東京地方裁判所 平成19年(ワ)1602号 判決 2009年7月24日
住所<省略>
原告
X
訴訟代理人弁護士
紀藤正樹
江川剛
東京都港区<以下省略>
被告
エー・シー・イー・インターナシヨナル株式会社
代表者代表取締役
Y1
住所<省略>
被告
Y1
住所<省略>
被告
Y2
住所<省略>
被告
Y3
住所<省略>
被告
Y4
住所<省略>
被告
Y5
6名訴訟代理人弁護士
弘中惇一郎
加城千波
主文
1 被告エー・シー・イー・インターナシヨナル株式会社及び同Y5は,原告に対し,連帯して金3747万5483円及びこれに対する平成16年4月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告エー・シー・イー・インターナシヨナル株式会社及び同Y5に対するその余の請求並びにその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,原告に生じた費用の3分の2と,被告Y1,同Y2,同Y3及び同Y4に生じた費用を原告の負担とし,原告に生じた費用の6分の1と被告エー・シー・イー・インターナシヨナル株式会社に生じた費用を被告エー・シー・イー・インターナシヨナル株式会社の負担とし,原告に生じたその余の費用と被告Y5に生じた費用を被告Y5の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 被告らは,原告に対し,連帯して4789万4985円及びこれに対する平成16年2月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は,被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
第2事案の概要
1 本件は,原告が,被告らに対し,被告エー・シー・イー・インターナショナル株式会社(以下「被告会社」という。)は,原告には取引の適合性がないのに,被告会社の取締役等であるその余の被告らと共謀の上,原告に通貨先物オプション取引(平成15年9月5日から同年10月22日までの間)や商品先物オプション取引(同月20日から平成16年4月6日までの間)を行わせて損害を与えたなどとして,不法行為又は債務不履行(被告会社のみ)に基づく損害賠償等の支払を求める事案である。
2 請求原因
(1)ア 原告は,昭和12年○月○日生まれ(平成15年ころ65歳)であり,昭和31年に高校を卒業し6年間ほど就職したものの,昭和38年以来専業主婦であった。原告は,平成3年ころからうつ病を発症し,平成15年ころには双極性気分障害(躁うつ病)により通院治療中であったところ,平成16年5月●●●日,●●●市から障害等級2級の障害者の認定を受けた。先物取引やオプション取引の経験はなかった。
イ 被告会社は,海外先物オプション取引の受託等を業とする株式会社であり,平成15年ころ,被告Y1(以下「被告Y1」という。)は同社の代表取締役,被告Y2(以下「被告Y2」という。)は常務取締役,被告Y3(以下「被告Y3」という。)は第二営業部支店長,被告Y4(以下「被告Y4」という。)は第二営業部第五課課長代行係長及び被告Y5(以下「被告Y5」という。)は第二営業部第五課主任であった。
(2)ア 被告Y5は,平成15年9月5日,原告に対し,「オプション取引は,リスクはありますが,先物取引と違ってローリスクであり,そのリスクは投資額に限定されています。」などと通貨オプション取引が「ローリスク・ハイリターン」の取引であることをことさらに強調し,通貨オプション取引の仕組み等について十分な説明もしないままで同取引を勧誘したことから,原告は同取引について十分な理解もないまま,被告会社との間で「米国通貨オプション取引」の委託契約(以下「本件通貨オプション取引」という。)を締結した。
イ 原告は,以後,投資限度額の増額を迫られた上(順に1000万円,2000万円,2500万円と増額された。),被告Y5やその上司である被告Y4の言われるままに別表1記載のとおり「米国通貨オプション取引」を行い,同年10月22日までの間に2351万5515円の差損金を生じた。同取引に基づく原告の被告会社に対する入金額は2513万0738円である。
(3)ア 被告Y2は,平成15年10月20日,原告に対し,「冬期に向かって灯油の需要が高まるので,値上がりが予想されます。商品の取引も始めましょう。」などと述べ,原告は,同日,被告会社との間で,「商品先物オプション取引」の委託契約(以下「本件商品先物オプション取引」という。)を締結した。
イ 原告は,以後,投資限度額の増額を迫られた上(順に500万円,1700万円),被告Y2らから言われるままに別表1記載のとおり「商品先物オプション取引」を行い,また,平成16年1月26日には先物取引とオプション取引を組み合わせた「ユニット・オプション」取引の開始を勧誘されて取引をしたところ,平成16年4月6日までの間に1262万5710円の差損金を生じた。同取引に基づく原告の入金額は2177万4226円であり,被告会社からの返金額は1076万3746円であるから,その差額は1101万0480円である。
(4)ア オプション取引は,その仕組み自体一般の消費者には理解が困難なものである上,その買付価格である「プレミアム」の決定要因が非常に複雑であって,特に取引の対象を通貨とする場合には為替相場の変動を的確に把握する必要があるし,取引の対象を商品とする場合にはその価格変動の要因を分析する必要があるなど,一般の消費者が適時に的確な判断をして取引をすることはほとんど不可能な取引である。加えて,本件で原告が行った取引は海外の取引所における通貨及び商品の取引を対象とするものであり,その場合には,上記の要因に更に為替の変動が加わるし,取引時間との時差を考慮した判断をする必要もあることとなるのである。
