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東京地方裁判所 平成2年(ワ)10710号 判決 1991年4月23日

原告 甲野太郎

被告 メディアハウス株式会社

右代表者代表取締役 佐藤成定

右訴訟代理人弁護士 清水三七雄

主文

被告は、原告に対し、金五万円及びこれに対する平成二年八月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

被告において金二万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成二年八月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  経緯

1  被告は、出版業等を営み、月刊誌「十人十色」を定期的に発行している。

2  被告は、「十人十色」の平成二年九月号に次のような記事を掲載した(以下「本件記事」という。)。

(一) タイトルはゴチックで「刑務所から送られてきた一通の手紙」。

(二) 本文は「本誌には意外な読者がいる。小菅刑務所に服役中の甲野太郎さんがその人。刑務所から本誌あてに定期購読の申し込みがあり、またある別の雑誌で「『十人十色』は最近の雑誌の中で出色の雑誌」とほめてもらった。やはり刑務所暮しは人懐しくなるものなのだろうか。」。

3  原告は、当時刑事被告人として、小菅にある東京拘置所に在監中であった。そこで、原告は、直ちに被告に対し、本件記事について、あたかも原告がすでに有罪が確定したかのような誤解を与えるものであって原告の名誉を棄損し、また定期購読の申し込みを公表したことはプライヴァシーを侵害するものであるとして抗議を申し入れた。

(以上の1ないし3の事実は当事者間に争いがない。但し本件記事の詳細は乙五による。)。

4  被告は、直ちに、原告に対して、「刑務所」、「服役」等の言葉を使用したことについて不注意であり、読者に誤解を招く誤った表現であることを認め、次号で訂正及び謝罪文を掲載すること、原告に対して大変迷惑をかけたことを深くおわびするとの編集長名による文書を出し(以下「本件謝罪文」という。)、かつ「十人十色」の平成二年一〇月号に、訂正とお詫びと題して、「本誌九月号一三八ページの甲野太郎氏に関する記述並びにタイトルに重大な誤りがありました。甲野氏は「東京拘置所に勾留中」とすべきところを「小菅刑務所に服役中」という誤った記述をしたことについてここに訂正し、慎んでお詫び申し上げます。」という記事を掲載した(以下「本件訂正記事」という。)。

5  原告は、本件記事が原告の名誉を毀損し、またプライバシーを侵害するものであるとして、不法行為に基づき、これによって被った精神的損害の慰謝料五〇〇万円の内金三〇〇万円を請求する。

二  争点

1  本件記事において「小菅刑務所」、「服役」と記載した部分は原告の名誉を棄損するものであるか、棄損するものであるとして、本件訂正記事により名誉が回復されたか。また本件訂正記事及び本件謝罪文により原告の精神的被害は回復されたと言えるか。

2  本件記事により、原告が「十人十色」の定期購読を申し込んだ事実を公表したことはそのプライヴァシーを侵害したものであるか。侵害したものであるとして、原告に損害が生じたか。生じたとしてその損害額。

第三争点に対する判断

一  争点1について

一般に、刑務所に服役しているとの事実は人の社会的評価を低下させるものであり、真実はそのような事実がない場合には、その目的の如何にかかわらず、これを摘示することがその者に対する名誉毀損となることは明らかであり、現にその者が刑事被告人として拘置所に勾留中であっても異なることはない。

原告は、刑務所に服役したことがないのであるから、本件記事のうち、「刑務所」に「服役」との事実を摘示したことは、原告の名誉を棄損したものである。

本件記事は雑誌の奥書にあたる編集後記の部分に掲載されたもので、その記載は被告の編集過程におけるケアレスミスであって、その記事自体が原告を殊更に中傷し揶揄しているものとは認められない。

「十人十色」は、「物」から離れた「人」を中心とした内容を指向する月刊誌であり、特定の政治的思想を意識ないし公言しているものではなく、平成二年三月に創刊号を出し、本件記事の掲載された九月号(通算第五号)は発行部数三万部であった。

このような本件記事の内容及び掲載位置並びに掲載された雑誌の内容及びその社会的影響力に鑑みると、その後速やかになされた本件謝罪文による謝罪及び本件記事と同様の奥書部分に掲載された本件訂正記事によるお詫びと訂正とによって、原告の名誉は回復され、その精神的苦痛も慰謝されたものと認めるのが相当である。

二  争点2について

本件記事のうち、原告が被告に対して、被告発行の月刊誌の定期購読を申し込んだという事実は、原告が自ら欲して右雑誌の継続購読を希望しているという原告の嗜好にかかわる純然たる私的な事柄に関するものであるから、これを濫りに公表することは原告のプライヴァシーを侵害する違法な行為であり、出版業に従事する被告としては、そのことを知りまたは知りうべきであったと言える。

殊に原告は、拘置所に在監中の身であり、いわゆる「ロス疑惑」の渦中の人物として、これまでにもマスコミから好奇の眼差しをもって様々な角度から種々取り上げられていた著名人である。そのような原告が、定期購読までして読みたいと思っている雑誌のことを、一方的に公表されてしまったことについて、精神的苦痛を覚えたであろうことは否定しがたいところである。

他方被告の側では、殊更に原告の秘事を捜し出して暴きたてたわけではなく、被告の領域に入ってきた情報を、自己の出版物が評価されている証として開示したというものであり、通常人が秘密にしておきたいと思うほどの事柄でもないので特に原告にとってマイナスとなるものとは思わなかったというのである。そのようなプライヴァシーを軽視するような意識は問題であるとはいえ、いわゆる有名人のプライヴァシーに対する本件記事掲載当時の業界一般の意識の程度ともさしたる違いはなかったのではないかと推測されるのである(《証拠省略》によると、原告から本件記事に対する抗議文が送られてきたので弁護士に相談したが、弁護士からはプライヴァシー侵害の点については格段の指示はなかったようである。)。

以上認定のような被侵害利益の内容、侵害の態様及び侵害者である被告の側の違法性の意識の程度に鑑みると、被告の不法行為と相当因果関係にある原告に生じた精神的損害の慰謝のためには金五万円の支払いを命ずるのが相当と判断する。

三  結論

よって、原告の本件請求のうち、慰謝料として金五万円及びこれに対する不法行為の後である平成二年八月一日(《証拠省略》によれば、本件記事の掲載された九月号は平成二年七月三〇日に発行された。)から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由がある。なお訴訟費用の負担については、原告の勝訴部分が僅少であるので、民事訴訟法九二条ただし書を適用した。

(裁判官 佐藤陽一)

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