大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成19年(ワ)16363号 判決 2007年12月06日

原告

IDEC株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

久保利英明

松山遙

西本強

水野信次

金井美智子

山浦美卯

被告

株式会社モリテックス

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

大江忠

田中豊

松尾眞

内藤順也

泰田啓太

筈井卓矢

山田洋平

金森仁

中村大輔

井上明子

同訴訟復代理人弁護士

松尾剛行

主文

1  被告の平成19年6月27日開催の定時株主総会における別紙決議目録記載1及び2の各決議をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文と同旨

第2事案の概要

本件は、被告の株主である原告が、被告の平成19年6月27日開催の第35回定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)における第2号議案(取締役8名選任の件)及び第3号議案(監査役3名選任の件)について、主位的に、①原告に提出された委任状に係る議決権の個数を出席議決権数に含めなかったこと、②違法な利益供与の申出を手段として議決権行使の勧誘を行ったことはいずれも違法であり、株主総会の決議の方法が法令に違反し、又は著しく不公正なときに当たると主張し、予備的に、③被告の役員株主及び包括委任株主の受任者等が議決権を行使していないにもかかわらず、これを行使したものとして取り扱ったこと、④議長が必要的動機を議場に諮ることなく却下したこと、⑤被告が不適切かつ誤った情報を株主に提供して、有効な委任状を無効な委任状として取り扱ったこと、⑥株主の復代理人である弁護士の入場を拒絶したことはいずれも違法であり、株主総会の決議の方法が法令に違反し、又は著しく不公正なときに当たると主張して、被告に対し、会社法831条1項1号に基づき、別紙決議目録記載1及び2の各決議(以下「本件各決議」という。)の取消しを求めている事案である。

1  前提事実(証拠等で認定した事実については、各項の末尾に証拠等を摘示した。)

(1)  当事者

ア 被告は、MML(マシンマイクロレンズ)及びCCDカメラなどを製造及び販売する光応用機器事業、高純度石英及び各種精密球等を製造及び販売する機能性材料事業、並びに液相合成装置及び化合物精製装置等を製造及び販売するバイオ関連事業等を業とする株式会社であり、平成19年3月31日現在の発行済株式の総数は1382万4928株、資本金の額は33億2017万0229円、議決権を有する株主数は9586名(議決権総数13万8227個)である。同社は、その発行する株式を株式会社東京証券取引所市場第1部に上場している。

(甲2、弁論の全趣旨)

イ 原告は、制御機器製品、制御装置、FAシステム製品、制御用周辺機器製品及び防爆・防災関連機器製品その他の電気機械器具の製造及び販売等を業とする株式会社であり、平成19年3月31日現在、被告の株式156万4900株(持株比率11.31%)を保有している被告の第1順位株主である。(甲1、弁論の全趣旨)

ウ C(以下「C」という。)は、平成19年3月31日現在、被告の株式114万7300株(持株比率8.29%)を保有している被告の第2順位株主である。

(甲1)

(2)  役員の員数及び任期

被告においては、その定款により、取締役の員数は8名以内(19条)、その任期は、選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで(21条1項)とされ、監査役の員数は4名以内(30条)、その任期は、選任後4年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで(32条1項)とされている。

(甲2)

(3)  役員の改選

被告においては、本件株主総会終結時をもって取締役8名全員及び監査役3名が任期満了によって退任し(そのほかに任期中の監査役1名が存在する。)、本件株主総会において、取締役について最大8名、監査役について最大3名の後任者を選任することが予定されていた。 (甲2、弁論の全趣旨)

(4)  株主による役員選任に関する提案及び委任状勧誘

ア 原告及びC(以下、両者を総称して「原告ら」という。)は、平成19年4月19日、共同で株主提案権を行使し、「取締役8名選任の件」(候補者は、C、D、E、F、A、G、H及びI。)及び「監査役3名選任の件」(候補者は、J、K及びL。以下、両提案を総称して「本件株主提案」という。)を本件株主総会の目的とすることを請求した。

イ 原告は、平成19年6月6日から、被告の譲決権を有する全株主に対して委任状(甲2の添付資料5-3-1。以下「本件委任状」という。)及び参考書類等(甲2の添付資料5-3-2)を順次送付し、議決権の代理行使の勧誘を開始した。

本件委任状には、委任事項として「1.平成19年6月に開催予定の株式会社モリテックス第35期定期株主総会および継続会または延会に出席し、下記のIDEC株式会社およびCによる株主提案の議案(以下、原案という。)につき私の指示(○印で表示)に従って議決権を行使すること。ただし、賛否の指示をしていない場合、原案に対し修正案が提出された場合(株式会社モリテックスから原案と同一の議題について議案が提出された場合等を含む。)および原案の取り扱いその他の株主総会の運営(株式会社モリテックスから原案と同一の議題について議案が提出された場合等に関する原案の議決の諮り方等を含む。)に関する動機はいずれも白紙委任とします。2.復代理人を選任すること。」と記載され、記として、本件株主提案について、「取締役8名選任の件」と「監査役3名選任の件」の別に、被勧誘者の賛否を記載する欄が設けられている。

参考書類には、本件株主提案に係る取締役候補者8名及び監査役候補者3名について、その氏名、生年月日、略歴、地位、担当、他の法人等の代表状況及び所有する被告の株式数等が記載されている。

(甲2、弁論の全趣旨)

(5)  被告による役員選任に関する提案及び議決権行使書面返送の勧誘

ア 被告は、平成19年6月11日、被告の議決権を有する全株主に対し、会社提案に係る第2号議案として「取締役8名選任の件」(候補者は、B、M、N、O、P、Q、R及びS。以下「第2号議案」という。)及び第3号議案として「監査役3名選任の件」(候補者は、J、T及びU。以下「第3号議案」といい、第2号議案と第3号議案を総称して「本件会社提案」という。)、株主提案に係る第4号議案として「取締役8名選任の件)(候補者は、C、D、E、F、A、G、H及びI。以下「第4号議案」という。)及び第5号議案として「監査役3名選任の件」(候補者は、J、K及びL。以下「第5号議案」という。)が記載された本件株主総会に係る招集通知(甲2の添付資料11-1)、議決権行使書面(甲2の添付資料12)及び「『議決権行使』のお願い」と題する書面(甲2の添付資料13-1。以下「本件書面」という。)等を発送した。

被告が送付した議決権行使書面には、第1号議案から第5号議案まで議案ごとに株主の賛否を記載する欄及び第2号議案から第5号議案までの議案について「下の候補者を除く」との記載の下に氏名又は番号を記載する欄が設けられるとともに、「各議案につき賛否の表示をされない場合は、会社提案については賛、株主提案については否の表示があったものとしてお取り扱いいたします。」と記載されている。また、本件書面には、有効に議決権行使をした株主1名につきQuoカード1枚(500円分)を贈呈する旨が記載されるとともに、「※各議案に賛成された方も反対された方も、また委任状により議決権を行使された株主様にも同様に贈呈いたします。なお、議決権行使書に賛否のご記入が無い場合は、議決権行使書の注意書きにございますように、会社提案に賛成の表示があったものとして取扱います。」との記載がなされている。

