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東京地方裁判所 平成2年(ワ)10274号 判決 1992年3月25日

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事 実】

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二三〇九万三九〇〇円及びこれに対する昭和六二年四月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、昭和六二年四月八日当時、東京都足立区青井四丁目一九番一号所在の足立区立青井中学校(以下「青井中学校」という。)第二学年に在学し、同校野球部に所属していた者であり、被告は、青井中学校を設置し、管理している者である。

2  事故の発生

原告は、昭和六二年四月八日、青井中学校野球部の練習に参加した。

同中学校における野球部の活動は、学校教育の一環である特別教育活動として行われていたものであつて、校長の任命した教師が顧問として指導の任に当たつていたが、当日は、同部の顧問であつた磯田耕司教諭(以下「磯田教諭」という。)が不在であつたため、宮沢孝至教諭(以下「宮沢教諭」という。)及び佐藤正和教諭(以下「佐藤教諭」という。)が練習の指導を代行し、右両教諭の指示のもとに午後三時三〇分ころから、練習が開始された。右両教諭は、主として三年生部員らにグラウンドでの練習をさせ、原告を含むそれ以外の二年生部員に対しては、まず午後四時ころから五時三〇分ころまで校外で約一五キロメートルの持久走をするよう命じ、さらに、持久走を終えて戻つてくると、三年生部員らのシートバッティングの練習が始まつていたため、直ちに打者の後方等で球拾いをするよう命じた。

原告は、右命令に従い、打者の後方に置かれていた二枚の防護ネット(以下「本件防護ネット」という。)のホームベース側から向かつて左端の後方で球拾いをしていたが、午後五時三〇分ころ、低い姿勢でボールを捕球した後、やや上体を持ち上げてホームベース付近でボールを集めていた他の部員にボールをトスする動作に入ろうとしたときに、本件防護ネットの網目を抜けて飛んできた三年生部員乙山某の打つたライナー性の打球を右目に受け(以下「本件事故」という。)、右目につき眼球打撲、毛様体離断、外傷性虹彩炎、網膜振盪症、眼底出血の傷害(以下「本件傷害」という。)を負つた。

3  宮沢教諭及び佐藤教諭の過失

野球部の顧問教諭に代わつて本件事故当日の野球部の指導を担当した宮沢教諭及び佐藤教諭は、中学校高学年の部員の打球には相当のスピードがあつて部員らの身体に対する高度の危険が予測され、特に、当日は春休み後の始業式の日で部員の緊張も緩んでいる時期であり、かつ、原告ら二年生部員は約一五キロメートルの持久走を終えた直後の疲労し切つた状態であつたのであるから、右二年生部員に球拾いを命ずるに当たつては、その身体に危害が及ばないよう万全の措置を講ずべき義務を負つていたにもかかわらず、これを怠り、三年生部員の打球が次々と飛来し、ライナー性の強い打球が直撃するおそれもある打者の後方わずか四、五メートルの位置において、二枚を合わせても約二メートル四方の大きさしかない簡易なもので、かつ、そのうちの一枚はフレームが破損していてその破損部分をテープでつなぎとめてあり、ネット自体も数か所が破れてその破れ目をボールが通過するような状態の本件防護ネットを設置しただけの危険な状況下で、漫然と原告らに球拾いを命じたものであり、右両教諭には、この点について過失があつた。

さらに右両教諭は、本件事故後において、原告の受傷の部位及び程度を確認し、適切な応急措置を講ずべき義務を負つていたにもかかわらず、これを怠り、原告に対して何らの措置も講じなかつたものであり、右両教諭には、この点についても過失があつた。

4  川名茂夫校長の過失

本件事故当時、青井中学校の校長の地位にあり、同校における生徒の指導監督の全体の責任者として、学校設備の管理等の責任を負つていた川名茂夫(以下「川名校長」という。)は、野球部の活動に伴い、前記のとおり部員らの身体に対する高度の危険が予測されたのであるから、固定式の防護ネットを設置するなどして右危険を回避すべき義務を負つていたにもかかわらず、これを怠り、野球部員が前記のように簡易で、ネット自体も網目が数か所破れてその破れ目をボールが通過するような本件防護ネットを設置しただけの危険な状況で練習することを容認し、前記部員らの身体に対する危険を防止するための適切な措置をとらなかつたものであり、川名校長には、この点について過失があつた。

