東京地方裁判所 平成2年(ヨ)2071号 決定 1990年12月27日
債権者
広瀬隆
同
竹村英明
同
木村結
同
平井孝治
右債権者四名代理人弁護士
海渡雄一
同
鬼束忠則
同
伊東良徳
債務者
平岩外四
同
那須翔
同
池亀亮
同
加納時男
右債務者四名代理人弁護士
西迪雄
同
海老原元彦
同
向井千杉
同
富田美栄子
同
谷健太郎
主文
本件仮処分申請を却下する。
申請費用は債権者らの負担とする。
理由
第一申立
一債権者ら
本案判決の確定に至るまで、債務者らは、東京電力株式会社の設置する福島第二原子力発電所3号機について、同発電所長その他の運転員らに対して、同機原子炉の運転の継続を命じてはならない。
二債務者ら
主文と同旨。
第二当事者の主張
一申請の理由
1 被保全権利
(一) 当事者
債権者らは、いずれも東京電力株式会社(以下「本件会社」という。)の株式各一〇〇株(一単位株)を六月以上前から引き続き有する株主であり、債務者平岩外四、同那須翔及び同池亀亮は、いずれも本件会社の代表取締役、債務者加納時男は、本件会社の取締役である。
(二) 本件会社と福島第二原子力発電所3号機
本件会社は、電気事業その他の事業を目的とする株式会社(資本金約六六〇〇億円、従業員総数約三万九〇〇〇名、平成元年度の経常利益約一八〇〇億円)であって、福島県双葉郡富岡町及び楢葉町に沸騰水型原子力発電機である福島第二原子力発電所3号機(以下「本件発電機」という。)を設置し、これを運転して電気事業の用に供している。
(三) 本件発電機の原子炉の運転の停止
本件発電機は、その原子炉(以下「本件原子炉」という。)内に冷却水を強制的に循環させるために二系統の原子炉再循環系統を有しており、これらの再循環系統はそれぞれ原子炉再循環ポンプ、原子炉再循環系配管、弁及びジェットポンプで構成されている。
昭和六四年一月一日、本件原子炉の運転中、原子炉再循環ポンプの一つである再循環ポンプ(B)(以下「本件再循環ポンプ」という。)の振動が検知されて警報が発生したが、同ポンプの回転数を低下させたところ振動が警報設定値以下となったので本件原子炉の運転を継続した。しかし、同月六日、再び警報が発生し、回転数を低下させても振動が高い値で推移したため、本件会社は本件原子炉の運転停止操作を開始し、本件再循環ポンプの停止等の操作を順次進め、翌七日、本件原子炉の運転を停止した。
(四) 本件再循環ポンプの破損等
前記運転停止に引き続き、本件会社は、本件原子炉及びその付属設備(以下「本件原子炉施設」という。)について電気事業法に定める定期検査に入り、本件再循環ポンプの分解点検を行ったところ、概ね次のような損傷等が発見された。
(1) 水中軸受リングは、水中軸受本体との熔接部の全周で破断し、脱落して、大破片(全体の約五分の四)と小破片に分離し、それぞれに摩耗、衝突痕、変形等があった。
(2) 水中軸受取付ボルトは全八本のうち五本が脱落していた。また、同ボルトの座金は、水中軸受本体に熔接されている部分を残し、脱落したボルトに対応する五個が水中軸受本体への熔接部分を残して脱落していた。
(3) 羽根車主板の上面は全体的に摩耗し、外周近傍に全周にわたる貫通溝があり、外周の一部は破断、欠損していた。また、同主板下面三箇所に微小な割れがあり、同主板に熔接されている羽根車リングは摩耗により分離していた。
(4) 主軸各部には摺動痕が存在した。
(5) ケーシングの二箇所の水切り部の上部及びボリュート側壁には衝突痕、摺動痕及び肌荒れ(水切り部のものにつき深さ最大五ミリメートル、ボリュート部のものにつき深さ最大0.5ミリメートル)が、ウェアリングには摺動痕がそれぞれ存在した。
(6) ケーシングカバーには水中軸受フランジ部との接合面に肌荒れが、内面に摺動痕があり、ボルト穴は、全八箇所のうち五箇所が変形し、四箇所のキー溝全てに変形があった。
(7) ジェットポンプのノズル部にも損傷があった。
(8) 本件再循環ポンプの前記の破損により金属片・金属粉が発生して本件原子炉の各部へ流出し、現在においても、約四キログラムないし七キログラムが残留している可能性がある。
(五) 債務者らの違法な業務執行
本件原子炉は、平成二年一一月五日運転が再開され、債務者らは、その後も引き続き本件会社のための業務執行行為として、発電所長その他の運転員らに対して、同原子炉の運転の継続を命じているが、右債務者らの行為は、次のとおり法令に違反し、違法である。
(1) 電気事業法四八条一項違反
本件原子炉施設は、以下の点において電気事業法四八条に基づく「発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令」(以下「技術基準省令」という。)に定める技術基準(以下「技術基準」という。)を満たしていないから、本件原子炉の運転を命ずる債務者らの行為は同条一項に違反する。
① 本件再循環ポンプ内部の水中軸受及び水中軸受リングが本件原子炉の通常運転に伴う振動との共振現象を起こし、水中軸受を固定するボルトの座金が破断してボルトが脱落し、水中軸受本体が羽根車上に落下して本件再循環ポンプを損傷するおそれがあり、また、損傷したケーシングの交換が行われていないため、ケーシングの強度が不足し、本件原子炉の通常運転に伴う振動により破壊されるおそれがある。よって、本件再循環ポンプは、技術基準省令六条の技術基準を満たしていない。
