東京地方裁判所 平成19年(ワ)21107号 判決 2008年2月27日
原告
株式会社 ガリバーインターナショナル
代表者代表取締役
E
訴訟代理人弁護士
前川紀光
被告
A野太郎
訴訟代理人弁護士
蜂谷英夫
主文
一 被告は、原告に対し、六四七万〇一〇〇円及びこれに対する平成一九年八月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、六四七万〇一〇〇円及びこれに対する平成一九年八月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、転売目的のため被告から中古自動車を購入した原告(中古自動車買取り業者)が、当該車両に盗難歴があることが判明したとして、売買契約の特約に基づく解除又は売買契約の錯誤無効を主張して、被告に対し、契約解除に基づく原状回復請求権又は不当利得返還請求権に基づき売買代金の返還を求めるものであるが、これに対し、被告は、即時取得により盗難車という瑕疵は治癒され、原告の権利取得に何ら問題はないから、上記売買契約の解除又は錯誤無効は成立しないとして争う事案である。
一 争いのない事実等(認定した事実には、末尾に証拠を掲げる。)
(1) 当事者
原告は、中古自動車の買取り等を業とする株式会社であり、顧客から買い取った中古自動車を、日本国内のオークションに出品して他の中古自動車買取り業者(以下「中古車業者」という。)に売却する業務を行っている。
(2) 原告は、被告との間で、平成一九年六月四日、原告を買主、被告を売主として、概要次の約定の下に、別紙自動車目録記載の中古自動車(以下「本件車両」という。)を売買代金六五〇万円(消費税及びリサイクル料込み。ただし、被告への振込代金は、上記売買代金六五〇万円からクレームガード保障掛金二万九九〇〇円を差し引いた六四七万〇一〇〇円とする。)で買い取る旨の売買契約を締結した(以下「本件売買契約」という。)。
ア 被告は、契約車両につき、その使用状況、品質、瑕疵の有無及び程度等を誠実に原告に対し申告しなければならないものとし、盗難車、車台番号・エンジン番号改ざん車、接合車、走行不明等の事実がないことを被告は原告に対し、表明、保証する(契約条項七条一項)。
イ(ア) 本件売買契約締結後、被告の認識の有無にかかわらず、本体車両に重大な瑕疵(盗難車、車台番号改ざん車、接合車等)の存在が判明した場合、原告は被告に対し、事前に通知、催告を行うことなく、直ちに本件売買契約を解除することができるものとする(契約条項九条一項七号)。
(イ) 契約条項九条一項の解除権の行使期間は、被告が同項の解除事由に該当すると原告が知ったときから一年間とする(契約条項九条二項)。
(ウ) 契約条項九条二項により本件売買契約が解除された場合、原告は被告に対し、解除日から七日以内に、原告が既に支払った振込代金を被告が返還することを請求することができるものとする(契約条項九条三項)。
(3) 原告は、平成一九年六月一二日、被告から本件車両の引渡しを受けるとともに、同月一四日、被告に対し、本件車両の振込代金六四七万〇一〇〇円を、被告「A野太郎」名義の銀行口座に振り込み支払った。
(4) 原告は、平成一九年六月一四日、フェラーリ社の日本総代理店であるコーンズ・アンド・カンパニー・リミテッドのお客様相談室に対し、本件車両の盗難情報の有無を照会したところ、本件車両は、平成八年七月二二日にイタリア共和国内において盗難された旨の登録がある車両であるという事実が新たに判明した(甲五)。
(5) 原告は、被告代理人あての平成一九年七月二三日付け「請求書」と題する内容証明郵便をもって、被告に対し、本件売買契約の解除及び錯誤に基づく本件売買契約の無効を主張し、同書面は、同月二四日に同代理人のもとに送達された。
(6) 原告は、被告に対し、上記書面により、被告から上記売買代金が返還されると同時に、原告の営業店舗である一六号沼南店(所在地 千葉県柏市《番地省略》)において本件車両を引き渡すことができる状態にある旨をも通知した(甲八)。
二 争点
(1) 本件売買契約の解除の成否
(原告の主張)
