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東京地方裁判所 平成2年(ワ)10294号 判決 1991年9月20日

原告

松井三千惠

内田正子

原告ら訴訟代理人弁護士

山田修

山田由起子

右訴訟復代理人弁護士

川端健

被告

秀吉弘章

右訴訟代理人弁護士

中村源造

檜山玲子

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告松井三千惠に対し、別紙第一、第二物件目録記載の各土地建物につき、それぞれ昭和五三年六月二三日遺留分減殺を原因とし、同原告の持分の割合を五〇分の三とする所有権一部移転登記手続をせよ。

2  被告は、原告内田光子に対し、別紙第一、第二物件目録記載の各土地建物につき、それぞれ昭和五三年六月二三日遺留分減殺を原因とし、同原告の持分の割合を五〇分の三とする所有権一部移転登記手続をせよ。

3  被告は、各原告に対し、金九六万円及びこれに対する昭和五三年六月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  第三項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  秀吉魁(以下「魁」という。)は、昭和五二年八月一日死亡した。

2  魁の相続人は、子である訴外秀吉慶子(長女)(以下「慶子」という。)、原告松井三千惠(二女)、原告内田正子(四女)及び被告(長男)の四人であり、それ以外にはいない。

3  遺留分侵害

(一) 魁の遺産は、別紙遺産評価目録記載のとおりであり、相続開始時である昭和五二年八月一日の時点において、積極財産の総評価額は五億二〇七七万二三九七円、債務の合計額は二九三三万四八五円であり、したがって遺産の総評価額は四億九一四四万一九一二円である。

(二) 魁は被告に対し、左記(1)ないし(3)の贈与をし、この贈与は、いずれも生計の資本としての贈与である(この贈与を以下「本件贈与」という。)ところ、相続開始時における本件贈与の評価額は、別紙贈与物件等評価目録記載のとおり、合計一七億二六〇〇万円である。

(1) 魁は、昭和二二年四月、もとの所有者である訴外堀越常七から、別紙第一物件目録記載の土地及び建物(以下「本件第一土地建物」という。)を買い受け、そのころこれを被告に贈与し、右土地建物につき被告のため所有権移転登記がされた。

(2) 魁は、昭和三五年四月、別紙第二物件目録記載の建物(以下「本件第二建物」という。)を建てて、そのころこれを被告に贈与し、右建物につき、被告のため所有権保存登記がされた。

(3) 魁は、被告に対し、昭和二五年二月から昭和二八年五月まで被告が米国に留学した際、当時の金額にして四〇〇万円を下らない留学費用を贈与した。これを相続開始時である昭和五二年八月一日当時の価値に直すと、一六〇〇万円に相当する。

(三) 魁の被告に対する本件贈与は、別紙遺留分計算書記載のとおり、原告らの遺留分をそれぞれ一億三五八万九四四〇円侵害しているが、右侵害額の本件贈与の評価額に対する割合は、五〇分の三となるので、本件贈与の対象となった二の(1)ないし(3)記載の各物件及び金員の五〇分の三が遺留分減殺の対象となる。

4  遺留分減殺の意思表示

(一) 遺産分割協議の申入れ及び遺産分割調停の申立て

(1) 原告ら及び訴外慶子(以下「原告ら三姉妹」という。)の代理人重富義男弁護士は、被告の代理人であった中村源造弁護士に対し、昭和五三年二月一日、本件第一土地建物及び第二建物が遺産分割の対象となる遺産の一部として含まれることを明示して遺産分割協議を申し入れ、もって遺留分減殺の意思表示をした。

(2) 重富弁護士は、中村弁護士に対し、昭和五三年三月四日、本件第一土地建物及び第二建物を遺産分割の対象となる遺産の一部として遺産分割調停を申し立てる旨予告し、もって遺産分割調停の申立てを条件とする条件付遺留分減殺の意思表示をし、右予告のとおり、原告ら三姉妹は東京家庭裁判所に対し、同年六月二三日、被告を相手方として遺産分割調停を申し立てた。

(3) 原告ら三姉妹は、東京家庭裁判所に対し、昭和五三年六月二三日、本件第一土地建物及び第二建物を遺産分割の対象となる遺産の一部として、被告を相手とする遺産分割調停の申立てをし、もって遺留分減殺の意思表示をした。

