東京地方裁判所 平成2年(ケ)241号 決定 1992年4月15日
当事者 別紙当事者目録記載のとおり
主文
債権者の申立てにより、別紙の担保権・被担保債権・請求債権目録2の(1)のイからオまでの元本債権一億九九〇〇万円及びこれに対する平成二年一月一二日以降完済まで年一四%(年三六五日の日割り計算)の割合による遅延損害金債権の弁済に充てるため、同目録1記載の抵当権に基づき、別紙の物件目録記載の不動産について、担保権の実行としての競売手続を開始し、債権者のためにこれを差し押さえる。
理由
一債権者の申立て
本権は、抵当証券に表示された抵当権に基づいて、抵当証券に表示された被担保債権の弁済を受けるため、競売の申立てがなされた事件である。
債権者が提出した抵当証券には、元本の弁済期として、それぞれ次のように記載されているが、期限の利益喪失特約の記載はない。
証券番号第九五九号 昭和六四年(平成元年)一一月二〇日
証券番号第九六〇号 昭和六五年(平成二年)一一月二〇日
証券番号第九六一号 昭和六六年(平成三年)一一月二〇日
証券番号第九六二号 昭和六七年(平成四年)一一月二〇日
証券番号第九六三号 昭和六八年(平成五年)一一月二〇日
また上記の抵当証券には、利息の支払期として、毎年五月二〇日及び一一月二〇日の年二回、六か月分を一括後払いと記載されている。
債権者は、抵当証券には記載がないが、債権者と債務者との間には、債務者が利息の支払いを怠ったときは、債権者の請求により期限の利益を失う旨の期限の利益喪失特約があると主張し、証拠資料を提出した。
債権者は、債務者は平成元年五月二〇日利息の支払いを怠たり、平成二年一月一一日債権者の請求を受けたので、債務者は、同日別紙の担保権・被担保債権・請求債権目録2の(1)のイからオまでに記載の元本債権について期限の利益を失ったとして、同目録2記載の元本債権、利息債権及び損害金債権のすべてについて、競売の申立てをした。
当裁判所は、すでに別紙の担保権・被担保債権・請求債権目録2の(1)のアの元本債権、同目録2の(2)の利息債権及び同目録2の(3)の遅延損害金債権のうち、上記アの元本債権に対するものの弁済に充てるため、別紙物件目録記載の不動産について、担保権実行としての競売手続を開始し、これを差し押さえた。
二当裁判所の判断
(1) 登記に記載のない期限の利益喪失特約の事実認定
債権者は、本件抵当証券の発行を受ける前に、抵当証券発行特約のある抵当権の設定登記を申請している。抵当証券発行特約のある抵当権の設定登記をする場合には、通常の抵当権の設定登記をする場合と異なり、弁済期を登記しなければならないが(不動産登記法一一七条)、この登記すべき弁済期には、期限の利益喪失特約があるときは、その特約の内容も含まれる。したがって、債権者は、本件の登記申請の当時、期限の利益喪失特約が存在していたのであれば、登記申請書に、その内容を記載して申請する必要があったものである。ところが、債権者の申請による抵当権設定登記には、期限の利益喪失特約の記載はなく、債権者は期限の利益喪失特約の内容を登記申請書に記載しなかったものと認めざるをえない。そうすると、登記申請の当時は、特約が存在しなかった可能性を否定できないこととなる。したがって、債権者は、登記申請をしなかったことについて、特約が存在しなかったことが原因ではなく、他に原因があることを立証しなければ、特約が存在したことの認定を受けることはできないものである。
(2) 抵当証券に記載のない期限の利益喪失特約の事実認定
本件の抵当証券に期限の利益喪失特約の記載がないことからみると、債権者は、抵当証券発行の申請に当たっても、上記の特約が存在することを記載しなかったものと認められる。
