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東京地方裁判所 平成19年(刑わ)994号 判決 2009年2月23日

主文

被告人Y1を懲役6年に,被告人Y2を懲役3年に処する。

被告人両名に対し,未決勾留日数中各190日を,それぞれその刑に算入する。

訴訟費用は,被告人両名の連帯負担とする。

理由

(凡例)以下の記述においては,次のとおりの略称を用いることもある。

分離前の相被告人Aを「A」,a株式会社を「a社」,b株式会社を「b社」,c株式会社を「c社」,株式会社dを「d社」,e株式会社を「e社」,f株式会社を「f社」,「b社(20号)」と題する匿名組合契約を「本件匿名組合契約」

(罪となるべき事実)

被告人Y1は通信機器販売を業とするb社及び株式公開に関するコンサルティング等を業とするd社の代表取締役であった者,被告人Y2は,b社の取締役で,同社及びd社の事務全般を統括していた者,Aは電気通信事業等を業とするa社の代表取締役であった者であるところ,b社では,かねて「同社を営業者,投資家を匿名組合員として,同社がa社にリースする通信機器を通信機器メーカー又は商社から購入するための資金を投資家から募り,投資した匿名組合員にはa社がb社に支払う通信機器リース料を原資として配当する」旨の匿名組合契約の締結を進め,投資家から出資を受けていたが,被告人両名及びAは,共謀の上,真実は,「b社(20号)」と題する匿名組合契約において,投資家から出資を受ける資金を通信設備メーカーや商社からの通信機器購入に充てる意図はないのに,その事情を秘し,別表記載のとおり,平成17年8月上旬ころから同月下旬ころまでの間,b社との間で「b社(20号)」匿名組合契約に関する業務請負契約を締結したとするd社の事情を知らない従業員らをして,b社が出資を受けた資金は同社において通信機器メーカー又は商社から通信機器を購入するために使う旨の内容虚偽の説明を記載した「b社(20号)匿名組合のご案内」と題する募集パンフレット等を,東京都内等29か所に送付させ,その送付を受けてこれらを閲読した30名の者をその旨誤信させ,よって,同月5日から同月31日までの間,前記30名の者から,株式会社UFJ銀行銀座支店に開設されたb社代表取締役Y1名義の普通預金口座に現金合計3億6000万を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させた。

(証拠の標目) <省略>

(事実認定の補足説明)

第1争点及び争点に関する当事者の主張

本件において,被告人両名と被告人両名の弁護人は,被告人両名には,詐欺の故意がなく,また,被告人両名とAの間で詐欺の共謀をしたこともないと主張するところ,本件の3通の起訴状に記載された各詐欺の訴因における実行行為の要点は,「真実は,「b社(20号)」と題する匿名組合契約において,投資家から出資を受ける資金を通信機器メーカーや商社からの通信機器購入に充てる意図はなく,直ちにa社の運転資金等の支払に費消するつもりであるのに,その事情を秘し,出資を受けた資金は通信機器メーカー又は商社から通信機器を購入するために使う旨の内容虚偽の説明を記載した募集パンフレット等を被害者らに送付して閲読させ,その旨誤信させて,金を振込入金させた」というものであるから,存否が争点となる詐欺の故意や共謀も,「被害者らが出資した資金を通信機器メーカーや商社からの通信機器購入に充てる意図はないのに,それに充てると嘘を告げて騙して金を振り込ませる」点を内容とするものになる。

そして,検察官は,平成16年10月以降,c社やb社を貸主,a社を借主として行われていたリース契約の対象物件のうち,c社やb社がf社から購入したとされている物件は,通信機器メーカーや商社から新規に購入したものではなく,既にa社が有している通信機器をペーパーカンパニーであるf社が購入してc社やb社に転売した契約形式を採っていたものに他ならず,この関係の実質は,c社やb社とa社の間のいわゆるリースバック取引であったことを前提に(このこと自体は,被告人両名の弁護人も争っていない。),被告人両名が,(1)a社が深刻な財務状態にあること,(2)c社やb社がf社に送金した関係の取引はリースバック取引であること,(3)リースバック取引が本件匿名組合契約の内容に反すること,(4)遅くとも平成17年4月以降は,そのリースバック取引すら成立せず,実体のない架空なものになっていたことを,それぞれ認識していたから,同年8月に行われた本件各犯行時には,被告人両名に,前記の詐欺の故意があったことは明らかであり,共謀についても関係各証拠から明らかである旨主張していると解される。

他方,被告人Y1の弁護人は,本件において実行されていた匿名組合の出資金をa社に入金させるスキームは,a社内部で発案され,被告人Y1に知らされることなく実行されていたのであって,被告人Y1は,a社の資金繰りが逼迫していたこともa社がリースバック取引を行っていたことも知らなかったのであるから,被告人Y1には詐欺の故意はなく,また,被告人Y1は,Aや被告人Y2との間で詐欺の共謀を行ったこともないので,被告人Y1は無罪である旨主張する。

また,被告人Y2の弁護人は,本件は,ユーザーであるa社がファイナンスリースの特徴を悪用して,リース業者であるc社やb社を欺罔して,少なくとも被告人Y2の知らないところで,ファイナンスリースを通じた運転資金の調達を企てたものであり,同年8月当時,被告人Y2は,それまでの匿名組合におけるのと同様に,出資金は,通信機器の購入代金に充てられるものと認識していたのであるから,被告人Y2には詐欺の故意はなく,被告人Y2は,Aや被告人Y1との間で詐欺の共謀を行ったこともないので,被告人Y2は無罪である旨主張する。

第2前提事実

本件では,関係各証拠によって認められる次のような前提事実がある。

1  当事者及び関係会社等

(1) 被告人Y1は,自己の設立したd社において,外資系証券会社に対するアドバイス業務を行っていた際,a社の前身である会社の経営者であったAを訪問したことから,Aと知り合った。

被告人Y2は,証券会社に勤務していた際の上司であった被告人Y1からd社の仕事の手伝いを依頼されて,同社で勤務するようになり,その後,匿名組合を利用して出資を募る業務を行うため,管理本部長として,d社の事務全般の責任者として稼働するようになった。

(2) a社は,平成2年7月,日用雑貨の輸入販売等を目的として,別商号でAによって設立され,平成13年12月,電気通信事業法に定める電気通信事業等を営む会社として目的変更し,さらに平成14年2月にa株式会社に商号変更し,第一種電気通信事業者(その後登録認定電気通信事業者)として,事業を拡大していった。a社では,Aが,代表取締役会長としてその業務全般を統括していた。a社の登記簿上の本店は,平成14年5月以降,東京都渋谷区に置かれていたが,実質的に本社機能を有していたのは○○本部であり,Aも○○本部で勤務していた。

a社は,平成17年10月に民事再生手続開始決定を受けたが,その後,同手続廃止決定がなされ,平成18年6月に破産手続開始決定がなされている。

(3) c社とb社は,いずれも被告人Y1によって有限会社として設立され,c社は平成16年9月に,b社は平成17年2月に,それぞれ株式会社に組織変更された。両社では,被告人Y1が代表取締役として業務全般を統括し,被告人Y2が取締役として被告人Y1の指示の下でその事務全般を統括していた。c社・b社は,a社の通信事業運営上の必要性から,匿名組合の営業者となって一般投資家から資金を集め,通信機器を購入してa社にリースするなどしていた会社であるが,匿名組合の運営業務はd社が行っていたため,業務実体はなく,また,a社とc社・b社との間には,資本関係は存在しなかった。両社については,平成18年6月に破産手続開始決定がなされている。

(4) d社は,平成12年11月,被告人Y1により設立された。d社では,被告人Y1が代表取締役として業務全般を統括し,被告人Y2が被告人Y1の指示の下で同社の経理事務等の事務全般を統括していた。d社は,a社との間でコンサルタント契約を締結し,資本政策等のコンサルティングをしていたほか,c社・b社との間で業務請負契約を締結し,c社・b社を営業者とする匿名組合の運営のための各種事務手続を行っていた。

(5) f社は,e社の有するソフトウェアの販売代理店とすべく,平成16年3月,Aによりa社の完全子会社として設立され,役員には,a社の取締役が登記されていた。f社の設立に当たっては,Aからの依頼を受けた被告人Y1の指示の下,被告人Y1の知人である司法書士が設立登記手続を行うに際し,被告人Y2が必要な書類の授受を担当するなどした。さらに,被告人Y2は,同年5月と同年6月のf社の増資の際にも,変更登記手続に関与した。増資後のf社におけるa社の持株比率は,12.5パーセントとなった。しかしながら,f社には,固有の社員や事務所等は存在せず,遅くとも平成16年10月以降は,同社は業務実体のない会社であった。

2  匿名組合を利用した資金集めの経緯等

(1) 直収線事業の導入計画と匿名組合を利用した資金調達スキームの策定等

a社は,かねてよりマイラインサービス(中継電話サービス)等の事業を営んでいたが,t社の通信網ではなく,a社独自の通信網を使用し,収益性が高く,かつ,顧客に対しても低価格で電話サービスを提供できる直収線事業(サービス名「g」)を行うこととし,平成15年春ころ,必要な設備投資資金を確保するため,商法上の匿名組合を利用した資金調達を行う計画を立てた。Aは,資金調達スキームの細目立案を被告人Y1に依頼した。被告人Y1が公認会計士に相談するなどして立案したスキームは,c社(後にb社も加えられた。なお,以下においては,説明の便宜上,匿名組合の営業者となった時期にかかわらず,まとめて「c社・b社」と称することがある。また,実際には業務委託を受けたd社が事務を行っていた場合も,説明の便宜上,一々そのようには記載しないことがある。)を営業者とする匿名組合を組成し,一般投資家から匿名組合員としての出資を募って資金を集め,その出資を元手にしてc社がa社以外の商社ないしメーカーからa社の電気通信事業に必要な通信機器を購入し,それらの通信機器をc社からa社にリースし,a社において,この通信機器を使用した通信事業を行うとともに,c社に対してリース料を支払い,c社が,匿名組合員に対し,そのリース料収入から分配金を支払うというものであった(以下,b社が営業者となった場合も含め,このスキームを「本来のスキーム」と称することがある。)。

そして,平成15年8月以降,c社・b社が,匿名組合の営業者として営業を開始し(各号匿名組合の内容は,別紙匿名組合概要記載のとおりである。以下においては,正式の匿名組合名ではなく,組成(予定を含む。)順に「1号」,「2号」のように称することがある。),9号匿名組合に至るまでは,本来のスキームに沿って,概ね月1回のペースで匿名組合員を募って出資金を集め,他方,a社は同年11月末ころから直収線事業を開始した。

各号匿名組合の投資家に送付された重要事項説明書及び募集パンフレット等における営業者の行う事業の仕組みの説明内容は,一貫して,前記本来のスキームに沿った同じものであって,文章や図のうち,営業者が購入する通信機器の購入先企業を記載した部分には,h株式会社(h社),i社,j社,株式会社k,l株式会社,e社といった通信設備メーカーや商社が挙げられていたが,a社が通信機器の購入先として挙げられたことはなく,かえって購入した通信機器のリース先としてa社の名称が明記されていた。したがって,契約書の条項部分の文言上は営業者における通信機器の購入先は限定されていなかったものの,送付資料は,全体として,閲読する者をして,営業者がa社以外から通信機器を購入してa社にリースすると理解させるものになっていたことが明らかである。

また,送付資料では,「各号匿名組合に出資した匿名組合員に対する分配金」は,まず,各会計年度の各月末を配当基準日としてその毎翌月10日に利息に相当する金員が支払われることになっており,その分配予定額は,1号から9号までの匿名組合においては,1年当たり,出資金合計の8パーセントとされていた。加えて,匿名組合員は,各年度の会計期間後に損益の分配を,全会計期間終了後に残余財産の分配を,それぞれ受けることとされていた。これらの投資家への支払等は,その説明どおり行われていた。

加えて,1号から9号までの匿名組合契約においては,a社への金銭貸付けが予定されていることが重要事項説明書等に記載され,実際に,これらの匿名組合契約によって集めた資産から,c社・b社は,平成17年7月から同年9月までの間に,a社に対し,合計5億2000万円を貸し付けていた。

本来のスキームに沿って行われた場合において,c社・b社が,商社ないしメーカーから購入しa社にリースする通信機器の名称,数量,設置場所及び価格等を記載した明細表(以下,これら全てないし一部の記載がなされている明細表を総称して「物件明細」という。)については,商社ないしメーカーが作成し,匿名組合側に直接送付することになっており,その送付時期は,被告人Y1ないし被告人Y2において,商社ないしメーカーに対して,通信機器の購入代金を送金する時点よりも遅れることがあったが,遅れた場合でも送金後数週間程度で送付されていた(ただし,2号匿名組合のj社分については平成16年4月5日の段階でも物件明細が送付されていない。)。

(2) a社の財務状態と資金繰りの悪化によるリースバック取引の導入

a社は,平成15年1月期決算について,当期利益約6億6000万円などという内容の決算書類を作成したが,計算書類等を会計監査担当のm監査法人に提出せず,監査意見不表明とされていたところ,平成16年1月期についても,当期利益約4億3000万円などという内容の決算書類を作成したが,平成15年同様,計算書類等を会計監査担当のn監査法人に提出せず,監査意見不表明となった(この平成16年1月期のa社の決算は,n監査法人の見解に基づいて修正すれば,約38億円の債務超過で,約50億円の当期損失となるものであった。)。そして,平成16年に入って以降,a社の資金繰りは思わしくなく,B経理部長らによって作成されていた月次の資金繰りの実績を示す表によれば,その経常収支は,同年2月はマイナス約20億円,同年3月はマイナス約23億円,同年4月はマイナス約8億円であった。

