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東京地方裁判所 平成2年(ワ)11059号 判決 1992年9月14日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求

一  被告が別紙物件目録(二)記載の建物部分について賃借権を有しないことを確認する。

二  被告は、原告に対し、右建物部分を明け渡せ。

三  被告は、原告に対し、別紙工作物目録記載の工作物を収去せよ。

四  被告は、原告に対し、平成二年一一月一六日から同年一二月三一日までは一年当たり金三九六万円の割合、平成三年一月一日から右工作物収去済みまでは一年当たり金六〇〇万円の割合による金員を支払え。

五  訴訟費用は被告の負担とする。

六  第二項及び第四項について、仮執行の宣言

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告との間で締結した建物及び屋上の利用に関する契約には借家法の適用がないから期間の満了によつて終了した、仮に同法の適用があるとしても、更新拒絶に正当の事由がある、仮にそれが認められないとしても、債務不履行を理由に解除した旨主張して、被告が建物について賃借権を有しないことの確認及び建物の明渡し並びに屋上の工作物の収去等を求めているものである。

一  争いのない事実

1  原告は、寿司及び割烹料理の販売等を目的とする会社であり、被告は、映画劇場その他娯楽施設の経営、不動産の売買、賃貸借、その仲介及び管理等を目的とする会社である。

2  建物の契約

原告は、昭和五五年九月二六日、被告との間において、当時原告が建築中であつた別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)について、次のような内容の契約(以下「本件契約」という。)を締結し、その旨の契約書を取り交わした。

(一) 原告は、被告が本件建物の地上一階から七階まで(別紙物件目録(二)。以下「本物件」ということがある。)の一部又は全部を第三者に転貸することを予め承諾した上で、本物件を被告に賃貸するについて契約を締結する(契約書冒頭)。

(二) 契約期間 昭和五五年九月二六日から一〇年間

期間満了の六か月前までに原告又は被告から契約更新について異議申立てのないときは、更に三年間更新されるものとする(三条)。

(三) 賃料 一か月二四七万四九一〇円(五条)

(四) 本件建物の保安管理は、被告の責任で行う(六条)。

(五) 保証金 一億八五〇二万六〇〇〇円

保証金返還債務を担保するため、被告に対し、原告所有の本件建物及び丸橋謙一所有の本件建物の敷地に抵当権を設定する(七条、一一条)。

(六) 原告は、被告の承諾なしに賃貸人の地位を譲渡しない(一二条)。

(七) 本件建物の躯体、付属設備及び税法上固定資産となるべき資産の取替費用は、原告の負担とする。

賃借人の営業にとり必要な維持保全に関する右以外の修繕については、賃借人の所有資産でなくても賃借人の負担とし、被告は、その修繕費の管理をする。

賃借人の故意、重過失による修繕は賃借人の負担とし、被告は、その修繕費の管理をする(一四条)。

(八) 被告又は被告からの転借人若しくはその他関係者が故意、重過失により原告若しくは第三者に損害を与えたときは、その加害者が賠償する。

原告の責に帰すべき事由により被告又は賃借人若しくは第三者に損害を与えたときは、原告が賠償する(一六条)。

3  屋上広告物の契約

原告は、昭和五五年一一月一五日、被告との間において、次のような内容の屋上広告物を設置する契約(以下「本件広告物契約」という。)を締結し、その旨の契約書を取り交わした。

