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東京地方裁判所 平成19年(ワ)23257号 判決 2009年3月24日

原告

3.1節記念在日朝鮮人中央集会実行委員会こと X

同訴訟代理人弁護士

床井茂

古川健三

金舜植

李春煕

被告

東京都

同代表者知事

石原慎太郎

同訴訟代理人弁護士

石津廣司

同指定代理人

松下博之<他2名>

主文

一  被告は原告に対し、金七〇万六五〇〇円及びこれに対する平成一九年二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の、それぞれ負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金三六一万三〇〇〇円及びこれに対する平成一九年二月二六日から支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」という。)を母国とする在日朝鮮人のための集会等(以下「本件集会等」という。)を開催するため、「3.1節記念在日朝鮮人中央集会実行委員会・代表者X」名義で、東京都が設置管理する都立日比谷公園大音楽堂(以下「日比谷音楽堂」という。)の使用を申請し、承認されていたにもかかわらず、右翼団体等の抗議などにより開催直前に一旦はその使用承認を取り消されたため(以下「本件取消処分」という。)、本件取消処分の取消しを求める行政訴訟を提起するとともに、その執行停止決定を得て本件集会等の開催にこぎ着けた原告が、違法な取消処分によってマスコミ等から暴力的集団として扱われ社会的評価が低下したなどとして、被告に対し、国家賠償法一条一項の規定に基づき、社会的評価の低下等による慰謝料二〇〇万円、行政訴訟等を提起した手数料(印紙代)一万三〇〇〇円、行政訴訟等及び本件訴訟の弁護士費用一六〇万円の合計三六一万三〇〇〇円とこれに対する平成一九年二月二六日(本件取消処分の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。

二  争いのない事実等

以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠により容易に認められる事実である。

(1)  原告Xは、在日本朝鮮人総聯合会(以下「朝鮮総聯」という。)の中央常任委員会副議長であるとともに、中央本部の同胞生活局長の地位にある者であるが、平成一九年一月二五日、被告が設置管理する日比谷音楽堂において、北朝鮮系の在日朝鮮人のための本件集会等を開催するため、「3.1節記念在日朝鮮人中央集会実行委員会」(以下「本件実行委員会」という。)の代表者として、東京都からその使用承認にかかる業務を行う者に指定されている訴外大星ビル管理・共立・日比谷アメニス共同事業体(代表者は大星ビル管理株式会社、以下「指定管理者」という。)に対し、使用目的を「記念集会及びパレード」、使用日時を「平成一九年三月三日(土曜日)九時から一六時まで」として、その使用を申し込み、同日、指定管理者から使用を承認され(以下「本件使用承認」という。)、使用料三一万六八〇〇円を支払った。

ちなみに、訴外大星ビル管理・共立・日比谷アメニス共同事業体は、地方自治法(平成一五年法律第八一号による改正後のもの)二四四条の二第三項の規定及び東京都立公園条例(平成一七年条例第九二号による改正後のもの、以下「公園条例」という。)二四条の七、八の規定等により、都市公園の管理に関する業務を行うもの(指定管理者)に指定されている。

(2)  原告は、本件集会等の参加者を五〇〇〇人程度と見込み、本件使用承認を受けて、警視庁に日比谷音楽堂付近及びパレードの警備を依頼し、平成一九年二月二日ころ、同月二二日ころ及び同月二六日に、警視庁の警備担当者とそのための打合せを行った。その際、原告は、上記警備担当者から本件集会等の七二時間前までに正式な警備要請を行うよう指導された。

(3)  ところが、平成一九年二月一九日、大日本愛国党総本部から、東京都庁の建設局公園緑地部公園課(以下「公園課」という。)及び日比谷公会堂管理事務所の指定管理者に対して、反日的な団体に都の施設を利用させるのかなどと抗議があったほか、同月二二日には、文京区小石川所在の大星ビル管理株式会社(以下「大星ビル管理」という。)の本社ビル周辺に大日本忠義社、同雄会、日本国政党、大日本国政会等の右翼団体が街宣車六台を連ねて押しかけ、「北朝鮮の日本への抗議集会に日比谷野外音楽堂を貸すな」などとマイクで連呼した上、四~五名が街宣車から下りてきて同社の本社ビル内に押し入ろうとし、続いて一〇数名がさらに街宣車から下りてきたため、これを阻止しようとする大星ビル管理の関係者と揉み合いになるなどした。

(4)  上記の右翼団体による抗議活動について連絡を受けた日比谷公会堂・大音楽堂のA館長(以下「A館長」という。)は、同年二月二二日、公園課のB課長(以下「B課長」という。)宛てに、右翼団体による抗議行動の状況等や大星ビル管理に押しかけた右翼団体が「3/3の当日は日比谷野外音楽堂と大星ビル管理の本社に突っ込むぞ。」などと発言していたことなどを報告した。他方、被告は、同日、東部公園緑地事務所のC管理係長らを朝鮮総聯中央本部会館に赴かせて、本件集会等の実行委員会の担当者と面談を行い、その際、本件集会等の計画内容の詳細について説明を受けた。

(5)  また、公園課が同月二二日から二三日にかけて、三月三日の日比谷公園の利用状況を確認したところ、原告の本件集会等だけではなく、千代田区主催のテニス大会やウォーキング大会、厚生労働省主催のウォーキング大会などが開催される予定であることや、結婚式の参列者や図書館の利用者などもあり、本件集会の参加者以外にも約三〇〇〇名程度の一般利用者が見込まれることが判明した。これらの一連の情報を前提に被告内部で協議したところ、右翼団体による日比谷公園内への突入を阻止することは容易ではなく、混乱は避けられないとの見通しに達した。