Aは,毎月の月初,月中,月末に,Bからa社の資金繰りの状況について具体的な報告を受けていたところ,同年4月初めころ,○○本部会長室において,Bから運転資金が不足している旨の報告を受けると,Bに対し,運転資金の不足分については,「a社の有する通信機器を匿名組合の営業者にいったん売却した上,リース料を払って借り受ける形の,通信機器の移動を伴わないリースバック取引」(以下,このスキームを「本件リースバックスキーム」と称することがある。)を行うことによって得られる売却代金をもって充てるよう指示し,まず,リースバック取引導入の可否を,被告人Y1に確認するように指示した。そこで,Bが,被告人Y1に,この点を電話で問い合わせたところ,被告人Y1は,さらにC公認会計士に問い合わせ,Cから,リースバック取引を行うことは匿名組合の規約にないこと,税務処理が非常に煩雑になることを理由に,リースバック取引を行うことはできない旨の回答を得たことから,被告人Y1は,リースバック取引は導入できないことを,その理由とともにBに伝えた。Bは,リースバック取引が導入できないことをAに報告し,結局,このとき本件リースバックスキームが実施されることはなかった。

しかし,その後も,直収線事業は,実績が回線獲得目標を大きく下回り,売上げも低調であったことから,a社の資金繰りは依然として思わしくなかった。悪化していた資金繰りに対する解決策として,s社によるa社の買収等の話が出たことはあったものの,いずれも実行には至らず,a社では,金融機関からの資金調達や保有するe社の株式を売却するなどして,急場を凌いでいた。

このような状況の中で,同年10月末から同年11月初めにかけて,a社○○本部の会長室において,Bから,資金繰りが厳しい旨の報告を受けた際,Aは,Bに対し,運転資金の不足分を,本件リースバックスキームによって調達することを指示した。その際,Bが,Aに対し,前記のとおり被告人Y1からリースバック取引を行うことはできない旨の回答があったとして反論したところ,Aは,既にAが被告人Y1と話し合い,その了解を得た上で進めている話である旨を告げた。しかし,Bが,経理課長のD1(現姓は,D)とともに10号匿名組合の重要事項説明書を検討したところ,通信機器の購入先にa社の記載がなかったことから,Bは,やはりリースバック取引を行うことは問題であると考え,そのことをAに報告した。これに対し,Aは,本件リースバックスキームにおいて,a社とc社・b社との間にf社を介在させ,契約上,a社からf社に対して通信機器を売却し,f社からc社・b社に対してそれらの通信機器を売却する形で取引を行うことを指示した。

Bが,Aに対して,a社がリースバック取引によって売却する通信機器の特定を求めたところ,Aは,通信機器の簿価に通信機器の稼働までに要したコストを乗せた上で売却するため,決算が固まるまでは物件を特定できない旨回答した。

Bは,本件リースバックスキームの実施に向けて準備を進めていたものの,Aの言う通信機器の簿価に通信機器の稼働までに要したコストを乗せた額で売却することなどについては反対であったことから,かねて同意見であったE取締役と一緒に,同月9日,○○本部会長室のAを訪ね,本件リースバックスキームの導入やその際の売却価格を簿価よりも高く設定してa社に売却益を発生させることについて反対意見を述べた。しかし,Aは,B及びEの反対意見を聞き入れず,同月から出資金が使えるようになる10号匿名組合からリースバックスキームが実行されることになった。

(3) 本件リースバックスキームの実施状況等

このようにして,10号匿名組合から,本件リースバックスキームが実行された。c社・b社は,別紙匿名組合概要記載の金額を,本件リースバックスキームによって,f社の銀行口座を経由してa社の銀行口座に入金させ,a社は,その金をt社に対する必要経費の支払やc社・b社に対するリース料の支払等,主として運転資金の支払に充てた。c社・b社は,10号から12号匿名組合までは,各号の組合資産の送金額の大半をf社に送金していたものの,他のメーカーや商社宛にも送金をしていたが,13号匿名組合以降は,14号匿名組合のときの1回(なお,この1回分の送金額は,14号匿名組合関係の送金額全体の約2パーセント余りに止まる。)を除いて,メーカーないし商社からは通信機器を購入せず,集めた出資金のほぼ全額を,f社だけに送金し,a社に入金していた。

本件リースバックスキームにおけるa社及びc社・b社の業務の流れは,概略,①c社・b社において,一般投資家に対して,匿名組合に対する出資者を募集して,出資を受ける,②Bが,資金繰りの報告に行った際,Aから,本件リースバックスキームによって調達が予定されている出資金について,a社において予定されているいかなる支払に充てるか指示を仰ぐ,③Bが,被告人Y2に対し,電子メールでのやり取りなどによって,f社の銀行口座への振込送金を依頼する,④Bからの送金依頼を受けた被告人Y2が,被告人Y1の許可を得た上で,送金依頼のあった金額をf社の銀行口座に振込送金し,送金完了後,Bに対し,送金が完了した旨報告し,さらに,匿名組合の営業開始後,リース契約書を作成する,⑤被告人Y2が保険会社との間で,リース契約の対象物件について動産総合保険契約を締結する,というものであった。

10号匿名組合以降において投資家に送付された募集パンフレット等の資料の内容は,9号匿名組合までのものと同様であり,全体として,閲読する者をして,営業者がa社以外から通信機器を購入してa社にリースすると理解させるものになっていた。

本件リースバックスキームにおいては,f社とc社・b社間において,通信機器代金の請求書(もっとも,「ネットワーク機器一式」との記載があるのみで,機器の名称の記載はない。)が作成されるなど売買契約の形式が採られていたが,a社とf社の間及びf社とc社・b社の間の各売買契約やa社とc社・b社間のリース契約が締結された時点では,各売買契約及びリース契約のいずれにおいても,対象となる通信機器が特定されておらず,物件明細も作成されていなかった。

そして,10号から12号匿名組合までについては,本件リースバックスキームによって,平成16年11月から平成17年1月の間に,f社経由でa社が受け取った匿名組合の出資金について,事後的に,同年2月か同年3月ころ,その金額に対応する物件を特定する形で物件明細が作成され,同年4月ころ,これらがa社から被告人Y2に対し送付された。ちなみに,10号から12号匿名組合において,本来のスキームの形で実施されていた分の物件明細については,12号匿名組合のh社分,同q社分,同e社分については,送金日である同年1月31日,Bがこれらの会社の担当者と連絡を取って手配をし,被告人Y2に対し送付された(それら以外の10号匿名組合のe社分,11号匿名組合のl社分,11号匿名組合のe社分,12号匿名組合のl社分の物件明細については各リース契約に近接した時期において作成されたかどうか不明である。)。しかし,13号匿名組合以降の分の物件明細については,a社の民事再生手続開始の申立てに至るまで全く作成されておらず,民事再生手続開始の申立て後,同年11月中旬ころまでの間に,事後的に,f社への送金額に対応する物件を特定する形で作成され,a社から,b社及びc社に送付された。

また,被告人Y2において手続をしていた動産総合保険契約についても,締結時には物件が特定されておらず,15号及び17号から19号匿名組合までの動産総合保険契約申込書に添付された各物件明細は,10号匿名組合のときの物件明細と左上の日付を除いていずれも同一であり,16号匿名組合の動産総合保険契約申込書に添付された物件明細は,11号匿名組合のときの物件明細と左上の日付部分を除いては同一の内容となっていた。

各号匿名組合に出資した匿名組合員に対する分配金は,10号匿名組合以降,毎月の支払内容を,利息だけではなく,出資金元本に相当する金員と利息を毎月均等額にして支払うことに変更された(年利回りだと10パーセントとなる。)。出資者に対するその他の支払内容は,9号匿名組合までと同様である。これらの出資者に対する各支払は,a社が民事再生手続開始を申し立てた同年10月ころまで,説明どおり行われた。

以上の点からすれば,10号匿名組合以降において,投資家から募集した出資金のうち,f社から通信機器を購入した形で送金されている分は,実体のないf社を介して,a社の既に有する通信機器をリース対象物件として購入する代金としての送金というリースバック取引の一環をなすものになっていたから,それ自体で既に「a社以外から通信機器を購入してa社にリースする」旨の投資家に対する出資金の使途に関する説明に反していたわけである。そして,それに止まらず,13号匿名組合以降においては,14号匿名組合のときの送金額のごく一部を除いて,投資家から募集した出資金のうち,通信機器を購入した形になっている分は,全て,実体のないf社を介して,a社に送金されているところ,通信機器のリースバック取引としながらも,売買・リースの契約締結時や,実体のないf社を介したa社への送金時に,対象が特定されていないのみならず,それが補正されないまま,a社によるリース料名目の支払が開始され,さらに次の匿名組合を組織し,同様に物件の特定がないまま,実体のないf社を介したa社への送金とa社からのリース料名目の支払が開始されるということが次々と繰り返されていたこと,また,いったん始まったリース料名目の支払は,対象に関する補正がされないまま,それぞれ毎月続けられていたこと等からすると,たとえ,本件で問題となっている通信機器というものが物件を特定して明細を作成するのに一定の時間を要するという特殊性を有するとしても,結局,遅くとも20号匿名組合の募集が行われる前の時点では,これらの取引の実質は,客観的には,いずれも通信機器と結び付いていないa社への送金と送金額に一定の利息を加えたもののa社による支払,すなわちa社と匿名組合の営業者たるc社・b社の間の単なる金の貸付けと利息を含めた分割返済に他ならず,リースバック取引の実体すら有さない性質のものであったと見る外はなく,これを匿名組合募集の際の送付資料の説明との関係で言えば,そこに記載されている通信機器の購入とリースは何ら行われていなかったということになる。

3  20号匿名組合契約の募集に至るまでのa社の状況等

(1) 平成17年1月期の決算状況

a社の平成17年1月期の決算においては,子会社の清算に伴う債権放棄により約23億円の特別損失を計上することが見込まれていた。平成17年1月末を過ぎ,決算報告書の作成準備に当たっていたBからその旨の報告を受けたAは,それまでに本件リースバックスキームの遂行としてf社経由で受け入れた出資金額について,前記の約23億円の特別損失を帳消しにできるだけの金額が売却益として得られる額で通信機器を売却した代金であるとして計上するよう指示した。Bは,当該損失を帳消しするために必要な固定資産売却益の金額から遡って,売却したことにする通信機器の簿価及びそれに見合う通信機器を特定した。

その上で,Bは,当期利益約11億円などという平成17年1月期決算書類を作成したが,会計監査を担当していたn監査法人から修正すべき事項について指摘を受けたため,これをAに報告した。Aは,Bに対し,監査法人からの指摘事項を無視して決算書類を作成するよう指示し,そのため,この決算についても,それ以前の2期に続いて監査意見不表明となった(この平成17年1月期のa社の決算は,n監査法人の見解に基づいて修正すれば,約76億円の債務超過で,約47億円の当期損失となるものであった。)。

同年4月,a社の株主総会が開催され,a社側から,a社の平成17年1月期の決算内容について,資料に基づいて説明がなされた。この資料においては,平成17年1月期の損益計算書における特別利益の大半は,f社に対する固定資産売却に伴う売却益であることや,a社が自社の機械設備をf社を介して匿名組合に売却し,当該機械設備のリースを受けていることなどが記載されている。被告人Y1は,この株主総会に出席し,会場の前列に着席した上,議事の進行の際,質問をすることはなく,異議なしと述べることもあった。

(2) a社の固定資産の状況

平成17年1月期末のa社の決算報告書中の貸借対照表においては,a社が保有していた通信機器(機械設備)の簿価は約99億円,有形固定資産全体の簿価は約122億円であったのに対し,本件リースバックスキームの遂行としてのa社への入金額は,毎月約30億円ほどあった。そこで,Bは,リースバック取引の対象とすることが可能な通信機器の簿価を踏まえ,同年2月25日ころ,Eとともに,Aに対してこのままリースバック取引を継続するとa社の資産がなくなる旨告げるなどして本件リースバックスキームの継続に反対した。これに対し,Aは,B及びEの反対意見に取り合わず,a社では,その後も,本件リースバックスキームが継続された。a社では,本件リースバックスキームの遂行としてf社経由で受け入れた出資金額につき,その送金を受けた際には,帳簿上,仮受金勘定で処理していたところ,仮受金とa社の通信機器(機械設備)の簿価を比較すると,仮受金の簿価は,同年5月末の時点で通信機器(機械設備)の簿価を,同年6月末の時点で全ての有形固定資産の簿価を上回る状態になっていた。その後も仮受金の金額は,同年9月に仮受金が処理されるまで,有形固定資産の金額を上回ったままの状態が続き,同年8月の時点における仮受金の簿価は約256億円,通信機器(機械設備)の簿価は約177億円,全ての有形固定資産の簿価は約198億円であった。

(3) 17号から19号までの匿名組合出資金のa社への送金状況等

Bが,平成17年6月上旬ころに退職したことから,a社における17号匿名組合以降の本件リースバックスキーム関連事務は,主としてDが担当した。

Bが退職した前後のa社の資金繰りは,匿名組合から(実体のないf社を介して)送金を受ける出資金を使わなければ,毎月多額の資金不足が生じる状態にあり,Aは,Bの退職後は,Dから,匿名組合への出資金について,その入金額の報告を受け,これに対し,匿名組合の出資金を(実体のないf社を介して)a社に送金させるよう指示していた。Dは,その指示を受ける都度,被告人Y2に対し,電子メールでのやり取りなどによって,匿名組合の出資金をf社の銀行口座に送金するよう依頼して送金させた。

