東京地方裁判所 平成19年(刑わ)4053号 判決 2010年5月11日
主文
被告人甲山一郎を禁錮1年6月に,被告人乙川二郎を禁錮1年に処する。
この裁判が確定した日から,被告人両名に対し,それぞれ3年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用のうち,証人H,同F,同E1,同A1,同G,同A2,同戊原花子,同W2,同W4,同W3,同J,同W8,同L,同C,同W12,同D,同W13,同W14及び同Iに支給した分は,その2分の1ずつを各被告人の負担とし,証人W1に支給した分は被告人乙川二郎の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
1 被告人甲山一郎は,昭和56年3月11日から平成19年1月31日までの間,名古屋市瑞穂区桃園町<番地略>に本店を置き,ガス器具並びに各種機械器具の製造等を目的とするパロマ工業株式会社(以下「パロマ工業」という。)の代表取締役社長,及び同所に本店を置き,ガス器具並びに各種機械器具の販売等を目的とし,パロマ工業と実質的に一体の会社である株式会社パロマ(以下「パロマ」という。パロマ工業とパロマを合わせて「パロマ両社」という。)の代表取締役社長又は会長として,パロマ工業が製造し,パロマが販売する製品の安全確保を含めたパロマ両社の業務を統括していた。
被告人乙川二郎は,平成2年4月1日から平成14年8月31日までの間及び平成17年4月1日から平成19年5月31日までの間,パロマ工業の取締役品質管理部長等として,同社製品の品質管理,品質保証活動の推進及び顧客クレームの調査に関する事項を統括し,同社製品による死亡及び負傷事故の調査・対策等の業務に従事していた。
2 東京都港区南麻布<番地略>所在のZマンションの1階には,パロマ工業が製造し,パロマが販売した強制排気式ガス湯沸器PH─81F(以下「本件湯沸器」という。)が設置されていた。本件湯沸器は,内蔵するコントロールボックスの機能により,電気を使用して,排気ファンが回転し,強制排気装置が作動する場合にのみ点火・燃焼する構造になっていた。
ところが,パロマとの間でパロマ工業製品の修理等の代行店契約を締結し,「パロマAサービスショップ」の名称を用いて同修理等を行っていた株式会社Aの社員である丙谷三郎(以下「丙谷」という。)は,平成7年12月30日,当時の使用者の依頼により本件湯沸器の修理を行うに際し,以下の改造を行った。すなわち,丙谷が修理に訪れた際,本件湯沸器のコントロールボックスは,その回路基板にハンダ割れが生じて故障しており,本件湯沸器は点火・燃焼しない状態であったが,丙谷は,コントロールボックスを交換しないでも点火・燃焼するように,本件湯沸器のコントロールボックスの端子台の端子につながる配線を端子台の上でつなぎかえる改造を行った。その結果,本件湯沸器は,電源が入っていないために強制排気装置が作動しないときでも点火・燃焼する状態となり,そのようにして使用された場合には不完全燃焼となり,多量の一酸化炭素が排出されて室内に滞留し,使用者らがこれを吸引して一酸化炭素中毒により死傷するという危険が生じていた。
3 ところで,パロマ工業は,本件湯沸器と同じ構造であるPH─F型湯沸器を,都市ガス事業者の委託を受けて同じ構造で製造したいわゆるOEM製品を含めて7機種(以下「7機種」という。)製造しており,それらは昭和55年以降,多数販売され,使用されていた。これら7機種は,コントロールボックスが故障したままでも点火・燃焼できるように配線を改造すること(以下「短絡」という。)が可能であり,ことに,本件湯沸器に行われたようにコントロールボックスにつながる配線を端子台において短絡させる方法は,その方法を知ってしまえば,作業自体は簡単なものであった。そして,7機種においては,内部の回路基板のハンダ割れなどによるコントロールボックスの故障のために点火不良がしばしば発生することから,作業の容易さも相まって,パロマと上記代行店契約を締結していた修理業者(以下「パロマサービスショップ」という。)を含む修理業者が,その修理に際して短絡を行っていた。
こうして短絡がなされた7機種が電源を入れないまま使用されるなどした結果,昭和60年1月6日ころから平成13年1月4日ころまでの間,全国各地で,LPガス及び都市ガス双方を含む13件(うち12件は端子台における短絡)の一酸化炭素中毒による死傷事故が発生し,15名が死亡し14名が負傷していた。そして,平成13年1月5日ころには,これら13個の事故機以外にも,短絡された7機種が相当数存在し,又は7機種について新たな短絡が行われる可能性があり,かつ,使用者がそのような湯沸器を電源を入れないまま使用するなどして,強制排気装置を作動させずに点火・燃焼させた場合には,一酸化炭素中毒による死傷事故が発生する危険性が高い状況が存在していた。
したがって,同様の死傷事故の再発を防止するためには,すべての7機種を対象として,後記6の①,②のような注意喚起の徹底及び点検・回収の措置がとられることが必要であった。
4 こうした状況において,①7機種は前記のように端子台において容易に短絡できる構造になっており,そのような性状が短絡を促し,短絡による危険の発生に一定の寄与をしていた。②パロマ両社は,製造者及び販売者であったことから,上記13件の事故のうち12件について,事故の発生と原因に関する情報を入手し,集約していた。③パロマは,一定の指揮監督関係を有する全国多数のパロマサービスショップについて,新聞等を通じ,パロマのアフターサービス専門店として,パロマが販売した製品の修理業務を行うことを,長年にわたり告知,宣伝してきたという経緯があり,現に,自ら販売したパロマ工業製品の修理業務を相当程度パロマサービスショップに行わせていた。④パロマ両社においては,パロマが販売した7機種に関する限り,そのすべてを対象として,マスメディア等を通じた注意喚起の徹底を行い,また,自ら又はパロマサービスショップが保管している修理記録やガス事業者からの情報等に基づいて,その設置場所を把握し,自ら又はパロマサービスショップをして点検・回収を行うことは可能であった。⑤他方,使用者等及び修理業者はもとより,前記Zマンションに都市ガスを供給していた東京瓦斯株式会社を含む各ガス事業者や経済産業省についても,事故情報の収集,集約が不十分であったこともあり,これらに広範な事故防止対策を委ねることができる状況ではなかった。
以上によれば,パロマ両社としては,パロマが販売したすべての7機種を対象として,短絡の危険性についての注意喚起を徹底し,把握可能な上記7機種を点検して,短絡されている機器を回収する措置を行うべきであり,パロマ両社において前記地位にあった被告人甲山,及びパロマ工業において前記地位にあった被告人乙川は,この措置をとるべき刑法上の注意義務を負う立場にあった。
5 被告人乙川は,①平成13年1月5日ころまでに,前記4②の12件の事故の発生と概要を認識し,短絡事故であることについても11件について認識し,1件についても容易に認識することができた。そして,②短絡の仕組みとそれによる一酸化炭素中毒による死傷事故発生の危険性,及び端子台における短絡作業が容易であること,③過去の短絡事故においてコントロールボックスの故障やその故障をもたらすハンダ割れが生じており,コントロールボックスの故障に伴う修理の際に短絡が行われていること,④上記短絡事故機以外にも短絡されていた7機種があったこと,⑤コントロールボックスの故障は一定の割合で生じるものであることを,それぞれ認識していた。そうすると,被告人乙川は,同日ころには,それ以降,本件事故までの間に,上記12個の事故機以外にも短絡された7機種が残存し,又は7機種について新たな短絡が行われる可能性があり,かつ,使用者がそのような湯沸器を電源を入れないまま使用した場合には一酸化炭素中毒による死傷事故が発生することを予見することが可能であった。
被告人甲山は,①平成13年1月5日ころまでに,前記4②の12件のうち10件の事故の発生と概要を認識し,短絡事故であることについても9件について認識し,1件についても容易に認識することができた。他の2件についても,その存在と短絡事故であることを容易に認識することができた。そして,②短絡の仕組みとその危険性,端子台における短絡作業の容易性,③短絡が行われる原因,④事故機以外の短絡事例について,被告人乙川とほぼ同様の認識を有しており,⑤コントロールボックスの故障の頻度を示す情報は被告人乙川から容易に入手することができた。そうすると,被告人甲山も,同日ころには,被告人乙川と同様の予見をすることが可能であった。
6 したがって,平成13年1月5日ころには,被告人甲山においては,自らないしは被告人乙川等のパロマ両社の関係部署の担当者らに指示するなどして,被告人乙川においては,被告人甲山に進言して指示を仰ぎつつ,自らないしはパロマ両社の関係部署の担当者らに指示するなどして,①マスメディアを利用した広報等により,パロマ工業が製造し,パロマが販売した7機種の使用者等に対し,上記7機種において短絡がなされている可能性があり,その場合,電源が入っていないときは強制排気装置が作動しないので,一酸化炭素中毒事故を起こす危険性があることなどについて注意喚起を徹底し,かつ,②パロマ両社において自ら,又はパロマサービスショップをして,物理的に把握することが可能であったすべての上記7機種を点検して短絡の有無を確認し,短絡がなされた機器を回収するという安全対策を講ずべき業務上の注意義務があった。
7 しかるに,被告人両名は,いずれもこの義務を怠り,これらの安全対策を講じずに,被告人甲山においては平成17年11月27日まで,被告人乙川においては同日までのうちパロマ工業の取締役品質管理部長等に在職していた期間中,漫然,これを放置し続けたそれぞれの過失の競合により,同日,前記Zマンション1階において,同所に居住していた丁田冬男(当時18歳)を訪れた実兄の丁田秋男(当時25歳)が本件湯沸器を使用し燃焼させた際,その電源が入っていなかったことから,本件湯沸器の強制排気装置が作動しない状態で多量の一酸化炭素が排出されて室内に滞留し,同日ころ,同所内において,これを吸引した上記丁田冬男を一酸化炭素中毒により死亡させ,同じくこれを吸引した上記丁田秋男に入院加療49日間を要する右下腿コンパートメント症候群・一酸化炭素中毒の傷害を負わせた。
(証拠の標目)<省略>
(事実認定の補足説明)
括弧内の甲乙番号は書証番号。
《目次》
第1 事案の概要と争点等
1 事案の概要
2 検察官の主張
3 弁護人の主張
4 公訴事実と検察官の釈明
第2 前提となる事実
1 パロマ工業とパロマの組織,被告人両名の地位及び権限等
2 パロマサービスショップ制度の概要
3 短絡による事故発生のメカニズム
4 本件事故の発生状況
5 本件事故後の経過
第3 丙谷三郎が本件湯沸器の短絡を行ったこと
1 本件湯沸器の短絡状況等
2 本件湯沸器の修理履歴の概略
3 本件修理の内容;丙谷供述以外の証拠
4 丙谷三郎の検察官調書の検討
5 まとめ
第4 7機種において短絡事故の危険が存在していたこと
1 多数の短絡行為がなされていたこと
2 短絡が相当数放置され,その使用に伴う死傷事故の危険が高かったこと
3 一連の短絡事故に対する事故防止対策
第5 本件において講じられるべき事故防止対策
1 検察官の主張する事故防止対策
2 全国に存在するすべての7機種を対象とした対策が必要であったこと
3 具体的な事故防止対策
第6 検察官主張の事故防止対策による結果回避可能性,その履行可能性
1 結果回避可能性(因果関係)
2 市販品についての履行可能性
3 被告人両名についての履行可能性,結果回避可能性
4 OEM製品の履行可能性
第7 被告人両名には事故防止対策をとるべき義務があったこと
1 7機種は端子台での短絡が容易にできる構造であったこと
2 パロマ両社が一連の事故情報を把握していたこと
3 パロマがパロマサービスショップを告知,宣伝し,修理業務を行わせていたこと
4 パロマ両社は7機種(OEM製品を除く)について注意喚起の徹底,点検・回収の措置をとることができたこと
5 東京ガスを含むガス事業者に事故防止対策を委ねられる状況ではなかったこと
6 経産省の指示による各ガス事業者の対策に短絡事故の防止を委ねられる状況ではなかったこと
7 被告人両名に注意喚起の徹底,点検・回収の義務があったこと
第8 被告人両名の結果予見可能性
1 被告人乙川に関する事実
2 被告人甲山に関する事実
3 被告人両名の予見可能性
4 弁護人の主張について
5 予見可能性のまとめ
第9 結論
第1 事案の概要と争点等
1 事案の概要
本件は,パロマ工業が製造してパロマが販売した強制排気式ガス湯沸器が,本来であれば,電気を使用して,強制排気装置が作動する場合にのみ点火・燃焼する構造であったところ,何人かによって内部配線の不正な改造(短絡)がなされて,電源が入っておらず強制排気装置が作動しないときでも,点火・燃焼する構造になっていたことから,平成17年11月27日,電源が入っていない状態で本件湯沸器が使用された際,強制排気装置が作動しないために不完全燃焼となり,多量の一酸化炭素が排出されて室内に滞留し,その場にいた居住者ほか1名を一酸化炭素中毒に陥らせ,1名が死亡し,1名が重傷を負ったという事案である。
2 検察官の主張
(1)7機種の構造,過去13件の短絡死傷事故の発生等に照らし,平成13年1月5日ころには,短絡された7機種の使用により一酸化炭素中毒事故が発生する危険性が高く,注意喚起の徹底と物理的に把握可能なすべての7機種の点検・回収の措置を講じる必要があった。
(2)パロマ両社は7機種の製造者及び販売者として利益を上げており,7機種の使用により使用者らの生命・身体に危害が加わらないようにすべき立場にあった(企業の社会的責任)。そして,①7機種は容易に短絡できる構造であり,コントロールボックスの回路基板のハンダ割れによる点火不良が生じやすいことから,修理業者が短絡を行って13件の事故が発生し,その後も事故の危険性が生じていた。②パロマ両社は,修理代行店契約を締結していたパロマサービスショップをして適切な修理業務を提供させるべき立場にあった。③被告人両名のみが一連の事故情報を統一的に把握し,全国的に統一的な事故防止対策をとることができた。④ガス事業者,経済産業省(以下「経産省」という。)及び7機種の使用者等においては,事故発生を回避することは期待できなかった。したがって,パロマ両社における被告人両名の地位,権限等に照らし,両名には上記注意喚起の徹底,点検・回収の措置を講ずべき刑法上の注意義務が生じていた。
(3)被告人両名は,(2)①の各事実を認識しており,平成13年1月4日ころ東京都新宿区で新たに短絡事故が発生したことを認識した後は,本件事故による死傷結果の発生の予見可能性があった。
(4)被告人両名には,上記注意義務の履行可能性があった。また,本件湯沸器の短絡は,平成7年12月30日ころ,パロマサービスショップの従業員丙谷三郎が行ったもので,その修理履歴も残っており,上記注意喚起の徹底及び点検・回収の安全対策を講じていれば,本件死傷結果の発生を回避することができた。
3 弁護人の主張
弁護人の主張は多岐にわたるが,検察官の主張に対応させて主な点を列挙する。
(1)平成13年1月5日ころには,すべての7機種について一斉点検・回収を要する切迫した危険はなかった。
(2)①7機種には欠陥はなく,第三者が不正改造をして危険性が創出された。②パロマ両社はパロマサービスショップをして適切な修理業務を提供させるべき立場にはなかった。③被告人両名のみが事故情報を収集していたわけではなく,被告人両名は全国的に統一的な事故防止対策をとることはできなかった。④経産省こそがガス事業者を指導して全国的に統一的な事故防止対策をとることができた。⑤本件事故現場に都市ガスを供給していた東京瓦斯株式会社(以下「東京ガス」という。)は,事故を防止するための情報を保有し,事故防止対策を実施する権限,地位,能力を有していたから,パロマ両社だけに本件湯沸器の使用者等の生命,身体の安全が排他的に依存する関係にはなかった。したがって,被告人両名には検察官主張の注意喚起の徹底,点検・回収をする作為義務はなかった。
(3)パロマ両社は適切な事故防止対策を講じており,かつ,被告人両名は,東京ガスを含む各ガス事業者が,経産省の指導の下で適切な対策を講じていると認識していたから,被告人両名には予見可能性がなかった。
(4)検察官主張の注意喚起は危険性が高く,これを行うことはできない。すべての7機種の点検・回収は,パロマ両社とパロマサービスショップだけで行うことは不可能であった。注意喚起による結果回避の蓋然性は低く,また,本件湯沸器が丙谷によって短絡されたとは認められず,本件湯沸器が短絡された時期は不明であるから,被告人両名が検察官主張の対策を講じたとしても本件死傷結果の発生を回避できなかった蓋然性が高い。
4 公訴事実と検察官の釈明
(1)本件公訴事実の要旨
被告人甲山一郎は,昭和56年3月11日から平成19年1月31日までの間,パロマ工業株式会社の代表取締役社長として,同社の業務を統括していたもの,同乙川二郎は,平成2年4月1日から平成14年8月31日までの間及び平成17年4月1日から平成19年5月31日までの間,同社の取締役品質管理部長等として,自社製品の品質管理,品質保証活動の推進及び顧客クレームの調査に関する事項を統括し,自社製品による死亡及び負傷事故の調査・対策等の業務に従事していたものであり,同社は,自社製品である湯沸器の修理等の代行店契約を締結した者を「パロマサービスショップ」と名乗らせ,その修理等に関する業務を同サービスショップが行う旨を全国紙に掲載するなどして,同湯沸器等の使用者に対し,同サービスショップをして適切な修理業務を提供させるべき立場にあったものであるが,同代行店契約を締結し,「パロマAサービスショップ」の名称を用いて同社が製造する湯沸器等の修理業務を行っていた株式会社Aの社員である丙谷三郎が,平成7年12月30日ころ,判示Zマンション1階丁田冬男方において,同所に設置された自社製品である強制排気式ガス湯沸器PH─81F(以下「本件湯沸器」という。)内部にあるコントロールボックスの基板のハンダ割れによる点火不良の修理を行うに際し,強制排気装置が作動しない場合には,湯沸器が点火・燃焼できない構造になっていた同コントロールボックスの端子台の配線を,電源が入っていないため強制排気装置が作動しなくても点火・燃焼が可能となるように改造したことにより,使用者らが本件湯沸器の電源を入れないままこれを点火・燃焼させた場合,強制排気装置が作動しないため,多量の一酸化炭素が排出されて室内に滞留し,使用者らがこれを吸引して一酸化炭素中毒により死傷する危険が生じていたものであるところ
ア 自社製品である同型式のコントロールボックスを使用した強制排気式ガス湯沸器PH─81F等7機種(以下「7機種」という。)においては,内部にあるコントロールボックスの端子台がむき出しの状態で設置されており,容易に前記改造ができる構造になっていたこと
イ 7機種においては,その内部にあるコントロールボックスに関し,基板のハンダ割れなどによる点火不良が発生し,パロマサービスショップの従業員等が,その修理に際して前記改造を行い,昭和60年1月6日ころから平成9年8月30日ころまでの間に,同改造がなされた7機種の使用において,11件の一酸化炭素中毒による死傷事故が発生して12名が死亡するとともに14名が負傷した事例が存在し,このほかにも,同改造を行った事例が多数存在する可能性があり,かつ,改造した状態のまま使用者らが強制排気装置を作動させずに7機種を使用した場合には,使用者らが一酸化炭素中毒に陥る危険性が高かったこと
ウ イの11件の一酸化炭素中毒事故発生の間,パロマサービスショップに対し,多数回にわたり,前記改造を禁止するとともに改造を発見した場合には必ず正規の配線に戻すことなどを求める旨の文書の発出等を実施していたにもかかわらず,新たに平成13年1月4日ころ,東京都新宿区内において前記改造がなされた7機種に含まれる強制排気式ガス湯沸器PH─131Fの使用によって2名が一酸化炭素中毒により死亡する事故が発生したことをそれぞれ認識し,かつ,前記パロマ工業株式会社においては,パロマサービスショップによる7機種の修理記録を保管するなどし,前記改造がなされたおそれのある7機種の設置場所等を把握することが可能であったのであるから,遅くとも前記ウ記載の新宿区内において発生した死亡事故を認識した後の平成13年1月5日ころには,7機種の使用者等に対し,強制排気装置を作動させない状態で7機種を使用した場合には一酸化炭素中毒に陥る危険性があり,電源プラグを抜き,湯沸器内の強制排気装置が作動していないのに湯が排出される場合には,直ちにその使用を中止する等の注意喚起を徹底し,かつ,同社自ら,又はパロマサービスショップをして,すべての7機種を点検して前記改造の有無を確認し,同改造がなされた7機種を回収するなどの安全対策を講ずべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,これらの安全対策を講じず,漫然,平成17年11月27日までこれを放置し続けたそれぞれの過失の競合により,同日,前記丁田冬男方において,丁田秋男(当時25歳)が本件湯沸器を電源を入れずに使用した際,本件湯沸器内の強制排気装置が作動しない状態で多量の一酸化炭素が室内に排出されて滞留し,判示のとおり,丁田冬男(当時18歳)を死亡させ,前記丁田秋男に傷害を負わせた,というものである。
(2)検察官の釈明
上記公訴事実について,検察官が釈明した点(いずれも公判前整理手続)は,以下のとおりである。
ア 『容易に前記改造ができる構造になっていた』の『容易』とは,コントロールボックスの端子台がむき出しの状態で設置されており,知識を有する者にとって,物理的に容易に改造ができる構造になっていたという意味である。
イ 『パロマサービスショップによる7機種の修理記録を保管するなどし』の『など』は,パロマサービスショップに対し,7機種の設置場所等を確認させることができる状況であったこと,ガス事業者に対し,7機種の設置場所等に係る情報提供を求めることができる状況であったことである。
ウ 『注意喚起を徹底し』の『注意喚起』の方法は,インターネット,新聞,雑誌,ラジオ及びテレビ等のマスメディアを利用した広報,記者会見,チラシの配布,ポスターの貼付,ダイレクトメールの郵送など,パロマ工業及びパロマ自ら,あるいは,パロマサービスショップ及びガス事業者をして,7機種の使用者,管理者及び所有者に対し,注意喚起を徹底することができる合理的かつ適切な方法である。
エ 『すべての7機種を点検して』の『7機種』とは,被告人両名において,物理的に把握することが可能であった『すべての7機種』という意味である。
オ 『パロマ工業』,『同社』及び『自社』との記載は,パロマ工業及びそれと実質的に一体の会社であるパロマの両社を含む趣旨である。なお,被告人甲山の役職名は,公訴事実記載のほか,昭和56年3月から平成19年1月31日までの間,パロマの代表取締役社長又は会長であった。
カ 被告人両名の『講ずべき業務上の注意義務』とは,被告人甲山については,被告人乙川等のパロマ工業又はパロマの関係部署の担当者らに指示するなどして,同人らをして講ずべきとの趣旨を含み,被告人乙川については,被告人甲山に進言して指示を仰ぎつつ,パロマ工業又はパロマの関係部署の担当者らに指示するなどして,同人らをして講ずべきとの趣旨を含むものである。
(3)検察官主張の「7機種」の範囲
パロマ工業は,本件湯沸器PH─81F型のほか,同じ構造の湯沸器6機種(PH─82F,101F,102F,131F,132F,161F)を製造した(甲10,弁16)。その多くはパロマが上記型式名で販売した(一般に「市販品」と呼ばれている。)。一部の機種については,東京ガスほか都市ガス事業者2社が自社の名前で,PA─108FE等の型式名を付けて販売している(一般に「OEM(OriginalEquipmentManufacturing)製品」と呼ばれている。甲70参考資料7)。パロマ工業は7機種を合計26万3672台製造しており(甲80),その数字はOEM製品を含んでいる(被告人乙川の第28回公判被告人供述調書55頁[以下,「乙川28回55」というように記す。]等。その数は明らかでないが,弁168には東京ガス分が8万7403台との記載がある。)。
そして,検察官は,冒頭陳述,論告等において「7機種」の総生産台数を26万3672台と主張していることから,検察官がいう「7機種」とはOEM製品を含むものと解される。
第2 前提となる事実
関係各証拠によれば以下の事実が認められる。