イ 被告は、平成19年6月14日、被告の議決権を有する全株主に対し、「『議決権行使書』ご返送のお願い」と題するはがき(甲2の添付資料9-15。以下「本件はがき」という。)を送付した。本件はがきには、「今次株主総会は、当社の将来に係わる重要な総会でございますので、当日ご出席願えない方で、まだ議決権行使書をご返送頂いていない場合には、誠にお手数ですが招集ご通知同封の議決権行使書に賛否をご表示頂き、お早めにご返送頂きたく重ねてお願い申し上げます。議決権を行使(委任状による行使を含む)して頂いた株主様には、Quoカードを進呈致します。」との記載がされるとともに、その下部に、「【重要】」とした上で、「本年6月開催の株主総会は、当社の将来に係わる重要な株主総会となります。是非とも、会社提案にご賛同のうえ、議決権を行使して頂きたくお願い申し上げます。」との記載がされている。(甲2)

(6)  株主総会における採決方法等に関する原告らと被告との合意

原告らと被告は、平成19年6月18日、本件会社提案及び本件株主提案の議場における採決方法は投票方式で行うこととし、投票は所定の様式の投票用紙を用いて、集計は中央三井信託銀行株式会社(以下「中央三井」という。)のシステムを用いて行い、集計に際しては、本件会社提案と本件株主提案とはそれぞれ相反議案の関係にあるものとして取り扱うことを合意した。 (甲2)

(7)  被告による本件委任状撤回の手続

被告は、全株主に対して電話を行い、議決権行使書面の送付を依頼するとともに、原告に提出した本件委任状による代理権授与の撤回の意思を確認することができた株主に対しては、「委任状撤回通知書」と題する書面(甲2添付資料9-18)を送付して、原告に対する議決権行使の代理権授与の撤回の手続を行った。

(甲2、乙19、弁論の全趣旨)

(8)  本件株主総会

ア 被告の定款15条1項に基づき議長となった代表取締役であるB(以下「B」という。)は、本件株主総会の開会を宣言し、決議事項の審議方法につき、第1号議案(剰余金処分の件)の審議及び採決の後、第2号議案及び第4号議案を一括して審議し、一括して投票による採決をすること、続いて第3号議案及び第5号議案を一括して審議し、一括して投票による採決をすること、取締役候補者及び監査役候補者はそれぞれ出席議決権数の過半数を獲得した取締役上位8名、監査役上位3名を選出することなどを説明し、監査報告及び報告事項の報告を行った後、報告事項に関する審議に入った。同審議中、被告の株主からBに対する議長不信任の動議が提出されたため、Bは、M(以下「M」という。)に議長を交替した。

(甲2、3)

イ Mは、第1号議案(剰余金処分の件)について審議及び採決を行った後、第2号議案及び第4号議案を一括して上程し、審議及び採決し、さらに、第3号議案及び第5号議案を一括して上程し、審議及び採決した。 (甲2、3)

ウ Mは、第2号議案及び第4号議案につき、以下のとおり集計結果を発表し、第2号議案が可決承認された旨を宣言した。

(ア) 第2号議案

候補者名 出席議決権数 賛成議決権数 得票率

①B 8万0128個 5万0715個 63.29%

②M 8万0128個 5万6611個 70.65%

③N 8万0128個 5万6563個 70.59%

④O 8万0128個 5万6563個 70.59%

⑤P 8万0128個 5万8483個 72.98%

⑥Q 8万0128個 5万8483個 72.98%

⑦R 8万0128個 5万8438個 72.93%

⑧S 8万0128個 5万2758個 65.84%

(イ) 第4号議案

候補者名 出席議決権数 賛成議決権数 得票率

①C 11万2879個 5万2499個 46.51%

②D 11万2879個 5万2808個 46.78%

③E 11万2879個 5万2860個 46.83%

④F 11万2879個 5万2826個 46.80%

⑤A 11万2879個 5万2838個 46.81%

⑥G 11万2879個 5万2708個 46.69%

⑦H 11万2879個 5万2680個 46.67%

⑧I 11万2879個 5万2532個 46.54%

(甲2、3)

エ 続いて、Mは、第3号議案及び第5号議案につき、以下のとおり集計結果を発表し、第3号議案が可決承認された旨を宣言し、閉会宣言を行った。

(ア) 第3号議案

候補者名 出席議決権数 賛成議決権数 得票率

①J 8万0085個 5万9289個 74.03%

②T 8万0085個 5万9240個 73.97%

③U 8万0085個 5万9340個 74.09%

(イ) 第5号議案

候補者名 出席議決権数 賛成議決権数 得票率

①J 11万2831個 5万2767個 46.77%

②K 11万2831個 5万2823個 46.82%

③L 11万2831個 5万3060個 47.03%

(甲2、3)

オ 上記ウ、エにおいて、本件会社提案と本件株主提案との間で出席議決権数に差異が生じたのは、被告が、役員選任議案の決議要件たる「出席議決権数の過半数」を算出するに際し、本件委任状に係る議決権数(3万2750個)を、本件会社提案については「出席議決権数」に含めず、本件株主提案についてのみ「出席議決権数」に含めて算出したことによる(以下、この集計方法を「本件集計方法」という。)。

(甲2、弁論の全趣旨)

(9)  中央三井のシステムによる集計結果

本件会社提案についても、本件委任状に係る議決権数を出席議決権数に含める集計方法によった場合の第2号議案ないし第5号議案に関する中央三井のシステムによる集計結果は以下のとおりである。

ア 第2号議案

候補者名 出席議決権数 賛成議決権数 得票率

①B 11万2878個 5万0715個 44.93%

②M 11万2878個 5万6611個 50.15%

③N 11万2878個 5万6563個 50.11%

④O 11万2878個 5万6563個 50.11%

⑤P 11万2878個 5万8483個 51.81%

⑥Q 11万2878個 5万8483個 51.81%

⑦R 11万2878個 5万8438個 51.77%

⑧S 11万2878個 5万2758個 46.74%

イ 第4号議案

上記(7)ウ(イ)と同じ。

ウ 第3号議案

候補者名 出席議決権数 賛成議決権数 得票率

①J 11万2835個 5万9289個 52.54%

②T 11万2835個 5万9240個 52.50%

③U 11万2835個 5万9340個 52.59%

エ 第5号議案

上記(7)エ(イ)と同じ。 (甲2)

(10)  Quoカードの送付

被告は、本件株主総会に関して、株主7323名に対して、1人当たり500円分のQuoカードを送付した。その合計金額は、452万1990円である。

(乙23、24、弁論の全趣旨)

2  争点

(1)  本件各決議において本件集計方法を採用したことが、株主の意思に反し、若しくは株主平等原則に反するものであり、又は著しく不公正なものか(主位的主張、争点1)

(2)  株主に対するQuoカードの送付が株主の権利の行使に関する利益供与に該当するか(主位的主張、争点2)

(3)  本件株主総会において投票行為をしなかった役員株主等の議決権の個数を本件会社提案の議案に対する賛成票に算入したことは違法か(予備的主張、争点3)

(4)  議長の議事進行が裁量を逸脱した著しく不公正なものか(予備的主張、争点4)

(5)  被告は株主に対して不適切かつ誤った情報を提供して議決権行使の代理権授与の撤回を勧誘し、本件委任状を無効として扱ったか(予備的主張、争点5)

(6)  株主の復代理人である弁護士の入場を拒絶したことは違法か(予備的主張、争点6)

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点1(本件各決議に関する本件集計方法の違法性)について

(原告の主張)

