実質的変動を及ぼす場合には,会社法247条の規定が類推適用されると解すべきであって,本件新株予約権無償割当てが債権者の地位に実質的変動を及ぼすものであることは前判示のとおりであるから,本件新株発行無償割当てについては,同条の規定が類推適用されるというべきである。
2 本件新株予約権無償割当てが株主平等原則に反し法令に違反する場合に該当するか否かについて
(1) 差別的行使条件等を付した新株予約権無償割当てに株主平等原則の適用があるか否かについて
ア 会社法109条は,株式会社は,株主をその有する株式の内容及び数に応じて,平等に取り扱わなければならない旨を規定するところ,この規定は,株主としての資格に基づく法律関係については,株主を,その有する株式の内容及び数に応じて平等に取り扱わなければならないといういわゆる株主平等原則を定めるものと解されている。
他方,新株予約権について,株式会社は,一定の行使条件を付すことができ,また,株式会社が一定の事由が生じたことを条件として当該新株予約権を取得することができる旨(以下「取得条項」という。)を定めることができるところ,このような行使条件又は取得条項の定めは,新株予約権の内容に係ることであって,株式の内容や株主としての資格自体に直接関係するものではない。したがって,行使条件や取得条項について新株予約権者間で差別的取扱いを行うことを内容とする新株予約権が発行されたとしても,これをもって,当該新株予約権が直ちに株主平等原則に違反するということはできない。
イ しかしながら,新株予約権が,第三者に対する割当てではなく,株主に対する無償割当ての方法で発行される場合には,以下の理由から,当該新株予約権についても,株主平等原則の趣旨が及ぶと解すべきである。
(ア) まず,新株予約権無償割当ては,株主に対して新たに払込みをさせないで新株予約権を割り当てるものであるから(会社法277条),株主は,当該新株予約権の割当てを,株主としての資格に基づいて受けているものというべきであって,当該新株予約権の内容が株主平等原則と関係しないとは解し難い。
(イ) また,新株予約権無償割当ての制度は,株式無償割当ての制度とともに,会社法制定に伴い新たに導入されたものであるところ,株式無償割当てと株式分割を比較すると,異なる種類の株式の交付が可能な点,自己株式に効力が及ばない点,自己株式の交付が可能な点などのほかは,株式無償割当ては株式分割と基本的に同様の機能を有するものとされている。そうすると,株式無償割当てについて,会社法186条2項は,株主に割り当てる株式の数又はその数の算定方法についての定めは,当該株式会社以外の株主の有する株式の数に応じて株式を割り当てることを内容とするものでなければならない旨を規定するところ,この規定は,株主に割り当てられる株式は,株式分割と同様に,実質的に同一の内容であることを前提とするものと解される。そして,同法278条2項は,株主に割り当てられる新株予約権の内容及び数又はその算定方法についての定めは,当該株式会社以外の株主の有する株式の数に応じて新株予約権を割り当てることを内容とするものでなければならないことを定めており,これは上記186条2項とほぼ同一の規定であるから,新株予約権無償割当ても,株主に割り当てられる新株予約権が実質的に同一の内容であることを前提とするものと解するのが自然である。
(ウ) さらに,会社法において,新株予約権無償割当てについては,募集新株予約権の発行と同様の差止請求権の規定が設けられていないが,その趣旨は,新株予約権無償割当ては,既存株主の株式の保有数に応じて新株予約権を割り当てるにすぎず,株主にとっては,新株予約権の行使により発行済株式数が増えても,従来の保有株式と新たに交付された株式とを合計すれば,持株比率や株式の総体的な経済的価値に変更がなく,通常は株主が不利益を受けるおそれを想定できないことにあると解されることは前判示のとおりである。
ウ 本件新株予約権無償割当てにおいては,債権者関係者を含む株主全員に,同一内容の新株予約権の割当てが行われるため,形式的には平等な取扱いがなされるといい得るものの,当該新株予約権の内容として差別的な行使条件及び取得条項が定められているため,債権者関係者以外の株主が新株予約権を全部行使した場合,又は,債務者が取得条項に基づき債権者関係者以外の株主の新株予約権を全部取得して,これに対応する株式が交付された場合には,前記第2の2(10)イに判示のとおり,債権者関係者の持株比率は大幅に希釈化されるという不利益を受けることになる。
もっとも,株主平等原則について,会社法は一定の場合に例外的な取扱いを行う余地を認めているのであって,同法の規律に基づき,本件新株予約権無償割当ての定める差別的な行使条件及び取得条項に基づく債権者関係者の不利益が許容されるものか否かを検討する。
(ア) まず,募集株式又は募集新株予約権の募集事項の決定について,公開会社においては,募集株式の払込金額が株式を引き受ける者に特に有利な金額である場合(この場合には株主総会の特別決議により決定することが必要である。)等を除き,取締役会の決議によるものとされている(201条1項,240条1項)。そうであれば,会社法は,既存株主の持株比率の維持の要請は,株式の経済的価値の平等の要請より劣後するものとして扱っているということができる。
(イ) また,株式会社が,吸収合併及び株式交換を行う場合において,消滅会社の株主等に対して交付する対価については,金銭その他の財産であれば足り(749条1項2号,751条1項3号,768条1項2号,770条1項3号),その対価は,消滅会社の株主等の有する株式の数に応じて交付しなければならないものとされている(749条3項,751条3項,768条3項,770条3項)。そうであれば,会社法は,株主の有する株式の数に応じて金銭その他の対価が交付され,経済的利益が確保される限り,株主総会の特別決議によって(783条1項,309条2項12号),少数株主の株主としての地位を強制的に失わせることを許容しているということができる。
(ウ) さらに,譲渡制限株式の買取り等(140条2項,5項,309条2項1号),特定の株主からの自己株式取得(156条1項,160条1項,309条2項2号),現物配当(454条4項,309条2項10号)といった,支配株主等一部の株主のみが利益を受けるおそれがあり,株主平等原則の上から株主の利害に関わる事項も,会社法は,株主総会の特別決議の下に許容しているということができる。
このような会社法の規律の内容に照らすと,株主に無償で割り当てられた新株予約権について定められた差別的な行使条件又は取得条項のために,特定の株主が持株比率の低下という不利益を受けるとしても,少なくとも株主総会の特別決議に基づき当該新株予約権無償割当てが行われた場合であって,当該株主の有する株式の数に応じて適正な対価が交付され,株主としての経済的利益が平等に確保されているときには,当該新株予約権無償割当ては,株主平等原則や会社法278条2項の規定に違反するものではないと解するのが相当である。
(2) 本件新株予約権無償割当てが株主平等原則に違反するか否かについて
ア 当裁判所の判断
そこで,債権者関係者が本件新株予約権1個当たり396円の対価を取得することをもって,株主としての経済的利益が平等に確保されているといえるか否かについて検討する。
本件新株予約権無償割当ては,基準日時点の株主に対して,その有する債務者株式1株につき3個の割合で本件新株予約権を割り当て,本件新株予約権1個の行使により1株が交付されるから,基準日時点の株主が保有する債務者株式の経済的価値は,非適格者が新株予約権を行使することができないという条件を捨象すれば,実質的には,株式1株と3個の新株予約権によって4分されることになることは,前記第2の2(9)イに判示のとおりである。
ところで,債務者が債権者関係者に対して本件新株予約権の取得の対価として提供する1個当たり396円は,本件公開買付けにおいてSPVⅡが当初買付価格としていた1株当たり1584円の4分の1に相当する金額である。そして,当該買付価格は,債務者株式の直近の市場価格が債務者の株主が認識している公正な株式価値を合理的に反映したものであるとの判断に基づき,SPVⅡが適切と考えるプレミアムを加算して決定したものであること,当該買付価格は,本件公開買付け開始前の1か月間,3か月間,6か月間及び12か月間の債務者株式の東京証券取引所における取引日の終値の単純平均値に対して約13パーセントないし約18パーセント,本件公開買付け開始直前の終値に対して約19パーセントのプレミアムを加算したものになっていることは,前記第2の2(2)イに判示のとおりである。
そうであれば,債権者関係者が有する本件新株予約権を債務者が取得した場合に債権者関係者が交付を受ける1個当たり396円という対価は,本件新株予約権の価値に見合ったものということができ,本件新株予約権無償割当てにおいて,債権者関係者の株主としての経済的利益は平等に確保されていると一応認められる。
イ 債権者の主張に対する判断
(ア) 債権者は,本件新株予約権の取得条項は,債務者取締役会の裁量によって本件新株予約権を取得することができるとされているにすぎないから,債務者が取得条項を行使しない場合には,債権者関係者以外の株主は本件新株予約権を行使すれば足りるものの,債権者関係者は,本件新株予約権を行使できず,かつ,これを債務者が取得することもなく,譲渡もできないという状態に陥る旨主張する。
なるほど,本件新株予約権の取得条項は債権者の主張のとおりの内容のものとなっており,また,本件総会の株主総会参考書類には,税務当局の見解によっては,取得条項に基づく取得を行わず,債権者関係者以外の株主には行使可能期間中に本件新株予約権を行使してもらうことがあり得る旨の記載があることから,本件新株予約権の内容を前提にすれば,債務者が,一定の場合に,債権者関係者に割り当てられた新株予約権を取得条項に基づき取得しない余地があることが一応認められる。
しかしながら,債務者取締役会は,債権者関係者の有する本件新株予約権について,税務当局からの回答によって取得条項に基づく取得をしない場合であっても,債権者関係者の有する本件新株予約権の全部を,債権者関係者に何らの負担又は義務を課すことなく1個当たり396円で譲り受ける旨を決議し,同日付けプレスリリースにおいてその旨を公表していることは前記第2の2(12)のとおりであって,債務者が我が国取引社会においてこれまで培ってきた信用に対する影響を考慮すれば,債務者取締役会が当該決議を撤回することは考えがたく,また,かかる事態を疑わせる事情は何ら認められない。