ちなみに,各号匿名組合契約上,匿名組合で募集した出資金が使用可能となるのは「出資の実行日(払込期限)」(別紙匿名組合概要の募集期間の末日)の翌日(営業開始日)であったが,このころDらが被告人Y2に対して送った電子メールの中には,同年5月31日が出資の実行日である17号匿名組合について,同日,「6月1日付,朝一番での処理をお願いいたします。」と記載して送ったもの,同年6月30日が出資の実行日である18号匿名組合について,同日,「明日,午前中に送金頂きますようお願い申し上げます。」と記載して送ったもの,同年7月29日が出資の実行日である19号匿名組合について,同日,「8月1日朝一番で,f社のお振り込みをお願い申し上げます。」という内容のものがあった。また,Dは,同年7月1日,被告人両名に対し,「本日,6月募集分の残りの当社が使える額が確定するということですが,同時に匿名組合からの貸付額も本日中に解りますでしょうか。大変,申し訳ないのですが,7月8月がタイトなので,土曜日に資金繰の数値を出して,なるべく早いうちに会長を始め担当役員さんに報告をしたいのです」という内容の電子メールを送っていた。

そして,Dは,a社の従業員に対し,送金された匿名組合の出資金をf社の銀行口座から払い戻してa社の銀行口座へ入金するよう指示し,これを実行させた。a社では,このように移動された匿名組合の出資金を,その運転資金等に充てていた。

4  20号匿名組合の募集状況等

(1) 20号匿名組合の募集準備

被告人Y2は,平成17年8月募集の20号匿名組合の募集開始に当たって,その出資金払込み口座の開設,投資家に送付する募集資料の作成,新聞広告の作成等の準備を進め,被告人Y1が,募集資料案について,a社側の確認を経るなどし,募集資料が作成された。その際,重要事項説明書及び募集パンフレット等の案には,従前と同様,「a社以外から通信機器を購入してa社にリースする」との本来のスキームの説明が記載され,また,前記のとおり作成されたa社の決算書類に基づく,売上高や当期利益等の決算内容が記載されており,実際に作成された募集資料も同内容であった。

(2) 組合員募集状況

被告人両名は,本来のスキームが記載された新聞広告を掲載するなどして20号匿名組合の組合員を募集し,募集資料を請求してきた投資家に対し,d社の事情を知らない従業員らをして,募集資料を送付させた。これにより,二千名を超える投資家が,20号匿名組合員募集資料を閲覧し,総額37億円余りが指定された銀行口座に振込送金された。本件各公訴事実は,このようにして20号匿名組合に対して行われた出資の一部に関するものであり,各起訴状の別表に記載された合計30名の者は,送付された資料を読み,出資金はそこに記載してある本来のスキームのとおりに使用される旨誤信して,指定口座に合計3億6000万円を振り込んだ。これらの30名は,出資金が送付された資料に記載されている本来のスキームのとおりに使用されるのでなければ,それぞれの送金はしなかった。

(3) 20号匿名組合の出資金の移動状況と使途

20号匿名組合についても,それまでと同様,Aが,Dに対し,匿名組合の出資金を(実体のないf社を介して)a社に送金させるよう指示したことから,Dは,この指示に従い,平成17年8月31日,被告人Y2に対し,電子メールで,20号匿名組合の出資金35億9992万5000円の送金を依頼し,被告人Y2は,被告人Y1の許可を得た上で,資金の使用が可能になる翌9月1日,同額をf社の銀行口座に送金した。そして,そのうち35億9919万円が,同日,さらにa社の銀行口座に入金された。

また,Dは,同月15日,被告人Y2に対し,20号匿名組合の出資金1億1506万9500円をf社の銀行口座に送金することを依頼し,被告人Y2は,被告人Y1の許可を得た上で,同月22日,同額をf社名義の銀行口座に振込入金した。そして,そのうち1億1504万8500円が,同日,さらにa社の銀行口座に入金された。

このようにa社の銀行口座に入金された20号匿名組合の出資金は,t社に対する必要経費の支払やc社・b社に対するリース料名目の支払等,a社の運転資金等として費消された。

5  その後の状況

(1) a社では,平成17年9月20日前後から,民事再生手続開始の申立ての検討が開始され,同年10月3日,民事再生手続開始を申し立てるに至った。Aは,同月10日ころ,Dらに対し,13号ないし20号匿名組合の物件明細を作成するよう指示し,同年11月中旬ころまでにこれを作成させた。

(2) 他方,同年9月21日ころ,被告人Y1は,Aからa社が同年12月に資金ショートを起こすかもしれない旨聞き,被告人Y2に対し,このことを伝えた。その時点で,被告人Y2は,21号匿名組合の出資金受入れと22号匿名組合の募集準備に従事していたが,同年9月27日には22号匿名組合の募集中止が決定され,既に出資金を受け入れていた21号匿名組合については,同年10月中旬以降,組合員に対する返金が行われた。しかし,20号匿名組合員に対して分配金が支払われることはなく,その出資金の返還もなされなかった。

(3) a社の民事再生手続開始の申立て後に行われたa社とc社・b社側の打ち合わせにおいて,被告人Y1は,立腹した様子で,Aらに対し,物件明細はいつできるのかなどと問い詰め,Aに対し,a社が民事再生手続開始の申立てをすることは寝耳に水であるなどと言った。Aは,これに対し,謝罪の言葉を述べた。

第3争点についての判断

1  既に第1で指摘したとおり,本件で存否が争点となる詐欺の故意や共謀は,20号匿名組合の募集において「被害者らが出資した資金を通信機器メーカーや商社からの通信機器購入に充てる意図はないのに,それに充てると嘘を告げて騙して金を振り込ませる」点を内容とするものであるところ,検察官は,被告人両名の故意を推認させる事実として,被告人両名が,(1)a社が深刻な財務状態にあること,(2)c社やb社がf社に送金した関係の取引がリースバック取引であること,(3)リースバック取引が本件匿名組合契約の内容に反すること,(4)遅くとも平成17年4月以降は,そのリースバック取引すら成立せず,実体のない架空なものになっていたことを,それぞれ認識していたという点を挙げている。本件において,遅くとも20号匿名組合の募集が行われる前の時点では,f社を介した匿名組合の営業者からa社への送金とa社から匿名組合の営業者へのリース料名目での支払は,リースバック取引の実体すら有さない性質のものであり,匿名組合募集の際の送付資料に記載されている通信機器の購入とリースは何ら行われていない実情にあったものと見るべきことは指摘したとおりであるから,検察官の主張する4点のうち,(4)の「本件リースバック取引の架空性」の認識に関する点が検討の中核を占めることになるが,(1)の「a社が深刻な財務状態にあること」の認識の点は,被告人両名の動機との関係でも検討を要する主張であるし,(2)の「c社やb社がf社に送金した関係の取引がリースバック取引であること」及び(3)「リースバック取引が本件匿名組合契約の内容に反すること」の認識の点は,(4)の点の検討の前提となるものであるから,以下,これらも含めて順次検討を加えることとする。

2  a社が深刻な財務状態にあることの認識について

(1) 検察官は,この点の認識があったことを推認させる事情として,①被告人両名がa社の内部情報に自由に接し経営状態を余すところなく把握していたこと,②被告人両名が,平成16年ころにはa社が債務超過状態に陥っていたことを知っていたこと,③平成17年5月以降,被告人両名に対し,a社から資金繰りの逼迫を告げる電子メールが毎月のように送信されていたこと,④被告人Y1が,Eから,a社の経営状態が厳しい状況に置かれていることを伝えられていたこと,⑤被告人Y2が,F公認会計士に対して,不安を告白していたことを挙げている。

① 被告人両名がa社の内部情報に自由に接し経営状態を余すところなく把握していたことについて

この点の根拠として,検察官は,Dが被告人Y1宛にa社の月次決算書,事業計画書等の資料を発送した旨の記載のある電子メールの存在を指摘するが,この電子メールには「資料を発送した」旨が記載されているだけであり,他の証拠を総合しても,この電子メールが作成された前後の事情が何ら明らかになっていない以上,この電子メールの存在から直ちに被告人Y1がa社の月次決算書等の書類を入手していた旨認定することはできない。また,検察官は,被告人Y2が,当公判廷で,d社としてa社の経営の枢要に関わる内部情報を受領していたことを認めているとも指摘するが,被告人Y2の当公判廷におけるその点に関する供述を全体として見ると,受領していたものの内容が判然とせず,それがa社の経営の枢要に関わる内部情報であったと認める根拠になり得るようなものではないと言うしかない。加えて,a社においては,前記のとおり,監査を担当する会計法人の修正意見を入れずに監査意見不表明になるような会計書類を作成していて,その内容は,監査法人の意見に沿って修正した場合よりa社の経営状態が健全に見える内容のものであったという事情もあるのであるから,仮に検察官が主張するような書類を被告人らが入手していたとしても,それがa社の実際の経営状態を反映したものであったと認めるべき根拠もない。したがって,この点に関して検察官の主張する事実関係は認め難い。

② 被告人両名が,平成16年ころにはa社が債務超過状態に陥っていたことを知っていたことについて

この関係では,まず,F公認会計士が,平成15年の年末ころから平成16年の始めころにかけて,被告人Y1から,a社が債務超過3億円の状態にあるとして債務超過状態を決算報告書上回避するための方法などについて質問を受けた旨証言している点が問題となるところ,F証言は,後にも検討するように信用性が高いから,その内容どおりの被告人Y1の言動があったと見ることはできる。しかし,前記のとおり,平成16年1月期決算については,a社は約4億3000万円の当期利益を計上する決算書類を作成していたが,監査法人の見解に基づけば,同社は約38億円の債務超過状態にあったと認められるところ,そのとき被告人Y1が口にしたとFが証言する3億円の債務超過状態というのは,そのいずれともかけ離れている。そして,他の関係各証拠によっても,そのときの3億円という発言の根拠が明らかにならない以上,被告人Y1が,そのときに3億円の債務超過状態という言葉を口にした意図ないし理由は不明であるとしか言いようがないのであり,この発言をしたことをもって,直ちに,被告人Y1が,当時,a社が債務超過状態にある旨を認識していたと推認することはできない。

次に,同年6月末に,d社からFとCに対して質問文書がファックスで送信され,被告人Y1が,Cに対し,この質問文書の記載内容につき,a社の実情に基づいて補足説明する電子メールを送信していたことの関係について検討する。この点について,被告人Y1は,a社から依頼を受けて,F及びCに対しての取次ぎを行ったにすぎず,被告人Y1自身は,このファックスの文書の記載内容を理解していなかった旨供述している。確かに,このファックス文書には,a社を「当社」とする記載があるので,質問事項の作成自体はa社の担当者が行ったものと推認され,かつ,被告人Y1のCに対する電子メールにおいても,a社からの回答であることが記されていることからすれば,このとき被告人Y1がa社からの依頼を受けて行動していたことは明らかではあるものの,Cに対する電子メールでの補足説明の内容からすれば,被告人Y1が,少なくともCに対する補足説明に際して前記ファックス文書の記載内容を理解していたことは明らかであって,被告人Y1の前記供述は信用できない。しかしながら,そもそもこのファックス文書の質問事項においては,「仮に当社が債務超過となった場合」と記載されているとおり,債務超過は仮定の話とされているにすぎないのであるから,それを見た被告人Y1がa社が実際に債務超過状態であることを認識していたとするには不十分である。

また,被告人Y2について,被告人Y1から,Cからの回答メールを転送されて,プリントアウト等を指示されたという点も,このとき被告人Y2がメールの内容を知ったとしても,そもそもCの回答が債務超過状態を仮定の話とする前提での質問に対する回答であったことからして,そこから,被告人Y2が,a社が債務超過状態にあると認識していたと認めるのは飛躍がある。

したがって,この点に関して,検察官の主張する事実関係は認め難い。

③ 平成17年5月以降,被告人両名に対し,a社から資金繰りの逼迫を告げる電子メールが毎月のように送信されていたことについて

この点については,前記のとおり,被告人Y2が,Dらa社の担当者から,平成17年5月以降,毎月のように,匿名組合の出資金を急いで送金するよう依頼する趣旨と解される電子メールを受け取ったり,被告人両名が,Dから,同年7月1日,a社の資金繰りが厳しいことを意味する内容の電子メールを受け取ったりしていたことが認められる。

被告人両名の弁護人は,それらの電子メールは,それまでの通信機器購入代金の送金依頼と異なるところがなく,「7月8月がタイト」,「朝一番での処理をお願いします」などの表現についても,支払日が間近であれば,このような表現を用いることは十分あり得ることであるから,これらのメールを受け取っているからといって,被告人両名において,a社の資金繰りが逼迫していたことを認識していたと推認できるものではない旨主張する(加えて,被告人Y2の弁護人は,被告人Y2は,1号から9号までの匿名組合においては,匿名組合資産のa社への貸付けは匿名組合の事業計画に織り込まれているものと認識していたのであるから,前記平成17年7月1日の電子メールを見たことは,被告人Y2がa社の資金繰りの逼迫を認識していたことを推認させるものではないとも主張している。)。

しかしながら,単に特定の日に送金するよう求めるのではなく,「朝一番」とか「午前中」に送金してほしいという表現が用いられていれば,送金を受ける側において送金された金を直ちに他に使用するつもりがあって当てにしていると見るのが日本語の素直な理解である上,前記平成17年7月1日の電子メールの「7月8月がタイトなので,土曜日に資金繰の数値を出す」との表現は明らかに資金繰りが厳しいことを推測させるものである。そうすると,これらのメールを受け取った被告人両名は,a社の資金繰りが厳しい状態にあったことを認識していたと認められる。