ア 株主がいかなる議決権行使をしたかは、その合理的意思解釈によって決しなければならない。本件会社提案と本件株主提案とは両立しない関係にあり、かつ、本件委任状記載の趣旨からすると、被告からも「取締役8名選任の件」及び「監査役3名選任の件」の提案がされることは容易に予見できるから、株主が本件株主提案に賛成している場合、これと両立しない本件会社提案については、本件委任状に直接記載がなくとも反対の授権を行ったと解すべきてある。加えて、被告の定款上、本件株主総会において選任可能な取締役の員数の上限は8名、監査役の員数の上限は3名とされ、株主が本件委任状により本件株主提案に係る候補者に対して自己が有する賛成の議決権をすべて行使すれば、それ以上賛成の議決権を行使することはできないから、当然に本件会社提案に係る候補者については反対の授権を行ったと解すべきである。

被告はあえて本件集計方法を用いることで、本件委任状を提出した株主の議決権について、本件株主提案については賛成、本件会社提案については議決権を行使しないものとして取り扱ったが、これは実際の株主の意思と相反する違法なものである。

イ 被告は、各株主が被告の定款で定められた取締役又は監査役の各員数の上限を超えて賛成の議決権を行使することができないという取扱いの下、出席株主が投票箱に投じなかった候補者については当然に反対の議決権行使をしたものとして取り扱った。そうであれば、本件委任状を提出して本件株主提案に賛成の議決権行使を授権した株主についても、本件会社提案に反対の議決権行使を授権したものとして取り扱わなければならない。

このように、議場で投票した株主と本件委任状により議決権行使をした株主との間で、著しい差別的扱いをする本件集計方法は、株主平等原則のみならず、信義則ないし禁反言の原則に違反する違法なものである。

ウ 本件集計方法は、本件委任状により本件株主提案に賛成した議決権を本件会社提案に反対と扱うのではなく、出席議決権数に含めないものとして扱い、専ら本件会社提案を成立しやすくする方向へと作用するものであるから、決議の方法が著しく不公正であると評価せざるを得ない。

エ 上場株式の議決権の代理行使の勧誘に関する内閣府令(以下「勧誘内閣府令」という。)43条は、委任状の用紙には、議案ごとに被勧誘者が賛否を記載する欄を設けなければならない旨規定しているが、勧誘内閣府令の趣旨は、①委任状の勧誘に際し適切かつ正確な情報が株主に提供されるようにすること、②議決権行使の方向を指示する機会が株主に与えられるようにすることにあり、勧誘内閣府令43条は上記②をその趣旨としている。ところで、本件のように相反議案の関係にある二つの議案が提案されている場合、本件株主提案に賛成する株主は、本件会社提案に反対する意思であることは明らかであるから、本件株主提案について賛否の記載欄を設けていれば、本件会社提案について賛否の記載欄を設けなくとも、株主には両議案について議決権行使の方向を指示する機会が与えられていることになり、勧誘内閣府令43条の趣旨は満たされ、同条に違反することはない。このような解釈の下でも、本件会社提案に関しては、本件株主総会招集通知により十分な情報が株主に提供されるから、勧誘内閣府令の上記①の趣旨が実質的に害されることはなく、また、株主は、被告から提供された情報を基に本件会社提案を支持するのであれば、本件委任状による代理権授与を撤回すればよく、勧誘内閣府令の上記②の趣旨が実質的に害されることもない。

また、勧誘内閣府令43条を根拠として、会社提案について賛否の記載欄を設けなければ、勧誘者は会社提案について議決権行使の授権を受けることができないという解釈を徹底すると、株主総会の決議が実際の株主の意思とかけ離れたものになり、また、会社以外の者は、会社側提案を知ってから委任状を送付して委任状勧誘を行うことになり、委任状勧誘を行うことが事実上不可能になるという著しい不都合が生じる。

したがって、被告は、勧誘内閣府令43条を根拠に、本件委任状に本件会社提案について賛否の記載欄が設けられていないことをもって、原告が本件会社提案について被勧誘者から何らの授権も受けていないと取り扱うことはできない。

オ 違法な本件集計方法を採用せずに、中央三井のシステムによる集計方法を採用すれば、Bは出席議決権数の44.93%、Sは出席議決権数の46.74%の賛成しか得ていないことになる。

したがって、本件集計方法を採用し、B及びSが出席議決権数の過半数の賛成を得たものとしてされた決議は、全体としてその決議方法が法令に違反し、又は著しく不公正といえるから、本件各決議はすべて取り消されるべきである。万が一、本件集計方法の瑕疵により、本件各決議すべてが取り消されない場合でも、少なくともB及びSを取締役に選任する旨の決議は取り消されるべきである。

(被告の主張)

ア 被告は、株式会社東京証券取引所市場第1部に上場している株式会社であるから、議決権の代理行使を勧誘するに際し、勧誘内閣府令に違反することは許されない(証券取引法194条、同法施行令36条の2第1項)。勧誘内閣府令は、委任状用紙には、議案ごとに賛否を記載する欄を設け(勧誘内閣府令43条)、株主に参考書類を提供し、それには議案を記載し、役員選任議案については候補者に関する情報を記載しなければならないとしているところ(勧誘内閣府令1条1項2号イ、21条1項、2項、23条1項、2項)、本件委任状は、本件会社提案について上記の要件を欠いている。議決権の代理行使の勧誘に関する証券取引法、同法施行令及び勧誘内閣府令の規制(以下「議決権代理行使勧誘規制」という。)は、議案の内容を知らされない委任状やはっきりと賛否を表明できない委任状による委任状勧誘が行われることによって勧誘者の専横から株主を保護し、株主総会における議決権行使を適正ならしめるため、①委任状の勧誘に際し適切かつ正確な情報が提供されること及び②議決権行使の方向を指示する機会が株主に与えられることを要請している。このように議決権代理行使勧誘規制は、株主総会における株主の議決権行使の適正化を目的とするものであり、勧誘のみを対象とする取締規定ではなく、会社法規範を形成するから、議決権代理行使勧誘規制に違反した勧誘がされた場合、証券取引法の規制の観点から違法となるのみならず、会社法規範にも違反し、当該勧誘に基づく委任契約も会社法上当然に無効となる。

したがって、本件委任状は、本件会社提案との関係では議決権代理行使勧誘規制に違反し、本件委任状による本件会社提案に対する授権は無効となる。

イ 本件株主提案と本件会社提案とは候補者の記載が異なるから議題としては別であり、本件会社提案の提出は、本件委任状にいう「(株式会社モリテックスから原案と同一の議題について議案が提出された場合)」には該当しない。また、修正案とは、原案と同一性を有する案を意味するところ、本件株主提案と本件会社提案とでは、監査役候補者であるJを除いて候補者全員が異なっており、両案の間に同一性は認められないから、本件委任状にいう「修正案」には本件会社提案は含まれない。

したがって、本件委任状による授権の範囲に本件会社提案は含まれない。

ウ 本件委任状に記載された「白紙委任とします。」との表現は、いかなる事項を白紙委任とするのかが一見して明らかではないから、議決権代理行使勧誘規制の趣旨にかんがみ、本件委任状を送付した株主の意思としては、本件委任状の記載から一見して明らかな本件株主提案の議決権行使を委任するにとどまり、本件会社提案の議決権行使は授権していないと解するのが相当である。