イ そこで,このような取引を勧誘する取引員としては,①適合性の原則,②説明義務,③断定的判断の提供の禁止,④新規委託者保護義務,⑤両建勧誘の禁止,⑥一任売買の禁止,⑦無意味な反復売買の禁止,⑧証拠金規制,⑨過当取引の禁止,⑩利益金の不当な証拠金振替等の禁止,⑪仕切拒否の禁止などの義務を果たし,原則を遵守する必要がある。
(5) しかし,被告らによる原告に対する上記各取引の勧誘ないし取引の実行は,これらに反し以下の点で違法である(各取引がどの違法事由に該当するかは,別表2「個別違法事由一覧表」記載のとおりである。)。
ア(適合性原則違反)原告の生活歴や病歴からして,原告はそもそも上記のようなオプション取引を行うのに不適格者であり,被告らはこれを知っていたのに,多額の取引を行わせた。
イ(説明義務違反)被告らは,原告に対して上記各取引を勧誘するに際し,オプション取引の仕組みやリスクについて十分な説明をしなかった。
ウ(断定的判断の提供)被告Y5は,原告に対して「通貨先物オプション取引」を勧誘するに当たって,「これから円安が進むことは間違いないから,今プットで円を買い付ければ多額の利益が見込めます。」などと述べ,また,被告Y3は,原告に対して「海外商品先物オプション取引」を勧誘する際,「中国が船単位で盛んに大豆を買い付けるようになり,アメリカで大豆が品薄になっていきますので,大豆の値上がりが大きく期待できます。挽回する大きなチャンスがきているので,できる限りお金を集めて,大豆のコールも買い付けなさい」などと述べ,更に被告Y4も,「綿花の価格が以上に高くなっている。「天井三日底百日」という言葉がありますが,今綿花がまさにその状況なので,まもなく値が下がります。この絶好機を逃すことのないように,何としてでも綿花プット16枚を持つべきです。」と述べるなど,いずれもその取引をすれば必ず利益が出るかのような断定的判断の提供をした。
エ(新規委託者保護義務違反)原告は,先物取引やオプション取引の経験はなかったのに,被告Y2は,本件通貨オプション取引の開始後わずか3か月間に,原告に4000万円もの現金を交付させた上,投資限度額の増額を迫り,必要書類に実際には存在しない預金額まで記載させた。
オ(両建勧誘の禁止)被告らは,原告に対し,本件各取引において,円やユーロにつき同一銘柄,同一限月のプットオプションとコールオプションを買い付けるよう指示し,また,相反する玉の先物取引とオプション取引を組み合わせた「ユニット・オプション取引」を行わせるなどした。
カ(一任売買)被告Y2らは,本件各取引のすべてにおいて,原告に対し,購入する銘柄や枚数について指示し,原告はオプション取引を貯蓄のように考えてこれに言われるがまま取引をした。また,被告Y4らは,平成15年11月28日,原告に対し,同人が明確に拒絶したにもかかわらず生体牛を取引させた。
キ(無意味な反復売買)本件各取引における損失のうちの手数料の占める割合(手数料化率)は67.03パーセントであり,そのうちにはそもそも手数料を賄うにも足りないのに転売されているものもある。また,本件各取引において原告が買い付けた銘柄のうち,原告が利益を得たものは灯油8枚,生体牛1枚,コーヒー38枚の合わせて47枚のみであり,約86パーセントの取引は損失を出したのであって,原告によって無意味な取引であった。
ク(証拠金規制違反)被告Y2らは,本件各取引において,原告から買付代金が支払われていないのに発注させ,その後にこれを支払わせることで,原告を本件各取引から逃げられないようにした。
ケ(過当取引)原告は,本件通貨オプション取引において,40日間に15回にわたって合計128枚のオプションを買い付け,被告会社に対して2500万円以上の金員を支払い,また,本件商品先物オプション取引において,3か月間に33回にわたって合計214枚のオプションを買い付けるなどし,被告会社に対して2177万円を支払っており,これは原告の資産や生活状況に照らして明らかに過当な取引である。
コ(証拠金振替の禁止違反)被告Y2らは,原告のオプション取引に関する理解が不十分なまま,オプションの転売代金を原告に返還せず,他の商品先物オプション等を買い付けさせた。
サ(仕切拒否)原告は,平成15年12月1日,被告らに対し,できるだけ多くお金を返して欲しい旨伝えて,本件商品先物オプション取引を仕切るよう依頼したにもかかわらず,被告Y5は,原告に対し,「せめて生体牛コール1枚,プット1枚買い付けてください。そうすれば残金はお返しします。」などといってこれを拒否した。また,原告は,平成16年1月26日,被告Y2に対して仕切を指示したのに,同人は原告にユニット・オプションを買い付けさせてこれを拒否した。
(6)ア 被告らの上記行為は,原告の財産を根こそぎ奪い取って手数料を稼ごうととの意図の下に行われたものである。被告Y2,同Y3,同Y4及び同Y5は原告に対して本件各取引を勧誘した者であって,民法第709条及び第719条に基づく責任を負い,被告Y1は,被告会社の代表取締役として被告Y2らに上記行為を行わせたのであるから同じ責任を負う。被告会社は,上記の意図の下に行為したのであるから,直接に民法709条の責任を負い,また,被告Y2らの使用者責任を負う。
イ 加えて,被告Y1及び同Y2は,被告会社の代表取締役ないし取締役として,従業員が顧客に対して違法な勧誘行為等を行わないように監督する義務があったのにこれを怠ったから,商法(平成17年法律第87号による改正前のもの)第266条の3第1項に基づく責任を負う。
ウ 被告会社は,本件各取引につき,原告に対して善管注意義務並びにその付随義務としての配慮義務及び情報提供義務を負っていたのに,従業員である被告Y2らと共謀の上で上記行為を行ったのであるから,民法第415条による債務不履行責任を負う。
