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東京地方裁判所 平成19年(ワ)1835号 判決 2008年3月10日

原告

訴訟代理人弁護士

浅野史生

今給黎泰弘

氏家義博

被告

株式会社Y

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

中山慈夫

近藤元樹

主文

1  原告の請求のうち、本判決の確定の日の翌日以降の賃金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める部分につき訴えを却下する。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は、原告に対し、平成18年10月20日から、毎月20日限り47万6362円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告に対し、300万円及びこれに対する平成18年9月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、被告の期間の定めのない社員として稼働していた原告が、配転を拒否したことなどを理由としてされた平成18年9月16日付け普通解雇は解雇権を濫用したものであり無効であるとして、雇用契約に基づき地位確認、賃金請求、不法行為に基づく損害賠償請求(慰謝料)をした事案である。

1  前提事実(当事者間に争いのない事実及び後掲証拠により容易に認定できる事実)

(1)  被告は、雑誌及び書籍の出版等を目的とする株式会社である。

原告は、昭和57年4月に被告に入社し、以後、被告が発行する雑誌の編集部付のカメラマンとして稼働していたものであり、被告従業員らによって組織されるa労働組合(以下「組合」という)の組合員でもある。

(2)  被告は、平成17年10月5日、原告に対し、雑誌「b」編集部から写真管理部への異動を命じたが(以下「本件配転」という)、原告は、少なくとも平成18年6月7日まではこれに応じない姿勢を示していた(その後、原告がこれに応じたかが本件の争点の1つである)。(書証省略)

(3)  原告は、平成17年10月6日から、うつ病や不安障害を理由として被告を欠勤していたが、その欠勤期間は平成18年10月5日までとされていた。

(4)  原告は、休職期間中、「会社休んで鬱病日記(社長のパワハラとの闘い記録)」(以下「本件ブログ1」という)と題するブログを開設し、日々の出来事や被告についての原告の考え等を記載したとともに、「緊縛縄日記」(以下「体件ブログ2」という)と題するブログも開設し、女性を緊縛した写真を掲載するなどしていたほか、これらのブログの中で、日常生活に関する記載をしていた。

(5)  被告は、平成18年9月16日、「貴殿の配転拒否および企業の名誉・信用毀損その他の誠実義務違反行為は懲戒解雇に該当する。しかし、会社としては、貴殿の将来並びに親族等への影響を考慮し、貴殿を平成18年9月16日をもって通常解雇とする」として、原告を普通解雇した(以下「本件解雇」という)。

(6)  被告就業規則には、以下の定めがある。(書証省略)

「第5条(義務)

1.2.(省略)

3.上司の指示命令に従うとともに、同僚たがいに助け合い、協調の精神を失わないこと

4.(省略)

5.会社の信用と名誉を傷つけないこと

6.(省略)」

「第20条(解雇)

次のいずれかに該当するときは原則として解雇する。

1.第64条の規定(懲戒解雇)にふれたとき

2.~5.(省略)」

「第63条(懲戒)

社員が次のいずれかに該当する行為のあったときは懲戒する。

1.会社の名誉を傷つけ、または社員としての体面を汚したとき

2.業務を怠り、または服務規律にそむき他の社員に悪い影響を及ぼしたとき

3.(省略)

4.社内の秩序、風紀をみだし、素行治まらぬとき

5.~9.(省略)

10.その他、前各項に準ずる行為のあったとき」

「第64条(懲戒の種類)

懲戒はその情状により、譴責、謹慎、懲戒解雇の3種とし所属長が認め、常務会が承認したとき行う。

1.~3.(省略)

2  争点

本件解雇が解雇権を濫用してされたものか(原告が本件配転を拒否したか、したとしてそのことに正当な理由があったか、原告が休職期間中に作成したブログ等の記載が被告の名誉や信用を毀損したといえるか等)

(1)  原告の主張

ア 被告は、原告が本件配転を拒否したことを解雇事由として挙げるが、原告は、休職期間満了に先立ち、これを受け入れていたから、解雇理由はない。また、本件配転には、業務上の必要性はないばかりか、カメラマンの職種限定で入社した原告に対する異職種への配転である上、原告の組合活動を嫌悪してされた不当労働行為であるから、これに原告が応じるべき義務はない。