(6)  そこで、被告は、公園課を中心に検討し、公園条例一六条に「都市公園の管理に支障がある行為」(一〇号)をしてはならないとされていることや、同条例一七条において、知事は、都市公園の管理のため必要があると認めるときは都市公園の使用を制限することができるとされていることなどを前提として、同年二月二三日、東京都知事から権限の行使を委任されている建設局長の決裁を得た上で、東京都知事名で、指定管理者に対し、「集会参加者と集会反対者の間で、さらに一般の公園利用者との間で大きな混乱が危惧され、また警察の警備等によってもなお混乱が予見され、公園の管理に支障が生じると認められる」との理由で、本件使用承認を取り消すよう指示をした。指示を受けた指定管理者は、同月二六日、公園条例一六条一〇号、一八条一項に基づき、本件取消処分を行い、同日、これを原告に対して通知するとともに、本件取消処分については指定管理者を被告として処分取消しの訴えを提起することができる旨を教示した。

(7)  原告は、同月二七日、指定管理者を被告として本件取消処分の取消しを請求するとともに(東京地方裁判所平成一九年(行ウ)第一三一号施設使用許可取消処分取消請求事件、以下「行政訴訟」という。)、本件取消処分により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるとして、行政事件訴訟法二五条二項に基づき、本件取消処分につき効力の停止を求めた(東京地方裁判所平成一九年(行ク)第五三号執行停止申立事件)。

東京地方裁判所は、同月二八日午前一〇時前に本件取消処分の執行停止について判断し、本件取消処分がされたのは本件集会等の開催予定日の五日前であり、開催予定日まで三日しかないこと、参加予定者が五〇〇〇人程度と見込まれ、開催予定日までに他の適切な代替会場を確保して開催場所を変更することは事実上不可能であること、本件集会等の内容からすると、本件集会等の中止による不利益はその性質上金銭賠償によって事後に回復することが困難な性質のものであることなどから、重大な損害を避けるため緊急の必要性があると判断した上、本案事件について理由がないとみえるときに該当するとまではいえず、本件取消処分の執行停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときに該当することをうかがわせる疎明資料はないとして、行政訴訟の判決が確定するまで本件取消処分の効力を停止した。

これに対し、被告が東京高等裁判所に抗告したが(同裁判所平成一九年(行ス)第一一号執行停止決定に対する抗告事件)、同裁判所は、同年三月一日、抗告を棄却した。

(8)  本件集会等は、平成一九年三月三日に予定どおり実施された。日比谷音楽堂周辺の道路は警視庁によって交通規制がなされたが、右翼団体の街宣車が大音量で街宣活動を行い、規制を突破しようとするなどして、一部で断続的に小競り合いなどが起きたものの、日比谷音楽堂での集会そのものには大きな混乱はなく、引き続いて行われたパレード(デモ行進)においても、途中で行進の先頭にいた男性が右翼団体の男から足蹴りにされ、右翼団体の男が逮捕されるなどの事件が起きたものの、警察の規制によって大事には至らず、本件集会等を通じて大きな混乱等は生じなかった。なお、先行の行政訴訟は、本件集会等が予定どおり実施されたことから、第一回口頭弁論期日前に取り下げられた。

第三争点及び当事者の主張

一  争点一(不法行為の成否)

(原告の主張)

(1) 本件取消処分の違法性

ア 日本国憲法二一条一項、二項は、集会その他一切の表現の自由を保障する旨及び検閲をしてはならない旨を定めており、また、地方自治法二四四条二項、三項は、普通地方公共団体(指定管理者を含む。以下同じ。)は正当な理由がない限り住民が公の施設を利用することを拒んではならず、住民が公の施設を利用することにつき不当な差別的取扱いをしてはならない旨を定めている。

イ 本件取消処分は、本件集会等の実質的な主催者が朝鮮総聯であることに着目した公の施設の利用拒否であるから、地方自治法二四四条二項、三項が禁止している不当な差別的取扱であり、また、本件集会等を妨害ないし阻止する目的で行われたものであるから、憲法二一条一項、二項が禁止している検閲ないし事前抑制に該当するものである。

ウ また、被告は、表現の自由が侵害されようとしている場合、これを防止して表現の自由を守るべき義務があるにもかかわらず、原告による日比谷音楽堂の使用承認を取り消して、積極的に集会の自由の妨害に加担した。

エ したがって、本件取消処分は、原告の集会の自由を侵害するものとして違法である。

(2) 故意・過失の存在

被告は、次のとおり、原告の集会を妨害ないし阻止する目的で、本件取消処分を行ったものと評価すべきであり、仮に、そうでないとしても、過失があることは明らかである。

ア 前記の右翼団体によって平成一九年二月一九日になされた抗議は、日比谷公会堂管理事務所においても、都庁の公園課においても、口頭で平穏に行われたものであり、警備員らに咎められたりすることもなかった。その際、右翼団体関係者から被告に対して「会場に突っ込む」という発言はなされていない。本件集会等当日に右翼団体が本件集会等に対して熾烈な抗議行動を行う具体的な可能性や、集会参加者及び公園利用者の生命・身体への危害が生じ得る具体的な危険性はなかった。

イ 指定管理者から被告に対して本件使用承認の取扱いについて照会が行われたのは、平成一九年二月二二日午後六時のことであり、本件使用承認を取り消すとの決定が行われたのは同月二三日午後一時から二時までの間である。被告は、本件取消処分に至るまで、原告による本件集会等を安全に実施させるために警察と協議をしたり、警察に対して警備を要請したことは一度もなく、ごくわずかの時間内に本件使用承認を取り消すとの決定を行っており、慎重な考慮を払った形跡は全くない。

ウ 被告の石原慎太郎都知事(以下「石原知事」という。)は、平成一九年四月八日の都知事選挙において三選を果たし、現在まで九年以上にわたって東京都知事の地位にあり、被告内部における影響力は極めて大きいものがあるところ、従来から、外国人に対する差別発言を繰り返し、朝鮮総聯に対する固定資産税の減免撤回を行うなど、徹底した排外主義の姿勢を取っていることは周知の事実である。