本件車両は盗難車であり、この事実は、本件売買契約の解除事由(契約条項九条一項七号)又は隠れた瑕疵(民法五七〇条)に該当するから、本件売買契約は解除されている。
(被告の主張)
盗難車を本件売買契約の解除事由とした趣旨は、盗難車であれば現利用者(売主)は所有権を有しないため、無権利者との売買契約となってしまうからである。
本件車両は、株式会社B山が輸入し、同社から株式会社C川が通関前譲渡という形で買い受け、平成八年九月一八日に通関手続を、さらに同年一〇月四日に予備検査を経て、同月二二日に、株式会社D原に売買され、陸運局において、D原社名義で新規登録がなされた。平成一〇年五月一五日、本件車両は、D原社から被告に売買され、被告が九年間以上使用した後、原告に売却されている。本件車両の所有権取得の準拠法は、本件車両が運行の用に供し得る状態にある場合にはその利用の本拠地法すなわち日本法によることになる。日本国内において最初に本件車両を買い入れて登録したD原社は、購入時においてC川社が無権利者でないと誤信し、かつこのように信じることにつき過失がなかったから、D原社は本件車両を即時取得し、完全な所有権を取得していると解される(最高裁判所平成一四年一〇月二九日第三小法廷判決参照)。
したがって、本件車両につき、盗難車という瑕疵は治癒されたことは明らかであり、本件売買契約に重大な瑕疵は存在しないから、原告の契約解除は無効である。
(2) 本件売買契約の錯誤による無効の成否
(原告の主張)
ア 本件売買契約の目的物が盗難歴のない中古自動車であることは、原告が、中古自動車の転売を目的として顧客から中古自動車の買取りを行っている中古車業者であること、本件車両も、日本国内のオートオークションに出品して他の中古車業者に売却することを目的として買い受けたものであること、被告が、本件車両が盗難車でないことを表明、保証した上で、原告に売却していること等より明らかであり、本件車両が盗難車であることが判明した以上、本件売買契約は、要素の錯誤があるから、無効である。
イ 仮に、本件車両に即時取得が成立し、所有権移転についての瑕疵が治癒された場合であっても、本件車両が盗難車であるという事実は永久に消え去らないのであり、被害者が本件車両の存在を知れば、その返還を求めてくる可能性は否定できないのであって、本件の判決如何にかかわらず、本件車両の所有者には、その訴訟に対応しなければならないという事実上の負担が生じるリスクは残っている。また、原告は、他に転売することを目的として本件車両を買い取っている以上、本件車両に関する盗難情報は売買の目的物に関するもので、価格に重大な影響を与えることになるから、単なる来歴の錯誤ではなく、要素の錯誤となることは明らかである。
ウ 本件車両については、盗難車であることを疑うような標識、目印等の痕跡等は一切存在しておらず、車体番号等についても改ざん、偽造などが施されている事実も見当たらないのであり、被告は本件車両を盗難車ではないものと表明、保証して売買したものと思料される。一般的に、日本の中古車業者が、外国における盗難届けの有無を調査確認すべき義務はないし、外国における盗難届けの有無について確認を行う慣行も確立していない。したがって、原告に重い注意義務を認める前提は欠けており、原告に錯誤についての重過失は認められない。
(被告の主張)
ア 本件車両については、平成八年一〇月には盗難車という瑕疵が即時取得により治癒されているから、原告の錯誤は、売買の対象物の来歴についての錯誤にすぎず、その等価性を基準とするならば、要素の錯誤にはならない。
イ 原告は、中古自動車のプロである中古車業者であり、売買対象車両について事前に盗難情報等を入手すべきであったところ、現実には、原告は、本件車両をオークションに出品し、これを落札した第三者からの要請により盗難情報を調査した結果、盗難の事実が判明しているのである。したがって、盗難車か否かに重大な関心をもつべき原告が、本件車両につき、簡単にかつ即座に盗難情報を入手できるにもかかわらず、事前にそのような情報入手を怠り、本件売買契約を締結したのであるから、原告には、中古車業者としての注意義務を著しく欠く重大な過失があった、というべきである。
