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東京地方裁判所 平成2年(ワ)10846号 判決 1991年4月30日

原告

株式会社日貿

右代表者代表取締役

森山典英

被告

勝股秀通

右訴訟代理人弁護士

山川洋一郎

喜田村洋一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成二年九月一二日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  第1項につき、仮執行の宣言

二  被告

主文と同旨

第二  当事者双方の主張

一  原告

(請求の原因)

1 原告は、電話機の販売、工事、防災設備の工事、保守などを業とする会社であり、現商号に変更する以前の商号は、日本電電サービス株式会社であった。

2 被告は、株式会社読売新聞社の記者であり、社会部に属していた者である。

3 被告は、平成二年六月二〇日、左記の記事(あたかも原告が訪問販売法違反に該当する悪質商法により三億円を稼いだ会社であるような事実無根の記事)を執筆し、読売新聞朝刊(約九八〇万部)に掲載させて全国に頒布させた。

「四桁局番変更に便乗、今の電話機はもう使えぬ、悪質商法三億円稼ぐ」との大見出しの下に、「一九日までに警視庁防犯特捜隊と荻窪署は、電話の局番が四桁に変るので今の電話機は使えなくなるなどと言って、強引に多機能電話機を売りつけていた原告を摘発、会社事務所などを訪問販売法違反(不実事項の告知)の疑いで家宅捜索するとともに会社幹部から事情聴取を始めた。この会社はわかっているだけで一五〇〇人に電話機を売りつけ三億円の利益をあげていたとみられる。またNTTの民営化に伴い今の電話機では新たな配線工事が必要ですなどと根拠のないセールストークで売りつけた。二六万円余の電話機を買わせた。ホームテレホンを市価の二倍以上の一台二五万円から三〇万円で売りつけた。」。

4 同月一九日被告が原告に取材に来た際、原告の代表者である森山社長(以下「森山社長」という。)は、被告に対し、警察の不法な捜査によって原告が被害を受けたため、損害賠償を求めて東京地裁に民事訴訟を提起していること、右記事のような事実はないことを充分に説明し、被告は、そのことを知っていたにもかかわらず、事実を歪曲して前記の記事を捏造した。

5 被告の右行為により、原告は次の損害を受けた。

(一) 訴外日本総合信用株式会社、ファインクレジット株式会社(従前から原告との間に取引関係にあった)が、原告との取引を停止し、原告は資金的に営業不能に陥った。これにより原告が受けた損害は最低限金五〇〇〇万円を下らない。

(二) 原告は、従前から取引関係にあり、又は現実に契約が成立していた会社から、右記事を理由に契約を破棄され、また取引停止を受けた。それは、東映株式会社、帝国ホテル、清水建設からであり、この損害は金三〇〇〇万円を下らない。

6 よって、原告は、被告に対し、右金八〇〇〇万円の損害の内金五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成二年九月一二日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告の主張に対する答弁)

1 第1項は、知らない。

2 第2項のうち、森山社長が、被告に対し、販売実績(顧客数、販売額など)を被告に語ったことは、否認するが、その余の事実は、認める。

3 第3項のうち、森山社長が「原告はNTTの取次もやっていると主張していた」ことは、認め、「原告の販売方法について不相当な点があったために取次店契約を解除した」ことは、否認し、その余は争う。

4 第4項のうち、被告が、平成二年六月一八日、新高輪プリンスホテルにおいて森山社長に約二時間にわたって取材をしたことは認めるが、その余は否認する。

5 第5項は、争う。

二  被告

(請求の原因に対する答弁)

1 第1項のうち、原告の業務内容は知らない。商号変更の事実は認める。

2 第2項は認める。

3 第3項のうち、被告が原告に関する記事を執筆し、これが平成二年六月二〇日付けの読売新聞朝刊に掲載されたことは認める(以下、この掲載された記事を「本件記事」という)。その余の事実は争う。原告が引用したのは、本件記事を原告なりに要約したものである。

4 第4項は、争う。

5 第5項は、知らない。

6 第6項は、争う。

(被告の主張)