(7) 原告が被告らの上記行為により被った損害(合計4789万4985円)は以下のとおりである。
ア 本件通貨オプション取引による原告の入金額である2513万0738円
イ 本件商品先物オプション取引による原告の入金額と被告会社からの返金額との差額である1101万0480円
ウ 原告が本件各取引のために生命保険2口を解約して得た解約返戻金につき発生した税金及び社会保険料合計172万0430円
エ 被告らの執拗な勧誘により取引を継続させられ,すべての財産を奪われてしまうかもしれないと恐怖や不安を感じたことによる慰謝料567万9247円
オ 弁護士費用435万4090円
(8) よって,原告は,被告らに対し,不法行為又は債務不履行(被告会社のみ)に基づき,連帯して4789万4985円及びこれに対する不法行為の後の日である平成16年2月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
3 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)のア(原告の身上等)は知らない(ただし,原告の年齢は認める。)。原告は,20年前から株式や投資信託をしているということであった。また,被告らに対して健康上の問題がある旨話したことはなく,それを疑わせるような事情もなかった。同イ(被告らの身上等)は認める。
(2) 同(2)のア(通貨オプション取引委託契約の締結)のうち,原告が,被告Y5の勧誘に応じ,平成15年9月5日,被告会社との間で通貨オプション取引の委託契約を締結したことは認めるが,その余は否認する。同イ(取引経過)のうち,原告が投資限度額を増額したこと,別表1記載のとおり「米国通過オプション取引」を行ったこと,2351万5515円の差損金を生じたこと,原告の入金額が2513万0738円であったことは認めるが,その余は否認する。
(3) 同(3)のア(商品先物オプション取引委託契約の締結)のうち,原告が,被告Y2の勧誘に応じ,平成15年10月20日,被告会社との間で商品先物オプション取引の委託契約を締結したことは認めるが,その余は否認する。同イ(取引経過)のうち,原告が投資限度額を増額したこと,別表1記載のとおり「商品先物オプション取引」及び「ユニット・オプション取引」を行ったこと,1262万5710円の差損金を生じたこと,被告会社が原告に対して1076万3746円を返金し,その差額が1101万0480円であることは認めるが,その余は否認する。
(4) 同(4)のア(オプション取引の特質,危険性等)は争う。同イ(取引員の義務等)は一般的な義務の存在は認めるが,原告との取引についてこれに違反した行為があったことは否認する。
(5) 同(5)(本件取引の違法性)及び(6)(被告らの債務不履行ないし不法行為)はいずれも否認する。オプション取引の仕組みやリスク等は,説明を受ければ一般人でも容易に理解できるものであるところ,被告会社は,「オプション取引のABC」などの所定の冊子を原告に示してオプション取引の内容について説明し,更に法制管理部の職員(コンプライヤー)が原告に面会してその理解度等をチェックした後,本件オプション取引委託契約を締結した。その際原告は,20年前から株式等の取引を行ってきた旨話し,オプション取引にも積極的に興味を示していたのであるし,他方,健康上の問題があるなどと話したことはなく,そのようなことを疑わせる事情もなかった。原告は,被告会社との間で別表1記載のとおり米国通過オプション取引を行い,被告会社は,その間,原告に対し,各取引の内容や各時点での取引残高等について定期的に報告した。そして,原告は,「枠は作っておかないと」と言って自ら投資限度額の増額を申し出た。また,原告は,被告Y5が説明した灯油の相場について興味を示して「商品先物オプション取引」の委託契約を締結し,その後,やはり自ら投資限度額の増額を申し出て,別表1記載のとおり,大豆,綿花等についても取引をした。いずれの取引も,原告が被告会社の示した相場観に納得の上取引をしたものであるし,取引の内容等については被告会社から原告に対して定期的に報告をしたのであって,被告会社等の指示により取引したなどということはない。このように,原告は,オプション取引の仕組みやリスクを充分理解した上で本件各取引を行ったのであって,被告らに債務不履行ないし不法行為は成立しない。
(6) 同(7)(損害)は否認ないし争う。
4 抗弁(過失相殺)
原告は,被告会社との間の取引において終始積極的にこれに関与し,保有資産も8500万円であると自ら述べるなどしていたのであるし,被告のコンプライヤーが投資限度額の増額につき生活への支障の有無等を注意したのにもかかわらず,これを拒否して投資限度額を増額するなどして,自ら損失を拡大させたのであるから,少なくとも7割の過失相殺がなされるべきである。
5 抗弁に対する認否
抗弁事実は否認する。原告は全財産を失うという重篤な被害を被っており,かつ,そのような被害は被告らの欺罔的な勧誘文言や原告の双極性気分障害に起因するものであって,原告自身には落ち度はないのであるし,他方,被告会社は,原告との取引により多額の利益を得ているのであるから,本件において過失相殺をすることは著しく衡平に反する。
第3当裁判所の判断
1 請求原因(1)ないし(3)(原告及び被告ら,原告と被告会社との取引及びその経過)について