エ 右翼団体からの抗議の内容は、政府は北朝鮮に対する経済制裁を実施中であり、石原知事も拉致問題などのほか北朝鮮を批判している中で、政府に反対する反日外国人集会に被告は施設を使用させるのか、北朝鮮に対する状況をわかっていながらどうして日比谷音楽堂を使用させるのか、拉致家族のことを考えたら貸せないだろう等というものであった。上記抗議の内容は、はからずも被告の真意を表したものであり、被告は、本件集会等をそのまま実施させることは反日外国人集会に手を貸すもので、政府の対北朝鮮政策や石原知事の意向にそぐわないものであると認識していたため、右翼団体の抗議を奇貨として、指定管理者に対して本件使用承認の取消しを命じて、これを取り消させたものである。

オ 仮に、被告において原告による本件集会等を妨害しようとする明確な意図がなかったとしても、右翼団体の暴力等により原告の表現の自由や集会の自由が侵害されようとしているのであるから、被告は、警察関係者や関係機関と協議し、連携をとってこれを防止し、表現の自由を守るべき義務があったことは明らかである。それにもかかわらず、被告は、安易に公園管理に著しい支障が生じると判断して本件使用承認を取り消したものであり、過失があることは明らかである。

(被告の主張)

(1) 本件取消処分の適法性

ア 前記のとおり、公園条例一六条は、「都市公園の管理に支障がある行為」(一〇号)をしてはならないと規定しており、同条例一七条は、知事は都市公園の管理のため必要があると認めるときは都市公園の使用を制限することができるとされているところ、本件では、平成一九年二月一九日以降、右翼団体から公園課や指定管理者に対して原告に日比谷公園音楽堂を使用させるなと抗議があり、指定管理者の代表者である大星ビル管理の本社にも複数の右翼団体による街宣活動がなされ、「三月三日の当日は日比谷大音楽堂と大星ビル管理の本社に突っ込む。」などの発言がなされた上、複数の抗議の電話もあって、本件集会等の目的に反対する右翼団体がこれを実力で阻止し、妨害するおそれが存在した。

イ また、前記のとおり、二月二三日当時、三月三日当日には日比谷公園内で原告の本件集会(参加予定者約五〇〇〇人)以外にも複数のイベントが予定されており、一般の利用者も約三〇〇〇人に上ることが予測されていたところ、日比谷音楽堂は野外の施設であり、仮に、右翼団体関係者が日比谷公園内に突入して本件集会等を実力で阻止しようとした場合には、本件集会参加者と集会反対者との間で、さらには一般の公園利用者との間で、大きな混乱が生じて、本件集会等への参加者だけではなく、一般の公園利用者の生命、身体に対しても危害が及ぶおそれがあった。

ウ このように、本件では、三月三日に原告による日比谷音楽堂の使用をそのまま許すならば、警察の警備等によっても日比谷公園の管理に支障が生じるおそれがあった。そこで、被告は、そのような事態を回避するため、同条例一六条、一八条一項により、指定管理者に対して、本件使用承認を取り消すよう指示をしたものであって、取り消すについて特別の事情が認められたから、「正当な理由」が存在していたことは明らかであり、何ら違法なものではない。

(2) 国家賠償法上の違法性の不存在

ア 国家賠償法一条一項にいう「違法」とは、公務員が職務上行った行為が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したことをいい、公務員によって公権力の行使として行われた行為が国家賠償法上も違法となるのは、あくまでも当該公務員の行為がその職務上の法的義務に違反して行われた場合に限られる。そうであるならば、公務員が職務上行った行為が結果的に公権力の発動要件を欠いていて違法であったとしても、個々の国民に対する職務上の法的義務に違反していなければ、国家賠償法上の違法とはいえない。

イ 本件において、被告の職員は、前記のとおり、指定管理者からの報告や右翼団体関係者による被告への直接の抗議だけではなく、原告側の朝鮮総聯にも出向いて関係者から本件集会等の計画内容を聞取り調査するとともに、当日の日比谷公園の利用状況や北朝鮮関連の事件を調査するなどの資料収集活動を行っている。また、過去の報道等によれば、北朝鮮の関連施設から発火物が発見されたり、銃弾が撃ち込まれた事件や児童及び生徒に対する脅迫、暴言、暴行事件が発生しており、平成一八年には、人の指や脅迫文を送る事件も発生していた。

ウ このような状況において、被告の建設局長や公園課長をはじめとする被告の担当者は、平成一九年二月二三日当時、それまでに収集した資料に基づき、日比谷音楽堂で原告の本件集会等を開催させた場合には、右翼系団体による激しい実力行使が予想され、本件集会等への参加者だけではなく一般の公園利用者の生命や身体に危害が生じる具体的なおそれがあることが明らかであると判断して、指定管理者に対し本件取消処分を命じたものであり、その判断は合理的なものであるから、法的義務違反はないというべきである。

エ また、実際に本件使用承認を取り消した指定管理者においても、右翼団体関係者から抗議や街宣活動を受けるなどしている上、本件取消処分に先立ち、被告に対して原告による日比谷音楽堂の使用承認につき照会し、被告の指示を受けて本件取消処分を行っており、何ら法的義務違反はない。

オ したがって、本件では、被告及び指定管理者には国家賠償法上の違法行為は存在しないというべきである。

(3) 故意・過失の不存在

ア 前記のとおり、本件集会等に対しては、右翼団体から被告及び指定管理者に対して原告による本件集会等を妨害するために暴力的な実力行使に及ぶ旨の抗議がなされていたため、被告は、本件集会等の参加者や一般の公園利用者の安全を第一に考えて本件取消処分を決定したものであり、何らかの政治的判断によって本件集会等を妨害しようとしたものではない。