ところで、抵当証券の発行前には、登記官は、あらかじめ、抵当権設定者、第三取得者、債務者、抵当権又はその順位の譲渡人及び先順位を放棄した者に対して、証券に記載すべき権利の内容を記載した催告書を送付して、その内容に異議があれば、これを述べるよう催告しなければならない(抵当証券法六条一項)。そして、催告書に記載すべき権利の内容には、弁済期として、確定期限のほか期限の利益喪失特約が存在する場合には、その特約の内容も含まれる(抵当証券法六条三項、四条六号、不動産登記法一一七条)。この催告書に記載すべき権利の内容が正確なものでなく、あるいは、催告を受けた者がその催告書の記載によって権利の内容を把握することができないとき(例えば他の文書を引用しているとき)は、催告の効力を認めることができない場合も出てくるから、抵当証券の発行を求める債権者は、証券発行申請に当たって、申請書に権利の内容を正確に記載する必要があることは明かである。ところが債権者は、前述のとおり申請書に上記の特約を記載しなかったのであるから、その時点では、特約が存在しなかった可能性を否定することはできない。したがって、債権者は、申請書に特約を記載しなかったことについて、特約が存在しなかったことが原因ではなく、他に原因があることを立証しなければ、特約が存在したことの認定を受けることはできないものである。
以上は、抵当証券法の規定自体からみたものであるが、債権者が抵当証券の発行申請に当たり、権利の内容を正確に記載しないと、さまざまな不都合が生じる。
たとえば、抵当証券の所持人の債権者が、抵当証券を動産執行の方法により差し押さえたが、期限の利益喪失特約の存在を立証するため、抵当権設定金銭消費貸借契約書やその成立を証明する印鑑証明並びに期限の利益喪失特約の登記申請などをしなかった事情を証する文書等の証拠資料を強制的に入手しようとする場合、民事執行法には、そのような要請に応じうる規定は存在しない(抵当証券の差押えの場合も、債権差押えにおいて認められる債権証書の引渡しの執行(民事執行法一四八条二項)ができると解釈することは、動産執行と債権執行とで執行機関が異なるため困難である)。
また、抵当証券の所持人が証券に記載のない期限の利益喪失特約に基づいて、期限が到来しているとして、その期限後三月内に競売申立てをし(抵当証券法三〇条)、その競売代金により弁済を受けられない債権について、裏書人に償還請求したが(抵当証券法三一条)、裏書人は、抵当証券の記載により償還債務を負うものであって、証券の記載によれば未だ期限が到来しないうちに所持人がした競売申立ては、早すぎる競売申立てであり、証券の記載により定まる弁済期に競売申立てをしていれば、目的物件は高額に売却され、被担保債権の残額は存在しないか、あるいはより少額に済んだはずであるとして、償還義務の存否やその額を争った場合、この裏書人の主張を排斥することは困難である。
他方、抵当証券の所持人が、期限の利益喪失特約の存在内容を知っていたが、証券には期限の利益喪失特約の記載がないことから、裏書人に対する償還請求権を確保するに当たり、証券の記載により定まる弁済期の三ヶ月内に、競売申立てをしたところ、裏書人は、自分は証券に記載のない期限の利益喪失特約を知っていたと主張し、その特約により定まる弁済期の三ヵ月以内に、競売申立てをしなかった所持人は、裏書人に対する償還請求権を失ったと主張したとき、これを排斥できるかという問題も生じる。
そして、抵当証券に設定証券性はないが、証券に記載のない期限の利益喪失特約は、第三者に主張できないと解釈すると(本件の高裁決定には同趣旨の判示がある)、抵当不動産の後順位抵当権者や第三取得者がある場合、証券に記載のない期限の利益喪失特約により弁済期が到来しているとしても、その弁済期後の遅延損害金について、抵当証券の所持人には、後順位抵当権者に先だって配当を受ける優先弁済権や第三取得者の一般債権者と同等の弁済を受ける権利は認められない可能性がある(東京高裁平成元年八月三〇日決定高民集四二巻二号三一五頁、判例時報一三二九号一四九頁、金融法務事情一二三五号三二頁は、後順位抵当権者に対する優先弁済権を否定する)。