同(1)ないし(3)の事実は,原告が昭和12年生まれで平成15年当時65歳であったこと,被告会社は,海外先物オプション取引の受託等を業とする株式会社であり,平成15年ころ,被告Y1は同社の代表取締役,被告Y2は常務取締役,被告Y3は第二営業部支店長,被告Y4は第二営業部第五課課長代行係長及び被告Y5は第二営業部第五課主任であったこと,原告が,被告Y5から勧誘を受けて,平成15年9月5日,被告会社との間で米国通貨オプション取引の委託契約を締結したこと,原告は,その後,別表1記載のとおり本件通貨オプション取引を行い,同取引により同年10月22日までの間に2351万5515円の差損金を生じたこと,同取引に基づく原告の被告会社に対する入金額は2513万0738円であったこと,原告が,被告Y2の勧誘に応じ,同年10月20日,被告会社との間で商品先物オプション取引の委託契約を締結したこと,原告は,その後,別表1記載のとおり本件商品先物オプション取引及びユニット・オプション取引を行い,同取引により平成16年4月6日までの間に1262万5710円の差損金を生じたこと,同取引に基づく原告の被告会社に対する入金額は2177万4226円であり,被告会社からの返金額1076万3746円を差し引くとその差額は1101万0480円であることの限度で,当事者間に争いがない。
2 請求原因(4)(オプション取引の特性及び被告会社の注意義務)について
(1) 証拠(乙6,7,20)及び弁論の全趣旨によれば,請求原因(4)にかかるオプション取引の仕組み及びその特性については以下の事実が認められる。
ア オプション取引は,あらかじめ定められた特定の期日(権利行使期間)までの任意の時点において,原資産をあらかじめ定められた価格で買う権利又は売る権利(オプション)を売買する取引であり,上記あらかじめ定められた価格をストライクプライス,買う権利をコール・オプション,売る権利をプット・オプション,各オプションの価格をプレミアムという。
イ 本件通貨オプション取引は,オプションの原資産を米国商品取引所における通貨先物とする取引であり,本件商品先物オプション取引は,原資産を米国商品取引所における商品先物とする取引である。
ウ オプションの買い手(バイヤー)は,その売り手(グランター)に対して権利を行使することができ,また,第三者に対してオプションを転売することもできる。オプションの買い手は,その権利行使が自己に不利益になると判断する場合には,権利行使をせずに当該オプションを放棄することもできる。
エ プレミアムは,現時点において権利を行使したなら得られる金額である本来価値と,現時点から満期日までにおける原資産の価格変動の可能性に伴う価値である時間価値とから構成される。そこで,本件通貨オプション取引及び本件商品先物オプション取引におけるプレミアムは,ストライクプライス,満期日までの長短,当該取引を決済しなければならない期限である限月の時期に加えて,原資産自体の価格や米国取引所における取引であることから為替相場によっても変動し,更に原資産の価格や為替相場は世界中の多岐の要因によって変動する。
オ オプションの買い手はプレミアムを支払ってオプションを取得する。コール・オプションの買い手は,原資産の価格が上昇してストライクプライスとプレミアム及び受託会社に対して支払う手数料の額を上まれば利益を得,これが更に上昇することにより計算上は無制限の利益を得ることとなるが,他方,その価格まで価格が上昇しない場合には権利放棄によりプレミアムの全額を失うおそれがある。また,プット・オプションの買い手は,ストライクプライスとプレミアム及び手数料以下の原資産の価格の下落により利益を得ることができるが,他方,その価格まで価格が下落しない場合にはやはり権利放棄によりプレミアムの全額を失うおそれがある。その意味で,オプション取引はハイリスクハイリターンの取引であるということができる。
(2) 以上からすると,本件通貨オプション取引及び本件商品先物オプション取引は,いずれも国内外の複雑多岐の要因によりプレミアムが変動し,その予測が困難なハイリスクハイリターンの取引であるということができるから,これを受託する被告会社の勧誘行為についてはいわゆる適合性の原則が妥当するのであって,このような取引を受託する被告会社は,顧客である原告に対し,年齢や上記各オプション取引についての知識や経験,原告の投資しようとする資金の性質や投資の目的,財産の状況に照らして,原告が上記各オプション取引の仕組みや危険性を理解することを可能にする取引経験や社会経験を有していないか,原告の資金の性質がハイリスクハイリターンの取引をするには適していない場合(当該取引に対する適合性を欠く場合)には,これを勧誘してはならない義務を負うものというべきである。また,被告会社は,上記取引の受託者として,仮に原告に適合性が肯定されるしても,原告の投資経験や理解度に照らし,明らかに過大な取引を行わせてはならない義務(いわゆる新規委託者保護義務)を負うものというべきである。
3 請求原因(5)(本件取引の違法性)について
(1) 上記当事者間に争いのない事実及び後掲各証拠によれば,原告と被告会社との間の本件通貨オプション取引及び本件商品先物オプション取引の経過については,以下の事実が認められる。
ア 原告の投資経験等
(ア) 原告は,昭和12年○月○日に出生した女性であり,本件取引が行われた平成15年ころは65歳であった。原告は,昭和31年3月に高等学校を卒業後,一時会社勤務をしていたものの,昭和37年に婚姻し,その後はいわゆる専業主婦であった。そして,原告の夫が昭和62年に○月○日に死亡したため,その後は同人の退職金や貯蓄を取り崩しながら生活してきており,平成15年ころにも遺族年金を除いては特に収入はなかった。(甲9,35,原告本人)
(イ) 原告は,本件通貨オプション取引を開始する20年ほど前に野村證券を通じてNTTの株式を購入したことがあり,また上記夫の退職金等を投資信託や中期国債ファンドにより運用して生活費を捻出していたことがあったものの,株式の信用取引をしたり,本件通貨オプション取引以前には先物取引やオプション取引をしたことはなかった。(甲35,原告本人)