ある意思表示がいかなる内容のものであったのかを解釈する場合、その意思表示がされたその時点における事情を基礎に決しなければならないところ、大多数の株主は、本件委任状を作成した時点において、本件会社提案の内容を認識していなかったから、本件会社提案の存在を基礎に本件委任状作成当時の意思を解釈することはできない。また、株主は、本件会社提案の内容を知って初めて本件会社提案に対して賛成か反対かを決めるのであり、本件会社提案が分からないまま原告に本件会社提案の議決権行使を委任することはあり得ない。したがって、株主は、本件委任状によって本件会社提案の議決権行使の授権まではしていない。

被告は、原告代理人である久保利英明弁護士から、本件委任状は本件株主提案についてのものであり、本件会社提案については勧誘の意思はない旨を伝えられていたため、これを前提に本件会社提案につき議決権不行使と扱った。それにもかかわらず、原告が、本訴において本件会社提案についても白紙委任を受けたと主張することは、禁反言ないしクリーンハンズの原則に反する。

エ 以上のとおり、原告は本件会社提案の議決権行使について有効な委任を受けておらず、本件会社提案に対する議決権行使は無効であるから、本件集計方法に、何らの違法又は不公正な点は存在しない。

(2)  争点2(議決権行使株主に対するQuoカード送付の適法性)について

(原告の主張)

被告は、本件書面及び本件はがきにおいて、株主が本件株主総会において議決権行使をした場合、当該株主に対して一人当たりQuoカード1枚(500円分)を贈呈(以下「本件贈呈」という。)する旨を表明して議決権行使を促したが、本件贈呈が、議決権という株主の権利の行使に関し行われたことは明らかであり、また、本件贈呈が、被告の計算において行われ、Quoカードが財産上の利益に該当することも明らかであるから、本件贈呈は、利益供与の禁止(会社法120条1項)の構成要件に該当する。

そして、被告が本件贈呈を行った目的は、本件書面及び本件はがきの記載内容及び体裁等から、本件会社提案の可決を図るために本件会社提案に賛成する議決権行使を促すことにあることは明らかである。また、本件贈呈の申出により、従来は会社経営に無関心であるために議決権を行使してこなかった株主が議決権を行使する可能性が飛躍的に高まり、かつ、このような株主が最も取り得る行動は、本件株主総会に出席したり、本件委任状を原告に返送することではなく、被告が送付した議決権行使書面をそのまま送り返すことであるから、本件贈呈は株主の議決権行使の判断に対して中立ではなく、本件会社提案の可決に極めて有利に作用する。さらに、本件株主総会において可決された剰余金配当額が1単元当たり500円であることからすると、本件贈呈に係る財産上の利益の程度が小さいとはいえない。

以上のとおり、本件贈呈は違法な利益供与に該当し、法令に違反するから、違法な利益供与の申出の下にされた本件各決議は、その方法が違法又は少なくとも著しく不公正なものとして取り消されるべきである。

(被告の主張)

本件贈呈は、株主に対する議決権行使の勧誘の一環として行われたものであり、本件贈呈の申出は、議決権行使の前段階の事実行為であって、株主総会の決議の方法ということはできない。

本件贈呈は、被告役員のほぼ全員を入れ替えるか否かという被告の将来の事業方針に大きく影響し、ひいては被告の企業価値にも影響を及ぼすべき議題が審議される本件株主総会に、できるだけ広く株主の意思を反映させるために行われたもので、違法な利益供与には該当しない。

本件株主総会において被告が贈呈しようとしたのは、株主一人当たり500円分のQuoカード1枚であり、一人の株主が受ける本件贈呈の価値は極めてわずかであるから、これにより株主の意思が不当に歪められるおそれは乏しく、社会通念上相当な範囲のものである。

したがって、被告による株主に対する本件贈呈は、株主の権利の行使に関する利益供与に該当しない。

(3)  争点3(投票行為をしなかった役員株主等の議決権の個数を被告提案の議案に対する賛成票に算入したことの違法性)について

(原告の主張)

ア 被告の取締役であるB、M、N及びO、被告の監査役であるJ、被告の執行役員であるR、P、Q及びV並びに被告役員持株会(以下、これらを総称して「本件役員株主等」という。)は、議決権行使書面又は委任状の提出若しくは電磁的方法による議決権行使を行っておらず、かつ、本件株主総会の審議の過程を通じて、第2号ないし第5号議案について投票行為を行っていない。それにもかかわらず、本件役員株主等が行使し得た議決権合計816個は、第2号議案及び第3号議案について賛成票に算入されて投票結果が宣言された。

このような決議方法は違法であるから、本件各決議は取り消されるべきである。万が一、本件各決議が取り消されない場合でも、上記議決権合計816個を本件会社提案に対する賛成票から除いた結果、少なくとも過半数の賛同を得ていないことになるB、M、N、O及びSを取締役に選任する旨の決議は取り消されるべきである。

イ 被告の株主たる株式会社みずほコーポレート銀行(保有議決権1800個)及び株式会社三井住友銀行(保有議決権281個)(以下、両者を総称して「本件包括委任株主」という。)は、Bを受任者として包括委任状を提出したが、Bは、本件株主総会の審議の過程を通じて、第2号ないし第5号議案について投票行為を行っていない。それにもかかわらず、本件包括委任株主の行使し得た議決権合計2081個は、第2号議案及び第3号議案について賛成票に算入されて投票結果が宣言された。

このような決議方法は違法であるから、本件各決議は取り消されるべきである。

ウ 被告は、本件役員株主等及び本件包括委任株主の受任者であるBが議決権行使書面により議決権を行使したと主張するが、議決権行使書面による議決権行使は、株主が株主総会に出席しない場合に初めてその効力を生じるものであり、本人が株主総会に出席した場合には事前に提出された議決権行使書面は無効となる。本件役員株主等は、本件株主総会に出席したから、事前に提出した議決権行使書面は無効又は撤回になるのであって、これを有効な議決権行使として扱うことはできない。

(被告の主張)

本件役員株主等が、投票行為及び電磁的方法による議決権行使を行っておらず、本件包括委任株主から包括委任状を提出されたBが、本件株主総会において投票行為を行っていないことは認める。

しかしながら、本件役員株主等は、本件株主総会の開催に先立ち、被告の総会事務局に対し、本件株主総会の各議案に対する賛否の意思を明らかにした議決権行使書面を交付するとともに、本件株主総会に出席することを伝えている。これは、本件役員株主等が各議案の採決時に事前に交付した議決権行使書面の記載と異なる内容の議決権を行使する意思を持つに至らなかったときは、本件株主総会の議場で特段の投票行為は行わない旨の意思を表明したものである。

同じく、本件包括委任株主は、Bを受任者として包括委任状を提出するとともに、議決権行使書面を送付しており、被告はこれについても上記と同様に扱った。

以上のとおり、本件役員株主等及び本件包括委任株主は、本件株主総会当日に被告に提出した議決権行使書面の記載に従って有効に議決権行使をしているから、被告がこれらを本件会社提案の賛成票に加えたことは当然の扱いであり、これが本件各決議の取消事由に該当するということはない。

(4)  争点4(議長による議事進行の不公正性)について

(原告の主張)

ア 原告は、第2号議案ないし第5号議案の審議及び採決の前に、審議継続及び継続会開催の動議(以下「継続会の動議」という。)を提出した。原告は、議長であるMの求めに応じて、継続会の動議の理由を説明したが、Mは、延期ないし継続の理由はないとして、継続会の動議を議場に諮ることなく却下した。原告は、第2号議案及び第4号議案の審議中、議長が適法な継続会の動議を取り上げなかったことを理由に議長不信任の動議を提出したが、Mは、継続会の動議の合理的理由が見当たらないなどと述べ、さらに、原告は、議長不信任動議を取り上げないことは違法であるとして、再度、議長不信任の動議を提出したが、Mは、先ほどの繰り返しであるとして却下した。その後、第2号及び第4号議案の採決が迫ったころ、再度、株主から議長不信任の動議が提出されたが、Mは、繰り返しになるとして却下した。