被告は、原告が休職期間中に療養に専念していなかったとも主張するが、外出等はうつ病等の治療の一環としても有益なものであり、原告が療養に専念していなかった事実もない。また、被告は、原告が「企業の名誉・信用毀損その他の誠実義務違反行為」をしたともいうが、原告の本件ブログ1で被告役員を批判したのは正当な組合活動であるし、原告の本件ブログ2も、いかなる意味でも被告の名誉や信用を毀損するものではない。

イ また、本件解雇は、組合員を解雇する際に組合の同意を得ることを定めている「退職・解雇に関する協定」に反するものとしても無効である。

本件配転や本件解雇は原告の組合活動を嫌悪してされたものであるし、本件解雇は、他の非違行為に対する処分と較べても不当に重い。

ウ 以上によれば、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上の相当性もないものであり、無効である。また、本件解雇は、解雇権を濫用してされた無効なものであり不法行為にほかならず、原告は、被告の不法行為により金銭に換算して300万円を下ることのない精神的苦痛を受けた。

エ よって、原告は、被告に対し、雇用契約に基づき、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と平成18年10月20日から毎月20日限り月47万6362円の賃金及びこれらに対する支払日の翌日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金を支払うよう求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償として慰謝料300万円及びこれに対する不法行為の日である平成18年9月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

(2)  被告の主張

ア 被告は、写真管理部に退職者が1名出たことから、その経験及び能力から原告を後任とするのが適切と判断し、原告に対し、平成17年9月20日、雑誌「b」編集部から写真管理部への異動を内示し、同年10月5日、これを発令した。

ところが、原告は、何ら理由なく、異動を拒否し、同年10月5日付けで、突然、「病名:①うつ病、②不安障害」等と記載された診断書を被告に提出して、翌日から欠勤するに至り、以後も、被告からの働きかけに応じず、配転を拒否し続けた。

イ 原告は、平成17年10月6日から、被告給与規定に従い、私傷病欠勤となり、給与や賞与全額の支紿を受けながら休職することとなった。

原告が、上記のとおり、給与や賞与全額の支給を受けながら、私傷病欠勤となっている以上、原告には、速やかに就労義務を果たすべく、病気回復のために療養に専念する義務があると解されるが、原告は、休職期間中、趣味のSMプレイに興じ、その子細を本件ブログ2で公開したり(ブログの作成自体、原告の主治医から禁止されていた)、オートバイでの外出、ゲームセンターや場外馬券売場への出入り、飲酒や会合への出席を繰り返すなど、健常人と異ならない日常生活を送り、全く療養に専念していなかった。

ウ また、原告は、被告に就職を希望する学生が、本件ブログ1を閲覧していることを認識しながら、「これほど愚かな社長の下で働かなければならない社員の気持ちが皆さん分かりますか」、「業績不振が深刻になった最大の原因は、現社長のワンマン体制と自分達への責任追及を社長の陰に隠れて逃げている、他の無能な役員達のせいだろう」と、被告社長に対する誹謗中傷を繰り返したほか、被告役員や従業員に対する誹謗中傷を繰り返し、被告の名誉信用を毀損し、被告従業員の勤労意欲や士気を低下させた。

原告が、同時に作成していた本件ブログ2には、原告が複数の女性と行った性行為等の子細が写真とともに掲載されており、原告は、被告従業員としての体面を汚した。

エ 原告は、本件解雇は解雇につき組合の事前同意を要するとの「退職・解雇に関する協定」に反するとか、本件配転や本件解雇が原告の組合活動を嫌悪してされた不利益取扱いであると主張するが、組合は、立場上、本件解雇に積極的な同意は与えなかったものの、同時に、原告を支援することもしない旨決定していたように、本件解雇を事実上了解していたし(仮に、組合が本件解雇を了解していないとみるべきとしても、組合は、本件解雇についての協議をしないことを宣言していたのであるから、組合が了解していないことを理由に本件解雇の無効を主張することは了解権の濫用として許されるべきではない)、被告が原告の組合活動を嫌悪して本件配転や本件解雇をしたとの事情は存在しない。