(ウ) 原告は,平成15年ころは住所地に自宅を所有して娘と二人で生活しており,他に上記NTTの株式を2株所有し,元利合計約3500万円の一時払い養老保険を保有していた。そして,上記遺族年金による収入で生活費が不足するときは,上記養老保険の契約者貸付を利用していた。(甲35,原告本人)
(エ) 原告は,平成3年9月7日からほぼ1か月に1回程度
病院精神診療科に通院しており,当時は「うつ病」と診断されていた。精神症状としては,憂うつ感,易疲労感,意欲低下や眠気及び仮眠などが主体であって,これらの症状が数年にわたって持続していたものの,短期間このような症状が軽快し,自覚的にも気分が軽くなることがあった。原告は,本件通貨オプション取引が開始された平成15年9月ころから同年11月ころまでの間はこのように気分が軽快した状態(躁状態)であり,同月ころからは再びうつ状態に陥った。原告は,平成16年5月○日,●●●市から障害等級2級の認定を受けて障害者手帳の交付を受けた。(甲1,4,18)
イ 本件通貨オプション取引の経緯
(ア) 被告会社従業員のA(以下「A」という。)は,平成15年9月4日,原告に架電して通貨オプション取引の紹介等をしたところ,原告がこれに興味を示したため,同月5日に原告が被告会社を訪問することとなった。原告は,同日,上記病院への通院の帰り道に被告会社を訪問し,A及び被告Y5は,原告に対して「オプション取引のABC」と題するオプション取引の仕組み等について解説した書面を交付するなどしてこれを説明した。(乙6,44)
(イ) 原告は,被告Y5らの上記説明を聞いて被告会社に対して本件通貨オプション取引を委託することとし,その旨の契約書や口座開設の必要書類等に署名押印した。その際,被告Y5は,原告に対して「新規口座開設規定」と題する書面を交付しこれに署名押印を求めたが,同書面は,「先物オプション取引は買付時に支払った金額のすべてを失う事のある極めて投機性の高い取引であるため損について自己責任の取れない方のご契約は固くお断り致します。」とし,その例として,「①心身の障害により判断能力に欠ける方。...④年金生活者(生活資金を年金のみに依存している方。)」を挙げ,更に,「尚,高齢者で,現在職についてない方は,原則としてご契約をお断りいたします。」と記載している。(乙7ないし13)
(ウ) 被告会社の法制管理部のB(以下「B」という。)は,同日,原告に面談し,上記書類への自署の有無や原告の通貨オプション取引の理解の有無や程度について確認し,「口座開設要綱」及び「コンプライアンスによるリスク・マネジメント」と題する書面を作成して,原告に署名押印を求めた。原告は,上記書面の「資産状況」の欄のうち,「不動産」に持家と,「預貯金」に3500万円と,「有価証券」に100万円とそれぞれ記入し,「投資資金」の欄のうち,「今回投資金額」として33万円,「最高限度額」として1000万円とそれぞれ記入した。その際,被告会社は,「これ以上,限度額を増さない様に一度清算しながら取引してください」との方針を原告との間で確認した。原告は,同日,日本円のプット・オプションを1枚発注した。(乙1,14ないし16,36)
(エ) 原告は,その後,同月10日にユーロのプット・オプションを15枚,同月11日にもユーロのプット・オプションを16枚買い付け,同月12日には日本円のプット・オプションを8枚買い付けた。上記1週間の買付代金の合計額は995万6905円であった。(乙1)
(オ) 被告Y5は,同月22日ころ,原告から上記投資金額の最高限度額を1000万円から2000万円に増額する旨の申し出を受けた。法制管理部のC(以下「C」という。)は,同日,上記意思の確認のために原告と面談し,その際,原告は,上記限度額変更の理由について,「日本経済新聞の記事を見て,円高の進み方が早すぎたので難平買いのチャンスだと思った」,「枠は作っておかないと,いざというときどうにもならない」などと述べ,預貯金の額を3500万円から7000万円に変更して申告した。しかし,原告は,当時7000万円の預貯金を有してはいなかった。そのころ,本件通貨オプション取引における原告の値洗損はおよそ630万円になっていたが,被告会社は,上記投資限度額の変更を承諾した。(甲35,乙37)
(カ) 原告は,上記変更の際,限度額を拡大してもそれを利用して一度に取引するようなことはしないなどと言っており,Cも被告会社にそのように報告をしていた。しかし,原告は,その後,同日に日本円のプット・オプションを4枚,ユーロのプット・オプションを4枚買い付け,更に同月23日,日本円のプット・オプションを9枚,同月25日,日本円のコール・オプションを8枚,同月26日,日本円のプット・オプションを9枚,同月29日,ユーロのプット・オプションを9枚,それぞれ買い付けた。上記1週間の買付代金の合計額は977万3833円であり,当初からの買付代金の合計額は1973万0738円であった。(乙1,37)
(キ) 被告Y5は,同月30日ころ,原告から上記投資金額の最高限度額を,2000万円から2500万円に増額する旨の申し出を受けた。Cは,同日,上記意思の確認のために原告と面談し,その際,原告は,「万が一相場が逆に行った場合,保険のためにコール・オプションの買付などのため限度額を広げておきたいと思った」などと説明し,そのための資産として「●●●生命で運用している資産から契約者貸付を受けてあてたい」などとして,預貯金の額を8500万円と訂正して申告した。そのころ,本件通貨オプション取引における原告の値洗損はおよそ1400万円に拡大していたが,原告は,「なんか笑っちゃいますね」などと言っていた。被告会社は,上記投資限度額の変更を承諾した。(甲25の1及び2,乙38,44)