イ 継続会の動議及び議長不信任の動議は、必要的動議として議長が必ずその採否を議場に諮らなければならないところ、議長であるMは、原告が提出した継続会の動議並びに原告及び株主が提出した議長不信任の動議を議場に諮ることなく却下して、強引な議事進行を行った。

このような議事進行は、議長の裁量を逸脱した著しく不公正なものであり、かかる議事進行の下でされた本件各決議は著しく不公正な方法によるものとして取り消されるべきである。

(被告の主張)

原告及び株主が提出した動議は、いずれも合理的な理由がなく、しかも、他の多数の株主の権利行使を妨害するものであるから、却下されるべき動議である。したがって、これを却下したMの議事進行には、何らの違法又は不公正な点は存在しない。

万が一、原告及び株主が提出した動機の中に却下されるべきではないものが含まれていたとしても、本件株主総会当日の状況にかんがみれば、これを却下したこと自体は重大な違法ではなく、かつ決議に影響を及ぼさないことは明らかであるから、裁量棄却されるべきである。

(5)  争点5(被告による代理権授与の撤回の勧誘及び本件委任状を無効とする取扱いの違法性)について

(原告の主張)

ア 被告は、委任状撤回通知書及び「IDEC社の委任状勧誘行為について」と題する文書(以下「本件撤回勧誘文書」という。)を株主に送付し、本件委任状の撤回の勧誘を行ったが、本件撤回勧誘文書には、本件委任状が不適切なものである旨が記載されている。しかし、本件委任状には不適切な記載は存在しないから、被告が、本件撤回勧誘文書により事実に反する不適切な情報を株主に提供して本件委任状の撤回を勧誘し、本件委任状を無効として扱った行為は、著しく不公正である。このような手段を用いてされた本件各決議は、違法又は少なくとも著しく不公正な方法によるものとして取り消されるべきである。

イ 被告は、株主に対し、被告従業員のほとんどが本件株主提案に反対であることを公表し、本件会社提案につき賛成の議決権行使の勧誘を行ったが、株主に対して公表された被告従業員の意向表明は、自発的に行われたものではなく、強制的に行われたもので、多くの従業員の真意に反するものであった。このように被告によって人為的に作り上げられ、操作された情報を株主に提供した行為は違法である。このような違法かつ著しく不公正な情報操作の下でされた本件各決議は、違法又は少なくとも著しく不公正な方法によるものとして取り消されるべきである。

ウ 委任状撤回通知書を提出した株主は、被告からの不適切で誤った内容の情報に基づき本件委任状の撤回をしたものであるから、委任状撤回通知書は要素の錯誤により無効となり、本件委任状は依然として有効である。また、委任状撤回通知書のうち原告に対して送付されず、被告に対してのみ送付されたものは、株式数にして2万7300株、議決権数にして273個存在するが、かかる委任状撒回通知書によっては、原告と株主の間の委任契約の解除の効力は生じないから、本件委任状は有効である。さらに、本件委任状を提出した株主以外の第三者によって当該委任状が有効に撤回されることはないところ、外形上無効又は有効性に多大な疑義のある委任状撤回通知書は、株式数にして3万5200株、議決権数にして352個存在するが、かかる委任状撤回通知書によっては、原告と株主の間の委任契約の解除の効力は生じないから、本件委任状は依然として有効である。それにもかかわらず、被告は、上記各委任状撤回通知書を有効なものとして扱い、有効な本件委任状を議決権の集計から除外した。このような有効な委任状に基づく議決権の代理行使を故意に認めずに行われた本件各決議は、違法な決議の方法によるものとして取り消されるべきである。

(被告の主張)

ア 本件委任状の記載が不適切なものであることは、上記(1)のとおりであるから、本件撤回勧誘文書の記載内容は事実を指摘した正当なものであり、委任状撤回通知書を提出した株主には何らの誤信もない。

イ 被告が本件撤回勧誘文書を発送した相手は、既に原告に返送した本件委任状を撤回する意思を有していた株主のみであり、被告の発送した書類の内容によって株主が本件委任状を撤回する意思を生じたわけではない。

ウ 本件委任状を提出した株主が当該代理権授与を撤回する意思を有していることが被告にとって明白である場合、株主の意思を本件株主総会に適切に反映させるため、被告が当該委任状を撤回されたものとして扱うことは当然に許容される。

エ 原告の主張に係る外形上無効又は有効性に多大の疑義のある委任状撤回通知書とは、本件委任状の署名の筆跡と委任状撤回通知書の署名の筆跡とが一致しない場合をいうところ、原告代理人と被告代理人との協議では、委任状の取扱いにつき、株主の氏名が署名され、姓か名と同一の印影を持つ印鑑が押印してあれば有効なものと認めるとの合意をしているから、委任状撤回通知書についても同様の取扱いとするのが合理的であり、上記理由により委任状撤回通知書の効力を否定する理由はない。

(6)  争点6(株主の復代理人である弁護士に対する入場拒絶の違法性)について

(原告の主張)

被告の定款18条1項は、議決権行使の代理人資格を株主に限定しているところ、弁護士が本人たる株主の意図に反する行動を取ることは通常考えられないから、弁護士が代理人として出席することを拒絶するためには、本件株主総会がこの者の出席によって攪乱されるおそれがあるなどの特段の事由が必要である。本件では、原告は、被告に対して本件株主総会の2日前に復代理人の氏名及び職業を被告に告知し、提出予定の復委任状のドラフトまで提示していたのであるから、被告には、本件株主総会の開催に当たり、原告による弁護士を代理人(株主Wの復代理人)とする株主の権限行使を拒絶するに足りる特段の事由はなかった。

したがって、被告が、原告による弁護士を復代理人とする議決権の代理行使の申出を拒絶したことは、被告の定款の解釈運用を誤ったものであり、会社法310条1項前段に違反し、このような状況で行われた本件各決議は、違法な決議の方法によるものとして取り消されるべきである。

(被告の主張)

被告の定款18条1項の解釈に当たって、弁護士たる代理人による議決権行使を認めなくとも、議決権行使の機会の確保に問題が生じない場合には、これを制限的に解釈する必要はない。Wは原告に対して議決権の代理行使を委任しているところ、本件株主総会には原告代表取締役社長が出席しているから、原告がWの議決権を行使することができ、弁護士たる復代理人による議決権行使を認めなくとも支障は生じない。

したがって、被告が、原告による弁護士を復代理人とする議決権の代理行使の申出を拒絶したことは、会社法310条1項前段に違反しない。

第3当裁判所の判断

1  争点1(本件各決議に関する本件集計方法の違法性)について

(1)  本件株主提案と本件会社提案との関係

ア 本件において、原告ら及び被告の双方から、「取締役8名選任の件」及び「監査役3名選任の件」という議題によって各候補者の提案がされたこと、被告の定款上、本件株主総会において選任できる取締役の員数は最大で8名、監査役の員数は最大で3名となることは、前記第2の1(2)から(5)までに認定のとおりである。