また、原告は、他の非違行為に対する処分と比較して原告への処分が不当に重いと主張するが、非違行為の異なる他の事案と原告の事案を単純に比較することは相当ではない。

オ 以上のとおり、原告は、①何ら正当な理由なく、写真管理部への異動を拒否し続け、②私傷病欠勤期間中であるにも関わらず、療養に専念せずに、健常人と同様の生活を送り続け、③さらにはその作成するブログにおいて、被告等の名誉信用を毀損し、被告従業員の勤労意欲や士気を低下させ、さらには被告従業員としての体面を汚す行為をした。

原告の行為は、被告就業規則5条3号、5号、63条1号、2号、4号、10号、64条に抵触する行為であり、原告には、被告就業規則20条1号の解雇事由がある。

以上によれば、本件解雇には客観的合理的な理由があり、かつ、社会的にも相当なものであることは明らかであるから、原告の請求はいずれも棄却されるべきである。

第3当裁判所の判断

1  被告は、概要、①原告が内示から1年近くにわたり、写真管理部への異動に応じなかったこと、②原告が私傷病欠勤していたにもかかわらず、早期に復社すべく療養に専念しなかったこと、③原告が本件ブログ1や本件ブログ2の中で被告等の名誉信用を毀損したり、被告従業員としての体面を汚す行為をしたことを原告の解雇事由として主張する。

2  原告が本件配転命令に応じたか、応じなかったとしてそのことに正当な理由が認められるかについて

(1)  まず、原告が写真管理部への異動に応じたか検討する(以下、平成17年中の出来事については、年度の記載を省略する)。

前提事実、証拠(省略)及び弁論の全趣旨によれば、①被告写真管理部に退職者が出たことを契機として、被告は、雑誌「b」編集部に所属していた原告に対し、9月20日、写真管理部への異動を内示し、10月5日付けで本件配転を発令したこと(以下、同発令を「本件配転命令」という)、②原告は、内示直後から、本件配転に難色を示し、10月4日には、来客が同乗していたエレベータ内で、被告最高顧問に対し、「Bさん、カメラに戻してくれ」、「俺を戻さないと、毎朝自宅に押しかけるぞ」等と大声で怒鳴りつけるなど、本件配転の発令日まで配転に応じなかったこと(同認定に反する原告の供述は、原告が本件配転命令に強い拒否感を示し、抗議の活動もしていたこと(後記③、⑤、3(2)、4(1))に照らして採用しがたい)、③原告は、10月5日に辞令の受領を拒否し、同日、病名を「①うつ病、②不安障害」とし、「上記①につき平成14年9月より通院中であり症状は改善していたが、今回職場の異動命令に伴い、抑うつ気分の悪化、②の発症による不安感、動悸、胸部圧迫感、不整脈、頭がボーっとする、気分不快などの症状が出現した。したがって向後3ヶ月の休養加療を要する見込である」とする診断書を提出して、翌日以後被告を欠勤するに至ったこと、④原告の欠勤は、被告就業規則に定める私傷病欠勤として扱われ、休職期間中の賃金は賞与を含めて全額原告に支給されたこと、⑤以後も、被告は、異動に応じるよう原告に要求したが、原告はこれに応じず、平成18年6月7日付けで、代理人に弁護士を立て、本件配転命令に原告は同意していないし、本件配転命令は不当労働行為であるから応じられない、以後の連絡窓口は代理人弁護士とされたいなどとする内容証明郵便を被告に送りつけ、異動に応じる意思を示さなかったこと、以上の各事実が認められ、原告が本件配転命令以後、少なくとも翌年6月7日までは、一貫して本件配転命令に応じない姿勢を示していたことが認められる。

これに対し、原告は、その後翻意し、平成18年8月28日、休職期間中に原告の連絡の窓口となっていた被告総務部長C(以下「C部長」という)と面会して本件配転命令に応じる旨の意思表示をしたと主張、供述する。

しかし、前記認定のとおり、原告が本件配転命令に応じない姿勢を一貫して示しており、その姿勢も平成18年6月の時点で弁護士を代理人に立てて被告に内容証明郵便を送付するなど強硬なものであったことからすれば、原告が同年8月28日になり、口頭でこれに応じる意思を示したとは考えにくい。