② 本件再循環ポンプのケーシングの厚さは、技術基準省令九条に基づく告示である「発電用原子力設備に関する構造等の技術基準」(昭和五五年一〇月三〇日、通商産業省告示第五〇一号)七三条二項によれば91.3ミリメートル以上でなければならないのに、前記損傷の修理のためにグラインダで研磨されたことによりこれに満たないものとなった。よって、本件再循環ポンプは、技術基準省令九条の技術基準を満たしていない。
③ 本件再循環ポンプは、技術基準省令一六条の二にいう原子炉冷却材圧力バウンダリを構成する機器であるが、損傷したケーシングの交換が行われていないことによるケーシングの強度不足のため、同条にいう一次冷却系統に係る施設の損壊にあたる水中軸受の落下の衝撃に耐えられない。よって、本件再循環ポンプは、同条の技術基準を満たしていない。
④ 本件原子炉には、一旦使用された後保管されていた燃料体が使用されているが、この燃料体は、本件原子炉の通常運転時における圧力、温度及び放射線によって起こる最も厳しい条件において必要な物理的及び化学的性質を保持するものでない。また、その燃焼度も不明であるため、通常運転時において原子核分裂の連鎖反応を安全に持続することができない。さらに、前記の残留金属片・金属粉によって燃料体が損傷するおそれがある。よって、同燃料体は、技術基準省令一三条の技術基準を満たしておらず、さらに、本件原子炉は、技術基準省令八条の技術基準をも満たしていないことになる。
⑤ 前記の残留金属片・金属粉により、各種の計測装置の機能が喪失させられるおそれがある。よって、各種計測装置は、技術基準省令二〇条の技術基準を満たしていない。
⑥ 前記の残留金属片・金属粉により、制御棒駆動機構が作動不能となり、本件原子炉の特性に適合した速度で制御材が駆動できないおそれがあり、さらに、本件原子炉の出力の著しい上昇等によりこれを安全に運転することができなくなるおそれが生じたときに、これを確実に検出して燃料許容損傷限界を超えることなく速やかにその運転を自動的に停止することができないおそれがある。よって、本件原子炉の制御棒駆動機構は技術基準省令二四条一号の技術基準を満たしておらず、さらに、本件原子炉の原子炉自動停止装置は、技術基準省令二二条の技術基準を満たしていないことになる。
⑦ 前記①のように、水中軸受本体が羽根車上に落下することにより、強度不足のケーシングが大きく破壊されるおそれがあるが、その場合、前記の残留金属片・金属粉により適切な制御棒の挿入がなされないおそれがある。よって、本件原子炉の制御系統は、技術基準省令二三条五項の技術基準を満たしていない。
(2) 善管注意義務(商法二五四条三項、民法六四四条)ないし忠実義務(商法二五四条ノ三)違反
債務者らは、本件会社の取締役として、本件原子炉の運転の継続を命ずるにあたっては、会社に損害が生じないよう、最新の知見により、本件原子炉が最も安全な状態にあることを確認したうえでこれを行うべき善管注意義務ないし忠実義務を負っているところ、次の四点において、本件原子炉施設は安全な状態にあるとはいえないから、債務者らがこれを認識しつつ本件原子炉の運転の継続を命ずることは、取締役としての右義務に違反する。
① 本件再循環ポンプの破損の原因は、水中軸受リングの共振現象にあったのであるから、水中軸受と水中軸受リングについては、共振現象をほぼ解消できる「一体遠心鋳造型」のものを採用すべきであるにもかかわらず、経済的にも技術的にもさしたる困難がないのにこれをしていない。
② 本件再循環ポンプのケーシングは、破損の際にダメージを受け、強度不足のおそれがあるから、これを交換すべきであるにもかかわらず、経済的にも技術的にもさしたる困難がないのにこれをしていない。
③ 前記の残留金属片・金属粉は、本件原子炉施設の各部に損傷ないし機能障害を引き起こす危険があるから、全部除去すべきであるのにこれをしていない。
④ 一旦使用した燃料体の再使用は危険であるから、新燃料体を使用すべきであるのに、一旦使用した燃料体を使用しようとしている。
(六) 債務者らの行為により会社に生ずるおそれのある回復すべからざる損害
本件原子炉が環境への放射性物質の漏出事故を起こせば、周辺の住民に損害を与えることにより、本件会社は、莫大な額の損害賠償債務を負うことになることは勿論、本件原子炉施設の機器が破壊され、大量の放射性物質が漏出し、本件原子炉が使用不可能となってその閉鎖を余儀なくされたり、本件再循環ポンプが再び破損し、本件原子炉の運転を停止して修理しなければならなくなったりすれば、本件会社は、莫大な損害を被ることとなる。
2 保全の必要性
本件原子炉の運転が継続されれば、本件再循環ポンプ等の破損事故又は本件原子炉施設の機器の破壊による放射性物質の漏出事故が起き、本件会社が前記のような莫大な損害を被る蓋然性が高いから、債務者らの行為を差し止める必要がある。
二申請の理由に対する認否及び反論
1 1の(一)ないし(三)は認める。
2 1の(四)については、(8)のうち、約四キログラムないし七キログラムの金属片・金属粉が残留している可能性があるとの点は否認し、その余は認める。
3 1の(五)の前文のうち、本件原子炉の運転がその主張の日に再開され、債務者加納時男を除く債務者ら三名が、その後も引き続き本件会社のための業務執行行為として、発電所長その他の運転員らに対して、同原子炉の運転の継続を命じていることは認めるが、その余は否認する。
4 1の(五)の(1)は否認する。
本件再循環ポンプの修理、ジェットポンプの交換、制御棒駆動機構にかかる制御棒の一部交換及び本件原子炉施設の燃料関係については、電気事業法所定の工事計画の認可を受け、又は届出をなし、右各修理等の工事後に、この工事の対象となった本件再循環ポンプ等の工作物につき同法所定の通商産業大臣による使用前検査を受けて合格しており、また、本件原子炉施設については、前記運転停止後、同法四七条の通商産業大臣による定期検査に入り、既に同検査は終了し、営業運転が再開されている。