(一) 原告は、被告に対し、本件建物の屋上に広告物を設置し、広告の受注を行うことを承諾する。

(二) 被告は、使用料として、年額三六〇万円を支払う。

(三) 契約期間は、同日から一〇年間とする。

被告は、間もなく、右契約に基づいて、本件建物の屋上に別紙工作物目録記載の工作物(以下「本件工作物」という。)を設置した。

4  原告は、被告に対し、平成二年二月二六日到達の内容証明郵便をもつて、本件契約及び本件広告物契約をいずれも更新しない旨の通知をした。

5  原告は、被告に対し、平成四年二月一三日送達の準備書面で、本件契約及び本件広告物契約をいずれも債務不履行を理由に解除する旨の意思表示をした(記録上明らか)。

二  本件の争点

1  本件契約及び本件広告物契約は借家法の適用を受けるか。

2  更新拒絶に正当の事由があるか。

3  債務不履行を理由とする解除は有効か。

三  争点に対する当事者の主張

1  原告

(一) 本件契約は、次のような内容の隠れた信託契約であつて、原告の資産の運用委託を目的としたもので、借家法の適用のある賃貸借契約ではない。そして、原告は、平成二年二月二六日被告到達の内容証明郵便をもつて、更新について異議申立ての通知をしたから、本件契約は同年九月二五日の経過とともに期間満了により終了した。

(1) 被告は、委託の趣旨に従つて、本件建物の地上一階から七階までを被告の名義で転貸する形式により、原告の資産の保安管理、活用をし、原告に対し、各階の空室の有無にかかわらず、一か月当たり二四七万四九一〇円を保証する。

(2) 被告は、原告に対し、保証金一億八五〇二万六〇〇〇円を交付する。

(3) 第三者から収受する賃料と保証金のうち、(1)の保証分を超える部分は、被告の報酬とし、(2)の保証金を超える部分は、預り金として、被告が運用する。

(4) 本件契約が終了したときは、被告と転借人との関係は、原告と転借人の関係に移行する。

(二) 仮に、本件契約が借家法の適用のある賃貸借契約であるとしても、原告は、前記のとおり更新拒絶の通知をし、それには次のとおり正当の事由があるから、本件契約は同年九月二五日の経過とともに期間満了により終了した。

(1) 原告は、資本金三〇〇万円の零細な有限会社である。本件建物は、経年劣化により、給排水設備、外壁等の損傷が発生しており、維持修繕に巨額の費用を必要としている。

(2) 被告は、二部上場の、平成元年一月一日現在資本金四二億七四二三万円、同年一二月末日決算の売上高二三四億八一〇〇万円の大会社で、本件建物の地上一階から七階まで(本物件)について別紙入居者目録記載の者との間で転貸借契約を締結している。

(3) 被告による本件建物の保安管理は、次のとおり極めて不十分で、原告は、被告に対し、口頭及び内容証明等の書面で、再三にわたつて管理体制の改善や具体的な改善措置を求めたが、一向に改められず、八階に居住する原告代表者の家族等の生命、身体及び財産に継続的な危険を生じさせたから、原告との信頼関係は完全に破壊された。

すなわち、被告は、株式会社東急サービス(以下「東急サービス」という。)との間で、本件建物の機器設備の保守契約、警備契約及び火災自動通報契約(火災発生の際には東急サービスの監視センターに自動的に通報される装置を設置すること)を締結していた。しかし、

<1> 昭和五六年一二月に本件建物三階「肥後ばつてん」からボヤ火災が発生した。さらに、平成元年一月二六日にも本件建物六階「ノイエス」から火災が発生した。

<2> 平成元年一一月一八日深夜には、本件建物七階「おやまの大将」厨房からガス漏れ事故が発生し、八階の原告代表者の居宅内にそのガスが侵入して、ガス漏れ警報器の音で、就寝中であつた原告代表者の妻が気付き、這うようにして玄関等の扉を開放し危うく一家の中毒死を免れた。妻は、直ちに東急サービスのコントロールセンターに電話連絡したが、同職員はガス漏れ事故は東急サービスの契約外であるというので、止むなく警察署、消防署及び被告等に連絡した。約三〇分後に消防署員が到着した後も、ガス漏れ警報器が鳴つていた。

被告は、転借人が調理用に都市ガスを使用して居住していないこと、過去に<1>の火災が発生したこと、地上一階から七階の排気ダクトが原告代表者が居住する八階部分を貫通していること、右ダクト工事は被告の管理下で行われたことを十分認識しながら、東急サービスとの間では、ガス漏れ自動通報契約を締結していなかつた。