そうであれば,債権者関係者は,その有する本件新株予約権について,取得条項による取得がされない場合においても,債務者への譲渡の申入れをすることにより,1個当たり396円で譲渡する機会を確保していると認めて妨げない。なるほど,債権者関係者が譲渡の申入れを行わない場合には,債権者関係者がその対価を取得することはできないが,それは債権者自らの選択の結果というべきであり,債権者関係者に対する保障としては確実に譲渡し得る機会が付与されていれば足りるというべきである。
(イ) 債権者は,債務者が本件新株予約権を債権者関係者から取得条項により取得し,又は譲受けをする場合において,債務者が支払う1個当たり396円という金額がその時点での本件新株予約権の価値を大きく上回るときは,債務者の支払が会社法120条1項が禁じる株主の権利の行使に関する利益供与に当たる可能性があるから,債務者が当該取得又は譲受けをすることが確実とはいえないし,債権者関係者は支払を受けた金銭の返還義務を負い,経済的な損害を負う旨主張する。
しかしながら,債務者が本件新株予約権を債権者関係者から取得条項により取得する場合に行う1個当たり396円の支払は,本件新株予約権の内容としてあらかじめ定められた取得の対価の交付であって,「株主の権利の行使に関して」債権者に供与されるものではない。同様に,債務者が取得条項を行使せずに本件新株予約権を譲り受ける際に債権者関係者に支払う金銭も,債務者が取得条項を行使した場合と同一の対価を支払うのであるから,正当な取引行為であって,「株主の権利の行使に関して」供与するものではあり得ないから,債権者の上記主張は採用することができない。
(ウ) また,債権者は,取得条項の行使又は譲渡によって本件新株予約権が債務者に移転する時の時価は1個当たり396円とは限らない旨主張する。
なるほど,上場株式の市場価格は,種々の事情により日々変動するから,現実に債務者が本件新株予約権を取得条項に基づき取得し,又はその譲渡を受けた時点の債務者株式の市場価格と1個当たり396円という価格とが異なり得ることは当然である。
しかしながら,本件では,SPVⅡが当初買付価格を1700円に修正した上で本件公開買付けを平成19年8月10日まで実施中であって,買付期間中は,買付価格の債務者株式の市場価格への影響も存在することを考慮すると,買付期間終了後の債務者株式の価格の動向については予測が極めて困難である。
これに対し,本件新株予約権1個当たり396円という価格は,上記アのとおり,本件公開買付け開始直前の平成19年5月16日までの一定期間の債務者株式の東京証券取引所における取引日の終値の単純平均値にSPVⅡが適切と考えるプレミアムを加算して算定された当初買付価格1584円に4分の1を乗じて算定したものであって,本件公開買付け開始後に現在の債務者の企業価値を大きく左右する事情が生じたとも認められない。
そうであれば,本件新株予約権1個当たり396円という価格は,公開買付けを実施しているSPVⅡ自身が適切と考えるプレミアムを加算した債務者株式の価格に基づいて算出されたものであって,それが債務者による取得又は譲受けの対価として適正を欠くということはできない。
なお,債権者は,本件新株予約権1個当たり396円という価格に不服があっても,株式の価格決定の申立て(会社法786条2項等)のような不服を申し立てる仕組みがない旨指摘する。しかしながら,債権者は,本件仮処分申立手続において,1個当たり396円という価格が,本件新株予約権の経済的価値に見合うものでなく,株主としての経済的利益が平等に確保されているか否かについて主張,疎明の機会を有するのであるから,本件新株予約権の価格のみを争う手続がないからといって,そのことは,債権者関係者にとって不利益であることを意味しないというべきである。
(エ) 債権者は,債務者が債権者関係者から本件新株予約権を1個当たり396円で,取得条項に基づき取得又は譲り受けた場合と,本件新株予約権の行使が認められて交付を受けた株式を譲渡する場合とを比較すると,前者の税負担が大きいと主張する。
しかしながら,債権者関係者が,取得条項に基づく取得の対価又は債務者への譲渡の対価として債務者から金銭の交付を受けた場合に,いかなる課税を受けるのかは不分明であり,新株予約権の行使に基づいて交付を受けた株式を譲渡する場合と比較して債権者関係者が課税面で著しい不利益を受けるものと認めることはできない。また,英領ケイマン諸島法に基づいて設立されたリミテッド・パートナーシップ形態の米国系投資ファンドである債権者に,具体的にどのような課税上の不利益が生じるかについてこれを具体的に疎明するに足る資料もないから,債権者の主張は採用できない。
(3) 小括
以上によれば,本件新株予約権について定められた差別的な行使条件又は取得条項のために,債権者関係者が持株比率の低下という不利益を受けるとしても,本件新株予約権無償割当ては,株主総会の特別決議に基づき行われるものであって,債権者関係者の有する株式の数に応じて適正な対価が交付され,株主としての経済的利益が平等に確保されていると一応認められるから,当該新株予約権無償割当ては,株主平等原則や会社法278条2項の規定に違反するものということはできない。
3 本件新株予約権無償割当てが著しく不公正な方法により行われる場合に該当するか否かについて
(1) 公開買付けに対する対抗手段が許容される基準について
企業の経営支配権の争いがある場合に,現経営陣と敵対的買収者のいずれに経営を委ねるべきかの判断は,株主によってされるべきである。
すなわち,会社の経営支配権に現に争いが生じている場合に,株式の敵対的買収によって経営支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ,現経営陣の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として取締役会が新株予約権の発行をした場合には,取締役会がその権限を濫用したものとして,原則として不公正な発行として差止請求が認められるべきである。もっとも,株主全体の利益保護の観点から当該新株予約権の発行を正当化する特段の事情のある場合,具体的には,敵対的買収者が真摯に合理的な経営を目指すものではなく,敵対的買収者による経営支配権の取得が会社に回復し難い損害をもたらす事情がある場合には,取締役会は一種の緊急避難的行為として相当な対抗手段を講ずることが許容されるというべきであり,こうした事情を会社が主張,疎明した場合には,例外的に,手段の相当性が認められる限り,株主構成を変更すること自体を主要な目的とする新株予約権であっても,その発行を差し止めることはできない。
これに対し,本件新株予約権無償割当ては,債権者関係者による本件公開買付けが開始された後という,会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において実施されたものであるが,その手続をみると,株主総会において,第6号議案の決議により債務者の定款を変更して,一定の場合の新株予約権無償割当てを株主総会の権限とした上で,第7号議案において,当該定款の規定に基づき,株主総会の権限の行使として特別決議に基づき実施されたものである。そうであれば,本件新株予約権無償割当ては,取締役会の提案に係るものではあるが,その実施は,株主総会の権限に基づきされているから,取締役会の権限に基づき新株予約権の発行がされた場合についての上記の法理は,本件について妥当するものではない。また,本件新株予約権無償割当ては,債権者関係者による経営支配権の取得を防止することを目的とするものであるが,誰を経営者としてどのような事業構成の方針で会社を経営させるかは,株主総会における資本多数決によって決すべき事柄であるから,定款に定められた株主総会の権限の行使として特別決議に基づき実施された本件新株予約権無償割当てについて,その目的が債権者関係者による経営支配権の取得を防止することにあることをもって,直ちに株主総会がその権限を濫用したものと認めることもできない。
ところで,証券取引法で定める公開買付けの制度は,公開買付けを行う者に対し,公開買付開始公告及び公開買付届出書の提出を義務づけるほか(同法27条の3第1項,2項,同法施行令9条の3第1項),公開買付けの対象者にも意見表明報告書の提出を義務づけ,これに公開買付者に対する質問が記載されているときは公開買付者は対質問回答報告書を提出すべきこととし(同法27条の10第1項,11項),買付期間内は応募した株主に自由な撤回を認める(同法27条の12第1項)などにより,投資者である既存株主に対して所要の情報提供と考慮期間を保障し,平等な売却機会の確保を図るという観点から合理的なルールを定めるものといえる。しかしながら,公開買付けの制度は,投資者の保護の観点から必要な規制を行うものであって,公開買付者に株式の買収について優先的な地位を保障しようとするものではないから,公開買付けに応ずるか否かという形での株主の選択権行使の機会とは別に,株主総会における議決権の行使という形での株主の選択権行使の機会を設けることが,証券取引法の趣旨に反するということはできない。株主に自由な選択権行使の機会を保障するという観点からみても,公開買付けに応じなければ上場廃止により売却の機会を喪失するというおそれから,経営陣を支持しつつも,公開買付けにやむを得ず応じる株主も存在すると考えられるのであり,公開買付けに応ずるか否かという形での選択権行使の機会を認めれば足りるということはできない。
そうであれば,特定の買収者が公開買付けの制度に基づき買収手続を進めている場合においても,株主総会としては,当該買収者による経営支配権の取得が企業価値を損なうおそれがあると判断する場合には,株主全体の利益保護の観点から相当な対抗手段を採ることが許容されるというべきである。
そもそも,現経営陣と買収者のいずれに経営を委ねるべきかの判断は,双方の提案に係る事業計画,従業員等利害関係人の意見,アナリスト等の市場関係者の評価を踏まえながら,最終的には株主によってされるべきものであって,株主総会は,その株主によって構成される株式会社の最高意思決定機関であるから,特定の買収者による経営支配権の取得が企業価値を損なうおそれがあるという対抗手段の必要性の判断については,原則として株主総会に委ねられるべきであり,当該株主総会の判断が明らかに合理性を欠く場合に限って,対抗手段の必要性が否定されるものというべきである。