④ 被告人Y1が,Eから,a社の経営状態が厳しい状況に置かれていることを伝えられていたことについて

Eは,被告人Y1がa社の△△本社に来たときに,愚痴を言うという程度で三,四回,遅くとも平成16年春ころには,a社の資金繰りが厳しいという話をしたと思う旨証言している。Eのこの証言は,当時のa社における資金繰りや直収線事業の業績の実態に符合する上,被告人Y1も,直収線事業について,Eから,大口の契約を獲得したことや,他方で,平成17年ころ,契約回線数が伸び悩んでいること及びそれに対する対応策について聞いたことがあると供述していることとも符合し,信用できる。しかし,このE証言は,その内容からして,一般的に通信会社は初期赤字があり資金繰りが厳しいという以上に当時のa社の資金繰りや経営状態が困難な状態にあった旨を被告人Y1が認識していたと認める根拠になり得るまでのものではない。

⑤ 被告人Y2が,F公認会計士に対して,不安を告白していたことについて

Fは,平成17年8月,被告人Y2と話し合い,9号以降の匿名組合の監査契約を結ばないことにしたが,その際,被告人Y2は,「今の匿名組合の営業が豪華客船なのか,泥船なのか自分でも分からない」,「1号から8号と違って,最近は送金方法が変わってきた。直接a社関連に送金するようなこともあった」,「もしa社に何かがあったら大変な事件になってしまう」などと言っており,被告人Y2自身の不安とも取れるような感触の言動があったこと,被告人Y2から,「もしa社に何かあると,これは平成の大事件になってしまいますから」と雑談でよく言われていたことを証言している。

Fは,1号から8号までの匿名組合の監査を担当していた者であるが,証言時において,被告人両名に対して不利な供述をする利益はない。そして,この点に関するFの証言は,「豪華客船なのか,泥船なのか自分でも分からない」,「もしa社に何かあると,これは平成の大事件になってしまいます」などという迫真性に満ちたものであり,かつ,これらはいずれも印象的で記憶に残りやすい事項であるから覚えていておかしくないものとなっている。加えて,Fの証言内容は,10号匿名組合以降,匿名組合の出資金の送金先に実体のないf社を介してa社に送金するというルートが加わったことや,被告人Y2の手帳に記載された「F(19:19来)仕事は(報酬は欲しい)してもいいがリスクは取りたくない。a社の情報開示の質・量ともに少ないのは今後も変わりそうにない」との記載とも符合する。したがって,F証言の信用性は高い。

この点,被告人Y2の弁護人は,F証言について,(ア)同年11月,Fと被告人Y2との間では,匿名組合の監査についてFの辞任が確定しているかどうかをめぐって認識に齟齬が生じており,Fは監査人を辞任したことを主張し,他方,被告人Y2はFとの監査契約が継続していると主張していたところ,Fは,自らの辞任は同年8月に確定しており,自分がその後の監査を受けなかった対応に問題がないという言い分を基礎付けるために,被告人Y2の発言のニュアンスを歪めて,被告人Y2も匿名組合事業の行末に不安を感じていたので辞任を了承してくれていたという趣旨の供述をしているものと考えられる,(イ)そもそも,検察官の主張は,被告人Y2がA及び被告人Y1と共謀して匿名組合員から金員を騙取していたというものであるところ,そのような詐欺行為に加担していたのであれば,監査を通じて匿名組合員に実態が明らかになることを避けるため,公認会計士に対してこそ実態を覆い隠そうとするはずであるから,公認会計士に事業の破綻は必至だなどと告げるはずがないなどと主張する。

しかしながら,弁護人の主張する当時,Fの辞任が確定しているかどうかをめぐって被告人Y2とFの間で認識に齟齬が生じていたとしても,Fには,証言時において,虚偽の証言をしてまで自己の辞任が確定したことを主張する利益はないのであるから,その点をもってF証言の信用性が覆されるものではないし,むしろ,同年9月22日や同月26日の被告人Y2からCに送信された電子メールにおいては,Fが監査契約を継続していないことが前提とされていたと理解されるところである。また,Fが証言する被告人Y2の前記発言は,被告人Y2が,a社の将来性について不安を抱いていたことを推認させはしても,a社の破綻が必至であることを認識していたことまで推認させるようなものではないから,そのような心中の状態の被告人Y2が,Fが証言する内容のことをFに言ったとしても何ら不自然ではない。

そうすると,F証言によれば,被告人Y2が,同年8月ころ,Fに対して,a社の将来性について不安を訴えていたことは認められる。

もっとも,このことから,被告人Y2が,a社が破綻するという認識を有していたと認めることはできず,a社の将来性について不安を抱いていたことが推認されるに止まる。

(2) 小括

以上述べたところを総合すれば,被告人両名は,平成17年5月以降,a社の資金繰りが厳しいことを認識していたということができるが,他方,それを超えて,a社が民事再生手続開始の申立てに至る以前に,a社が多額の債務超過状態にあったこと等を認識していたと認めることはできず,20号匿名組合の募集をした時点において,a社が破綻の危機に瀕しているとの認識を有していたと認めることもできない。このことは,民事再生手続開始の申立て後に,被告人Y1がこのa社の申立てについて「寝耳に水」と発言したことや,Aが,被告人Y1に対し,民事再生手続開始の申立てをすることを伝える際に被告人Y1から怒られると思っていたと述べていること等にも符合する。

ちなみに,検察官は,a社が事業の中核であった黒字部門を売却したことや,年8パーセントないし10パーセント相当という高額の資金調達手段に頼らざるを得ない状態にあったことを被告人両名が認識していたことをも指摘するが,被告人両名が,a社の直収線事業展開のために多額の設備投資を必要とするものと考えていたこと等も踏まえれば,それらの事情を考慮しても前記の結論が変わるわけではない。

3  c社やb社がf社に送金した関係の取引はリースバック取引であることの認識について

(1) 検察官は,A及び被告人Y1が,平成16年9月から同年10月ころに,電話で,リースバック取引と称してペーパーカンパニーであるf社を介して資金をa社に流入させることを決定し,被告人Y2も,同年11月の時点では,そのような取引を開始することを認識していたものと認められるとして,被告人両名が,同月の本件リースバック取引開始当初から,f社に送金する資金が新規通信機器購入に充てられるものではなく,同社を経由してa社に送金され,a社の運転資金などに費消されることを認識していたことは明らかであると主張し,その根拠として,①Aと被告人Y1が,同年9月ないし同年10月ころ,リースバック取引について合意した点については,その旨のA証言が存し,②被告人Y2が,同年11月の時点で,リースバック取引を開始することを認識していた点については,同月中旬ころ,Bが,被告人Y2に対し,電話で,リースバック取引の開始を告げた旨のB証言が存していて,これらの証言が信用できることに加え,これらの裏付けとなると同時にf社に送金した関係の取引がリースバック取引であることの被告人両名の認識を推認させる間接事実として,③Dが,同月9日,被告人Y1に対して,リースバック取引を行うことになっているが専門家は大丈夫と言っているのかなどと質問した際に,被告人Y1から,聞いたら駄目になるようなことを聞けるわけがないなどと叱責されたこと,④被告人両名がf社に実体がないことを熟知していたことを指摘する。

① Aと被告人Y1のリースバック取引の合意について

ア A証言の概要

本件匿名組合のスキームにおいて,リースの対象となる資産は,メーカー等から購入する通信機器だけに限られるものではなく,a社が既に持っている通信機器もこれに含まれると考えていた。平成16年4月ころ,Bに対して,リースバックができるかどうかを被告人Y1に確認しろと指示したことは記憶になく,どちらかと言えばそういうことはしないと思う。また,Bから,被告人Y1がリースバックは駄目だと言っているという話を聞いた記憶もない。

リースバックを行うことを被告人Y1らに隠していたわけではなく,きちんと事前に話をしていた。会議などの形式ばった話合いの機会を持つことはなかったが,入金の仕方等の手続が変わるので,リースバックが始まる前の同年9月ないし同年10月ころ,今度からちょっと変わりますよみたいな連絡を,被告人Y1に電話でしたと思う。このとき,特段いけないことではないんだから,a社と匿名組合側で,直にa社が持っている通信機器の売買を行った形にすればいいではないかという話をしたが,被告人Y1はできれば間にどこか入れてくださいと言っていた。ペーパーカンパニーを入れろという話と理解した。どっちでもよかったので,それを承諾し,結局,f社を間に入れることになったが,それを私が提案したのか,被告人Y1から提案されたのかに関しては,記憶がない。このときのやり取りは,特別なイベントではなかったので,会話はあまり正確に記憶していない。このようにして,リースバックをやろうと決定した。同年10月終わりから同年11月の頭ぐらいに,Bから,資金繰りが厳しいという報告があって,それに対して,リースバックしなさいと言ったわけではない。設備の足りないところを,リースで賄わなければならないという気持ちの方が強く,日ごろの運転資金が苦しくてどうにもならないということではなかった。

正確な日付は分からないが,BとEから,リースバックについて,規約に反するということではなく,被告人Y1のところの監査の人が反対してるらしいというような話を聞いた。また,同月9日,BとEに対して,Y1と自分の間でリースバックするということで話がついてるんだから,おまえらは余計な口を出すなといった可能性はあると思う。リースバックについて,被告人Y1が異論を言ったという記憶はない。何かごちゃごちゃ言うかもしれないみたいな話は,全く聞いてないことはないが,弁護士や公認会計士等の専門家が駄目だと言っているというような話はなかった。

イ A証言の信用性の検討

Aは,被告人両名と共謀の上で本件犯行を行ったとして起訴され,現在は,被告人両名の件と弁論分離の上,公判手続が進行しているところである。したがって,一般的見方からは,共犯者間の責任転嫁の危険性が存する可能性があることになるが,Aは,その証言において,リースバック取引をすることを自分が発案したことや,Aにとってのそれを行う動機がa社の資金調達の点にあったことも認めているから,結局,本件リースバック取引を自己が主導したことを認めているもので,少なくとも本件リースバックスキーム導入の経緯について,ここで自己の責任を被告人Y1に転嫁する動機があるとは認め難い。

また,本件リースバックスキームを導入するに当たって,匿名組合営業者の責任者である被告人Y1の反対に遭えば,匿名組合によって出資金を募ることもできなくなってしまうことからすれば,Aが,匿名組合側に秘匿して本件リースバックスキームを実行するという可能性も存するが,もしそうであるとすれば,BやDに対しても,本件リースバックスキームを匿名組合側に秘匿したままにしておくよう指示するなどして,本件リースバックスキームを実行していることを,匿名組合側に推知されないようにしておく必要があるところ,B及びDの各証言によれば,そのような事実は全く認められず,むしろ,Bが被告人Y1にリースバック取引を行うことの可否を問い合わせたことは前提事実で認定したとおりであることに加え,④関係で後に認定するように,Dも,被告人Y1に対し,本件リースバックスキームに関する匿名組合側の専門家の意見を確認したりしているのである(なお,B及びDの各証言が信用できることは後に検討するとおりである。)。

そして,被告人Y1が,a社が既に有している通信機器を対象にするのであれば,売買に関して匿名組合とa社の間にどこかを介在させるよう述べたという部分については,平成16年4月6日に,BがEに対して送信した電子メール(甲125添付資料1)の内容にも符合している。この甲125添付資料1の電子メールは,Bの証言によれば,Bが被告人Y1に対し,リースバック取引の可否を問い合わせ,その回答をEに対して報告したものであるが,同日の段階では,リースバック取引はその可否の検討段階で,BがEに対し,虚偽の報告をする必要は全くなかったのであるから,Y1からBに対し,リースバック取引の可否について,甲125添付資料1の電子メールの内容どおりの回答がなされたと認めるべきであり,そうすると,この電子メールは,A証言の裏付けとなるというべきである。

また,Aが証言する,被告人Y1とのリースバック取引の合意に関する部分は,B証言及びE証言と符合する。すなわち,B証言及びE証言によれば,Aは,リースバック取引に反対意見を述べたB及びEに対し,リースバック取引を実行することについては,被告人Y1に話している旨説明していたと認められるが,このことは,Aの前記証言内容の裏付けになる(なお,B証言及びE証言の当該部分については,当裁判所が証拠排除決定をしているが,これは,BやEがAから聞いた内容をAと被告人Y1との間の話を認定するための証拠から排除するというものであり,Aが,B及びEに対しそのような説明をしていたとのB及びEの各実験事実自体を,A証言の信用性の判断材料とすることまでを排除したものではない。)。

したがって,被告人Y1とのリースバック取引の合意に関するAの証言部分は十分に信用できるというべきである。

この点に関し,被告人Y1の弁護人は,(ア)Aと被告人Y1との関係は,共犯者であるだけでなく,いわば発注者と業者の関係という主従の関係にあり,Aには,従たる被告人Y1を引き込む又は責任転嫁するなどの虚偽供述の利益がある,(イ)他の証人の証言と矛盾がある,(ウ)被告人Y1に対するリースバック取引導入の告知について,匿名組合を利用した資金調達スキームは,Aが,当時a社のコンサルティングをしていた被告人Y1に対し,a社の資金調達手段を相談したことから,被告人Y1が専門家に相談して考案したものであって,本来のスキームから専門家でも問題視するようなリースバック取引に変更するに当たり,特に合理的な説明・説得もせず,単に手続が変わりましたと伝えるだけで被告人Y1の承諾を得たとするA証言は不自然不合理である,(エ)Aが,被告人Y1に対し,民事再生手続開始の申立てをするということを伝えた際,怒られると思っていたがそうでもなかったなどと証言している点及びAが,民事再生手続開始の申立て後,被告人Y1に対し,匿名組合の出資者に返還できなくなることに対する謝罪の気持ちとして,e社の株式全部を渡している点などは,被告人Y1がリースバック取引を認識していなかった事実を示すものである旨主張して,A証言を論難する。