実際に、原告の行動をみても、原告は、同年6月7日には、以後の連絡窓口は代理人弁護士とする旨連絡している(⑤)にも関わらず、証拠(原告本人)によれば、その後代理人弁護士から被告宛に本件配転命令に応じる旨の連絡はされていないと認められるし、証拠(省略)によれば、原告が、日々の行動や考えについて記していた本件ブログ1の平成18年6月7日から同年8月28日までの記載中に、原告が翻意したことを窺わせる記載は何もない上、同年9月13日の日記には、「私のカメラマン復帰、うつ病回復のためには、現経営体制を倒すしかないだろう」と記載していると認められるように、原告が本件配転命令に応じる意思を有していたことを窺わせる形跡はない。

また、平成18年8月28日に原告と面会したC部長は、原告と「近くまで来たので会えないか」と言われて面会し、うつ病等についての世間話や入館証の送付の件について話をしただけであり、本件配転命令に応じるとの話は一切なかった旨陳述し(書証省略)、原告から本件配転命令に応じるとの話があったことを明確に否定しているが、同人の陳述は、他の証拠(省略)上認められる、原告が、本件配転命令に応じるという重要な話をするにもかかわらず、事前に連絡することなく、突然C部長に面会を求めている事実や、原告が、日々の行動等について記していた本件ブログ1にも、同年8月28日の行動については、「帰りの会社の建物を見る。病欠から1年近く。久しぶりに会社の外観を見ていると不安感が増す」、「職場復帰に向け、ブログのネタ取材も兼ねて旧知の社員の方々と会って様子を教えてもらう」と記載している事実とも整合性を有しているように、信用性が高いものである。

以上の事実を総合的に考慮すれば、原告が平成18年8月28日にC部長に本件配転命令に応じる旨意思を明らかにしたとの、前記原告の主張、供述は採用できず、他に、原告が本件配転命令に応じたことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告が本件配転命令に応じていたとの原告の主張は事実とは認められない。

(2)ア  以上によれば、原告は、本件解雇まで本件配転命令を拒否していたと認められるところ、原告は、概要、本件配転命令には業務上の必要性がない、カメラマンの職種限定で採用された原告をその同意なしに配転することは許されない、本件配転命令は原告の組合活動を嫌悪してされた不当労働行為であるとして、原告が本件配転命令に応じなかったことには正当な理由がある旨主張する。

イ  まず、本件配転命令の業務上の必要性について検討すると、本件配転命令は、写真管理部に所属する社員1名が退職したことを受けてされたものである((1)①)ところ、証拠(省略)によれば、写真管理部は写真部門に属する部署で、各種撮影機材の購入や貸し出し共用機材の購入・管理を行うことなどを主たる業務とするほか、複写のために写真撮影を行ったり、雑誌に掲載する写真を撮影することもある部署であり、従前もカメラマンであった社員が配置されることもある部署であったと認められるのであって、カメラマンとして培った知識や経験が活かし得る職場であると認められるから、被告がカメラマンであった原告を写真管理部に配転しようとしたことには、労働力の適正配置、業務運営の適正化の観点からみて業務上の必要性が認められる。

原告は、写真管理部に異動を希望していた社員が他にいるとか、写真管理部の人員配置は十分である旨主張するが、写真管理部に異動を希望していた社員がいたからといって、原告に優先して当該社員を写真管理部に配置する義務が被告にあるわけではないし、現に、写真管理部に欠員が生じている以上、その後任を配置することに業務上の必要性がないとも考えられない。原告は、写真管理部における退職者は、後に再雇用され写真管理部に配置されているのだから、写真管理部に欠員が生じたとはいえないとも主張するが、証拠(省略)によれば、再雇用の嘱託社員は週所定労働時間が25時間にすぎない上、1年間の期間の定めのある契約であったと認められるのであるから、写真管理部に正社員の後任を配置する必要性は否定し得ない。

ウ  原告がカメラマンの職種限定で採用されたといえるか検討すると、被告が原告との間で、職種をカメラマンに限定する旨の合意をしたことを直接示す証拠はない。

かえって証拠(省略)によれば、被告就業規則(賃金体系を含む)は、特に専門職や事務職を区別しておらず、社員の配転についても、「会社は業務上の必要により配置転換をする」と規定するのみであり、被告が組合との間で配転について締結した協定書上も、東京本社と大阪支社の間で配転が行われる場合を除いては本人の同意は不要とする旨定められていると認められるのであるから、就業規則や上記協定書上は、本件配転命令について、本人の同意が必要と解すべき根拠はない。