イ 被告は、都立公園の管理者として、公園内の所定の場所での集会の自由を保障するとともに、本件集会等の参加者や一般の公園利用者に対して、その生命や身体に危害が及ぶことのないようにする法的義務を負っているものであり、右翼団体による妨害行為の可能性がある場合には警察の警備を要請することが可能ではあるが、警察による警備は日比谷公園の外周部分が中心であり、日比谷公園内部の警備は、主に公園管理者である指定管理者や被告において行わなければならない。

ウ 本件では、前記のとおり、右翼団体によって指定管理者や被告に対する抗議や街宣活動がなされ、右翼団体の者らが指定管理者である大星ビル管理の本社に突入しようとしただけではなく、「三月三日の当日は日比谷大音楽堂と大星ビル管理の本社に突っ込む。」などの発言がなされ、本件集会等を実力で妨害するおそれがあった。そして、右翼団体による激しい暴力的な妨害行使が行われた場合、本件集会等の参加者だけではなく、一般の公園利用者の生命、身体について危害が発生することが具体的に予見され、被告の職員や指定管理者では防止できないことが明らかであった。

エ したがって、仮に、被告及び指定管理者がした本件取消処分に至る判断が結果的に誤りであったとしても、相当の理由があったのであるから、被告や指定管理者には何ら過失はなかったというべきである。

二  争点二(損害額等)

(原告の主張)

(1) 被告が、右翼団体との混乱が予想されるとの理由で本件取消処分を行い、そのことが広く報道されたため、社会一般に対し、あたかも原告が右翼団体と抗争する暴力的組織であるかのような印象を与えた。その結果、原告に対する社会的評価は著しく低下した。この社会的評価の低下による損害を金銭的に評価すれば二〇〇万円を下ることはない。仮に、社会的評価の低下が認められないとしても、原告に代表される本件実行委員会の関係者一同は、本件取消処分によって本件集会等を開催できないのではないかとの著しい精神的苦痛を受けた。

(2) 原告は、本件取消処分の取消しを求める行政訴訟を提起するため、印紙代一万三〇〇〇円の支出を余儀なくされたほか、緊急に本件取消処分の効力の停止を求める申立てをすることが必要となり、そのために弁護士を依頼し、その報酬として六〇万円の費用を支出した。さらに、原告は、原告に生じた損害の賠償を求めるため本件訴訟の提起及び追行を余儀なくされており、そのために必要な弁護士費用としては一〇〇万円が相当である。

(3) したがって、原告は、被告に対し、上記合計三六一万三〇〇〇円及びこれに対する不法行為の日である平成一九年二月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

(1) すべて争う。

(2) 被告は本件取消処分を命じたものの、その理由は、「集会参加者と集会反対者の間で、さらに一般の公園利用者との間で大きな混乱が予見され、また警察の警備等によってもなお混乱が予見され、公園の管理に支障が生じると認められる」というものであり、原告が右翼団体と抗争する暴力的組織であるなどと述べたことはない。

(3) 原告主張の行政訴訟は、第一回期日前に取り下げられており、民事訴訟費用等に関する法律九条三項一号により納付した手数料の二分の一の額の還付を受けることができるから、その分は減額されるべきである。

第四当裁判所の判断

一  争点一(不法行為の成否)について

(1)  前提となる事実

まず、本件において、平成一九年一月二五日に原告が「3.1節記念在日朝鮮人中央集会実行委員会」の代表者として、都立の施設である日比谷音楽堂の使用承認を担当している指定管理者に対し、記念集会及びパレードの目的で、平成一九年三月三日(土曜日)九時から一六時まで日比谷音楽堂の使用を申し込み、同日、指定管理者から使用承認を受け、使用料三一万六八〇〇円を支払った後、警視庁等に当日の音楽堂付近及びパレードの警備を依頼するなど準備を整えていたところ、同月一九日及び同月二二日に右翼団体等から日比谷公会堂管理事務所や公園課や指定管理者を代表する大星ビル管理に対して抗議活動がなされたことなどから、同月二三日には被告が指定管理者に対して、「集会参加者と集会反対者の間で、さらに一般の公園利用者との間で大きな混乱が予見され、また警察の警備等によってもなお混乱が予見され、公園の管理に支障が生じると認められる」として、本件使用承認を取り消すよう指示し、指定管理者は同月二六日に原告に対して本件取消処分を行ったこと、原告は、翌二七日、東京地方裁判所に対し、指定管理者を被告として本件取消処分の取消しを求める先行行政訴訟を提起するとともに、行政事件訴訟法二五条二項に基づき本件取消処分の効力の停止を求めたところ、翌二八日、同裁判所は原告の申立てを認めて本件取消処分の執行を停止し、被告が抗告したものの、東京高等裁判所は同年三月一日に抗告を棄却したため、本件取消処分の効力は停止され、同月三日に本件集会等が実施されたことは、いずれも前記のとおりである。

(2)  本件取消処分の違法性

そこで、最初の問題は、被告が指定管理者に命じてした原告による日比谷音楽堂の使用承認を取り消したことが、違法なものか否かである。

ア 原告が本件集会等のために使用しようとした日比谷音楽堂は、都立の都市公園施設であり、地方自治法二四四条にいう「公の施設」に当たるところ、同条二項、三項は、普通地方公共団体(指定管理者を含む。)は正当な理由がない限り住民が公の施設を利用することを拒んではならず、住民が公の施設を利用することにつき不当な差別的取扱いをしてはならない旨を定めており、また、被告の公園条例一六条一〇号は、都市公園内では「管理に支障がある行為」をしてはならないとし、公園条例一七条は、「都市公園の管理のため必要があると認めるときは、都立公園の使用を制限することができる」と定めている。

