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東京地方裁判所 平成19年(行ク)305号 決定 2007年12月28日

上記当事者間の標記執行停止申立事件(基本事件・平成19年(行ウ)第711号 運転免許取消処分取消請求事件)について,当裁判所は,相手方の意見を聴いた上,次のとおり決定する。

主文

1  東京都公安委員会が申立人に対し平成19年10月12日付けでした運転免許取消処分の効力は,本案に関する第一審判決の言渡しがあるまで停止する。

2  申立人のその余の申立てを却下する。

3  申立費用はこれを4分し,その1を申立人の負担とし,その余を相手方の負担とする。

第1申立て

東京都公安委員会が申立人に対し平成19年10月12日付けでした運転免許取消処分の効力は,本案訴訟の判決確定に至るまでの間停止する(なお,本件申立書に「運転免許取消処分の執行」とあるのは,「運転免許取消処分の効力」の明らかな誤記と認める。)。

第2事案の概要

1 申立人は,タクシー運転手であったところ,処分行政庁は,申立人の違反行為,すなわち,①平成19年3月19日の座席ベルト装着義務(道路交通法71条の3第1項)違反に加えて,②同年8月25日に安全運転義務(同法70条)に違反して(以下「本件違反行為」という。)交通事故を惹起し,被害者を死亡させたこと(以下「本件事故」という。)について,道路交通法施行令別表第2の1所定の違反行為に対する基礎点数及び付加点数を算出すると,本件違反行為をした日を起算日とする過去3年以内における申立人の累積点数は16点となり,申立人には当該期間内における道路交通法施行令別表第3の備考に定める前歴が1回あることから,申立人は,道路交通法103条1項5号及び同条6項並びに道路交通法施行令38条5項1号及び同条6項2号に該当することとなったとして,申立人に対する意見の聴取を経た上,申立人に対し,平成19年10月12日,運転免許を取り消し,運転免許を受けることができない期間を同日から1年間と指定する処分(以下「本件処分」という。)をした。

2 本件は,申立人が,本件処分は,申立人が自動車の運転者としての注意義務を十分尽くしており,かつ,運転席からは道路に横臥していた被害者を視認することが不可能であったにもかかわらず,これらの事情を看過して申立人の安全運転義務違反を認定したものであり,本件違反行為の認定に誤りがあるなどと主張して,本件処分の取り消しを求めるとともに(本案訴訟),本件処分の効力を認めれば,高齢である上,タクシー運転手としての収入に依存していた申立人の生活が破綻の危険に直面し,その事後的な回復は不可能である旨主張して,本案訴訟の判決が確定するまでの間,本件処分の効力の停止を求めた事案である。

3 相手方は,本件事故は,申立人が,事故の発生現場を左折進行するに当たり,前方左右を注視し,進路の安全を確認しつつ進行すべき自動車運転上の注意義務を怠った過失により生じたものであり,申立人に安全運転義務違反があったことは明らかであるから,本件申立ては「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法25条4項)に当たり,執行停止をすることができない場合に該当し,かつ,申立人が主張する収入の減少は経済的な損害にすぎず,後日の金銭賠償によって填補することが可能であるから,「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」(同条2項本文)と認められないとして,本件申立ての却下を求めている。

第3当裁判所の判断

1 まず,本件において,「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」(行政事件訴訟法25条2項本文)という事情が認められるか否かについて判断する。

疎明資料(疎甲6,8,9,10の1及び2,甲11の1ないし54,12)によれば,申立人は,本件処分当時,タクシーの運転手(タクシー会社の嘱託社員)として勤務し,月に22万ないし24万円程度の収入を得ており,他に老齢年金として月約10万円を受領していたが,申立人は,69歳の独身男性で,子供はおらず,資産や貯金はなく,かえって,年金を担保として独立行政法人福祉医療機構から約30万円,応急小口資金貸付金として大田区から約25万円,消費者金融から約25万円,さらに実家の兄から約50万円の借金があり,これらに対し,1か月合計10万円以上の返済をしていたことが認められる。

これらの事実によれば,本件処分時の申立人は,借金の返済があるために,年金収入のみによって生活することは到底できず,貯金や他の資産もないのであるから,タクシー運転手としての収入があって初めて生活を営むことができる状況であったと認められるところ,前掲の疎明資料によれば,申立人は,本件処分により運転免許が取り消されたため,タクシー運転手として勤務することができなくなったのみならず,本件処分当時69歳と高齢であることもあって,求職活動をしているものの職が見つからない状況にあることが認められるのであって,申立人は,本件処分によって,タクシー運転手としての収入を失うと,直ちに生活の維持に困難を来す状況にあると認められ,原告には処分によって「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」と解すべき事情があると認められる。

2 次に,本件が,「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法25条4項)という要件に該当するか否かについて判断する。

(1) 相手方は,本件事故は,申立人の過失による安全運転義務(道路交通法70条)違反を原因として発生したことは明らかであるから,「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法25条4項)に該当する旨主張する。

そして,たしかに,道路交通法70条は,自動車の運転者に対し,道路,交通及び当該車両等の状況に応じ,他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転する義務(安全運転義務)を負わせている。

しかしながら,疎明資料(疎甲1の1ないし4,甲5,乙2ないし7,9,13)によれば,本件事故については,被害者が死亡するという重大な結果を生じさせた事故であるにも関わらず,申立人に対して不起訴処分がされ,刑事裁判手続に付されておらず,また,本件事故の状況を見ると,本件事故は,申立人が,深夜,T字路交差点を左折し,街路灯等が設置されていない暗い道に進入した直後に,路上に寝ていた被害者を轢過したものであるところ,このような道路上に人が横臥しているということは通常予測しがたい極めて異常な事態であり,しかも,上記T字路交差点を左折した際に,ドライブレコーダーより相当程度低い位置にある申立人の目の高さからは,路上に横臥していた被害者の姿が,ボンネット等による車両の死角に入っており,見えない可能性が高い状態にあったことが認められる。

そうすると,本件事故当時,申立人が相手方主張に係る安全運転義務を尽くしていたとしても,本件事故の発生を回避することができなかった可能性が高いものと推認され,現段階でこれを覆すに足りる資料はない。

(2) したがって,本件違反行為の有無は,最終的には本案の審理に委ねられるべきものであって,本件が「本案について理由がないとみえるとき」に該当しないことは明らかである。

3 執行停止の期間について

上記2の「本案について理由がないとみえるとき」に当たるかどうかの判断は,本案に関する第一審判決の結論如何によって影響を受けるものであるから,執行停止をすべき期間については,本案に関する第一審判決の帰すうを待って改めて判断すべきものと言わざるを得ない。

そうすると,本件処分の執行停止の期間は,本案に関する第一審判決の言渡しの時までとするのが相当である。

第4結論

よって,本件申立ては,本案に関する第一審判決の言渡しがあるまでの停止を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから却下することとし,申立費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条本文を適用して,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 定塚誠 裁判官 中山雅之 裁判官 進藤壮一郎)

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