他方,株主総会の特別決議による対抗手段であっても,特定の買収者による経営支配権の取得を妨げるという目的に必要な範囲を超えて,当該買収者又はその他の株主の利益を損なうことは許されないのであって,株主総会が採った対抗手段の相当性については,こうした観点から,株主総会が当該対抗手段を採るに至った経緯,当該対抗手段が既存株主に与える不利益の有無及び程度,当該対抗手段が当該買収に及ぼす阻害効果等を総合的に考慮して判断すべきである。
(2) 対抗手段の必要性に関する株主総会の判断の合理性について
ア 本件新株予約権無償割当てを実施する目的として,株主総会参考書類には,SPVⅡが本件公開買付けを通じて債務者の議決権の多数を取得することを防止すること等,債務者の企業価値ひいては株主の共同の利益を保護ないし確保することにあると記載され,本件公開買付けが債務者の企業価値ひいては株主の共同の利益の毀損につながるものであるとの判断の根拠として意見表明報告書の訂正報告書の記載が引用されている。
そうであれば,株主総会は,意見表明報告書の訂正報告書に記載された事実を根拠に,債権者による本件公開買付けが債務者の企業価値ひいては株主の共同の利益を損なうおそれがあり,本件公開買付けに対する対抗手段を採ることが必要であると判断したものと一応認められる。
イ そこで,意見表明報告書の訂正報告書をみると,同報告書には,SPVⅡらは,①対質問回答報告書において,日本において食品業界に限らず会社を経営したことは全くないと回答していること,②公開買付届出書において「支援,アドバイス又は援助」を提案する予定がある旨記載していたにもかかわらず,その具体的内容を明示できていないこと,③債務者の主要事業であるソース類の製造販売事業に関する質問に対してほとんどの回答を留保していること,④本件公開買付けを通じて債務者の発行済株式の全部を取得することを目的としている旨表明しているものの,公開買付け後の債務者の経営に対して如何なる方針を有するかについて,現時点において債務者の経営を行うつもりはない等と回答するのみであり,何ら具体的な方針を明らかにしていないこと,⑤投下資本を回収する具体的な方針については,何ら明らかにしていないこと,⑥公開買付けの買付価格について,その算定根拠については,市場価格に一定のプレミアムを付したものであると説明するのみであり,当該プレミアムの具体的な内容及び根拠を含め,何らの具体的な説明を行っていないこと,⑦債務者の議決権の大多数を取得することで,債務者との間でどのようなシナジーないし企業価値の増加が発生すると見込んでいるのか,あるいはそれを期待しているものなのか,何ら明らかにしていないことが記載されている。
また,同報告書には,SPVⅡらの具体的な回答として,①「我々が,企業価値を向上することができる提案又は提言をどのようにして経営陣に提供できるかということについて想定しているものはありません。我々は,まずは対象者の社内業務及び事業環境について経営陣と有意義な話合いを行うことなく,このような想定をすることはありません。」,②「現時点においてSPJSFは対象者の経営を行うつもりはありません。本公開買付けの結果によって取得する我々の株式保有割合に関係なく,現時点では,対象者の日々の業務を行う経営者としてではなく投資家として行動する予定です。」,③「対象者の社内運営及び事業環境や,日本国外への販売の拡張を望むかどうかについて経営陣と有意義な議論を行うことなくしては,どのような場合にスティール・パートナーズが保有する世界的なネットワーク及びアドバイザーを対象者に提供することになるかを予測することはできません。」,④「我々は,現時点において取締役会,経営陣及び対象者の現行の事業計画を支持します。取得した株式の議決権割合にかかわらず,現在のところ対象者の日常的な業務について自ら経営を行う意図はありません。」,⑤「我々は,現在のところ,現職の経営陣が策定した事業計画を支持します。」という例が紹介されている。
そして,上記の記載は,債務者が関東財務局長に提出した意見表明報告書における質問事項の記載及びSPVⅡが同局長に提出した対質問回答報告書の記載と齟齬するものではない。
ウ 上記の記載によれば,債権者関係者は,債務者の発行済株式の全部の取得を目的とする本件公開買付けを通じて債務者の経営支配権の取得を目指しているにもかかわらず,経営権取得後の経営方針については,これを具体的に明らかにせず,また,債権者関係者は,投資ファンドという性質から最終的には投資資本を回収して投資家への利益還元をしなければならないにもかかわらず,投下資本の回収方針を明らかにしていないといわざるを得ず,このような態度は,投資家としては必ずしも不合理ではないとしても,事業会社である債務者の株主の多くに対して,債権者関係者による債務者の経営支配権の取得が債務者の企業価値を損なうのではないかという疑念を抱かせるのも無理からぬものというほかない。加えて,債務者の株主構成は,平成18年9月30日現在の数字ではあるが,発行済株式の総数に対する上位10名の大株主の保有株式数の割合は約33パーセントにとどまり,債権者以外の大株主はいずれも4パーセント以下というのであって,債権者以外の特定の大株主の意向によって株主総会における特別決議の成否が左右されるような状況にもなかったことが認められる。
これらの事情に照らすと,債権者関係者による本件公開買付けが債務者の企業価値ひいては株主の共同の利益を損なうおそれがあり,本件公開買付けに対する対抗手段を採ることが必要であるとした株主総会の判断が,明らかに合理性を欠くものということはできない。
エ 債権者は,本件総会の議決権の基準日は3月31日であり,基準日後に株式を取得した株主が議決権を行使することができないから,本件新株予約権無償割当てが本件総会で承認されても,現在の株主の意思は反映されていない旨主張する。
しかしながら,株式会社が基準日において株主名簿に記載又は記録されている株主に権利の行使をさせることができること,基準日は権利行使の前3か月以内の日でなければならないことは会社法の規定するところであり(124条1,2項),債務者が,平成19年6月24日に開催された本件総会において,基準日である同年3月31日に株主名簿に記載又は記録された株主に議決権行使をさせたことは違法な点はなく,本件総会が株主意思を反映したものとみることに何ら支障はないというべきであり,債権者の主張は採用することができない。
オ 債権者は,グリーンメーラーとは,「真に企業経営に参加する意思がないにもかかわらず,ただ株価をつり上げて高値で株式を会社関係者に引き取らせる目的で株式の買収を行っている場合」をいうところ,債権者関係者はグリーンメーラーではなく,債権者関係者には,「真摯に合理的な経営を目指すものではなく,敵対的買収による支配権取得が会社に回復し難い損害をもたらす事情」は存在しないから,本件新株予約権無償割当てには必要性及び相当性が欠如していると主張する。
なるほど,債権者関係者が債務者の関係者に債務者株式を高値で引き取るよう求めたことについての疎明はなく,債権者関係者が上記の定義に係るグリーンメーラーであると認めるには足りない。
しかしながら,当裁判所は,債権者関係者による経営支配権の取得が企業価値を損なうおそれがあるという対抗手段の必要性の判断については原則として株主総会に委ねられるべきであり,当該株主総会の判断が明らかに合理性を欠く場合に限って,対抗手段の必要性が否定されるという原則に基づき,債権者関係者が経営権取得後の経営方針や投下資本の回収方針を明らかにしないという態度を根拠に対抗手段が必要とした株主総会の判断が明らかに合理性を欠くものとはいえないと判断するものであって,債権者関係者が上記の定義に係るグリーンメーラーであるか否かは当裁判所の判断を左右するものでないから,債権者の主張は採用することができない。
(3) 本件新株予約権無償割当ての対抗手段としての相当性について
ア 本件新株予約権無償割当てに至る経緯について
(ア) 前記第2の2(2)から(5)までに判示した経緯を要約すると,以下のとおりである。
債権者は,平成14年以降継続して債務者株式に対して少なからぬ投資を行っていたが,平成17年10月に債務者の経営陣と一度接触を持った以外,本件公開買付けに至るまで,債務者の経営方針や経営陣の選任に関する具体的な提案を行ったことはなく,また,経営方針等について債務者の経営陣との協議を求めることはなかった。
その後,債権者は,平成19年5月16日に債務者に到達した書簡によって,初めて,債務者の発行済株式の全部の取得を目的として,1株につき1584円の買付価格により,取得株式数に下限を付さずに公開買付けを実施することを意図している旨を知らせ,その2日後である同月18日に,買付期間を同日から同年6月28日までとするSPVⅡによる本件公開買付けを開始した。
そこで,債務者は,同年5月25日にSPVⅡに対して経営権取得後の経営方針や投資方針等に関する質問を行い,SPVⅡは同年6月1日に回答を行ったが,その内容は,債権者の経営方針や投資方針等を明らかにするものではなかった。
こうしたことから,債務者取締役会は,同月7日,本件公開買付けに反対することを決議するとともに,本件新株予約権無償割当ての発行を株主総会に付議することを決議した。
(イ) 企業の経営支配権の争いがある場合に,現経営陣と敵対的買収者のいずれに経営を委ねるべきかの判断は,株主によってされるべきであり,株主が適切にこの判断を行うためには,現経営陣と敵対的買収者の双方の事業計画が提示され,必要な考慮期間が確保されることが必要であるところ,本件においては,債権者関係者は,現経営陣との買収に関する協議を経ることなく買付期間を約40日とする公開買付けを開始しており,かつ,債権者関係者は,債権者の経営方針や投資方針等を明らかにしなかったのであり,このような提案は,現経営陣に代替案を提出する時間的余裕を与えないまま,株主に公開買付けに応ずるか否かの判断を迫るものであるといわねばならない。
そうであれば,本件公開買付け開始後に,債務者取締役会が,本件公開買付けに対する対抗手段として本件新株予約権無償割当てを実施することを株主総会に提案し,株主総会がこれを可決するに至ったことは,やむを得ないものといわざるを得ない。
イ 本件新株予約権無償割当てが既存株主に与える不利益の有無及び程度について
(ア) 債権者関係者について
本件新株予約権無償割当ては,前記第2の2(9)ア(ウ)で判示したとおり,債権者関係者の持株比率について,現在の10.25パーセントから2.82パーセントまで低下するという不利益を与えるものである。
もっとも,債権者関係者は,債務者による新株予約権の取得又は債務者への新株予約権の譲渡により,新株予約権1個につき396円の交付を受けるのであり,本件新株予約権無償割当ては,債権者関係者に対し,経済的な不利益を与えるものではないということができる。
