東京地方裁判所 平成2年(ワ)10249号 判決 1991年4月26日
反訴原告 蒋栄林
右反訴原告訴訟代理人弁護士 田中郁雄
反訴被告 三葉交通株式会社
右代表者代表取締役 郭乙徳
反訴被告 麻生賢児
右反訴被告ら訴訟代理人弁護士 永島寛
主文
一 反訴被告らは、反訴原告に対し、各自一六二万七四二八円及びこれに対する平成元年三月一一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 反訴原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その七を反訴原告の負担とし、その余を反訴被告らの負担とする。
四 この判決は反訴原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 反訴被告らは、反訴原告に対し、各自五一二万〇〇九五円及びこれに対する平成元年三月一一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は反訴被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 反訴原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は反訴原告の負担とする。
第二請求の原因
一 本件事故の発生
1 日時 平成元年三月一一日午後七時一五分ころ
2 場所 東京都江東区南砂一丁目二五番五号先路上
3 加害車両 普通乗用自動車(足立五五く五六二八、以下「加害車両」という。)
4 右運転者 反訴被告麻生賢児(以下「被告麻生」という。)
5 事故態様 被告麻生は、前記日時・場所において、反訴被告三葉交通株式会社(以下「被告三葉交通」という。)所有の加害車両を運転し、東砂方面から清洲橋方面へ向けて清洲橋通りを進行し、境川交差点を通過して本件事故現場である清洲橋通りの側道に進入した際、横断歩道を渡ろうとしていた反訴原告(以下「原告」という。)の運転する自転車の前輪タイヤ部分に加害車両の右フェンダー部分を接触させ、右自転車を転倒させて原告に傷害を負わせた。
二 責任原因
1 被告三葉交通は、加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であり、被告麻生の使用者であるから、自賠法三条、民法七一五条にもとづき、本件事故によって原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。
2 被告麻生は、被告三葉交通の被用者として、その業務のため加害車両を運転していたが、車両を運転する者として前方を注視しながら進路の安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、前方を注視せず、進路の安全を確認しないまま漫然進行した過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条にもとづき、本件事故によって原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。
三 損害
1 原告は、本件事故により右膝関節内側側副靭帯損傷の傷害を負い、平成元年三月一一日から同月二四日まで鈴木外科病院に入院して治療を受け、同月二五日から同年五月二九日まで同病院に通院して治療を受け、同年六月八日から同年八月一七日まで大日方接骨院に通院して治療を受けた。
2 損傷額は次のとおりである。
(一) 治療費 七二万一一八〇円
鈴木外科病院での入通院治療費四九万七六八〇円と大日方接骨院での通院治療費二二万三五〇〇円の合計七二万一一八〇円である。
(二) 入院付添費 一〇万九一九〇円
鈴木外科病院に入院中の職業付添人に要した付添費一〇万九一九〇円である。
(三) 入院雑費等 二万二〇〇〇円
鈴木外科病院に入院中に要した諸雑費二万二〇〇〇円である。
(四) 通院交通費等 一一万〇六三〇円
(五) 休業損害 二八一万〇一二五円
原告は、本件事故当時、中国出身の就学生で、アルバイトにより次の収入を得ていた。
すなわち、昭和六三年一二月及び平成元年一月は新聞配達により訴外株式会社ユースから一二万五一三二円、カウンターボーイにより訴外パブスナック「めいふらわぁ」こと後藤吉から四二万九三〇〇円を、ついで平成元年二月は荷扱い雑役により訴外近鉄物流株式会社から一二万円をそれぞれ得ていた。
以上の三か月間における一か月の平均収入は二二万四八一〇円となるところ、原告は、本件事故により平成元年三月一一日から平成二年三月末日までの一二・五か月間の休業を余儀なくされたから、結局、二八一万〇一二五円の損害を被った。