このように、本件原子炉施設については、監督官庁による所要の諸検査を経ているものであり、同法四八条違反を問題とする余地がないことは明らかである。
5 1の(五)の(2)は否認する。
本件会社は、本件事故及び本件原子炉の運転再開に関しては、通商産業省資源エネルギー庁(以下「資源エネルギー庁」という。)との連絡を緊密にし、その監督指導の下に事故原因の究明及び対策を実施してきたものであるところ、資源エネルギー庁は、通商産業大臣の諮問機関である原子力発電技術顧問会に、原子力の専門家で構成される「福島第二原子力発電所3号機調査特別委員会」を設置して、本件事故の原因及び再発防止対策等について調査検討を行ったほか、本件会社による本件再循環ポンプの修理及び金属片・金属粉の回収・洗浄作業等を踏まえ、本件事故が本件原子炉施設に与えた影響の評価及び今後の原子炉運転に関して問題がないか否かの調査検討を行った結果、本件原子炉の運転を再開しても安全上問題はないとする健全性評価を発表し、原子力安全委員会も、平成二年一〇月四日、右検討結果を妥当と認める旨の意見を表明した。債務者らは、事故再発防止対策の実施を前提として、所定の諸検査の合格、終了を確認したうえ、右資源エネルギー庁の健全性評価及び原子力安全委員会の意見に依拠して本件原子炉の運転を命じているのであるから、取締役としての善管注意義務ないし忠実義務に何ら違反するものではない。
6 2は否認する。
第三当裁判所の判断
一当事者間に争いのない事実と一件記録及び審尋の結果を総合すると、次の事実が一応認められる。
1 債権者らは、それぞれ、本件会社の株式一〇〇株(一単位株)を六月以上前から引き続き有する株主であり、債権者平岩外四、同那須翔及び同池亀亮はいずれも本件会社の代表取締役である。また、債務者加納時男は本件会社の取締役であって、取締役会により原子力本部副本部長に事務委嘱され、原子力業務部所管事項等を業務分担し、本件原子炉の運転に関しては、原子力本部長を補佐して、主に広報関係の業務に携わっているものである。
2 本件会社は、電気事業その他の事業を目的とする株式会社(資本金約六六〇〇億円、従業員総数約三万九〇〇〇名、平成元年度の経常利益約一八〇〇億円)であり、福島県双葉郡富岡町及び楢葉町に、通商産業大臣の許認可等所定の手続を経て、本件発電機(定格出力一一〇万キロワット)を設置し、昭和六〇年六月営業運転を開始した。
3 本件原子炉は沸騰水型原子炉であって、原子炉内の冷却水を強制的に循環させるために二系統の原子炉再循環系統を有しており、同系統はそれぞれ原子炉再循環ポンプ、原子炉再循環系配管、弁及びジェットポンプで構成され、このうち原子炉再循環ポンプは、立て軸単段うず巻型のポンプで、ボリュート部と称する渦巻き状の側壁を有するケーシングの内部に設置された五枚の案内羽根を持つ羽根車を、上部に直結されたモータの駆動力で回転させて、ポンプ下部の吸込口から冷却水を吸入し、ケーシング内二箇所の水切り部からボリュート部を経て吐出口に導いて高圧の吐出水を得る構造のものであって、ポンプ内部には、モータの駆動力を羽根車に伝達する主軸及び羽根車の横振れを抑制するために水中軸受が設けられ、同軸受はケーシング上部のケーシングカバーに八本のボルトで取り付けられていて、各ボルトには回り止めのため一部が水中軸受本体に熔接された座金が設けられており、水中軸受の下部には、ポンプ内の旋回流による影響をなくすための仕切板として、直径約一メートルの水中軸受リングが水中軸受本体に熔接されている。
なお、ケーシング、ケーシングカバー、羽根車、主軸、水中軸受本体及び同リングはいずれもステンレス鋼製であり、吸込口部分及び吐出口部分以外のケーシングの厚さの最小値は設計上九二ミリメートルとされ、ケーシング及びケーシングカバーは原子炉冷却材圧力バウンダリを構成している。
4 昭和六四年一月一日、本件原子炉を出力一〇三万キロワットで運転中、本件再循環ポンプの振動が増大して警報が発生し、同ポンプの回転数を下げて振動を警報発生値未満に低下させて運転を継続したところ、同月六日、再度振動が増大して警報が発生し、さらに同ポンプの回転数を下げたが振動が低下しなかったため、本件会社は、本件原子炉の停止操作を開始し、本件再循環ポンプも停止して、翌七日、本件原子炉を停止させるとともに、本件原子炉施設について電気事業法四七条に規定する定期検査を行うこととし、同月二三日までに、本件再循環ポンプ内部に水中軸受リング及び羽根車等の損傷があることが確認されるに至った(以下、この本件再循環ポンプに係る事故を「本件事故」という。)。