(ク) 原告は,同日にユーロのコール・オプションを5枚,同月10月7日,ユーロのコール・オプションを20枚,同月8日,ユーロのコール・オプションを2枚,同月14日,ユーロのプット・オプションを9枚,同月15日,ユーロのプット・オプションを9枚,それぞれ買い付けた。原告は,同月14日及び15日に上記買付にかかるオプションの一部を転売したため,買付代金の総額は2137万6362円となっていた。そして,原告は,同月22日,上記買付にかかるオプションのすべてを転売して処分したため,本件通貨オプション取引による合計損失額は2351万5515円となり,原告が被告会社に対して払い込んだ買付代金の総額は2513万0738円となった。(乙1)
ウ 本件商品先物オプション取引の経緯
(ア) 被告Y5は,同月20日,灯油が需要期に入り値上がりが期待できるとして,原告に対して本件商品先物オプション取引の委託を勧め,その仕組みについて「オプション取引のリスクマネジメント」と題する書面を作成するなどして説明した。原告はこれに応じて被告会社に対して本件商品先物オプション取引を委託することとし,被告Y5から,その際には本件通貨オプション取引とは別の口座を設ける旨説明されて,その旨の契約書等に署名押印した。(乙20,21の1及び2,乙22ないし24,25の1ないし4)
(イ) 被告会社の法制管理部のD(以下「D」という。)は,同日,原告に面談して上記各書面への自署の有無や商品先物オプション取引の仕組みに関する理解度等について確認した。Dは,「口座開設要綱」及び「コンプライアンスによるリスク・マネジメント」と題する書面に原告の署名押印を求めた。原告は,同書面の「資産状況」欄のうち「不動産」に持家,「預貯金」に8500万円,「有価証券」に100万円と記載し,投資限度額を500万円とした上,「損(リスク)に対する考え方」として「最悪で0円になる事は理解出来ました。」と記入して,署名押印した。(乙26ないし28,39)
(ウ) 原告は,同日,被告Y5及び被告Y4から灯油の相場等について説明を受けた後,ヘッジ・オプションといわれるコールとプットを組み合わせる方法により,灯油のプット・オプションを3枚とコール・オプションを10枚買い付けた。被告Y5と同Y4は,同月21日,原告に対して更に灯油の取引を勧めたところ,原告は,被告Y5に対して上記投資限度額を1000万円に変更することを申し出た上,灯油のプット・オプションを5枚,コール・オプションを20枚買い付けた。その結果,買付代金の総額は764万9444円となった。(乙2,40,44)
(エ) 被告Y5は,その後原告に対して大豆の取引を勧めたところ,原告は,同月23日及び24日に大豆のコール・オプションを合計17枚買い付け,更に,同月28日,上記投資限度額を1700万円に増額する旨申し出た上,大豆のプット・オプションを7枚,コール・オプションを21枚買い付けた。大豆の買付代金の総額は601万8134円となった。原告は,このころ,上記本件商品先物オプション取引の資金を捻出するため,一時払い養老保険を解約し,解約返戻金として1657万6876円の支払を受けた。(甲8,9,35,乙2,41,44)
(オ) 原告は,その後,同年12月19日までの間に,被告Y5から勧められて砂糖,灯油,生体牛,コーヒーを買い付けた。また,被告Y5は,平成16年1月26日ころ,原告に対し,ユニット・オプションと呼ばれる先物取引とオプション取引を組み合わせた取引を行うことを勧め,原告もこれに応じて,同月26日にはコーヒーの買建玉とプット・オプションを4枚ずつ,同月30日には灯油の売建玉とコール・オプションを1枚ずつ,買い付けた。(乙2,3,29の1及び2,乙30ないし34,44)
(カ) 原告は,同年4月6日までの間に本件商品先物オプション取引にかかるオプション及び上記ユニット・オプション取引にかかる建玉とオプションを処分して被告会社との取引を終了した。本件商品先物オプション取引(上記ユニット・オプション取引を含む。)による差損金の合計は1262万5710円であり,原告の被告会社に対する買付代金の入金額は2177万4226円であった(そのうち1076万3746円が原告に対して返金された。)。(乙2,3)
(キ) 原告が支払を受けた上記解約返戻金に対しては,平成15年度に所得税87万3600円,平成16年度に住民税として58万9400円,国民健康保険料として13万9950円,介護保険料として3万9180円,住民税の延滞金として9万2700円,固定資産税の延滞金として5万3500円が課せられた(ただし,原告が通常支払うべき国民健康保険料は4万2440円,介護保険料は2万5460円であるから,原告に実質的に賦課された税金等の額の合計は,172万0430円である。)。(甲8ないし12(枝番を含む。))
エ 被告会社に対する行政処分
証券取引等監視委員会は,平成16年6月30日,被告会社が海外市場における通貨先物オプション取引を顧客に勧誘するに際し,顧客管理体制の整備を行っておらず,また,実施していた顧客面談制度等が形骸化しており,さらに取締役社長等が,営業員に対し,営業に係る社内ルール等の条件を緩和するなどの指示や短期間での買増勧誘等の指示を行っていたこと,そのような状況の中で,オプション取引について,口座開設直後から顧客に十分な投資判断能力が培われないうちに,短期間に一度も損益の結果を出すことがないまま数十の建玉を勧めるなど,顧客の資産,能力等に照らして過大な投機的取引を勧誘し,その結果,顧客に多額の損失を発生させたなどとして,金融庁長官等に対して行政処分の勧告をし,金融庁及び関東財務局は,同年9月22日,この勧告に基づいて,被告会社の金融先物取引業の許可を取り消す行政処分をした。(甲5,6の1及び2)
(2) 適合性原則違反について