<3> 被告は、平成二年五月一二日から一三日の深夜に、本件契約に違反し原告の書面による承諾を得ないで、業者に掘削機を使用して七階「おやまの大将」の床コンクリートの掘削(はつり)工事をさせた。

<4> 本件建物の外部階段をつなぐ各階の廊下は、避難通路であり消防法により物を置くことが禁止されているのに、転借人が従前からビール瓶の入つた箱やポリ容器等を積み重ねているので、原告が、被告に対し、再三その除去を求めたが、被告は、そのために必要な措置を採らなかつた。

<5> 本件建物一階「リンガーハット」が使用する店舗通路口脇の配電盤の上に金属製の重量物が置かれたままになつていたが、被告は、その除去をしなかつた。

<6> 本件建物屋上にも金属製の重量物やモーターが放置されていたが、被告は、その除去をしなかつた。

<7> 被告が本件建物屋上の調理用ダクトの排気設備の掃除を怠つているため、排気口の側壁から排気油煙の液状化したものが漏れて固着しており、また、ダクト内に固着した大量の油性物に着火して火災が発生する危険がある。

<8> 平成四年一月二七日午後一一時三〇分ころ、五階「レザン」調理場から出火し、排気ダクト内に延焼して燃え上がり、一人が顔面に火傷を負い救急車で病院に運ばれたが、避難誘導の処置は採られなかつた。八階の居宅内にも大量の煙が侵入して火災報知器が鳴つたので、原告代表者の父は、そのショックで自力で歩行できなかつた。

<9> 同月二八日、本件建物屋上の笠木の金属板と金属板をつないで防水の役割をする樹脂製シーリングが割れて穴が空いているのが発見されたが、これにより雨水等が浸透する恐れがある。これは、外壁ガラスの清掃の際に、シーリングにゴンドラを保持するロープを掛けて吊り下げて作業したために生じたものである。原告は、それ以前から被告に八階防水層の点検、補修を求めていたが、被告は、これに応じなかつた。

(三) 仮に、更新拒絶の正当事由が認められないとしても、被告には前記(二)(3)のような保安管理義務違反があり、原告との信頼関係は破壊されており、原告は、これを理由として前記のとおり本件契約を解除する旨の意思表示をしたから、本件契約はこれによつて終了した。

(四) 本件広告物契約には借家法の適用はなく、前記(一)後段の通知のときに合わせて本件広告物契約の更新についても異議申立ての通知をしたから、本件広告物契約は平成二年一一月一五日の経過とともに期間満了により終了した。

仮に、右主張が認められないとしても、前記のとおり本件広告物契約についても更新拒絶の通知をし、それには正当の事由があるから、本件広告物契約は平成二年一一月一五日の経過とともに期間満了によつて終了した。

仮に、右主張が認められないとしても、前記のとおり本件広告物契約を解除する旨の意思表示をしたから、本件広告物契約は解除によつて終了した。

(五) 本件広告物契約における使用料は、昭和六一年一一月一六日現在で年額三九六万円(月額三三万円、平成元年四月から消費税年一一万八八〇〇円)である。

平成三年一月一日現在の使用料は年額六〇〇万円を下ることはない。

(六) よつて、原告は、被告に対し、被告が本物件について賃借権を有しないことの確認を求め、かつ、本件建物の所有権に基づいて、本物件の明渡しを求めるとともに、本件工作物の収去及び本件広告物契約終了後の平成二年一一月一六日から同年一二月三一日までは一年当たり金三九六万円の割合、平成三年一月一日から本件工作物収去済みまでは一年当たり金六〇〇万円の割合による使用料相当の損害金の支払を求める。