1 パロマ工業とパロマの組織,被告人両名の地位及び権限等
(1)パロマ工業及びパロマの関係,組織
パロマ工業は,昭和39年に設立されたガス器具の製造等を目的とする会社である。パロマは,昭和33年に設立されたガス器具の販売等を目的とする会社である。パロマ工業はパロマの100%子会社であり,パロマ工業が製造する製品をパロマが購入して販売する関係にある。パロマ両社の本店は同一敷地内にあり,役員,社員の中には両社を兼務する者もいるなど,両社は実質的に一体の会社である。
パロマ工業の製品については,パロマ工業の品質管理部(以下,単に「品質管理部」ともいう。)が,品質管理,品質保証活動の推進及び顧客クレームの調査に関する事項を統括している。同社製品による死亡及び負傷事故の調査・対策等の業務も品質管理部が取り扱っている(甲86,87,90,甲山乙7,8,11,乙川乙25等)。
(2)被告人甲山の地位及び権限
被告人甲山は,昭和56年3月,パロマ両社の代表取締役社長に,平成17年9月,パロマの代表取締役会長にそれぞれ就任し,平成19年1月までの間,パロマ両社の業務を統括し,最高責任者として執務していた。
パロマ両社では,取締役会が年1回開催されていたが,その他は取締役会に代えて「昼食会」と称する会議が行われていた。「昼食会」にはパロマ両社の取締役等が参加し,休日を除き毎日行われていた。被告人甲山は,パロマ工業品質管理部の所管事項を含め,パロマ両社の業務の重要事項につき,「昼食会」等において報告を受けて最終的な判断を下していた。こうして,被告人甲山は,昭和56年3月から平成19年1月までの間,パロマ両社における事実上の最終決定権者として,パロマ工業が製造し,パロマが販売した湯沸器等の製品の安全確保を含めた業務を統括していた(甲山乙3,6,7等)。
(3)被告人乙川の地位及び権限
被告人乙川は,昭和48年3月にパロマ工業に就職し,平成2年4月に品質管理部に配属となった。被告人乙川は,平成9年3月までの間は,同部における上司がいなかったことから,同部の実質的な品質管理部長として,その業務を統括し,同年4月から平成14年8月31日までの間及び平成17年4月1日から平成19年5月31日までの間は,正式な品質管理部長として,その業務を統括し,パロマ工業製品による死傷事故の調査・対策等の職務に従事していた。
すなわち,パロマ工業製品に関して事故が発生した場合,品質管理部は,パロマの支店に所属する営業所,サービスセンター等から事故情報の報告を受けていた。被告人乙川は,その内容を検討し,重大な事故等については被告人甲山に報告して指示を受けるとともに,事故対策の策定や関係機関との対応に当たるなどし,パロマ工業の事故対応に関する責任者として活動していた(甲91,97,乙川乙23,27,28等)。
(4)リコールにおける被告人両名の役割
パロマ工業の職務分掌規定上,製品のリコール(点検・改修等)を検討,実施すべき部署について明確な定めはない。パロマ工業は,本件事故前に3件のリコールを行っているが,3回目の平成3年のリコールでは,品質管理部に事故の情報が報告され,実質的な部長であった被告人乙川の下で同部において原因と対策を検討した上で,被告人両名のほかパロマ工業の技術本部長,パロマの販売部長等が出席した品質管理委員会が開催されて対策が協議された。最終的に被告人甲山がリコールを実施するとの判断を下し,被告人乙川が対策本部の指揮者としてリコールの実施に当たった(甲山乙20,乙川乙43)。
平成13年1月以降についても,リコールを行うとすれば,被告人両名はこのときと同様の役割を果たすことになっていたものと認められる(被告人乙川については,品質管理部に在籍していた期間に限る。)。
2 パロマサービスショップ制度の概要
パロマサービスショップとは,パロマとパロマ工業製品の修理等の代行店契約を締結した修理業者である。パロマは,当初,同社社員によってパロマ工業製品の修理業務を行っていたが,昭和40年ころ,同社製品の販売が増えるとともに修理業務の需要が急増し,パロマ社員のみで修理業務に対応することが難しい状態となった。そこで,パロマは,安全な修理を保証することが製品の販売促進に貢献するという方針の下,修理業務の体制を確立して,全国で修理を提供できるようにするために,パロマサービスショップの制度を導入した(甲98)。
上記代行店契約を締結した修理業者は,「サービスショップ」等の名称で,パロマ工業製品の修理等を行っていた。
3 短絡による事故発生のメカニズム
(1)7機種の製造台数等
本件湯沸器は,パロマ工業が昭和57年6月に製造したPH─81F型である(甲5)。構造が同じ7機種は,昭和55年4月から平成元年12月までの間に合計26万3672台が製造され,ほぼ同数が販売された(OEM製品を含む。都市ガス用,LPガス用の双方を含む。前記第1の4(3))。
(2)7機種の安全装置
ア 7機種は,空気を屋内から取り入れる一方,排気ガスは電源を使用して排気筒から排出する半密閉式の強制排気式ガス湯沸器である。以下,本件湯沸器であるPH─81F型を例に説明する。概観,各部の名称は別図1(甲12付図1の引用)のとおりである。
イ 7機種の強制排気機能による安全装置の仕組みは概ね次のとおりである。
(ア)7機種は,回転する排気ファン(別図1番号21)による強制排気装置とコントロールボックス(同25)を内蔵しており,コントロールボックスの内部には回路基板が組み込まれている。コントロールボックス内の回路の概略は別図2(甲12付図8の引用)の太線枠内に示すとおりである。コントロールボックスの外側の側面に端子台が設けられており,端子台には2個の端子が縦に並んでいる。別図2のとおり,この端子台を経由して,端子a→ガス電磁弁→熱電対→過熱防止器→端子b→コントロールボックス内の接点pri→端子aに至る直列回路が4本の配線(アウエイ)及びコントロールボックス内の回路によって構成されている。
(イ)7機種は,熱電対の熱起電力によって電圧を発生し,この電圧でガス電磁弁を開いてガス通路にガスを流入する仕組みになっており,点火・燃焼させるためには,熱電対とガス電磁弁を結ぶ上記直列回路が成立する必要がある。この回路が成立するためには接点priが接触(「入」)しなければならないが,この接点priは,電源プラグが差し込まれて,コントロールボックス内のPRリレーに電流が流れ,PRリレーが作動することによって「入」になる。したがって,電源を使用し,コントロールボックス内の回路に通電がある場合にのみ,上記直列回路が成立し,ガスが燃焼する構造になっている。一方,排気ファンも,電源が入っていなければ当然回転しない。したがって,7機種は,電源が入っていない場合(プラグが入っていないとき,停電のときなど)には,強制排気装置が作動しないし,ガスのほうも流入せず,又は流入が遮断されて燃焼しないという停電時燃焼防止機能を有している。
(ウ)また,電源を使用していても,排気ファンが故障したり排気筒が詰まったりして強制排気装置が機能しなくなった場合には,排気筒から逆流してきた排気をハイリミットスイッチ(排気あふれ防止装置)が感知して「切」になる。そうすると,コントロールボックス内の回路への通電が遮断され,その結果,PRリレーへの通電が停止されて接点priが「切」になり,自動的に燃焼を停止する構造になっている(排気溢れ防止機能)。
(エ)7機種は,コントロールボックス内の回路が有するこれらの機能により,排気ファンによる強制排気装置が作動する場合にのみ燃焼する構造になっており,排気不良による不完全燃焼を防止することができるものであった(甲10,12)。
(3)7機種に対する短絡の方法とその効果
ア 上記のとおり,7機種は,コントロールボックス内の回路に通電がある場合にのみ燃焼するよう設計されている。このため,7機種は,電源を使用しない場合や停電時のほかに,コントロールボックスの回路基板にハンダ割れが生じるなどして,その回路が通電しなくなった場合にも燃焼しない構造であった。
コントロールボックスにこのような故障が発生すると,再び燃焼させるためには,本来はコントロールボックスを交換しなければならない。しかし,別図3(甲12付図7の引用)のように,端子台の端子aと端子bに接続されている配線アとウを一方の端子にまとめてつなぎ直す等の方法により,コントロールボックス内の回路を介さずに熱電対とガス電磁弁を結ぶ直列回路を構成すれば,コントロールボックスが故障したままでも,燃焼させることが可能であった(これが判示「短絡」である。以下,短絡とは,コントロールボックス内の回路を介さずに,熱電対とガス電磁弁を結ぶ直列回路を構成することをいうものとする。短絡が行われる原因としては,このほかに上記ハイリミットスイッチの故障なども考えられる。)。
イ 短絡された7機種も,電源を入れて使用されていれば,大部分の場合は排気ファンが回転して強制排気装置が作動するので,不完全燃焼になることはない。しかし,短絡の結果,コントロールボックス内の回路に通電がない状態でも燃焼可能な配線になっているため,コントロールボックス内の回路が有していた停電時燃焼防止機能が働かない。すなわち,短絡された7機種は,プラグを抜いた又はプラグが抜けたときや停電したときなど,通電がないために排気ファンが作動しない場合にも燃焼してしまうので,不完全燃焼が起きて一酸化炭素が排出されて滞留し,一酸化炭素中毒事故を招く危険性があった。
また,排気溢れ防止機能も働かないことから,排気ファンが故障して回転しないときや排気筒が詰まったときにも燃焼するので,同様の事故を招く危険性があった(甲10,12)。
(4)短絡による事故発生状況
7機種は,短絡された機器において,かつ通電がない状態で使用されたことなどが原因で,昭和60年1月6日ころから平成13年1月4日ころまでの間に,別紙「事故一覧表」AないしE欄記載のとおり13件の一酸化炭素中毒による死傷事故が発生し(以下「事故一覧表の事故」ともいう。また,短絡が原因で生じた死傷事故を「短絡事故」ともいう。同表GないしI欄については後に認定する。),15名が死亡するとともに14名が負傷していた(甲70;資料入手報告書経済産業省作成,平成18年8月28日付け「製品安全対策に係る総点検結果とりまとめ」を添付。甲84;パロマ作成の回答書添付の事故調査報告書等)。なお,⑪港区事故については,本件事故以前には病死として扱われていた(後記第7の2(1)イ参照)。
(5)短絡機器の発見方法,定期保安点検の内容
ア 7機種が短絡されていても,配線の短絡は湯沸器のフロントカバーの内側で行われているし,電源が入っている状態であれば,通常は燃焼中に排気ファンが作動しているので,外観上及び機能上は短絡されていない機器との判別は困難である。このため,短絡の有無を確認する方法としては,フロントカバーを外して端子台につながる配線の状態を点検するか,湯沸器を燃焼させて燃焼中に電源プラグを抜き,直ちに燃焼が停止するかどうかを点検する(停止しなければ短絡されている。)必要があった(以下,後者の点検を「停電時遮断確認」という。)。
イ ところで,湯沸器を含むガス燃焼器については,都市ガス事業者はガス事業法40条の2第2項により,LPガス販売事業者は液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律(以下「液石法」という。)第27条1項2号により,定期的な保安点検を行っている(なお,「ガス事業者」とは都市ガス事業者とLPガス販売事業者の双方をいう。)。すなわち,都市ガス事業者は,ガス事業法施行規則107条1項1号により,供給するガスに係る消費機器につき,40か月に1回以上の割合で(少なくとも平成13年当時以降),同規則108条で定める「技術上の基準」に合致しているかどうかを調査する義務がある。LPガス販売事業者は,液石法施行規則37条1号により,販売契約を締結している一般消費者等の消費設備につき,同規則44条で定める「技術上の基準」に合致しているかどうかを調査する義務がある。上記消費設備のうち強制排気式湯沸器に関する点検の間隔は,平成4年当時は2年に1回以上であったが,平成9年の液石法施行規則の改正(平成9年3月10日通商産業省令第11号)の後には,4年に1回以上となっていた(以下,これらの保安点検を「定期保安点検」という。)。
しかしながら,定期保安点検の検査項目は,7機種のような強制排気式の燃焼器については,排気筒が基準に適合することなどの調査に限られており,停電時遮断確認は法定されていなかった(後記5のとおり,本件事故後に「技術上の基準」が一部改正された。)。また,一般的に,定期保安点検は湯沸器のカバーを外して点検を行うものではなかった。このため,7機種については,定期保安点検時に行われる法定の調査のみでは,短絡されているかどうかを確認することはできなかった(甲110,124ないし126)。
4 本件事故の発生状況
(1)被害者両名の死傷結果
丁田冬男(当時18歳,以下「被害者冬男」という。)は,平成17年11月27日当時,東京都港区南麻布の判示Zマンション1階に一人で居住し,その日は,兄である丁田秋男(当時25歳,以下「被害者秋男」という。)も同所に来ていた。
同日午後6時ころ,被害者秋男は,浴室内でシャワーを浴びるために台所にある本件湯沸器に点火し,廊下でしばらく待っていたところ,意識を失った。そのころ,被害者秋男は,本件湯沸器の不完全燃焼によって排出された一酸化炭素を吸引し,右下腿コンパートメント症候群・一酸化炭素中毒の傷害を負って,翌28日から病院に入院した(入院加療49日間)(甲18,19,20,26)。被害者冬男も,同様に一酸化炭素を吸引し,28日夜,Zマンション1階洋室で倒れていたところを発見され,その後一酸化炭素中毒による死亡が確認された(甲2,3,17,29)。
(2)本件湯沸器の状況と事故原因
ア 翌29日以降のZマンション1階及び本件湯沸器の調査の結果,本件湯沸器の状況及び事故原因につき,次のとおり認められた(甲4ないし8,11,12)。
(ア)調査当時,Zマンション1階に設置されたガスメーターに内蔵されたガス遮断装置が作動して,同所へのガスの供給が遮断されていた。本件事故のころ,特に他のガス機器が使用されていた形跡はないことから,被害者秋男が(1)のとおり,シャワーを浴びるために本件湯沸器に点火した後,100分から120分燃焼して上記ガス遮断装置が作動したものと認められる。
(イ)本件湯沸器は,その電気プラグがコンセントに差し込まれていなかったが,点火・燃焼させることができた。電源が入っていないために排気ファンが回転せず,ガラリ等から高濃度の一酸化炭素が検出された。電気プラグをコンセントに差し込んで燃焼させると,排気ファンが回転して強制排気装置が作動し,高濃度の一酸化炭素が排出されることはなかった。
(ウ)コントロールボックスの端子台につながる配線が端子台の上で短絡されていた。その形は別図4(弁32「トレーナーニュースNo.6」の引用)の右下の形で,配線としては別図3の方法である。配線を正常に戻して,ガス栓つまみを「点火」まで回すと口火はつくが,手を離すと口火が保持せず,燃焼させることはできなかった。
(エ)コントロールボックスの回路基板については,ハンダ付け部分に,ⅰ)トランス端子と基板の接触部の接触不安定が1箇所,ⅱ)PRリレーのコイル端子と基板の接触部の不接触が1箇所,ⅲ)PRリレーの接点端子と基板の接触部の接触不安定が1箇所存在した。このうち,ⅱ)のためにPRリレーが作動しない状態であり,短絡がなされていなければ,電源を入れても接点priが「入」にならず,熱電対,ガス電磁弁,過熱防止器を結ぶ直列回路が成立せず,燃焼しない状態であった。
(オ)短絡及びコントロールボックスの回路基板のハンダ割れのほかには,電源コードの接続不安定があったが,鑑定において,安全装置等のその他の不具合は見当たらなかった(甲12)。
イ 上記の短絡により,本件湯沸器は,電源プラグがコンセントから抜けて排気ファンによる強制排気装置が作動しなかったにもかかわらず,点火・燃焼し,あるいは燃焼が継続し,その結果,不完全燃焼を起こして,被害者両名をして一酸化炭素中毒に至らせたものである。
5 本件事故後の経過
(1)経産省の措置
経産省は,平成18年7月6日,警視庁から7機種について事故の照会を受けたことを契機として,省内に保管されていた記録を確認した。同月14日,7機種で17件の死傷事故(短絡事故以外の事故を含む。)が発生していることを公表し,パロマ工業に対し,7機種の点検・改修,事故原因の究明を指示するなどした。同年8月28日,パロマ工業に対し,消費生活用製品安全法82条(当時)に基づく緊急命令を発令し,7機種の点検・回収及び機器の点検を受けるよう消費者へ注意喚起を行うことを命じた(甲70,79,弁76)。
(2)パロマ工業による7機種の回収
パロマ工業は,同年7月18日,7機種につき,全製品を無償で回収することを発表し,ガス事業者から7機種の設置場所の情報提供を受けるなどして,これを実施した。平成19年11月30日までに,点検対象とした5万2903台のうち(ただし293台は未確認),1万9963台が7機種であると確認され,うち1万9942台が回収された。このうち231台に短絡が発見された(甲70,82)。
(3)定期保安点検に関する法改正
強制排気式の燃焼器の「技術上の基準」に関して,ガス事業法施行規則の改正(108条12号)及び液石法施行規則の改正(44条1号ム)がなされ,平成19年4月1日から施行された。これは,強制排気式の燃焼器のうち経産省の告示(平成19年3月13日付け経産省告示第63号及び65号)で定めたもの(7機種と同様にファンが排気側に付いていて,ファンが止まると排気が溢れる構造である燃焼器及び7機種の合計37機種)につき,新たに,「ガスを燃焼した場合において正常に当該燃焼器から排気が排出されること」を「技術上の基準」として加えたものである。この点も定期保安点検の検査項目となったが,その具体的な調査方法については,経産省の通達(平成19年3月13日付け原子力安全・保安院長「強制排気式の燃焼器に係る具体的な調査方法について」)により,メーンバーナーに点火した際に排気あふれの有無を確認する等の通電時検査を行うほか,パロマ工業製の3つの機種(7機種は回収のため除かれる。)に限り,停電時遮断確認ほかの停電時検査を行うものとされた(甲110,124,125,126)。第3 丙谷三郎が本件湯沸器の短絡を行ったこと
1 本件湯沸器の短絡状況等
本件事故当時,本件湯沸器が短絡されていた状況は前記第2の4(2)ア(ウ)のとおりである。一般の使用者等がこのような短絡を行うことは困難であり,ガス器具の修理に携わる者が行った可能性が高い。
2 本件湯沸器の修理履歴の概略
(1)Zマンション1階の居住者等
Zマンション1階には,昭和57年6月1日から平成8年5月31日まで,現所有者丁田春男(被害者両名の父)の先代から賃借した戊原大介,花子夫婦が住んでいた。両名の退去後,空室となり,平成11年1月ころから平成17年3月ころまで被害者秋男が1人で住み,同年4月ころから本件事故当時まで,被害者冬男が1人で住んでいた(甲31,36,43)。
本件湯沸器は,パロマが販売し,昭和57年6月,有限会社B住宅設備によって,Zマンション1階に設置された(甲44)。
(2)戊原夫婦の退去後の修理
ア 被害者秋男は,同人がZマンション1階に住んでいた間,本件湯沸器は調子が悪いことはあったが,修理をしてもらったことはなかった,被害者冬男が住むようになってからも3回泊りに行ったが,同人から修理をしたと聞いたことはないと供述している(甲27)。父の丁田春男は,自分も妻夏子も本件湯沸器の修理を依頼したことはない,Zマンション2階に住んでいた娘の丁田季子が平成14年に2階の湯沸器を修理したことは聞いている,平成17年4月以降,7月以外はほぼ毎週土曜日にZマンション1階に泊まっていたが,被害者冬男から修理を頼んだと聞いたことはないし,被害者冬男は性格からして自分で修理を業者に頼むことはないだろうと供述している(甲32,36)。兄弟である丁田季子は,平成14年4月ころから本件事故後までZマンション2階に住んでおり,同所の東京ガスブランドのパロマ工業製湯沸器の修理を東京ガス関係のエネスタ白金に頼んだことがある,Zマンション1階のシャワーを使ったこともあり,本件湯沸器も調子は良くないことがあったが,被害者両名から本件湯沸器の調子が悪い,壊れた,修理業者を呼んだという話は聞いたことがなく,修理業者の電話番号を聞かれたこともないと供述している(甲30)。被害者両名の母の丁田夏子も,丁田春男らと同様の供述をしている(甲40)。
イ この4名の供述に不自然不合理な点は見当たらず,信用することができる。それによれば,平成8年5月31日に戊原夫婦が退去した後,被害者冬男が1人で住み始めた平成17年4月までの間は,本件湯沸器の修理が行われた可能性はほとんどないといえる。また,平成17年4月から同年11月27日の本件事故までの約半年間についても,その可能性は低いといえる。
ウ 弁護人は,被害者秋男が平成11年1月ころに入居した際のガスの開栓作業などのときに,修理技術のある者が本件湯沸器の修理や短絡を行う可能性は否定できないと主張する。しかし,居住者から修理の依頼すらないのに,知らないうちにフロントカバーを開けて短絡作業をするとは考え難い。被害者冬男が住んでいた半年間についても,そのような業者が立ち入ったことをうかがわせる事情はない。
(3)戊原夫婦の入居中の修理
パロマサービスショップの一つである株式会社A(パロマAサービスショップ。以下,単に「A社」ともいう。)の従業員は,平成2年1月6日,平成3年8月1日,平成7年12月30日の3回にわたり,本件湯沸器を修理した。平成2年1月6日については,修理者名丙谷の修理請求書(甲50,丁田春男提出)があり,ダイヤフラム等の交換を示す記載,備考欄にオーバーホール,コントロールBoxの書込みがある。平成3年8月1日については,修理者名丙谷の修理明細報告書(甲51,パロマ提出)があり,圧電機構部の修理を示す記載がある。
検察官がA社の従業員丙谷三郎が短絡を行ったと主張している平成7年12月30日の修理(以下「本件修理」という。)については,修理受付伝票(甲48,52,以下「本件修理受付伝票」という。A社から押収)がある。これについては3項で検討する。
また,証人戊原花子は,本件修理で本件湯沸器は使えるようになり,それ以降,退去した平成8年5月31日までの間に修理をしてもらったことはないと述べており,この間5か月しかないことも考えれば,その証言のとおりと認められる。
3 本件修理の内容;丙谷供述以外の証拠
(1)本件修理受付伝票の記載内容
本件修理受付伝票には,A社の当時の事務担当者A3(甲55)による,型式欄「PH─81F」,受付年月日欄「12/28」,氏名欄「戊原」,故障状況欄「点不」,「12/29─30」の記載やZマンションの住所等の書込みがある。同じく当時の事務担当者A4(甲54)による,「7.12.30」「DF交他」「7210」「丙」等の記載があり,「済」の丸印も押されている。そして,A4は,「DF交他」等の記載は丙谷が書いてきた修理伝票の記載を転記したものであると供述している。
本件修理受付伝票のほか,上記事務担当者2名及び戊原花子の供述・証言によれば,平成7年12月28日に戊原花子からA社に対して本件湯沸器につき,故障状況を点火不良とする修理依頼があったこと,当時,A社の従業員であった丙谷三郎が同月30日にZマンション1階に出張して修理を行ったこと(同日,丙谷は出勤している。甲49),その際,丙谷は少なくとも部品の一つであるダイヤフラムの交換を行い,これらの修理等の代金として7210円を受け取ったことが認められる。
(2)当時の故障内容,事故後の状態からの検討
ア 証人戊原花子は,「平成7年秋ころから本件湯沸器の口火がつきにくかったり,お湯がぬるくなったりして,同年12月末に本件湯沸器の口火がつかなくなり,修理に来てもらった。修理員には,口火が全然つかないと説明した。年末なのですぐ使えるようにしてほしいということを言ったかもしれない。修理をしてもらったら,口火がついてお湯が出るようになった。その後その修理員から連絡はなく,再度修理をしてもらったことはない。」と証言している。
弁護人は,戊原証言は,本件修理のときの故障,修理状況についてのみ詳しく,その他の修理や風呂釜の取替え工事については記憶がないというもので,信用できないと主張する。しかし,戊原証人は,平成7年12月30日当時は,家主との関係が悪くなっていたことや2度の交通事故などで辛い時期であったこと,家主との関係が悪く自分で修理依頼をせざるを得なかったなどと供述しており,このときの修理については,比較的よく記憶していたとしても特に不自然とはいえない。