そうであれば、本件株主提案と本件会社提案とはそれぞれ別個の議題を構成するものではなく、「取締役8名選任の件」及び「監査役3名選任の件」というそれぞれ一つの議題について、双方から提案された候補者の数だけ議案が存在すると解するのが相当である。

イ これに対して、被告は、本件株主提案と本件会社提案とは、候補者が異なるから議題としては別であり、本件委任状による授権は本件会社提案には及ばないと主張する。

しかしながら、いずれの提案も、本件株主総会終結時をもって平成19年6月現在の取締役全員及び監査役3名が任期満了によって退任することを前提に、その後任者の選任を目的とするものであって(前記第2の1(3))、被告自身、本件株主提案と本件会社提案とをそれぞれ相反議案の関係にあるものとして、一括して審議し、一括して採決することとしているところであるから(前記第2の1(6)及び(8)ア、イ)、本件株主提案と本件会社提案とは議題としては共通と解するのが相当であり、被告の主張は採用することができない。

(2)  本件委任状の趣旨

ア 原告が被告の株主から得た本件委任状には、委任事項として、「原案に対し修正案が提出された場合(株式会社モリテックスから原案と同一の議題について議案が提出された場合等を含む。)・・・(中略)・・・はいずれも白紙委任とします。」と記載されていることは、前記第2の1(4)イ認定のとおりである。

そこで、本件委任状による株主から原告に対する議決権行使の代理権授与の趣旨を検討する。

本件においては、原告らと被告経営陣との間で経営権の獲得を巡って紛争が生じていることから、原告らがその提案に係る取締役及び監査役候補者の選任に関する議案を提出し、株主に対して議決権の代理行使の勧誘を行ってきた場合に、被告からもいずれその提案に係る候補者の選任に関する議案が提出されるであろうことは、株主にとって顕著であったものと認められる(乙1、弁論の全趣旨)。また、被告の定款に定められた員数の関係から、本件株主総会において選任できる取締役の員数は最大で8名、監査役の員数は最大で3名であって、本件株主提案に賛成し、原告に議決権行使の代理権を授与した株主は、本件会社提案に係る候補者については賛成の議決権行使をする余地がない。

このような状況下においては、本件株主提案に賛成して本件委任状を原告に提出した株主は、委任事項における「白紙委任」との記載にかかわらず、本件委任状によって、本件会社提案については賛成しない趣旨で、原告に対して議決権行使の代理権の授与を行ったと解するのが相当である。

なお、本件委任状には、委任事項として、「賛否の指示をしていない場合・・・(中略)・・・はいずれも白紙委任とします。」と記載されているところ、賛否の欄を白紙にして本件委任状を提出した株主についても、上記の状況下では、本件株主提案に賛成するとともに、本件会社提案については賛成しない趣旨で、原告に対して議決権行使の代理権の授与を行ったと解して妨げないというべきである。

イ これに対し、被告は、本件委任状を原告に提出した大多数の株主は、本件委任状作成時に本件会社提案の内容を認識していないから、本件会社提案についての議決権行使の代理権までは授与していないと主張する。

なるほど、証拠(乙3)によれば、本件委任状1893枚のうち、平成19年6月13日以前の期日が記載された委任状は1258枚であって、原告に対して本件委任状を提出した株主の中には、本件株主総会招集通知によって本件会社提案に係る候補者を認識する前に本件委任状を提出した者が少なくないことが認められる。

しかしながら、原告に対して本件委任状を提出した株主が、仮に本件委任状提出後に本件会社提案の内容を認識し、その提案に係る候補者の一部に賛成することとするのであれば、原告に対する代理権授与の撤回をすることによって、自らその真意に沿った議決権行使を行うことは何ら妨げられない。また、被告が、全株主に対して電話を行い、議決権行使書面の送付を依頼するとともに、原告に対する代理権授与の撤回の意思を確認することができた株主に対しては、「委任状撤回通知書」と題する書面を送付して、原告に対する代理権授与の撤回の手続を行ったことは、前記第2の1(7)に認定のとおりである。

そうであれば、本件株主提案に賛成して本件委任状を原告に提出した株主が、その後、被告からの本件株主総会招集通知によって本件会社提案に係る候補者の情報を得るとともに、被告からの電話により原告に対する代理権授与の撤回の機会を持ったにもかかわらず、代理権授与の撤回をしていない以上は、本件委任状提出の当初から、本件会社提案には賛成しない意思であったと解して妨げないというべきである。

ウ なお、被告は、原告代理人である久保利英明弁護士から、本件委任状は本件株主提案についてのものであり、本件会社提案については議決権代理行使の勧誘の意思はない旨を伝えられていたため、これを前提に本件会社提案につき議決権不行使と扱った旨主張する。

しかしながら、事前打ち合わせの際の原告代理人の上記発言内容を的確に認めるに足りる証拠はないし、また、本件株主提案に賛成して本件委任状を提出した株主から原告に対する議決権行使の代理権授与の趣旨は、上記アのとおり、本件会社提案については賛成しないという範囲では明確ということができるから、原告代理人の発言に関する被告の主張は採用することができない。

(3)  議決権代理行使勧誘規制との関係

被告は、本件委任状には本件会社提案について賛否を記載する欄が設けられていないこと及び本件会社提案に係る候補者に関する参考書類の提供等がないことから、本件委任状は証券取引法194条、同法施行令36条の2第1項、勧誘内閣府令43条等に違反し無効であって、本件委任状による本件会社提案についての議決権行使の代理権授与も無効となると主張する。

ア 議決権代理行使勧誘規制の趣旨

証券取引法(平成18年法律第65号による改正前のもの)194条は、「何人も、政令で定めるところに違反して、証券取引所に上場されている株式の発行会社の株式につき、自己又は第三者に議決権の行使を代理させることを勧誘してはならない。」と規定し、これを受けて同法施行令36条の2第1項は、「議決権の代理行使の勧誘(法194条に規定する証券取引所に上場されている株式の発行会社の株式につき、自己又は第三者にその議決権の行使を代理させることの勧誘をいう。・・・(中略)・・・)を行おうとする者(以下・・・(中略)・・・「勧誘者」という。)は、当該勧誘に際し、その相手方(以下・・・(中略)・・・「被勧誘者」という。)に対し、委任状の用紙及び代理権の授与に関し参考となるべき事項として内閣府令で定めるものを記載した書類(以下・・・(中略)・・・「参考書類」という。)を交付しなければならない。」と規定し、同条5項は、「第1項の委任状の用紙の様式は、内閣府令で定める。」と規定している。