イ このように、被告においては、公園条例において、「都立公園の管理のため必要があると認めるとき」には、その使用を制限することができるとされているのであるが、前記の不当な差別的取扱いを禁じた地方自治法の趣旨に照らし考えるならば、ここに「管理のため必要があると認めるとき」とは、被告や指定管理者において主観的にその必要があると認めただけではなく、客観的に、その使用の目的や必要性、使用の態様などに照らした上で、これを認めた場合に生じる可能性がある公園管理上の支障の具体的な内容や程度、そのような支障を回避する方法の有無やその実現可能性の難易等の諸事情を総合的に勘案して、その使用を禁止するしか適切な方法がないような場合に限られるというべきである。

ウ 上記のような観点から本件について検討すると、原告は、日比谷公園音楽堂において、北朝鮮に対する日本国の政策や姿勢を批判する集会を行い、引き続いてデモ行進等を実施しようとしていたものではあるが、原告ら集会の参加者は、そのような集会やデモ行進等によって平穏に自らの意見や立場を表明しようとしているものであって、そのような集会やデモ行進等を平穏に行うことは、わが国の憲法が等しく認めて保障しているところであるから、日比谷公園音楽堂という公の施設を管理する被告及び指定管理者は、わが国の憲法が保障する集会の自由や表現の自由等について不当な制限につながることがないよう、当該施設の種類や規模、構造や設備等をも勘案した上、公の施設としての使命を十分達成することができるよう、万全の注意を尽くして、これを保障することができるか否かを慎重に検討し判断すべき法的義務があったというべきである。

エ しかも、多様な価値観を認める民主主義の下では、一定の政治的意見や立場を表明しようとする場合に、これに反対する意見や立場を表明する者が存在することは当然に想定されているところであり、それぞれの立場や意見を有する者は、暴力に訴えることなく、言論の場で平和的に意見を交換することが求められている。それにもかかわらず、現実には、一定の政治的意見や立場を有する者が憲法の保障する集会等によってこれを表明しようとする場合に、これに反対する意見や立場を有する者がときに暴力に訴えてこれを阻止しようとすることもないわけではないが、そのような暴力的手段によることは到底許されるところではない。民主主義の下では、まずは、そのような暴力によって集会等を妨害しようとする者を規制し、これを阻止すべきであって、平穏に集会を開催しようとする者の行為を規制し禁止しようとするのは、本末転倒といわなければならない。

オ 本件において、被告は、結果的に、原告らの集会が開催される直前になって、代替施設の確保も容易ではない状況の下で、本件集会等のために日比谷音楽堂を利用させると、これに反対する右翼団体等の暴力的な抗議活動によって公園の利用や管理に混乱が生じる可能性があるとして、本件集会等を禁止しようとしたことになるが、そのようなことは、地方自治体が右翼団体の威嚇に屈して民主主義の根幹を否定するに等しいものであって、原則として許されないというべきである。本件のように、一旦は与えた公的施設の使用承認をその直前になって取り消すようなことは、警察や関係機関による規制や警備等を実施しても、一定規模以上の混乱が生じ、本件集会等の参加者のみならず、一般の公園利用者の生命、身体等にも危険が及ぶ可能性が具体的に予想され、これらの者の生命、身体等の安全を確保するためには使用承認を取り消すしか適切な方法がないような極めて例外的な場合でない限り、許されないというべきである。

カ 上記のところを前提として、本件について、本件集会等の参加者のみならず、一般の公園利用者の生命、身体等の安全を確保するためには本件使用承認を取り消すしか適切な方法がなかったか否かについて、検討する。

(ア) 被告及び指定管理者が本件取消処分を行った主たる理由は、右翼団体等による抗議活動によって混乱が生じる可能性があったということであり、平成一九年二月一九日に大日本愛国党総本部を名乗る者二名が日比谷公会堂管理事務所でA館長らと面談し、口頭で、「国(政府)に反する反日外国人集会に東京都は施設を使用させるのか。」、「オウム真理教に対しては使用させないだろうし、過去に白装束集団に対しても日比谷公会堂(都)は使用させなかったという前例がある。」、「申込内容と実際に行う内容が相違する場合は使用させないのではないか。」、「今、我々が申し上げたことを勘案し、使用承認の可否につき、判断してもらいたい。」などと抗議したことや、同日、同じく大日本愛国党総本部を名乗る者が都庁の公園課を訪れて同様の抗議を行ったことが認められるものの、特に暴力的に行われたというわけではない。

(イ) また、平成一九年二月二二日には、大日本忠義社、同雄会、日本国政党及び大日本国誠会によって構成される「草莽崛起の会」を名乗る二十数名の者が街宣車六台に乗って東京都文京区小石川所在の大星ビル管理の本社ビル周辺を巡回し、同日午後三時二五分ころから同日午後三時三〇分ころまでの間、「大星ビル管理は3/3北朝鮮の日本への抗議集会に日比谷野外音楽堂を貸すな」などと大音量で連呼し、同日午後三時三〇分ころ、街宣車から下りてきた四~五名の者が同ビル正面玄関から同ビル内部に突入しようとして、これを阻止しようとした同社の担当者や富坂警察署員らと揉み合いになったほか、引き続いて下りてきた十数名の者たちと正面玄関前でにらみ合い、右翼団体の者らは、「社長を出せ。出てこないのなら社長の自宅へ行くぞ。」、「拉致家族のことを考えたら、貸せないだろう。」、「大星ビル管理は国賊だ。」、「早く撤回しろ。」、「そうしないと3/3の当日は日比谷野外音楽堂と大星ビル管理の本社に突っ込むぞ。」などと大声で叫んだりしたが、同日午後三時四五分ころに立ち去ったことが認められる。

(ウ) このように、右翼団体の者らによる抗議活動があり、一部の者は、「3/3の当日は日比谷野外音楽堂と大星ビル管理の本社に突っ込むぞ。」などと発言していたことが認められるものの、これらの抗議行動に参加していた者は街宣車に乗ったままの者をも含めてもせいぜい二十数名程度で、その一部の者が大星ビル管理の本社に突入しようとしたものの、大星ビル管理の職員と所轄署の警察官だけでこれを防止することができたものであるから、それほど大規模な抗議行動がなされたというわけではない。