上記戊原証言及び本件修理受付伝票の「点不」の記載によれば,本件湯沸器は,平成7年12月30日以前から口火がつきにくく,お湯がぬるくなる状況があったところ,同日ころ口火がつかない状態になり,修理後は口火が点火し,お湯も出るようになったものと認められる。
イ パロマサービスショップを経営している証人Cの証言,A社取締役の証人A2の証言によれば,考えられる点火不良の種類と原因について,次のように整理することができる。
(ア)口火(種火,パイロットバーナー)がつかない場合
①つまみを回しても点火しないとき……圧電器の故障,パイロットバーナーのノズルの詰まり
②つまみを回すと口火はつくが,つまみを離すと口火を保持しないとき……熱電対・過熱防止器・ガス電磁弁又はコントロールボックスの故障
③口火はつくが,途中で消えてしまうとき……パイロットバーナーのノズルの詰まり,熱電対・過熱防止器の故障
(イ)本火(メーンバーナー)がつかないか,ついても火勢が弱くお湯がぬるい……ダイヤフラムの破損・劣化
(ウ)コントロールボックスの故障とダイヤフラムの破損や劣化は同時期に存在することもあり,コントロールボックスの交換とダイヤフラムの交換を同じ修理の機会に行うこともある。
ウ イを踏まえて本件修理において可能性のある修理内容を検討する。証人A2は,本件修理受付伝票の修理代金7210円からすると,ダイヤフラムの交換及び出張費のほかに,口火用のパイロットバーナーの掃除の工賃が含まれていると考えられると述べている。これに従えば,口火がつかないという症状に対応して,パイロットバーナーの掃除が行われたことが一応考えられる。他方,コントロールボックスの交換(1万円以上,うち部品代約9000円)は行われていないと認められる(A2証言)。その他の圧電器,熱電対等の部品交換も伝票上は窺われない。
一方,伝票にあるダイヤフラムの交換は,口火がつかない症状とは関係がない修理である(戊原証言の,平成7年秋ころから,お湯がぬるかったという症状には対応する。)。
エ 本件事故後については,前記第2の4(2)アのとおりである。コントロールボックスがハンダ割れによって故障しており,短絡をしない限り,口火が保持せず,燃焼させられない状態であった。短絡された状態では燃焼することから,燃焼させるためのその他の機構は作動していた。
4 丙谷三郎の検察官調書の検討
(1)検察官調書の内容
丙谷三郎(昭和22年9月*日生)は,昭和48年ころA社に入社し,五,六年後から外回りの修理業務を行い,平成17年まで出社した(A社代表取締役A1の証言等)。
丙谷は検察官調書(甲45,46,47)において,以下のとおり本件修理の際に短絡を行ったと供述している。
ア PH─81F等の湯沸器の点火不良による修理が多く,その際,コントロールボックスについている配線を直結にする修理をしたことがある。直結にすると,電源が入らない状態で使ったときに排気ファンが回らず,不完全燃焼を起こして危険な状態になるという問題があった。しかし,交換用のコントロールボックスの在庫がなかったり,現場に持って行かなかったりしたときに,客からすぐに直してほしいなどと要望された場合には,やむを得ず,電源は抜かないで下さいよと注意して,直結にしたまま引き上げることがあった。直結の危険性や方法は,昭和の終わりか平成に入ったころに,A社の上司のA2に会社建物の一階の車庫で教えてもらったと思う。
イ 本件事故がテレビで大々的に報道され,Zマンションの映像を見て,そこで直結をしたことを思い出し,大変なことになったと思った。時期は10年位前というくらいの記憶しかなかったが,刑事から前記2(3)の3つの修理伝票を見せてもらい,記憶を思い起こしたところ,平成7年の年末の12月30日にした修理の際に直結をしたことを思い出した。
ウ 本件修理受付伝票には「点不」とあり,点火不良の修理依頼があった。点火不良のときは,フロントカバーを外して口火を見ながら点火つまみを二,三回回して点火しないことを確認し,口火を取り出して目詰まりがないか,熱電対が焼けてないか等を確認して,異常がなければコントロールボックスの不良を疑う。本件修理のときは,こうした点検の結果,点火不良の原因はコントロールボックスにあるのではないかと考え,交換用のコントロールボックスを持ってきていなかったので直結をした。
エ 自分がしたことのある直結には,①端子台についている配線のうち,上の方の1本を下の方につけかえ,上の端子台(注:端子の誤りと解される。)を配線1本,下の端子台を配線3本にする方法と,②上を3本,下を1本にする方法があるが,主に①の方をよくやっていた。①でも②でも,3本の配線を平行にするとばらけるおそれがあるので,3本の配線を扇のような形になるようにした。本件湯沸器の直結は①の方法で行った。
オ 直結したままだと危険だということは分かっていたが,戊原から「年を越すのにお湯が出ないのは困る。」「何とかしてほしい。」などと言われ,後日コントロールボックスを交換すれば大丈夫だと考えてしまった。戊原には,コンセントを抜かないで下さいねというようなことを言ったと思うが,危険であるとまでは言わなかった。また,修理して一応使えるようにしておきました,部品が足りないところがありますから,もう一度修理にうかがいます,などと言ったはずである。
カ 自分はダイヤフラムが傷んでいれば,なるべく直ぐに交換していたので,このときもダイヤフラムが多少傷んでいたので交換したのだと思う。
キ この日は仕事納めだったので,A2から交換用のコントロールボックスを用意してもらうのを怠った。翌年1月5日から仕事を再開した際には,年末年始をはさんだせいで,直結にしたままにしていることを忘れてしまったのだと思う。
ク A社のA1社長から直結は駄目だと注意されていたので,修理伝票には直結をしたことがわかるような記載はしておらず,このときも記載していない。
A社の事務所に戻ってから,修理受付伝票と7210円を所定の引き出しに入れたので,その後,受付事務担当者が「済」の印を押した。後日,コントロールボックスを交換するときに,新しい修理受付伝票を作るつもりだった。
ケ 修理代金は,通常は,後日コントロールボックスを交換して修理が完了したときに,部品代,出張費,技術料などを合計してまとめて払ってもらっていたが,コントロールボックスの交換以外にも,ダイヤフラムなどの他の部品の交換を行った場合には,その日にした修理代を客からもらっていた。部品を使って修理をしておきながら,その料金を徴収しておかないと,A1社長からうるさく注意された。A1社長からは,普段から「運転手の分まで2人分働け。」などと言われ,「部品を交換しているのに何で金をもらってこなかったんだ。」と言われるおそれがあった。
コ 修理伝票があることから,平成2年1月6日と平成3年8月1日にもZマンションで修理をしていることがわかるが,平成2年は「オーバーホール」をしており,コントロールボックスは交換していると思う。平成3年は不具合内容がツマミ・レバーの不良なので直結したとは考えられない。
(2)丙谷の供述能力
弁護人は,丙谷は,取調べ当時,末期肝硬変による肝性脳症の重い状態にあり,記憶に基づいて叙述する能力がなかったと主張する。
ア 丙谷の病歴,取調べ経過
丙谷は,平成17年3月ころ肝硬変で体調を崩して休職し,平成18年10月20日に退職した(甲45)。平成17年3月に末期肝硬変等で入院,翌4月退院,同年6月に肝性脳症で入院,同年7月退院となり,その後通院を続けて,平成19年7月に再び入院し,本件起訴前の同年8月24日に死亡した(弁148)。入通院先は丙谷の自宅近くの南大和病院である。
この間の平成18年7月20日から平成19年3月14日ころまで,警察官Kが丙谷の自宅で約30回取調べをし,平成18年8月25日付け上申書(弁79),平成19年3月14日付け上申書(弁80),警察官調書14通(弁81ないし94)が作成された。また,検察官P1が平成19年1月22日,24日及び3月19日に,検察官P2が同年6月22日に,それぞれ丙谷の自宅で取調べを行い,検察官調書3通が作成された(甲45,46,47。1月22日は作成せず。)。
イ D医師の証言
弁護人請求のD医師は,丙谷の南大和病院のカルテ(弁148)を検討して,平成18年から平成19年の丙谷の病状について次のように証言する。すなわち,
(ア)カルテにある「羽ばたき振戦」(手がずっと震えている状態をいう。),意識レベルの低下,高度の血中アンモニア値などから,当時の丙谷の肝性脳症の程度は,4段階のうちステージ2の重い方からステージ3直前の状態であったと考えられる。ステージ2では,感情の鈍麻が現れ,刺激に対する反応性が低下する。意識の混乱が進んで,物事の取り違えが甚だしくなる。言語の発声がますます不明瞭になって,ろれつが回らなくなってくる。話の内容がだんだんと支離滅裂になる。ステージ3では,傾眠状態といって,放っておくと,うとうとと眠り込んでしまう状態になる。
(イ)ステージ2の重い方からステージ3の直前の状態では,10年前のことを思い出して説明することが可能だとは考えられない。患者にとって,非常に印象深いものであって,その後も度々思い返した,いっときも心を離れなかったというのであれば,思い出せることはありうるが,別に気に留めることもなかったことであれば,速やかに記憶から消えると思われる。非常に気にかけた出来事でも,ステージ3の直前であれば思い出すことはできないと思う。肝性脳症の程度が非常に重症であれば,ほとんど正常に復することは考えられない,というのである。
ウ K警察官の証言
(ア)K警察官は,取調べを始める前に,南大和病院の医師に事情を聴いたところ,自宅での三,四時間以内の聴取であれば大丈夫だろうと言われたので,自宅で午前10時から午後1時位まで取調べをした。取調べ開始前などに,体調が悪くなったら申し出るように言っていたが,申し出はなく,取調べを中断したことはなかった。丙谷に意識障害,言語不明瞭,うつらうつらするということはなかった。
(イ)丙谷は,すらすらと署名をし,短絡の方法の図面を手際よく書いた。平成18年8月30日には,病気のことを考えて,丙谷の妻に立ち会ってもらった。その後は,丙谷の妻が用事があるというので,立ち会ってもらわなかった。
(ウ)丙谷は,最初の同年7月20日の取調べの時は,短絡について否定していた。2回目の8月25日のとき,当初は否定していたが,「伝票もあるんだよ。」「やっていないことをやったと言う必要はないけれど,やってるのであれば本当のことを話してくれよ。」などと話していたところ,丙谷は考え込んで「実はおれがやったんだよね。」と言った。そのように認めた理由を聞くと,丙谷は,妻から,A社に用事があって電話したときに,A社の社長が修理員の誰かが直結をしたと言ったということを聞いた,刑事さんが伝票もあるというので,言い逃れができないと思ったと述べた。
エ P1検察官の証言
(ア)取調べは,午前10時から午後0時半ないし1時まで行った。K警察官から,取調べ中に体調が悪くなったら中止してほしいという引継ぎがあった。丙谷について,横たわったこと,意識障害,眠ってしまったこと,言葉が不明瞭,手が震えることはなかった。丙谷には体調が悪くなったら申し出るように言ってあったが,申し出はなかった。検察官から誘導する質問はしていない。
(イ)本当に短絡したのかどうか尋ねると,テレビでマンションが映し出されて自分がやった場所だとはっきり思い出してショックだったこと,本件湯沸器の短絡された写真を警察官に見せられて,自分がやっていた短絡と同じだと分かったこと,本件修理受付伝票を見せられて,点火不良でコントロールボックスを換えておらず,自分の担当であることから,間違いないと説明した。
(ウ)丙谷は,平成19年1月24日に供述調書の署名押印を求めると,少し考え込む様子で,もしこれに署名した場合は私はどうなるのでしょうか,マスコミに出たりするんですかと聞いてきた。そのほか,丙谷は,本件事故がマスコミに取り上げられて,マスコミ関係者も現れて困っており,刑事に相談している,職を探して早く社会復帰したいなどと言っていた。丙谷の妻は検察官らが訪れると,出かけてしまった。
オ まとめ
D証言は,肝性脳症に関する専門的知見としては尊重すべきものである。
しかし,同医師は丙谷を直接診断したものではない。また,丙谷は30回以上の取調べに応対し,警察官調書14通,検察官調書3通に署名指印しており,各署名にはいずれも乱れがない。端子台の短絡の方法を示す図面を7通作成しており,その線や文字にも特に乱れはない(甲45,弁81,82,84,94)。丙谷は,平成18年8月25日(初めて短絡を認めた日,弁79)と平成19年3月14日(弁80)には自筆の上申書各1通を作成,提出している(各日付の警察署受付印がある。),文字の乱れは相当にあるが,弁79では11行にわたって,比較的詳細な事情が記載されている。
さらに,K警察官は,取調べの最後のときに,本件湯沸器を持ち込んで,丙谷にドライバーで短絡を再現してもらったと証言しているところ,平成19年3月14日付け警察官調書(弁94)及び同日付け上申書(弁80)には,本件湯沸器を見て,これから短絡を再現する旨の記載がある。丙谷の妻が立ち会ったという平成18年8月30日付け警察官調書(弁83)には,立会人として同女の署名がある。
D証言からすると,丙谷の体調は悪かったと考えられ,丙谷がK,P1両名の証言にあるほど順調に供述していたと認めるには疑問もある。しかし,他方で,上記の諸点及び両名の証言を踏まえると,D証言が述べるほど,丙谷は思考力や記憶力が衰えておらず,取調官との通常の問答は可能であったと認められる。
(3)丙谷の検察官調書の信用性
ア 丙谷供述は,本件死傷事故の原因となった短絡は自分が行ったという自己に不利な事実を認めたものである。取調べは自宅で行われている。最初の取調べでは否定したものの,2回目からは一貫して短絡の事実を認めている。その内容は,湯沸器の点検方法,本件湯沸器の短絡を思い出した経緯,本件以外の短絡の経緯,本件修理において短絡をした理由・方法,本件修理の修理受付伝票の処理手順,その後コントロールボックスの交換を忘れた理由の考察などを具体的に供述するものである。
また,短絡するときは配線がばらけないように扇の形に接続すること,上司のA2から短絡の方法を教わった状況(A2証言も,丙谷供述に相当する機会に,丙谷に短絡してある湯沸器を見せて説明したことがあると述べている。),A社の社長A1から運転手の分まで2人分働けなどと言われていたこと(A1証言も認めている。)など,修理業務及び短絡を行っていた体験に基づかなければ,容易に語り得ない内容を含むものである。
そのほか,上記(2)オの諸点を踏まえると,丙谷は取調べ当時の自己の記憶に基づいて供述したものであると認められ,丙谷が肝性脳症にり患していたことを考えても,本件修理のときに短絡をしたという内容自体が誘導等による迎合供述であるとは考えにくい。
イ 弁護人は,丙谷の供述には,(ア)本件修理のときにコントロールボックスを持っていなかった理由及び短絡を放置した理由について,コントロールボックスの在庫がなかったという供述(弁81ないし89)から,在庫はあったので修理先に持っていくのを忘れた,年末年始の休みでコントロールボックスを交換するのを忘れたという供述(弁90)に変遷していること,(イ)応対したのが男性か女性かもよく覚えていないという供述(弁89)から,戊原花子との会話や同女の特徴の具体的な供述(甲45)に変遷していること,(ウ)ダイヤフラムを交換した後に短絡したという供述(弁83,86)が,その逆(甲45)に変遷していることなどを指摘する(ただし,(ウ)につき甲45では交換と短絡の順番は明示されていない。)。
これらは,いずれも丙谷の記憶の程度を疑わせるものであり,丙谷が取調官の示唆,提示された資料に合わせて供述を変更したことは窺われる。しかし,10年前の出来事であることや,前記アで述べた点を踏まえると,これらの変遷ないし変遷を窺わせる記載が,短絡をしたという核心部分の信用性に影響するとまではいえない。
ウ 弁護人は,丙谷は警察官調書でダイヤフラムを先に交換したと供述しているが(上記(ウ)),コントロールボックスが故障していれば,口火が保持せず本火がつかないから,先に口火を保持しない理由を調べるのが当然であり,作業に40分間を要するダイヤフラムの交換を先に行うことはあり得ないと主張する。確かに,上記供述にある手順は一般的なものではないように思われるが,取調官の誘導によって,行ってもいない短絡を述べたことまで示唆するとはいえない。
5 まとめ
(1)先に検討したとおり,①本件湯沸器の短絡は,ガス器具の修理に携わる者によって行われた可能性が高いこと,②本件修理以降に本件湯沸器の修理が行われた可能性は相当に低いこと,③当時の故障の内容,本件修理によって点火してお湯が出るようになったこと,本件修理受付伝票の記載からすると,口火がつかないという故障に対する修理が行われたと認められること,具体的にはパイロットバーナーの掃除の可能性があるが,伝票上はコントロールボックス等の部品交換を示す記載はないこと,④本件修理の際に,口火がつかないことに対する修理(短絡もその一つ)のほかに,ダイヤフラムの交換が行われたとしても不合理ではないこと,⑤本件修理から約10年後の本件事故当時,回路基板のハンダ割れによってコントロールボックスが故障しており,短絡をしなければ口火が保持しない状況であったことが指摘できる。
これらの点をもって本件修理で短絡がなされたと断定することはできないが,②の点を踏まえると,相当程度その可能性があるといえる。
(2)(1)及び4項の検討を総合すると,本件修理の際に短絡を行い,その後放置していたという丙谷三郎の検察官調書の信用性を肯定することができる。また,これらの証拠を総合すれば,本件修理の当時,本件湯沸器のコントロールボックスの回路基板にはハンダ割れが存在し,その結果,コントロールボックスが故障していたものと認められる。
(3)なお,弁護人は,ダイヤフラムの通常の耐用期間が五,六年であるから,本件修理から本件事故までの約10年間にダイヤフラムが交換され,そのときに短絡がなされた可能性があると主張する(弁論182頁)。しかし,本件修理でダイヤフラムが交換された後,Zマンションには戊原夫婦が5か月間居住し,その後空き室となり,平成11年1月ころから本件事故まで約6年10か月間,被害者両名が1人ずつ居住したが,両名はシャワーを使う程度であった。また,被害者秋男は,しばしばお湯がぬるくなることがあったと述べながら,前記のとおり,自分が平成17年3月まで住んでいた間は,修理をしたことはないと供述している(甲27)。そうすると,ダイヤフラムの耐用期間の点は前記(2)の判断を左右するほどのものではない。
弁護人は,被害者秋男と丁田春男が,平成16年ころ,お湯の温度が下がり,そのときにプラグが抜けていたので差し込んだところ,お湯が熱くなったと供述している(甲23,34)ことから,弁論(182頁)において,この事実は,コントロールボックスの停電時燃焼防止機能が働いて燃焼が止まったことを示唆しているとし,その時点では短絡がなされていなかった蓋然性が高いと主張する(他の証拠による補強は示されていない。)。しかし,上記機能が働いたとすれば,お湯を出すには,再度ガス栓つまみを回して点火する必要があるが,両名は単に再びプラグを差し込んだら熱くなったと述べるのみであって,むしろコントロールボックスの上記機能による燃焼停止ではなく,ほかの現象を示唆しているとも考えられる(例えば,プラグが抜けて排気ファンが停止したが,短絡されていたために燃焼が継続し,不完全燃焼が始まって湯温が低下した。その後,プラグが差し込まれて回復した。)。弁護人の主張は根拠のあるものとはいえない。
第4 7機種において短絡事故の危険が存在していたこと
1 多数の短絡行為がなされていたこと
(1)端子台における短絡の方法
端子台の端子に接続されている配線を変更して短絡が行われることは前記第2の3(3)のとおりである。配線の変更の方法としては,別図4に図示されているように,一方の端子のねじを緩めて配線をはずし他の一方に2本の配線をまとめて接続する方法,2個の端子の間をリード線等で接続する方法のように端子台において短絡させる方法がある。そのほかに,端子台に至る途中で2本の配線を短絡させる方法などもある。
ところで,7機種のコントロールボックスは,別図1のとおり,フロントカバーを外して正面の右下あるいは左下にあり,端子台はコントロールボックスの外側の側面にむき出しの状態で設置されている。端子台の端子につながる配線はねじで固定されているが,そのねじは修理業者が日常携行しているドライバーで簡単に緩めることができ,そうすれば上記のように配線を変更することができる(甲10ないし12,弁27,後記F,E1,G,A2の各証言)。
このように,7機種の短絡は,フロントカバーを外し,ドライバーを用いて端子台の上の配線を変更することによって行うことができる。その方法は,ある程度7機種の構造や電気について知識のある者でなければ思いつかないとしても,それを知ってしまえば,作業としては,特別な技術を必要としない簡単なものであったといえる。
(2)7機種において短絡が行われていた状況
ア 事故一覧表の13件の事故の発生
短絡された7機種は,通電がない状態で使用されたことなどが原因で,昭和60年から平成13年までの16年間に,事故一覧表の13件の一酸化炭素中毒による死傷事故が発生していた(前記第2の3(4))。北海道6件,長野県2件,奈良県,神奈川県及び大阪府各1件,東京都2件と全国各地で発生し,LPガス9件,都市ガス4件であった。
短絡の部位は,事故一覧表F欄のとおり12件において端子台であった(例外は⑫大阪事故で,端子台に至る途中の段階で2本の配線が短絡されていた。)。電源については,同表G欄のとおり,電源が入っていなかった事例が9件,入っていた事例が2件,不明が2件である(電源が入っていたものについては,故障により排気ファンが回転しないにもかかわらず,短絡のために排気溢れ防止装置が機能しなかったことが考えられる。)。短絡を行った者については,当時からパロマサービスショップの従業員であると疑われる事例もあったが,結局いずれも不明であった(甲84,113,乙川乙31ないし33,36,38,41等)。
イ 多数の短絡が発見されたこと
(ア)事故一覧表②,⑫,⑬の事故においては,事故後に被害マンション等の点検が行われており,事故機以外にも7機種の短絡が発見されている。②苫小牧事故では,事故機を修理した可能性のあるパロマサービスショップであるE商店及びパロマの地元営業所は,E商店の修理履歴のある7機種200台ないし300台を点検し,4ないし5台の短絡された7機種を発見した(E1証言,W1証言)。⑫大阪事故では,被害マンションほか1棟のマンションで,54台の7機種のうち7台の短絡が発見された(甲138資料61,W2証言)。⑬新宿事故では,被害マンションの別の1室で短絡が発見された(甲113,乙川乙38)。
(イ)パロマ工業が本件事故後に行った回収の結果,231台の短絡が発見された(前記第2の5(2))。それらは北海道から沖縄まで全国各地で発見され,LPガス用機器と都市ガス用機器の割合は同程度であった(甲128)。
(ウ)このように,7機種においては,昭和55年の販売から平成19年の回収までの間に,全国各地,LPガス用,都市ガス用の双方の機器で二百数十件の短絡が発見されていた。
ウ パロマサービスショップの従業員が短絡をしていたこと
証人Fは昭和43年から平成13年7月まで神奈川県下で,証人E1は昭和50年から昭和62年まで北海道苫小牧市で,それぞれパロマサービスショップを経営していた。証人Gは昭和50年から本件事故後まで多摩市内でパロマサービスショップを経営しており,前記証人A2は昭和50年ころから本件事故後までA社で部品の在庫管理等を担当している。この4名がパロマ工業製品の修理業務に従事した時期は,7機種が発売された昭和55年ころから本件事故時にまたがっているところ,同人らはいずれも7機種の修理の際に短絡をしたことがあると証言しており,その証言は信用することができる。
その証言によれば,Fは10件程度短絡し,その部下も短絡を行っていたこと,E1は多いときは1日四,五台短絡していたこと,A2もコントロールボックスが手元になかったときに1度行ったこと,Gも(頻度は不明であるが)コントロールボックスが手元になかったときに応急措置として短絡を行っていたことが認められる。また,上記4名が行った短絡は,いずれも端子台におけるドライバーによる配線の変更であったと認められる。
エ 短絡の主な原因はコントロールボックスの故障であったこと