しかし,(ア)の点に関しては,前記証言部分について,Aに虚偽の証言をする具体的可能性が認められないのは前記のとおりである。また,(イ)の点については,確かに,A証言の中には,平成16年4月に,Bに対し,リースバック取引導入の可否を被告人Y1に確認するよう指示したかどうか等の点で他の証言内容と矛盾する点はあるが,前記検討内容に照らせば,そのことから,前記証言部分の信用性まで否定されるものではない。(ウ)の点も,リースバック取引の話をした電話連絡につき,手続が変わるといった連絡であった旨の表現をしていることは事実であるが,それはAの印象・感想を述べているにすぎないことに加え,A自身はリースバック取引を行うことに何ら問題はないと考えていたと証言していることも勘案すれば,そうであるからといって,それを理由に,リースバック取引の実施について被告人Y1と相談しf社を介在させることが決まったという点に関するA証言の信用性まで覆るものではないし,(エ)のAが,民事再生手続開始の申立て後に,弁護人が指摘するような感想を抱いたり,行動を取ったりしたという点についても,a社が民事再生手続開始を直ちに申し立てなければならないような資金繰り状態であることまでは被告人Y1に分からなかったであろうという認識をAが有していたとすれば理解可能なものであり,そこからリースバック取引の合意をしたという部分のA証言の信用性が影響を受けると見るのは相当ではない。

ウ 以上述べたところによれば,本件では,リースバック取引開始前に,Aが,被告人Y1に対し,予めその導入を告げ,これに対して,被告人Y1が,同取引においてa社とc社・b社の間で直接売買する形となることは回避したいと要請し,結局,f社をa社とc社・b社の間に介在させる形態とすることになったと認められる。

② 平成16年11月中旬ころのBから被告人Y2に対するリースバック取引開始の告知について

ア B証言の概要

1回目のリースバック取引をした数日前の平成16年11月中旬ころ,明確に覚えていないが,電話で被告人Y2に対し,Y1さんからお聞きになっていると思いますけれども,今回f社の方から物を売ることになりましたんで,ついては,この日に資金のやり取りをお願いしますという電話をしているはずである。ただ,当時の認識としては,そういう話は当然に被告人Y1から被告人Y2に下りているものだと思っており,一から十まで説明しなくても,話の趣旨が被告人Y2に分かるものだと思って話した。それに対する被告人Y2の答えは,はい,分かりました,というもので,特に問題なく話が進んだ。2回目以降は,被告人Y2に対し,この日ここの口座に資金を幾ら振り込んでくださいなどという内容の電子メールを送信した。被告人Y2から,f社がどういう会社か,担当者はだれかなどという問い合わせを受けたことはなかった。

イ B証言が基本的に信用できることは後述のとおりであるが,被告人Y2に対しリースバック取引の開始を告げたとする前記証言部分については,「リースバック」という言葉を使うことなどによって明確に同取引の開始を告げたという内容のものではない。検察官は,通常のリース取引であれば,メーカーや商社から物を「買う」ので支払を依頼する旨の内容になるところ,このときのBのf社に関する説明では,これとは全く逆の物を「売る」という表現が用いられていることを理由に,このBの説明によって,被告人Y2が,本件リースバック取引の開始を認識したと主張する。しかしながら,Bからそのような表現の説明を受けたという事実のみをもって,被告人Y2が,本件リースバック取引が開始されることを認識したと認定することには疑問が残る。Bは,被告人Y2に対し,今回f社から物を売ることになった旨を告げた際,被告人Y1から被告人Y2に対して既に本件リースバック取引の話が伝わっていると考えていたというのであり,そうだとすれば,このとき,今回f社から物を売ることになったという説明以上に本件リースバック取引についての説明が被告人Y2に対してなされたとは考え難い。そして,被告人Y2がそれ以前に本件リースバック取引のことを認識していたというならともかく,証拠上そのような根拠が存しないことを前提に考えると,「売る」か「買う」かの表現の違いから,直ちにリースの対象となる通信機器が新規購入するものから既にa社が有するものに変更されるのだと理解することができると認めるのは困難である。

そうすると,このときのBの発言から,被告人Y2が,本件リースバック取引の開始を認識したと認定することはできない。

③ 平成16年11月9日のDと被告人Y1とのやり取りについて

ア D証言の概要

平成16年11月初旬,B及びEが,Aに対し,本件リースバックスキームの実施について反対意見を述べに行ったものの,二人ががっくりしたような感じで戻ってきて,駄目だったと言うので,被告人Y1に対して,電話をして,a社の物件を利益を取って売却して,またリースを受けるというスキームについて簡単に説明して,今度の募集分から,こういうスキームになると聞いたんですけれども,匿名組合側の監査法人や弁護士の方のオーケーという確認は取れているんですかと聞いた。リースバックと言ったか固定資産を売却すると言ったかはっきりとは覚えていない。少なくとも,リースバックということが分かる内容のことは被告人Y1には伝えた。匿名組合側の専門家の意見を聞こうと思った理由は,その段階で既にAからBに対し,リースバック取引をやる方針が打ち出されていて,しかもBの話では,Aと被告人Y1が話をつけているという話もあり,その決定を覆すことはできないと思ったが,せめて匿名組合側の専門家ができると言っているのであれば安心できると思ったからである。被告人Y1は,質問に対し,すごく怒った口調で,何でそんなに聞いたら駄目だと言われることをわざわざ聞けるわけないだろうみたいなことを言った。一,二分の短い電話だった。

その電話が終わってから,被告人Y1から怒られたということをBに伝えた。その後すぐに,被告人Y1に対して,おわびの電子メール(甲143添付の電子メール)を送信した。この電子メールを送信してからすぐ被告人Y1から電話があり,最初の電話よりももっと怒った口調で,何で電子メールに残してはいけないようなことをわざわざまた電子メールで送ってくるんだと怒られた。Dは謝ってすぐ電話を切り,再び被告人Y1に怒られたことをBに伝えた。

その後,被告人Y1や被告人Y2と電話や電子メールで連絡を取り合ったときに,リースバックという言葉を使ったかどうかについては,あったかもしれないが,はっきりとは覚えていない。リースバックという言葉を使うのを控えようという意識はなかったが,被告人Y1がリースバック取引について理解しているのが当然だと思っていた。Dは,まずいことをしたという意識はあったものの,その電子メールを消すということまでは機転が利かず,電子メールは削除しなかった。

イ D証言の信用性の検討

Dは,自らもa社による詐欺行為に加担したとして身柄拘束されていたことがあり,また,本件リースバックスキームの実施において重要な役割を果たしていたことも証拠上明らかであるから,共犯者類似の立場にある。しかしながら,関係各証拠によって認められる本件リースバックスキームとの関係での立場や関与の度合いは,Dと被告人Y1とでは明らかに異なっているところ,Dの証言は,別段,Dがa社側の者として本件リースバック取引について取った行動について被告人Y1の指示があったと述べているわけではなく,仮にDに本件に関係して何らかの責任があるとしても,被告人Y1の言動を述べることで自らの責任が軽くなる内容のものになってはいない。本件では,Dが,自己の刑責を免れようとして被告人Y1に責任を転嫁する趣旨の虚偽の証言に及ぶ具体的な可能性は窺われず,その他にDが虚偽の証言をする可能性があると言えるような被告人Y1との人的関係も窺われない。

次に,その証言内容を見ても,Dが被告人Y1に対して電話をかけた経緯やその後の経過として証言する内容は極めて具体的である上,本件起訴事実を含むリースバックスキームに関与していたこと等自己に不利益になりかねない事実及びa社の民事再生手続開始の申立て後において,被告人Y1がa社の民事再生手続開始の申立てを予期していなかったとも取れる言動を取っていたこと等被告人Y1にとって有利となる事実についても証言しており,反対尋問を経ても証言は一貫している。

そして,平成16年11月9日にDが被告人Y1に対して送信した前記電子メールの内容は,Dと被告人Y1が電子メール送信の直前に電話で話したこと,その中で,Dが被告人Y1に対して,匿名組合のスキーム等に関して弁護士や公認会計士等に対する照会について質問したこと,Dの質問に対し,被告人Y1が,Dが謝罪しなければならないような対応を取ったことを前提としたものとなっており,D証言を裏付けている。

加えて,B及びEが,Aに対し,本件リースバックスキームの実施に反対意見を述べたものの失敗したという点に関するB及びEの両証言は,相互に信用性を補強し合い,BがAとのやり取りを記載した「匿名組合の件」と題する書面(甲127添付の資料1)によって裏付けられてもいるので,この点に関するB及びEの各証言は極めて信用性が高いと認められるが,D証言は,これに合致しているし,その後,Dが被告人Y1に対して電話をかけるに至った経緯や,Dが被告人Y1に対し電話した後の状況に関する証言部分についても,B及びEの行動を受け,Dが,被告人Y1に対し,本件リースバックスキームについて匿名組合側の専門家の意見を問い合わせたが,被告人Y1からDが叱責されたという主要部分において,B及びEの各証言と符合している。

そうすると,D証言の信用性は極めて高いということができる。

この点に関し,被告人Y1の弁護人は,D証言は虚偽であるとして種々の主張をしているところ,要するに,その主張は,(ア)Dが被告人Y1に対し電話をかけることになった経緯及び電話した後の状況のみならず,被告人Y1とのやり取りの内容及び甲143添付の電子メールの内容自体が不自然不合理である,(イ)Dは,Eに対する「やっぱり10月募集分の10号(11月からリース開始)から,a社は機器を売っているようです。」との電子メール(弁B27符号2)のように,虚偽の電子メールを送信することがあり,甲143添付の電子メールも,本件リースバックスキームに問題があると認識していたDが自己の正当性を証拠として残すために事実と異なる電子メールを送信したというものと解される。

しかしながら,(ア)の点については,弁護人がD証言が不自然不合理であるとして主張する点は,前記検討に照らせば,いずれもD証言の信用性を覆すものではない。(イ)の点についても,Dが,本件リースバックスキームに問題があると認識しており,かつ,自己の正当性を被告人Y1を含む関係者に対する送信電子メールで残そうとするのなら,端的に本件リースバックスキームには反対である旨の内容の電子メールを送信しておけばよいのであるところ,甲143添付の電子メールの内容はそのようなものにはなっていない。弁護人の主張するような理由の下,なぜそのような表現にしたか分からないが甲143添付の電子メールが送られた可能性よりは,実際に電話でのやり取りがあって甲143添付の電子メールが送られた可能性の方が飛躍的に高いことは多言を要しないところである。また,そもそもE証言に照らすと,弁B27符号2の電子メールについても,弁護人指摘のようにこれが虚偽であると断定することには同調できない。

ウ 以上によれば,本件ではDの証言内容どおりの事実を認めることができ,被告人Y1は,本件リースバックスキームが導入されることを認識していたと認められる。

④ 被告人両名がf社に実体がないことを熟知していたことについて

検察官は,被告人両名がf社に実体がないことを熟知していたことを推認させる事実として,(ア)被告人両名がf社に固有の従業員や事務所が存在しないことを認識していたこと,(イ)f社との取引に当たって,f社担当者と連絡を取ろうとせず,B及びDらa社側の担当者とのみ連絡及び交渉を行っていたこと,(ウ)f社からc社・b社に対する請求書等はa社の担当者によって作成され,a社名義の電子メールに添付して被告人両名に送信されていたこと,(エ)被告人両名がf社の設立登記やf社名義の銀行預金口座開設に関与したこと,(オ)被告人両名がf社がa社の100パーセント出資会社であることを知っていたことを挙げているところ,これらの事実が概ね認められることは関係各証拠から明らかである。しかしながら,ある会社の100パーセント出資により設立され固有の従業員や事務所が存在しない会社であっても独立の存在として認められる場合もあるのであるから,本件において被告人両名がf社の実体がないことを認識していたというためには,a社がその意図するままにf社の活動を支配でき,かつ,f社をa社とc社・b社間に介在させることに経済的意義が存しないことの認識を要するというべきである。そして,被告人Y1については,既に述べたとおり,Aからリースバック取引導入を持ちかけられた際,自らが間に何か介在させるよう求めた結果,f社がa社とc社・b社の間に入ることが決まったのであるから,被告人Y1は,a社がその意図するままにf社の活動を支配でき,かつ,f社をa社とc社・b社間に介在させることが経済的意義を有しないことを認識していたというべきである(ちなみに,本件において,c社・b社からf社に送金された金額の全額がa社の口座に移されたわけではないという事情は,この点の結論を左右しない。)。他方で,被告人Y2については,前記(ア)ないし(オ)の事実が認められるからといって,直ちに,被告人Y2がf社についてそのような認識を有していたことにはならず,その他に被告人Y2がf社についてそのような認識を有していたことを窺わせる証拠もないから,結局,被告人Y2が,当初からf社に実体がないことを知っていたとは認められない。

(2) 小括

以上述べたところを総合すれば,被告人Y1については,平成16年11月の本件リースバック取引開始当初から,a社とc社・b社との間でf社を介してリースバック取引が行われていることを認識しており,f社に送金した資金が同社を経由してa社に入金され,a社の運転資金などに費消されることを認識していたと認められる。

他方,被告人Y2については,既に述べたところによっては,同月の本件リースバック取引開始当初から,a社とc社・b社との間でf社を介してリースバック取引が行われていることを認識していたということはできない。