5 その後、本件事故により、本件原子炉施設の機器等に発生した主な損傷等は次のようなものであることが判明した。すなわち、①本件再循環ポンプ内の水中軸受リングは水中軸受本体との熔接部の全周で破断し、脱落して、大破片(全体の約五分の四)と小破片とに分離し、それぞれ摩耗・衝突痕等が存する状態であり、水中軸受本体には摺動痕が存し、これをケーシングカバーに取り付けるボルトのうちの五本が脱落し、それに対応する座金五個が水中軸受本体への熔接部分を残して脱落し、ボルトが脱落したうちの二箇所及びボルトの残存する三箇所のボルト穴及び四箇所あるキー溝すべてに変形等が存する状態であり、②羽根車主板の上面は全面的に摩耗し、外周近傍に全周にわたる貫通溝があり、外周の一部が破断・欠損し、主板上部に熔接されている羽根車リングが摩耗により分離している状態であり、③主軸各部にも摺動痕が存する状態であり、④ケーシングはボリュート部側壁に一部肌荒れ・衝突痕・摺動痕(最大深さ0.5ミリメートル)があり、二箇所ある水切り部に各衝突痕(最大深さ五ミリメートル)、ケーシングと羽根車下部との近接部分にあたるウェアリングに摺動痕が、それぞれ存する状態であり、⑤ケーシングカバーは内面に摺動痕及び水中軸受本体との接合面に肌荒れがあり、水中軸受本体の損傷と対応して水中軸受取付ボルトが脱落したうちの二箇所及びボルトの残存する三箇所のボルト穴並びに四箇所あるキー溝すべてに変形等が存する状態であるなど、さまざまな損傷が発生していること、そして、右脱落した五本のボルト、座金及びその破片、右羽根車の破片並びに羽根車等の摩耗により生じた相当量の金属片及び金属粉が、冷却水中に流出し、原子炉圧力容器、燃料集合体等に分布していることが判明した。
6 ところで、本件会社は、資源エネルギー庁に対し、昭和六四年一月五日に同月一日の本件再循環ポンプの振動発生の報告を、同月六日に同日の本件再循環ポンプの振動状況及び本件原子炉を停止する旨の報告を、同月二三日(平成元年)には本件再循環ポンプ内の水中軸受及び羽根車等の損傷の報告を、同年二月一日に事故の状況及びそれに対する処置に関する報告を、同月二一日に事故の詳報をそれぞれ行う一方、同年一月三〇日には事故実態の調査、設備技術面からの原因究明及び再発防止対策の検討等を行うために原子力本部内の関係者で構成する「福島第二3号機事故対策特別チーム」を編成して調査検討を始め、同年三月一日には事故の全容把握、経営各面の諸問題の摘出及び今後の対応策検討等のため社長、副社長及び常務取締役で構成する「福島第二原子力事故対策緊急経営会議」を設置して調査検討を開始し、さらに、同月中に全原子力発電所の設備技術面の安全対策の総点検等のための「原子力安全対策総点検チーム」及び原子力発電所の安全運転管理体制の全般的点検のための「原子力安全管理体制特別諮問委員会」を各設置するなどして、本件事故に対応することとなった。
7 他方、本件会社からの右事故の報告を受けて、資源エネルギー庁は、平成元年三月一日に事故原因の究明及び再発防止対策の確立等を図るため関係各課の職員で構成する作業グループを設置して調査検討を始め、同月一七日にはより専門的、技術的立場から詳細な検討を行うため通商産業大臣の諮問機関である原子力発電技術顧問会の中に、原子力工学、機械工学等の専門分野に関する学識経験を有する原子力発電技術顧問二一名で構成する「福島第二原子力発電所3号機調査特別委員会」を設置して、調査と審議を開始することとなった。そして、資源エネルギー庁は、右調査特別委員会による七回にわたる現地調査、工場調査と一四回の会合の結果を踏まえつつ、右作業グループによる調査を進め、平成二年二月二二日に、本件再循環ポンプの損傷原因、事故発生時の対応状況等に関する調査結果及び再発防止対策をとりまとめて「東京電力(株)福島第二原子力発電所3号機の原子炉再循環ポンプ損傷事象について(原因と対策に関する調査結果)」を発表するとともに、資源エネルギー庁長官から本件会社に対し、後記(二)の①ないし④の再発防止対策について実施するよう指示がなされた。同調査結果は概ね次のとおりである。
(一) まず、本件事故の原因について、①本件再循環ポンプ内の水中軸受リングの上下面間に、羽根車の回転に伴って冷却水の変動差圧が生じており、その特定の周波数が水中軸受リングの固有振動数とほぼ一致して、水中軸受リングに比較的高い変動応力を発生させているところに、②水中軸受リングと水中軸受本体とのすみ肉熔接部に溶込み不足があり、これにより過大な応力集中が生ずる状態となっていたことから、水中軸受リングが疲労破断して一体脱落し、その後、羽根車の回転力が水中軸受本体に加わり、座金が疲労破断して、三本のボルトがまず脱落し、その後残ったボルト及びキー溝が変形して、さらに二本のボルトが脱落するに至ったものと分析し、本件事故は、当初の振動警報の発生時点で直ちに本件再循環ポンプを停止していれば、少なくとも大量の金属粉等の原子炉圧力容器内への流入という事態は避けえたものと考えられ、事故の進展・拡大を許した運転管理上の要因が重要な問題点であると指摘した。
(二) その上で、再発防止対策として、①原子炉再循環ポンプの水中軸受の改善、②運転マニュアルの見直し、③異常徴候に対する対応強化、④安全管理の徹底の四点を挙げ、特に水中軸受の改善に関しては、軸受リングを本体にすみ肉熔接した事故前のものでは強度上必ずしも十分な余裕がなく、熔接後の検査が困難な形状であるので、これを強度上十分な余裕があり、検査により熔接不良を検知しうる完全溶込み熔接型又は熔接部を有しない一体遠心鋳造型の軸受に取り替える必要があるとし、この両型の軸受の場合には、いずれも推定される変動応力に対して、疲労限度は十分に余裕を持っているとの評価を示した。
8 本件会社は、次の(一)ないし(四)のとおり、流出した部品、金属片及び金属粉の洗浄、回収作業を行うほか、各部品の取替又は修理を行うなど、資源エネルギー庁が指摘した再発防止対策を実施し、その結果等について、資源エネルギー庁に対し、平成二年四月一七日には、「福島第二原子力発電所3号機原子炉再循環ポンプ損傷事象に伴う流出部品及び金属粉等の回収結果報告書」及び「福島第二原子力発電所3号機原子炉再循環ポンプ損傷事象に係わる再発防止対策について」をもって、また、同年一〇月二日には、「福島第二原子力発電所3号機原子炉再循環ポンプ損傷事象に係わる再発防止対策の実施状況について」をもって、それぞれ報告した。