また,SPVⅡは,本件公開買付けの買付価格を見直すこともできるから(証券取引法27条の6第1項,同法施行令13条1項2号),本件新株予約権無償割当てが効力を生じたことにより債務者株式の市場価格が下落したとしても,市場価格よりも著しく高い価格での買付けを余儀なくされるものではない。
さらに,本件公開買付けを撤回することも認められているから(証券取引法27条の11第1項ただし書,同法施行令14条1項1号ワ),債権者関係者としては,平成19年7月5日までに本件公開買付けを撤回することにより,本件新株予約権無償割当ての効力発生を免れ,現在の持株比率を維持することも可能であるから,持株比率の低下についても回避方法が存在するということができる。
これらの事情を総合すれば,本件新株予約権無償割当ては,本件公開買付けに対する対抗手段として,債権者に対し,公開買付けが妨げられる以上の不利益を与えるものということはできない。
(イ) 債権者関係者以外の株主について
債権者関係者以外の株主は,本件公開買付けへの対抗手段として本件新株予約権無償割当てが実施されることに伴い,SPVⅡが本件公開買付けを撤回する場合には,本件公開買付けに応じて買付価格で売却する機会を失うことになるが,他方,公開買付期間中であっても証券市場で売却することは何ら妨げられないこと,前記第2の2(11)に判示のとおり本件新株予約権無償割当ての実施については株主総会において議決権総数の約83.4パーセントの同意を得て可決されたものであることを考慮すると,本件公開買付けに応募する機会の喪失をもって,本件新株予約権無償割当てが債権者関係者以外の株主に不測の不利益を与えるものということはできない。
また,本件新株予約権の権利落ち日に債務者株式の市場価格は約4分の1に下落することが予想され,かつ,本件新株予約権の行使又は債務者による取得によって債権者関係者以外の各株主に割り当てられることになる新株は,債務者による現実の取得又は新株予約権行使期間の到来に至るまで譲渡することができず,債権者関係者以外の株主にとっては,本件新株予約権の権利落ち日以降,一定期間にわたり,その有する株式の4分の3に相当する部分について投下資本の回収が制限される結果となる。しかしながら,前記第2の2(11)に判示のとおり本件新株予約権無償割当ての実施は,出席した株主の議決権の約88.7パーセントの同意を得て可決されたものであるから,株主総会において議決権を行使した株主のほとんどにとっては,その同意に基づいて生じた事態であり,株主総会後に株式を取得した株主にとってもあらかじめ予想し得た事態であること,本件新株予約権無償割当ての実施に反対の株主は,本件新株予約権の権利落ち日までに証券市場で売却することは何ら妨げられないこと,投下資本の回収が制限される期間は長くとも約2か月にすぎないことを考慮すると,債権者関係者以外の株主の資本投下の回収が制限されることをもって,本件新株予約権無償割当てが債権者関係者以外の株主に不測の不利益を与えるものということはできない。
ウ 本件新株予約権無償割当てが本件公開買付けに及ぼす効果について
本件新株予約権無償割当ては,平成19年7月10日を基準日とし,この日の最終の株主名簿及び実質株主名簿に記載又は記録された株主に対して本件新株予約権を割り当てるものとされている一方,本件公開買付けは,現時点では,買付期間を平成19年5月18日から同年8月10日までとして実施されているから,公開買付者であるSPVⅡは,本件公開買付けにより買い付けた株式について本件新株予約権の割当てを受けることはできないことは,前記第2の2(10)イに判示のとおりである。加えて,本件新株予約権の行使可能期間の始期は同年9月1日であるから,一般株主に割り当てられた本件新株予約権に基づいて交付された株式を買付期間中に取得することもできない。それゆえ,SPVⅡとその特別関係者を併せて債務者の発行済株式の全株式を取得するという本件公開買付けの目的の達成は,株主の投資判断を待つまでもなく,本件新株予約権無償割当てにより不可能な状態となっている。
もっとも,このような状態となったのは,本件新株予約権無償割当ての株主総会への付議決定がされた後に,SPVⅡが買付期間を延長したことにも原因があるのであり,当初の買付期間を前提にすれば,SPVⅡが債務者の発行済全株式を買い付けること自体は妨げられなかった(ただし,全株式を買い付けない限り,持株比率の希釈化は免れない。)。また,本件新株予約権が効力を生じたとしても,その時点における発行済株式を対象に公開買付けを進めること自体は何ら妨げられないのであり,これによって債権者関係者の持株比率は最大で約27パーセントまで高まる。
さらに,債務者は,前記第2の2(12)に判示のとおり,取得条項に基づき新株予約権を取得した場合に債権者関係者以外の株主に特段不利益となる課税関係が生じない旨の回答が税務当局から得られた場合には,その後速やかに新株予約権の取得を行う旨の取締役会決議を行っており,同年8月10日までにその取得が行われた場合には,当該株主らが取得の結果交付される株式について本件公開買付けに応じることは妨げられないし,債権者関係者以外の株主が新株予約権に基づき株式の交付を受けた場合に,本件公開買付けを除くその余の公開買付けに応ずることも何ら妨げられない。
そうであれば,本件新株予約権無償割当ては,本件公開買付けに対する対抗手段として,債権者関係者による債務者の経営支配権の取得を妨げるという範囲を超えて,必要以上に公開買付けを阻止する効果を有するものということはできない。
エ 債権者は,割り当てられる本件新株予約権の権利行使をすることができず,債務者がこれを取得するかどうかも明らかでないため,発行済株式総数の増加数が判明せず,東京証券取引所も権利落ち日の債務者株式の基準値を決定しかねる状況が生じているとして,本件新株予約権無償割当ては,投資を抑止して債務者の企業価値を毀損し,債務者の株主も債務者株式を売却するかどうかの適切な判断ができず,株主の財産権に重大な脅威を与える旨主張する。
しかしながら,前記第2の2(10)イに判示のとおり,本件公開買付けの買付期間が,本件新株予約権無償割当ての基準日である平成19年7月10日以降である同年8月10日に延長されたことから,現時点においては,本件公開買付けによってSPVⅡが取得する債務者株式について本件新株予約権が割り当てられる可能性は消滅し,無償割当て後の本件新株予約権の行使によって増加が見込まれる発行済株式総数は容易に予測できるようになったといえる。そうであれば,債権者の主張はその前提を欠くに至ったというべきであるし,債務者株式についての投資家の投資や株主の売却に現にどのような具体的な困難が生じているかを的確に疎明するに足る資料もないから,債権者の主張は採用することができない。
オ 以上の事情を総合すれば,株主総会が当該対抗手段を採るに至った経緯,当該対抗手段が既存株主に与える不利益の有無及び程度,当該対抗手段が当該買収に及ぼす阻害効果の観点からみて,本件新株予約権無償割当ては,本件公開買付けへの対抗手段として相当性を欠くということはできない。
(4) 小括
以上によれば,本件新株予約権無償割当ては,債権者関係者による経営支配権の取得を防止することを目的として発行されたものであるが,債権者関係者による経営支配権の取得が債務者の企業価値ひいては株主の共同の利益を損なうおそれがあり,本件公開買付けに対する対抗手段を採ることが必要であるとした株主総会の判断が明らかに合理性を欠くものとは認められず,また,本件公開買付けへの対抗手段としての相当性を欠くということもできないから,本件新株予約権無償割当てが,株主総会がその権限を濫用したものとして,著しく不公正な方法によるものと認めることはできない。
4 本件新株予約権無償割当てが定款に違反する場合に該当するか否かについて
(1) 債権者は,本件新株予約権無償割当ては定款により株主総会の特別決議を要するところ,本件新株予約権無償割当ては債権者関係者の持株比率を著しく低下させ,経済的損害をも与えるものであるから,これを承認した本件総会の特別決議(第7号議案)は「著しく不当な決議」(会社法831条1項3号)として,取り消されるべきものであると主張する。
しかしながら,本件新株予約権について定められた差別的行使条件又は取得条項のために,債権者関係者が持株比率の低下という不利益を受けるとしても,本件新株予約権無償割当てにおいては,債権者関係者の有する株式の数に応じて適正な対価が交付され,株主としての経済的利益が確保されていること,本件新株予約権無償割当てが,SPVⅡによる本件公開買付けに対する対抗手段として必要性,相当性を欠くものということはできないことは前判示のとおりであって,これらの判断に照らせば,本件新株予約権無償割当てを承認した本件総会の特別決議が「著しく不当な決議」に該当するということはできない。
したがって,当該特別決議について議決権を行使した債権者関係者以外の株主が「特別の利害関係を有する者」に該当するか否かを判断するまでもなく,当該特別決議が,会社法831条1項3号に該当し,取り消されるべきものであるという債権者の主張は採用することができない。
(2) 債権者は,本件新株予約権無償割当ては定款により株主総会の特別決議を要するところ,本件新株予約権無償割当ては,債権者の持株比率を著しく低下させ,経済的損害をも与えるほか,債権者関係者以外の株主の税負担が生じないように配慮する一方,債権者側の税負担については全く配慮されていないものであるから,これを承認した本件総会の特別決議(第7号議案)は,客観的にみて著しく不公正な決議であり,一部の株主のみに著しい損害を与えるもので,多数決の濫用に当たり,無効又は取り消されるべきものであると主張する。
しかしながら,本件新株予約権無償割当てにおいては,債権者にも株主としての経済的利益が平等に確保されていること,本件新株予約権無償割当てが本件公開買付けに対する対抗手段として必要性,相当性を欠くものということはできないことは前判示のとおりであるし,また,英領ケイマン諸島法に基づいて設立されたリミテッド・パートナーシップ形態の米国系投資ファンドである債権者に具体的にどのような課税上の不利益が生ずるかについてこれを疎明するに足る資料もないことも前判示のとおりである。
したがって,債権者の上記主張も採用することができない。