5  防護ネットの設置・管理の瑕疵

本件防護ネットは、前記のとおり、二枚を合わせても約二メートル四方の大きさしかない簡易なもので、かつ、そのうちの一枚は、フレームが破損していてその部分をテープでつなぎとめてあり、ネット自体も数か所が破れてその破れ目をボールが通過するような状態のものであつて、これらの点は、公の営造物の設置・管理の瑕疵に当たる。

6  原告の損害

(一) 原告は、本件事故により、以下の損害を被つた。

(1) 逸失利益

原告は、本件事故により、従前一・五であつた右目の視力はいつたん〇・〇一まで低下し、眼圧も二五mm/Hgに上昇して、一時は失明の危険があると診断され、その後の治療の結果、失明のおそれはなくなつたものの、視力は〇・一に下がり、また、右事故により生じた毛様体離断、外傷性網脈絡膜萎縮、黄斑部萎縮によつて、右目の視野の上半分はほとんど見えず、かつ下半分は歪んで見える状態となり、さらに、眼圧を下げるための多量の抗生物質の投与により、成長が停止し、頭髪が白髪化した。

原告の右後遺障害は、自動車損害賠償法施行令別表第一〇級一号に該当するから、これによる労働能力喪失率を二七パーセントとし、また、原告は本件事故当時から大学への進学を希望していたから、昭和六二年の賃金センサスに基づき、二〇ないし二四歳の大学卒業者の平均年収額である四五五万一〇〇〇円を前提に、原告が二三歳から六七歳まで稼働できるものとし、ライプニッツ方式(係数一四・九四七)により、中間利息を控除して、右後遺障害による原告の逸失利益を算出すると、一八三六万六四二五円となる。

(2) 慰謝料

原告は、右後遺障害により、将来スポーツ選手又はスポーツ指導員となる希望を断たれるなどして多大な精神的苦痛を受けた。

右精神的苦痛に対する慰謝料は、四三四万円が相当である。

(3) 治療費及び交通費

原告は、本件傷害の通院治療のため、治療費及び交通費として八万七四七五円を支出した。

(4) 弁護士費用

原告は、原告訴訟代理人に本件訴訟の提起・追行を委任し、その費用として一〇〇万円を支払うことを約した。

したがつて、原告が本件事故によつて被つた損害は、以上の(1)ないし(4)の合計二三七九万三九〇〇円となる。

(二) 原告は、日本体育・学校健康センターから、本件事故により生じた損害の填補として七〇万円の障害見舞金の支払を受けた。

7  よつて、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項、二条一項に基づき、6の(一)記載の損害額から6の(二)記載の填補分を控除した残額である二三〇九万三九〇〇円及びこれに対する不法行為の日である昭和六二年四月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実のうち、原告が本件事故当日青井中学校野球部の練習に参加したこと、同校における野球部の活動が学校教育の一環である特別教育活動として行われていたこと、本件事故当日同部顧問の磯田教諭が不在であり、宮沢教諭及び佐藤教諭が練習に立ち会つたこと、原告がシートバッティングの練習をしている打者の後方で球拾いをしていたこと、三年生部員乙山某の打球が原告の右目に当たつたことは認めるが、本件事故当時、野球部において校長の任命した教師が顧問として指導の任に当たつていたこと、本件事故当日、宮沢教諭及び佐藤教諭が練習の指導を代行し、両教諭の指示のもとに午後三時三〇分ころから練習が開始されたこと、右両教諭が原告らに持久走や球拾いを命じたこと、事故発生時刻が午後五時三〇分ころであつたことは否認し、その余は知らない。