確かに、証拠(省略)によれば、被告は、昭和57年には、募集職種として編集部門、業務部門、写真部門と分けて(応募資格は区別されていない)、昭和64年(平成元年)には、募集職種として一般部門と写真部門を分けた上で、その応募資格も区別した募集要項を出していたことや、カメラマン業務を希望する者に対しては、その適性を判断すべく、他の部門を希望する者には行わない写真撮影の試験を行った上、採用の決定をしていると認められることからすれば、被告が、その採用時、カメラマンとして採用する予定の者には、その他の部署に配属する予定の者とは異なる適性を要求していることは明らかであるが、証拠(省略)によれば、被告就業規則上、カメラマンとそのほかの職は明確に区別されていないばかりか、被告内で、カメラマンに対し、その職種を限定したことを示す辞令も交付されておらず、編集部のカメラマンがカメラマン業務以外の業務を行う部署に配転されることも稀ではなかったと認められるのであるから、被告就業規則の解釈上も、慣行上も、カメラマンを本人の同意なくほかの業務に従事させる配転をすることは何ら制限されていないとするほかない。原告は、被告取締役会が、平成16年1月13日付け「社員カメラマンについての会社方針」と題する書面において、「社員カメラマンは必要な存在である」、「カメラマンの採用は当面行わない」としていること(書証省略)から、被告内でカメラマンが専門職として扱われていることは明らかであるとも主張するが、当該書面がカメラマンの業務に関する被告の見解を述べたものにすぎないことは、書面の内容から明らかであって(書証省略)、これが、被告内でカメラマンが専門職として扱われていることを示す根拠となるものではない。

原告は、本件配転命令が原告に多大な不利益を与えるものであるとも主張するが、本件配転命令により原告の賃金や就労場所が変更されるものでないことは当事者間に争いがないし、本件配転命令は、編集部カメラマンであった原告を、写真管理部に異動させるというものであるが、証拠(省略)によれば、写真管理部門は、写真部門に属する部署で、各種撮影機材の購入や貸し出し共用機材の購入・管理を行うことなどを主たる業務とするほか、複写のために写真撮影を行ったり、雑誌に掲載する写真を撮影することもある部署であり、従前も、編集部に所属するカメラマンが写真管理部に異動した事例が複数あると認められるのであるから、本件配転命令が、原告に、従前のカメラマンとしての経験と全く無関係な職務に従事させるものであり、原告に職業生活上の重大な不利益を与えるものであるとも認められない。

確かに、証拠(省略)及び弁論の全趣旨によれば、編集部カメラマンから写真管理部等の他部署へ配転される場合には、本人の同意を取ることもあったと認められるが、これも被告が本人の意思を尊重した人事を行うことが多かったことを示す以上のものであるとは解されない。

以上によれば、被告が原告の同意なしに本件配転命令を出すことは許されるというべきであるから、原告が、同意をしていないことを理由に本件配転命令に応じないことには理由はない。

エ  原告は、本件配転命令は、原告の組合活動を嫌悪してされた不当労働行為であるから、原告が本件配転命令に応じないことには理由があるとも主張するが、本件配転命令に業務上の必要が認められることは既に説示のとおりであって、これが原告の組合活動を嫌悪してされた配転であるとは解されない。証拠(省略)によれば、組合は、本件配転命令につき、「過去に10例以上行われている異動でもあり、不当労働行為とはいえない」とする見解を出していると認められるように、本件配転命令を不当労働行為と認める余地はない。

オ  以上のとおり、原告が本件配転命令に応じなかったことには正当な理由は認められない。

(3)  以上によれば、原告は、本件配転命令から約1年にわたり、正当な理由なくこれを拒否したものと認められる。

3  原告が私傷病欠勤期間中、療養に専念していたといえるかについて

(1)  原告は、本件配転命令の翌日から約1年間、うつ病や不安障害を理由として、賞与を含めた満額の賃金を支給されながら私傷病欠勤をしていたものである(2(1))。

(2)  これに対し、証拠(省略)によれば、原告は、私傷病欠勤となった後も、しばしば出社し、雑誌「b」編集部の出勤簿に自分の名前を書き加えた上、「出」と記載するなど本件配転命令に対する抗議活動を行っていたほか、組合大会へ出席したり、組合の執行役員の選挙に立候補するなどの組合活動も行っていたことや、本件ブログ1において、連日のように、被告や組合に対する批判を行っていたことが認められる。