2  原告の主張に対する被告の認否及び反論

(一) 原告の主張(一)は否認する。

(1) 同(二)(1)は否認する。

(2) 同(二)(2)は認める。

(3) 同(二)(3)のうち、

<1>の前段は認めるが、後段は否認する。

<2>の平成元年一一月一八日本件建物七階「おやまの大将」でガス漏れ事故が発生したことは認める。窃盗犯人が逃走する際にガス栓を故意に開いたことが原因である。通報を受けて、東急サービス及び被告の従業員が直ちに現場に駆け付けた。被告は、事故後直ちに被告の費用負担で各貸室に警報機を設置した。

<3>の平成二年五月一二日から一三日にかけて本件建物七階「おやまの大将」で床コンクリート工事をしたことは認める。下水道管開口部分を約二〇センチメートル空けたが、躯体基礎部分には影響がなかつた。

<4>ないし<9>は否認する。

(4) 同(三)(四)は否認する。本件広告物契約は、本件契約と一体をなすものであり、借家法の適用がある。

(5) 同(五)の前段は認めるが、後段は否認する。

(6) 同(六)は争う。

(二) 被告には、本件契約においてガス漏れ警報機を設置すべき義務はない。原告が被告の保安管理義務違反としてるる主張する事由のほとんどは転借人に関することであり、転借人は本件建物の維持管理には不熱心である。しかし、被告は、原告の意思を尊重して従前から転借人の指導監督に努めてきたし、本件建物の設備、施設をその都度補修してきた。原告は、被告のかかる努力を一切認めず、一方的に自らの言い分を主張しているのみであり、信頼関係を破壊しようとしているのは、むしろ原告である。

第三  争点についての判断

一  本件契約及び本件広告物契約の性質について

1  前記争いのない事実に、《証拠略》によると、次の事実が認められる。

(一) 本件契約は、要するに、原告が本件建物八階に有する居宅を除く一階から七階まで(本物件)を不動産賃貸業等を経営する被告に賃貸し、被告がこれを更に第三者に転貸することによつて収益を得ようとするものである。

(二) 本件契約の締結に当たつて取り交わされた「渋谷亀八ビル建物賃貸借契約書」には、本件建物の竣工後、被告が本件建物のうち地上一階から七階の一部又は全部を第三者に転貸することを承諾し、原告が被告に賃貸する(冒頭)、被告は本物件を商業ビルとして使用する(二条)、賃貸借期間は一〇年(三条)、賃料は月額二四七万四九一〇円とし、毎月末日に当月分を支払い、三年毎に改定する(五条)、本件建物の保安管理は被告が行い、これに関連する費用は被告の負担とする(六条)、被告は保証金として一億八五〇二万六〇〇〇円を差し入れ、本件契約が期間満了、合意解約又は解約等で終了したときは、被告が負担すべき債務を清算して残額を被告に返還する(一〇条)、原告は、保証金返還債務を担保するため、被告に対し本件建物及びその敷地につき抵当権を設定する(一一条)、相手方に仮差押、仮処分等があつたときは、本件契約を解除することができる(二一条)旨の記載がある。

2  以上の事実によると、本件契約はまさに借家法の適用のある賃貸借契約そのものであつて、各条項は、同法の適用のある建物の賃貸借において通常約定されるものであり、原告が主張するような隠れた信託契約であると認めるに足りる特段の条項は存在しないし、本件契約の締結に際し、そのような合意がされた事実も認められない。

3  《証拠略》によると、原告は、本件建物のうち八階の原告代表者の居宅部を除いた地上一階から七階まで(本物件)を、被告が第三者に転貸することを承諾して被告に賃貸し、本件建物全体の保安管理を被告の責任とし、そのために必要な経費も被告の負担とすることによつて、本件建物の維持管理を事実上すべて被告に委ねたのであつて、これを受けて、被告との間で、本件建物屋上の広告利用について本件広告物契約を締結したこと、本件広告物契約の締結に当たつて取り交わされた「契約書」には、原告は、被告が本件建物屋上に広告物を設置し、広告の受注を行うことを承諾する(一条)、使用料は年額三六〇万円(二条)、期間は一〇年、異議がないときは三年ごとに延長する(六条)旨の記載があることが認められる。