短絡の理由につき,上記4名の証言によれば,同人らは,燃焼しない場合にはコントロールボックスの故障を疑い,テスターによるコントロールボックスの通電検査又は短絡をして燃焼するかどうかを確かめる方法(燃焼すればコントロールボックスが故障している。)により,コントロールボックスが故障していることを確認するが,コントロールボックスが手元になく,使用者から早く直すよう強く要望されたときなどに,やむを得ず応急措置として短絡を行っていたことが認められる。
そして,事故一覧表H欄のとおり,13件の短絡事故のうち,少なくとも8件(①,③,④,⑥,⑧ないし⑩,⑫)でコントロールボックスの故障が確認されている(甲84,138資料61,乙川乙32,36,41,W2証言等)(本件湯沸器も同様[前記第2の4(2)ア(エ)])。また,パロマ工業が,平成18年8月19日までに回収した7機種のうち,短絡が発見されたのが226台であり,そのうち同時点で故障原因が特定されていたのは137台であるが,同137台の約7割強に相当する99台で,コントロールボックスの基板にハンダ割れが発生しており,これらの相当部分はコントロールボックスに故障が生じ,そのために燃焼しなくなったものと推認できる(甲70)。
したがって,7機種について短絡が行われた主な原因は,コントロールボックスの故障であったと認められる。
オ 7機種のコントロールボックスの故障が相当数発生していたこと
(ア)F,E1及びA2の担当区域では,7機種のコントロールボックスの故障が多く発生し,在庫がとぎれたこともあったことから,パロマのサービスセンター(東京,大阪)や営業所にコントロールボックスの不足を伝えて,早く納入するよう依頼していた(上記3名の証言)。
証人Hは,昭和44年から平成7年まで,パロマの東京サービスセンターの所長であったが,その証言によれば,7機種について,パロマサービスショップから返品されてくるコントロールボックスが一時期多く,その在庫が途切れることがあったこと,Hは,コントロールボックスを出荷前の新商品から外したり,他の営業所から融通してもらったりし,パロマ本社にも増産を要求していたことが認められる。
(イ)パロマ工業は,平成19年8月29日までに,短絡されていない7機種1万8621台を回収した。7機種の製造工程からして,湯沸器本体の製造年月日よりもコントロールボックスの製造年月日が後の湯沸器については,本体の製造後にコントロールボックスが交換されたと認められるところ,上記1万8621台のうち,1万6243台(製造台数26万台余の約6.2%)については,湯沸器本体及びコントロールボックスの製造年月日が確認可能であり,その約18.3%に当たる2969台においてコントロールボックスの製造年月日のほうが新しく,これらは湯沸器の製造後に交換されたものと推認できる(甲81)。
また,パロマ工業は,平成5年から平成10年までの約5年間に,交換用コントロールボックス5922個を出荷している(弁178に基づく乙川28回16)。
(ウ)コントロールボックスの故障の原因は主として回路基板のハンダ割れと認められ,かつハンダ割れは一定の割合で生じていたと認められる。すなわち,
(a)事故一覧表H欄でコントロールボックスの故障が確認された前記8件のうち,同I欄のとおり6件(⑥,⑫以外)において,コントロールボックスの基板にハンダ割れが発生していた(甲84,乙川乙32,36,41等)(本件湯沸器も同様)。
(b)パロマ工業は,7機種の販売後,コントロールボックスの基板にハンダ割れが発生していることを知り,PRリレーの足部の折り曲げ(昭和57年4月),6Pコネクターの補強(昭和59年1月)など,8回にわたり基板の改良を行った(乙川乙68,弁118)。被告人乙川が平成4年ころ,不良交換した7機種のコントロールボックス30個を集めて基板を調査したところ,昭和59年1月の改良以前のコントロールボックス16個のうち12個にハンダ割れが認められた(乙川乙41,68)。さらに,本件事故後,独立行政法人製品評価技術基盤機構が,7機種のコントロールボックス53個を調査したところ,PRリレーのコイル部のハンダが一部でも割れているものは42個であった。そのうちの14個は昭和57年4月の改良以前の基板で,いずれも全周に渡るハンダ割れが存在し,導通がない状態であった(甲69)。
(エ)上記各事実によれば,検察官が主張するように「コントロールボックスの基板がハンダ割れを起こしやすく,コントロールボックスの故障率が極めて高かった」とまでいえるかはともかくとしても,7機種について,コントロールボックスの故障の主な原因となるハンダ割れが一定の割合で生じており,それらの結果,コントロールボックスの故障が相当数発生していたと認めることができる。
2 短絡が相当数放置され,その使用に伴う死傷事故の危険が高かったこと
(1)短絡が存在した可能性
上記1をまとめると,7機種の短絡は,フロントカバーを外し,ドライバーを用いて端子台の配線を変更すればよいだけであって,その方法を知ってしまえば,特別な技術を必要としない簡単な作業であった。コントロールボックスが故障して,湯沸器のガスが燃焼せずお湯が出なくなるという事態が相当数発生する中で,その修理を求められた修理担当者は,コントロールボックスが手元にない場合などに,簡単な作業でできる措置として,しばしば短絡を行っていたものと推認することができる。
もっとも,F,E1,A2及びGは,短絡した機器については,コントロールボックスが手に入り次第,コントロールボックスを交換したと供述している。確かに,同人らは短絡をしたとしても,その後で正規の修理を行うことを原則としていたのであろう。しかし,E1が短絡したものについては,その後,現に短絡されたままになっていたものが少なくとも四,五台発見されているし,平成18年以降の点検により,現に231台もの短絡された7機種が全国各地で発見されているのであって,修理業者によって短絡された機器がそのまま放置されていることも少なくなかったと認められる。
そうすると,検察官が被告人両名の注意義務の始期として主張する平成13年1月5日ころには,全国各地に存在する7機種において,パロマサービスショップの従業員を含む修理業者によって行われた短絡が現に残存していたと推認することができるし,新たに短絡がなされる可能性も認められ,短絡が放置されたまま使用される7機種は相当数に上る可能性があったと認められる。
(2)死傷事故の危険性
7機種が短絡されていた場合,使用者のほとんどは知識のない一般消費者であるから,電源プラグが抜けていることに気が付かない,あるいは電源プラグを入れておくことの重要性に気付かないなどの事情から,電源が入っていない状態で使用される事態が稀にではあっても一定の割合で生じる可能性があったと認められる。そして,そのようにして排気ファンが作動しない状態で燃焼が継続すれば,不完全燃焼による一酸化炭素中毒により,使用者等が死亡又は重傷に至る危険性が極めて高かったのである。
そうすると,平成13年1月5日ころから本件事故までの間に,全国いずれかの場所に設置され短絡された7機種の使用に伴って,使用者らに死傷事故が発生する危険性が客観的に存在していたものと推認することができる。
もっとも,弁護人が主張するように,一連の短絡事故を受けて,パロマ両社及びガス事業者は一定の事故防止対策を講じており,それによって実際には危険性は低下していた可能性もあるので,以下,その対策について検討する。
3 一連の短絡事故に対する事故防止対策
(1)パロマ両社によるパロマの営業所,パロマサービスショップ等に対する対策
ア 平成2年の③帯広事故について
パロマ工業は,お客様相談室(平成8年までパロマ工業サービス部所属,同年以降平成18年まで同品質管理部所属)名で,事故後まもなく,パロマの営業所やパロマサービスショップ等に対し,「ガス器具の安全点検に対する注意」と題する文書(弁30)を発出し,ガス器具全般について,『いかなる理由があっても……安全装置を外したり,殺したり等の改造作業は絶対に行ってはならない。』などの注意喚起を行った(『』内は文書の文言[以下同様]。弁30は,昭和63年5月にパロマ工業がパロマの営業所等にあてて発出した文書[弁29]と同内容)。同時に,統括営業所の所長に対し,北海道で強制排気式湯沸器のコントロールボックスの端子部の短絡を原因とする一酸化炭素死亡事故が発生したことを知らせ,上記文書(弁30)について関係者に広く啓蒙するよう指示した(乙川28回71,乙川乙31資料4)。
イ 平成3年から平成4年の④ないし⑧の事故について
(ア)パロマ工業は,平成3年9月,品質管理部名でパロマのサービスセンターや営業所等に対し,「メンテナンス情報No.132」(乙川乙32資料6)を発出し,7機種等について,修理の機会ごとに停電時遮断確認を行い,安全装置の回路の改造や誤接続がないかを確認するよう指示した。また,パロマサービスショップや一般の販売店などに向けて,停電時遮断確認を依頼するちらしを配布した(乙川29回1)。
(イ)パロマ工業は,⑤奈良県事故及び⑥横須賀事故の発生後まもない平成4年1月,お客様相談室名でパロマの営業所やパロマサービスショップに対し,「トレーナーニュースNo.6」(弁32,別図4)を発出し,7機種について,修理の際には停電時遮断確認を行い,誤配線があった際には必ず正規の配線に戻すよう指示した。同文書には,『PH─81F……型』『……点検確認のお願いの件』『最近,強制排気型湯沸器で,強制排気ファンが回転せずに燃焼し続けたために,CO中毒事故が発生しています。』『下記のような誤配線は絶対に行わないように徹底すると同時に,誤配線してある器具を発見した場合は,必ず正規の配線に直す様徹底願います。』などと記載されており,同方法による7機種の短絡に特化した指示文書であった(乙川29回19)。
(ウ)パロマは,全国のサービストレーナー(④軽井沢事故を契機として,パロマに設けられた。平成13年当時全国12箇所に各1名配置[甲103])を招集し,パロマ社員やパロマサービスショップに対して短絡禁止を徹底するように指示した。また,全国のパロマサービスショップを地区ごとに分けて,サービスショップ会議を開催し,前記「トレーナーニュースNo.6」に基づく再教育を実施した。パロマの代理店傘下のLPガス販売事業者等に対しても,全国的に事故防止に向けた説明会等を実施した(250回開催,延べ4000人参加,乙川29回22)。
ウ 平成7年の⑨恵庭事故及び⑩上田事故について
パロマは,同2件の事故を受けて,サービストレーナーの会議等で短絡禁止と短絡発見の再教育を実施した(乙川29回31)。
エ 平成9年の⑫大阪事故について
パロマは,同事故発生後,パロマサービスショップに向けて,「ガス器具の安全点検に関する注意等の周知徹底のお願い」と題する文書(弁56)を発出し,添付の「強制排気型湯沸器の点検確認のお願いの件」と題する文書(弁57。前記「トレーナーニュースNo.6」とほぼ同じ内容)等に基づいて,パロマサービスショップの社員に向けた安全点検に関する説明会を実施するよう依頼した。これを受けて,全てのパロマサービスショップから,パロマに対し,安全点検に関する説明会を実施した旨の確認書が返送された(返送率100%。乙川29回46)。
オ 平成13年の⑬新宿事故について
パロマ工業は,同事故発生後,お客様相談室名で,パロマの営業所,サービストレーナーに対し,7機種について,当該機器又は他の機器の修理の機会に7機種の停電時遮断確認を行うこと,買換の促進を行うことなどを指示する文書3通(弁65ないし67)を発出した(なお,被告人乙川は,サービストレーナーはパロマサービスショップに対し,同各文書の内容を指導したと供述しているが,前記F,G,A2は,同各文書は見ていないと証言している。)。
カ 小括
パロマ両社は,③帯広事故の発生以降,短絡事故が発生するたびに,パロマサービスショップ等に対し,上記のような指導を行っていた。それはパロマ関係者に対しては,広範かつ繰り返しなされたといえる。しかし,いずれにおいても,事故が発生していることは伝えられたが,いつ,どこで,どのような事故が発生したかは具体的に伝えられておらず(F証言等),短絡の発見,是正についても,修理等の「業務機会」を捉えて点検することを指示したにとどまった。このように,パロマ両社による指導は,パロマサービスショップ等に短絡の危険性を十分に認識させ,その禁止,発見・是正を徹底させる方策として,十分なものではなかった。
(2)ガス事業者による対策
ア 7機種の点検
一連の短絡事故のうち,②,③,⑤,⑨の事故に対しては,事故発生後,事故機にガスを供給していたガス事業者等がその管内の7機種の点検を行い,又は業者団体からその要請を受けている。
すなわち,②苫小牧事故の発生後,前記1(2)イ(ア)の点検のほかに,事故機にガスを供給していたLPガス販売事業者も供給先の点検を行った(W1証言)。帯広ガス株式会社も,管内の③帯広事故の発生を受けて,同型機器であるPH─101F型湯沸器の一斉点検を行った(乙川29回23,乙川乙32資料2)。⑤奈良県事故の発生後,社団法人奈良県高圧ガス保安協会は会員のLPガス販売事業者に対し,強制排気式湯沸器のファンの作動状況を確認すること等を内容とする一斉点検を要請した(乙川乙32資料7)。⑨恵庭事故の発生後,北海道LPガス協会は会員のLPガス販売事業者に対し,7機種のうちの4機種につき,短絡の有無を点検するよう要請した(乙川乙36資料2。以上につき乙川29回23~37)。
しかし,これらはごく限られた地域,使用者を対象としたものであった。
イ 平成5年版「CO中毒事故防止マニュアル」の作成,配布
(ア)パロマ工業は,平成4年2月ころ,社団法人日本ガス石油機器工業会(ガス石油機器のメーカーの団体であり,規格基準の作成や調査研究などを行う。以下「工業会」という。)に対し,短絡事故について業界として統一した対応をしたいので,それを推進してほしいと要請した。同年8月ころには,工業会に対し,通商産業省(以下「通産省」という。)や関係団体に働きかけてくれるよう要請した(乙川29回22)。
(イ)工業会は,平成2年から4年の③,⑤,⑥の短絡事故を把握しており,上記要請を受けて検討し,「不適切な改造が加えられた強制排気式(FE)機器に対する安全対策について」と題する文書(弁24)を作成し,通産省に対し提出を打診した。同文書は,不適切な改造が加えられた強制排気式機器に対する安全対策として,ガス機器メーカーに対しては改造の見分け方を具体的に示すことを,LPガス販売事業者等に対しては定期保安点検時を利用するなどして特別点検を実施することを,それぞれ提案するものであった(同文書については後記第7の1(4)でも検討する。)。
しかし,通産省に同文書を提出するには至らず,工業会は,LPガス販売事業者の団体が発行するパンフレットの中に,不適切な改造への対策を掲載してもらうこととした。その後,社団法人高圧ガス保安協会(高圧ガス保安法に基づき設立された特殊法人であり,高圧ガスとLPガスの保安に関する専門機関)が通産省の委託に基づいて作成した平成5年3月発行の「CO中毒事故防止マニュアル」(弁40)の中に,上記対策に係る記載が盛り込まれ,全国のLPガス販売事業者に配布された(W3証言,甲76。W3は昭和50年4月から平成13年3月まで工業会に勤務)。
(ウ)上記マニュアルには,機器の改造による事故例として⑤奈良県事故が掲載されており,その防止対策として,強制排気式給湯器について,給湯栓を開いてお湯を出したときに換気ファンが回転するかどうかを調べた上,その状態で電源プラグを抜いたときに5分以内に燃焼が停止するかどうかを調べる(すなわち,停電時遮断確認)という点検が掲載されている。しかし,同マニュアルでは,短絡の具体的方法が示されているわけではなく,停電時遮断確認を確実に実施することを要請,指導する旨の記載もない。一方,そのほかにも6件の事故例と3個の事故防止対策が掲載されている。
同マニュアルは,当時,LPガス事故の発生件数が激減していたにもかかわらず,一酸化炭素中毒事故のみが増加傾向にあったことから,その対策のために作成・発行されたものであり,同マニュアルで事故防止対策を紹介した趣旨は,LPガス販売事業者に対し,定期保安点検等の際に各対策を自主的に行うことを依頼したにとどまる(W4証言,甲77。W4は昭和60年から高圧ガス保安協会液化石油ガス部に勤務)。
(エ)弁護人は,同マニュアルは,通産省が高圧ガス保安協会に委託して,全国のLPガス販売事業者に対し,7機種等の短絡による事故防止対策を要請,指導したものであり,全国のLPガス販売事業者は,これに従って短絡発見のための点検を実施したと主張する。しかし,上記のとおり,同マニュアルは短絡発見のための点検を奨励したに過ぎない。現実にLPガス販売事業者によって停電時遮断確認等の点検が行われたことを示す証拠は,そのように思っているという被告人乙川の供述以外には存在せず,仮に行われたとしても一部に留まったと認められる。
ウ 平成9年からのLPガス販売事業者の一斉点検
通産省は,平成9年9月22日,「CO中毒事故防止総合保安対策の実施について」という通達(弁63)を発出して,LPガス販売事業者に対してガス器具の一斉点検を指示した。これを受けて,高圧ガス保安協会は,平成9年10月,新たに「CO中毒事故防止マニュアル」(弁42)を作成してLPガス販売事業者に配布した。その後,LPガス販売事業者は,上記通達に従ってガス器具の一斉点検(点検期間は2年間)を行い,同マニュアルに沿った点検作業をした。
しかし,上記通達及びマニュアルは,短絡発見のための点検を求めていない。同通達は,『自然排気式以外の排気筒を有する燃焼器具』(なお,これには強制排気式も含まれる。)の点検の方法として,燃焼器具,排気筒等の外観目視,燃焼炎の目視としか定めていないし,同マニュアルも,強制排気式湯沸器の点検項目として,排気筒の点検,排気筒の排気扇の作動点検等を定めているが,停電時遮断確認等を定めていなかった。そして,現にこの一斉点検では停電時遮断確認等は行われなかった(甲77,W4証言,W5証言。W5は昭和54年から東京ガスの子会社でLPガス販売事業者である東京ガスエネルギー株式会社に勤務し関東地区の支社長等を務めた。)。
弁護人は,同点検について,短絡発見のための点検が行われたと主張するが,採用できない。
エ ⑫大阪事故に対する大阪ガス株式会社(以下「大阪ガス」という。)の対策
大阪ガスは,⑫事故につき,平成9年10月1日,近畿通商産業局長に対し,「ガス事故詳報」(弁60)を提出した。同詳報の『事故発生の防止対策』欄には,『定期保安巡回時における安全使用周知(特に排気溢れの有無確認等)の継続実施』との記載がある。この対策につき,大阪ガスの担当者は,定期保安点検の際に使用者に対し,安全使用の周知,特に使用者自身が排気溢れの有無を確認する方法(排気筒の部分に手をかざすなどの方法)の周知を継続して実施する意味に理解していた。大阪ガスは,⑫事故から本件事故までの間に,定期保安点検の際に上記対策は継続実施したが,7機種について短絡発見のための点検(停電時遮断確認等)を行ったことはなかった(W6及びW2の各証言。W6は平成17年6月から大阪ガスのリビング事業部リビング技術部所属でガス事故の対応や定期保安点検に関する業務に従事。W2は⑫事故当時,大阪ガス大阪リビング営業部営業技術チーム大阪支社勤務で定期保安点検の管理,ガス事故の対応等の業務に従事)。
弁護人は,上記『事故発生の防止対策』欄の記載,大阪ガスの社内教育文書等(弁61,62)を根拠に,大阪ガスは定期保安点検において特に排気溢れの有無の確認,すなわち停電時遮断確認を行って「排気溢れが生じたことが継続しないことの確認」を行うことを周知徹底したものであると主張する。しかし,W6及びW2の各証言によれば,大阪ガスがそのような対策を決定したことも,実施したこともなかったと認められる。
オ ⑬新宿事故に対する東京ガスの対策
東京ガスは,⑬事故について,平成13年1月30日,関東経済産業局長に対し,「ガス事故詳報」(弁69)を提出した。同詳報の『事故発生の防止対策』欄には,『事故当時,安全装置の機能が働かなくなっていたと思われることから,当社グループの関係者に対し過去の事例等を紹介するなどの教育を今後とも継続実施していく。』との記載があり,同記載のとおり,東京ガスは同社社員等に対し短絡禁止の教育を行った。他方,東京ガスが,⑬事故から本件事故までの間に,定期保安点検の際に7機種につき停電時遮断確認等の短絡発見のための点検を行ったことはなかった(弁72,W7証言。W7は,平成7年から平成14年3月まで東京ガス機器保安部機器保安グループに所属し,消費機器のガス事故,不具合などに対応する職務に従事していた。)。
カ 小括
ガス事業者による7機種の短絡発見のための点検としては,②,③,⑤,⑨の事故後に事故に関係した限られた範囲で実施され,あるいは実施が要請されたに留まった。平成5年版「CO中毒事故防止マニュアル」は短絡発見のための点検を勧めてはいるが,これをLPガス販売事業者に義務付けたものではなく,そうした点検が行われたとしても一部に留まった。平成9年の一斉点検,大阪ガス及び東京ガスの対策においても,短絡発見のための点検は行われなかった。
(3)まとめ
(1)(2)を総合すると,パロマ両社は,パロマサービスショップ等に対して短絡禁止の注意喚起文書を発出するなどの対策を講じていたものの,それ自体,パロマサービスショップによる短絡の防止,短絡の発見・是正の方策として十分なものではなかった。しかも,7機種の修理を行う業者はパロマ関係者以外にも存在するし,現に事故一覧表の事故では短絡を行った者がパロマサービスショップやパロマの従業員であると判明していたわけではなかった。ところが,パロマ両社による対策はパロマ関係者のみに向けられたものであった。
ガス事業者による防止対策についても,短絡禁止や発見に関するマニュアルの配布や社員教育が行われたものの,短絡発見のための点検が行われたのは一部に留まったと認められる。このほか,7機種の短絡事故の危険性について,マスメディア等を通じた一般使用者向けの注意喚起が行われたことがなかったことも関係証拠上明らかである。
そうすると,弁護人が指摘する事故防止対策の点を考慮しても,前記2で述べたとおり,一酸化炭素中毒による死傷事故発生の危険性は客観的に存在していたものと認められる。
第5 本件において講じられるべき事故防止対策
1 検察官の主張する事故防止対策
検察官は,⑬新宿事故後の平成13年1月5日ころ以降,短絡事故の再発防止のために,①マスメディア等を利用した方法(前記第1の4(2)ウの釈明)により,7機種の使用者,管理者及び所有者(以下「使用者等」という。)に対し,「強制排気装置を作動させない状態で7機種を使用した場合には一酸化炭素中毒に陥る危険性があり,電源プラグを抜き,湯沸器内の強制排気装置が作動していないのに湯が排出される場合には,直ちにその使用を中止する等の注意喚起」を徹底すること,②物理的に把握することが可能であったすべての7機種を点検して短絡の有無を確認し,短絡がなされた7機種を回収することなどの安全対策が講じられることが必要であったと主張している。
2 全国に存在するすべての7機種を対象とした対策が必要であったこと
(1)前記第4の2のとおり,平成13年1月5日ころ以降,全国各地にある7機種の相当数において,短絡が放置されたまま使用される可能性が存在し,その使用に伴って死傷事故が発生する危険性が客観的に存在していた。
短絡事故の防止対策を検討するに当たっては,まず,これを一般の使用者等や個々の修理業者に委ねることはできない状況であったことを確認すべきである。一般の使用者等は,短絡されている事実を知らないか,知っていても,その危険性を知らず,あるいは十分に意識しないことが多い。対策をとる技術もない。短絡事故を防止すべき第一次的な責任は,危険な短絡を行ってはならない義務,あるいは行った短絡を是正すべき義務を負う修理業者(所属組織を含む)に帰属すべきであるとしても,現実には,これらの業者は(業者によっては短絡禁止教育を無視して)短絡を行い,あるいは短絡を是正せず,だからこそ7機種について上記の危険が生じていたのである。
ところで,7機種は全国で26万台以上販売され,一連の短絡事故は全国各地で起きていた。平成18年以降の点検で発見された短絡機器231台は全国各地に存在していた。一連の事故において短絡を行った人物やその所属組織も不明であった。つまり,短絡された7機種は全国どこにあってもおかしくないし,新たな短絡がどこで発生してもおかしくない状況であった。
そうすると,平成13年1月5日ころ以降において,短絡事故の再発を防止するためには,7機種の使用者等や関係した個別の修理業者に対応を委ねるのではなく,ガス機器又はガス供給に関係する,いわば,より上位の者(組織)によって事故防止対策が行われる必要があり,かつそれは,全国に存在するすべての7機種を対象として行われる必要があったといえる。