(エ) もちろん、事前の抗議活動と当日の抗議活動が同程度のものであるとは限らず、当日の抗議活動がより大規模なものになる可能性があることは十分に考えておかなければならないところではあるが、前記のとおり、そのような暴力的な抗議活動は違法なものであるから、これに対応できるだけの十分な規制や警備態勢を取ることがまず検討されるべきところ、警視庁には公安関係の部署や機動隊なども設置されており、そのような事態にも十分対応することができるだけの警備能力等を有することは公知の事実であるから、被告において、関係機関や警視庁等と事前に連絡をとり、十分に意見を交換し調整を図って規制や警備等の準備をしておけば、仮に、そのような右翼団体等による抗議活動がなされたとしても、集会参加者や一般の公園利用者の生命・身体が危険にさらされる危険性は低いものとの判断に至ることができたというべきである。

(オ) 現に、前記のとおり、本件集会等の当日は、被告や指定管理者において担当部署の職員を動員したりガードマンを依頼して警戒に当たったほか、日比谷音楽堂周辺の道路は警視庁によって交通規制や警備等が実施されたものの、右翼団体の街宣車が大音量で街宣活動を行ったり、警察の規制を突破しようとするなどして、一部で断続的に小競り合いなどが生じたが、日比谷公園内に右翼団体の者らが乱入して本件集会等の参加者や一般の公園利用者に危害が及んだり混乱が生じたりすることはなく、また、日比谷音楽堂での本件集会に引き続き行われたデモ行進の途中に、右翼団体の男が行進の先頭にいた男性に対して足蹴りをするなどして逮捕されたものの、大事には至らず、それ以上の混乱は生じなかったものである。

キ このように、本件では、被告や指定管理者において事前に警察や関係機関と連絡をとり、調整を図って、必要な規制や警戒や警備等の準備をしておけば、仮に、右翼団体等による抗議活動がなされたとしても、集会参加者や一般の公園利用者の生命・身体が危険にさらされる可能性が低いものであったことは明らかであるところ、被告や指定管理者は、本件取消処分に至るまで、警察との協議等をしておらず、警備要請もしていなかったことを自認しているところである。また、指定管理者から被告に対して本件使用承認の取扱いについて照会が行われたのは平成一九年二月二二日午後六時であるのに対して、被告から指定管理者に対して本件使用承認を取り消すよう指示されたのは同月二三日午後三時ころまでの間であることが認められるのであって、この間、被告は、公園管理上の混乱が発生することを憂慮するあまり、本件使用承認を取り消した場合に原告側に生じる不利益や、暴力的な威嚇によって民主主義の根幹が脅かされるという弊害等について慎重な考慮を尽くしたことを認めるに足りる証拠はない。

ク 以上のところから明らかなように、本件においては、原告を代表者とする本件実行委員会が申請した本件集会等に対して右翼団体から抗議行動があり、被告において、集会当日の日比谷公園周辺において一定の混乱が生じるであろうと予測したことに全く理由がなかったわけではないものの、日本国憲法及び地方自治法の下で、被告は、地方公共団体としてその公の施設である日比谷公園及び日比谷公園音楽堂の使用について、不当な差別的取扱いをしてはならないのであり、また、都知事、建設局長はもとより、所管課長以下のそれぞれの担当者(以下「被告の担当者ら」という。)は、憲法等に基づくわが国の法秩序を尊重し擁護する義務を負う者として、暴力をもって本件集会等を妨害しようとする者に屈するのではなく、妨害を排除して少数者の権利を保障することができるよう可能な限りの努力を尽くすべき職務上の義務を負っていることは明らかである。それにもかかわらず、被告の担当者らは、これまでに認定、説示したとおり、右翼団体の者による抗議活動によって日比谷公園の利用や管理に生じるであろう混乱を心配するあまり、上記のような地方自治体やその公務員に対して求められている立場について慎重かつ十分な検討をすることなく、本件取消処分をするよう指示するに至ったものであって、そのような判断は、日本国憲法や地方自治法や公園条例の趣旨に反するものであり、職務上の義務に違反するものであることが明らかであるから、違法なものといわなければならない。

ケ なお、被告は、仮に、本件取消処分が違法であったとしても、そのことが直ちに国家賠償法上も違法となるものではないと主張しているが、前記認定、説示のとおり、本件における被告の担当者らの行為が国家賠償法上も違法なものであることは明らかである。

(3)  被告の故意・過失について

ア 故意の有無

(ア) 原告は、被告の石原知事がこれまでに外国人に対する差別発言を繰り返し、朝鮮総聯に対する固定資産税の減免を撤回するなど徹底した排外主義の姿勢を取っていることや、被告の公園課長等の担当者が慎重な検討をしないで本件使用承認を取り消すよう決定したことなどから、被告には原告の本件集会等を妨害する故意があったと主張している。

(イ) しかしながら、本件においては、前記認定の経過のとおり、日比谷公園管理事務所等に対する右翼団体の抗議を受けて、公園課を中心として検討され、最終的には、知事から権限が委任されている建設局長の決裁によって、指定管理者に対する本件取消処分の指示が行われたことが認められるのであって、そもそも石原知事の意向で本件取消処分がなされたという事実を認めることができない。また、本件に顕れている一切の証拠によっても、公園課等の被告の職員や指定管理者の職員等において、本件集会等を不当に妨害しようとしたことを窺わせる客観的証拠は見あたらない。平成一九年一月二五日に原告に対して本件使用承認をした後、同年二月一九日に右翼団体の者による抗議がなされるまでの間、被告や指定管理者において本件使用承認を取り消したりしていないことは明らかであるところ、仮に、被告や指定管理者の職員等が本件集会等を故意に妨害する目的をもっていたならば、そもそも原告からの使用承認の申請があったとしても、直ちに使用を承認したりせず、そのまま引き延ばしを図ることや、使用承認を与えたとしても、直ちにこれを取り消すことなどして妨害することも可能であったと考えられるところ、本件において、そのような妨害行為等がなされたことはない。