これらの不都合のうちの一部のものは、抵当証券の流通性を減殺し、裏書の担保的効力を実質上消滅させるという重大な結果をもたらすが(抵当証券を設権証券とする立場ではそのような結果は生じない)、これらの問題は、当初の債権者が証券を所持している場合には、それほど顕在化しないともいえる。しかし、抵当証券の優先弁済権そのものの内容にもかかわる不都合が生じるとすれば、それは、単に当初の債権者が証券を所持していれば問題が生じないということにならないし、また、執行手続内で期限の利益喪失特約を立証するということのみで解決できるものでもない。
したがって、証券発行申請に当たって、期限の利益喪失特約の記載を求めることは、債権者が自己の利益を確保するうえで、大変重要な意味をもつものである。そのような重要な問題があるのに、債権者が、証券発行の申請書に上記の特約の内容を記載しなかったとすれば、それは、その時点で特約が存在しなかったためではないかとの疑問が生じる。したがって、このような観点からも、債権者は、申請書に特約を記載しなかったことについて、特約が存在しなかったことが原因ではなく、他に原因があることを立証しなければ、特約が存在したことの認定を受けることはできないものである。
(3) 申立て段階における事実認定の制限
抵当権による担保権実行の申立て段階においては、債務者や所持者を審尋しないで開始決定をする必要がある。また、担保権実行の申立て段階は、大量の事務を迅速に処理することを前提に組み立てられており、この段階での裁判所の審理を、訴訟事件におけると同様の慎重な手続や裁判官の審尋を中心とする民事保全事件の審理と同様な方法によることとすると、担保権実行の要件の存否の審理に時間をとられるために、執行妨害への対処の機会が失われたり、他の事件の差押えが遅れることにより、他の事件の関係者に損害を与えたりするなどの弊害が生じるほか、申立て段階において特に尊重されるべき競争における公正を阻害する弊害を招く危険もある。
したがって、労働債権の先取特権による担保権実行事件の場合のように、法定文書を作成することが期待できないという制度自体の必要から、慎重な事実認定による権利の存否の判断を欠かせないものを除いて、担保権実行事件の実務では、債権者側の人証を調べたり、時間をかけて書証の提出を待つなどの対応をすることはなく、提出された書類で即座に判定できないものは、取り下げをすすめるか、却下するかのいずれかの対応をするのが通常であり、このような対応をするのが執行実務として当然の措置であると考えられてきた。
それゆえ、抵当証券について、例外的に法定文書の記載と異なる事実の存否を認定するとしても、提出された書証が他の証拠等によって裏付けられており、執行裁判所が即座にその証拠価値を判定することのできるようなものでなければ却下せざるをえないものであり、債権者側の人証を聞いて心証を形成するとか、時間をかけて書証の提出を待つなどの、労働債権による先取特権の実行事件と同様な事実審理を行うべきものではない。
したがって、抵当証券に期限の利益喪失特約を記載することの必要性が一般的に認識される事態となれば、特約を記載しないということはごくまれな事例となろうが、そうなると証券に記載のない特約の存在を上記のような書証で立証することは、極めて困難なこととなり、そのため、執行裁判所の手続で、証券に記載のない期限の利益喪失特約を立証しようとしても、そのような立証が許容されることは期待できないものと考えておくべできある。
(4) 本件における債権者の立証
債権者は、昭和六三年八月一二日付の金銭消費貸借および抵当権設定契約証書の原本及びその契約当事者である債務者及び所有者の印鑑証明書原本を提出した。これらの書証により、抵当権設定時に、債権者の主張する期限の利益喪失特約があったことが立証される。