(3) 以上によれば,本件総会の本件新株予約権無償割当てを承認した特別決議が,特別利害関係人の議決権行使による著しく不当な決議に該当し,又は多数決の濫用に該当するとはいえず,無効又は取り消されるべきものということはできないから,本件新株予約権無償割当てが,株主総会の特別決議を要求する債務者の定款に違反するという債権者の主張は採用することができない。
5 結論
以上のとおりであって,債権者の本件申立ては,被保全権利の存在についての疎明がないので,保全の必要性について判断するまでもなく,理由がないから,申立費用につき民事保全法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 鹿子木康 裁判官 飯畑勝之 裁判官 徳岡治)
別紙本件新株予約権無償割当ての内容
1 本件新株予約権の名称
債務者第2回新株予約権
2 割当ての方法及び割当先
新株予約権無償割当ての方法により,基準日(下記第4項で定義される。)の最終の株主名簿及び実質株主名簿に記載又は記録された株主に対して,その有する債務者株式1株につき3個の割合で本件新株予約権を割り当てる。但し,債務者が有する債務者株式については,本件新株予約権を割り当てない。
3 本件新株予約権の総数
基準日(下記第4項で定義される。)の最終の発行済株式数の総数(但し,債務者が有する債務者株式の数を控除する。)の3倍の数と同数とする。
4 基準日
平成19年7月10日(以下「基準日」という。)
5 新株予約権無償割当てがその効力を生ずる日
平成19年7月11日
6 本件新株予約権の目的である株式の種類及び数
(1) 本件新株予約権の目的である株式の種類は,債務者普通株式とする。
(2) 本件新株予約権1個の行使により債務者が債務者普通株式を新たに発行又はこれに代えて債務者の有する債務者普通株式を処分(債務者普通株式の発行又は処分を,以下「交付」という。)する数(以下「割当株式数」という。)は,1株とする。
(3) 基準日以降,債務者が株式の分割又は併合を行う場合には,割当株式数は,以下の算式に従い調整されるものとする。但し,当該調整は,本件新株予約権のうち,当該時点において未行使の本件新株予約権に係る割当株式数についてのみ行われ,調整の結果生ずる1株未満の端数は切り捨てる。
調整後の割当株式数=調整前の割当株式数×株式の分割又は併合の割合
7 本件新株予約権の行使に際して出資される財産の価額
(1) 各本件新株予約権の行使に際して出資される財産の価額は,行使価額(下記(2)で定義される。)に行使請求にかかる割当株式数を乗じた額とする。
(2) 本件新株予約権の行使により債務者が債務者普通株式を新たに交付する場合における株式1株あたりの払込金額(以下「行使価額」という。)は,1円とする。
8 本件新株予約権を行使することができる期間
平成19年9月1日から平成19年9月30日まで(以下「行使可能期間」という。)とする。
9 本件新株予約権の行使の条件
(1) 以下の①乃至⑤に該当する者(以下「非適格者」という。)は,本件新株予約権を行使することができないものとする。
①(a)スティール・パートナーズ・ジャパン・ストラテジック・ファンド-エス・ピー・ヴィーⅡ・エル・エル・シー,(b)スティール・パートナーズ・ジャパン・ストラテジック・ファンド(オフショア),エル・ピー,(c)スティール・パートナーズ・ジャパン株式会社,(d)スティール・パートナーズI,(e)スティール・パートナーズⅡ,(f)スティール・パートナーズ・ジャパン・アセット・マネジメント・エル・ピー,(g)リバティ・スクェア・アセット・マネジメント・エル・ピー,(h)リバティ・スクェア・アセット・マネジメント・エル・エル・シー,(i)エス・ピー・ジェイ・エス・ホールディングス・エル・エル・シー,(j)スティール・パートナーズ・ジャパン・ストラテジック・ファンド-エス・ピー・ヴィーI・エル・エル・シー,(k)スティール・パートナーズ・リミテッド,及び(l)WGLキャピタル・コーポレーション((a)から(l)までを併せて,以下「SPJら」という。)
②SPJらの共同保有者(証取法第27条の23第5項に規定する「共同保有者」をいい,同条第6項に基づき共同保有者とみなされる者を含む。)
③SPJらの特別関係者(証取法第27条の2第7項に規定する「特別関係者」をいう。)
④上記①乃至③に該当する者から,債務者取締役会の承認を得ることなく本件新株予約権を譲り受け若しくは承継した者
⑤上記①乃至④に該当する者の関連者
(なお,ある者の「関連者」とは,実質的にその者を支配し,その者に支配され若しくはその者と共同の支配下にある者として債務者取締役会が認めた者,又は,その者と協調して行動する者として債務者取締役会が認めた者をいう。また,「支配」とは,他の会社等の財務及び事業の方針の決定をしている場合(会社法施行規則第3条第3項に規定される「財務及び事業の方針の決定を支配している場合」をいう。)をいう。)
(2) 各本件新株予約権の一部行使は,できないものとする。
10 本件新株予約権の取得の事由及び取得の条件
(1) 債務者は,債務者取締役会が別途定める日(但し,行使可能期間の初日より前の日とする。)をもって,本件新株予約権(但し,非適格者の有する本件新株予約権を除く。)を取得し,その対価として,本件新株予約権1個につき当該取得日時点における割当株式数の債務者普通株式を交付することができる。
(2) 債務者は,債務者取締役会が別途定める日(但し,行使可能期間の初日より前の日とする。)をもって,本件新株予約権(但し,非適格者の有する本件新株予約権に限る。)を取得し,その対価として,本件新株予約権1個につき金396円を交付することができる。
(3) 債務者は,債務者が消滅会社となる合併契約書の承認の議案又は債務者が完全子会社となる株式交換契約書の承認の議案若しくは株式移転計画の承認の議案が債務者株主総会で承認された場合,その他本件新株予約権を無償で取得することが適切であると債務者取締役会が合理的に認める場合には,債務者が別途定める日をもって,すべての新株予約権を無償で取得することができる。
11 本件新株予約権の行使により株式を発行する場合における増加する資本金及び資本準備金に関する事項
(1) 本件新株予約権の行使により株式を発行する場合において増加する資本金の額は,会社計算規則第40条第1項の規定に従い算出される資本金等増加限度額の2分の1の金額とし,計算の結果1円未満の端数が生じる場合にはその端数を切り上げた金額とする。
(2) 本件新株予約権の行使により株式を発行する場合において増加する資本準備金の額は,上記(1)記載の資本金等増加限度額から上記(1)に定める増加する資本金の額を減じた額とする。
12 本件新株予約権の譲渡制限
譲渡による本件新株予約権の取得については,債務者取締役会の承認を要するものとする。
13 本件新株予約権証券の発行
本件新株予約権にかかる新株予約権証券は,発行しない。
14 その他
(1) 上記各項については,スティール・パートナーズ・ジャパン・ストラテジック・ファンド-エス・ピー・ヴィーⅡ・エル・エル・シーが平成19年5月18日に開始した債務者株券等に対する公開買付けについて,平成19年7月5日よりも前に,証券取引法第27条の11第1項に規定される公開買付けの撤回等が行われていないことを条件とする。
(2) 債務者は,平成19年7月5日よりも前の間は,債務者取締役会が合理的に必要であると判断する場合には,本件新株予約権の発行を中止することができる。
(3) その他本件新株予約権無償割当てに関して必要な事項は,債務者取締役会に一任する。
別紙債権者の主張
第1 債権者は本件新株予約権の発行差止請求権を有していること
本件新株予約権の発行は,法令に違反し,かつ著しく不公正な方法によるものであり,これがなされた場合には,債務者の株主たる債権者は,著しい不利益を受けるおそれがある。したがって,債権者は,募集新株予約権の差止めを規定する会社法247条の類推適用により,本件新株予約権無償割当ての差止めを請求する権利を有する。
1 本件新株予約権無償割当ては株主平等原則に違反する違法(会社法247条1号)なものであること
新株予約権無償割当ては,会社が,その株主に対して,株主たる資格に基づき,新株予約権を割り当てるものである。したがって,株式会社は,株主平等原則(会社法109条1項,278条2項)に従い,全ての株主を平等に取り扱わなければならない。
本件新株予約権無償割当ては,SPJSFグループという特定の株主に対し,その属人性に着目して,それ以外の株主に対するものよりも,その行使条件及び取得条項において著しく不利な新株予約権を割り当てるものであって,株主平等原則に違反することは明らかである。
債務者は,「株主の持株比率は株主平等原則の保護対象ではない」などと主張する。しかしながら,本件のような新株予約権無償割当ては,全ての株主に同一内容の新株予約権が保有株式数に応じて割り当てられるべきものであって(会社法278条2項),株式(又は新株予約権)の第三者割当ての場合とは,根本的に異なるものである。また,新株割当自由の原則は,支配権の変動が深刻な争いになっていない,通常の状態を前提とするものであり,本件には当てはまらない。したがって,第三者割当ての制度との比較から本件新株予約権無償割当ての適法性を主張する債務者の論理は,その前提を誤っている。
以上から明らかなとおり,本件新株予約権無償割当ては,株主平等原則に違反し,違法である。
2 本件決議には無効又は取り消し得べき事由があり,定款に違反(会社法247条1号)すること
(1) 本件新株予約権無償割当ては「著しく不当」なものであること
多数派の行った株主総会決議により,少数派株主が不当に不利益に扱われる場合には,多数決の濫用に当たり,「著しく不当な決議」(会社法831条1項3号)に該当するものと考えられている。
ア 持株比率の低下
本件新株予約権無償割当てが行われた場合,債権者の持株比率は著しく低減し,会社経営についての発言力を大幅に失う。
イ 経済的損害
(ア) 本件新株予約権無償割当てが行われた場合,債権者は多大な経済的損害も蒙る。この点について,債務者は,「債権者らに経済的損失が何ら生じないように配慮されて」いる旨縷々主張するが,いずれも失当である。
会社法上,取得請求権付新株予約権を割り当てることは可能であると解されているにもかかわらず,本件新株予約権にはかかる取得請求権は付されていない。取得条項による取得も税務当局の見解如何では行われない可能性がある。その場合,債務者は,債権者から本件新株予約権を任意に譲り受けて396円の対価を支払うと言明するが,何ら法的拘束力のある約束はなされていない。