1 被告は、警視庁クラブに所属して、各種の取材に当たっていたが、平成二年六月上旬ころ、警視庁の担当者から「電話機販売の事件があるが、かなりの悪質業者で消費者問題ともなっているらしい。」との情報を得た。このため、被告は、東京都消費者センターに出向き、電話機販売をめぐる苦情件数(原告に対する苦情の数を含む。)を把握するとともに、警視庁担当者に取材を続け、右事件の対象となっているのが株式会社日本電電サービス(原告)であること、及びその販売の実態を確認した。更に、捜査当局が同年三月一三日に同社を訪問販売法違反の疑いで家宅捜索したとの情報も得た。

2 被告は、原告に対して取材を申し入れたところ、森山社長から指定を受けて、同年六月一五日、八重洲フジヤホテルの二階レストラン及び東京駅八重洲地下街の喫茶店の二箇所で、同社長に面談した。その際、同社長は、家宅捜索を受けた事実を認めるとともに、原告の販売実績(顧客数及び販売額など)を被告に語った。この日の取材は、約三時間であった。

3 被告は、更に裏付け取材を続け、原告の顧客がファイナンス契約を締結する際の代理店に対して顧客の解約状況、あるいは原告が販売している電話機器のメーカーに対して当該機器の正価などを確認した。更には、森山社長がNTTの取次もやっていると主張していたために、これについても裏付けをとるべく取材したが、原告の販売方法について不相当な点があったために取次店契約を解除したとの回答を得た。また、六月一五日の森山社長からの取材を踏まえ、再度、捜査当局から、これまでの取材内容についての確認を得るとともに、被害額についても確認を受けた。

4 その後、被告は、森山社長からの申入れを受けて、六月一八日、高輪プリンスホテルにおいて同社長に対する再度の取材を行った。この場では、同社長は、主として警察あるいは新聞に対する批判を述べるにとどまり、これまでの取材に基づいた事実関係についての質問に対してはほとんど返答がない状況であった。この日の取材は、約二時間ほどであった。

5 このように、本件記事は、捜査当局、記事の対象者(森山社長)、中立の取材源を含む十分な取材に基づいて作成されたものであり、その内容は、いずれも真実である。仮にそうでない部分があったとしても、被告には、当該記事の内容を真実と信じるについて相当の理由を有していたものである。更に、本件記事は、取材した内容を事実に則して客観的に報道したものであり、ことさらに事実を歪めたり、脚色したりした部分などは存在しない。また、その見出しも、事実と対応したものであり、本文記事の内容を適切に表したものとなっているのである。

右のとおり、本件記事及びその見出しについては、事実と合致し、あるいは少なくともこれを真実と信じるについて相当の理由があるものであるから、被告には責任がない。

第三  証拠関係<省略>

理由

一原告の旧商号が「日本電電サービス株式会社」であったこと、被告が株式会社読売新聞社の記者であって、社会部に属していたこと、被告が原告に関する記事を執筆し、それが平成二年六月二〇日付けの読売新聞朝刊に掲載されたことは、当事者間に争いがない。右争いがない事実に、<証拠>によれば、本件記事中見出し部分は、株式会社読売新聞社の整理部で付けたものであり、記事本文は被告が執筆したものであるが、右見出しは、被告の執筆した記事内容に符合するものであること、右記事には、「NTTの民営化に伴い今の電話では新たな配線工事が必要ですなどと根拠のないセールストークで売りつけた。」とある部分には、「調べによると、」と冒頭に書かれ、「売りつけた」とある部分は、「売りつけていた疑い。」とあるほかは、請求原因第3項の「記」以下の記載を含むものであることが認められ、これを左右するに足りる証拠はなく、右記事内容の主要点は、原告が訪問販売法違反(不実事項の告知)の容疑で捜索、取調べを受けたこと、その容疑事実の存在を摘示するものであって、原告の信用、名誉を害するものであることは、明らかである。

二被告は、本件記事が、事実と合致し、あるいは少なくともこれを信じるについて相当の理由があるものであるから、被告には責任がない、と主張するので、まず、本件記事執筆の経緯等について、判断する。

前示一の事実、<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  被告は、株式会社読売新聞社の記者であり、平成二年六月ころには、社会部に属し、警視庁の防犯関係を担当していた者である。