(六) 慰謝料 二〇〇万円
原告は、本件事故による傷害のため前記入通院加療を余儀なくされ、その間歩行困難、疼痛等の症状に悩まされたばかりでなく、本件事故当時、日本語学校二学年を終了して専門学校早稲田学院コンピュータ課程に進学し、平成元年四月から授業を受ける予定であったところ、本件事故で出席日数を確保することができなかったため、退学と帰国を余儀なくされ、留学の目的を断念するなどの生活上甚大な精神的苦痛を被ったから、これを慰謝するためには二〇〇万円が相当である。
(七) 弁護士費用 四五万円
四 填補 一一〇万三〇三〇円
原告は、前記損害に対する填補として自賠責保険から一一〇万三〇三〇円の支払いを受けた。
五 よって、原告は、被告らに対し、各自五一二万〇〇九五円及びこれに対する本件事故発生日である平成元年三月一一日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三請求の原因に対する認否及び被告らの主張
一 請求の原因一項、同二項及び同四項については認める。
二 同三項については、(一)治療費は鈴木外科病院における四九万七六八〇円は認め、(二)入院付添費は認め、(三)入院雑費は九八〇〇円(鈴木外科病院での入院一四日間につき一日七〇〇円の割合)の範囲で認め、(六)慰謝料は二〇万円の範囲で認め、その余は争う。
1 原告の大日方接骨院における治療は後療法、温罨法、電療法であって、これらの治療は、その必要性を認めた医師の指示にもとづくものではないから、同接骨院における治療費二二万三五〇〇円は本件事故と相当因果関係がない。
2 原告は、外国人で日本国内において日本語学校に通学しており、原告の在留資格は入管法四条、入管法施行規則二条三項に該当する「四の一の一六の三」であって、就学生であるから、日本国内において就労することは全く認められておらず、例外として就学生に認められるアルバイトも、週二〇時間以内であって、かつ、アルバイトの目的が日本留学中の学費、生活費等の必要経費を填補するものに限られているうえ、地方入国管理局の承認が必要であるが、原告は右承認を受けていない。したがって、原告の就労は違法就労であって、それ自体違法性が大であって法の保護に値しないから、原告には何らの休業損害も発生しない。
三 同五項については争う。
第四被告らの主張に対する原告の反論
原告は、許可を得て就労していたものであり、その就労が週二〇時間を超えることがあったとしても、それによって原告の就労が反社会性を帯びて、対価たる賃金債権の発生が否定されるというものではない。したがって、本件事故により休業を余儀なくされた場合も、その損害の発生は当然に法的に保護されるべきである。
第五証拠《省略》
理由
一 請求の原因一項及び二項については当事者間に争いはないから、被告らは、原告に対し、本件事故により原告が被った損害を賠償すべき責任がある。
二 損害
1 治療費 七二万一一八〇円
《証拠省略》によれば、原告は、本件事故により右膝関節内側側副靱帯損傷の傷害を負い、右膝関節痛・歩行困難のため、平成元年三月一一日、鈴木外科病院に入院し、同日から退院した同月二四日までの一四日間同病院で入院治療を受け、同月二五日から同年五月二九日まで同病院に通院して治療を受け(通院実日数五日)、その間の平成元年三月一四日から同年四月七日まではギブス固定されている。同病院での治療は、平成元年五月二九日に中止となっているが、その後、原告は、膝関節屈伸時疼痛等を治療するため、平成元年六月八日から同年八月一七日まで、大日方接骨院に通院して後療法、温罨法、電療法等の治療を受けた(通院実日数六八日)。したがって、原告は、鈴木外科病院における入通院に係る治療費として四九万七六八〇円(当事者間に争いはない。)、大日方接骨院における通院に係る治療費として二二万三五〇〇円の合計七二万一一八〇円の治療費を要したものと認められる。
被告らは、大日方接骨院における治療は、医師の指示がないから、本件事故と相当因果関係はない旨主張するが、その治療の必要性、相当性、合理性が認められれば、医師の指示の有無にかかわらず、それに要した費用は治療費として損害と認められるべきものであるところ、原告の前記傷害の程度等からすれば、治療継続の必要があり、鈴木外科病院での治療を中止して大日方接骨院に変えたのも、被告三葉交通から通院用の車は出せないので近くの病院に通うように求められたことによるものであり、接骨院における治療も社会的に広く容認されているものであるから、相当性、合理性を失わず、その治療の経緯をみるに、平成元年七月一四日付診断書では、膝関節屈伸時疼痛及び階段昇降時疼痛を訴えていたが徐々に症状軽減されてきているというものであり、平成元年八月八日付診断書では、伸展時疼痛は大幅に消失、屈曲時疼痛及び階段昇降時疼痛残存し、症状漸次回復というものであり、平成元年九月一五日付診断書では、右膝関節伸展時疼痛殆ど消失し、屈曲時疼痛及び階段昇降時疼痛わずかに残存するとなっていて、その治療効果もあったことが認められるから、大日方接骨院における原告の治療は、本件事故と相当因果関係あるものとするのが相当であり、被告らの右主張は採用しない。