原告が、自らの申し出により私傷病欠勤となったこと(2(1)③)に照らせば、原告が、その直後から、週に1回程度とはいえ、被告に出社して、本件配転命令に対する抗議活動を行ったり、組合活動を行っていたことは、被告からみて、その行動に疑問を持たざるを得ない行為であることは明らかであるし、証拠(省略)によれば、原告の主治医は、原告にとって被告と関与する行動を取ることは禁忌である旨指導していたほか、原告にとってブログの作成は、「誤字脱字を繰り返しながら、ブログを書き、そのままベッドに直行する」ような作業であったと認められるのであるから、原告が、被告に出社するなどして被告との社会的接触を保ちつつ、本件ブログ1において、連日のように、被告や組合に関する記載(その内容は被告や組合に関するものだけでも数十行にわたることが多く、短時間で作成できるものとは解されない)を行っていたことは、療養に支障となる行為というべきであって、被告が原告につき十分な療養活動をしているか疑問を抱いたことも当然と解される。

(3)  被告が原告に満額の賃金を支給しながら私傷病欠勤を認めている趣旨は、原告が療養に専念できるための環境を経済面で整え、療養を支援する趣旨以外には考えられない。このことからすれば、療養専念義務という法的義務が観念し得るかは別としても、原告は、休職期間中、前記の趣旨を踏まえた生活を送ることが望ましいというべきであるから、原告がかかる趣旨に反した行動を取った場合に、そのことに対する就業規則に則した服務規律違反が問われることはやむを得ない。被告就業規則63条2号、4号は、服務規律違反にそむき他の社員に悪影響を及ぼすことや社内の秩序を乱す行為を禁止しているが(前提事実(6))、原告は、前記のとおり、あえて私傷病欠勤の趣旨に反するかの行動を取ったばかりか、そのことを本件ブログ1内で連日のように記載し、証拠(省略)によれば、本件ブログ1を社内で周知するためのメールを送信した結果、原告が私傷病欠勤をしながら前記のような行動をしていることが社内で知れ渡ったと認められるのであるから、原告の行動は、少なくとも、前記就業規則に準じるもの(被告就業規則63条10号(前提事実(6)))に抵触するものというほかない。

なお、被告は、他にも、原告が私傷病欠勤期間中に、オートバイで頻繁に外出していたこと、ゲームセンターや場外馬券売場に出かけていたこと、飲酒や会合への出席を行っていたこと、宿泊を伴う旅行をしていたこと、SMプレイに興じるなどしていたことを療養専念義務に反する行為であると主張するが、うつ病や不安障害といった病気の性質上、健常人と同様の日常生活を送ることは不可能ではないばかりか、これが療養に資することもあると考えられていることは広く知られていることや、原告が、連日のように飲酒やSMプレイを行い、これが原告のうつ病や不安障害に影響を及ぼしたとまで認めるに足りる証拠もないことからすれば、原告の上記行動を特段問題視することはできないというほかない。

4  原告が本件ブログ1や本件ブログ2で被告の信用を低下させる行為等をしたかについて

(1)  証拠(省略)によれば、原告は、本件ブログ1において、日々の出来事を書きつづる中で、雑誌「b」、「a労働組合」等と被告が特定できる名称を挙げた上で(平成18年4月18日付け、同年8月25日付け)、「この会社の社員が、役員の思いつき、好き嫌い人事でどれだけ疲弊し、社蓄となっていったことだろう」(平成17年11月12日)、「これだけ社員に信頼されない社長と、役員の下でいつまで働かせれるか?社蓄として耐えることで面白い雑誌が作れるのだろうか?」(平成18年1月30日付け)、「これほど愚かな社長の下で働かなければならない社員の気持ちが皆さんわかりますか?(中略)知性も、教養も、理性もない、感情のコントロールのできない人間が組織のトップにいることの恥ずかしさ」(同年2月23日付け)、「競争力を人件費やコストでしか計れない役員や自己保身しか脳の無い役員。もはや編集者としての過去の栄光にしがみついているだけの役員。口先と社長へのおべっかだけで生き残ることにしか興味の無い役員」、「雑誌や出版文化というものにそもそも興味のない社長」(同年4月28日付け)、「この会社にしがみついている経営陣には品格も哲学も無い。いまや腐臭すら漂う会社となった最大の原因は、責任を社員に押し付けて生きのびようとするゾンビと化した経営陣。その悪性ウイルスが社員にも感染している」(同年5月18日付け)、「業績不振が深刻になった最大の原因は、現社長のワンマン体制と自分達への責任追及を社長の陰に隠れて逃げている、他の無能な役員達のせいだろう」(同年6月21日付け)、「たかが300人の会社。マスコミといっても面白い雑誌も作れない三流会社になった現実を社員も、経営者も自覚すべきだろう」(同年9月2日付け)と記載したほか、本件ブログ2(同ブログ中には原告が作成した別のブログが紹介されており、当該ブログで原告が用いているペンネームで検索すると本件ブログ1が検索できる)において、緊縛された女性の裸が撮影された写真を掲載したほか、複数の女性との性行為等の様子を記載して掲載したと認められる。