2  被告は、平成二年六月初めころ、警視庁防犯部の捜査員から、警視庁が荻窪警察署と合同で、電話機販売の事件を捜索中であり、この販売については、広範な被害があり、東京都の消費者センターにも苦情が寄せられている、との情報を得た。

3  被告は、右情報の確認のため、そのころ、東京都の消費者センターに赴き、電話機販売について、同センターに寄せられた苦情内容を取材した。同センターは、具体的な被害者名は知らせなかったが、電話機販売についての苦情の申立てがあり、そのうち、約二割が原告に関するものであって、その不当な販売方法の具体例として、「八〇歳を越す独り暮らしの老女に三〇万円近い親子電話を売り付けた。」「市外電話が四桁になると、黒電話は使えなくなる。他は、みんな工事は済んでいて、お宅だけ済んでいない、などと言って、売り付けた。」などがあることを知らせた。

4  被告は、右の取材結果を踏まえ、警視庁の関係者に更に取材したところ、原告が警視庁の捜査対象であること、原告が訪問販売法違反の容疑で家宅捜索を受けたことが判明した。

5  被告は、右の取材結果を踏まえ、原告の代表者である森山社長に取材を申込み、同年六月一五日に、東京駅八重洲地下街の喫茶店で、同月一八日に、新高輪プリンスホテル内の中華料理屋で、森山社長に会って、取材した。その取材において、森山社長は、同年三月に家宅捜索を受けたことは認めたが、その違法を理由として、民事訴訟を提起していると述べた。また、被告は、森山社長から右民事訴訟の訴状を見せられたが、その訴状によると、契約件数が一八〇〇件、工事完了数一五〇〇件とあった。被告は、森山社長に対し、販売利益を尋ねたところ、ローンの金利を差し引くと、「一台金二〇万円位にしかならない。」と言われた。

6  被告は、更に、NTT本社、NTT川口局、電話機製造メーカー、原告の顧客がローン契約を締結した日本総合信用において取材した。その結果、NTT本社においては、NTTに、事実はそうでないのに、局番が四桁になると、黒電話が使えなくなると言って電話機を売り込む者がいるとする苦情が寄せられており、この種商法に警告の広告を出していること、電話機製造メーカーにおいては、原告が販売している親子電話の定価が、金一一万三〇〇〇円であることが取材できた。

7  被告は、右取材結果に基づき、電話機の不当な販売の防止と被害救済のために必要であるとして、本件記事を執筆した。なお、森山社長らは、平成二年七月四日、訪問販売法違反の容疑で逮捕された。その際、警視庁は、報道記者に対し、広報用の発表文を交付したが、そこに記載された逮捕の容疑事実、事案の概要は、本件記事の内容にほぼ沿ったものであった。

以上のとおり、認められ、<証拠>中右認定に反する部分は、採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三ところで、新聞記事が、公共の利害に関する事実に関するものであって、専ら公益を図る目的に出た場合においては、摘示された事実が真実であると証明されなくとも、その行為者において、真実と信じるについて相当な理由があるときは、右行為に故意、過失がなく、不法行為は、成立しないものと解される(最高裁四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁)。

そして、前示二の右認定の事実によると、本件記事は、NTTの電話局番の四桁移行に際し、不実の事項を告知し、あるいは老人などの思慮判断能力を欠く者に対する多機能電話機の売り込みに関するもので、しかも訪問販売法違反の容疑があるというものであるから、記事内容に公共性があり、被告が専ら公益目的で執筆したことは明らかである。また、請求原因記載の記事部分は、もともと、警視庁の捜査官からの情報に端を発するものであるが、東京都消費者センター、NTT本社などの各裏付け取材を経、しかも、訪問販売法による家宅捜索も受けていたとの事実にも合致していたのであるから、被害者からの取材がなされず、その販売利益の額の確定にやや不明確の点があるものの、記事の主要点である原告が訪問販売法違反で捜索、取調べを受けたこと、及びその容疑事実の存在については、客観的な取材根拠が存し、被告が、右記載事実が真実であると信じるのに相当な根拠があったものというべきであって、新聞記事における迅速性の要請をも考慮すると、右記載について、不法行為とする故意又は過失を欠くものである。

四以上の次第であって、原告の請求は、理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官筧康生)

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