(一) まず、本件原子炉の二つの再循環ポンプの水中軸受を完全溶込み熔接型に取り替え、本件再循環ポンプの回転体、ウェアリング及びケーシングカバー等を新品に取り替え、接触跡が認められたジェットポンプインレットミキサについても取替えを実施した。
また、本件再循環ポンプのケーシングは修理して再使用することとし、ボリュート部等の衝突痕等を研磨して滑らかに整形する修理を行い、その後、検査可能な範囲で深さ三〇ミリメートルの超音波探傷検査を行ったほか、放射線透過検査、内側表面の浸透探傷検査を行ったが、いずれも欠陥は検出されず、また、同修理後の吸込口部分及び吐出口部分以外の厚さの最小値は、実測値で一〇五ミリメートルであることが確認された。
(二) 次に、冷却水中に流出した水中軸受取付ボルト、座金及び羽根車の破片は、座金の小破片の一部数グラム分を除き、ジェットポンプノズル及び再循環系配管の内部等から回収され、また、羽根車等の摩耗により生じた金属片及び金属粉については、洗浄前の予備調査において約一八〇個、合計約一一〇グラムの金属片が回収されたほか、原子炉圧力容器内、再循環系統内及び燃料集合体等を洗浄することにより回収作業が実施された。右洗浄により回収された量は、金属片及び金属粉と鉄さびを合わせて合計約六二キログラムであった。
(三) さらに、本件会社は、原子炉再循環ポンプの振動警報発生時には振動の原因が地震又は計器の誤動作であることを特定できない限り、直ちにポンプを停止する等と運転マニュアルを改訂し、また、ポンプの振動計の信号を解析処理する診断装置、ポンプ運転音のモニタ装置及び原子炉圧力容器内の自走式監視装置を設備するなど、異常徴候に対する対応体制等の強化等の対策を実施したほか、安全管理の徹底と安全意識の向上を全社的に推進するための措置を講じた。
(四) なお、本件原子炉施設においては、通常、電気事業法所定の定期検査の際に行われると同様に、制御棒駆動機構を構成する一部制御棒の取替えがなされ、運転再開のための炉心は、本件事故時の燃料体を使用することなく、新しい燃料体と従前使用された照射済燃料体で燃料体プールに保管してあったものとで構成することとした。
9 本件会社から、流出部品、金属粉等の回収結果の報告を受けて、資源エネルギー庁は、引き続き前記調査特別委員会の審議を踏まえながら、本件事故が本件原子炉施設に与えた影響の評価及び今後の原子炉運転に関して問題がないか否かの調査を行い、平成二年七月五日には、結論としては、今後の本件原子炉施設の運転にあたって、安全上問題となる事項は認められないとの健全性に関する調査結果をとりまとめ、「東京電力(株)福島第二原子力発電所3号機の原子炉再循環ポンプ損傷事象について(健全性評価結果)」を公表した。同調査結果は概ね次のとおりである。
(一) まず、本件事故の際の振動等又は流出部分・金属粉等の流入が本件原子炉施設各部に及ぼした影響について、点検・検査等の結果、前記取り替えられる部品以外の機器・燃料等は、異常が認められないか、接触痕等が認められるものの健全性に影響がないとし、このうち、本件再循環ポンプのケーシングについては、衝突痕等の箇所は、浸透探傷検査及び応力評価等の結果、ケーシングの強度に影響を及ぼさないとし、また、寸法検査の結果、ケーシング各部は設計寸法を満足しており、変形がないとして、前記修理後のケーシングの健全性を認めた。
(二) 次に、前記洗浄・回収作業後に原子炉圧力容器及び系統配管等に残存している可能性のある金属片及び残存している金属粉の量及び大きさにつき、摩耗の認められる各機器等の摩耗形状及び設計寸法などを基礎に誤差要因をも考慮して金属片及び金属粉の発生量を推定したうえ、洗浄、回収作業、回収量の評価、洗浄後の分布状況調査、目視検査の結果等を踏まえて、残存している可能性のある金属片の個数は四個(長さの最大値42.4ミリメートル、幅の最大値9.4ミリメートル、厚さの最大値2.0ミリメートル、重量の最大値1.6グラム)、残存している金属粉の量は最大四七グラム等と各想定し、これが各種機器及び燃料に対して、衝突、かみ込み、閉塞、フレッティング又は付着の各態様でその強度又は機能に影響を及ぼすかどうかを検討し、いずれも、その発生の可能性が極めて小さいか、その可能性が考えられるものの安全性に影響を及ぼさないものであるとし、このうち制御棒駆動機構については、模擬試験の実施結果によれば、機構内でのかみ込みは生じず、仮に金属片がかみ込んだ状態等でも動作機能への影響がないことが確認されたとし、また、燃料については、燃料被覆管に金属片及び金属粉の衝突、フレッティング又は付着が発生した場合等を仮定した模擬試験及び解析評価実施結果から、被覆管損傷の可能性が小さく、強度に影響を及ぼさないと評価した。
10 資源エネルギー庁の右健全性評価結果の報告を受けて、原子力安全委員会は、同委員会に置かれた原子炉安全専門審査会に「東京電力株式会社福島第二原子力発電所3号炉の原子炉再循環ポンプ損傷事象について」の調査審議を指示し、これに基づき、同審査会発電用炉部会(原子炉工学、材料強度機構学、機械工学等の専門分野における学識経験者二二名で構成)は、資源エネルギー庁が行った右健全性評価結果の妥当性について調査審議を行い、本件原子炉施設等の現地調査も実施したうえ、平成二年一〇月三日、同健全性評価は妥当なものであり、本件原子炉施設の機器等の健全性は、改良された水中軸受を含め、安全性確保上支障がないとの結論を得て、右専門審査会会長に報告し、原子力安全委員会はこれを検討した結果、同月四日、委員会として、資源エネルギー庁の健全性評価結果の内容は妥当であるとの見解を公表するに至った。同発電用炉部会の報告は概ね次のとおりである。