(ウ) したがって、いずれにしても、被告の職員らにおいて本件集会等を妨害するために本件使用承認を取り消したものという原告の主張はその前提を欠くものであり、採用することができない。

イ 過失の存否

(ア) 被告や指定管理者の職員等において、本件取消処分をするに際して本件集会等を妨害しようとの故意が認められないことは、上記のとおりであるが、他方において、被告の公園課長らの担当者が、本件取消処分に至るまでの間に、警察関係者と右翼団体等による妨害活動に対する対応を協議したり、関係機関との調整や警備要請等を全く行っていないことも事実であるから、この点については、過失が問題になることは当然のことである。

(イ) 本件においては、前記認定のとおり、本件集会等に対して右翼団体から抗議行動があり、被告において、集会当日の日比谷公園周辺において一定の混乱が生じるであろうと予測したこと自体はもっともなところではあるが、被告及び被告の担当者らは、日本国憲法及び地方自治法の下で、暴力をもって本件集会等を妨害しようとする者に屈するのではなく、妨害を排除して少数者の権利を保障するようできる限りの努力を尽くすべき職務上の義務を負っている者として、事前に警察や関係機関と連絡をとり、十分な調整を図って、必要な規制や警備、警戒等の準備をした上で、なお、それでも予測される右翼団体等による抗議活動によって集会参加者や一般の公園利用者の生命・身体が危険にさらされる具体的な危険性があるか否かを慎重に検討した上で判断に至るべきところであるのに、前記認定のとおり、右翼団体の者による抗議活動によって生じるであろう混乱を回避しようとして、上記のような慎重かつ十分な検討を経ることなく、指定管理者に対して本件取消処分を指示し、指定管理者において本件取消処分をしたものと認められる。

(ウ) これらの認定、説示によれば、被告の職員らにおいて、その職務を行うにつき、慎重かつ十分な検討がなされておらず、職務上の注意義務に違反したことにつき過失が認められることは明らかである。これに反する被告の主張を採用することはできない。

二  争点二(損害額等)について

(1)  社会的評価の低下による損害

ア まず、原告は、本件取消処分によって、一般社会に対し、本件実行委員会ひいてはその母体である朝鮮総聯が右翼団体と抗争する暴力的組織であるかのような印象を与えて、本件実行委員会や朝鮮総聯の社会的評価を低下させたと主張している。

イ しかしながら、被告が指定管理者に対して本件使用承認を取り消すよう指示した理由は、これまでにも触れたように、「集会参加者と集会反対者の間で、さらに一般の公園利用者との間で大きな混乱が予見され、また警察の警備等によってもなお混乱が危惧され、公園の管理に支障が生じると認められる」というものであり、また、指定管理者が原告に対して交付した取消通知においても、取消の理由は同一であって、原告や本件実行委員会や朝鮮総聯が右翼団体と抗争する暴力的な組織であるなどとは、全く記載されていない。しかも、本件取消処分やその執行停止を報じた新聞記事においても、原告や本件実行委員会や朝鮮総聯が右翼団体と抗争する暴力的な組織であるなどとする内容は全く記載されていない。

ウ したがって、本件取消処分によって原告や本件実行委員会ひいては朝鮮総聯の社会的評価が低下したとの事実を認めるに足りる証拠はないから、原告のこの点の主張を採用することはできない。

(2)  行政訴訟及び執行停止事件の印紙代と弁護士費用

ア まず、行政訴訟及び執行停止事件において原告が納付した手数料(印紙代)について検討する。

(ア) 原告が本件取消処分の取消しを求める行政訴訟を提起するための訴訟費用等として一万三〇〇〇円の印紙を貼付し、同額の費用を支出したことは、弁論の全趣旨により、これを認めることができる。もちろん、この印紙代は、前記認定のとおり、被告及び指定管理者による違法な処分によって損なわれようとした原告(本件実行委員会)の権利を回復するために必要なものであったことは明らかであるから、本件取消処分によって生じた損害と認めるのが相当である。

(イ) もっとも、先行の行政訴訟が、執行停止の決定を受けて本件集会等が予定どおり実施されたことに伴い、第一回口頭弁論期日の前に取り下げられたことも、弁論の全趣旨により、これを認めることができる。ところで、訴訟がその第一回口頭弁論期日の前に取り下げられた場合には、民事訴訟費用等に関する法律九条三項一号により、納付した手数料の二分の一の額の還付を受けることができるものとされているから、原告が被告に対して手数料として納付した額の賠償を求める場合には、その還付を受けられたはずの額を控除した残額についてのみ、請求することができるというべきである。

(ウ) そうすると、原告が上記手数料として納付した額は一万三〇〇〇円であるから、原告は、被告に対して、その二分の一を控除した残額である六五〇〇円について返還を求めることができるというべきである。

イ 次に、先行の行政訴訟及び執行停止事件の追行を依頼した弁護士に支払った費用について検討する。

(ア) 《証拠省略》(領収証)によれば、原告が、朝鮮総聯中央本部として、先行の行政訴訟及び執行停止事件の追行を依頼した古川健三弁護士に対して、着手金及び報酬として合計六〇万円を支払ったことが認められる。

(イ) ところで、前記のとおり、三月三日当日には、日比谷公園周辺では警視庁による交通規制や警備がなされていたにもかかわらず、右翼団体による激しい街宣活動が行われたり、デモ行進の際は一部逮捕者が出たことも事実であり、被告の心配した事態はあながち理由のないことではなかったということができる。しかしながら、仮に、そのような右翼団体の抗議があったとしても、そのような暴力による抗議や脅迫に屈して地方公共団体である被告が本件使用承認を取り消すということは、前記説示のとおり、わが国の民主主義の下で本末転倒の対応といわざるを得ないものであって、特段の事情がない限り許されるべきことではないところ、本件においては、そのような特段の事情が存在することを認めるに足りる証拠はない。