(4) 原告ら三姉妹は、東京家庭裁判所に対し、昭和五三年六月二三日、本件第一土地建物及び第二建物を遺産分割の対象となる遺産の一部として被告を相手方とする遺産分割調停の申立てをし、もって遺留分減殺の意思表示をした。右意思表示は、同月二九日に被告に調停期日呼出状が送達されたことによって被告に到達した。

右(1)ないし(4)のとおり、原告らは遺留分減殺の対象となる生前贈与の物件を、遺産分割の対象となる遺産の一部として遺産分割協議の申入れをし、遺産分割調停の申立てをしたのであるが、右申入れ及び申立てにおいて、本件第一土地建物及び第二建物は魁の遺産であるとして各四分の一の共有持分権を主張したのであり、右主張は、遺留分減殺請求権を行使した場合の五〇分の三の共有持分権の主張を上回っているから、右申入れ又は申立てには、遺留分減殺の意思表示が当然に含まれていると解すべきである。

(二) 本件訴状の送達

原告らは本訴を提起することによって遺留分減殺の意思表示をし、本件訴状は平成二年八月三一日被告に送達された。

5  よって、各原告は被告に対し、本件第一土地建物及び第二建物について、遺留分減殺による五〇分の三の共有持分権に基づき、昭和五三年六月二三日遺留分減殺を原因とし、各原告の持分の割合を五〇分の三とする所有権一部移転登記を求めるとともに、一六〇〇万円の五〇分の三に当たる九六万円及び遺留分減殺の意思表示がされた日の翌日以降である同年六月二四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  請求原因3(一)の事実について

別紙遺産評価目録記載の遺産のうち、一の1ないし3については当該物件が遺産であることは認めるが、評価額は否認する。一の4の(一)、一の5及び一の6の(二)、(三)は認め、一の4の(二)は不知、一の6の(一)は否認する。同二(消極財産)は認める。ただし、同目録に記載されていない消極財産として、葬儀費用一五一万三二二〇円がある。

3  請求原因3(二)の事実について

(1)及び(2)の贈与の事実は認めるが、贈与物件の評価額は否認する。(3)のうち、被告が米国に留学したことは認めるが、その余は否認する。留学期間は昭和二五年一月一八日から昭和二八年六月四日までであり、その間被告が魁から受けた留学費用は約二九〇〇ドルで、一ドル三六〇円として、一〇四万四〇〇〇円相当である。

4  同3(三)の事実は否認する。

5  請求原因4(一)の事実について

(1)、(3)及び(4)記載の事実は認める。(2)の事実のうち、遺産分割調停の申立ての予告があったことは否認し、その余の事実は認める。しかし、右各遺産分割協議の申入れ又は遺産分割調停の申立てが、遺留分減殺の意思表示に当たるとの主張は争う。

遺産分割協議の申入れ又は遺産分割調停の申立てにおいて、明示の遺留分減殺の意思表示がされたことはないし、遺産分割協議の申入れ又は遺産分割調停の申立てに遺留分減殺の意思表示が含まれると解することもできない。

また、原告らは、遺産分割協議の申入れ又は遺産分割調停の申立ての際、魁から被告への贈与を否定していたのであるから、黙示の遺留分減殺の意思表示がされたこともない。

さらに、調停の申立書は相手方である被告に送達されてないばかりか送達されるべきものでもないから、調停の申立てがあったからといって、遺留分減殺の意思表示が被告に到達したということもできない。

三  抗弁

1  遺留分減殺請求権の時効消滅

(一) 原告らは、昭和五二年八月一日、魁の死亡及び本件贈与を知った。

(二) 昭和五二年八月二日から起算して一年が経過した。

(三) 被告は、原告らに対し、平成二年一〇月二九日の本件口頭弁論期日において右の時効を援用する旨の意思表示をした。

2  権利の濫用

慶子は被告に対し、魁死亡後、本件第一土地建物は自己固有の財産であると主張して、所有権移転登記手続等を求める訴訟を提起し、原告らは本件第一土地建物が魁の遺産であるとして各々四分の一の共有持分権を主張して右訴訟に当事者参加した(以下これらの訴訟を「別件訴訟」という。)。そして、原告ら三姉妹は、右訴訟の係属中に、本件第一土地建物売却の手付金等の名目で、多額の金員を取得してきた。しかし、別件訴訟において、魁から被告への生前贈与が認定されて敗訴判決が確定したため、原告らは本訴を提起し、右生前贈与を前提として遺留分減殺請求権を行使することにしたものであり、これは権利の濫用に当たる。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の各事実は明らかに争わない。