もっとも,被告人Y2は,その後に本件リースバック取引に関するデータを受け取っており(この点については,後にも触れる。),遅くとも平成17年4月ころにおいては,f社への送金が実質はa社への送金であることを知り,その実体がa社とc社・b社との間のリースバック取引であることを認識していたと認められる。ちなみに,その後のことであるが,同年7月1日,Dから被告人Y2に宛てて送られた前記電子メールには,「6月募集分の残りの当社で使える額」という表現があるところ,これは18号匿名組合のことであるから,出資金がa社への金銭貸付けには使えない匿名組合についての記載であり,まさにf社への送金は形だけで,実質はa社への送金であるとのa社側の意識を示すものであって,これを見ていることも,被告人Y2のリースバック取引が行われていることの認識を裏付けるものと言い得る。

4  リースバック取引が本件匿名組合契約の内容に反することの認識について

この点に関しては,被告人Y1については,既に前提事実で認定したとおり,平成16年4月ころ,Bから匿名組合においてリースバック取引をすることができるかどうか問い合わせを受け,C公認会計士の意見を聞いて,許されないと回答していることからして,リースバック取引が匿名組合契約の内容に反することの認識を有していたことは明らかであり,Aからリースバック取引の件を持ちかけられた際に,間に何らかを介在させるよう求めたのも,その認識の反映と理解されるところである。

他方,被告人Y2がこの点を認識していたことについては,検察官は,被告人Y1が,前記のとおり,同月ころに,Bの問い合わせを受けて,C公認会計士に照会した際,実際には,被告人Y2を介してC公認会計士に照会している点を根拠に挙げている。

そこで検討するに,被告人Y2が記載したと認められる同被告人の手帳の同月6日の欄には,「C・a社が1日に決済した物件のリースはスキームに反するので×」との記載があるところ,同日,Bが,Eに対し,被告人Y1からリースバック取引は匿名組合の規約上許されないとの回答を受けた旨を電子メールで報告していることも併せ考えると,この手帳の記載は,被告人Y2が,被告人Y1の指示を受けて,リースバック取引導入の可否についてCに問い合わせ,その回答を記載したものと考えるのが自然である。

被告人Y2の弁護人は,この手帳の記載は,同日ころ,被告人Y2が,Cから,買取条項を設けると所有権移転ファイナンスリースとして取り扱われることになり,スキームの枠組みに反するとのコメントを得たため,その回答を手帳の同日欄に記載したものであると主張する。しかしながら,まず,その手帳の表現からは,これが買取条項を設けることについてのCのコメントを記載したものであるとは理解し難い。のみならず,Cが,その証言中において,買取条項を設けることの問題点として,所有権移転ファイナンスリースになるため,賃貸借処理ができなくなり,金融処理をしなければならなくなるという税務会計上の問題点のみを説明・指摘していること(これは平成17年3月当時の電子メールでの回答でも同様である。)からすれば,前記手帳の記載にあるような匿名組合のスキームとの関係で買取条項を設けることの問題点を指摘したとも考え難いのであり,弁護人の前記主張は採用できない。

したがって,平成16年4月のCに対するリースバック取引導入の可否の問い合わせについては,被告人Y2が関与しており,その回答に接したことによって,リースバック取引を行うことが匿名組合契約に反する旨を認識したと認められる。

なお,本件においては,法的な意味でリースバック取引をすることが匿名組合契約に反するかどうかを断定的に述べることができるまでの証拠がないが,被告人両名の認識としては,前記のとおり,匿名組合契約との関係で許容されないと受け止めていたものと認められる。ちなみに,匿名組合の募集パンフレット等の資料における説明が,a社以外から通信機器を購入する趣旨になっている関係で,リースバック取引をすると,その説明に反することになる点は,関係各証拠から認められる被告人両名の資料内容決定への関与状況から,被告人両名において当然に認識していたものと認められる。

そして,本件では,リースバック取引が開始された匿名組合から本件匿名組合に至るまで,匿名組合の基本的スキームや募集パンフレット等の資料における説明は同様のものであったし,関係各証拠上,他に特段の事情が窺われないことからすれば,リースバック取引が本件匿名組合契約の内容に反し,それを行うことが本件匿名組合の募集パンフレット等の資料の説明に反することになるとの認識を被告人両名が有していたと認められる。

5  遅くとも平成17年4月以降は,そのリースバック取引すら成立せず,実体のない架空なものになっていたことの認識について

(1) 検察官は,被告人両名は物件明細の送付を受けることなしに匿名組合の募集を継続して集めた資金をf社を介してa社に送金し続けていたところ,被告人両名が本件リースバック取引が物件の裏付けのない架空のものであったことを認識していたことを推認させる事実として,①Bが被告人Y2に対し,本件リースバック取引の実態を告げて物件明細が作成できないことを説明したところ,被告人両名からの物件明細の督促が止んだこと,②被告人両名がa社の決算書類等からa社の資産が枯渇していたことを認識していたこと,③被告人両名が民事再生手続開始の申立て後に物件明細の偽造に関与したことを示す電子メール等を送受信していたこと,④被告人Y1が平成17年4月に行われたa社の株主総会において取引の実態を把握しながら積極的に決算報告書を承認していたこと,⑤被告人Y2が,民事再生手続開始の申立て前,Gに対し,物件明細を偽造するよう指示したこと,⑥被告人Y2が,リースバック取引が架空のものであることを示す内容の電子メールを受領していたことを主張する。

① 物件明細に関するBと被告人Y2のやり取りについて

ア B証言の概要

リースバック取引を始める前は匿名組合側に対し,物件明細をきちんと送っていたが,リースバック取引を始めた10号匿名組合以降は送っていなかったところ,被告人Y2から,リースバック開始後の平成16年12月か平成17年1月ころに,物件明細をお願いしますという督促の電話があった。会長にすぐ確認します,ということで,いったん電話を切り,Aのところに,明細書どうしましょう,というか,物件を特定しましょう,という話をしに行くと,Aは,決算も確定してない段階で,物件なんか決められるわけないだろう,おれがY1さんと話しておくから,おまえは関係ないなどと言われた。被告人Y2に,すぐ電話で,決算確定しないとちょっと物件決められないのでという話をすると,困ったなという様子だったが,理解してもらったと思う。その後決算が締まるまで,被告人Y2から,物件明細の督促は特になかったと思う。

イ 信用性の検討

Bは,自らも本件に関して責任の追及を受ける可能性のある立場にあるものの,被告人Y2との関係では,両者の役割や関与の度合いの違いからして,Bが被告人Y2の責任が重くなる方向の虚偽の証言をしたとしても,自己の責任が軽減される関係にはなく,本件では,Bが,自己の責任軽減のために,被告人Y2に不利な虚偽の証言をする具体的な危険性は存しないし,その他にBが虚偽の証言をする可能性があると言えるような被告人Y2との人的関係も窺われない。

次に,その証言内容を見ても,Bの証言は,リースバック取引に関与したこと等自己に不利益になりかねない事実についても証言している上,その証言は捜査段階から一貫している。

そして,被告人Y2からBに対して物件明細の督促があったことについては,被告人Y2から物件明細の督促を受け,そのことをAに言うとAから被告人Y1に電話が行ったらしく,それでぴたっと督促がなくなった旨Bから聞いていたとのE証言に符合するし,Bが被告人Y2に回答した内容として述べるところは,被告人Y2が記載したと認められる同被告人の手帳の平成17年1月28日欄の「B氏明細については決算後に確定したいので<待>」との記載からも裏付けられている。

したがって,B証言の信用性は高い。

被告人Y2の弁護人は,(ア)被告人Y2に対して伝えたという言葉に関するBの説明は曖昧なものにすぎないし,(イ)BはAに言われた内容を被告人Y2に伝えたというが,Aは,Bに対して決算が固まってないのにリストが作れるわけないだろうと言ったことは絶対にありませんと断言しており,B証言はA証言に反する,(ウ)平成17年1月28日ころに被告人Y2とBの間で実際になされた物件明細の督促は,送金時に物件明細の送付がなかった同月14日及び同月27日に被告人Y2が送金した12号l社分,12号f社分の物件明細を意味するものである,(エ)被告人Y2の手帳には明細については決算後に確定したい旨書かれており,これによれば,このときにBから被告人Y2に伝えられたのは,物件の確定ではなく,物件明細の手配を待つようにという趣旨であった(少なくとも被告人Y2はそのように理解した)ことは明らかであるなどと主張する。

しかし,(ア)の点については,被告人Y2に対して述べた趣旨がどのようなものかについてのB証言は,決して曖昧なものではないから採用できないし,(イ)のA証言との関係の点は,A証言のこの部分は,Bのみならず,E証言及びD証言とも矛盾している上,Aに虚偽の証言をする利益があるとも考えられるから,A証言の方が信用できないのであって,結論に影響しない。(ウ)の点については,同月28日の時点では,前提事実として認定したとおり,10号及び11号匿名組合の物件明細も届いていなかったのであるから,これらについても被告人Y2が督促しないのは不自然であって,弁護人の主張のように限定する根拠がない。(エ)の点も,手帳には「確定」という言葉が使われており,それを物件の確定と明細の作成(手配)を分けて,物件は確定されているが明細の作成(手配)を待ってほしい趣旨だと解するのは無理がありすぎる。

ウ 以上より,本件ではBの証言内容どおり,平成16年12月か平成17年1月ころ,被告人Y2が,Bに物件明細を督促したが,決算が確定しないと物件を決められない旨の回答を受けたことが認められる。なお,前提事実として認定したところと対比すると,この督促の時点では,10号匿名組合以降に開始されたf社に対する送金分の物件明細は全く送付されていなかったから,それが督促分の中に含まれていたものと認めるべきである。

② 被告人両名がa社の決算書類等からa社の資産が枯渇していたことを認識していたことについて

検察官は,被告人Y1は平成17年4月に行われた株主総会に出席したことを,被告人Y2も同年3月にa社の決算報告書案を受領していたことをそれぞれ認めており,被告人両名ともa社が発表した決算報告書ないし決算報告書案に基づいて,同年1月末時点でa社が所有していた機械通信設備の総額が約99億円であると認識していたものと認められるが,他方で,被告人両名は,同年2月から同年4月までに,13号から15号までの匿名組合分として,合計約107億4000万円をf社を介してa社に送金していたのであり,かつ,被告人両名はf社との取引当初から,その取引実態がa社の所有する通信機器を対象としたリースバック取引であることを了知していたから,遅くとも同月以降は,リースバック取引の引き当て対象たり得る資産がもはや尽きており,リースバック取引そのものが対象物件のない架空のものであることを認識していたと主張する。

関係各証拠によれば,被告人両名の同年1月末時点におけるa社が所有していた機械通信設備の総額の認識及び被告人両名がf社を介してa社に送金していた状況は,検察官指摘のとおり認められ,また,本件リースバックスキーム実施の認識についても,既に検討したとおり,同年4月時点では,被告人両名ともこれを有していたと認められる。

しかしながら,a社が新たに設備投資を行って,通信機器の簿価が増加する可能性があり(実際に証拠上もa社が設備投資を全く行っていなかったとは認められない。),かつ,被告人両名が,a社の財務状態が設備投資が不可能なほど悪いとの認識を持っていたと認めることもできないことからすると,同月以降において,被告人両名が,a社において,リースバック取引の引き当て対象たり得る資産がもはや尽きていると認識していたと断定することは躊躇せざるを得ない。

③ 被告人両名が民事再生手続開始の申立て後に物件明細の偽造に関与したことを示す電子メール等を送受信していたことについて

検察官は,a社では,民事再生手続開始の申立て後に,つじつま合わせのために13号から20号までの匿名組合分の物件明細を作成したところ,被告人Y1は,平成17年11月に,Dに対して,その「修正箇所分」などと称したデータを添付した電子メールを送付しており,また,被告人Y2も,同月に,Dに対して,「別紙の件ですが,1~12号分の別紙についても13号分以降のものと同様の体裁で作成して頂けますでしょうか。調査が入ったときに体裁が異なりますと不自然と感じられてしまいます。」などと,積極的に物件明細の偽造を提案するなどしていたのであり,このような民事再生手続開始の申立て後の被告人両名の行動に照らしても,被告人両名が現実には担保対象たる通信設備が存在しないことを熟知していたことは明らかであると主張する。しかし,民事再生手続開始の申立て後に,このような行動に出る理由については一義的に決められるものではなく,そこから直ちに,本件匿名組合募集時に,被告人両名が現実には担保対象たる通信設備が存在しないことを熟知していたとまでは言えない。

④ 被告人Y1が平成17年4月に行われたa社の株主総会において取引の実態を把握しながら積極的に決算報告書を承認していたことについて

検察官は,平成17年4月にa社の株主総会が開催され,被告人Y1も出席しているが,このときは,a社側から,決算報告書に対する監査法人の監査意見が3期連続で不表明となったことや,a社がf社に対する通信設備の売却によって巨額の利益を上げていることの説明もあったところ,被告人Y1は,さらにそのf社からc社・b社が通信設備を購入し,その旨の経理処理をしていることを認識しながら,株主総会の場で率先して異議なしなどとの声を上げていたものである。このような被告人Y1の行動は,事前にAから取引に実体がないことを知らされていたこと以外には説明がつかないのであって,この株主総会における言動からも,被告人Y1がリースバック取引が架空のものにすぎないことを認識していたことが推認できると主張する。この点,固定資産売却益に関する説明が株主総会であり,これを被告人Y1が聞いて承認していたことは,リースバック取引が行われていたことを被告人Y1が認識していたことを推認させる事情ではあるが,そこから被告人Y1にリースバック取引が架空であるとの認識があったとするには,なお疑問が残る。