2 入院付添費 一〇万九一九〇円
当事者間に争いはない。
3 入院雑費等 一万八五〇〇円
《証拠省略》によれば、原告は、鈴木外科病院に平成元年三月一一日から同月二四日までの一四日間入院して治療を受けたが、その入院期間中に諸雑費等を必要としたことが認められるところ、原告の前記傷害の部位、程度等からすれば、入院一日当たり一〇〇〇円、一四日分の合計一万四〇〇〇円の入院雑費と文書料四五〇〇円の合計一万八五〇〇円を入院雑費等として認めるのが相当である。
4 通院交通費等 三万〇〇二〇円
《証拠省略》によれば、原告は、平成元年四月七日までギブス固定されているから、平成元年三月二五日から平成元年四月七日までの間はタクシー利用の必要性、合理性、相当性が認められるので、平成元年三月二八日、同月三一日、同年四月七日の三日分は一日当たり二五四〇円のタクシー代相当の通院交通費等七六二〇円を、その後の通院七〇日分は一日当たり三二〇円のバス代相当の通院交通費等二万二四〇〇円の合計三万〇〇二〇円を認めるのが相当である。
なお、原告は、同人の姉である蒋小琪の交通費をも主張するが、姉の交通費は、タクシー利用の必要性、合理性、相当性を窺わせるに足りる証拠はなく、前記入院雑費で賄われるものとするのが相当であるから、原告の右主張は採用しない。
5 休業損害 一一〇万一五六八円
《証拠省略》によれば、原告は、中華人民共和国上海市から、昭和六二年一一月二一日、就学生として日本に来た者であり、昭和六三年一月八日から「東京学園」日本語科に在籍し、昭和六三年五月ころからアルバイトにより収入を得ていたところ、本件事故前ころの昭和六三年一二月、平成元年一月には、新聞配達をして訴外株式会社ユースから一二万五一三二円、カウンターボーイをして訴外パブスナック「めいふらわぁ」こと後藤吉から四二万九三〇〇円の収入を、平成元年二月は荷扱い雑役により訴外近鉄物流株式会社から一二万円をそれぞれ得ていたことが認められる。そして、原告は、本件事故後もアルバイトをして収入を得る予定であったが、本件事故による傷害で就労不能となったことが認められる。しかし、本件事故による前記傷害の程度等からすれば、大日方接骨院で右膝関節伸展時疼痛殆ど消失し、屈曲時疼痛及び階段昇降時疼痛わずかに残存となった平成元年八月一七日ころに、再び就労可能となったものと認められるから、少なくとも平成元年三月一二日から同年八月一七日までの一四七日間、アルバイトによる就労の機会を失い、それらにより得られるべき収入を喪失したことが認められる。したがって、原告の本件事故前の三か月間の平均月額収入は二二万四八一〇円となるから、これを基礎に前記一四七日間における原告の休業損害を求めると一一〇万一五六八円となる。
ところで、被告らは、原告の就労は、許可を得て認められる週二〇時間以内のアルバイトを超えて就労していることなどからして違法就労であり、法の保護に値しないから、原告には何らの休業損害も発生しない旨主張する。
しかし、《証拠省略》によれば、原告は、昭和六二年一一月二一日から平成元年八月二一日に帰国するまでの間在留資格を有している者で、就学生として週二〇時間の就労は許可を得れば許されているところであり、右に違反する違法就労が法的保護に値するか否かは、その就労を制限する入国管理に係る法令の立法趣旨、違反行為に対する社会倫理的非難の程度、一般取引に及ぼす影響、当事者間の信義公平等諸般の点を考慮して決するのが相当である。原告の入国管理に係る法令に違反する就労は、報酬を受ける活動を専ら行っていると明らかに認められない限りは、その違法性は強度のものではなく、反道徳的で醜悪な行為とはいえず、原告が相手方事業者と締結する労働契約が私法上当然に無効となるべきものではなく、原告は右契約にもとづき相手方事業者に対し賃金の支払いを請求しえる権利を有し、右権利にもとづき賃金を受領することは妨げられないとするのが相当である。また、これを賠償の対象とするのでなければ、被告らの不法行為で、原告にアルバイト収入の利益を失わせながら、被告らがこれを賠償する責任を何ら負わないと解することに帰し、損害の公平な負担という観念に照らし、当事者間の公平に反することになるという実質的見地から考慮しても、アルバイトという形であれ、その就労がある程度に及びあるいは及ぶ蓋然性があれば、在留資格を有する者が、日本の社会の中で生活していくことの利益として法的保護に値するというのが相当である。したがって、原告の前記就労が入国管理に係る法令に違反して違法であったとしても、在留資格のある間における原告の休業損害を算定するに際しては、その違法就労により日本で取得している金額を基礎として算定することも許されるとするのが相当である。