しかも,本件新株予約権無償割当ては,実質的に見れば,債務者が,大株主としての地位を剥奪して権利行使を抑制したいと考えている債権者の持株を約4分の1に希釈化したうえで,その約4分の3を一株396円で買い取る権利を持つという仕組みに他ならない。したがって,本件において,債務者が債権者から本件新株予約権を取得条項に基づき取得する場合又は任意に譲り受ける場合で,もしもその価格の396円がその時点での本件新株予約権の価値を大きく上回る場合には,かかる行為が会社法120条1項で禁止されている利益供与に該当するのではないかという疑いを受けるなどの可能性が十分にある。
以上のとおり,SPJSFグループは,取得請求権を付与された場合とは異なり,本件新株予約権に対して,それに見合った価値を債務者から代替的に提供される保証を全く与えられていない。
(イ) 本件新株予約権の取得価格である396円は,平成19年6月24日開催の本件総会にて確定され,その後変更されない旨が「本新株予約権無償割当ての概要」上明言されている。債務者が将来取得する時点における本件新株予約権の本来の時価は,何人にとっても予測不可能であるにもかかわらず,本件総会に係る決議によって取得価格を金396円に固定するものである以上,SPJSFグループに適正な対価が提供されるとは言い得ない。
(ウ) 本件新株予約権無償割当てにおいて,債務者の株主としての地位から締め出されることとなる債権者に支払われる取得価格は,上記のとおり396円に固定されている。債権者は,その価格に不満があったとしても,株式買取請求やそれに伴う株式の価格決定の申立て(会社法786条2項等)のような不服を申し立てることができない。
ウ 手続保障の欠如
団体の構成員の一部に不利益を課する場合には,その手続及び要件について,予め準則を定めて構成員に告知する必要があるが,本件においては事前に何ら告知がなかった。本件新株予約権無償割当ては,団体における内部自治の限界を超えるものである。
(2) 一般株主が本件議案について特別利害関係者に該当すること
債権者は,本件新株予約権無償割当てにより,①税務上の不利益,②時価での取得がなされない不利益,及び③そもそも取得がなされない現実的可能性がある等という不利益を蒙り,これは,裏を返せば,債務者,ひいては一般株主が利益を享受することになる。
そして,「債権者の本件新株予約権を取得することができる」という本件議案(第7号議案)を本件総会の招集通知(追補)において認識した一般株主は,本件議案が成立すれば債権者から自らへの利益移転があること(少なくとも「期待できる」こと)を認識した上で,議決権を行使する。特別利害関係者該当性は,決議内容との関係で判断すべきであるから,かかる一般株主が特別利害関係者に該当することは明らかである。
(3) 本件新株予約権無償割当てが多数決の濫用によるものであること
株主総会決議は,①客観的に見て著しく不公正な内容のものであり,かつ,②一部の株主にのみ損害を与える場合には,多数決の濫用として,無効又は取り消し得べきものとなる。
本件新株予約権無償割当ての結果,債権者は持株比率の低下及び経済的損害という不利益を蒙る。また,本件新株予約権無償割当ては,その運用において一般株主に税負担が生じないよう配慮されることが予定されている一方で,債権者側の税負担については全く配慮されていない。
これらの点に照らせば,本件新株予約権無償割当てに係る株主総会は,客観的に見て著しく不公正な決議であり,一部の株主(債権者)のみに著しい損害を与えるものである。したがって,当該決議は多数決の濫用に該当する。そして,多数決の濫用による株主総会決議については,無効又は取り消し得べき事由があると解される(会社法831条1項3号類推)。
(4) 小括
以上述べたとおり,本件新株予約権無償割当てを内容とする本件議案に係る決議は,著しく不当な決議(前記(1)及び(2)),及び多数決の濫用(前記(3))として,当該決議には無効又は取り消し得べき事由が存在する。すなわち,本件新株予約権無償割当ての手続には定款(19条2項)違反がある。
3 本件新株予約権無償割当ては著しく不公正な方法(会社法247条2号)によるものであること
申立外SPVIIは債務者の発行済み株式の全部を取得しようとして本件公開買付けを行っており,債務者取締役会はこれに反対し,防衛しようとしている。かかる状況は,正に「経営支配権に現に争いが生じている場合」に該当する。そして,本件新株予約権無償割当ては,SPJSFグループの持株比率を大幅に希釈化させることのみを目的としてするものであるから,著しく不公正な方法(会社法247条2号)による新株予約権の発行に該当する。
4 債権者が甚大な不利益を受けるおそれがあること(会社法247条柱書)
(1) 本件新株予約権無償割当てが実施された場合には,債権者をはじめとするSPJSFグループの持分割合は大幅に希釈化され,債権者が議決権ベースで10.52%の株式を保有する筆頭株主であるという地位も失われることになる。
(2) また,仮に債務者が本件取得条項に基づき,SPJSFグループの有する本件新株予約権を取得し,その対価としてSPJSFグループに対して同新株予約権1個につき396円を交付する場合であっても,前記2のとおり,SPJSFグループ(特に債権者)に経済的損害及び不利益が生じる。
5 本件新株予約権無償割当ては必要性及び相当性を欠くこと
以上から明らかなとおり,本件新株予約権無償割当ては,法令及び定款に違反し,かつ著しく不公正な方法によるものであり,債権者がこれによって著しい不利益を受けるおそれがあるので,差し止められなければならない。以下では,本件新株予約権無償割当てには必要性及び相当性が欠如していることを,念のため明らかにする。
(1) 本件新株予約権無償割当てには必要性が認められないこと(SPJSFグループには,「真摯に合理的な経営を目指すものではなく,敵対的買収者による支配権取得が会社に回復しがたい損害をもたらす事情」は存在しないこと)
ア SPJSFグループは,大株主となる場合であっても,基本的には経営陣に引き続き経営を託するものであって,取締役を派遣したり取締役の解任を要求したりするなどの投資先の経営への参加は原則として行わない方針を有する。そして,投資先の具体的な経営計画や事業計画については,信頼する経営陣に作成を委ね,経営陣がその掲げる経営計画や事業計画を適切に遂行していると認めた場合には相応の報酬を与え,他方,そうでないと認める場合には,取締役の交替を求める等の提案・措置をとる。
このようなSPJSFグループの方針は,原則として投資先の経営を経営陣に委ね,取締役の選任・解任権限や会社の基本的事項の決定権限を通じて,適宜経営陣を監視するという,株式会社の基本原理たる所有と経営の分離の原則に沿うものであり,合理的かつ正当な投資方針である。
イ SPJSFグループはグリーンメーラーではないこと
(ア) 「グリーンメーラー」とは,一般に「真に企業経営に参加する意思がないにもかかわらず,ただ株価をつり上げて高値で株式を会社関係者に引き取らせる目的で株式の買収を行っている場合」と定義されている。
これまでのSPJSFグループの投資行動を検討すれば,SPJSFグループがグリーンメーラーでないことは明白であり,下記ソトー及び明星食品のケースについても同様である。
(イ) この点に関して,まず,ソトー株式の公開買付けについては,SPJSFグループが公開買付けを行ったところ,ソトーがこれに反発して大幅な増配を決めたため,株価が高騰した。このため,SPJSFグループは,ソトー株式の一部を売却して他の投資案件あるいは出資者への配当の原資とするのが妥当であるとの判断に基づき,市場で一部の株式を売却した。
また,明星食品株式の公開買付けに関しては,SPJSFグループが,日清食品による明星食品に対する公開買付けに応募したのは,同業者である日清食品と明星食品の統合によるシナジー効果が見込まれ,日清食品の大株主である自らもこのメリットを享受できると判断したからである。そもそも,明星食品と日清食品による統合は,両社の独自の合理的な経営判断に基づくものである。
ウ 債権者は真摯に債務者との交渉に当たり,適切に情報開示を行ってきたこと
(ア) 債権者が真摯に交渉に当たったこと
債務者の会議要請を受けて,米国に滞在していたリヒテンシュタイン氏は,テレビ会議を開くよう何度も申入れを行ったが,池田氏又は債務者がテレビ会議の開催に反対したため,テレビ会議は実現しなかった。
また,債務者が,平成19年6月1日に,申立外SPVIIに対して書簡を送付し,秘密保持契約を締結した上で,申立外SPVIIが本件対質問回答報告書において回答できなかった質問に回答するよう求めてきたのに対して,債権者は,平成19年6月6日付け書簡をもって,秘密保持契約を締結してその一部について翌週債務者と協議を行う旨伝えたが,債務者が秘密保持契約書の締結を拒絶し,その協議の実現には至らなかった。
平成19年6月13日の会談で,リヒテンシュタイン氏は,債務者のソースが嫌いと発言したわけではない。
(イ) 債権者の情報開示が適切であったこと
SPJSFグループは,証券取引法上求められている本件公開買付届書や本件対質問回答報告書等を関東財務局長に適時に提出することなどにより,本件公開買付けに必要な情報開示を十分行ってきた。
(2) 本件新株予約権無償割当てには相当性も認められないこと
ア 本件新株予約権無償割当ての実施に当たって,特別決議を得たからといって,同割当てに相当性があるなどということにはならないこと
本件新株予約権無償割当ては,株主平等原則に違反するものである上,債権者の有する株式について,その約4分の3を取得条項付株式とするのに等しい効果を有するものである。したがって,本件新株予約権無償割当ては,株主総会の特別決議を得るだけでは足りず,上記不利益を受ける債権者の同意が必要である。
また,いわゆる機関権限の分配秩序説は「被選任者たる取締役には選任者たる株主の構成を変更する権限はない」ということをいうものに過ぎず,それを越えて,株主総会の(特別)決議にさえよれば,自由にあるいは恣意的に株主の構成の変更ができるなどということを認めるものではない。本件新株予約権無償割当ては株主総会の決議により決定するものだから機関権限の分配に従うものであり,したがって,相当性を有するなどという債務者の主張は,全く論理的ではなく,失当である。
イ 本件新株予約権無償割当ては,株主の投資判断に基づく選択の機会を奪うものであり,証券取引法の趣旨に反し,許されないこと