(一) まず、再発防止対策が講じられた水中軸受について、前記7の資源エネルギー庁の調査結果に示された本件事故の水中軸受損傷の原因及び事故の進展に関する見解は首肯しうるとし、改良された完全溶込み熔接型軸受は、損傷したものとほぼ同様の軸受リングの共振現象は起こりうるものの、これを考慮しても応力は疲労限度に対して十分な余裕を持つとの同庁の解析結果は信頼でき、熔接後の検査も十分に行えるから、この改良策は再発防止対策として妥当なものと判断した。
(二) 次に、本件事故時に衝突、振動等の影響を受けた機器等の健全性について検討を加え、このうち、ケーシングについては、前記浸透探傷検査及び超音波探傷検査の結果等からみて衝突によって内部に欠陥が生じている可能性は極めて低いし、疲労強度に対する衝突の影響も有意なものではなく、また、衝突痕等を残存肉厚が設計所要肉厚を満足する範囲で研磨修理を施すことでケーシングの健全性に影響を与えることはないとし、その他配管及び支持構造物についても健全性が損なわれたことはないと判断した。
(三) そして、想定される残存金属片及び金属粉によって影響を受けるおそれのある機器等について、健全性評価の前提となる金属片及び金属粉の残存量等についての資源エネルギー庁の想定は保守的なものであり、妥当であって、これらが運転再開にあたり炉心を構成する燃料(本件事故発生前から使用済燃料プールに保管されていた燃料の一部と新燃料)及び各種機器等に与える影響はいずれもその可能性が極めて低いか、若しくは軽微でかつ進展性がなく、安全上特に支障となるものではないと判断した。
11 本件会社は、本件原子炉の運転再開に向けて本件原子炉施設にかかる前記修理等につき、次のように、法定の届出をし、許可等を受けた。
(一) 平成元年七月一二日、電気事業法四二条一項の規定に基づき、通商産業大臣に対し、本件原子炉のジェットポンプ取替え工事計画を届け出、その後、同法四三条一項の規定に基づく使用前検査を受け、平成二年一二月二〇日までに同検査に合格した。
(二) 平成二年一月五日、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律二六条に基づき、通商産業大臣より新燃料の採用に係る原子炉設置変更許可を得、次いで、同条二項の規定に基づき、原子炉に燃料として使用する核燃料物質の種類及びその年間予定使用量の変更を届け出るとともに、放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律一〇条に基づき、科学技術庁長官より、放射性同位元素等の使用変更の許可を得、さらに、同年八月一〇日、電気事業法四一条一項の規定に基づき、通商産業大臣より、本件原子炉の新燃料の採用に係る工事計画の認可を得たうえ、その後、同法四三条一項の規定に基づく使用前検査を受け、同年一二月二〇日までに、各工程における検査に合格した。
(三) 平成二年四月一八日、電気事業法四二条一項の規定に基づき、通商産業大臣に対し、本件原子炉の冷却材再循環ポンプの修理に係る工事計画を届け出、その後、同法四三条一項に基づく使用前検査を受け、同年一二月二〇日までに、各工程における検査に合格した。
(四) そのほか、電気事業法四二条一項の規定に基づき、通商産業大臣に対し、本件原子炉の制御棒駆動機構の修理にかかる工事計画を届け出、その後、同法四三条一項の規定に基づく使用前検査を受け、平成二年一二月二〇日までに、各工程における検査に合格した。
12 本件会社は、昭和六四年一月七日、電気事業法四七条の規定に基づき、本件原子炉施設について、通商産業大臣が行う定期検査を受けることとした。定期検査の対象は、蒸気タービン、原子炉本体、原子炉冷却系統設備、計測制御系統設備、燃料設備、放射線管理設備、廃棄設備、原子炉格納施設、補助ボイラー及び非常用予備発電装置とされ(同法施行規則五三条、五五条)、原子炉停止後、原子炉内の燃料を取り出し、引き続き制御棒駆動機構を取り出すなどして、各設備の分解点検及び計器較正等を行い、各設備を構成する各種機器等ごとに機器単独での機能確認、系統全体での機能確認を進め、さらに、元の状態に組立復旧して、調整運転と称する原子炉の運転及び発電を開始し、この運転中にも各種検査を行い、調整運転の最終段階において原子炉及び蒸気タービンを定格出力で連続運転して各設備の運転状態を検査する総合負荷性能検査及び蒸気タービン性能検査を行って定期検査を終了し、引き続き営業運転が開始されることとなるところ、本件原子炉施設は、平成二年一一月五日までに右調整運転開始に先立つ諸検査を終了して、同日、調整運転を開始し、同年一二月二〇日までに調整運転における諸検査、総合負荷性能検査及び蒸気タービン性能検査を終了して、同日、すべての定期検査を終えて営業運転を開始することとなった。
二以上の認定事実に基づいて、本件申請の当否について判断する。
1 債権者らの本件申請は、債務者らに対し商法二七二条に基づき本件原子炉の運転の継続を命ずる行為の差止めを求めるものであるところ、前記認定のとおり、債務者らのうち加納時男は、本件会社の代表権を有しない取締役であって、原子力副本部長として、本件原子炉の運転に関しては主に広報関係の業務を担当しているに過ぎないのであり、同人が特に本件原子炉の運転の継続を命ずる業務執行を行う権限を有していると認めるに足りる疎明資料はないから、同人に対する本件申請は、その余の点につき判断するまでもなく失当であり、却下されるべきである。