3  請求原因3ないし5の事実は否認する。

4  請求原因6の(一)の事実のうち、後遺障害の内容は知らず、損害額は争う。同6の(二)の事実は認める。

第三  証拠《略》

【理 由】

一  請求原因1(当事者)の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件事故の状況

1  本件事故の発生

請求原因2(本件事故の発生)の事実のうち、原告が本件事故当日青井中学校野球部の練習に参加したこと、同校における野球部の活動が学校教育の一環である特別教育活動として行われていたこと、本件事故当日、同部顧問の磯田教諭が不在であり、宮沢教諭及び佐藤教諭が練習に立ち会つたこと、原告がシートバッティングの練習をしている打者の後方で球拾いをしていたこと、三年生部員乙山某の打球が原告の右目に当たつたことは、当事者間に争いがない。

右争いのない事実と、《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

青井中学校においては、学校教育の一環である特別教育活動として野球部の活動が行われていたが、本件事故当時の野球部の通常の練習内容は、まず部員全員で校庭を三周する程度のランニングと準備体操をし、その後、主として三年生部員がキャッチボール等を、その他の二年生部員が学校の外周の持久走を行い、さらに、その後行われるシートバッティングの練習においては、主として三年生部員がバッティングと守備を、他の二年生部員が球拾いを行うというものであつた。右シートバッティングの練習は、打者の後方に、大きさ及び構造が別紙図面二記載のとおりの本件防護ネットを置いて行われ、球拾いは、右防護ネット後方の位置、一塁側ファウルグラウンドから渡り廊下付近、レフト方向まで含めた三塁側ファウルグラウンド、校舎玄関口付近の四か所に分かれて行われていた。

原告は、昭和六二年四月八日午後三時三〇分ないし四時ころ開始された右野球部の練習に参加し、通常の練習内容に従つてまず学校の外周の持久走をした後校内に戻り、三年生部員がシートバッティングの練習に入つていたため、他の二年生部員とともに別紙図面一の「防護ネット」と記載された位置に置かれていた本件防護ネットの後方で球拾いを行つた。当日の野球部の練習には、同部の顧問を務めていた磯田教諭は所用のため立ち会わず、宮沢教諭及び佐藤教諭が、右シートバッティングの練習が開始された後の午後五時三〇分ころから立ち会い、宮沢教諭は、別紙図面一の「宮沢」と記載された〇印の位置に立つて、打者の後方から本件防護ネット越しに打者の姿勢に注目しながら右シートバッティングの状況を注視し、また、佐藤教諭は、同図面の「佐藤」と記載された〇印の位置に立つて、同様にシートバッティングの練習を見ていた。

原告は、本件防護ネット後方で球拾いをしていた部員から受け取つたボールを他のボール集めをしていた部員に渡す役目をしていたが、同日午後五時四五分ころ、姿勢を低くして他の部員が投げたボールを捕球した後、やや上体を持ち上げ、振り向いて、ボールを集めていた他の部員にボールをトスする動作に入ろうとしたところ、三年生部員乙山某の打球を右目に受けた。

2  本件事故当時の原告の位置

《証拠略》によれば、原告は、本件事故当時、別紙図面一の「甲野」と記載された〇印の位置又はこれよりもホームベース側から向かつてやや左に寄つた位置で球拾いをしていたものと認められる。

もつとも、当時の原告の位置について、原告本人は、同図面記載×印の位置であつた旨供述し、また、甲三号証中には、本件事故当時キャッチャーとして守備位置についていた戸倉浩が、自己の右後方にライナー性の打球が飛び、その直後に、本件防護ネットのホームベース側から向かつて左端付近で、原告が中腰になつて顔を手で押さえているのが目に入つた旨の記述部分がある。しかしながら、他方で、原告の本件事故当時の位置についての前記認定に符合する「本件事故発生時における関係者の位置図」と題する図面及び本件事故の状況等を記載したメモが存在し、《証拠略》によれば、前者は、宮沢教諭が、被告への報告のために本件事故直後に事故当日の練習に参加していた二年生部員らとともに現場を検証した結果に従つて作成したメモに基づいて作成したものであり、後者は、当時原告の担任であつた柳田厚也教諭が、本件事故の二日後に原告宅に事情説明に行く際に、現場に立ち会つていた宮沢教諭及び佐藤教諭らと協議して作成したものであると認められるところ、右図面及びメモの原告の位置についての記載内容は、証人宮沢孝至及び同大塚晋一の各証言内容とも符合し、また、その作成目的、作成時期、作成方法等に照らしてみても、いずれも当時の状況をほぼ正確に記載したものということができるのに対し、前記原告本人の供述は、ボールをトスしていた相手方の部員の位置、ボールを入れていたかごの位置など当時の練習状況に関する基本的な点で内容があいまいであり、また、前記甲三号証も本件事故から四年以上経過して作成されたもので作成者である戸倉浩の記憶自体も必ずしも正確を期し難いから、いずれも採用することができない。