(2)  上記のとおり、原告は、本件ブログ1において、被告が出版する主力雑誌や労働組合の名前を明記した上で、被告(社長、役員、社員を含む)につき、「ゾンビ」、「腐臭すら漂う」、「社蓄」といった過激な表現を用いながら、その能力等を批判したのだから、原告が、被告の名誉を傷つけ、その体面を汚す行為をしたことは明らかである。

原告は、上記表現につき、正当な組合活動の一環であると主張するが、本件ブログ1は、原告が個人的に日常の出来事や考えを記すために私的に作成したブログにすぎない上、本件ブログ1内で原告が組合に対する批判を繰り返して記載しており、証拠(省略)によれば、組合が原告の立場を支持していないと認められることに照らせば、本件ブログ1が組合活動を遂行するために作成されたものとも解されないし、これが正当な組合活動として保護の対象となるともいえない。また、前記のような過激な表現を用いてした批判が、社会通念上許容される範囲内の表現活動であるとも解されない。

(3)  本件ブログ2は、緊縛された女性の裸が撮影された写真や、複数の女性との性行為等の様子が記載して掲載したものであり、その性質上、これを好ましく思わない者が多数存在するであろうことは容易に推測できるところである。しかし、他方で、その内容は、主に性に関する原告の個人的な趣味嗜好を表したものにすぎず、特段、反社会的な内容を含むものといえるものでもない。このことに、証拠(省略)によれば、本件ブログ2から本件ブログ1を検索することも不可能ではないとはいえ、本件ブログ2上には、本件ブログ2を作成しているのが被告の従業員であることを窺わせる記載は何らされていないと認められることや、証拠(省略)によれば、被告が発行している雑誌の中には、性文化や性風俗に関する記事が女性の裸体の写真とともに掲載されているものもあると認められることも併せて考慮すれば、原告が本件ブログ2を作成していることが被告内で知れ渡っていたこと(弁論の全趣旨)を考慮しても、なお、本件ブログ2の記載が、被告の名誉を傷つけるとか、被告従業員としての体面を汚すものであるとまで認めることはできない。

(4)  以上によれば、原告が本件ブログ1において、被告の名誉を傷つけ、その体面を汚す行為をしたと認められるから、原告には、被告就業規則5条5号、同63条1号に定める懲戒事由が認められる。

5  以上のとおり、①原告は、本件配転命令から約1年にわたり、これに応じず、②私傷病欠勤期間に、療養の趣旨に反する行動を繰り返し、③その間、本件ブログ1において、被告の名誉を傷つけ、被告従業員としての体面を汚す行為をしていたのは事実と認められる。

原告が本件配転命令に応じなかったことは業務命令に違反する行為であり、被告就業規則5条3号、63条2号に該当する非違行為、原告が私傷病欠勤期間中に療養の趣旨に反する行動をしていたことは、被告就業規則63条10号、2号、4号に、原告が本件ブログ1で行った表現活動は、被告就業規則5条5号、63条1号に該当する非違行為であるから、原告には、被告就業規則20条に定める解雇事由が認められる。

