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東京地方裁判所 平成2年(ワ)10127号 判決 1992年2月24日

主文

一  被告は、原告らに対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

二  被告は、原告らに対し、平成二年八月一三日から右建物明渡済みまで一か月一五万円の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の第一事件請求を棄却する。

四  被告の第二事件請求を棄却する。

五  訴訟費用は、両事件を通じて全部被告の負担とする。

六  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  第一事件について

一  請求原因について

1  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

2  同2(一)の事実(本件時間貸し)は当事者間に争いがなく、《証拠略》によれば、被告が本件時間貸しをした各借主は、自らバレエ、タップダンス、ヨガ、太極拳等の教室を開いて生徒を募集し、独自のカリキュラムに基づいて授業を行い、所定の授業料を徴収していたもので、被告はこれに全く関与していなかつたこと、被告は、各借主との間において賃貸借契約証書を取り交わしていたが、それには、賃貸日時として毎週の特定の曜日、開始及び終了時間、一時間当たりの賃貸料、賃貸料の支払方法、契約金及び解約手続等についての具体的な約定が記載されており、現実に右約定に従つて賃貸借が行われていたこと、本件時間貸しを受けていた各借主は、当該時間帯は、被告から預かり放しの複製の鍵を使つて本件建物に自由に出入りして使用し、その間、被告や被告の関係者が立ち会うようなことはなかつたことが認められる。右事実によると、各借主は、当該曜日の時間帯は継続的に本件建物を独立して使用収益していたものと認められるから、本件時間貸しが民法六一二条にいう転貸に当たることは明らかであり、被告の主張は理由がない。

3  請求原因3のうち、原告らが、平成二年七月、被告に対し、同月末日をもつて本件賃貸借契約を解除する旨の意志表示をしたことは当事者間に争いがなく、《証拠略》によれば、同3のその余の事実が認められる。

二  抗弁について

1  抗弁1(黙示の承諾)について

《証拠略》によれば、本件賃貸借契約に当たつては、被告はダンス教室以外の営業を行つてはならない旨を約束したが、貸しスタジオに関しては全く協議がされなかつたこと、本件建物の入口には被告が看板を掲げており、右看板中には「スタジオ貸します」という文字が表示されているが(いつから表示されていたかはともかくとする。)、右文字は、隅の方に極めて小さく表示されているにすぎず、それなりに注意して見なければ気付かないようなものであつたこと、かえつて原告らが被告による時間貸しの事実を知つたのは平成二年六月ころのことであつたことが認められ、他に、原告らが本件のような時間貸しがされていることを以前から知つていたことを認めるに足りる証拠はない。

そうとすると、本件時間貸しについて黙示の承諾があつたということができないから、被告の右主張は理由がない。

2  抗弁2(背信性を認めるに足りない特段の事情)について

《証拠略》によれば、被告主張の(一)ないし(五)の各事実が認められる(なお、(六)及び(七)は、本件解除の意思表示後の事情であるから、後記の権利の濫用についての判断では斟酌するにしても、ここでは斟酌の限りではない。)。

しかしながら、本件建物の賃貸借において、転借人(各借主)が独立に使用収益して賃借人(被告)の支配が及ばない時間帯が継続的に少なくとも毎週二〇時間あるというのは、信頼関係を基本とする賃貸借契約の利用関係に重要な影響を及ぼすものであつて、賃貸人(原告ら)による本件建物の維持管理上も軽視することができない事情の変更であるといわざるを得ない。

これに加えて、《証拠略》によれば、原告らは、被告が離婚して一人でダンス教室を主宰して頑張つていることに同情し、賃料も前記のとおり長期間にわたつて一か月一五万円のまま据え置き、水道料も請求しないなどの便宜を図つてきたこと、ところが、被告は、原告らに何ら報告も相談もすることなく、本件時間貸しをして、右賃料をはるかに超える一か月二十数万円の転貸料を取得してきたことが認められ、これらの諸事情を考慮すると、本件時間貸しについて背信性を認めるに足りない特段の事情があるとは認められないから、被告の右主張は理由がない。

3  抗弁3(解除権の消滅)について

被告は、解除権の消滅を主張するが、解除権が行使された後の事情でもつて解除権の消滅をいうことができないことは明らかであるから、被告の右主張は理由がない。

4  抗弁4(権利の濫用)について

《証拠略》によれば、原告らの長男幸昭が、平成二年三月ころ、被告に対し、本件建物を含むビルの建替えの話をしたことが認められるが、しかし、被告主張のように原告らが右建替えのために被告に明渡しを求めているとは認められず、かえつて、《証拠略》によれば、原告らは、本件訴訟の和解手続中において、被告が今後本件のような時間貸しをしないと約束するのであれば、引き続き本件建物を賃貸してもよい旨を明らかにしていたことからも窺われるとおり、原告らは少なくとも当面は建替えを予定していないこと、幸昭の右言動は原告らには無断でされたものであること、被告は、右和解手続において、最終的には、自身が主宰するダンス教室だけでは生業として成り立たないこともあるので今後とも本件のような時間貸しは続けたいという希望を表明し、最近になつて新しく掲げた看板にも「スタジオ貸します」という表示をしていることが認められる。