3  原告が受けた打球の性質

次に、本件事故において原告が受けた打球の性質について検討する。

まず、《証拠略》によれば、本件防護ネットを越える高さに上がつた小飛球性のファウルボールが右ネットの後方に飛んだ直後に本件事故が起こつたことが認められる。また、宮沢教諭は、前記認定のとおり、本件事故が発生するまで、別紙図面一の「宮沢」と記載された〇印の位置に立ち、打者後方から、本件防護ネット越しに打者の方に注目して、シートバッティングの練習状況を見ていたものであり、他方、《証拠略》によれば、同教諭は、後方で二年生部員らが球拾いをしていることは認識していたこと、それにもかかわらず、同教諭が本件事故に気づいたのは原告が打球を受けた後であつたことが認められる。ところで、前記認定の本件防護ネットの大きさと本件事故当時の宮沢教諭の位置からみると、右防護ネットを貫通したり、その付近を抜けていくライナー性の打球があれば、同教諭としては、自己の視界に入るのであるから、球拾いをしている二年生部員の身体の危険を考えて、打球の行方を気にすると思われるのに、同教諭は、右のとおり、原告に打球が当たつて初めてそのことに気づいているのであつて、このことからすれば、原告に当たつた打球がライナー性のものであつたとはにわかに認め難く、むしろ、同教諭が特段の危険を感じない小飛球性の打球であつたとみるのが自然である。次に、原告の受傷内容についてみても、原告本人尋問の結果中には、原告の治療を担当した医師が、本件傷害が生じたのは正面からの衝撃を受けたことによるものであり、少しでも角度がずれていればこれほどひどいけがにはならなかつたと述べていた旨供述する部分があり、右供述に照らせば、原告の傷害が必ずしも強い打球を受けたことによつて生じたということはできないし、また、原告が正面から飛来する打球を受けたものであつたとしても、前記認定のように低い姿勢でボールを捕球した後、やや上体を持ち上げながら、振り向いて、他の部員にボールをトスする動作をした場合に、振り向いた瞬間に顔の方向が小飛球の飛んでくる方向に正対することは必ずしもあり得ないことではないから、このことをもつて原告の受けた打球がライナー性のものであつたと即断することもできない。さらに、《証拠略》によれば、青井中学校野球部のシートバッティングの練習においては、投手は打者の打ち易いように比較的緩い球を投げ、しかも打者もバットを思い切り振り切るのではなく、打球の感触を確認するような打ち方をしていたものであつて、必ずしも強い打球が多いわけではなかつたこと、前記認定の本件事故当時の原告の位置の方向に右打者である乙山がライナー性の打球を飛ばす可能性はかなり低かつたことが認められ、以上のような諸事情を併せ考慮すれば、本件事故において、原告に当たつた打球は、ライナー性のものではなく、本件防護ネットを越える高さに上がつた小飛球性のファウルボールであつたというべきである。

これに対し、原告は、自らが受けた打球は本件防護ネットを貫通するライナー性のものであつた旨主張し、前掲甲三号証中にもこれに沿う部分があり、また、原告本人尋問の結果中にも原告が当時の野球部員から右ネットを通つてきた打球が当たつたとの話を聞いた旨の供述部分がある。しかしながら、甲三号証は、前記のとおり、作成者である戸倉浩の記憶の正確性に疑問があり、また、原告本人の右供述も核心部分ではあいまいであつて、本件事故後に野球部員から右ネットを通つてきた打球が原告に当たつたとの話を聞いたことはない旨の証人宮沢孝至の証言に照らしてもこれを直ちに採用することはできない。