右事実によると、本件広告物契約は、本件契約に付随し、本件広告物契約の終了は本件契約の終了を前提にするものというべきである。

二  正当事由の存否について

1  弁論の全趣旨によれば、原告は、本物件につき、被告から明渡しを受けることができても、自ら使用するのではなく、引き続き他へ賃貸するつもりであると認められるし、原告が本件の更新拒絶の正当事由として主張するところも、主として、被告による本物件の保安管理が不十分であるというものであり、本件では、原告のいわゆる自己使用の必要はおよそ問題にならない。

しかし、そうであつても、弁論の全趣旨によれば、被告にしても、本物件を自ら使用するのではなく、引き続き他へ転貸するつもりであると認められるところでもあるから、右不十分さの内容及び程度いかんによつては、すなわち、例えば、被告による保安管理が劣悪で原告との間の信頼関係を害し、それがため原告が被告以外の者に賃貸したいと考えるのも無理からぬものがあると客観的に認められるような場合には、借家法一条の二の正当事由が肯定されることもあろう(なお、右不十分さが債務不履行を構成し、信頼関係を破壊する程度に至れば、解除事由となろう。)。

そこで、以下、右のような見地から、正当事由が認められるか否かを検討する。

2  原告の主張(二)の(2)、同(3)<1>の前段、<2>の平成元年一一月一八日本件建物七階「おやまの大将」でガス漏れ事故が発生したこと、<3>の平成二年五月一二日から一三日にかけて本件建物七階「おやまの大将」で床工事をしたことは、当事者間に争いがない。

3  前記争いのない事実に、《証拠略》によると、次の事実が認められる。

(一) 本件建物の地上一階から七階及び屋上について、これまでに発生した事故その他の状況は、次のとおりである。

(1) 昭和五六年一二月に三階「肥後ばつてん」でボヤ火災が発生し、さらに、平成元年一月二六日午後一二時ころ、六階「ノイエス」で煙草の吸い殻入れ用の缶の中の煙草が燃えたが、いずれもその場で消火し、格別の被害はなく大事に至らなかつた。

(2) 平成元年一一月一八日深夜、本件建物七階「おやまの大将」厨房からガス漏れ事故が発生し、原告代表者の家族が就寝中の八階居宅内にガスが侵入し、ガス漏れ警報機の音で代表者の妻丸橋政江が目を覚まし、床を這うようにして玄関の扉等を開放した。消防署員等が駆け付けて点検したところ、厨房のガス栓が開け放しにされていたことが分かつた。何者かが店内に侵入し、証拠湮滅を図つて行つたものと推測される。

(3) 平成二年五月一二日から一三日にかけて、事前に原告の承諾を得ないで、本件建物七階「おやまの大将」厨房の防水層の手直し工事が実施され、本件建物の軆体には手を加えていないが、掘削機を使用して床部分のはつり工事をし、約二〇センチメートルの穴を開けた。本件契約によると、被告は、右工事については、原告の書面による事前の承諾を得る必要があつた(前掲契約書一三条)。当日は原告の抗議でいつたん工事を中止し、その後改めて原告の承諾を得て工事を行つた。

(4) 本件建物の外部階段をつなぐ各階の廊下に、従前から転借人がビール瓶ケース、ポリ容器等を積み重ね、通路の使用を妨害することがしばしば起きた。このため、原告から注意があり、被告も、機会あるごとに転借人に注意してきた。

(5) 被告は、本件建物屋上の調理用ダクトの排気設備の清掃を十分にしていないため、排気油煙が排気口等に固着している。

(6) 平成四年一月二七日午後一一時三〇分ころ、本件建物五階「レザン」厨房で鍋の油に引火し、天蓋、ダクトに延焼して消火された。その際消火に当たつた従業員が顔に軽い火傷を負い、大事を取つて救急車で運ばれたが、病院で手当を受けて帰宅した。