なお、違法就労の事実は、収入の確実性、永続性の点で適法な就労に比較して低いといわざるを得ないけれども、その低さは、原告の受領している金額をみれば、すでに社会的、経済的に評価された収入となって現れているものと考えられるので、これを更に不確実性等を理由に減額する必要はないものとするのが相当である。
6 慰謝料 六〇万円
精神的苦痛という非財産的損害は、本質的に測定できない損失であるが、その補償は必要であり、慰謝料として認められているところ、慰謝料の機能は、金銭の有する満足的役割等をもって、被害者の精神に幸福感を生じさせ、苦痛を被った精神の均衡を回復させる点にあるが、慰謝料額の決定については、これまで種々の形式で基準化・定額化がなされており、交通事故訴訟に係る現実の紛争解決の過程において、その有効性が認められている。傷害慰謝料については、種々の構成要素からなる全治療過程が意味をもつが、傷害の部位や程度、痛みの程度、入院日数、通院期間、これらが被害者の職業、家庭生活に及ぼした影響等重要な要素に重点を置いて基準化・定額化がなされている。もっとも、個々の事案の具体性を十分に取り上げて、適正、妥当な額を導くために、基準化・定額化は当然修正しうるものである。外国人が被害者の場合は、特にその修正を考慮する必要があるが、当該外国人が日本に在留資格を有し、かつ、在留している間に慰謝を受けるべきものとされる場合には、前記基準化・定額化された慰謝料額を考慮して決定するのが相当であり、在留資格を失った後、あるいは在留資格の有無にかかわらず、帰国した後で慰謝を受けるべきものとされる場合には、当該外国人の帰国先の所得水準、物価水準等を考慮し、前記基準化・定額化された慰謝料額を変更して決定するのが相当である。結局、当該外国人たる被害者が、どこの国の住民としての立場で慰謝を受けるべきものであると判断されるかによることになるが、《証拠省略》によれば、原告は、平成元年四月二一日三度目の在留期間の更新が三か月間しか認められず、平成元年八月二一日までしか在留できなくなり、同月二一日、中華人民共和国に帰国し、同国上海市に居住していることが認められる。したがって、原告は、日本の在留資格を失い、かつ、中華人民共和国に居住していることになるから、同国の所得水準、物価水準等を考慮して前記基準化・定額化された慰謝料額を変更して決定するのが相当と考えられる事案といえることになる。しかし、本件慰謝料は、原告が本件事故で負った傷害に対する慰謝料であり、その傷害にもとづく精神的苦痛は、その治療期間等からして、在留資格を有する原告が日本に在留していた間に始まり、かつ、在留していた間に終了しているものといえるうえ、原告が平成元年八月二一日に帰国していることからすれば、それまでの間に被告らにおいて慰謝するのが相当であるので、日本の住民として慰謝を受けるべきものであると判断される場合であり、原告は、在留資格を失い、中華人民共和国に帰国しているけれども、同国の住民として慰謝を受けるべきものと判断される場合にあたらないものとするのが相当であるから、同国の所得水準、物価水準等を考慮して前記基準化・定額化された慰謝料額を変更するのは相当でない。したがって、原告の慰謝料は、前記基準化・定額化されている慰謝料額を踏まえたうえ、本件訴訟の審理で現れた一切の事情を斟酌して、裁判所の裁量で決定すれば足りるから、原告が本件事故で負った前記傷害の部位、程度、入院日数、通院期間、年齢、性別、日本における前記収入等諸事情を考慮し、六〇万円の慰謝料を認めるのが相当である。
7 以上損害額合計 二五八万〇四五八円
三 填補 一一〇万三〇三〇円
当事者間に争いはない。
填補額控除後の損害額合計 一四七万七四二八円
四 弁護士費用 一五万円
《証拠省略》によれば、原告は、原告代理人に本件訴訟を委任し、弁護士費用を支払う旨約したことが認められるところ、本件訴訟の審理の経緯、認容額等諸般の事情によれば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては一五万円が相当と認められる。
五 よって、原告の請求は、被告らに対し、各自一六二万七四二八円及びこれに対する本件事故日である平成元年三月一一日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、この限度で認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 原田卓)