第三争点に対する判断
一 争点2について
(1) 当事者間に争いのない事実等及び弁論の全趣旨によれば、本件売買契約は、中古自動車の売買であり、買主である原告は、中古自動車を買い取り、転売することを業としているところ、本件車両についても、原告は、転売、すなわちオークションに出品して販売するために購入したことが認められる。
ところで、中古自動車の販売においては、当該車両が盗難された車両であっても、当該売買契約時点においては、売主又はそれ以前の取得者につき既に本件車両の即時取得が成立しているとも考えられる。しかしながら、売主が現在の所有権者であると認められるとしても、盗難の被害者である当該車両の元の所有者から、当該車両の現在の占有者に対しその返還請求がされたり、その返還を求め提訴される可能性がないとはいえない。その場合には、当該車両について、盗難後、即時取得が成立しているとして、買受人が所有権の取得を主張、立証しなければならない等の負担が生じる可能性があることは否定できないから、盗難歴が何らない同種の別の車両に比して、そのリスクを見込むため市場価値が低くなることは明らかである。また、当該車両に盗難歴があると表明すると、仮に即時取得が既に成立しており、法律上の権利関係においては現在の占有者の所有、使用に法律上の問題はなくなっているとしても、盗難という犯罪にあった車両であること自体を嫌悪し、又はその関わりを避けるため、その理由のみから購入をしない者も生じ得る等、中古自動車としての性状は、盗難歴がない車とは異なる評価を受ける場合があることから、盗難歴がある車両とない車両とでは、その評価において差異が生じるものといわざるを得ない。そうである以上、当該中古自動車の盗難歴の有無は、単なる来歴にとどまらず、売買契約の対象である車両自体の性状、すなわち売買契約の要素となり得るものである。そして、本件売買契約においても、対象中古自動車が盗難車であるか否かについては、本件売買契約条項七条において、売主である被告は「契約車輌につき、その使用状況、品質、瑕疵の有無及び程度等を誠実に乙(原告)に対し報告しなければならないものとし、盗難車……等の事実がないことを甲(被告)は乙に対し、表明・保証する」と定められており、盗難歴がないことを契約の際に表明、保証し、契約の要素としていることは明らかである。
そうすると、本件売買契約は、盗難車ではないこと、すなわち盗難歴がない車両であると被告が認識した上で、それを表明、保証し、原告も被告の表明、保証を受けて同様の認識で購入したにもかかわらず、盗難歴を有する車両であったことが判明したのであるから、原告は、本件売買契約につき契約の要素に錯誤があったというべきである。
(2) 次に、被告は、原告には錯誤につき重過失があったと主張する。しかしながら、本件売買契約は、売主である被告が契約の対象車両につき盗難車ではないことを表明し、保証した上で原告に売り渡す契約であり、盗難車であることが判明した場合は、原告は契約を解除できる約定も定められているのであって、購入者である原告の側が対象車が盗難車でないか否かを調査することは想定されていないことはもちろん、その調査義務も課されていないことは明らかである。したがって、原告が、本件車両の盗難歴の有無について特段の調査をせずに本件車両を購入したとしても、それをもって重大な過失があるとはいえないことは明らかである。むしろ、本件売買契約上は、売主で、本件車両を所有していた被告が、自己の所有車が盗難車ではないことを調査、確認した上で、買主である原告に売り渡すことが想定され、その調査、確認の結果を表明、保証した上で売り渡す約定となっているのであり、調査、確認を怠り、又は十分な調査、確認をせずに、盗難車ではないことを表明、保証した売主である被告は、それに伴う不利益は当然甘受すべきであることは明らかであり、このことは、原告が中古車業者であり、被告が一般の車両保有者であったとしても、何ら左右するものではない。
二 以上によれば、本件売買契約は錯誤により無効であるから、その余の争点について判断するまでもなく、不当利得返還請求権に基づく原告の請求は、理由がある。
(裁判官 生野考司)
別紙 自動車目録《省略》