(ウ) そうすると、原告が、その取消しを求めて先行の行政訴訟を提起し、それとともにその効力の停止を求めて執行停止決定を得たことは、いわば民主主義の下で保障されている当然の権利を回復したと評価することができるのであって、その追行のために要した弁護士費用は、相当の範囲内において、本件取消処分によって生じた損害として、被告に対し賠償を求めることができるというべきである。そして、前記認定の諸事実に加えて、権利侵害の重大性や救済の緊急性等のほか、執行停止の審理に要した期間は抗告審を含めて三日間であったことなどの点をも総合的に勘案すると、本件取消処分に対する執行停止決定等を得るための弁護士費用の額としては四〇万円を認めるのが相当である。

(3)  本件取消処分から本件執行停止までの間の慰謝料

ア また、原告(本件実行委員会)は、本件取消処分により、その執行停止の申立て等を余儀なくされ、その間、原告本人だけではなく、本件実行委員会の関係者一同が、執行停止が認められない場合に備えて代替会場の検討をしたり、関係者への連絡をとるなど、ほぼ不眠不休の状態で本件集会等を円滑に実施するための準備に忙殺されたとして、慰謝料の支払を求めている。

イ この点について、原告の陳述書、本件使用申請の際に担当者として名前が記載されているDの陳述書、原告本人尋問によれば、本件実行委員会の関係者一同は、平成一九年二月二六日に指定管理者から本件使用承認を取り消す旨の通知を受け取った後、直ちに弁護士に相談し、本件取消処分の取消しを求める行政訴訟を提起するとともに、その執行停止を求めることとした上、翌二七日には行政訴訟を提起するとともに執行停止を申し立てたこと、これと平行して、万一、執行停止が認められない場合に集会を開催できるような代替施設の有無を確認したり、変更や中止の可能性があることを全国の関係者らに連絡したり、これらに伴う様々な細かな手続を処理することに忙殺されたこと、そして、同月二八日午前一〇時前には東京地方裁判所から執行停止の決定が出たため、ひとまず安心したところ、被告がこれに対して抗告したため、再び万一の場合に備えて準備を続行せざるを得なかったことなどの事実が認められるのであって、抗告の翌日である同年三月一日に東京高等裁判所の抗告を棄却する旨の決定がなされるまで、関係者一同が十分な睡眠も取れず、精神的な重圧を感じていたものと認めることができる。

ウ もっとも、前記のとおり、三月三日の集会当日には、日比谷公園周辺では警視庁による交通規制や警備がなされていたにもかかわらず、右翼団体による激しい街宣活動が行われ、また、デモ行進の際には逮捕者が出たことも事実であるから、被告の担当者らが予想した混乱は全く理由のないものではなかったと認められるものの、原告を代表とする本件実行委員会の関係者は、平成一九年二月二六日に本件取消処分がなされてから、同年三月一日に東京高等裁判所の決定によって本件取消処分の執行停止が確定するまでの間、著しい不安や精神的重圧を感じていたことは明らかであり、そのような精神的な苦痛は、損害賠償の対象になるというべきである。

エ 上記認定のとおり、本件においては、本件取消処分がなされた二日後にはその執行を停止する旨の東京地方裁判所の決定がなされ、さらにその翌日には東京高等裁判所の決定によって抗告が棄却されたものであり、その期間は三日間にとどまったことをも考慮すると、本件実行委員会の関係者を代表する原告に対して認めるべき慰謝料の額は、一日につき五万円として合計一五万円とするのが相当である。

(4)  本件請求のための弁護士費用

ア 原告は、先行行政訴訟等のために必要な弁護士費用の他、本件請求をするための弁護士費用として一〇〇万円を請求している。

イ そこで、この点について検討するに、上記のとおり、先行の行政訴訟及び執行停止事件等を提起するために要した印紙代については六五〇〇円の範囲で、その追行を依頼した弁護士に支払った費用としては四〇万円の限度で、また、本件取消処分から上記執行停止までの間の慰謝料としては一五万円の限度で、それぞれ認めるのが相当であって、その合計額は五五万六五〇〇円である。

ウ そして、前記認定の事実のほか、その主要な争点である本件取消処分の違法性については既に執行停止事件において裁判所の一応の判断が示されていることや、本件で原告に認めるべき慰謝料の額は一五万円が相当であることなどの事実をも総合的に考慮すれば、本件訴訟を追行するために依頼した弁護士に支払うべき費用のうち被告に負担させるのが相当な額は、一五万円と認められる。

(5)  上記のとおり、本件において原告に認容すべき損害額は、上記(2)ないし(4)に記載のとおり、合計七〇万六五〇〇円である。また、原告は、この合計額につき、不法行為の日である平成一九年二月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

三  仮執行の宣言について

このように、本件につき原告に対して認めるべき損害賠償の額は上記のとおりであって、通常であれば、これに仮執行の宣言を付するところではあるが、本件においては、一件記録を精査しても、原告について特に仮執行を認めなければならない緊急の必要性を認めるに足りる証拠はないのに対して、被告は東京都であり、本判決が確定すれば支払を命じられた金額を任意に支払うことは明らかである上、原告によって東京都の出先機関などに保管中の現金が仮執行で差し押さえられるような事態は回避されるべきであるから、本件においては、仮執行の宣言は付さないこととする。

四  結論

以上の次第で、原告の本件請求は、上記二に記載した限度で理由があるから、その限度で認容し、その余は理由がないから棄却することとして、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文を適用した上、仮執行の宣言についてはこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 須藤典明 裁判官 髙橋伸幸 河野一郎)

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