(2)付言するに,本件事故の直接の原因は,パロマAサービスショップの従業員が短絡を行ったことであり,同ショップによる本件湯沸器の修理履歴も存在していた。したがって,事故防止対策としては,あえて全国の7機種にまで対象を広げなくとも,パロマサービスショップによる修理対象となった7機種,さらにいえばパロマAサービスショップに修理履歴のある7機種の範囲内で注意喚起や点検・回収を行っていれば,本件事故の発生は回避することができたともいえる。しかし,それは結果論であって,短絡された(されるかもしれない)7機種はどこにあってもおかしくない状況であって,事故の起きそうな所を予測することはできないのであるから,すべての7機種を対象としなければ有効な安全対策にはならない。
また,個々のガス事業者はガスの供給区域が限定されているので,対策をとるべき地域も限定されるが,パロマ両社は全国に製品を提供していたのであるから,そういった限定は存しない。したがって,被告人両名に義務付けるべき事故防止対策を論じる場合,その対象としては全国すべての7機種に対するものにならざるを得ない。
もっとも,被告人両名についても,一部の機器については履行可能性や義務付けの根拠を欠くなどの事情で,事故防止対策をとる義務が否定されることはありうるが,残余の部分に対する防止対策でも効果があるのであれば,その部分に対する義務までが否定されることにはならない。そして,本件湯沸器がその義務を肯定された機器に含まれていれば,被告人両名の過失責任は肯定されうることになる。
3 具体的な事故防止対策
(1)注意喚起の徹底
ア すべての7機種を対象として,検察官主張の方法で全国に向け,使用者等に対する注意喚起がなされる必要がある。もちろん,それだけでは不十分であるが,一定程度の事故を防止するとともに,点検・回収を確実に行うために使用者等に協力を促す効果がある。
イ もっとも,検察官は,「電源プラグを抜き,湯沸器内の強制排気装置が作動していないのに湯が排出される場合には,直ちにその使用を中止する」という停電時遮断確認の勧告をも主張する。しかし,機器が短絡されていた場合には,停電時遮断確認をすることで,短時間であっても不完全燃焼の危険を生じさせることになる。そうした検査を一般の使用者に求めることは相当ではない(弁論44頁参照)。
ウ イの点は除くとしても,検察官のいう注意喚起とは,「強制排気装置を作動させない状態で7機種を使用した場合には一酸化炭素中毒に陥る危険性があり」とあるように,むしろ,短絡されている場合の危険性の告知に主眼があるものと解される。平たく言えば,「7機種において短絡がなされている可能性があり,短絡されていれば,電源プラグが抜けていたり,停電したりしたときに,ガスが遮断されずに燃焼するが,強制排気装置が作動しないので一酸化炭素中毒事故を起こす危険性がある」ということを告知するのが主旨であろう。そして,本件においては,そのような注意喚起がなされる必要があったと認められる。
エ なお,パロマ工業は,本件以前に3件のリコールを行っているが(前記第2の1(4)),平成3年のリコールにおける新聞掲載の謹告文は,「昭和60年8月から平成2年3月までに製造いたしましたガス給湯器及びガス給湯風呂システムの一部におきまして,(中略)ごくまれですが,過熱防止装置(温度ヒューズ)の作動がおくれ,機器の背板が過熱されることのあることが判明いたしました。(中略)早期に点検と温度ヒューズの追加取付作業等(無料)を実施させていただきますので,よろしくお願い申し上げます。(中略)該当する機器をご使用のお客様は,弊社の左記窓口までご連絡下さいますようお願い申し上げます。」というものであり,対象機器の不具合の具体的内容を告知し,点検・改修を行うのでパロマ工業に連絡するよう呼びかけるものであった(他の2件の謹告文も同旨。乙川乙43)。
オ 弁護人は,注意喚起を徹底するためには,短絡の事例やコントロールボックスが故障したときに短絡によって使用できるようになることを知らせる必要が生じ,かえって短絡の増加を招くと主張する(弁論143頁)。しかし,短絡のメカニズムやその詳細を知らせなくても,上記ウのように危険性を告知することで,注意喚起としての効果は十分に図ることができると考えられる。パロマ工業の上記謹告文に照らしても,その点は明らかである。
(2)点検・回収の措置
ア 短絡事故を防止するためには,短絡された状態で使用されるのを阻止しなければならない。そのためには,全国に存在するすべての7機種を対象に短絡の有無を点検し,短絡されている機器を回収する必要がある。短絡されていた機器について再修理をすることも考えられるが,短絡の原因の多くがコントロールボックスの故障で,平成9年5月にコントロールボックスの出荷が終了していたことからすると(弁18),平成13年以降の時点では,短絡機器の多くは正規の修理は不可能であったと認められる。そうすると,短絡を是正しても再度短絡されるおそれがあるので,回収が必要となる。無条件で回収するほうが安全確実であるが,短絡がなく,コントロールボックスが正常に機能している機器については,短絡されるおそれが具体化していないので,回収までする必要はないとする検察官の見解は是認できる。
もっとも,関係者に点検・回収を求めるとしても,およそ所在の把握や点検・回収作業が不可能な機器は除くべきであるから,検察官も主張するように,それは「物理的に把握可能なすべての7機種」に限られる。
イ 弁護人は,平成13年1月5日ころにおいて,7機種の一斉点検・回収をしなければ本件事故が発生するという切迫した危険は存在しておらず,本件事故のあったガス種及び地域では,東京ガスによる定期保安点検時の停電時遮断確認によって事故は回避できたと主張する(弁論70頁。ただし,⑬新宿事故以後,東京ガスが定期保安点検時に上記テストをしていなかったことは前記第4の3(2)オ認定のとおり)。しかし,定期保安点検は,40か月に1回以上(都市ガス)又は4年に1回以上(LPガス)の割合で行われるものに過ぎないし,訪問時に使用者等が不在で調査できない場合も少なくない(東京ガスについては約8%[甲127],大阪ガスについては約6%[甲110])。本件湯沸器についても,東京ガスの担当者が定期保安点検のために平成12年4月と平成15年4月にZマンション1階を訪れたが,いずれも不在であった[甲113]。)。
当時,7機種について生じていた危険性に照らすと,3ないし4年に1回程度行われる定期保安点検において,仮に停電時遮断確認が実施されたとしても,防止対策としては不十分であったというべきである。
第6 検察官主張の事故防止対策による結果回避可能性,その履行可能性
便宜上,はじめにパロマ両社による対策について上記各可能性を検討し,次に被告人両名について検討する。
1 結果回避可能性(因果関係)
(1)弁護人の主張について
弁護人は,本件湯沸器が短絡された時期は不明であり,本件事故直前になされた可能性もあるから,検察官主張の事故防止対策を講じたとしても,本件事故の発生は回避できなかった蓋然性が高いと主張する。しかし,丙谷の検察官調書等により,本件湯沸器は丙谷によって平成7年12月30日に短絡され,その短絡の結果,本件事故が発生したと認められるので,弁護人の主張は前提を欠くものである。
(2)注意喚起の徹底
平成13年から平成17年の本件事故までのZマンション1階の居住関係,父の丁田春男が週に1回程度はZマンション1階を訪れていたこと,このころのマスメディアその他の情報網の状況を踏まえると,検察官が主張する周知方法によって,被害者両名や丁田春男らに注意喚起が伝達された可能性は相当程度あったと認められる。そして,7機種について短絡されている可能性と短絡の危険性が告知されれば(前記第5の3(1)ウ参照),それに接した被害者らにおいて,確実とはいえないまでも,自主的に本件湯沸器の使用を中止した可能性はある。
(3)点検・回収
検察官は,点検・回収の前提として,パロマ両社は,自ら又はパロマサービスショップが保管する7機種の修理伝票等を確認し,あるいはガス事業者に情報提供を求めることによって,7機種の設置場所等を把握することができたと主張している。
本件湯沸器については,平成2年,平成3年,平成7年の3回,パロマAサービスショップの従業員が修理を行っており,2回目の修理明細報告書はパロマの東京サービスセンターに,3回目の修理受付伝票はA社に保管されていた(前記第3の2(3)。甲48,51,乙川乙44)。そうすると,パロマ両社はこれらの修理伝票等を調査することにより,本件湯沸器がZマンション1階に設置されていることを把握した上,点検・回収をすることができたと認められる。なお,東京ガスもPH─81F型機器がZマンション1階に設置されていることを把握していた(弁122)ので,パロマ両社としては東京ガスに設置場所の情報提供を求める方法もあった。
なお,定期保安点検では不在のために点検できないときが一定程度あるとしても,短絡の危険性を知らせる注意喚起が徹底して行われていれば,使用者らのほとんどは積極的に訪問点検に応じると考えられる(なお,注意喚起の上で訪問したのに点検等が拒否され,その後事故に至った場合は,結果回避可能性が否定されるか,そのような使用者等との関係では点検・回収の履行可能性がなく,それを義務付けられないことになりうる。)。
(4)まとめ
注意喚起の徹底のみによって本件事故の発生を回避することができたとは認められないが,パロマ両社において,平成13年1月5日ころから,注意喚起の徹底とともに,物理的に把握可能なすべての7機種を点検・回収する措置をとっていたとすれば,本件事故の発生を回避することができたと認められる。
2 市販品についての履行可能性
(1)パロマ工業によるリコールの実績
ア パロマ工業は,平成18年以降の7機種の回収の前に3件のリコール(昭和52年,平成2年,平成3年)を行っている(前記第2の1(4),第5の3(1)エ)。これらは,湯沸器等について不具合があったことから,点検と部品の交換等を行ったものである。1件目は約1年2か月後に対象機器約4万8000台のうち約4万1000台が対策済みとなり,2件目は約3か月後に同約8万4000台のうち約7万5000台が対策済みとなり,3件目は約14か月後に同約11万5000台のうち約10万4000台が対策済みとなった(乙川乙43)。
実施にあたっては,まず,新聞に謹告文を掲載するなどした上,ガス事業者に対象機器の点検場所をリストアップしてもらい(2件目及び3件目),かつ,パロマ両社に保管されていたパロマ社員やパロマサービスショップの修理伝票を調査して,設置場所を把握した(乙川乙43,44)。
イ 平成18年7月以降,パロマ工業及びガス事業者は全国のすべての7機種を対象として点検作業を行い,1か月余り後の同年8月23日までに1万8211台を点検した。点検はその後も続けられ,平成19年11月30日までに1万9963台を点検したが(前記第2の5(2)参照),上記のとおり大半が開始から1か月間に点検されている。この点検は経産省の強い指導及びガス事業者の積極的な協力を受けて行われたものではあるが,あらゆる対象機器を直ちに点検することは無理であるとしても,迅速な点検・回収が可能であることを表している(甲70。I証言。Iはパロマ工業の取締役商品企画部長等としてこれに携わった。)。
(2)注意喚起の徹底
過去のリコールの実績に照らすと,パロマ両社は,マスメディア等を利用する方法で,全国のすべての7機種の使用者等を対象に,前記第5の3(1)ウの内容の注意喚起(停電時遮断確認を使用者等に求める点は除く。)を行うことは可能であり,支障はなかったと認められる。
(3)物理的に把握可能なすべての7機種の点検・回収
ア 設置場所の把握
(ア)パロマ社員やパロマサービスショップが修理を行った際に作成される修理伝票には,機種名,所在場所等が記載され,うち少なくとも1枚がパロマ工業に送られる。パロマ工業での保管期間は7年間であるが,パロマの営業所等で保管されるものもある。修理を行ったパロマサービスショップ等にも控えが残される(甲94,95,乙川乙44)。ガス事業者は,事業者により程度に差はあるが,定期保安点検等によって各機種の設置場所情報を把握している(W5証言,W711回49,弁122)。したがって,パロマ両社としては,自ら保管し,又はパロマサービスショップが保管する修理伝票等を調査することにより,また,ガス事業者に求めて情報提供を受けることにより,全国の7機種の設置場所を相当程度把握することができたと認められる。
パロマ両社が十分な注意喚起をした上で情報提供を求めれば,ガス事業者としても,できる限りの応答をすると考えられる。このほか,注意喚起を受けた使用者等がパロマ両社やガス事業者に連絡をしてくる可能性もある。加えて,過去のリコールの実績にも照らせば,パロマ両社は,相当に高い割合で7機種の設置場所を把握することが可能であったと認められる。
(イ)弁護人は,パロマ両社が保管している修理伝票は一部にしか過ぎないし,工業会に勤務していた証人W3の証言(ガス事業者に所在場所の情報提供を求めても,把握できるのは半分程度である。)によれば,パロマ両社が7機種の設置場所を把握することは困難だったと主張するが,上記判断を妨げるものではない。検察官も,社会に存在するすべての7機種の点検等ではなく,物理的に把握可能な7機種の点検等を求めている。
イ 点検・回収の措置
パロマは,パロマ工業を含む多数の関連会社からなるパロマグループの中心にある。パロマ工業は売上高約256億円,経常利益約19億円(平成18年度),社員数約1480人(平成19年8月)であり,パロマは売上高約350億円,経常利益9億円(平成18年度),社員数約660人(平成19年8月)である(甲89)。また,パロマは全国に13の支店と80の営業所等を有しており(平成18年7月,甲91),パロマサービスショップは平成13年当時,36都道府県に105店が存在していた(甲103)。
このようなパロマ両社の規模,過去及び平成18年以降の7機種の点検・回収の実施状況,そして後記第7の3で述べるパロマ両社のパロマサービスショップに対する一定の指揮監督関係に照らすと,平成13年1月5日ころから本件事故までの間に,パロマ両社自ら,又はパロマサービスショップをして,物理的に把握可能なすべての7機種の点検と短絡されている機器の回収をすることは可能であったと認められる。
3 被告人両名についての履行可能性,結果回避可能性
(1)被告人甲山
後記第7の7(2)イで述べる被告人甲山の地位,権限に照らすと,本件においても,被告人甲山は,平成13年1月5日ころから本件事故までの間において,自らないしは被告人乙川等のパロマ両社の関係部署の担当者らに指示するなどして,上記注意喚起の徹底,及びパロマ両社において自ら,又はパロマサービスショップをして上記点検・回収の措置を講ずることができたと認められ,また,被告人甲山が同措置を講じていれば,本件事故の発生を回避することができたと認められる。
(2)被告人乙川
後記第7の7(2)イで述べる被告人乙川の地位,権限に照らすと,本件においても,被告人乙川は,平成13年1月5日ころから本件事故までの間の品質管理部長の職にあった時期において,被告人甲山に進言して指示を仰ぎつつ,自らないしはパロマ両社の関係部署の担当者らに指示するなどして,上記(1)記載の措置を講ずることができたと認められ(被告人乙川が被告人甲山に同措置を講ずるよう進言していれば,被告人甲山もその必要性を理解し,これを指示したものと認められる。),また,被告人乙川が同措置を講じていれば,本件事故の発生を回避することができたと認められる。
4 OEM製品の履行可能性
(1)検察官の主張
本件湯沸器はパロマが販売した製品であってOEM製品ではないが,検察官は,東京ガス等とのOEM製品についても,被告人両名には注意喚起の徹底,点検・回収の措置をとる義務があったと主張しているものと解される(前記第1の4(3))。一方,本件訴因(検察官の釈明を含む。)における被告人両名の注意義務は,自らないしはパロマ両社の担当者に指示するなどして,注意喚起を徹底し,パロマ両社自ら又はパロマサービスショップをして上記措置をとる義務である。すなわち,OEM製品の委託元である東京ガス等と協議する,あるいは促す方法は示されておらず,パロマ両社として独自にOEM製品に対する上記措置を決定し,実施すべき注意義務であると解される(検察官の釈明により,ガス事業者をして注意喚起を徹底すること,ガス事業者に対して7機種の設置場所等の情報提供を求めることが主張されているが,これはパロマ両社が決定した措置を実施する手段を示すものである。)。冒頭陳述,論告等においても同様である。
(2)OEM製品の履行可能性に疑問があること
しかし,本件において,OEM製品について,製造者であるパロマ工業が事故防止に向けて何らかの注意義務を負うとしても,委託元との協議なくして,独断で注意喚起の徹底,点検・回収の措置を決定し,実施することができるかについては疑問の余地がある。
すなわち,一般に,OEM製品とは,委託元(東京ガスなど)が製造者(パロマ工業)に委託して製造される製品であり,委託元は自社のブランドでこれを販売しているところ,製造者が上記措置をとることは,委託元の利害にも大きく影響するからである。現に,パロマ工業の過去3回のリコールの対象機器には東京ガス等のOEM製品が含まれていたが,パロマ工業はその際東京ガスと協議を行っており,東京ガスと連名で通産省にリコールを行うことを報告したこともある(甲山乙20,乙川乙43,乙川31回44)。東京ガスの証人W7は,東京ガスブランドのOEM製品については,東京ガスとしてリコールの要否を検討し判断する旨証言し(W711回26,12回67),大阪ガスの証人W6の証言も,大阪ガスブランドのOEM製品について同趣旨と解される。
本件訴訟では,7機種に係るOEM製品について,当事者,特に検察官から格別の主張,立証はなく,パロマ工業と東京ガス等の委託元,そしてパロマとの具体的な契約関係などは明らかになっていない。したがって,OEM製品については,パロマ両社が委託元との協議なくして,独自に注意喚起の徹底や点検・回収の措置をとることを決定し,実施することができるかについて解明されておらず,その履行可能性は肯定できない。
なお,平成18年法律第104号による改正後の消費生活用製品安全法は,製造事業者に製品事故について,必要があると認めるときは,当該製品の回収等の措置をとるよう努めなければならないと定め(38条1項),販売事業者は製造事業者が行う上記回収等の措置に協力するよう努めなければならないと定めており(同条2項),回収等の措置の主体を製造事業者としている。しかし,同法は,製品の欠陥によって生じたものでないことが明らかな事故を上記措置の対象となる製品事故から除いており(2条5項),消極要件ながら製品の欠陥を実体的要件としている。他方,本件においては,被告人両名の注意義務の根拠に関する検察官の主張は,7機種の欠陥を明示的な根拠とするものではなく(むしろ,パロマが湯沸器を販売したこと,パロマ両社がパロマサービスショップをして適切な修理業務を提供する旨を表示し,これを行わせていたことを根拠として挙げている。),改正消費生活用製品安全法の枠組みとは異なる。同改正法の趣旨を念頭に置いても,本件において,製造事業者であるパロマ工業が独自に上記措置を決定することができるとは認められない。
そして,パロマ工業が東京ガス等の委託元と協議してその了解を得ること自体は,それほど困難なことではないようにも思われるが,本件訴因及び本件訴訟における検察官のこれまでの主張に照らすと,パロマ工業の取るべき措置として,委託元と協議すること等を付加して認定し,履行可能性を肯定することもできない。
第7 被告人両名には事故防止対策をとるべき義務があったこと
前記第5のとおり,使用者等及び個々の修理業者に対して,7機種の短絡事故の防止対策を委ねることができない状況において,事故防止のためには,ガス機器又はガス供給に関係する,いわば,より上位の者(組織)によって対策が講じられる必要があった。そして,その対策としては,全国に存在するすべての7機種を対象とした注意喚起の徹底,点検・回収の措置が必要であった。
以下,概ね検察官の主張に即して検討するに,被告人両名は,OEM製品を除くすべての7機種を対象として,上記措置をとるべき刑法上の注意義務を負う立場にあったと認められる。
1 7機種は端子台での短絡が容易にできる構造であったこと
(1)端子台の構造と短絡の方法
短絡の方法には,端子台において配線を変更する方法や端子台に至る途中で2本の配線を直結させる方法などがありうる。⑫大阪事故は後者の方法であったが,事故一覧表のその他の12件及び本件事故は前者の端子台における短絡であり,前記F,E1,Gらが行っていた短絡も同様であった。端子台における短絡には,一方の端子のねじを緩めて配線を外し,他方の端子に2本の配線をまとめて接続する方法や,2個の端子の間をリード線等で接続する方法がある。そのねじはドライバーで簡単に緩めることができる。コントロールボックスはフロントカバーを外せば目の前にあり,端子台はコントロールボックスの外側の側面にむき出しの状態で設置されている(前記第4の1(1),(2)ア,ウ参照)。
このような端子台等の構造のために,端子台における短絡の作業は特別な技術を必要としない簡単なものであった。そのことが,7機種における多数の短絡の発生を促した面があったと認められる。
(2)パロマ工業における端子台等の改善の検討
パロマ工業の技術部とサービス部は,②苫小牧事故後まもない昭和62年1月ころ,7機種の端子台における短絡の防止策を検討した。そこでは,短絡の方法や効果が修理業者に知られてきたという認識から,①配線をねじで端子に接続していたことにつき,接続の方法と場所を変えて短絡を難しくできないか,②封印をして配線に手を加えられないようにできないか,③短絡を行った場合には湯沸器を使えないようにできないか等の検討がなされた。結局,これらの構造変更は見送られ,パロマの営業所等に対する不正改造の注意文書が配布された(昭和63年5月24日付け「ガス器具の安全点検に関する注意」と題する文書[弁29]。前記第4の3(1)ア)。しかし,上記の検討がなされたことは,パロマ工業内部においても,7機種の構造に短絡を招く面があるという意識があったことを示すものである(J証言,甲138資料65。Jは昭和62年当時パロマ工業サービス部お客様相談室長)。
(3)まとめと考察
このように,7機種は端子台において容易に短絡できる構造になっており,それを欠陥というかはともかくとして,そうした性状が短絡を促し,短絡による危険の発生に寄与する結果となっていた。短絡による危険は直接には修理業者等による不正改造に起因するものであり,製品側の寄与は限定的ではあるが,同様の改造による事故が繰り返し発生していたことからすると,7機種を製造,販売したパロマ両社に対して,短絡事故の防止対策をとるべき義務を課す一つの根拠となりうるものである。
ところで,平成14年9月,財団法人製品安全協会は,経産省消費経済部製品安全課の委託により,「消費生活用製品のリコールハンドブック」(以下「リコールハンドブック」という。甲120)を発行した(パロマ工業も購入している。)。リコールハンドブックは,リコール対応における基本的な考え方や手順を示すことを目的としており,「リコールを実施するか否かの判断」の項では,「重要なのは,欠陥か否かではなく,事故の拡大防止である。」「事故の発生が,一見使用者の誤使用や不注意による(中略)と思える場合であっても,同様の事故が発生するときには,結果的に誤使用や不注意ではなく,製品の欠陥と判断されることがあるということに留意する必要がある。このような観点から,リコールを実施するか否かの判断をする時点においては,事故等が製品の欠陥によるものか否かを明確にすることよりも,まず消費者の安全確保を優先し,事故の拡大防止を図るための最適な対応を検討すべきである。」と記載されている。これらの記載は,リコールハンドブックの発行当時までに,事故の拡大防止のためには欠陥の有無にかかわらずリコールを検討すべきであるとの社会的なコンセンサスが醸成されてきていたことを示しており,上記の判断を支持するものである。
(4)弁護人の主張について
ア 弁護人は,次のとおり,7機種の安全性に問題はなかったと主張する。
(ア)①端子台が用いられたのは,熱電対による微弱な電流を利用することから,ねじで確実に留めるためであること,②安全装置を迂回する回路を形成する手段は他にもあり,端子台でなくても短絡は行われること,③端子台が前面に設置されているのは修理の利便性を図るためであること,④7機種はパロマ工業及び東京ガスの検査を経て開発されたものであり,国の指定機関である財団法人日本ガス機器検査協会の検定を合格していることから,端子台の構造に問題はなかった。