ア 以上認められる事実からすると,確かに,被告Y5や被告会社法制管理部の従業員は,原告と本件通貨オプション取引を開始するにあたり,あるいは,本件商品先物オプション取引を開始するにあたり,原告に対して「オプション取引のABC」と題する書面を交付したり,「オプション取引のリスクマネジメント」と題する書面を作成するなどしてその仕組みやプレミアムを失うリスクなどについて説明をし,原告も上記各取引がプレミアムを失うおそれがあるものであることについては一応の理解をした上で,上記各取引を開始したものということはできる。
イ しかしながら,そもそも原告は,本件通貨オプション取引を開始した時点で既に65歳で,婚姻後はいわゆる専業主婦であって,NTT株の購入や投資信託の経験はあったものの先物取引やオプション取引の経験はなく,夫の死亡後は同人の退職金や遺族年金を主たる給源として,これを取り崩すか一時払い養老保険として運用し,その契約者貸付の制度を利用するなどして生活していたのであって,上記各取引を開始する動機も,投機による利益を得るというよりは,生活費の足しにすることを企図していたものといえる。加えて,原告は,うつ病と診断されて通院していた病歴があり,後には本件各取引が行われた平成15年9月から11月ころの間は躁状態であったとも診断され,本件商品先物オプション取引が終了した直後である平成16年5月には障害等級2級の認定を受けている。そして,被告会社も,無職の高齢者や心身の障害により判断能力を欠く者,年金生活者については原則としてオプション取引を拒否する旨の書面まで作成していることを考慮すると,原告が,上記認定にかかる生活歴,病歴,投資経験,資産状況からみて,上記認定にかかる特性を有する本件通貨オプション取引及び本件商品先物オプション取引を行う適合性を欠くことは明らかであるというべきである。
ところで,証拠(甲35,原告本人)によれば,原告の上記病態については,原告自身,上記本件各取引開始時には躁状態であるとの自覚はなかったことが認められ,被告Y5やその他の被告会社の従業員が本件各取引の開始時に,原告の病歴や躁状態であることを知っていたことを認めるに足りる証拠はなく,そうすると,確かに,被告会社が,この点では,原告について適合性を欠くとまで判断することは困難であったとの事情もうかがえるところではある。しかしながら,上記認定にかかる客観的な事情からは,仮に原告にオプション取引の仕組み等について一応の理解を得たとしても,原告は本件各取引の市場からは排除されるべき者であったということができるし,本件各取引の特性に照らして原告の生活歴や投資経験,資産状態だけでも適合性を有しているかはなはだ疑問であるといわざるをえないのであって,これに後述((3))する本件各取引の経過(投資限度額増額の過程やその際の原告の言動等)を考慮すると,やはり原告の適合性には問題があるというべきである。
(3) 新規委託者保護義務違反について
ア 上記認められる事実からすると,まず,本件通貨オプション取引については,平成15年9月5日の取引開始時に,被告会社自身,投資限度額である1000万円をこれ以上増額しないように清算しつつ取引すべきことを原告との間で確認していたにもかかわらず,その後1週間で原告の買付代金額がほぼ上記限度額となるや,同月22日,投資限度額の2000万円への増額を承諾し,更にその際にも,原告との間で一度に取引するようなことはしないとの方針を確認したのに,同月29日までの間に再度買付代金額がほぼ上記限度額となったため,同月30日には投資限度額を2500万円に増額することを承諾したこと,しかもそのころには,原告は1400万円程度の含み損を抱えていて,原告自身,そのことについて「笑っちゃいますね」などと他人事のような対応をしていたし,原告は養老保険の契約者貸付まで利用して資金を捻出するなどと話していたのに,被告Y5や法制管理部の従業員はこれを意に介す様子もなく,上記増額を承諾し,結局,取引の開始からわずか1か月半の同年10月22日までの間に,原告に買付代金総額2513万0738円を払い込ませ,2351万5515円の差損金を生じさせたことが認められる。
イ また,本件商品先物オプション取引については,もともと上記含み損が生じた段階で勧誘されたものである上,本件通貨オプション取引とは別の口座で取引することとして,原告との取引総額をことさらに拡大させていること,同月20日の取引開始の翌日には,投資限度額500万円から1000万円への増額を承諾し,更に本件通貨オプション取引の差損金が2300万円余であることが判明した後である同月28日にも1700万円への増額を承諾したこと,平成16年1月26日にはオプション取引だけでも適合性に疑問のある原告に対し,先物取引とオプション取引とを組み合わせたユニット・オプション取引まで勧誘してこれを行わせ,原告に買付代金総額2177万4226円を払い込ませ,1262万5710円の差損金を生じさせたことが認められる。
ウ そうすると,上記認定にかかる経過により行われた本件通貨オプション取引及び本件商品先物オプション取引は,新規委託者保護義務に違反した著しく不公正な取引であるとの評価を免れないというべきである。
(4) 以上を総合すると,上記イのように本件各取引について適合性に疑問のある原告に対して勧誘され,上記ウのとおり新規委託者保護義務に違反する態様で行われた本件通貨オプション取引及び本件商品先物オプション取引は,その他の請求原因については判断するまでもなく,不法行為上,違法と評価されるべきである。
4 請求原因(6)(被告らの責任)について
(1) 被告Y5は,適合性の原則に反して原告を本件通貨オプション取引及び本件商品先物オプション取引に勧誘し,また,新規委託者保護義務に違反して,著しく過大な取引を行わせたものであるから,民法第709条により不法行為責任を免れない。また,被告会社は,被告Y5の使用者であるから,民法第715条第1項により使用者責任を負うものというべきである。