2  同2の事実のうち、被告主張の訴訟が係属し、原告らが当事者参加し、被告主張の判決が確定したこと及び原告らが本訴を提起したことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1及び2の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二請求原因4(遺留分減殺の意思表示)について

1  <書証番号略>並びに弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件第一土地建物は、もと堀越常七が所有していたが、昭和二二年九月二五日売買を原因として被告に所有権移転登記がされ、本件第二建物については、昭和三六年六月二三日被告のために所有権保存登記がされた。本件第一土地建物及び第二建物について、以後魁の死亡に至るまで、魁及び原告ら三姉妹のいずれからもこれらが被告の所有であることについて何ら異議が述べられることもなく推移してきた。魁の死亡後、原告ら三姉妹、被告、遺言執行者中村弁護士及び税理士の間で四回にわたり、相続税の納付等について話合いが行われたが、その際、遺産分割についての協議はなく、本件第一土地建物及び第二建物の帰属については話題にものぼらなかった。

(二)  原告ら三姉妹は、昭和五三年一月下旬、魁の遺産の分割に関して重富義男弁護士を代理人に選任した。重富弁護士は被告の代理人であった中村源造弁護士に対し、同年二月一日と三月四日の二回にわたり、本件第一土地建物及び第二建物を魁の遺産の一部として遺産分割の協議をしたい旨申し入れた(この申入れの事実は当事者間に争いがない。以下「本件協議の申入れ」という。)が中村弁護士が右の前提に立った協議には一切応じられない旨明言したため話合いは決裂した。原告ら三姉妹は、東京家庭裁判所に対し、同年六月二三日、本件第一土地建物を遺産の一部として(遺産分割調停申立書には本件第二建物は遺産として記載されていない。)、被告を相手方とする遺産分割調停の申立てをした(この調停申立ての事実は当事者間に争いがない。以下「本件調停の申立て」という。)。右申立書には、「本件不動産は被相続人の所有に属するものであるが、形式的に相手方名義にしておいたところ、相手方は自己名義であることを奇貨として、所有権を主張している。」旨の記載がある。

(三)  慶子は、被告を相手方として、昭和五四年、本件第一土地建物につき訴訟を提起し、主位的に自己の所有に属することを主張(持分六五〇分の三五〇は元々慶子固有の財産でありその余は魁の財産であったが、魁の持分につき死因贈与を受けたとして結局全部の所有権取得を主張)して所有権移転登記手続等を求め、予備的に全部が魁の遺産に属しているとしても、相続により四分の一の共有持分権を取得したと主張して四分の一の共有持分移転登記手続等を求めた。原告らは、昭和五五年、右訴訟に当事者参加をし、被告に対しては、本件第一土地建物が魁の遺産に属しており、相続により四分の一の共有持分権を取得したと主張して四分の一の共有持分移転登記手続等を求めた。しかし、右訴訟において、本件第一土地建物は、魁から被告に生前贈与されたものと認定されて、原告ら三姉妹の敗訴判決が確定した(以上の事実は当事者間に争いがない。)。

(四)  右敗訴判決確定後、原告ら三姉妹は、本件第一土地建物及び第二建物が魁から被告に生前贈与されたものであることを前提として遺留分減殺請求権を行使したとして、本訴及び平成二年ワ第一〇三一四号土地建物持分移転登記等請求事件を提起した(この事実は、当裁判所に顕著である。)。

2  本件の争点は、結局のところ本件協議の申入れ又は本件調停の申立てに遺留分減殺の意思表示が含まれているとみることができるかどうかという点にあるので検討する。

被相続人から生前に贈与され、又は遺贈された財産について遺留分減殺の意思表示がされた場合には、法律上当然に減殺の効力が生じ(最高裁昭和四一年七月一四日第一小法廷判決・民集二〇巻六号一一八三頁)、当該財産の処分行為はその遺留分権者の遺留分を侵害する限度で効力を失い、右失効した部分の権利は当該遺留分権者に移転することとなると解される。このように、遺留分減殺の意思表示は、これを契機に新たな権利関係を形成するものであるから、明確にされなければならないものというべきである。