(イ)修理業者にとって反規範性の高い短絡を行うことには規範的障害があり,これを行うことは容易ではない。
(ウ)工業会は,平成4年,「不適切な改造が加えられた強制排気式(FE)機器に対する安全対策について」と題する文書(弁24。前記第4の3(2)イ(イ))において,「不適切な改造ができないようにハード面で対策しようとすれば,点検・修理等の保守管理をも不可能,あるいは困難とする結果となり,その対策は技術的に非常に困難です。」との見解を示している。
(エ)工業会が平成3年5月に発行した「ガス石油機器事故対策マニュアル」には,製造事業者等が事故対策(点検・修理・回収等)を行うべき場合について,「改造を行った場合等は含まない」と記載されていた(弁73の本文3頁)。同マニュアルが改正されて上記記載がなくなったのは平成19年3月であり(弁74),改造が行われた場合はリコールの対象ではないという考え方は上記改正までは通常の考え方であった。
イ 各主張について検討する。
(ア)については,前記(1)(2)に述べたとおり端子台の構造に問題がなかったとはいえない。容易に短絡されることが死傷事故の危険を招くのであれば,端子台の構造が上記のようになるのはやむを得ないとして,危険な状態を放置してよいことにはならないであろう。
(イ)については,短絡はもちろん許されないが,現実にはパロマサービスショップの関係者には,応急措置という意識もあって安易にこれを行っていた例があったし,平成18年以降の点検により全国各地で231台もの短絡機器が発見されたのであって,上記(3)の判断を左右するものではない。
(ウ)の工業会の見解といっても,結局,当該文書(弁24)は公表されたものではない。しかも,同文書は,ガス石油機器メーカーによる団体である工業会が,パロマ工業の要請を受けて短絡事故への対応を検討し,通産省に対し指導,協力を要請しようとして作成されたものである。当時,工業会に勤務していた証人W3は,通産省の協力を得やすくするためにこのような記載をしたのだと思う,工業会がメーカーに自主点検・回収をすべきだとは言いにくいと証言している。そうすると,上記見解は,必ずしも客観的な見方を示すものとはいえない。
(エ)のマニュアルの改正は,平成18年の消費生活用製品安全法の改正に合わせる内容になっている。しかし,前記内容のリコールハンドブックが既に平成14年9月に発行されていることに照らすと,必ずしも,同マニュアルの改正までは,改造の場合はリコールの対象ではないという考え方が通常の考え方であったとはいえない。仮にメーカーの間では,原則としてそのように考えていたとしても,改造に起因する同種の事故が反復し,製品の側にも改造を招く要素があったというような場合には,事情が異なるという見方もあるであろう。大阪ガスの証人W6及びパナソニック株式会社の証人W(8技術品質本部所属)も,機器の改造に起因する事故であっても,3件程度発生すれば,一斉点検やリコールの対象となりうるとの見解を述べている。
ウ 以上によれば,7機種の安全性に問題がなかったという弁護人の主張は,採用することができない。
2 パロマ両社が一連の事故情報を把握していたこと
(1)事故一覧表の13件及び本件事故の情報収集(甲84)
ア LPガス管内で発生した①,②,④ないし⑩の9件のうち,⑨以外の8件については,パロマ両社は,いずれも事故発生の当日ないし遅くとも3日後までに,LPガス販売事業者から各事故の発生の連絡を受けた。⑨恵庭事故についても,事故発生の約2か月後に通産省立地公害局LP対策室から事故発生の連絡を受けた。
事故原因についても,パロマ両社は,その後遅くない時期に把握している。上記9件のうち②,⑧以外の7件で,パロマ社員は事故現場又は警察等で事故機を検分して,短絡があったことを確認した。⑧札幌事故では,LPガス販売事業者から短絡があったことを伝えられ,②苫小牧事故でも,事故機はプラグが抜けた状態でも燃焼することをLPガス販売事業者から伝えられ,また,同じアパートの他の部屋で短絡があったことをパロマ社員が確認するなどして,短絡が原因であると考えられる情報を入手した。
イ 都市ガス管内で発生した事故5件(③⑪⑫⑬,本件)については,パロマ両社は,⑫大阪事故は発生3日後に大阪ガスから連絡を受け,⑬新宿事故は発生翌日に東京ガス及び消防署等から連絡を受けた。事故原因についても,⑫大阪事故では事故現場で事故機を検分して,⑬新宿事故では1週間以内に東京ガスからの情報提供により,それぞれ短絡があったことを把握した。⑬新宿事故では,事故機は検分していないが,東京ガスに要望して,パロマの社員が被害マンションの別の1室で発見された短絡機器のコントロールボックスを検分して回路基板のPRリレー部分にハンダ割れがあることを確認し,消防署にその旨報告している(甲113,甲138資料59─8,乙川乙38)。
③帯広事故については,パロマ両社は,最初に事故発生を知ったのは,事故翌日の新聞記事によるものであったが,数日以内に警察から短絡事故であることの連絡を受け,警察及び帯広ガスの各関係者とともに,パロマ社員が他の部屋の器具の点検をした。その1年余り後には警察からの照会で,事故機にハンダ割れがあったとの情報を得た(乙川乙32)。
なお,本件事故については,事故翌日に東京ガスから事故発生の連絡を受けている。平成8年発生の⑪港区事故については,事故当時は,警察の捜査で病死として扱われ,東京ガス及びパロマ両社とも把握しておらず,本件事故後の再捜査を経て,パロマ両社は平成18年6月ころ,東京ガスは同年7月ころ,警察から事故の存在を伝えられた(甲113,乙川乙36)。
(2)まとめと考察
ア 上記(1)をまとめると,パロマ両社は,事故一覧表及び本件の14件の短絡事故のうち12件(①ないし⑧,⑩⑫⑬,本件)では,事故後数日のうちに,ガス事業者,警察又は消防から事故発生の連絡を受けている(そのほかには,⑨が約2か月後,⑪が約10年後)。事故機を検分したものが8件(①④⑤⑥⑦⑨⑩⑫),関連機器の部品を検分したものが1件(⑬),関連する現場を見たものが2件(②③)であり,その他ガス事業者からの情報提供も含め,⑪港区事故と本件を除く12件について,短絡事故であることを把握できるだけの情報を得ていたことになる。
このように,パロマ両社は,7機種について発生した短絡事故について,短期間のうちに関係ガス事業者や警察等から連絡を受け,事故原因についても事故機や事故現場等を検分し,あるいは情報の提供を受けるなどしており,平成13年1月の⑬新宿事故後の時点では,事故に関する重要な事情を相当程度入手していた。そして,ガス事業者,警察や消防署から直接連絡を受けたのはパロマの各地の営業所等であるが,その情報は直ちにパロマ工業の品質管理部に伝達され,集約されていたものと認められる(甲97,乙川乙28)。
イ もっとも,弁護人が主張するとおり(弁論31頁),事故発生に近接した時点でガス事故の発生を知ることができるのは消防,警察,ガス事業者である。そして,法令上,あるいは関係者の取決めなどによって,これらの者からパロマ両社等のガス器具の製造販売業者に事故の発生を知らせるという制度は存在しない。しかし,一つには,パロマ両社が事故に関する重要な情報を相当程度入手し,集約していたこと自体が,後に検討するように,その点で他の関係機関が劣っていた事実を踏まえると,パロマ両社において事故防止対策をとるべき義務を負う一つの根拠となりうるものである。
加えて,パロマ両社が情報を入手できたのは,単なる偶然ではない。
すなわち,7機種については,短絡事故以外にも,平成元年から平成11年の間に,全国各地で少なくとも14件の死傷事故の発生が確認されている(LPガス7件,都市ガス7件)。パロマ両社は,このうち12件については発生当日から3日後までに,残りの2件(甲84の事故一覧番号12,23)も1か月以内には,主にガス事業者から事故発生の連絡を受けている。パロマ両社は,そのうち少なくとも12件で事故原因に関する情報を入手し,うち10件では事故現場等で事故機を検分している。また,短絡事故及び短絡事故以外を含め,パロマ社員が事故機や事故現場を検分した事例では,その多くがガス事業者や警察の依頼によるものであった(甲84)。
ガス事業者,警察,消防としては,事故原因の解明,同種事故発生の防止のために,事故機に関する専門的な情報や知見の提供を受ける必要があり,そのためには,刑事事件として捜査中であるときの制約を除けば,できる限り製造者・販売者に事故の情報を伝える必要がある。これをパロマ両社の側から見れば,製造者・販売者の立場にあることから,自社製品の事故について,上記各機関から専門的な情報や知見を求められ,その際に多くの事故情報の提供を受けることができたものである。
3 パロマがパロマサービスショップを告知,宣伝し,修理業務を行わせていたこと
(1)パロマとパロマサービスショップの関係
ア パロマサービスショップの概要は前記第2の2で述べたとおりである(平成13年当時,36都道府県に105店)。パロマサービスショップには会社組織,個人経営のいずれも存在するが,事業者としてはパロマと独立しており,両者間に資本関係,出資関係は存在しない。弁護人は,両者には修理代行店契約上の関係があるに過ぎず,パロマがパロマサービスショップに支配を及ぼしたり,その行動を制御したりする立場にはないと主張するが,関係証拠によれば,両者間には単なる修理の委託関係にとどまらない関係があったと認められる。すなわち,
(ア)パロマは,少なくとも昭和55年1月製造から平成8年6月製造に係るガス器具の取扱説明書に,アフターサービスに関連して,本社及び全国各地の営業所の所在地・電話番号を記載するとともに,「パロマガス器具の修理・点検のご相談はアフターサービス専門店<パロマサービスショップ>へお問い合わせください。<パロマサービスショップ>は毎月新聞広告(全国紙・地方紙)に順次掲載しています。」などと記載していた(平成8年12月製造に係るガス器具の取扱説明書添付の保証書にも,パロマサービスショップの記載はある。)(甲66,67,甲山乙60)。また,昭和51年ころから平成7年末ころまで,主要な新聞に掲載したパロマの広告には,パロマのアフターサービス専門店として,掲載地域の各パロマサービスショップの名称,電話番号,担当地域を表示していた(甲68,乙川乙30)。
(イ)パロマは,パロマサービスショップに対して,「パロマサービスショップ」「パロマサービス」といった名称の使用を許し,多くのショップは「パロマ」を冠した名称を使用していた(甲68。この点,検察官は,パロマサービスショップと名乗らせていたと主張するが採用できない。)。また,パロマは,パロマサービスショップに対し,その従業員が携行するように,「当社の委託したサービスショップの社員であることを証明する」と記載された株式会社パロマ名義の身分証明書を配付していた(甲130,138資料1,G証言)。
(ウ)パロマサービスショップは,使用者等から直接依頼を受けてパロマ工業製品の修理業務を行うほか,パロマの営業所等から修理業務をあっせんされて行っていた。パロマサービスショップとしては,これらの依頼を断ることはできなかった(G,F証言等。もっとも,他社製品の修理を行うことはできた。)。パロマサービスショップとしてパロマ工業製品の修理業務を行う地域は契約によって定められていた(甲64,138資料2)。
(エ)修理料金は,制度発足当初は,パロマとパロマサービスショップとの間の規定によりパロマ作成の料金表に従うこととされていた。その後,パロマサービスショップの側で修理料金を定めることとなったが,ショップの中には独自の修理料金を設定せず,パロマの料金表を参考にするものも多かった(H証言,甲138資料4─2)。
(オ)パロマサービスショップは,行った修理の全件について,修理伝票をパロマの営業所等に送付して報告していた。パロマは,パロマサービスショップが行った修理件数に応じて,無償修理援助金,基本援助金,事務管理援助金をショップに支払っていた。使用者等からパロマサービスショップの修理や接客態度についてパロマにクレームがあった場合は,ショップに対して,謝罪,返金,再修理などの対応を指示し,あるいは自ら対応していた(H,F証言等)。
(カ)パロマは,パロマサービスショップに対し,「トレーナーニュース」「メンテナンス情報」という文書を配布するなどして,修理に必要な技術情報を適宜提供していた。訪問修理をする際のマナーを指導したマニュアル文書も配布していた(甲130)。地域ごとに,パロマサービスショップを対象とした「ショップ会議」や講習会を開いて,技術指導や安全教育をしていた(H,F証言等)。短絡事故に関しても,平成2年以降,パロマ両社は,パロマサービスショップに対し,注意喚起文書を発出したり,ショップ会議で短絡禁止を指導したり,代表者に指示して従業員への説明会を実施させたりしていた(前記第4の3(1))。
イ これらの事実をまとめると,①パロマは,パロマサービスショップをパロマが販売したパロマ工業製品のアフターサービスの専門店として告知,宣伝し,使用者等に対し修理・点検の際の利用を勧めていた。②パロマ両社は,パロマサービスショップの修理業務の実施方法,安全対策等に関し,一定の指導監督をしていた((ウ)(エ)は代行店契約に通常伴う関係ともいえるが,(オ)(カ)も併せ考えると指導監督関係を肯定できる。),ということができる。
(2)検察官の主張の趣旨
ア 検察官は,パロマ両社が自社製品の修理等の代行店契約をパロマとの間で締結した者を「パロマサービスショップ」と名乗らせて,その修理等に関する業務を同サービスショップが行う旨をパロマの名義で全国紙及び取扱説明書に掲載し,使用者らに対し,その修理をパロマサービスショップで行うことを勧めていたことは,パロマ両社において,使用者らに対し,自社製品の販売後もパロマサービスショップをして適切な修理業務を提供する旨の意思を表示して,同業務を提供する義務を引き受けた上,パロマサービスショップに修理業務を行わせる形で同義務を履行していたものと評価でき,パロマ両社は湯沸器等の製造者及び販売者として,パロマサービスショップをして適切な修理業務を提供させるべき立場にあったと主張し,これを被告人両名が事故防止対策をとる義務を負う根拠の一つとしている(論告48頁)。
ところで,検察官は,パロマAサービスショップの丙谷三郎が本件湯沸器の短絡を行ったと主張している。一方,検察官のいう被告人両名の注意義務とは,A社あるいはパロマサービスショップ一般に対して,短絡の禁止,発見・是正をさせるための十分な指導監督をすることではなく,7機種全体についての注意喚起の徹底と点検・回収を行うことである。しかし,パロマ両社とは関係のない又は乏しい修理業者(ガス事業者傘下の修理業者,一般の修理業者など)によって7機種の修理がなされることも少なくなかったことは証拠上明らかであり,こうした器具については,パロマサービスショップによる修理業務が及ぶわけではない。そうすると,仮にパロマ両社がパロマサービスショップをして適切な修理業務を提供させる立場にあったとしても,そのことだけで直ちに,パロマ両社に対し,そうした器具を含む7機種全体を対象とした事故防止対策を義務付けることができるわけではない。検察官の主張もそのような趣旨ではないと解される。
イ そのほか,検察官の主張には限定を要する部分がある。
(ア)現実には,パロマサービスショップの修理業務の対象は,7機種をはじめとするパロマ工業製品の一部である。その割合を示す明確な証拠は存しないが,被告人甲山の,無償修理全体の3割ないし4割をパロマサービスショップが行っていた旨の公判供述,パロマ工業が平成5年から平成10年までの約5年間に出荷した7機種に係る交換用コントロールボックス5922個のうち2290個(39%)がパロマサービスショップに出荷されていること(パロマ営業所分177個と合わせると2467個[42%])(弁178に基づく乙川28回16)は,7機種の修理全体のうちパロマサービスショップによる修理が4割程度であったことを示しており,おおよそ,その程度の修理がパロマサービスショップによって行われていたと推認することができる(OEM製品を含む数値。なお,パロマ関係では,このほかにパロマ営業所等のパロマ社員や,パロマ関東テック株式会社などの社員も修理業務を担当した可能性があるが,その数量等は不明である。)。
(イ)パロマが取扱説明書又は新聞広告によってパロマサービスショップを告知,宣伝したのは,証拠上,平成8年ころまでである。
(ウ)OEM製品について履行可能性が認められないことは前記第6の4のとおりである。なお,パロマサービスショップも,一定程度それらの修理を行っていたことは認められる(弁178,179に基づく乙川28回15)。しかし,パロマ両社がOEM製品について取扱説明書や新聞広告を出すことは考えられないから,パロマサービスショップのことを告知,宣伝したことはなかったと考えられる。
(3)まとめと考察
ア アフターサービスの体制が設けられていることはガス器具に限られたものではない。しかし,ガス器具は,長期間使用され,しかもガス及びガスの燃焼による生命,身体等への危険を伴うものであるから,点検・修理体制の充実は強く要請される。点検はガス事業者によって担われる部分が大きいとしても,修理については,ガス器具の製造者,販売者,修理業者(ガス事業者と関係のある業者を含む。)によって担われる部分が大きいといえる。あるガス器具について,製造者・販売者が,自ら又は指導監督可能な関係者を通じ,専門的知識を有する者による充実した修理体制をとっているとすれば,それは,使用者に迅速に修理を受けられる利便を与えるものであるとともに,使用者の安全を守るものである。そうした修理体制が一般に宣伝されれば,使用者はそれを期待,信頼して製品を購入し,販売が促進される。
このような関係に着目すると,製造者・販売者が修理体制を設けて告知,宣伝し,これを機能させていることは,製造者・販売者に対して,販売後の修理に関して生ずる危険にも備えた安全対策を講ずべき義務を課す根拠になりうる。
イ このような観点からパロマサービスショップの制度をみると,前記(1)イ①の告知と宣伝(平成8年ころまで),②の指導監督関係に加えて,③パロマサービスショップは全国各地に多数存在し,実際にも7機種を含むパロマ工業が製造しパロマが販売した製品の修理全体の相当程度を担当していたことに照らし,パロマ両社は,7機種(OEM製品を除く)について,適切な修理業務が行われるように,その製造者・販売者として取り組むことを対外的に明らかにし,現に全国において,少なくない割合の修理業務を自己の一定の指導監督の下で実施させてきたと評価することができる。このことは,パロマ両社において,他の修理業者によるものも含めて,7機種の修理に起因する危害を防止する対策をとるべき義務を負っていたことの,一つの根拠になるものと解される。
4 パロマ両社は7機種(OEM製品を除く)について注意喚起の徹底,点検・回収の措置をとることができたこと
この点については,前記第6の2の「市販品についての履行可能性」で述べたとおりである。そして,物理的に把握可能な7機種の発見と点検・回収作業には相当の努力を要するものと考えられるものの,特別の支障があったとはいえない。
5 東京ガスを含むガス事業者に事故防止対策を委ねられる状況ではなかったこと
(1)ガス事業者一般について
ア 弁護人が指摘するとおり,都市ガス事業者は,その供給するガスによる災害が発生し,又は発生するおそれがある場合には,これに対する措置をとらなければならない(ガス事業法40条の2第4項)。LPガス販売事業者は,LPガスによる災害が発生し,又は発生するおそれがある場合には,速やかにこれに対する措置を講ずる義務がある(液石法27条1項4号)。このほか,ガス事業者には,消費者(使用者)との間にガス供給契約ないし販売契約上の関係がある。したがって,ガス事業者についても,短絡事故の防止対策を行うことが期待されていたことはいうまでもない。
イ しかしながら,ガス供給事業においては,全国に大小多数の事業者が存在し,都市ガス事業者は平成20年6月時点で213社,LPガス販売事業者は平成18年度末時点で2万4622社であった(弁50,52)。その事故防止対策は,各事業者がそれぞれの供給区域の供給先の需要家を対象として行うものであり(W711回75),法定された点検等を除き,具体的にどのような対策を行うかについては,基本的に各事業者の個別的な判断に委ねられていた。短絡発見のための点検についていえば,定期保安点検で法定された点検項目ではないし,LPガス,都市ガスいずれにおいても,マニュアルや社員教育でそれが義務付けられた例は証拠上窺われず,点検が行われたとしても一部にとどまっていた(前記第2の3(5)イ,第4の3(2))。
ウ 短絡事故に関して,全国の一般のガス事業者が入手していた情報は不十分なものであった。
都市ガス管内で発生した事故については,全国の都市ガス事業者を構成員とする社団法人日本ガス協会が事故情報を収集しており,事故事例をまとめた「事故事例研究情報」という冊子を年4回発行して各都市ガス事業者に配布していた。LPガス管内で発生した事故については,高圧ガス保安協会に事故情報が報告され,同協会は「一般消費者等事故月報」(年2ないし6回)及び「液化石油ガス関係事故年報」(年1回)を発行して各LPガス販売事業者に配布していた。
これらには事故一覧表の各事故が概ね掲載されたとはいうものの,それは概括的,抽象的なものであって,湯沸器のメーカー・機種,短絡の事実又はその具体的状況などは記載されていなかった。また,「事故事例研究情報」にはLPガス管内の事故は掲載されず,逆に「一般消費者等事故月報」と「液化石油ガス関係事故年報」には都市ガス管内の事故は掲載されなかった。都市ガス事業者にはLPガスに係る上記月報・年報は配布されなかったし,LPガス販売事業者には都市ガスに係る上記「事故事例研究情報」は配布されなかった(甲77,106,107,108,弁159)。
つまり,これらの事故情報誌によって各ガス事業者が入手できる事故情報は,基本的には,LPガス事業者であればLPガスに関する事故,都市ガス事業者であれば都市ガスに関する事故に限られており,その情報自体,概括的,抽象的なものであった。そして,それ以上に詳しい事故情報が全国の各ガス事業者に一般的に伝えられていたという状況は窺われない。
エ 以上のとおり,全国に大小多数のガス事業者が存在しているところ,短絡発見のための点検は各ガス事業者に義務付けられていなかった上,一般のガス事業者は十分な事故情報を入手してはいなかった。そのような状況において,各ガス事業者の自主的,個別的な対策によって,全国に存在するすべての7機種について,注意喚起の徹底や点検・回収が行われることは到底期待できない状況であったと認められる。
(2)東京ガスについて
ア 弁護人は,Zマンションに都市ガスを供給していた東京ガスについて,「東京ガスは,7機種と同じ構造のOEM製品を販売し,7機種についての知識を有していた。国内最大手の都市ガス事業者であり,事故一覧表中,LPガス事故を含む10件の事故情報を得ていた。ガス事業者としてガス器具の設置情報を有していた。したがって,東京ガスは事故を防止するための情報を保有し,事故防止策を実施する権限,地位,能力を有していたのであり,パロマ両社だけに本件湯沸器の使用者等の生命,身体の安全が排他的に依存する関係にはなかった」と主張する(弁論63,69頁)。
しかし,パロマ両社のほかにも事故防止対策を行うべき者が存在するからといって,パロマ両社について事故防止対策を講ずる刑法上の義務が生じないものではない。ガス器具に関連する事故を防止するためには,製造から販売,設置,使用そして修理等の過程で,それぞれの関係者が適切に対処し,必要な安全対策を行うべきである。国のように,その過程全般にわたって,関係者に対し適切な指導監督を行うべき者もいる。そして,同じ事故について,複数の関係者がそれぞれ自己の守備範囲で適切な注意を払っていれば事故は発生しなかったのに,そのうち複数の者が注意を怠ったために事故が発生してしまうこともある。このような場合,使用者の安全が特定の関係者に排他的に依存していなかったという理由で,誰もが責任を負わないということにはならないであろう。
結局,パロマ両社について,事故防止対策をとることを義務づけるに足りる根拠があるのであれば,パロマ両社はその義務を負うのであり,他者の義務の有無に左右されることはない。その意味では,弁護人の主張は成り立たないものである。
イ もっとも,東京ガスが,その供給区域内において,ガス器具に起因するものを含む事故の防止対策を幅広く引き受けており,それを実施する能力も備えていたというような事情があれば,パロマ両社としても,東京ガス管内の事故防止対策を同社に委ねてもよかったといえるかもしれない。しかし,そのような事情は認められない。