そこで、債務者加納時男を除くその余の債務者ら(いずれも代表取締役)(以下「債務者ら」という。)について、同人らが本件原子炉の運転の継続を命ずる行為が、法令に違反するか否かについて検討する。
2 まず、電気事業法四八条違反の点について検討するに、債権者らは、本件原子炉施設が技術基準に適合していないことを理由に、債務者らが本件原子炉の運転の継続を命ずることは電気事業法四八条一項に違反する旨主張する。しかしながら、同条項は、電気事業者に対し、電気事業の用に供する電気工作物を技術基準に適合するように維持することを義務づけたものに過ぎず、電気工作物の使用を直接に規制するものでないことは文理上明らかであり、通商産業大臣による技術基準適合命令について定めた同法四九条が、その適合命令の内容として当該電気工作物の修理、改造、移転、使用の一時停止又は使用の制限を挙げ、電気工作物が技術基準に適合しない場合であっても、必ずしも当然にその使用を禁止していないことから考えても、同法四八条一項の規定は、電気工作物が技術基準に適合しない場合に、その使用をしてはならないことまでを義務づけている趣旨と解することはできない。そうすると、本件原子炉の運転を継続すること自体が電気事業法四八条一項に違反することを理由に、その運転継続を命ずる業務執行を違法としてその差止めを求める債権者らの主張は、その前提を欠き、本件原子炉施設に技術基準に適合しない状態があるかどうかにかかわらず失当というべきである。
もっとも、技術基準は、電気工作物が人体に危害を及ぼし又は物件に損傷を与えないようにすること等を目的とするものであること(電気事業法四八条二項)に鑑みれば、本件原子炉の運転の継続を命ずるにあたって後記のような善管注意義務ないし忠実義務を負う代表取締役として、債務者らは、その業務の執行に際し、本件原子炉施設に技術基準に適合しないところがないかどうかについても留意し、技術基準に適合するようにこれを維持すべき注意義務を本件会社に対して負っているものというべきであり、本件における債権者らの前記主張も、債務者らの右義務違反に関する主張を含んでいると解することもできるので、以下、この点について検討することとする。
本件会社は、事故に伴う機器等の修理、取替え等については、法令に基づく諸手続を経て実施しており、本件原子炉施設の燃料関係、本件再循環ポンプ修理関係(水中軸受自体は工事計画の対象外)及び制御棒駆動機構修理関係について、電気事業法所定の工事計画の認可を受け、又は届出をして、それらの工事をした工作物につき同法所定の使用前検査を受けて、すべて合格していること、また、本件原子炉施設については、事故後、電気事業法所定の定期検査に入り原子炉冷却系統設備、計測制御系統設備及び燃料設備等を含む定期検査を受け終わっていることは、既に認定したとおりである。そして、電気事業法の規定によれば、右工事計画の認可ないし届出の際に技術基準適合性が判断されることはもとより(四一条三項二号、四二条四項)、使用前検査においても、当該電気工作物が技術基準に適合しないものでないことが合格の要件とされていること(四三条二項二号)、また、定期検査は電気工作物の保安確保のために定期的に実施されるものであり、同検査により技術基準に適合しないと認められたときは、同法四九条による技術基準適合命令が発せられることとなっていることからすると、前記のとおり、工事計画の認可、届出を経て使用前検査に合格し、また定期検査が終了したことは、通商産業大臣においてそれらの対象となった機器等について技術基準に適合しないものではないと判断されたものということができるのであり、前記のとおり、本件において実施された諸検査は債権者らが技術基準に適合しないと主張する機器等の全部について実施されていることが認められる(右認定を覆すに足りる疎明資料はない。)。
しかして、原子炉施設が技術基準に適合しているかどうかの判断は、その性質上、専門的、技術的な知識等を必要とするものであるところ、代表取締役たる債務者らにおいて、必ずしも必要とされる知識等の全般にわたってこれを有するとはいえないし、まして大規模で複雑な本件原子炉施設の維持管理等のすべての具体的な状況を逐一確認、監視することは実際上困難であるといわざるをえないことからすれば、本件のように、原子炉施設について通商産業大臣による所要の諸検査が実施され、全検査の終了、合格が確認されたうえで原子炉が運転される場合においては、債務者らが、右諸検査の終了、合格という結果を信頼して、本件原子炉施設に技術基準に適合しない状態はないと判断して原子炉の運転の継続を命ずることは、代表取締役として会社に対する善管注意義務ないし忠実義務に違反するものではないというべきである。債権者らが本件原子炉施設に技術基準に適合しない状態があるとしてるる主張するところは、結局のところ、修理後の本件原子炉施設の健全性に対する疑問・評価に基づくものであり、既に認定したところからすれば、通商産業大臣は、本件事故後に本件原子炉施設に施された再発防止対策、修理等並びに金属片及び金属粉の残存等に関する事実関係を了知したうえで右各検査等を行っていたということができるのであって、右のような債権者らの疑問・評価の存在は、前示判断を左右するものではない。
3 次に、債務者らの善管注意義務ないし忠実義務違反の点について検討する。