これを受けて勧誘内閣府令1条1項は、参考書類の記載事項について、「証券取引法施行令(以下「令」という。)第36条の2第1項に規定する参考書類(以下「参考書類」という。)には、次の各号に掲げる区分に応じ、それぞれ当該各号に定める事項を記載しなければならない。」とし、1号において「勧誘者が当該株式の発行会社又はその役員である場合」には「イ 勧誘者が当該株式の発行会社又はその役員である旨、ロ 議案、ハ 議案につき会社法(・・・(中略)・・・)第384条又は第389条第3項の規定により株主総会に報告すべき調査の結果があるときは、その結果の概要」を、2号において「勧誘者が当該株式の発行会社又はその役員以外の者である場合」には「イ 議案、ロ 勧誘者の氏名又は名称及び住所」を定めている。また、勧誘内閣府令21条1項は、「株式の発行会社の取締役が取締役の選任に関する議案を提出する場合において、当該会社により又は当該会社のために当該株式について議決権の代理行使の勧誘が行われる場合以外の場合に当該株式について議決権の代理行使の勧誘が行われるときは、参考書類には、候補者の氏名、生年月日及び略歴を記載しなければならない。」と規定し、同条2項は、「前項に規定する場合において、株式の発行会社が公開会社であるときは、参考書類には、次に掲げる事項を記載しなければならない。1 候補者が他の法人等を代表する者であるときは、その事実(重要でないものを除く。)、2 候補者と当該会社との間に特別の利害関係があるときは、その事実の概要、3 候補者が現に当該会社の取締役であるときは、当該会社における地位及び担当」と規定し、勧誘内閣府令23条は、監査役について概ね同旨を規定しており、これらの規定は、株式の発行会社の株主が議案を提出する場合において、当該会社により又は当該会社のために当該株式について議決権の代理行使の勧誘が行われる場合以外の場合に当該株式について議決権の代理行使の勧誘が行われるときにも、適用される(勧誘内閣府令40条)。さらに、勧誘内閣府令43条は、「令36条の2第5項に規定する委任状の用紙には、議案ごとに被勧誘者が賛否を記載する欄を設けなければならない。ただし、別に棄権の欄をもうけることを妨げない。」と規定している。

これらの議決権代理行使勧誘規制の趣旨は、被勧誘者である上場会社の一般株主にとって、勧誘者から株主総会の議案を知らされるだけでは、議案の可否を判断するための情報としては十分ではないため、勧誘者は所定の事項を記載した参考書類を交付すべきこととするとともに、被勧誘者が株主総会における議決権の代理行使について勧誘者に白紙委任することにより、自分にとって不利な議決権の行使がなされ不測の損害を受けることがないように、委任状には議案ごとに賛否を記載する欄を設けるべきこととしたものである。

イ 原告による議決権の代理行使の勧誘についての検討

これを本件についてみるに、本件委任状には本件会社提案について賛否を記載する欄が設けられていないこと及び原告による議決権の代理行使の勧誘に際して本件会社提案に係る候補者に関する参考書類の交付がされていないことは、第2の1(4)イに認定のとおりである。

他方、本件における原告による議決権の代理行使の勧誘については、以下の事情を認めることができる。

(ア) 本件においては、原告らと被告経営陣との間で経営権の獲得を巡って紛争が生じており、被告からもいずれその提案に係る候補者の選任に関する議案が提出されるであろうことが、株主にとって顕著であったこと、また、被告の定款に定められた取締役及び監査役の員数の関係から、本件株主提案に賛成し、原告に議決権行使の代理権を授与した株主は、本件会社提案に係る候補者については賛成の議決権行使をする余地がないこと、こうした状況から、本件株主提案に賛成する議決権行使の代理権を授与した株主は、被告から提案が予想される議案に反対する趣旨で代理権授与を行ったと解されることは、前記(2)アに判示のとおりである。

そうであれば、本件株主提案に賛成する議決権行使の代理権を授与した株主にとっては、原告が本件会社提案に反対の議決権の代理行使をすることは代理権授与の趣旨に沿ったものであり、これにより不測の損害を受けるおそれはないということができる。

(イ) 株主提案に賛成する議決権行使の代理権を授与した株主が、その後に、株主総会招集通知に添付された参考書類により会社提案に係る候補者の情報を得た時点で株主提案への賛成を翻意した場合には、株主に対する代理権授与の撤回をすることによって、その意図に沿った議決権行使を行うことが可能である。本件における手続の経過をみても、被告が、全株主に対する電話連絡の際に、原告に対する議決権行使の代理権授与の撤回の意思を確認することができた株主については、その手続を行ったことは、前記第2の1(7)に認定のとおりである。

そうであれば、本件において、被告による本件株主総会招集通知及び本件会社提案に関する参考書類の送付に先立ち、原告が、本件株主提案に係る候補者に関する情報のみの提供により、本件株主提案に賛成するとともにその後に予想される会社提案に反対することを内容とする議決権の代理行使を勧誘することを許容したとしても、情報不足のため株主が不利益を受けるというおそれはないといえる。

(ウ) 取締役会設置会社において、株主は、株主提案権に基づき、一定の事項を株主総会の目的とすることを請求する場合には、株主総会の日の8週間前までにその請求をしなければならないのに対し(会社法303条2項)、会社は、株主総会を招集するには、2週間前までに株主に株主総会の目的である事項を通知すれば足りることとされている(同法299条1項)。

そうすると、会社が2週間前に株主に対して株主総会の招集を通知した場合、会社は、通知を行うのと同時に、株主提案についても賛否を記載する欄を設けた議決権行使書面を送付することにより、2週間の期間を利用して、会社提案に賛成するとともに株主提案に反対することを内容とする議決権行使の勧誘をすることができる。これに対し、株主が株主提案に賛成するとともに会社提案に反対することを内容とする議決権代理行使の勧誘をする場合に、常に会社提案についても賛否を記載する欄を設けた委任状の用紙を作成しなければならないとすると、株主は、株主総会招集通知の受領後に、会社提案について賛否を記載する欄を設けた委任状及び会社提案についての参考書類の作成、株主に対する送付等を行った上で、2週間から上記の作業期間を控除した残りの期間に議決権代理行使の勧誘を行わなければならず、会社と比較して著しく不利な地位に置かれることとなる。本件における手続の経過をみても、被告は平成19年6月11日に本件株主総会招集通知を発送し、原告はこれを同月13日に受領したものと認められるところ(前記第2の1(5)ア、弁論の全趣旨)、原告が同日から本件株主総会開催日である同月27日までの間に本件会社提案についても賛否を記載する欄を設けた委任状の作成、送付等をした上、本件会社提案に反対の議決権代理行使の勧誘をすることは、議決権を有する株主数が9586名に及ぶことや委任状の送付及び返送のために一定の郵送期間が必要となることにかんがみると、極めて困難であることが窺える。

このように、株主が、自らの提案に賛成するとともに会社提案に反対することを内容とする議決権代理行使の勧誘をするためには、常に会社提案についても賛否を記載する欄を設けた委任状を作成しなければならないと解することは、株主に対する議決権代理行使の勧誘について会社と株主の公平を著しく害する結果となるといわざるを得ない。

ウ 上記の各事情を考慮すると、本件においては、本件委任状の交付をもって、本件会社提案についての株主から原告に対する議決権行使の代理権の授与を認めたとしても、議決権代理行使勧誘規制の趣旨に必ずしも反するものではないということができ、本件委任状が本件会社提案について賛否を記載する欄を欠くことは、本件会社提案に係る候補者についての原告に対する議決権行使の代理権授与の有効性を左右しないと解するのが相当である。

(4)  小括

以上によれば、本件会社提案に係る議案の採決に際しては、本件委任状に係る議決権数は、出席議決権に算入し、かつ本件会社提案に対し反対の議決権行使があったものと取り扱うべきであった。それにもかかわらず、本件株主総会の議長であるMは、前記第2の1(8)ウからオまでのとおり、本件集計方法により本件会社提案が出席議決権数の過半数の賛成を得たものとして可決承認された旨宣言したのであるから、本件各決議は、その方法が法令に違反したものとして決議取消事由を有するといわざるを得ない。