原告が行った配転命令の拒否は、業務上の必要に基づく業務命令に反するものであり、その非違の程度は重い。原告は、本件配転命令に対し、来客の目の前で大声で不満を述べたり(2(1)②)、自らの希望で私傷病欠勤となったにもかかわらず、発令日以後に、従前の職場である雑誌「b」編集部に出社し、出勤簿に自らの名前を書き込んだ上、「出」と記載する(3(2))などしてこれを拒否し続けたばかりか、本件ブログ1でも本件配転命令に対する不満を述べ続け、その期間も1年に及んだのであるから、本件配転命令の拒否に対する原告の情状は相当に悪い。

本件ブログ1で原告が行った被告の批判は、「ゾンビ」、「腐臭すら漂う」、「社蓄」との過激な表現を用いて行われていたものであり、連日のように更新されていたものであるが、原告がことさらに上記の批判を被告内で広めようとしていたことからすれば、この点に関する原告の非違の程度もやはり重い。原告は、被告が本件ブログ1の記載について注意を与えていないことを問題視するようであるが、証拠(省略)によれば、被告がこれに注意を与えなかったのは、原告に注意を与えるとそれ以上の反応が返ってくることを警戒してのことであったと認められるのであって、被告の係る対応は、原告が、正当な本件配転命令に応じないばかりか、それを契機として私傷病欠勤に入り、本件ブログ1で被告に対する批判を連日のように繰り返していたことに照らして合理性が認められるから、被告が本件ブログ1に特段の注意をしていなかったことは、本件解雇の有効性を左右する事情とはなり得ない。

また、既に説示のとおり、原告は、私傷病欠勤期間中であるにも関わらず、被告への出社をしたり組合活動をするなどし、十分に療養しているか疑問を呈されてもやむを得ない行動を繰り返していたことも問題であったというほかないし、また、原告には、懲戒解雇事由が認められるところ、被告はあえて普通解雇を選択していること(前提事実(5))も併せて考慮すれば、被告内で従前解雇された従業員は存在しないことを考慮しても、なお、本件解雇には社会的な相当性が認められる。

原告は、他の不祥事の事案と比して原告に対する処分が不当に重いとか、私傷病欠勤中に解雇を行うことは抜き打ちであり許されないとも主張するが、原告が主張する事案は、社員住所録を社外に提供したという事案、不適切な会計処理が行われた事案、社外で破廉恥事件を起こしたという事案というものであって、いずれも本件とは事案を異にするものであり、本件と比較するのに適したものであるとはいえない。また、私傷病欠勤中であるとはいえ、原告は本件配転命令を明確に拒否していたのであるし、原告が本件ブログ1において被告の批判を繰り返していたのも私傷病欠勤期間中であって、被告がこれに何の注意をしなかったことに合理性が認められることは既に説示のとおりであるから、被告が私傷病期間中に本件解雇に及んだことが問題視されるべきでもない。

6  原告は、本件解雇は、組合との間の「退職・解雇に関する協定」に定める組合の事前の了解を欠くものであり、無効であるとも主張する。

証拠(省略)によれば、被告と組合との間では、「会社は組合員を解雇するときは、事前に組合の了解を得るものとする」との定めがあると認められるが、他方で、証拠(省略)によれば、本件解雇に先立つ平成18年9月15日、被告が組合に本件解雇に対する事前了解を申し入れたのに対し、組合は、「解雇に関しては了承していない」としたものの、「ただし、Xさんを支援することはできない」、「執行部としては、近々始まる裁判の結果を待って、Xさんが「組合員であるかどうかも含め」判断したい」とする見解を示して、解雇に関する事前の了解権を行使しないことを明らかにしていると認められるのであって、組合が事実上解雇を了解したものと同視すべき事情が存在するのであるから、本件解雇が前記協定に反して無効であるということはできない。

7  以上によれば、本件解雇が無効であるとはいえず、原告は、既に被告従業員としての地位を喪失しているから、原告の請求はいずれも理由がない。

原告は、本件解雇が無効であるとして、雇用契約に基づく賃金支払請求として、その終期を定めないで毎月の賃金及びこれに対する遅延損害金を請求するが、そのうち本判決確定の日の翌日以降の賃金及びこれに対する遅延損害金を求める部分は、将来請求であり、民事訴訟法135条に定める「あらかじめその請求をする必要」があるとは認められないから、訴えの利益を欠くものである。

第4結論

以上のとおりであるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 本多幸嗣)

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