(7) 被告は、従前から八階に雨漏りがあり屋上の防水補修をするよう原告から要請されていたので、業者に点検させ補修工事をしたが、さらに、平成四年一月二八日にも、原告からまだ雨漏りが直らないとの指摘を受けたので、調べたところ、本件建物屋上の笠木の金属板と金属板をつなぐ樹脂製のシーリングが割れて小さい穴が空いているのを発見した。これは、ガラス窓の清掃業者がロープを吊り下げたために生じたものと推測される。屋上の防水工事は、原告、被告とも未だに行つていない。

(二) 原告は、これまで被告に対し、口頭又は書面により再三にわたつて本件建物の保安管理に関する問題点を指摘して、その改善方を要請してきた。その主要なものは、次のとおりである。

(1) 昭和六〇年二月には、本件建物の外部階段をつなぐ各階の廊下の放置物の撤去、屋上の調理用ダクトの排気設備の清掃等を申し入れた。

(2) 平成二年六月には、被告の管理体制の問題を指摘し、屋上防水層の損傷による八階への雨漏りが未だに止まないため、再度の点検と補修を要請した(このとき重ねて更新拒絶の通知をした。なお、本訴の提起は平成二年九月である。)。

(3) 平成三年四月には、本件建物の外部階段をつなぐ各階の廊下に置かれたビール瓶ケース、ポリ容器等の撤去を申し入れた。

(三) 本件契約においては、本件建物の保安管理の責任は被告にあり、そのために必要な経費は一切被告の負担とすること(六条)、被告又は転借人若しくはその関係者が故意又は重大な過失によつて原告若しくは第三者に損害を与えた場合は、その加害者が一切これを賠償すること(一六条)、被告は善良な管理者の注意をもつて本物件の管理を行うこと(一九条)が約定されている。

本件建物の保安管理は、被告の不動産活用部及び被告から委託を受けた東急サービスが行つてきた。被告は、本物件を賃借して以来、随時階段、揚水ポンプ等の補修、タイルの張替え、塗装、水質検査等を行い、平成二年には従来の火災報知機に加えてガス漏れセンサー及びガス漏れ受信機を設置したほか、近年は毎年一回以上はテナント会議を開催して、火災通報・消火器訓練を実施するとともに店舗、排気ダクトの清掃が避難通路、非常階段の放置物の撤去等を指示してきた。

しかし、転借人はいずれも飲食店関係で、必ずしも十分な協力が得られなかつた上、事務所としての使用と比較して電気、ガスその他可燃物の使用が多く、前記のとおり火災やガス漏れ事故が現に発生しているし、人の出入りが激しいため、本件建物本体及び付帯設備の傷みも相当に進行している。原告が指摘するように被告の保安管理や転借人に対する指導監督が十分に行き届いていなかつた点があることは否定し難く、被告及び東急サービスの管理体制を更に充実整備する必要があつたといわざるを得ないが、他方過去に発生した火災やガス漏れ事故は、幸いにして生命、身件等に被害を及ぼすような大事には至つていない。

4  以上の諸事情を総合的に考慮すると、被告による本物件の保安管理には十分でない点もあるが、しかし、その不十分さは、客観的かつ全体的にみる限り、特に劣悪であるとか原告との信頼関係を害するとまではいえず、原告が本物件を被告以外の者に賃貸したいと考えるのも無理からぬものがあるとは認め難い。

他に、本件全証拠を検討してみても、本件の更新拒絶に正当事由があると認めるべき事情は見当たらない。

三  契約解除について

前記認定事実によると、原告と被告との本件契約及び本件広告物契約の基礎にある信頼関係は未だ破壊されているとは認められないから、原告の解除の主張は採用することができない。

第四  結論

よつて、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大藤 敏 裁判官 貝阿弥 誠 裁判官 原 克也)

《当事者》

原 告 有限会社 丸橋

右代表者代表取締役 丸橋謙司

右訴訟代理人弁護士 早川 滋

被 告 株式会社東急レクリエーション

右代表者代表取締役 岡田 茂

右訴訟代理人弁護士 小山 勲 同 小林康志

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