三  宮沢教諭及び佐藤教諭の過失について

そこで、本件事故の発生について、宮沢教諭及び佐藤教諭に過失があつたかどうかについて検討する。

まず、宮沢教諭は、前記認定のとおり、原告ら二年生部員が、三年生部員の打球が飛来し、かつ、本件防護ネットを設置しただけの場所で球拾いをすることを認識しており、本件事故当時の状況からすれば、佐藤教諭も同様にこのことを認識していたものと認められる。また、《証拠略》によれば、シートバッティングの練習においては、ハーフバッティング等の場合と異なり、打者がある程度力を入れてバットを振り切るため、相当の強さの打球が周囲に飛ぶおそれがあることが認められるし、本件事故当時の原告の役目は、前記認定のとおり、防護ネット後方で球拾いをしていた部員から受け取つたボールを他の部員に渡すというもので、打者に背を向ける場合もあり、常に打球の方向を注視しているわけではないから、打球を避けきれないおそれもなかつたとはいえない。

しかしながら、本件事故において原告が受けた打球は、前記認定のとおり、小飛球性のファウルボールであり、このような性質の打球はさほど威力の強いものではないのが通常であると考えられる。また、前説示のとおり、本件で行われていたシートバッティングの練習においては、投手の投球は打者の打ち易いように比較的緩いものであり、しかも打者も思い切り振り切るのではなく、打球の感触を確認するような打ち方をするものであつたのであるから、原告らの球拾いをしている位置に強い打球が多く飛来していたとは必ずしもいえないし、前記二の3において説示したところによれば、原告に当たつた打球が正面からではなく、ある程度角度がずれて当たつた場合にも顕著な傷害を生ぜしめるような強い打球であつたとまでは認められない。さらに、《証拠略》によれば、本件事故当時の原告の位置は、小学校四年当時から少年野球で捕手を経験し、青井中学校野球部の練習での球拾いにも相当習熟し、かなりの程度自らの行動を弁識しこれを自主的に決定する能力を有していたとみられる原告が、自らの判断で決定したものであることが認められ、また、シートバッティングは、野球の練習方法としては通常用いられる方法で、それ自体に高度の危険が内在するといつた性質のものでもないのであつて、これら諸事情に照らしてみると、宮沢教諭及び佐藤教諭としても生徒の自主性を尊重しつつ指導すれば足り、本件事故の発生を具体的に予見可能であつたとはいえないから、原告に、本件防護ネットを設置しただけの状況下において、前記認定の位置で球拾いをさせたことについて、右両教諭に過失があつたということはできない。

また、前記認定のとおり、原告は通常の練習と同様に球拾いをしていたものであり、打球が当たつたのも後方を振り向いた直後であつたことなどの点にかんがみれば、仮に原告の主張するように原告が持久走後の疲労した状況にあつたり、春休み後で緊張の緩んだ状態にあつたとしても、そのことが本件事故の原因となつたということはできないし、宮沢教諭及び佐藤教諭が本件事故後に原告の受傷の部位及び程度を確認し、何らかの応急措置を講ずることにより、原告の損害の発生を回避し又は軽減し得たと認めるに足りる証拠もないから、これらの点について、右両教諭の過失を認める余地もない。

以上検討したところによれば、結局、本件事故は、右両教諭が現場に居たとしても避けられない一瞬の事件というほかない。

四  川名校長の過失及び公の営造物の設置・保存の瑕疵について

前記認定説示の本件事故の態様からすれば、川名校長も本件事故の発生を具体的に予見可能であつたとはいえないから、固定式の防護ネットを設置するなどして生徒の身体に対する危険を回避しなかつたことについて、同校長に過失を認めることはできないし、本件全証拠によるも、本件防護ネットが通常有すべき安全性を欠き、かつ、そのことが本件事故の原因となつたと認めるに足りる証拠もないから、本件で被告に国家賠償法二条一項の責任の生ずる余地もない。

五  以上のとおりであつて、原告の本訴請求は、いずれもその余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 小沢一郎 裁判官 笠井之彦)

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