債権者らの主張は、要するに、本件原子炉施設につき、①再循環ポンプの水中軸受を完全溶込み熔接型に取り替えても水中軸受リングの共振現象による同ポンプの損傷による事故発生の危険が、②修理を施した本件再循環ポンプのケーシングの強度不足による事故発生の危険が、③残存している金属片及び金属粉による種々の事故発生の危険が、④一旦使用し、その燃焼度が不明の燃料体による事故発生の危険が、それぞれ存し、これらの危険は、①水中軸受を一体遠心鋳造型に取り替えること、②新品のケーシングに取り替えること、③金属片及び金属粉を全部除去すること、④すべて新しい燃料体を使用することで回避できるにもかかわらず、本件会社の代表取締役たる債務者らが、これらの措置を講じないまま本件原子炉の運転の継続を命ずることは、代表取締役の善管注意義務ないし忠実義務に違反するというものである。
確かに、代表取締役は、会社の業務を執行するにあたっては、商法二五四条三項、民法六四四条、商法二五四条ノ三により、善良なる管理者の注意義務ないしは会社のために忠実に職務を遂行する義務を負い、右義務を怠り会社に損失を与えてはならないというべきであるところ、原子炉施設に環境への放射性物質の漏出をもたらすような事故等が発生すれば会社に莫大な損失を及ぼすことに鑑みれば、殊に本件のように事故が発生し一旦停止した原子炉の運転を再開し、その継続を命じようとするにあたっては、本件事故による本件原子炉施設の損傷状況、事故後に機器等に施された修理等に関する諸事実を基礎として、修理後の本件原子炉施設の健全性及び事故再発防止対策の有効性についての慎重な検討を行い、これに基づいて業務執行することが、代表取締役として尽くすべき善管注意義務ないし忠実義務の具体的内容をなすというべきである。もっとも、右のような原子炉施設の健全性等についての判断は、特殊な専門領域における科学的、専門的、技術的な知識、経験を必要とするものであり、債務者ら自身が必ずしも必要とされる知識、経験の全般にわたってこれを有するとはいえないから、債務者らとして右善管注意義務ないし忠実義務を尽くしたというためには、社内の専門的知見を有する者らの報告、情報、意見や社外の信頼するに足りる専門家ないし専門機関の判断、見解、更には監督官庁の指導などを踏まえつつ、それらの意見等を尊重し、これに依拠して業務を執行することが必要であり、かつ、それらの意見等を信頼して業務の執行にあたる場合には、特段の事情のない限り、代表取締役としての会社に対する前記各義務は尽くされていると解するのが相当である。
これを本件についてみるに、本件会社においては、先に認定したように、本件事故の発生した当初から、監督官庁である資源エネルギー庁に逐次報告を行い、その指導監督を受けながら、事故原因の究明、再発防止対策及び運転再開のための修理等を行い、さらに所定の使用前検査に合格し、定期検査を終了したことに加え、資源エネルギー庁及び原子力安全委員会によって、本件原子炉施設につき、再循環ポンプに施された再発防止対策の有効性、本件再循環ポンプの修理後のケーシングの健全性、残存金属片及び金属粉が影響を及ぼしうる燃料及び機器等の健全性がそれぞれ肯認されたのを受けて、本件原子炉の運転を再開し、これを継続しているものであるところ、①資源エネルギー庁は、本件事故を重視し、事故発生直後から事故原因、再発防止対策などの調査検討に着手し、その結果について公表するとともに、本件会社に対し必要な対策を講ずべきことを指示、指導するなど監督官庁として終始積極的に対応してきたこと、②そのような同庁の再発防止対策の有効性及び機器等の健全性についての検討は、専門的、技術的な学識経験を有する原子力発電技術顧問の意見を踏まえてなされたものであり、その結果は監督官庁としての公正な立場に基づく客観的な見解といえること、また、③原子力安全委員会は、原子力利用に関する行政の民主的な運営を図るため総理府に置かれた委員会であり、主に安全確保に関する事項について審議、決定等を行う責務を有するものであって(原子力委員会及び原子力安全委員会設置法一条、一三条)、同委員会の見解は、学識経験者等から成る原子炉安全専門審査会の発電用炉部会において調査審議され、同委員会からも検討を加えた結果であること、などに照らすと、債務者らが、右資源エネルギー庁及び原子力安全委員会の検討結果を信頼して、本件原子炉の運転の継続を命ずることは、債務者らにおいて、右資源エネルギー庁及び原子力安全委員会に対し重要な情報を秘匿したとか、右検討結果が基礎としている重要な事実と異なる事実が存在していることを知っているとかの特段の事情がない限り、代表取締役としての善管注意義務ないし忠実義務に違反する業務執行ということはできないというべきであり、本件において右特段の事情の存在を認めるに足りる疎明資料はない。債権者らは、本件再循環ポンプの設計自体に起因する共振現象を取り除かない限り、熔接部分の強度を増しても事故発生の危険があるなど、本件原子炉施設の安全性に対する疑問をるる主張するが、それらの点は、いずれも資源エネルギー庁及び原子力安全委員会の検討において考慮の対象となっている事柄であり、科学的な推論に関して見解を異にする右のような意見が存在することは、債務者らに会社に対する善管注意義務ないし忠実義務違反がないとした前示判断を何ら左右するものではない。
三以上のとおり、債権者らの本件申請は被保全権利について疎明がないというべきであり、保証を立てさせて疎明にかえることは相当でないから、本件申請を却下することとし、申請費用につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官佐藤久夫 裁判官白井幸夫 裁判官垣内正)