ところで、被相続人による生前贈与の対象となった財産についての遺留分減殺の意思表示をその要件の面からみると、具体的な財産について、被相続人による有効な生前贈与がされていること、すなわちこれが被相続人の遺産分割の対象となるべき財産から離脱していることを前提としてされるものであるから、遺留分減殺の意思表示を有効にするためには、当該財産について有効に生前贈与がされていることを認識し、仮定的にせよこれを容認していることが必要である。また、遺留分減殺の意思表示をその効果の面からみると、その意思表示の結果、前記のとおり、生前贈与の対象財産について、これを受けた者と遺留分減殺の意思表示をした者との間に遺留分に相当する部分についての物権変動を当然に生じさせるものである。

これに対して、遺産分割の協議の申入れ又は調停の申立ては、具体的な財産が被相続人の遺産として未分割の状態にあり、全相続人の遺産共有状態にあることを前提として、これらを各相続人に具体的相続分に応じて分割することを求めてされるものであって、その効果の面からみても、この申入れ又は申立てによって、直ちに何らかの権利変動を生じさせる性質の意思表示でもない。

このように遺留分減殺の意思表示と遺産分割の協議の申入れ又は調停の申立てとは、その要件及び効果の面で本質的に異なるものといわざるを得ない。したがって、遺産分割協議の申入れ又は調停の申立てがあったからといって、前記のように明確であることが要請される遺留分減殺の意思表示が当然にあったとみることはできない。

なお、原告の遺留分減殺の意思表示に関する主張が、本件被相続人の遺産分割の協議の申入れ又は調停の申立ては黙示の遺留分減殺の意思表示であるという主張と解される余地がないではないので付言する。例えば、相続人の一人に全遺産が包括遺贈された場合に、他の相続人が包括遺贈を受けた相続人に対し遺産分割協議の申入れ又は調停の申立てをするときは、理論上遺留分減殺をしなければ遺産分割の余地がないのであるから、遺産分割の協議の申入れ又は調停の申立て(もっとも調停の申立てについては、これによって当然にこの意思表示が相手方に到達したといえるかどうかは別論である。)が黙示の遺留分減殺の意思表示を基礎づける事実の一つとなり得る。しかし、そのためには、遺産分割の協議の申入れ又は調停の申立てをする者において、当該包括遺贈の存在を認識した上、仮定的にせよこれを容認してすることが要件となる。

これを本件についてみると、前記認定の事実によれば、原告ら三姉妹は、本件協議の申入れをした昭和五三年二月一日以降、従来の主張を変更して、本件第一土地建物及び第二建物が被告に生前贈与されたことを否定する態度をとるようになり、以後その態度は本件訴えを提起するまで変わらなかったのであるから、本件協議の申入れ及び調停の申立てのいずれにおいても、仮定的にせよ本件贈与を容認してはいないものというのが相当であり、本件協議の申入れ又は調停の申立てをもって黙示の遺留分減殺の意思表示と認めることはできない。

さらに<書証番号略>(重富弁護士の陳述書)中には、同弁護士が中村弁護士に対して本件遺産分割協議の申入れをした際、本件第一土地建物の価値が他の遺産の価値より格段に大きいことから、予備的に遺留分減殺にも言及して遺産分割の申入れをした旨の記載があるが、同号証は平成三年六月四日に作成されたもので、作成名義人も自認するとおり、曖昧な記憶に基づいたものであるうえ、前記1の(一)ないし(四)判示の遺産分割調停及び別件訴訟の経過に照らしても信用できないから、同号証のこの部分も右の判断に影響を与えるものではない。

右に判断したように、本件協議の申入れ又は本件調停の申立てによって遺留分減殺の意思表示があったとする原告らの主張は理由がない。

3  請求原因4の(二)の事実(本件訴えの提起による遺留分減殺の意思表示)は当事者間に争いがない。

三抗弁1について判断する。

遺留分減殺請求権の時効消滅に関する同抗弁の各事実については原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

そうしてみると、本件訴えの提起による遺留分減殺の意思表示は遺留分減殺請求権が時効によって消滅した後になされたものといわざるをえず、右抗弁は理由がある。

四よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官安倍嘉人 裁判官田中豊 裁判官中山節子)

別紙第一物件目録<省略>

別紙第二物件目録<省略>

別紙遺留分計算書<省略>

別紙贈与物件等評価目録<省略>

別紙遺産評価目録<省略>

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