そして、本件委任状に係る議決権数を出席議決権に算入するという取扱いによった場合、Bは出席議決権数の44.93%、Sは出席議決権数の46.74%の賛成しか得ていないことになり(前記第2の1(9)ア)、いずれも過半数に達していないから、両名の選任議案は否決されたというべきであり、両名を取締役に選任する旨の決議は取消しを免れない。これに対し、その余の6名の取締役及び3名の監査役の選任議案については、かかる取扱いによった場合でも、出席議決権数の過半数の賛成を得たという結果には変更がないことが認められ、本件集計方法によったことは、議決権行使の集計における評価の方法を誤ったのみであって違反する事実が重大とまではいえないし、決議に影響を及ぼさないものであると認められるから、会社法831条2項により、M、N、O、P、Q及びRを取締役に選任する旨の決議並びにJ、T及びUを監査役に選任する旨の決議の取消しの請求は、棄却することとする。

なお、原告は、このような場合には全体としてその決議の方法が法令に違反し、又は著しく不公正といえるから、本件各決議はすべて取り消されるべきであると主張するが、上記(1)アに判示のとおり、本件においては、各議題につき候補者の数だけ議案が存在するのであるから、決議としては候補者ごとに別個のものと解さざるを得ず、原告の主張は採用することができない。

2  争点2(議決権行使株主に対するQuoカード送付の違法性)について

(1)  株主の権利行使に関する利益供与の要件

会社法120条1項は、「株式会社は、何人に対しても、株主の権利の行使に関し、財産上の利益の供与(当該株式会社又はその子会社の計算においてするものに限る。・・・)をしてはならない。」と規定している。同項の趣旨は、取締役は、会社の所有者たる株主の信任に基づいてその運営にあたる執行機関であるところ、その取締役が、会社の負担において、株主の権利の行使に影響を及ぼす趣旨で利益供与を行うことを許容することは、会社法の基本的な仕組に反し、会社財産の浪費をもたらすおそれがあるため、これを防止することにある。

そうであれば、株主の権利の行使に関して行われる財産上の利益の供与は、原則としてすべて禁止されるのであるが、上記の趣旨に照らし、当該利益が、株主の権利行使に影響を及ぼすおそれのない正当な目的に基づき供与される場合であって、かつ、個々の株主に供与される額が社会通念上許容される範囲のものであり、株主全体に供与される総額も会社の財産的基礎に影響を及ぼすものでないときには、例外的に違法性を有しないものとして許容される場合があると解すべきである。

(2)  本件贈呈の利益供与該当性

本件についてこれをみると、被告が有効な議決権行使を条件として株主1名につきQuoカード1枚(500円分)を交付したことは、前記第2の1(5)及び(10)に認定のとおりであり、これは議決権という株主の権利の行使に関し、被告の計算において財産上の利益を供与するものとして、株主の権利の行使に関する利益供与の禁止の規定に該当するものである。

そこで、本件贈呈が例外的に違法性を有しないものとして許容される場合に該当するか否かについて検討する。

ア 本件において株主に対して供与された利益の額について検討すると、個々の株主に対して供与されたQuoカードの金額は500円であり、一応、社会通念上許容される範囲のものとみることができる。また、株主全体に供与されたQuoカードの総額は452万1990円であるところ(前記第2の1(10))、平成19年3月期(第35期)における経常利益が3億5848万8000円、総資産が150億7296万5000円、純資産が76億8043万6000円であること(乙25)、第35期の中間配当及び期末配当の総額はそれぞれ6912万3500円(甲2の添付資料11-1)であることと比較すれば、上記の総額は会社の財産的基礎に影響を及ぼすとまではいえない。

イ そして、被告は、本件贈呈は、被告役員のほぼ全員を入れ替えるか否かという被告の将来の事業方針に大きく影響を及ぼす議題が審議される本件株主総会に、できるだけ広く株主の意思を反映させるために行ったものであると主張する。

なるほど、前記第2の1(5)によれば、本件において、株主は、本件会社提案又は本件株主提案のいずれに賛成しても、また、議決権の代理行使、議決権行使書面及び株主総会の出席のいずれの形で議決権を行使しても、Quoカード1枚(500円分)の交付を受ける仕組となっていることが認められる。

ウ しかしながら、前記第2の1(5)イによれば、被告が議決権を有する全株主に送付した本件はがきには、「議決権を行使(委任状による行使を含む)」した株主には、Quoカードを贈呈する旨を記載しつつも、「【重要】」とした上で、「是非とも、会社提案にご賛同のうえ、議決権を行使して頂きたくお願い申し上げます。」と記載し、Quoカードの贈呈の記載と重要事項の記載に、それぞれ下線と傍点を施して、相互の関連を印象付ける記載がされていることが認められる。

また、弁論の全趣旨によれば、被告は、昨年の定時株主総会まではQuoカードの提供等、議決権の行使を条件とした利益の提供は行っておらず、原告との間で株主の賛成票の獲得を巡って対立関係が生じた本件株主総会において初めて行ったものであることが認められる。

さらに、株主による議決権行使の状況をみると、本件株主総会における議決権行使比率は81.62%で例年に比較して約30パーセントの増加となっていること(甲2、弁論の全趣旨)、白紙で返送された議決権行使書は本件会社提案に賛成したものとして取り扱われるところ、白紙で被告に議決権行使書を返送した株主数は1349名(議決権数1万4545個)に及ぶこと(甲24)、被告に返送された議決権行使書の中にはQuoカードを要求する旨の記載のあるものが存在すること(甲7の1から3)の各事実が認められ、Quoカードの提供が株主による議決権行使に少なからぬ影響を及ぼしたことが窺われる。

そうであれば、Quoカードの提供を伴う議決権行使の勧誘が、一面において、株主による議決権行使を促すことを目的とするものであったことは否定されないとしても、本件は、原告ら及び被告の双方から取締役及び監査役の選任に関する議案が提出され、双方が株主の賛成票の獲得を巡って対立関係にある事実であること及び上記の各事実を考慮すると、本件贈呈は、本件会社提案へ賛成する議決権行使の獲得をも目的としたものであると推認することができ、この推認を覆すに足りる証拠はない。

(3)  小括

以上によれば、本件贈呈は、その額においては、社会通念上相当な範囲に止まり、また、会社の財産的基礎に影響を及ぼすとまではいえないと一応いうことができるものの、本件会社提案に賛成する議決権行使の獲得をも目的としたものであって、株主の権利行使に影響を及ぼすおそれのない正当な目的によるものということはできないから、例外的に違法性を有しないものとして許容される場合に該当するとは解し得ず、結論として、本件贈呈は、会社法120条1項の禁止する利益供与に該当するというべきである。

そうであれば、本件株主総会における本件各決議は、会社法120条1項の禁止する利益供与を受けた議決権行使により可決されたものであって、その方法が法令に違反したものといわざるを得ず、取消しを免れない。また、株主の権利行使に関する利益供与禁止違反の事実は重大であって、本件贈呈が株主による議決権行使に少なからぬ影響を及ぼしたことが窺われることは上記判示のとおりであるから、会社法831条2項により請求を棄却することもできない。

なお、被告は、本件贈呈は、株主総会の決議の前段階の事実行為であって、株主総会の決議の方法ということはできないと主張するが、株主による議決権行使書の返送又は株主総会における議決権行使は決議そのものであって、議決権行使を条件としてQuoカードを贈呈するということは決議の方法というほかないから、被告の主張は採用することができない。

第4結論

以上のとおりであって、本件各決議は、その余の取消事由の存否(予備的主張)について判断するまでもなく、取消しを免れないというべきであり、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鹿子木康 裁判官 西村英樹 川原田貴弘)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例