SPJSFグループは,本件公開買付けにおいて,1700円という,債務者の株主にとって極めて魅力的な買付価格を提示し,十分な検討時間を与えている。それにもかかわらず,債務者の株主は,その保有株式の全てについて本件公開買付けに応募したいと考えたとしても,本件新株予約権無償割当てのために,現実にはその4分の1しか応募できない。すなわち,本件新株予約権無償割当ては,債務者の株主の合理的な投資判断に基づく売却の機会(ひいては投資判断の成果を十全に享受する機会)を強制的に奪うものとなっており,その結果,真摯な買付者であるSPJSFグループによる本件公開買付けの目的の達成は不可能となる。
ウ 本件新株予約権無償割当ては,一般株主に税務上の不利益を与える可能性があること
債務者が取得条項に基づき本件新株予約権を取得する場合,その時点(平成19年7月11日から同年8月31日までの期間中で債務者が定める日)の債務者株式の価値(市場価格)がいくらであるかにかかわらず,一般株主の負担となる課税が発生する可能性がある。特に,一般株主が本件新株予約権と引換えに株式を取得した時点における株式の時価が396円を上回っている場合には,この利益(債権者以外の一般株主が得る利益)は,税務上,一般株主の課税所得として認識され,一般株主も本件新株予約権無償割当てにより税務上の不利益を受ける可能性が大きくなる。
エ 本件新株予約権無償割当ては,有事導入の買収防衛策としての相当性を欠くこと
本件新株予約権無償割当ては,後出しの買収防衛策であるが,買収防衛策という不利益をSPJSFグループに課すための要件となる,準則の事前策定や当該不利益を課す実質的理由もなければ,当該不利益を課すための手続的公正性もなく,その必要性及び相当性はいずれも認められない。
第2 保全の必要性
本件新株予約権無償割当ての結果,債権者を含むSPJSFグループの債務者における持株比率は,約10%から約3%弱まで大幅に希釈化され,かかる不利益の回復は著しく困難である。また,本件決議には,特別利害関係者の議決権行使による著しく不当な決議若しくは多数決の濫用による無効又は取り消し得べき事由が存在する。そのため,本件新株予約権無償割当ての実行に対しては,株主総会決議取消訴訟が提起されるなど,株式を巡る法律関係に重大な混乱が生じることとなる。このような会社にとって根本的な法律関係について重大な混乱が生じた場合,株式市場にも重大な悪影響が生じる可能性があり,債務者の企業価値・債務者の株式価値が毀損されるおそれがある。
他方で,本件新株予約権無償割当ては,一般株主が本件新株予約権を行使する際の払込価額が1円であることなどに照らせば,債務者には当該割当てについて資金調達の目的がないことは明らかである。
さらに,債権者に割り当てられた本件新株予約権が債務者によって取得された場合,その対価として債務者は23億円を超える現金を債権者に支払わなければならない。この23億円は,本来であれば,債務者の本業その他,より有用な資として利用することができた資金である。この23億円の支出について,債務者が,債務者の取締役その他の第三者に対して,損害賠償ないし求償請求をすることは期待できない。すなわち,23億円の対価の支払いによって債務者の財務体質は不必要に悪化することとなり,債務者の株主(債権者を含む。)が回復不可能な損害を蒙ることになる。さらに23億円の支出によって債務者が赤字決算となり,株主(債権者を含む。)への配当が無くなることも予想される。
また,上記第1,2で述べたとおり,本件新株予約権の対価として23億円が債権者に支払われた場合でも,債権者は,株価の変動,課税上の取扱い等の理由で経済的な損害を蒙るおそれがある。債権者は,債務者に対し,これら財産的損害の賠償を求めることが可能である。この債務者からの損害賠償金の支出について,債務者が,債務者の取締役その他の第三者に対して,損害賠償ないし求償請求をすることは期待できず,債務者の株主(債権者を含む。)が回復不可能な損害を蒙ることになる。
以上の次第で,本件新株予約権無償割当てが仮に差し止められなければ,債権者(ひいては債務者の株主全員)に著しい損害が生じることとなるから,保全の必要性があることは明白である。
別紙債務者の主張
第1 債務者ブルドックソース株主総会の承認
1 平成19年6月24日に開催された債務者ブルドックソースの本件株主総会において,定款変更に係る第6号議案及び本件新株予約権無償割当てに係る第7号議案については,総株主の議決権の約94%を有する株主が出席し,出席株主の議決権の約88.7%(総議決権の約83.4%)の賛成により,それぞれ承認可決された(乙第36号証・定時株主総会議事録)。
2 本件新株予約権無償割当ては,取締役会が特定の第三者のみに新株予約権を割り当てたニッポン放送事件とは全く異なる。まず,定款変更によって,本件新株予約権無償割当ての権限を取締役会より上位の株主総会に移譲している。その上で,株主総会の特別決議によって債権者らを含む債務者ブルドックソースの全株主に対して本件新株予約権が割り当てられ,濫用的買収を仕掛けてきた債権者らを除く一般株主は,現経営陣を支持しているか否かを問わず普通株式を取得することができる。被選任者たる取締役(会)が選任者たる株主構成を変更するものではなく,会社法の定める権限分配の基本に完全に合致している。
3 特段の支配株主がいるわけでもなく,広範な株主の中で,債権者ら以外の株主のほぼ全て(「特殊決議」の要件(会社法309条3項)すらも上回る数)が賛成したのは,長い間,経営陣の選任を通じて債務者ブルドックソースを間接的に経営してきたと言える多数の株主が,経営の意欲もノウハウもなく,自らの短期的利益のみを追求する債権者らに債務者ブルドックソースの経営権を握らせることが会社全体の利益及び株主共同の利益に反することを認めたものに他ならない。かかる株主の意思・判断は何よりも尊重されるべきである。
第2 債権者らには何らの経済的損害が生じないこと
1 本件新株予約権無償割当ては,債権者らの経済的利益が害されないよう,新株予約権1個につき396円を支払うよう設計されていたが,本年6月24日開催の債務者ブルドックソースの取締役会は,仮に税務当局からの回答如何によって債権者らから取得条項に基づき取得できない場合であっても,債権者らから1個あたり396円で本件新株予約権の譲渡を受けることを決議した(乙第37号証・取締役会議事録(抄本))。したがって,仮に税務上の問題から本件新株予約権について取得を行わない場合であっても,債権者らが希望すれば確実に債権者らに対して本件新株予約権の全部について1個あたり396円の支払いを行い譲り受けるものであり,債権者らは,自らかかる機会を放棄しない限りは,かかる支払いを確実に受けることができる。
この396円は,債権者らが新株予約権の権利行使できないことの実質的な補償であり,その支払いは債務者取締役らの善管注意義務違反等に該当しないし,また,株主の権利行使との直接の関連性はなく,「財産上の利益」もないから,利益供与にも該当しない。債権者らは本件新株予約権1個につき396円を確実に受け取ることができる。
2 債権者らは「東京証券取引所における平成19年5月16日までの1か月間の終値平均(1342円)(1円未満切捨て)を約18.03%上回る価格」(甲第1号証2頁)である1584円の買付価格を当初の公開買付けの決済開始日である平成19年7月6日近辺の適正価格として本公開買付けを開始した。本件新株予約権1個が396円というのは債権者らが定めた価格に基づいて決定されたものであって適正な対価であり,債権者らには何らの損害も生じない。債権者らの取得コストを上回り,また,債権者らはその保有株の4分の3,すなわち,約7.5%の債務者ブルドックソース株式を平成19年5月16日までの1か月間の終値平均より約18%上回る価格で全て譲渡できるのであり,経済的利益を得る。
なお,現在の株価は,債権者らが買付価格を引き上げたためそれに寄せる形で上昇しているが,債権者らが行った買付価格の変更によって形成された株価と違うからといって,債権者らに損害があるとは言えない。
3 債権者はケイマン諸島に本拠を置くリミテッド・パートナーシップであり,日本の租税法の適用上,債権者自身に課税の負担が生じることはない。また,ケイマン諸島はタックス・ヘイブンとして有名であり,海外で課税が生じることも考えられない。債権者の海外の投資家に対する課税可能性の主張も,全く具体性のない抽象的なものである。そもそも利益に応じて納税することは当然のことで,それをもって「税務上の著しい不利益」ということはできない。
4 本件新株予約権は,取締役会の承認を得て債権者らから非適格者以外の第三者に対して譲渡された場合には,当該非適格者以外の第三者において行使することが可能な設計となっている。債務者ブルドックソース取締役会は,仮に債権者らが本件新株予約権を第三者に対して譲渡することを希望する場合には,それが債務者ブルドックソースの企業価値ひいては株主共同の利益に照らして不適切な者でない限りは,これを承認することに何ら異存はない。したがって,この意味においても,債権者らは投資資金を回収する手段を有している。
5 よって,本件新株予約権無償割当てによって債権者らに何らの損害も生じない。
第3 本件新株予約権無償割当ては株主平等原則に反しない
1 新株予約権を取得する権利又はこれを行使する権利は,それ自体,株主としての権利の内容ではないから,新株予約権の行使に関して差別的な条件が設けられていても,そのことだけで株主平等原則に違反するものではない。本件では,債務者ブルドックソースの全株主に新株予約権が割り当てられ,その行使条件及び取得条項に関し,債権者らと他の株主の間に相違が存在するが,新株予約権の場合にどの程度株主平等原則の趣旨が及ぶかは,実質的な差別内容等に照らして,個別の事案毎に判断していかなければならない。
2 債権者が株主平等原則違反を主張する根拠の一つは,本件新株予約権の割当てによって債権者らの持株比率が希釈化されるというものであるが,そもそも会社法では株主の持株比率は株主の権利として保護されておらず,新株の発行(新株予約権の場合も同様)によって既存株主の持株比率が変動し得ることは法律上当然に想定されており,特に債務者ブルドックソースのような公開会社では当該比率は,制度上全く保護されていない。新株予約権無償割当てにおいて株主の持株比率に応じて当該予約権の割当てがなされるとする会社法278条2項は,新株予約権を比例平等的に割り当てることによって株主間の経済的平等を確保するための規定であり,持株比率の保護を規定したものではない。また,本件新株予約権の無償割当ては,株主平等原則上の株主の利害に関わる事項等を決議することが可能な株主総会の特別決議に基づいて割り当てられるものであり,その点に照らしても,本件新株予約権による,持株比率の減少を根拠とする株主平等原則違反は,成立する余地がない。