他に、本件全証拠を検討してみても、原告らが被告に対し本件建物の明渡しを求めることが権利の濫用に当たるとすべき事情は存しないから、被告の右主張は理由がない。

三  以上によれば、平成二年七月三一日限りで本件賃貸借契約は終了し、被告は、同年八月一日から本件建物を明け渡す義務を負担しているというべきである。

ところで、原告らは、平成二年八月一日から本件建物の明渡済みまで一か月一五万円の割合による賃料相当損害金の支払を求めている。

そこで検討するに、《証拠略》によれば、原告清宮武明は、平成二年七月三一日から同年八月一日にかけて、被告に無断で本件建物内に侵入し、本件建物の出入口の鍵を掛け替え、被告が本件建物に出入りできないようにしてしまつたこと、右の状態は同月一二日まで続いたことが認められる。そうすると、平成二年八月一日から同月一二日までは、本件建物の占有は被告ではなく原告清宮武明が有していたものといえる。ところで、建物の明渡義務の履行遅滞による損害は、その間建物を使用できないことによるものであるところ、本件では、平成二年八月一日から同月一二日までは、本件建物の占有は被告ではなく原告清宮武明が有しており、原告らは客観的には本件建物を使用することができる状態にあつたのであるから、原告らには履行遅滞による損害は発生していないものというべきである。

よつて、原告らの右請求のうち、平成二年八月一日から同月一二日まで一か月一五万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める部分の請求は理由がない。

四  以上によれば、原告らの請求は平成二年八月一日から同月一二日まで一か月一五万円の割合による金員の支払を求める部分を除き理由がある。

第二  第二事件について

一  請求原因について

1  請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2(一)  同4(一)(1)について、被告は、被告の信用が害されたと主張するが、原告清宮武明が本件のような内容の貼紙をしたことによつて直ちに被告の信用が害されたとは認められない。

次に、同4(一)(2)についてみるに、前記諸事情を考慮すると、たとえ被告がレッスンの予定時間に本件建物の前で、通つてきた生徒にレッスンができないことを伝えなければならなかつた等の事実があつたとしても、そのことによつて、被告が損害賠償に値するほどの精神的苦痛を被つたとはいえない。

(二)  同4(二)(1)についてみるに、《証拠略》によれば、原告清宮武明は、平成二年八月九日に、丁原から私物を持ち出したいので鍵を開けてほしいという要請を受けた際、被告が了解することを前提にこれを承諾したこと、ところが、被告は、所轄警察署員から「大家さんのほうが鍵を開けてまた閉めるということは、大家さんに鍵の権限があるということを認めることだから、了解してはいけない。」という趣旨のことを言われたため、結局右の了解をせず、タップ板を購入したことが認められる。右事実によれば、タップ板の購入は被告の自由な意思に基づくもので、原告清宮武明の行為によつて右損害が発生したとはいえず、原告清宮武明の行為と右損害との間に相当因果関係は認められない。

また、同4(二)(2)については、被告や生徒たちが本件建物で稽古することができなかつたために三軒茶屋のフェスティバルに参加することができなかつたことを認めるに足りる証拠はないし、出演料相当の損害発生との間に相当因果関係があるともいえない。

(三)  同4(三)の損害については、貸しスタジオの営業ができることを前提とするものであるところ、前記のとおり本来貸しスタジオの営業はできないのであるから、この損害はその前提を欠くものである。

3  同5については、以上の認定判断によつて明らかなとおり認めることができない。

二  以上によれば、被告の請求は理由がない。

第三  結論

以上の次第で、原告らの第一事件請求は平成二年八月一日から同月一二日まで一か月一五万円の割合による金員の支払を求める部分を除き理由があるから、右の限度において認容し、平成二年八月一日から同月一二日まで一か月一五万円の割合による金員の支払を求める部分は理由がないからこれを棄却し、被告の第二事件請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、同法九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大藤 敏 裁判官 貝阿弥 誠 裁判官 原 克也)

《当事者》

第一事件原告・第二事件被告(以下「原告」という。) 清宮武明

第一事件原告(以下「原告」という。) 清宮あや子

右両名訴訟代理人弁護士 腰塚和男

第一事件被告・第二事件原告(以下「被告」という。) 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 塚田成四郎

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