⑤ 被告人Y2が,民事再生手続開始の申立て前,Gに対し,物件明細を偽造するよう指示したことについて

ア G証言の概要

d社での匿名組合関係の担当事務の中に,動産総合保険に関するものがあり,保険会社から返送されてきた契約書等をファイルに綴る作業をした。動産総合保険の対象となる物件明細も一緒に渡されていれば,一緒に綴っていたが,渡されない場合もあった。また,物件明細を後から渡され,該当する号の匿名組合の保険の契約書の後ろに綴ったこともある。

時期ははっきり覚えてないが,物件明細の日付の部分を修正テープで消す作業を行った。民事再生手続開始の申立ての半年前から2か月ぐらい前の間のことだったと思う。物件明細の左上の日付が消されているものがあり,被告人Y2から,同様の状態にするよう言われて,修正テープで日付を消した。行ったのは1回だけであるが,その際は複数枚のものの日付を消した。

(証言時に,15,17ないし19号匿名組合の動産総合保険申込書に添付された物件明細と16号匿名組合の動産総合保険申込書に添付された物件明細を示されのに対し)どちらについて消す作業をしたか,今は断言できない。そもそも,示されたものについて作業をしたのか,それ以外のものについて作業をしたのかが,今は記憶がない。消してからコピーするよう頼まれたが,途中まで作業したところで,ここまでやりましたと言って,被告人Y2に戻したと思う。

捜査機関で話を聞かれたときに,消す作業をした時期について明確な記憶はなかった。そのときは,何か理由があって,このぐらいの時期だったんじゃないかと思ったのだと思う。そのとき時期を思い出したきっかけが何であったかや,なぜその時期だと言ったのかは,今は覚えていない。

保険会社から返送されてくる契約書を綴る作業を頼まれたときに,その保険契約書の後ろに,先ほどの私が消したと思われるのと似たような明細というのが,綴られていた。それを見たのは塗りつぶし作業をした大体二,三か月後だったと思う。

民事再生手続開始の申立て後,被告人Y2から,請求書や見積書を各号ごとにセットするよう指示された。セットする作業をしていて,請求書自体が足りないこともあれば,見積書がほとんどなかったという記憶もある。

民事再生手続開始の申立て後,自分が物件明細の日付部分を消したことはまずいことだったのではないかと気づいて,Hにそのように話したことがある。

イ G証言の信用性

Gは,d社の従業員として,被告人Y2から指示を受けるなどして匿名組合に関する事務に従事していた者であるが,Gと被告人両名の間には,Gが被告人両名を陥れようとして虚偽を述べるおそれがあることを窺わせるような人的関係は存しない。このことは,Gが,日付部分を塗りつぶした対象について,法廷で示された物件明細かどうかは断定できないと述べたり,被告人Y1について,「信じられる人だった。」と述べる証言態度からも明らかである。

また,Gの証言内容は,物件明細の日付部分を塗りつぶしたという時期等については曖昧であるが,被告人Y2から物件明細の日付欄を修正テープで塗りつぶすよう指示されたとの核心部分については明確であり,一貫している。そして,15号から19号までの匿名組合関係の動産総合保険契約申込書に添付された物件明細が,16号匿名組合関係の分は11号匿名組合関係の物件明細と日付を除いて同一であり,その余の匿名組合関係の分は10号匿名組合関係の物件明細と日付を除いて同一であること及び動産総合保険の契約締結時に物件の特定されていない場合があったことは,いずれも既に前提事実として認定したとおりであるが,これらの点は,Gの証言内容に整合するものである。加えて,Hは,Gから物件明細に付されている号数を修正液で消したと聞かされた旨証言しているところ,HとGの証言内容は,GがHに話した抹消内容が日付か号数かの違いはあるが,要するに,ある物件明細の表記について,それが何の物件明細なのかが特定し難くなる方向での作為的変更(抹消)を加えるという経験をした旨をGがHに話したということでは一致しているのであるから,やはりH証言はG証言の裏付けになっている。

そうすると,G証言には相応の信用性が認められる。

この点に関して,被告人Y2の弁護人は,G証言の信用性を否定する趣旨の様々な指摘をしているところ,その要点は,Gの記憶が不確かで曖昧であること,検察官に誘導されて思い込みで証言している可能性があること,被告人Y2には物件明細をG証言のように偽造する必要がなかったこと,もし物件明細を偽造していたのなら,20号匿名組合関係の動産総合保険についてもそのようにしていたはずであるが,実際はそうなっていないことといった点にあるものと理解される。しかしながら,Gの証言には曖昧な部分があるものの,核心部分が明確で一貫していることは,既に述べたとおりであるし,検察官が誘導した結果で思い込みが生じたのであれば,証言内容がもっと断定的になってもおかしくないのであって,むしろ,Gの証言態度は,Gが証言時の記憶に忠実に供述していることの現れであると理解する方が素直である。また,被告人Y2に物件明細を偽造する必要がなかったという点は,結局のところ,被告人Y2の述べるところを所与の前提とする指摘に他ならないし,20号匿名組合関係の動産総合保険において偽造された物件明細が用いられていない点は,民事再生手続開始の申立てが検討されていた段階とそれ以前の段階では状況が異なり,20号匿名組合における動産総合保険契約の申込みがそれ以前の匿名組合における保険契約と同様になされなかったとしても,何ら不自然ではないから,被告人Y2の弁護人による前記主張は採用の限りではない。

ウ そうすると,Gの証言によって,その内容どおりの物件明細の改ざんを被告人Y2がGに命じて行わせたものと認めることができ,これと他の証拠を総合すれば,被告人Y2が,改ざん後の物件明細の写しを他の匿名組合関係の動産総合保険契約関係の物件明細として用いていたことも認められる。

⑥ 被告人Y2が,リースバック取引が架空のものであることを示す内容の電子メールを受領していたことについて

検察官は,Dが,平成17年9月21日に,被告人Y2に対して送信した「1月までの物件明細はこのFileを提出していると思いますが,念のためご確認をお願い出来ますでしょうか?」との電子メールに添付されたファイルの「参考資料」は,10号から12号匿名組合分の資金がf社を経由してa社に流入していることや,a社が簿価を大幅に水増しした金額で匿名組合に通信設備を売却した形を取って多額の利益を上げていること等が一見して判明するものであったことを前提に,この電子メールの本文に「以前にこのファイルを提出している」旨の記載があること,しかるに被告人Y2が何の留保も付さずにこれを被告人Y1らに転送していること,被告人Y2自身,同年4月ころに,10号から12号までの匿名組合関係の物件明細を電子データとして受け取ったことを認めていること等の点に照らせば,被告人Y2は,同月ころには,前記電子メールに添付されていたのと同様のファイルを受領し,リースバック取引が実体を有しないことを把握していたものと認められると主張する。

この点,被告人Y2の弁護人は,前記電子メールの本文の記載は,正確には「1月までの物件明細は,このFileを提出していると思います」であると指摘した上,この電子メールに添付されたエクセルファイルは,「①11月18日f社→匿名組合」,「②12月27日f社→匿名組合」及び「③1月27日f社→匿名組合」の各シートと,検察官が指摘する「参考資料」の合計4シートから成っているところ(前記電子メール添付ファイル出力資料1丁目の画面参照),エクセルの操作をする際にシートの追加又は削除をすることは容易であるから,前記電子メールの本文に「1月までの物件明細は,このFileを提出していると思います」と記載があることは,「1月までの物件明細」である「①11月18日f社→匿名組合」「②12月27日f社→匿名組合」及び「③1月27日f社→匿名組合」のデータが同月ころに被告人Y2に送信されていたことを推認させるものではあっても,このときに「参考資料」の部分のデータまでも被告人Y2に送信されていたことを裏付けるものではないなどと主張する。

そこで検討するに,関係各証拠によれば,同年3月3日,D及びEに対し,本件リースバックスキームを開始して以降f社に売却した物件に関する電子メールをBが送信しているが,この電子メールには,一部記載の有無に異なる点はあるものの,前記電子メールに添付された「参考資料」と同一体裁のファイルが添付されており,このことは,同年4月ころに10号から12号までの匿名組合関係の物件明細のデータが送信された際に,「参考資料」と同一体裁のデータも,被告人Y2に対して送信されていたことを推認させるのであって,そうすると,その「参考資料」と同一体裁のデータにより,被告人Y2は,10号から12号までの匿名組合関係の物件明細の電子データの送付を受けた時点において,a社がf社に通信機器を売却し,当該通信機器をf社がc社・b社に対して売却していることを認識していたものと見るべきである。

もっとも,この10号から12号までの匿名組合関係の物件明細のデータの送付時期がa社の決算後であったことからすれば,「参考資料」と同一体裁のデータの中に,a社からf社に対する売値が実際の簿価よりも高額であった点に関するものも含まれていた可能性は高いものの,そこから直ちに被告人Y2が本件リースバックスキームが架空であったことまでを認識していた旨の認定ができるものではない。

(2) 小括

本件では,以上に検討した点の他,被告人Y2について,同被告人が,匿名組合の営業者側の具体的事務遂行レベルの責任者として,f社に対する送金分の物件明細の送付が他社への送金分の物件明細の送付より遅れており,特に13号匿名組合以降のf社に対する送金分については,全く物件明細が送付されていなかったが,各号匿名組合関係のa社側からのリース料名目での支払はなされていた点や各号匿名組合の募集状況等の事情を了知しつつ,f社への送金や出資者への分配金の支払を遂行していたことが,関係各証拠によって認められる。また,被告人Y2が,遅くとも平成17年4月ころには,f社への送金が実質はa社への送金であることを知ったものと認められることは,既に述べたとおりである。そうすると,被告人Y2は,物件明細が送付されないまま,そして,同年1月末以降は,決算が確定しないと物件が決められない旨Bから伝えられていながら,各号匿名組合の募集をしては,遅くとも同年4月以降は,実質的にはa社への送金になることを知りつつ,f社に対して毎月20億円台から40億円台の多額の出資金の送金を続けた上,a社がリース料名目で支払った金で出資者への配当金の支払を続けていたわけであり,遅くとも20号匿名組合の募集開始前までには,一連の取引が通信機器とのつながりのないリースバック取引の実体すら有さないものであると認識していたものと認められる。

次に,被告人Y1についてであるが,本件の関係各証拠から認められる業務遂行過程における被告人Y1と被告人Y2の関係からして,被告人Y2の行っている具体的事務内容は基本的に被告人Y1に報告されていたものと推認される。また,被告人Y1は,被告人質問において,物件明細の送付が遅れていることを知っており,被告人Y2がBらに督促するのとは別に,被告人Y1自身が,AやEに督促したことがあり,Bがa社を退社した同年6月以降(このころには既に匿名組合の出資金の送金先はf社のみになっていた。)も督促したことがある旨及び被告人Y2から物件明細の送付が遅れていると聞いたことはあるが,送付を受けたとの報告を受けた記憶はない旨を述べている。被告人Y1が,当初から,f社が実体を有さず,同社への送金は実質的にa社への送金であると知っていたことは前記認定のとおりである。そうすると,被告人Y1についても,物件明細が送付されないまま,そして,同年1月末以降は,被告人Y2がBから伝えられた前記内容の報告を同被告人から受けた上,各号匿名組合の募集をしては,実質的にはa社への送金になることを知りつつ,f社に対して毎月20億円台から40億円台の多額の出資金の送金を続けた上,a社がリース料名目で支払った金で出資者への配当金の支払を続けていたわけであり,遅くとも20号匿名組合の募集開始前までには,一連の取引が通信機器とのつながりのないリースバック取引の実体すら有さないものであると認識していたものと認められる。

この点に関連して,被告人Y2の弁護人は,c社・b社が販売業者から受領する請求書には,1号匿名組合以来一貫して物件明細が添付されておらず,また,c社・b社が,本来のスキームが実施されているメーカーないし商社に対して購入代金を送金する時点で物件明細がそろっていない事態も,1号匿名組合以来しばしばあったことであるから,被告人Y2にとって,物件明細のないことは,f社との取引について格別にその実体を疑う契機とはならなかったなどと主張する。

しかしながら,送金時点で物件明細がそろっていないことが他にもあったとしても,その後実際に物件明細が送付されるまでの期間を見れば,1号ないし9号匿名組合における状況と10号匿名組合以降のf社への送金分における状況とには明白な差があり,特に13号匿名組合分以降のf社に対する送金分については,a社の民事再生手続開始の申立時点においても全く物件明細が送付されていなかったのであるから,明らかに質的な差があったと言わなければならない。また,確かに10号匿名組合以降のf社以外に対する送金分で物件明細の送付が遅れたものも一部あるが,送金額においてf社に対する分とは格段に異なり,それらの件があるからf社関係の物件明細送付の遅れを意に介さなかったとの主張は採用できない。

6  結論

以上によれば,被告人両名は,20号匿名組合募集時において,それまでの経緯から,集めた出資金はf社を介してa社に送金することになるが,それは通信機器の購入代金としての実質を有しない送金であること及び投資家に対して送付する募集パンフレット等の資料においては,出資金はa社にリースする通信機器の購入に充てると説明しており,それを読んだ投資家はその用途に用いられると信じたが故に出資金を振込入金してくるのであって,その説明が虚偽であると知っていれば出資金は拠出しないことを認識しながら,前記資料を投資家に送付し,出資金の振込入金を受けたことを優に認定することができる。したがって,被告人両名に本件詐欺の故意が認められ,また,既に述べた一連の内容に照らして,被告人両名の本件詐欺についての共謀も認められる。