債権者は、平成四年三月二五日付の債権者の融資渉外部副部長名義の陳述書を提出した。それによると、債権者は、抵当権設定登記を申請し、抵当証券の発行申請をした当時(昭和六三年八月から九月頃)は、抵当証券発行特約のある抵当権の設定登記において登記事項とされている弁済期及び抵当証券に記載すべき弁済期は、確定期限のみを意味し、期限の利益喪失特約は登記すべき事項や証券に記載すべき事項に含まれないと認識していたというのである。
登記簿に期限の利益喪失特約の記載がないと、これを第三者に対抗できないとする大阪高裁の決定があったのは、昭和六一年三月二七日であり(判例タイムズ六一二号五二頁)、この決定が周知されていたとすると、債権者が上記の認識をもっていたといえるかどうか問題なしとしない。しかし、他の事件から知りうる登記の状況を見ると、昭和六三年当時は、債権者以外にも、なお登記簿に期限の利益喪失特約を登記していない抵当証券会社が散見される状況にあることは、当裁判所に顕著な事実であり、この事実によって裏付けられた上記の陳述書の記載は、信用できるものと考えられる。そして、当初の契約書原本を見ると、それには登記官による登記済みの印と、抵当証券交付済みの印が押捺されているから、これらの証拠を総合して判断すると、他に債権者側の人証を取り調べないでも、債権者が、登記申請や証券発行申請に当たり、期限の利益喪失特約を記載しなかったのは、記載しないでも法律違反ではなく、また特に不都合も生じないと軽信した結果によるもので、その当時、期限の利益喪失特約が存在しなかったためではないものと認められる。
(5) 結論
以上の検討の結果によると、債務者は平成元年五月二〇日利息の支払いを怠たり、平成二年一月一一日債権者の請求を受けたので、債務者は、同日別紙の担保権・被担保債権・請求債権目録2の(1)のイからオまでに記載の元本債権について期限の利益を失ったものである。
そうすると、上記の元本債権及び上記の元本債権に対する平成二年一月一二日以降完済まで抵当証券に記載されている年一四%(年三六五日日割り計算)の割合による遅延損害金について、担保権実行としての競売を開始するべきものである。
(裁判官淺生重機)
別紙当事者目録
債権者 共同抵当証券株式会社
代表者代表取締役 慶徳哲男
代理人弁護士 高井章吾
同 尾﨑達夫
債務者兼所有者 株式会社ユニオン企画
代表者代表取締役 細谷勝雄
(但し、別紙物件目録記載3の不動産について所有者)
所有者 細谷勝雄
(但し、別紙物件目録記載1及び2の不動産について所有者)
所有者 細谷由利子
(但し、別紙物件目録記載1の不動産について所有者)
別紙担保権・被担保債権・請求債権目録
1 担保権
東京法務局大森出張所昭和六三年九月二七日作成、下記証券番号の抵当証券表示の抵当権
記
証券番号
第九五九号から第九六三号まで
2 被担保債権及び請求債権
(1) 元本 二億円
上記1の抵当証券表示の次の債権の合計額
ア 証券番号 第九五九号 一〇〇万円
イ 証券番号 第九六〇号 一〇〇万円
ウ 証券番号 第九六一号 一〇〇万円
エ 証券番号 第九六二号 一〇〇万円
オ 証券番号 第九六三号 一億九六〇〇万円
(2) 利息 一二三七万九一七八円
(1)の各債権元本に対する昭和六三年一一月二一日から平成二年一月一一日まで5.7%の利息の合計額
(3) 損害金
(1)の各債権元本に対する平成二年一月一二日から完済まで年一四%(年三六五日の日割り計算)の遅延損害金
別紙物件目録
1 所在 東京都大田区上池台四丁目
地番 六〇番一一
地目 宅地
地積 94.21平方メートル
(共有者持分四分の一細谷勝雄 持分四分の三細谷由利子)
2 所在 東京都大田区上池台四丁目
地番 六〇番一二
地目 宅地
地積 94.44平方メートル
(所有者 細谷勝雄)
3 所在 東京都大田区上池台四丁目六〇番地12.60番地一一
家屋番号 六〇番一二の一
種類 居宅 車庫
構造 木・鉄筋コンクリート造スレート葺地下一階付二階建
床面積 一階93.62平方メートル
二階82.79平方メートル
地下一階 56.43m3
(所有者 株式会社ユニオン企画)