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東京地方裁判所 平成2年(ワ)1106号 判決 1991年6月24日

原告

甲野二郎

右訴訟代理人弁護士

乙川二郎

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

五十嵐庸晏

右訴訟代理人弁護士

田中登

加藤文郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三六〇万円及びこれに対する平成元年四月一一日から支払いずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実

1  訴外甲野一郎は、昭和六三年九月被告との間で、自己所有建物について保険金額を一二〇〇万円とする住宅火災保険契約を締結した。

2  右建物は平成元年三月一二日午後三時一七分ころ火災により全焼した。

3  本件住宅火災保険契約の普通保険約款中には、火災によって建物が損害を受けた場合において、被保険者またはその親族もしくは使用人が火災の直接の結果として被害の日から一八〇日以内に死亡したときは、保険金額の三〇パーセントにあたる金額を傷害費用保険金として支払う旨の規定がある。

4  一郎は、本件火災の直後から入院し、入院中の平成元年四月一〇日に死亡した。

二争点

1  原告は、一郎は本件火災の直接の結果として死亡したものであるところ、同人の相続人中原告が前記傷害費用保険金請求債権を相続したと主張して、被告に対し、右保険金三六〇万円及びこれに対する一郎の死亡の翌日から支払いずみまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うよう請求している。

2  被告は、火災と死亡の間に直接の因果関係があることを否認し、更に、相続の点は知らない。また、遅延損害金の起算日は保険契約者または被保険者が約款所定の書類を添えて被告に傷害発生の事実を通知した日から三〇日を経過した日であると主張している。

第三争点に対する判断

一証拠<省略>によれば、次の事実を認めることができる。

1  一郎は明治四二年生れの高齢者であったが、パーキンソン病などを患い、痴呆症状もあり、本件火災発生当時には、他人の介護なくしては生活できないいわゆる寝たきり老人として、日常は妻の介護を受け時々往診をして貰いながら、本件火災に遭った自宅で療養していた。

2  本件火災の発生したとき、一郎は自宅一階に寝ていたが、火災に気付いた妻が抱きかかえるようにして庭に引きずり降ろし、救助に来たものが戸板に乗せて更に付近の安全な場所に避難させたうえ、救急車で救急病院に運ばれた。

3  右病院の医師の診察では、一郎は興奮状態にあり落着きがなかったが、明らかな外傷は認められず、血圧にも異常はなく、火災及び避難に起因する異常で緊急に治療を要するようなものは見当らなかったが、一郎の前記のような一般的な健康状態及び自宅が焼失し療養の場所がなくなったことに鑑み、そのまま右病院に入院して療養することとされ、水分補給と栄養補給を中心とした治療が施された。なお、入院時、一郎には相当高度な栄養性貧血、低蛋白血症、栄養失調、痴呆などがあると診断されており、前記のとおり自力による起居は不可能な状態であった。

4  入院後しばらくは一般状態に特別の変化はなかったが、同月二六・二七日に嚥下性と認められる急性肺炎にかかり心不全も生じて危篤状態になった。しかし、このときは無事に回復し、その後は著しい変化はなく経過した。そして、四月四日には肺炎の治療としての抗生物質の投与もやめた。但し、同月五日に食べ物を詰らせて呼吸困難となったが、吸引により回復した。そして、四月一〇日早朝突然呼吸不全(肺炎)及び心不全を起こし、救命処置の間もなく死亡した。

5  一郎のように一般健康状態の悪い高齢者の場合には、飲食物や時には分泌液でさえ嚥下性ないし誤飲性の肺炎を起こす原因になりうるものであり、その場合にはしばしば重篤な呼吸不全及び心不全が生じうる。

6  前記病院の主治医は、火災に遭ったショックやストレスが一郎の健康に悪影響を与えなかったとは断言できないとしながらも、本件の入院治療の経過に照すとそれが一郎の死亡の原因となったものとはいえないと判断している。

二右の認定、とりわけ一郎の本件火災前からの健康状態、火災及び避難時の一郎の情況、入院中の様子、死亡までの期間、直接の死因、主治医の判断などに照すと、本件火災が一郎の死亡の原因になったとは認め難いといわざるをえない。

三そうすると、その余の点を判断するまでもなく、原告の本件請求は理由がない。

(裁判官加藤英継)

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