債権者が株主平等原則違反を主張するもう一つの根拠は,債務者ブルドックソースが本件新株予約権の取得を選択しなかった場合,債権者らは当該予約権に関する対価を得ることができないというものである。しかし,債務者ブルドックソースは,もし仮に債権者らの有する本件新株予約権について取得条項に基づく取得を行うことができない場合であっても,債権者らから譲渡を受けて,新株予約権1個あたり396円の対価を必ず支払うことを意図しており,その旨の取締役会決議も明確になされているから,債権者の主張には理由がない。
3 本件新株予約権無償割当てでは,債権者らの属性に着目して他の株主と異なる取扱いをしているが,株主平等原則は,究極的には,会社・株主の最善の利益を実現するための会社法の原則のひとつであるから,株主の属性によって差異を設けることが当該会社の企業価値の毀損を防止するために必要であれば,その差異は株主平等原則に反しない。本件新株予約権無償割当ては,不当な債権者らによる公開買付けを通じて債権者らが債務者ブルドックソースの経営支配を獲得することを阻止するために実施するものであり,債権者らによる買収後の債務者ブルドックソースの企業価値,株主共同の利益の毀損を回避するために必要不可欠な対応策である。また,株主総会の特別決議に基づき,債権者らによる債務者ブルドックソースの経営支配の獲得を阻止するために必要且つ十分な範囲でのみ実施されるものであり,しかも,債権者らに一切の経済的不利益を生じさせないような配慮もなされている。したがって,本件新株予約権無償割当てが株主平等原則に反しないことは明らかである。
債権者は,株式分割では株主の属性に応じて分割割合を変更することは許されないから,本件新株予約権無償割当てでも株主の属性に応じて相違を設けることは許されないと主張するが,株式分割と異なり,新株予約権無償割当てでは株主間の差別的な取扱いが可能であるから,債権者の主張は失当である。
第4 本件新株予約権無償割当ての必要性-債権者らによる濫用的買収であること
1 債権者らによる本公開買付けに基づく買付けは,「あくまでも証券売買による利益を得ることを目的」とするものであり,ニッポン放送事件東京高裁決定において例示されたグリーンメイラー(第1要件)の「真に会社経営に参加する意思がない」という要件を明白に充足する。
債権者らは,過去の企業買収において,高額配当を行って株価を上昇せざるを得ない状況を作出し,自己の買付けにより高騰している相場で株式を売り抜けるという行動パターンをとっている。また,威嚇的な接触,前触れない公開買付けの開始,対象会社からの質問に対し誠意ある回答を示さない等の特徴もある。特に明星食品に対する公開買付けにおいては,事業に関する知識もなく,日本における経営実績もないのに,突然,一方的に公開買付けを行い,ホワイト・ナイトを登場させて株式を売り抜けており,その手法は,典型的なグリーンメイラーの手法そのものである。
2 本件公開買付けにおける債権者らの手法も,明星食品に対する手法と多くの点で類似するものであり,債権者らが債務者ブルドッグソースの支配権を握ると,同債務者の企業価値ないし株主の共同利益が毀損されることが明らかである。
本件において,債権者らは債務者ブルドックソースの株式の100%取得を目指しており,本公開買付けの結果,同債務者は上場廃止になる可能性があるが,債権者らは,本公開買付けに応じなかった株主の残りの株式を取得する意思も仕組みも表明していない。しかも,債権者らは大株主となっても債務者ブルドックソースの経営に関与する意思がないと表明しており,公開買付けに応じなかった株主は,所有資産が上場廃止になる可能性や,経営に全く関与する意思のない大株主が存在することで経営が停滞してその価値が低下するリスク等に晒されることになる。債権者らが当初設定した買付価格は,日本の過去の類似案件に比べてその水準が著しく低いが,これも,債務者ブルドックソースの経営陣にホワイト・ナイトを探索させる等して,債権者らが保有する株式を高値で売り抜けることを目的としていることの表れである。
債権者の債務者ブルドッグソースとの接触をみても,債権者は2年前に債務者ブルドックソースに対してMBOを打診し,債務者ブルドッグソースの株式の売り抜けを図っている。また,本公開買付けも,債務者らに対する事前の連絡もないまま,突然開始し,投資方針等に関する債務者ブルドックソースが質問しても,回答を曖昧にし,あるいは公開買付届出書の記載と矛盾する内容の回答をし,虚偽内容の回答をするなど,債権者らには誠実に回答する姿勢が全く見られず,債務者ブルドックソース代表取締役との面談でも「ソースは食べたことがない」「ソースは嫌いだ」等と言い放ち,債務者ブルドックソースとの信頼関係を築こうとする意思を全く有しないことは明らかである。
3 以上からすれば,債権者はグリーンメイラーであり,ニッポン放送事件東京高裁決定に例示された第1,第2及び第4類型を明らかに充足する。かかる債権者らによる本公開買付けの結果,債権者らが債務者ブルドックソースの株式を大量に取得することは,債務者ブルドックソースの企業価値ひいては株主共同の利益の毀損につながるものであり,本件新株予約権無償割当てには,「必要性」が認められる。
第5 本件新株予約権無償割当ては相当性を有すること
1 本件新株予約権無償割当ての割当基準日は,当初の買付期間の末日である平成19年6月28日(及び当初の決済開始日である同年7月6日)より後の日である,平成19年7月10日(以下「本基準日」という。)である。7月6日に決済し,7月10日までに名義書換を行うことで本件新株予約権を取得することは十分に可能であった。したがって,公開買付期間が当初予定されていた期間のままであった場合には,債権者らは当該公開買付けにより全株式を取得することが可能であり,また一般株主がこれに応募することにも何らの制約は存在しなかった。
ところが,債権者らが買付期間を延長したことから,基準日が買付期間中に到来することとなり,一方で当該買付期間中に一般株主が本件新株予約権を行使することができないため,新株予約権の行使により交付される株式について本公開買付けに応募することはできない。
債務者ブルドックソースは,本公開買付期間の終了以前に一般株主に株式を交付し,交付される株式を本公開買付けに応募することが可能となるよう,課税問題が明らかになり次第可及的速やかに,7月中にも一般株主の有する本件新株予約権について取得条項に基づく取得を行うことを取締役会で決議した(乙第37号証・取締役会議事録(抄本))。税務当局からは7月中旬までには何らかの回答が出されることが見込まれ,2週間の公告期間を見込んでも,買付期間内である7月末には取得が可能であり,一般株主は取得の結果交付される株式について本公開買付けに応募することができ,債権者らが公開買付けを通じて債務者ブルドックソースの株式の全部を取得することも何ら妨げられない。
2 仮に本件新株予約権の取得を行うことができない場合に,本基準日時点における一般株主は,本件新株予約権の取得がなされるか又は行使期間が到来するまでは,株式及び新株予約権全体のうち4分の3に相当する部分について,投下資本回収に制約を受けることになるが,本件新株予約権無償割当てが,かかる不利益の存在をあらかじめ示された上で,株主総会が特別決議で決定したこと,当該決議に不満のある株主は本基準日までの間の約2週間の間に市場で株式を売却すれば資本回収を図ることが可能であること,さらには,本基準日時点における株主の資本回収が制限される期間は,最長でも約1か月半であって一般株主の不利益の程度は極めて小さく,株式保管振替機構が株式分割の際の取扱いを変更した平成18年1月4日以前の株式分割の実施によって,既存株主が実務上50日余りの期間は売買できなかったことに照らしても,このような期間はなお相当性の範囲内であるから,一般株主の投下資本回収の手段が制限され得るとしても,これによる一般株主の不利益は,受忍限度を超えるものではない。
また,全株式の取得という本公開買付けにおける債権者らの目的達成が不可能になったとしても,その事態は債務者ブルドックソースの配慮にもかかわらず債権者らが自ら招いたものにすぎない。
3 以上のように,本件新株予約権無償割当ては,債権者らの行う本公開買付を阻害しないように設計され,期間延長後も,早い段階の取得を行うことで阻害しないことが見込まれるものである。そして,仮に一般株主に不利益が生じても,それは受任限度の範囲内のものである。
そのほか,
① 債権者らによる支配権取得が会社に回復し難い損害をもたらすことから,一種の緊急避難行為として講じた対抗手段であること,
② 本件新株予約権無償割当てが定款変更によって権限の委譲を受けた株主総会の特別決議に基づき実施されること,
③ 債権者らには経済的損害が生じないこと,
④ 会社法は持株比率自体を株主の権利として保護していないこと,
⑤ 証券取引法の手続きに則って,公開買付者である債権者らに真摯な質問を行う等して,その回答等を慎重に分析・検討した上で本件新株予約権無償割当てを株主総会に付議するに至ったこと
等の点でも,本件新株予約権無償割当ては,本公開買付けに対する対応策として十分に相当性を有するものであり,「著しく不公正」なものではない。
第6 債権者ら以外の一般株主が「特別利害関係者」に該当しないこと
本件新株予約権無償割当てによって債権者らには何らの経済的損害も発生せず,むしろ,持株の4分の3について市場売却による値下がりリスク無しに投下資本の回収ができるという利益を得る。一方,一般株主は会社に対して本件新株予約権の対価を請求することができず,むしろ本件新株予約権無償割当てによって債権者らの意図が挫かれれば,株価が下がることは合理的に予想される等,一般株主は経済的利益を得ないから,会社との間に利益相反関係は存在しない。
また,債権者らに議決権比率の低下が生じるとしても,それをもって一般株主が「特別利害関係者」であるとされたり,株主総会における決議が多数決の濫用にあたるとされるものでないことは最高裁昭和42年3月14日判決及び東京地裁平成16年10月14日判決が判示するところであり,しかも,本件新株予約権無償割当ての結果として会社法上重要な意義が認められる議決権比率(例えば3分の1)を有する株主の変動は生じないから,債権者ら以外の一般株主は特別利害関係者に該当しない。
第7 結論
よって,本件新株予約権無償割当ては,会社法247条の類推適用があるとしても法令・定款に違反せず,また,著しく不公正でもないから,同条に基づく差し止め請求は認められない。よって,本件申立ては却下されるべきである。