関連して,弁護人の主張の中には,被告人両名が親族に匿名組合に出資させていたことを指摘する部分があるが,本件は,出資金の使途に関する欺罔の事案であり,a社が経営破綻しそうなことを隠して欺罔したという事案ではないから,この点は結論には影響しない。

次に,Aとの関係であるが,本件においては事情を知らないd社の従業員を利用した間接正犯の形態で実行行為を行ったのは被告人両名のみであり,訴因上,Aは共謀共同正犯の立場にいると理解される。そして,当裁判所は,既に被告人両名については間接正犯形態での詐欺の実行共同正犯の成立を認めたので,Aが共謀共同正犯になるかどうかによって,被告人両名が詐欺罪で処罰されるかどうかの結論に変動はないことになる。しかし,他方において,一般的には,他の共犯者がいる方が,いない場合よりも情状面において有利であり,かつ,情状面においても,「疑わしきは被告人の利益に」の原則は妥当するから,証拠上明らかにAが共同正犯ではないと認められない限り,被告人両名の関係では,Aを共同正犯と認定すべきことになる。もっとも,本件で取り調べた証拠関係の下では,Aは,自らa社の有する通信機器を対象物件とするリースバック取引の遂行を発案し,それによって調達する金額は指示するものの,物件明細については決算が終わるまで確定できるわけがないなどと述べていたものと認められるのであるから,リースバック取引とは言いながら,金の移動を個々の具体的物件の売買やリースと結び付けて行う意図を有していなかったことは明らかで,かつ,匿名組合が出資金をa社にリースする通信機器の購入に充てると送付資料で説明していることも認識していたと認められるから,本件詐欺の故意を有していたことは疑いなく,通信機器購入の実体のないリースバックの外形を装った取引を毎月繰り返す中,被告人Y1との間で敢えてそれを止めようとしなかった以上,20号匿名組合の募集に先立って,Aと被告人Y1の間で黙示の共謀が成立し,被告人Y2とは,被告人Y1を介して,順次共謀が成立すると認められるところである。

(法令の適用)

被告人両名の判示各所為は,いずれも別表の各被害者ごとにそれぞれ刑法60条,246条1項に該当するところ,以上は同法45条前段の併合罪であるから,いずれも同法47条本文,10条により,最も犯情の重い別表番号2のIに対する詐欺罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で,被告人Y1を懲役6年に,被告人Y2を懲役3年に,それぞれ処し,同法21条を適用して,被告人両名に対し,各未決勾留日数中各190日を,それぞれその刑に算入し,訴訟費用については,いずれも刑事訴訟法181条1項本文,182条により,被告人両名に連帯して負担させることとする。

(量刑の理由)

1  本件は,電気通信事業を展開していたa社の代表取締役であったA,a社の設備投資に必要な資金調達を行う匿名組合の営業者であるb社及びb社から業務委託を受けて匿名組合の営業に関する事務を行うd社の代表取締役であった被告人Y1並びにb社及びd社における事務全般を統括する立場にあった被告人Y2が,共謀の上,20号匿名組合について,投資家から出資を募るに当たり,真実は,出資金を通信機器の購入に充てるつもりがないのに,その出資金により通信機器メーカー又は商社から通信機器を購入してa社にリースし,a社によって支払われるリース料から匿名組合員に対して分配金を支払うというスキームの説明を投資家に対して行って,それを信じた被害者らから現金の振込入金を受けてこれを詐取したという詐欺事案である。

2  本件の被害者は30名の多数に上り,被害総額も3億6000万円という巨額に達しているのであるから,その全体的結果の程度だけからしても,犯行に関与した者の責任は重いと言わなければならないが,個々の事案ごとに見ると,被害額は,最も少額の者ですら300万円,最も多額の者に至っては6000万円にも及んでいることに加え,被害者らの多くは,老後の生活に備えて蓄えていた資金を詐取された中高年者であって,単に財産的被害を被ったのみならず,今後の生活に大きな不安を抱かざるを得ない状況に陥っており,その被った精神的苦痛には大きいものがあり,本件各犯行の影響は深刻である。それにもかかわらず,現在まで被害の回復はなされておらず,今後もその回復は極めて困難であると見込まれる。被害者らがこぞって,被告人らを厳重に処罰するよう求めているのも,その立場からは,当然というべきである。

加えて,本件各犯行は,その犯行態様も悪質である。すなわち,本件は20号匿名組合に関する出資名目で金銭を騙し取ったのであるが,A及び被告人両名は,マスメディアを通して宣伝するなどして大々的に投資家を募り,20号匿名組合全体では二千名を超える投資家から総額37億円余りが振込送金されており,本件で有罪とされた各犯行が帯びている組織性,反復性,営業性も顕著である。

3  ところで,本件各犯行の動機については,Aの側のそれがa社の運転資金の調達にあったことは容易に見て取れるが,被告人両名については,詐欺の故意を否認している関係もあって,その点に関する供述がなく,動機が明確ではない。この点,検察官は,被告人両名が本件各犯行に及んだ動機は,匿名組合契約で集めた資金をかすめ取って自らの金銭欲を満足させることにあったと見るほかなく,当然のことながら動機には酌量の余地が全くないなどと主張する。しかしながら,そのような見方もあり得るとは思われるものの,取調べ済みの関係各証拠に現われる被告人両名の利得とされるものは,その出所や支払理由等について判然としないところが残るものが相当あり,検察官の主張するようには断定しかねる。もっとも,それがどのような点にあるにせよ,使途を偽って出資を募ることを正当化できるものとは思われず,動機に酌むべき点が認められないことは確かである。

4  進んで,各被告人の事情を検討するに,まず,被告人Y1は,Aの依頼により,匿名組合を利用した資金調達スキームを策定し,Aから,リースバック取引を導入する旨告げられた後は,それ自体が投資家に対する説明に反するにもかかわらず,営業者の責任者としての立場で,被告人Y2をして事務に当たらせ,取引を繰り返す中で,物件が特定されないリースバック取引の実体すら有さない状況が生じたのに,匿名組合を組織するのを中止せず,20号匿名組合を募集して,それに応じた被害者らの出資した金銭をいたずらにa社に流して,結果的に回収不能にしたもので,当公判廷における審理において格別の反省も示しておらず,その刑事責任は,Aに次いで重い。

次に,被告人Y2は,被告人Y1の指示を受け,出資金の送金等匿名組合側の具体的事務を統括し,匿名組合側の実務の中心的な役割を担っていたものであり,やはり当公判廷における審理において格別の反省も示しておらず,A及び被告人Y1と比較すると相当の違いはあるものの,その刑事責任は重い。

5  しかしながら,他方において,確かにA及び被告人両名の本件各犯行がなければ,被害者らが被害を被るには至らなかったことはもちろんではあるが,被害者らが出資した金銭が現実問題として回収できなくなった最大の原因はa社の経営破綻にあるところ,本件は,出資金の使途を偽ったという点で起訴され有罪として処罰される事件であり,a社の経営状態を隠した点が偽りの内容とされた事案ではない。実際的にも,本件で調べた証拠関係からは,被告人両名については,a社の真の財務状態や経営成績について熟知した上で本件各犯行に及んだとまでは認められず,被害者らから出資を受けた金銭をa社の運転資金等のみに費消し,被害者らに対する配当等を全くするつもりがなかったとは認められない。

また,共犯者間での関係で言うと,本件各犯行の首謀者は,a社のトップであり,ほとんど独裁的にa社の営業等に関する重要な事項を決定し,Eら他の取締役及び従業員を指揮して業務に当たらせていたAである。Aは,本件リースバックスキームの遂行を発案し,一度は被告人Y1からリースバック取引はできないと伝えられたにもかかわらず,a社の運転資金調達のため,被告人両名及びa社の従業員らを関与させたものであるが,要は運転資金を調達することができれば通信機器調達との関係は意に介しておらず,リースバック取引というのも,単にその形を採るというだけで,投資家への説明と違う使途に出資金を用いることになるのをためらった様子がない。また,Aは,a社の財務状態及び経営成績が悪化の一途をたどっていたことを認識していたにもかかわらず,順調に成長している企業であると装い,実態を反映していない決算書類等に基づく数値を示して投資の誘因の一つとしてもいた。さらに,Aは,被害者らから出資を受けて送金されてきた金銭については,全て自らの判断でa社の運転資金等に使用していた。このようなAとの比較においては,被告人両名の本件各犯行への関与の態様は従属的であると言わなくてはならない。

6  その他,本件では,被告人Y2については,a社側がリースバック取引の形態を意図していることを最初は知らなかったこと,被告人両名はそれぞれ勾留されるなど,一定の社会的制裁を受けていること,被告人両名には前科はないこと等の事情もある。

そこで,以上指摘したような被告人両名それぞれにとって不利,有利となる一切の情状を総合的に考慮した結果,被告人両名に対してはそれぞれ主文掲記の刑を科するのが相当であると判断した。

そこで,主文のとおり判決する。

(求刑 被告人Y1につき懲役10年,被告人Y2につき懲役6年)

「別表省略」

別紙 匿名組合概要

匿名

組合名

募集

金額

(円)

利率

(%)

期間

(年)

募集期間

入金期間

入金額(円)

営業者の

送金先

送金日

送金額(円)

f社から

a社への

送金額(円)

c社

(関東)

20億

8

5

H15.8.22~

H15.9.30

H15.8.26~

H15.10.1

315,000,000

k社

H15.10.1

315,000,000

c社

(関西)

10億

H15.11.1~

H15.11.28

H15.11.5~

H15.12.1

386,000,000

j社

H15.12.11

156,714,876

k社

H16.1.20

221,448,732

c社

(東日本)

H16.1.15~

H16.2.27

H16.1.19~

H16.3.10

692,000,000

e社

H16.3.15

358,050,000

e社

H16.3.30

333,900,000

c社

(西日本)

H16.3.1~

H16.3.31

H16.3.1~

H16.4.2

548,000,000

e社

H16.4.28

454,203,266

h社

H16.4.30

63,762,300

e社

H16.5.31

30,000,000

c社

(5号)

H16.4.1~

H16.4.30

H16.4.5~

H16.5.10

440,000,000

e社

H16.5.31

439,037,945

b社

(6号)

H16.5.17~

H16.6.30

H16.5.18~

H16.7.2

637,000,000

o社

H16.7.2

376,069,562

p社

H16.7.30

71,887,200

e社

H16.7.30

189,000,000

b社

(7号)

H16.7.1~

H16.7.30

H16.7.6~

H16.8.4

301,000,000

e社

H16.8.31

299,822,250

b社

(8号)

H16.8.2

~H16.8.31

H16.8.6~

H16.8.31

532,000,000

e社

H16.9.30

406,036,050

e社

H16.9.30

125,895,000

c社

(9号)

H16.9.1~

H16.9.30

H16.9.6~

H16.9.30

913,000,000

e社

H16.10.28

903,736,050

c社

(10号)

50億

10

6

H16.10.1~

H16.10.29

H16.10.5~

H16.11.15

3,980,000,000

f社

H16.11.18

3,013,500,000

3,013,500,000

e社

H16.11.30

961,013,550

c社

(11号)

H16.11.1~

H16.11.30

H16.11.4~

H16.12.16

4,048,000,000

l社

H16.12.16

643,597,500

f社

H16.12.27

2,415,000,000

2,413,950,000

e社

H16.12.29

985,522,650

c社

(12号)

H16.12.1~

H16.12.30

H16.12.6~

H17.1.5

4,262,000,000

l社

H17.1.14

216,825,000

l社

H17.1.14

419,152,587

f社

H17.1.27

2,961,000,000

2,960,475,000

h社

H17.1.31

103,418,000

q社

H17.1.31

174,041,000

e社

H17.1.31

387,346,050

c社

(13号)

H17.1.4~

H17.1.31

H17.1.11~

H17.2.1

3,662,000,000

f社

H17.2.2

2,725,065,000

2,724,540,000

f社

H17.2.25

936,600,000

936,411,000

c社

(14号)

H17.2.1~

H17.2.28

H17.2.4~

H17.3.1

3,226,000,000

f社

H17.3.4

798,000,000

797,842,500

f社

H17.3.17

2,000,250,000

1,999,851,000

r社

H17.3.28

81,790,015

f社

H17.4.27

345,870,000

345,796,500

b社

(15号)

H17.3.1~

H17.3.31

H17.3.4~

H17.4.21

3,994,000,000

f社

H17.4.21

3,943,800,000

3,942,960,000

b社

(16号)

H17.4.1~

H17.4.28

H17.4.5~

H17.5.13

2,900,000,000

f社

H17.5.23

2,899,995,000

2,899,365,000

b社

(17号)

H17.5.2~

H17.5.31

H17.5.9~

H17.6.1

3,309,000,000

f社

H17.6.1

2,499,000,000

2,498,496,000

f社

H17.6.28

810,000,000

809,838,000

b社

(18号)

100億

H17.6.1~

H17.6.30

H17.6.6~

H17.7.1

5,006,000,000

f社

H17.7.1

4,410,000,000

4,409,118,000

f社

H17.7.8

595,350,000

595,224,000

b社

(19号)

H17.7.1~

H17.7.29

H17.7.6~

H17.8.1

3,313,000,000

f社

H17.8.1

2,625,000,000

2,624,475,000

f社

H17.8.3

687,750,000

687,592,500

b社

(20号)

H17.8.1~

H17.8.31

H17.8.3~

H17.9.1

3,715,000,000

f社

H17.9.1

3,599,925,000

3,599,190,000

f社

H17.9.22

115,069,500

115,048,500

b社

(21号)

H17.9.5~

H17.10.3

H17.9.5~

H17.10.3

2,621,000,000

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