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東京地方裁判所 平成19年(合わ)199号 判決 2007年10月25日

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中一〇〇日をその刑に算入する。

この裁判確定の日から四年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和六三年四月一二日午前七時ころ(現地時間)、アメリカ合衆国ニュージャージー州バーゲン郡所在のハイウェー「ニュージャージー・ターンパイク」ヴィンス・ロンバルディ・サービスエリア内において、同所で警ら中の同州警察官Bに対し、「C」を運転資格者とし、写真欄に被告人の顔写真が貼付され、東京都公安委員会の公印を模した印影が表出された偽造に係る同公安委員会作成名義の国際運転免許証一通(平成一九年押第三八四号の一)を真正に成立したもののように装って提示して行使したものである。

(証拠の標目)《省略》

(Bの宣誓供述書の証拠能力について)

当裁判所は、Bの宣誓供述書(以下、「本件宣誓供述書」という。)を刑訴法三二一条一項三号により証拠として採用した。弁護人は、弁論において、本件宣誓供述書は同号にいう供述不能、不可欠性及び特信性のいずれの要件も充たしていないから、証拠排除すべきである旨主張するので、付言する。

一  供述不能の要件について

本件宣誓供述書の作成を依頼した捜査共助要請に携わり、本件宣誓供述書の作成に立ち会った警視庁警察官であるDの公判供述によれば、Bはアメリカ合衆国に在住し現在も警察官の職にある者であるが、Dによる我が国における公判への出頭の可否についての照会に対し、Bは、「本件宣誓供述書の内容が本件犯行当時に自分が被告人を取り扱ったすべてであるから日本の裁判に出頭する意思がない。また、現在多忙のために出頭することが不可能である。」旨回答したことが認められる。したがって、Bが本件公判に出頭しないことは確実とみられる。そうすると、供述者が国外にいるために公判期日等において供述することができない場合に当たる。

二  不可欠性の要件について

Bの供述は、同人に対し被告人が本件偽造国際運転免許証を提示して行使した状況に関するものであるから、その供述が偽造国際運転免許証の行使という本件実行行為の証明に欠くことができないものに当たることは明らかである。

三  特信性の要件について

Dの公判供述及び本件宣誓供述書の形式、記載内容によれば、本件宣誓供述書は警視庁からの捜査共助要請に基づきアメリカ合衆国連邦検事補Eによって作成されたこと、BはEから偽証罪の制裁の告知を受け、正直かつ任意に供述する旨宣誓した上で、Eからあらかじめ作成された尋問事項に沿って一問一答形式尋問されたこと、作成された供述書の内容をEが口頭でBに読み聞かせ、さらに同人が自ら閲読して内容に間違いがないことを確認した上で署名したこと、一連の本件宣誓供述書作成の過程に我が国の検察官及びDが立会い、上記の手続が適正かつ正確に行われたことを通訳人を介して確認したことが認められる。このような条約に依拠して我が国の捜査共助要請に基づいてなされた尋問手続の状況等に照らせば、Bの供述は特に信用すべき情況の下でされたものといえる。

四  結論

よって、本件宣誓供述書は刑訴法三二一条一項三号の要件を充たし、証拠能力が認められる。弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法による改正前の刑法一五八条一項、一五五条一項に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、上記改正前の刑法二一条を適用して未決勾留日数中一〇〇日をその刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から四年間その刑の執行を猶予することとする。

なお、弁護人は、刑法五条にいう「同一の行為」には訴因のみならず量刑事実も含まれると解すべきであるとした上で、本件公訴事実は被告人に対するアメリカ合衆国での裁判の量刑事実となっており、「同一の行為」に当たる、そして被告人は同国で二一年一〇か月の拘禁刑の執行を受けたのであるから、刑法五条ただし書により刑の執行を免除又は減軽すべきである旨主張する。しかしながら、刑法五条は、ある行為について外国で確定判決を受けた者であっても、同一の行為につき更に処罰できることを前提として、外国で刑の執行を受けたことを考慮して我が国における刑の執行を免除又は減軽する旨定めたものであり、その文理及び立法趣旨に照らしても、また、同条ただし書が刑の執行についての必要的減免を定めていることからすれば、その対象となる「同一の行為」の範囲は明確でなければならず、この観点から法制度の異なる外国判決における量刑事情を取り込む契機がないことに照らしても、「同一の行為」に量刑事実を含ませて解釈することはできない。そして、被告人に対するアメリカ合衆国における確定裁判の訴因には本件公訴事実は含まれていないのであるから、本件において、刑法五条の適用の可否を論じる余地はない。弁護人の主張は採用できない。

(量刑の理由)

本件は、被告人が昭和六三年四月にアメリカ合衆国において警察官から職務質問を受けた際、同警察官に対し、偽造国際運転免許証を提示して行使したという事案である。

被告人が提示した偽造国際運転免許証は、実在の人物の氏名、生年月日及び本籍を記載した精巧なものであり、国際条約に基づいて日本で発給される国際運転免許証の国際的な信用を傷つけたといえる。また、被告人は、アメリカ合衆国国内での爆弾の製造、運搬及び使用のため、本件偽造国際運転免許証を入手して携行し、警察官から職務質問を受けた際に、運転車両に爆発物を所持していることが発覚しないように同免許証を行使したもので、その目的は危険かつ悪質なものであり、強い非難に値する。被告人は公訴事実自体は争わないものの、本件偽造国際運転免許証の入手方法、目的、本件犯行の状況等について明らかにしようとせず、真摯な反省があるとは認められない。したがって、被告人の刑事責任は重い。

他方、被告人が、公訴事実自体は認め、今後は日本の法律を遵守して生活する旨述べていること、被告人が本件の背景ないし目的とした爆発物の運搬等の訴因により約一九年間にわたって外国での拘禁生活を送ったこと、被告人の姉及び友人が出廷し、その社会復帰に助力する旨それぞれの立場から述べていること、我が国における前科が見当たらないことなど被告人にとって有利に斟酌すべき事情も認められる。なお、弁護人は、本件公訴事実がアメリカ合衆国での裁判で実質上処罰されている点を考慮すべきであると主張しているが、全証拠を精査しても、弁護人の主張に沿う証拠はない上、被告人の同国での裁判書の内容に照らせば、たとえ量刑決定に当たり犯情の一事情として本件公訴事実が考慮されていたとしても、本裁判において取り上げるべき有意的な事情とみることはできない。

そこで、以上の諸事情を総合考慮し、被告人に対しては主文の刑を量定した上で、その刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。

(求刑 懲役二年)

(裁判長裁判官 角田正紀 裁判官 園原敏彦 宮下洋美)

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