(ア)東京ガスが実際に7機種に関して行った対策は,⑬新宿事故後であっても,社内教育程度のものであった(前記第4の3(2)オ)。
(イ)東京ガスがLPガス管内を含む全国各地の短絡事故について収集していた情報は,その当否はともかく,限定的なものであった。
すなわち,東京ガスの機器保安グループに所属していた証人W7の証言及び「事故速報」(第1報)写し(弁10)によれば,W7は,都市ガス管内の⑬新宿事故と⑫大阪事故については,相当程度,具体的な情報を入手していたと認められる。しかし,証人W7は,LPガス管内の事故情報は収集しておらず,同管内の一連の短絡事故は知らなかったこと,自社管内の事故情報を収集することで,社内の安全教育等には十分であったと証言している。この点,大阪ガスの証人W6は,事故情報の収集は自社管内の事故にとどめており,事故一覧表のLPガスの事故情報は把握していなかったと証言し,東京ガスエネルギー株式会社(LPガス販売事業者)の証人W5も,自社管内の事故情報を収集するにとどめており,東京ガスに対してLPガス管内の事故情報を伝えることはなかったし,7機種に関する短絡事故についても知らなかったと証言している。東京ガスは管内の短絡事故について法的,社会的責任を問われる余地もあり,W7証言には額面どおりに受け取れない面もある。しかし,上記2名の証言も併せ考えれば,W7が所属していた東京ガスの安全対策の担当部署においては,一連の短絡事故について十分な情報の収集,集約はなされていなかったと認められる。
もっとも,東京ガスは,日本LPガス協会や高圧ガス保安協会の会員(弁147,甲77)であるから,W7個人はともかく,組織としては,LPガス関係の前記(1)ウの事故情報誌を入手していたとも考えられる。しかし,前記のとおり,それらによる事故情報はメーカーも機種も分からない概括的,抽象的なものであった。そうであっても,⑫大阪事故や⑬新宿事故で入手した具体的な情報と照らし合わせれば,LPガス管内の事故との共通性は理解できるかもしれないが,W7証言によれば,東京ガスにおいては,そういった情報の集約が行われる体制にはなっていなかったと認められる。
このように,7機種の短絡事故に関する限り,東京ガスの事故情報の収集,集約の程度は,パロマ両社が,多くの短絡事故において事故機を検分するなどして具体的な事故状況を収集し,これを被告人乙川の所属する品質管理部において集約していたのと比べると,相当に劣るものであったと認められる。
(ウ)東京ガスが,その管内について,ガス器具に起因するものを含む事故防止対策を引き受ける旨を,対外的又はパロマ両社に対して表明したという事実も認められない。この点,弁護人は,⑬新宿事故後の東京ガスの前記W7の被告人乙川らに対する発言や,東京ガスの「ガス事故詳報」の記載を根拠に,東京ガスは事故防止対策を引き受けたと主張する(弁論63頁)。しかし,後記第8の4(5)で検討するとおり,その主張も採用できない。
(3)まとめ
以上のとおり,平成13年1月以降において,東京ガスを含む各ガス事業者によって,すべての7機種を対象とした有効な事故防止対策が行われることは到底期待できない状況であった。本件事故現場を供給区域とする東京ガスに対しても,事故防止対策を委ねられる状況ではなかったと認められる。
6 経産省の指示による各ガス事業者の対策に短絡事故の防止を委ねられる状況ではなかったこと
(1)弁護人の主張
弁護人は,経産省がガス事業者を指導して対策をとらせることにより,全国的に統一的な事故防止対策をとることができたと主張する(弁論60頁)。
経産省は,電気,ガス及び熱の安定的かつ効率的な供給の確保に関する事務,産業保安の確保に関する事務等を所掌している(経産省設置法4条1項54号[現53号],60号[現59号]等)。そして,ガス事業法は,ガスの使用者の利益を保護することなどを目的とし,経済産業大臣に対し,ガスの使用者等の安全の観点から一般ガス事業者(いわゆる都市ガス事業者)等に対する各種の命令権限を与えている。液石法は,LPガスによる災害を防止することなどを目的とし,同大臣に対し,同様の観点からLPガス販売事業者に対する各種の命令権限を与えている。上記所掌事務やガス事業法,液石法の目的,規定に照らし,経産省は都市ガス事業者及びLPガス販売事業者に対し,事故防止対策を行うよう命令,監督する権限を有している。もっとも,ガス器具及びガスの使用等に伴う災害発生の防止の責務は,第一次的には,ガス器具の製造者・販売者,修理・点検担当者,ガス事業者らが,その危険の原因に対応して負うべきものであって,国のこれらの権限は第二次的,後見的なものである。
(2)経産省がとった措置
弁護人は,経産省が短絡事故防止のためにとった対策として,①平成5年3月の「CO中毒事故防止マニュアル」の発行とそれに基づく安全点検の実施,②平成9年9月の通達及びこれを受けた「CO中毒事故防止マニュアル」による短絡の禁止の指導,③平成18年以降の7機種の点検,回収に向けたガス事業者等に対する設置場所情報の提供及び点検作業への協力の要請を列挙する(弁論51~60頁)。
しかし,①②については前記第4の3(2)イ,ウで述べたとおりである。①はLPガス販売事業者に対して自主的な点検を要請したもので,それを受けて短絡発見のための点検が行われたとしても一部にとどまる。②も短絡発見のための点検を求めたものではない。③については,経産省の強い指導があれば,事故防止対策が迅速かつ効果的に行われることを示すものではあるが,パロマ両社においても,適切な注意喚起の徹底とともに,ガス事業者への協力を求めることで,点検・回収が可能であることは履行可能性のところで述べた(前記第6の2(3))。
結局,関係証拠によれば,本件事故に至るまで,経産省が短絡事故防止のために,ガス事業者に対して効果的な安全対策を指導したことはなかったと認められる。
(3)事故情報の収集及び集約
弁護人は,経産省が事故一覧表の13件のうち10件について情報を得ていたことを指摘するので検討する。
ア 経産省の所轄又は管轄経済産業局長は,ガス消費機器又は消費設備の使用に伴う事故が発生した場合,都市ガスで発生した事故については,都市ガス事業者から事故報告を受けており(法定された書式による「ガス事故速報」及び「ガス事故詳報」。前記第4の3(2)エ参照),LPガスで発生した事故については,LPガス販売事業者の事故報告を受けた都道府県知事から,これを伝達されることになっていた(ガス事業法46条1項,同法施行規則112条1項14号,高圧ガス保安法63条,液化石油ガス保安規則96条等。なお,LPガス事故につき,平成18年12月の上記保安規則改正により,一定の死傷事故は経産省に直接報告されることになった。)。そして,これらの事故情報は経産省の本省に報告されていた。
しかし,経産省の当時の担当者の証言によれば,経産省の内部では事故情報を受ける部署が分かれており,部署内での引き継ぎも,部署間の情報交換も著しく不十分であったことが認められる。
イ 経産省は,事故一覧表記載の事故のうち,報告がなされていなかった⑦,⑩,⑪を除く10件について,各事故後まもない時期に事故発生の情報を得ており,その後短絡事故であることを把握したものもあった(弁149[原子力安全・保安院長作成の照会回答書添付],乙川乙32)。
制度上,都市ガス事故については,都市ガスの事故防止対策に関する事務を所掌していた経産省資源エネルギー庁原子力安全・保安院ガス安全課(平成13年以降の名称。以下「ガス安全課」という。前身を含む。)が所轄経済産業局からの報告等により,事故に関する情報を受けることになっていた。LPガス事故については,LPガスの保安に関する事務を所掌していた同庁原子力安全・保安院液化石油ガス保安課(平成13年以降の名称。以下「LPガス保安課」という。前身を含む。)が,管轄経済産業局からの報告等により情報を受けることになっていた。上記10件についても,公式にはこの方法で情報が伝達されたものと認められる(そのほかガス事業者らからの連絡もありうる。)。
ウ しかし,平成2年から平成4年当時についてみると,都市ガスを扱うガス安全課とLPガスを扱うLPガス保安課(当時の通称「LP対策室」)との間で,それぞれが把握している事故情報を交換することはなかった。すなわち,当時,ガス保安課(都市ガスの上記ガス安全課の前身)の課長であった証人W9は,所管が違うのでガス保安課にはLPガス事故の情報は入ってこなかった,当時までの一連のLPガス管内の短絡事故のことは知らなかったと証言している。同じころ,LP対策室に在籍し,業務班長であった証人W10は,LP対策室の職員の在籍期間は通常2年程度であり,前任者から事故情報の引継ぎはなかったから,過去のLPガス事故を把握するのは難しい,事故一覧表のLPガス事故のうち,在籍中に発生した事故(④⑤⑥⑧)は把握していたが,それ以前の①②は引継ぎがなく知らなかった,都市ガスの③事故は知らなかったと証言している。これらの証言は極端にも思われるが,ある意味,業務の実態を率直に述べたものとして信用性がある。
エ また,本省に先立って事故の報告を受ける地方支分部局の一つである関東経済産業局についても,同局資源エネルギー部ガス保安課の平成13年当時の課長であった証人W11の証言によれば,都市ガスを所掌事務とする同ガス保安課において,W11をはじめ当時の同課課員はLPガスで7機種の短絡事故が発生していることを把握していなかったこと,W11は平成8年から平成11年までLPガスを所掌する関東通商産業局総務企画部環境保安課の課長であったが,過去にLPガスで7機種の短絡事故が発生したことについて,引継ぎを受けたり調査したりしたことはなく,知らなかったことが認められる。
オ このように,事故一覧表の昭和60年の①札幌事故発生から本件事故までの20年という長い期間において,経産省は,事故一覧表のうち10件の事故情報をその都度入手していた。ところが,LPガス事故と都市ガス事故との間で,事故情報を受け入れ,またその伝達を受ける担当部署がそれぞれ異なっていた上に,部署間の情報交換がほとんどなく,部内での後任者への引継ぎもほとんどなかった。そのために,せっかく事故情報が経産省に集められても,省内で集約されておらず,全国の各ガス事業者に対して有効な事故防止対策を指示するための契機として活かされていなかったものと認められる。
(4)まとめ
以上のとおり,経産省においては,本件事故に至るまで,短絡事故に対する安全対策の指導の実績は乏しく,収集された事故情報についても省内で集約されておらず,事故防止対策を指示するための契機として活かされていなかった。したがって,平成13年以降において,パロマ両社において経産省に対して何らかの働きかけをすれば格別,そうでないのに,経産省が各ガス事業者に対して有効な短絡事故の防止対策を指導し,各ガス事業者がそれに従った対策をとるということを期待できる状況ではなく,そうした措置に事故防止対策を委ねられる状況ではなかったと認められる。
7 被告人両名に注意喚起の徹底,点検・回収の義務があったこと
(1)これまでの検討の要約
ア パロマ工業は,昭和55年4月から平成元年12月までの間に,合計約26万台の7機種を製造し,それとほぼ同数が,OEM製品については東京ガス等の委託元により,それ以外のいわゆる市販品についてはパロマによって販売された。これらは全国各地で使用されていたが,修理業者等によってコントロールボックスの端子台において短絡が行われ,それが原因で平成13年1月4日までに多数の一酸化炭素中毒による死傷事故が発生していた。そして,同月5日ころの時点において,全国各地に存在する7機種において,短絡された器具が残存し,また新たに短絡がなされる可能性もあり,以後,短絡が放置されたまま使用される7機種は相当数に上る可能性があった。そのため,そのような7機種の使用に伴って,電源を入れずに燃焼させた場合などにおいて,使用者等が一酸化炭素中毒によって死傷する事故が発生する危険性があった。
イ そして,使用者等や個々の修理業者等による自発的な事故防止対策を期待することはできず,しかも7機種は全国各地,都市ガス・LPガスの双方で使用され,短絡された7機種は全国のどこにあってもおかしくないし,新たな短絡がどこで発生してもおかしくない状況であった。そこで,さらなる短絡事故による死傷者の発生を防止するためには,全国のすべての7機種を対象として,注意喚起の徹底と点検・回収の措置がとられる必要があった。
ウ こうした状況において,
① 7機種は端子台において容易に短絡できる構造になっており,そうした性状が短絡を促し,短絡による危険の発生に一定の寄与をしていた。
② パロマ両社は,製造者・販売者の立場にあったことから,事故一覧表の13件の短絡事故のうち12件について,そのほとんどは短期間のうちに関係機関から事故発生の連絡を受け,その後,事故機や事故現場等の検分の機会を得たり,あるいは関係機関から連絡を受けたりして,事故原因に関する情報を入手していた。これらの事故情報はパロマ工業の品質管理部に報告され,集約されていた。
③ パロマは,一定の指導監督関係を有する全国多数のパロマサービスショップについて,新聞等を通じて,パロマのアフターサービス専門店として,パロマが販売した製品の修理業務を行うことを,長年にわたり告知,宣伝してきたという経緯があり,現に自ら販売した7機種を含むパロマ工業製品の修理業務を相当程度パロマサービスショップに行わせていた。
④ パロマ両社においては,パロマが販売した7機種に関する限り,そのすべてを対象として注意喚起の徹底を行った上,自ら又はパロマサービスショップが保管している修理記録やガス事業者から入手できる設置場所に関する情報等に基づいて,把握できる範囲で自社及びパロマサービスショップ等を利用した点検・回収を行うことは可能であった。
⑤ 他方,ガス事業者については,各事業者の自主的,個別的な対策によって,全国のすべての7機種を対象とした事故防止対策をとることは到底期待できなかった。東京ガスについても,短絡事故防止のための有効な措置はとっておらず,一連の短絡事故の情報の収集は十分でないなど,その管内の事故防止対策を委ねることができる状況にはなかった。
⑥ 経産省が各ガス事業者に対して有効な事故防止対策を指導し,それを受けた各ガス事業者が対策を講じるという枠組みに,短絡事故の防止を委ねることができる状況でもなかった。
エ このように,7機種(OEM製品を除く)の製造者・販売者であるパロマ両社としては,短絡された7機種の使用に伴う死傷事故の危険性が生じていた状況において,上記死傷事故を防止するために必要な事故防止対策(注意喚起の徹底,点検・回収)を自らとるべき積極的な根拠があり(①②③),特別の支障なくその措置が可能であり(④),また,使用者等や修理業者はもとより,経産省の指導によるものも含めて各ガス事業者にも事故防止対策を委ねることはできず,本件事故現場に都市ガスを供給していた東京ガスについても同様であった(⑤⑥)。
したがって,パロマ両社としては,OEM製品を除くすべての7機種を対象として,短絡の危険性についての注意喚起の徹底,設置場所の把握可能な上記7機種の点検と短絡されている器具の回収を行うべきであったと認められる。
(2)被告人両名の注意義務
ア 被告人両名は,上記(1)ウの①端子台等の構造,②情報の収集,③パロマサービスショップに関する事項を認識していた。被告人両名が7機種の端子台等の構造の決定などに直接関与したとは認められないが,両名はそのような性状を認識して,当該製品の安全確保に関わる職務に従事していたのであるから,端子台に関する事情も,両名の注意義務の根拠とすることができる。
もっとも,被告人両名は,LPガス販売事業者,大阪ガス及び東京ガスの対策について,定期保安点検又は一斉点検において短絡発見のための点検が行われた(行われている)と思っていたと供述しているので,念のために検討する。
パロマ両社として,ガス事業者に事故防止対策を委ねられる状況であったとするためには,客観的にみて事故防止対策として十分に効果のある措置が,ガス事業者によって確実に行われる必要がある。被告人両名が供述するガス事業者の防止対策は,それ自体必ずしも十分な対策とは認められない上,後記第8の4のとおり,被告人両名は,当該ガス事業者が上記点検を行うという正式の発表に接したわけでも,現に実施されたことの確認をとったわけでもなかった。結局,被告人両名としては,平成13年1月5日ころ以降において,ガス事業者による有効な事故防止対策が確実に行われた(行われている)という認識は有しておらず,ガス事業者に対策を委ねられるだけの客観的な条件があるとは思っていなかったものと認められる。したがって,被告人両名の上記供述は,両名が注意義務を負うことを妨げるものではない。
イ そうすると,被告人甲山は,パロマ両社において,昭和56年3月以降本件事故までの間,代表取締役社長ないし同会長として,製造販売品の安全確保,事故対応,リコールを含む業務全般を統括し,これらについて事実上の最終決定権限を有していたのであるから,検察官主張の平成13年1月5日ころから本件事故までの間において,自らないしは被告人乙川等のパロマ両社の関係部署の担当者らに指示するなどして,上記注意喚起の徹底,点検・回収の措置をとるべき刑法上の注意義務を負う立場にあったと認められる。
被告人乙川は,パロマ工業において,平成2年4月以降,品質管理部に所属し,平成9年4月から平成14年8月31日までと平成17年4月1日から本件事故当時まで品質管理部長の地位にあり,その間,同社製品の事故情報の収集,原因の調査,事故対策の策定等の職務に従事し,被告人甲山らに報告して指示を受けるなどして,同社製品の安全対策の実務上の責任者として活動していたものであるから,検察官主張の平成13年1月5日ころから本件事故までの間の品質管理部長の職にあった時期において,被告人甲山に進言して指示を仰ぎつつ,自らないしはパロマ両社の関係部署の担当者らに指示するなどして,上記措置をとるべき刑法上の注意義務を負う立場にあったと認められる。
第8 被告人両名の結果予見可能性
1 被告人乙川に関する事実
(1)事故の発生及び短絡事故であることの認識
ア 前記第7の2のとおり,パロマの営業所等は,事故一覧表のうち⑪以外の12件について,ガス事業者等から事故発生の連絡を受け,そのすべてにつき,短絡事故であることを把握し又は把握できるだけの情報を得ていた。これらの情報は,パロマ工業の品質管理部に伝達されていた。
イ 被告人乙川は,品質管理部に配属となった平成2年4月以前に発生した事故につき,①札幌事故は平成10年ころ,②苫小牧事故は平成4年9月ころに,それぞれ品質管理部に保管されていた事故の資料を発見して,各事故の発生及び概要(日時場所,死傷結果,7機種,ガス種等。以下「概要」とはこれらをさす。)と,それらが短絡事故であることを知った。品質管理部に配属となった後に発生した③ないし⑩,⑫,⑬の10件については,パロマの営業所等からの報告により,事故発生の直後ないし遅くとも約1年後(パロマの営業所等が情報を得た直後ないし遅くとも約1か月後)に事故の発生及び概要と,それらが短絡事故であることを認識した。
そして,⑬新宿事故については,被告人乙川は,事故翌日の平成13年1月5日に発生を知るとともに,事故機は電源プラグがコンセントから外れていたのに使用可能になっていたとの情報を得ており,短絡があった可能性もあると考えていた。その後,東京ガスが事故機を検分し,同月12日,被告人乙川は短絡があったとの情報を得た。
ウ このように,被告人乙川は,上記12件の短絡事故について,平成13年1月5日ころまでに,その事故発生と概要を認識したほか,それが短絡事故であることを認識し(⑬新宿事故以外),又は短絡事故であることを容易に認識できる情報を得ていた(⑬新宿事故)(乙川乙31ないし33,36,38,乙川28回68~,29回1~等)。
(2)短絡事故のメカニズム及び短絡の理由についての認識
ア 被告人乙川は,平成2年12月ころに③帯広事故の情報を受け,当該器具において,コントロールボックスの端子台の配線が短絡されていることを知った。このとき,被告人乙川は,7機種の資料を見るなどして,短絡を行うと,電源が入っておらず,排気ファンが回転しない場合でも点火,燃焼させることができるため,不完全燃焼になって一酸化炭素中毒による死傷事故が発生するおそれがあることを知り,短絡の仕組みと危険性を理解した(乙川乙31)。また,コントロールボックスの外側の側面に端子台があること,端子台の端子に配線がねじで留められていることを知った(乙川乙41)。
一連の事故のうち⑫大阪事故以外は端子台において短絡がなされているが,被告人乙川はそのことも認識していた。端子台の配線を変える短絡の作業はドライバーのみで可能であり,特別な技術を必要としない簡単なものであることも理解していたと認められる。
イ 短絡が行われる理由に対する認識を検討する。
被告人乙川は,上記12件の短絡事故のうち,コントロールボックスの故障原因となる回路基板のハンダ割れが確認された6件(前記第4の1(2)オ(ウ))のうち5件(③④⑧⑨⑩)について,警察からの照会(③,平成4年1月),パロマ社員による事故機の検分(④は平成4年1月,⑩は平成8年1月)により,又はパロマが被告となった民事訴訟の過程で(⑧は平成9年7月,⑨は平成9年から平成13年),それぞれ各ハンダ割れの事実を知った。残る①札幌事故についても,平成10年ころ資料を発見した際,PRリレーが基板から浮いていることを知り,ハンダ割れがあったことを推測できる状況であった(乙川乙30,31,36)。
このほか,コントロールボックスの故障は認められたが,ハンダ割れが確認されていない2件(⑥⑫)についても,被告人乙川は,コントロールボックスに故障が存在した可能性があると考えていたと認められる(⑥横須賀事故につき,品質管理部名義の平成4年3月26日付け「強制排気式湯沸器に係るCO中毒事故の件」と題する書面[乙川乙32資料9]の「コントロールボックスが何らかの故障状態であったと思われる」の記載。⑫大阪事故につき,コントロールボックスに故障があったと記載されたガス事故詳報を入手していること[乙川29回38])。⑬新宿事故についても,被告人乙川は,平成13年1月下旬,パロマ社員から,被害マンションの別の1室で発見された短絡機器のコントロールボックスの基板を検分した結果,リレー部分にハンダ割れがあったとの報告を受けている(乙川乙38。前記第7の2(1)イ参照)。
こうして,平成13年1月までの時点で,被告人乙川は,7機種の短絡は通常,コントロールボックスの故障に伴う修理の際に行われ,本来コントロールボックスの交換を行うべきであるのに短絡がなされていること,そして,コントロールボックスの基板のハンダ割れによってコントロールボックスが故障することをそれぞれ認識したと認められる(乙川乙41)。そして,コントロールボックスが交換されなかったのは,修理業者が修理の際に交換用のコントロールボックスを持っていないなどの理由により一時的に短絡を行い,そのまま忘れていたのではないかと考えていた(乙川30回41)。
(3)短絡の頻度に関係する事実の認識
ア 被告人乙川は,上記一連の事故における短絡以外にも,②苫小牧事故で事故機を修理した可能性のあるパロマサービスショップ(E1)が他にも短絡をしていたこと,⑫大阪事故では被害マンション等で複数の7機種に短絡が発見されたこと,⑬新宿事故でも被害マンションの別の1室で短絡が発見されたことを知っていた(乙川29回35,61,31回26)。
イ 7機種のコントロールボックスの回路基板のハンダ割れについては,被告人乙川は,平成4年ころ,基板の設計変更の履歴を調査し,昭和50年代後半に改良されていることを知った。不良交換されたコントロールボックス30個の基板を被告人乙川が調査した結果,昭和59年1月の改良以前の16個のうち12個にハンダ割れが認められたことは,前記第4の1(2)オ(ウ)(b)のとおりである。同調査の結果,被告人乙川は,少なくとも上記基板改良前に製造されたコントロールボックスについては,基板のハンダ割れが一定の割合で発生していることを知ったものと認められる。
2 被告人甲山に関する事実
(1)事故の発生及び短絡事故であることの認識
ア 被告人甲山は,パロマ両社の業務の重要事項につき,昼食会等において報告を受けており,重大な死傷事故についても被告人乙川等の担当者から報告を受けていた(前記第2の1(2))。