(2) 原告は,被告Y2,同Y3及び同Y4(以下「被告Y4ら」という。)も原告に対する勧誘行為をした旨主張し,被告Y2については平成15年10月14日ころから,同Y3については同年9月30日ころから,それぞれ原告との取引に関与することがあった旨陳述ないし供述し,被告Y4については,同月9日に面談して度々買付を指示するなどした旨陳述ないし供述する。証拠(甲24,35,乙41)によれば,なるほど,被告Y4が,原告に対し,同日に面会して投資についての日米比較をしたこと,平成15年10月28日の法制管理部のEと原告との面談に立ち会っていたことは認められるものの,その他には,被告Y4らが原告との取引についてどのように関与したのかを客観的に認定し得る証拠はないといわざるを得ない。
また,原告は,被告Y4らから買付の指示や転売の指示を受けて強制的に買付をさせられた旨も陳述ないし供述する。確かに証拠(甲15,16)によれば,被告会社には業務上のノルマがあったことや,そのノルマを達成することができないときは上司から暴力を振るわれることもあったこと,あるいは取引の利益面のみをことさらに強調し,顧客の利益のためではなく手数料を稼ぐために取引の勧誘をしていたことなどを証言している者がいることが認められるけれども,他方,証拠(乙36ないし38,42)によれば,原告は,平成15年9月5日,同月22日,同月30日に被告会社の複数の法制管理部従業員らに面談しているものの,その話しぶりや内容からは,被告Y4らから買付や投資限度額の変更を強制されたことまでをうかがうことはできないというべきであり,その他に,被告Y4らが原告に対して本件通貨オプション取引において買付や投資限度額の変更,あるいは転売を強制したことまでを認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(3) 原告は,被告Y1及び同Y2は,被告会社の代表取締役又は取締役として従業員が顧客に対して違法な勧誘行為等を行わないように監督する義務があったのにこれを怠った旨主張する。確かに,被告会社の取締役社長等が,営業員に対し,営業に係る社内ルール等の条件を緩和するなどの指示や短期間でも買増勧誘等の指示を行っていたとして行政処分を受けたことは上記認定のとおりであるけれども,被告Y1及び同Y2が,原告との取引についても,そのような指示や指導をしていたことまでを認めるに足りる証拠はないし,被告Y1及び同Y2が,被告Y5に対する監督を怠ったことを認めるに足りる証拠もない。したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
5 請求原因(7)(損害)及び抗弁(過失相殺)について
(1)ア 原告は,被告会社に対し,本件通貨オプション取引のために2513万0738円を,本件商品先物オプション取引のために2177万4226円をそれぞれ払い込み,うち後者の取引勘定から1076万3746円の返還を受けたため,その差額は1101万0480円であることは上記認定のとおりであるから,この点で原告に生じた損害額は3614万1218円である。
イ 原告は,本件商品先物オプション取引の買付代金を捻出するため一時払い養老保険を解約してその解約返戻金を得たため,合計172万0430円の所得税等が賦課されたことは上記認定のとおりであり,これは,被告会社との取引により原告に生じた損害と認め得る。
ウ 原告は,これに加えて慰謝料の請求をするけれども,被告会社との取引によって生じた原告の精神的苦痛は,特段の事情がない限りは取引自体による損害が回復されることによって慰謝されるべきものであり,本件においては,それ以上に,慰謝料までが発生するような事情を認めるに足りる証拠はない。したがって,慰謝料に関する原告の主張は,採用することができない。
(2) 被告らは,本件については少なくとも7割の過失相殺がなされるべきである旨主張するけれども,原告の本件各取引に関する適合性の程度や新規委託者保護義務違反の程度等を考慮すると,被告らの主張を採用することはできない。しかしながら,被告会社は,被告Y5らを通じて原告に対し,本件各取引の仕組みやリスクについて説明し,原告もこれに対してプレミアムを失う可能性については一応の理解をして取引を開始したことは上記認定のとおりであること,躁状態であったとはいえ,原告は短期間のうちに度々投資限度額の増額を申し出ており,これが原告の病状に照らしてまったく思い止まる余地のないものであったことまでを認めるに足りる証拠もないことを考慮すると,上記損害が発生したことについては原告の過失を観念できないではないものであって,その割合は1割とするのが相当である。
(3) 本件訴訟の内容や難易度等を考慮すると,本件に必要な弁護士費用は,340万円とするのが相当である。
(4) 以上から,原告の損害額の合計は,以下の計算式のとおり3747万5483円である。なお,遅延損害金の起算点は,本件各取引がいずれも終了した平成16年4月6日とするのが相当である。
(36,141,218+1,720,430)×0.9+3,400,000=37,475,483
第4結論
よって,原告の請求は主文第1項の限度で理由があるから認容し,その余は理由がないからこれをいずれも棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法第61条,第64条を,仮執行の宣言につき同法第259条第1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 竹内努)
<以下省略>