イ 本件事故前にパロマ両社が把握していた上記12件の短絡事故についてみると,③ないし⑩,⑫,⑬の10件のうち,⑦⑩を除く8件について,被告人甲山は,被告人乙川から,同被告人がパロマの営業所等から報告を受けて間もない時期に報告を受け,事故の発生及び概要と,事故機に短絡があったこと(⑬新宿事故以外),又は事故機は事故当時プラグが外れており短絡された疑いがあること(⑬新宿事故)を知った。なお,⑬新宿事故については,被告人甲山が報告(短絡の疑いがあった点を含む。)を受けたのは,被告人乙川が同事故を知った平成13年1月5日から遅くとも数日以内であり,「1月5日ころ」と認める。
⑦羽幌町事故,⑩上田事故については,被告人乙川からの報告の有無につき,被告人両名の記憶は曖昧である。しかし,上記8件の死傷事故が報告されていたことからすると,被告人甲山としては,当然,被告人乙川等の部下に対し,他の事故の有無について報告を求めるなどして,⑦⑩の各事故の存在と,それが短絡事故であることを容易に知ることができたと認められる。
ウ ①札幌事故と②苫小牧事故について,被告人甲山は,各事故の発生後間もなく,パロマ工業の社員等から事故の発生及び概要と,事故機に改造があったことの報告を受けた。この時点では「改造」という報告であったが,被告人甲山は,その後③以降の類似の短絡事故の報告を受けており,①②の事故についても,平成13年1月5日ころまでには短絡事故であることを認識していたと認められる。
エ このように,被告人甲山は,上記12件の短絡事故について,平成13年1月5日ころまでに,うち10件(⑦⑩事故以外)につき事故の発生及び概要を認識していたほか,それが短絡事故であることを認識し(⑬新宿事故以外),又は短絡事故であることを容易に認識できる情報を得ていた(⑬新宿事故)。残る2件(⑦⑩)についても,これらの点を容易に認識することができたと認められる(甲山乙14,16ないし18,乙川乙32,33,36,38)。
(2)短絡事故のメカニズム及び短絡の理由についての認識
ア 被告人甲山は,平成3年から平成4年に④ないし⑧の事故が連続して発生したころには,短絡の仕組みと危険性について,被告人乙川(前記1(2)ア)と同様に理解していたと認められる。また,コントロールボックスの端子台において短絡が行われること,端子台はコントロールボックスの外側の側面にあることも知っていた(甲山乙12)。そして,端子台の配線を変える短絡の作業が簡単なものであることも当然理解していたと認められる。
イ 被告人甲山は,アのころには,③④の事故について,被告人乙川から,コントロールボックスの回路基板にハンダ割れが発生していたことの報告を受けた。パロマが損害賠償訴訟の被告となった⑧⑨の事故についても,平成13年までには訴訟経過の報告の中で,当該事故機について同様のハンダ割れが発生していたとの報告を受けた(甲山乙12,16,乙川乙41)。また,被告人甲山は,一連の短絡事故の原因について,修理業者がコントロールボックスの故障に伴う修理の際に,短絡を行ったのではないかと考えていた(甲山乙12,19)。
こうして,短絡の理由についても,被告人甲山は,被告人乙川とほぼ同様の認識を有していたと認められる。
(3)短絡の頻度に関係する事実の認識
ア 被告人甲山は,上記一連の事故における短絡以外にも,②苫小牧事故及び⑬新宿事故で他にも短絡事例があったことを知っていた(甲山乙13,55)。⑫大阪事故で被害マンションほか1棟で7機種の点検がなされたことを知っており(甲山乙19),そうであれば,事故機以外にも複数の7機種で短絡が発見されたことを容易に知りえたと認められる。
イ 被告人甲山は,前記のとおり,一連の短絡はコントロールボックスの故障に伴う修理の際に行われたのではないかと考えており,その故障の原因となる基板のハンダ割れについても③④⑧⑨の事故機で発生していることを知っていた。一方,被告人乙川は,その他の⑥⑫の事故についてコントロールボックスの故障が存在していた可能性を認識し,⑩⑬の事故機又は関連器具のハンダ割れの存在を認識し,また,基板のハンダ割れの調査結果(上記1(3)イ)を得ていた。そうすると,被告人甲山としては,被告人乙川に対して,そのほかの短絡事故に関する報告を求めることにより,同被告人のもつ上記の情報を容易に入手することができたと認められる。
3 被告人両名の予見可能性
(1)被告人乙川
被告人乙川は,①平成13年1月5日ころまでに,前記12件の短絡事故の発生と概要を認識し,短絡事故であることについても11件について認識し,1件(⑬新宿事故)について容易に認識できるものであった。これらの事故が,長年にわたり,全国各地,LPガス,都市ガスの双方において発生してきたことも当然理解していた。このほか,②短絡の仕組みとそれによる一酸化炭素中毒発生の危険性,③短絡が行われる過程につき,端子台における短絡が技術的に簡単であること,修理業者がコントロールボックスの故障に伴う修理の際に短絡を行い,それが放置されることがあること,④上記短絡事故機以外にも短絡されていた7機種があったこと,⑤上記短絡事故において,コントロールボックスの故障や,その故障をもたらす基板のハンダ割れが生じており,事故機以外でもそれらが一定の割合で生じるものであることを,それぞれ認識し,また理解していた。
そうすると,被告人乙川においては,⑬新宿事故の発生を知った平成13年1月5日ころには,それ以降本件事故までの間に,全国各地に存在する7機種において,短絡された器具が残存し,また新たに短絡がなされる可能性もあり,そのような7機種が電源を入れないまま使用された場合には,一酸化炭素中毒による死傷事故が発生することを予見することが可能であったと認められる。
(2)被告人甲山
被告人甲山は,①平成13年1月5日ころまでに,前記12件のうち10件の短絡事故の発生と概要を認識し,短絡事故であることについても,9件について認識し,1件(⑬新宿事故)についても容易に認識できるものであった。他の2件についても,その存在と短絡事故であることは容易に認識できるものであった。これらの事故が長年にわたって広範に発生してきたことも当然に理解していた。このほか,②短絡の仕組みとその危険性,③短絡が行われる過程,④事故機以外の短絡事例については,被告人乙川とほぼ同様の認識を有していた。⑤コントロールボックスの故障やその故障をもたらす基板のハンダ割れについても,現に一部の事故機に発生していたことを認識していた上,それ以上の頻度を示す情報については被告人乙川から容易に入手することができるものであった。
そうすると,被告人甲山についても,被告人乙川と同様の予見可能性があったと認められる。
4 弁護人の主張について
弁護人は,①パロマ両社は,パロマサービスショップに対し,適切な事故防止対策を講じていたこと,②被告人両名は,平成5年,平成9年の「CO中毒事故防止マニュアル」により,LPガス販売事業者が短絡発見のための点検を行ったと認識していたこと,③東京ガス及び大阪ガス管内について,被告人両名は両会社が定期保安点検の際に短絡発見のための点検を行っていると認識していたこと,④その他の都市ガス管内についても,被告人両名は,事故事例研究情報などに基づき各事業者が事故防止対策を社員に教育していると認識していたことから,LPガス,都市ガスいずれの管内においても,被告人両名には,短絡による死傷事故の予見可能性はなかったと主張する(弁論129頁)。
(1)パロマサービスショップに対する指導〔①〕
パロマ両社によるパロマサービスショップ等に対する事故防止対策は,短絡禁止のほかには,業務機会の点検を求めるにとどまるなど,パロマサービスショップ等に対する指導としても不十分なものであった(前記第4の3(1)カ)。被告人両名としては,そのことを認識すべきだったのである。
(2)他の都市ガス事業者の対策〔④〕
弁護人が主張する対策は,事故事例研究情報に基づく社員教育というにとどまり,短絡発見のための点検が現に実施されたというものではない。それを窺わせる証拠もまったくない。被告人乙川は,③帯広事故以来,都市ガスでは全く事故が発生していなかったので,日本ガス協会が中心になって,各都市ガス事業者に事故や対策の情報が十分行き渡り,各都市ガス事業者が事故防止に努力した結果だと思っていたと供述する(乙川30回2)。しかし,その供述自体からも,根拠もなく推測したに過ぎないことは明らかである。被告人甲山が仮に同じ考えを持っていたとしても,同様である。
(3)LPガス販売事業者の対策〔②〕被告人乙川関係
ア 平成5年発行の「CO中毒事故防止マニュアル」
被告人乙川は,平成5年発行の「CO中毒事故防止マニュアル」に沿って,LPガス販売事業者は定期保安点検時を含む消費機器調査時に短絡発見のための点検を実施したと思っていたと供述している(乙川29回26,30回1)。
LPガス販売事業者によって短絡発見のための点検が行われたとしても,一部に過ぎなかったことは,前記第4の3(2)イ(エ)認定のとおりである。被告人乙川は,奈良県のLPガス販売事業者から,奈良県高圧ガス保安協会による一斉点検の要請(前記第4の3(2)ア)と,同マニュアルに基づく点検との違いに関する問い合わせがあったことから,同マニュアルによる点検が実施されたことを知ったと供述している。しかし,同マニュアルには,短絡の具体的方法が示されているわけではなく,停電時遮断確認を確実に実施することを要請,指導する旨の記載もない。被告人乙川の言うような問い合わせも,およそ短絡発見の点検が行われたと信ずる根拠となるようなものではない。平成4年までにLPガス管内で多数の短絡事故が起きていた深刻な時期であったのに,被告人乙川がLPガスの関係者等に対し,実際にそのような点検が行われたかどうか,その結果はどうであったかを問い合わせたこともまったく窺われない。
したがって,仮に被告人乙川において短絡発見のための点検が実施されたと思っていたとしても,それが確実に行われていると思っていたわけではなく,かつ,根拠の乏しい推測に過ぎないと認められる。
イ LP対策室への要請
パロマ工業は,平成4年8月24日,品質管理部名で通産省LP対策室の業務班長であった前記W10にあてて,各県のLPガス協会に定期保安点検の折に安全装置の点検も合わせて行うよう指示して欲しいとの要請文書を提出している(乙川乙33資料15)。W10は,その後,LPガス販売事業者に対して短絡発見のための点検を行うよう指導したことはなかったと証言しているが,被告人乙川は,LP対策室はこの要請に応じてLPガス協会にその旨指導すると思ったと供述している(乙川29回18)。
しかし,パロマ工業の上記要請の後に,通産省の委託によって発行された平成5年の「CO中毒事故防止マニュアル」も,せいぜい短絡発見のための点検を奨励したにとどまっていた。そうすると,被告人乙川としても,同マニュアルの文面から,通産省は短絡発見のための点検を義務付けるような指導をしていないことは当然理解したであろうし,少なくとも容易に理解することができたと認められる。
ウ 平成9年の一斉点検と「CO中毒事故防止マニュアル」
平成9年の通産省通達に基づいてLPガス燃焼器具の一斉点検が行われたが,その際短絡発見のための点検は行われなかった。同一斉点検の方法等を記載した平成9年「CO中毒事故防止マニュアル」の点検項目にも,短絡発見のための点検は定められていなかった(前記第4の3(2)ウ)。これに対し,被告人乙川は,平成9年の一斉点検において,通産省は短絡機器の発見をも指示し,それが実施されたと供述している(乙川29回27,30回1)。しかし,上記通達,マニュアルの文面,そして,被告人乙川が上記一斉点検で短絡発見のための点検が行われたかどうか等を問い合わせた形跡がないことに照らすと,仮に被告人乙川において上記点検が実施されたと思っていたとしても,それはアと同様のものである。
(4)大阪ガスの対策〔③〕被告人乙川関係
被告人乙川は,大阪ガスの「ガス事故詳報」(前記第4の3(2)エ)の記載を見て,大阪ガスが,定期保安点検の際に強制排気式湯沸器についても停電時遮断確認を行うことにしたものと理解したと供述している(乙川29回38)。大阪ガスがそうした点検を行っていなかったことは前記第4の3(2)エのとおりである。
そもそも同詳報には停電時遮断確認を行うことは示されていないし,被告人乙川は,大阪ガスに対し,上記点検を行っているのかどうかを確認したことはなかった(乙川30回57)。そうすると,被告人乙川が上記のように理解したとしても,確たるものではないし,根拠のあるものでもない。
(5)東京ガスの対策〔③〕被告人乙川関係
ア 東京ガスのW7との面談
東京ガス管内で発生した⑬新宿事故の1週間後の平成13年1月11日,被告人乙川及びパロマ東京支社都市ガス営業部の証人Lは,東京ガス機器保安部機器保安グループのW7と面談した。このとき,W7は,強制排気式機器の全て又はPH─131F型湯沸器(事故機と同型機器)を対象に,定期保安点検時に点検を行う方法があると発言した(W7証言,L証言,乙川29回51,55)。
そこで,被告人乙川は,公判(乙川29回56)において,そのような点検を行って欲しいと要請したところ,W7は,東京ガスでも候補の1つとして検討している,他の機種について行っている電源プラグを抜く点検と同様の点検をすればよいと発言したこと,被告人乙川は,W7の発言から,東京ガスは定期保安点検で7機種につき,他の機種と同様の点検,すなわち停電時遮断確認を実施するものと理解したことを供述している。もっとも,証人W7は,被告人乙川が供述するようなやり取りはなかったと証言している。
しかしながら,たとえ被告人乙川が供述するようなやり取りがあったとしても,同面談は,被告人乙川らが東京ガスから情報を収集するために,同社でガス事故対応の担当者の補佐をしていたW7との間で行われたものに過ぎない。しかも,その時点では事故原因は確定しておらず,東京ガスが現場マンションを点検して,事故機に短絡があったことを確認したのは同月11日である(W7証言,甲113,乙川29回61)。したがって,W7の発言が東京ガスにおける正式な決定を伝達するものでなかったことは,状況的に明らかである。証人Lも,定期保安点検時に点検を行う方法があるとのW7の発言は,まだ最終決定ということではなく,こういうことが考えられるということであったと供述している。
そうすると,仮に被告人乙川が,W7の発言から,東京ガスが定期保安点検の際に停電時遮断確認を行うと理解したとしても,それは確実に行われると思ったというものではないし,かつ合理的な根拠のないものである。
イ 東京ガスの平成13年1月30日付け「ガス事故詳報」(弁69)
被告人乙川は,東京ガスは⑫大阪事故における大阪ガスの対策を把握していると思っていたところ,平成13年2月に東京ガスによる⑬新宿事故の「ガス事故詳報」にあった『当社グループの関係者に対し過去の事例等を紹介するなどの教育を今後とも継続実施していく。』との記載を読み,東京ガスは社員等に対し,⑫事故を紹介し,同事故の事故防止対策と同様に短絡禁止と短絡発見の教育を行い,かつ,実際に短絡発見のための点検を行うものと理解したと供述している(乙川29回67)。
しかし,大阪ガスは,短絡発見のための点検を行う方針を示していないし,実施もしていなかった(前記(4))。⑬新宿事故のガス事故詳報には,短絡発見のための点検を行う旨の記載は存在しない(前記第4の3(2)オ)。被告人乙川は,東京ガスに対し,短絡発見のための点検を行っているかどうかを確認したこともなかった(乙川31回11)。
そうすると,被告人乙川が,東京ガスの点検について上記供述のように理解したとしても,それは確実に行われると思ったというものではないし,かつ根拠のないものである。W7との上記面談を考慮に入れても同様である。
ウ 上記W7は,平成9年に北海道旭川市で発生したパロマ工業製湯沸器の事故(事故一覧表外の非短絡事故,甲84の事故一覧23,弁120)について,パロマ社員Lらと面談した後,パロマ側に対して,「安全対策は,ガス事業者が主体でメーカはサポート」(弁70)と記載したメモを,ファックス送信している(L証言)。弁護人は,被告人乙川は東京ガスの事故防止対策を基本的に信頼しており,このメモの記載がその信頼を強めたと主張する(弁論118頁)。
しかし,上記主張その他弁護人において,被告人乙川が東京ガスを信頼していた理由とする事情を検討しても,それが合理的な根拠があるものとはいえない。そもそも上記メモについては,W7は,旭川ガスが機器の交換を行う旨決めていることから,その安全対策に対してメーカーはサポートしかできないという趣旨で書いたものと思うと証言しており(W711回41),この説明はL証言等に照らしても信用することができる。
(6)被告人甲山関係
被告人甲山は,平成5年の「CO中毒事故防止マニュアル」及び平成9年の一斉点検につき被告人乙川の供述と同様の認識であったこと,大阪ガスにつき被告人乙川から定期保安点検の際に点検を行うと報告を受け,停電時遮断確認を行うと理解したこと,東京ガスにつき被告人乙川から報告を受け,東京ガスが適切な点検を行うと理解したことを供述している(甲山32回13)。
しかし,その根拠は,被告人乙川から報告を受けたことや,「CO中毒事故防止マニュアル」があったからという程度である。被告人甲山がそのように思っていたとしても,有効な事故防止対策が確実に行われると思っていたわけではなかったと認められるし,いずれも的確な根拠のない単なる推測であったといえる。
5 予見可能性のまとめ
(1)弁護人が指摘する点は,被告人両名がパロマ両社の対策が不十分であるのに十分だと考えたもの(前記①),あるいは,被告人両名が的確な根拠もなく,ガス事業者によって短絡発見のための点検が行われた(行われる)のではないかと推測したもの(前記②③④)と認められる(前記第7の7(2)アの関係では,ガス事業者の上記点検が確実に行われた[行われる]と認識したわけではないと認められる。)。よって,いずれも被告人両名の予見可能性の認定を妨げるものではなく,被告人両名には,平成13年1月5日ころの時点において,本件事故の発生及びそれによる死傷結果の発生について予見可能性があったと認めることができる。
(2)なお,検察官は,注意義務の始期として⑬新宿事故の翌日ころを主張するにあたり,被告人両名は,遅くとも同日ころには,パロマ両社のそれまでの事故防止対策(パロマサービスショップに向けた短絡禁止・短絡発見時の是正を求める文書の発出等,工業会に対する協力依頼など)が対策として十分でなかったことを認識し,又は容易に認識することができたと主張しており,この点を予見可能性の一つの根拠としているものと解される。
確かに,⑬新宿事故の発生それ自体が,短絡事故再発の予見可能性を高めるものであったことは明らかである。しかしながら,パロマ両社がとってきた上記措置は,そもそもその内容からして短絡事故の危険性を減少させるものとしては不十分なものであって,被告人両名としては,⑬新宿事故以前から,そのことを認識することが可能であった。⑬新宿事故の発生は,上記措置が不十分なものであることを認識させるような性質を有するものではない。したがって,当裁判所としては,予見可能性が肯定され,被告人両名の注意義務の始期となる時点としては,検察官の主張のとおり平成13年1月5日ころと認めるが,⑬新宿事故の発生により,パロマ両社による上記措置が不十分であることを被告人両名が認識し,又は容易に認識することができたという点は,予見可能性の根拠として認定しなかったものである。
第9 結論
以上説示してきたとおり,被告人両名には,それぞれ罪となるべき事実6項の短絡事故防止対策を講ずべき業務上の注意義務が認められるところ,両名はいずれもこの義務を怠って対策を行わず,その過失の競合により本件死傷結果が生じたものと認められる。したがって,被告人両名には,それぞれ業務上過失致死傷罪の成立が認められる。
(法令の適用)
被告人両名について
罰条 被害者冬男に対する業務上過失致死及び被害者秋男に対する業務上過失傷害は,いずれも,行為時においては平成18年法律第36号による改正前の刑法211条1項前段に,裁判時においてはその改正後の刑法211条1項前段に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条によりいずれも軽い行為時法の刑による。
科刑上一罪の処理 刑法54条1項前段,10条
1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,1罪として犯情の重い業務上過失致死罪の刑で処断する。
刑種の選択 所定刑中禁錮刑を選択する。
刑の執行猶予 刑法25条1項
訴訟費用の負担 刑事訴訟法181条1項本文
(量刑の理由)
1 本件事故に至るまでの約20年の間に,本件湯沸器と同型の,いずれもパロマ両社が製造,販売した7機種の使用に伴い,本件と同様の不正改造(短絡)に起因する事故が繰り返し発生し,多数の死傷者が出ていた。そのため,短絡事故に対する迅速かつ効果的な防止対策が強く求められていたところ,パロマ両社においては,先に説示したとおり,短絡が容易であるという製品の性状,事故情報の集約,修理業務への関わり,他の関係機関の実情等に照らし,自ら積極的な事故防止対策を行うべきであった。しかるに,パロマ両社の代表取締役等として,長らくその経営トップの地位にあり,安全対策の最終決定権者であった被告人甲山及びパロマ工業の品質管理部に長らく所属し,品質管理部長等として安全対策の実務的な責任者であった被告人乙川の両名は,多数の短絡死傷事故が発生していた現実を認識しながら,いずれも抜本的な事故防止対策をとるべき業務上の注意義務を怠り,本件事故を招いたものである。
2 パロマ両社は,ガス器具を社会に提供することにより,社会に貢献し,また利益を上げてきた。ガス器具は日常生活に大きな利便を与えるものであるが,同時にガス及びガスの燃焼による生命への危険を常に伴う。相当期間継続して使用されるものでもある。そのような製品を社会に提供する企業としては,機器それ自体の安全性の向上を図ることはもちろんのこと,その機器が一般消費者のもとで安全に使用され続けるように配慮することも求められる(もとより,当裁判所としても,そのことが直ちに刑法上の責任につながると考えるわけではない。)。
本件事故を含む一連の短絡事故は,直接には販売後の修理業者による不正改造に起因したものではある。しかし,被告人両名においては,そのことを理由に安全対策を回避するのではなく,何よりも使用者等の生命の安全を優先し,上記のような特性を有するガス器具を社会に提供する企業の責任を踏まえた対応が求められていたといえる。
これらの点にかんがみると,被告人両名の過失は軽視できないものがある。
3 もっとも,被告人両名も,多数の短絡死傷事故の発生を受けて,社内及びパロマサービスショップに対する教育・啓蒙,ガス石油機器メーカーの団体等に対する働きかけ,あるいは一部のガス事業者との協議などの対策ないし対応を行っていた。しかし,それらはパロマ関係者ないしガス事業関係者との間での内部的なものにとどまっており,限定的な効果しか期待できないものであった。被告人両名は,ガス事業者や経産省によって十分な措置,指導がなされると信頼していたと供述しているが,これらの組織に安全対策を委ねられるような状況ではなく,被告人両名がそのように判断したとすれば,あまりに軽率である。
4 本件事故の結果は重大である。被害者冬男は,18歳という若さで尊い命を奪われた。被害者秋男は,入院加療49日間を要する右下腿コンパートメント症候群・一酸化炭素中毒の重傷を負っている。被害者秋男そして遺族の悲しみは深く大きく,被告人両名に対する処罰感情も厳しい。
以上によれば,被告人甲山の刑事責任には重いものがあり,被告人乙川の刑事責任も軽視できないものがある。
5 他方,本件事故は直接には修理業者による不正改造に起因したもので,その責任は第一次的には不正改造を行った者に帰せられるべきであり,被告人両名の責任の原因は不正改造の結果を是正できなかったことにある。また,短絡事故が繰り返し発生した過程では,規模の大きな組織を含めパロマ両社以外の関係者においても,短絡の危険性について注意喚起を行うなど,一定の事故防止対策をとる契機がなかったわけではない。こうした関係者にも対策への取り組みは求められていたのであり,上記の点を被告人両名のために考慮する余地がある。そのほか,被告人乙川は平成14年9月から平成17年3月までは品質管理部に在籍していなかったこと,被告人両名はいずれも前科はなく,これまで犯罪とは無縁の生活をしてきたことなども,被告人らに有利に考慮することができる。
以上の諸事情を総合考慮して,主文のとおりの量刑とした。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 半田靖史 裁判官 安藤範樹 裁判官 岩田澄江)
別紙 事故一覧表
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