東京地方裁判所 平成2年(ワ)11465号 判決 1990年12月25日
原告
千葉産業開発株式会社
右代表者代表取締役
大貫道夫
右訴訟代理人弁護士
神岡信行
被告
南西株式会社
右代表者代表取締役
除野健次
右訴訟代理人弁護士
林彰久
同
池袋恒明
主文
一 被告は、原告に対し、別紙物件目録一ないし三記載の不動産につき、別紙登記目録一記載の根抵当権設定登記及び同目録二記載の所有権移転請求権仮登記の各抹消登記手続をせよ。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
主文と同旨
第二事案の概要
原告は、訴外明裕不動産株式会社(以下「訴外会社」という。)の被告に対する金銭消費貸借契約に基づく債務を担保するため、原告が所有する不動産につき根抵当権設定契約及び代物弁済の予約をし、これに基づき右不動産に根抵当権設定登記及び所有権移転請求権仮登記がされたが、原告が、右根抵当権の極度額に相当する五四億円を供託して、民法三九八条の二二に基づき右根抵当権の消滅を請求し、前記根抵当権設定登記及び所有権移転請求権仮登記の抹消登記手続を求めた事案である。
一争いのない事実
1 原告は、別紙物件目録一ないし三記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を所有している。
2 原告は、昭和六一年一月三一日、訴外会社の被告に対する同日付け金銭消費貸借契約に基づく一四〇億円の債務(以下「本件債務」という。また、これに対する被告の債権を「本件債権」という。)を担保するため、本件不動産につき根抵当権設定契約及び代物弁済の予約をし、これに基づき右不動産に、別紙登記目録一記載の根抵当権設定登記及び同目録二記載の所有権移転請求権仮登記がされた。
3 訴外会社に対する訴訟において、被告は、被告が本件債権の担保権の実行として、訴外会社所有の不動産について譲渡担保権及び仮登記担保権を実行し、これを本件債務に充当したため、平成二年八月八日当時の本件債務の残額(残元本及び遅延損害金等の合計)は四二億〇〇四九万八九二七円であると主張し、他方訴外会社は、右譲渡担保契約及び代物弁済予約契約は無効である、また、譲渡担保権及び仮登記担保権の実行は無効であるとして、本件債務の残額は一八八億二九二八万九六三七円であると主張し、両者の間には争いがある。
4 原告は、同年七月一〇日、被告に対し、内容証明郵便をもって、右根抵当権の担保すべき元本を確定するよう請求し、右内容証明郵便は、同月一二日に被告に到達したが、被告は、右請求の日から二週間後の同月二六日までに元本の確定をしなかったため、右根抵当権の被担保債権額は確定した。
5 原告は、同年八月八日、被告に対し、右根抵当権の極度額に相当する五四億円を現実に提供し、同年九月一四日、同額を東京地方法務局に供託した。
二争点
1 原告は、本件債務につき連帯保証人であるか。
2 前項3記載のとおり、被告と訴外会社との間で現存債務額につき争いがあり、右債務額が根抵当権の極度額を超えるか否か不明の場合、原告は、被告に対し、本件根抵当権の極度額に相当する五四億円を払い渡し又は供託することにより、民法三九八条ノ二二に基づき根抵当権の消滅を請求できるか。
3 本件五四億円の供託の効力
第三争点に対する判断
一連帯保証人について
被告は、原告は、訴外会社の被告に対する本件金銭消費貸借契約に基づく債務について連帯保証しているので、本件根抵当権の消滅を請求することはできない旨主張するが、本件金銭消費貸借契約証書<証拠>の本件債務の連帯保証人欄には訴外蔡明裕のみの記載があり、原告の記載がないことからしても、原告が本件債務につき連帯保証人であるとは認められない。
ところで、本件根抵当権設定契約証書兼代物弁済予約証書<証拠>には、連帯保証人兼根抵当権設定者の欄に原告の記名、押印があるが、もし原告が本件債務につき訴外会社を連帯保証するのであれば、右証書と同日付けの前記金銭消費貸借契約証書の連帯保証人欄にも原告の記名、押印があってしかるべきであるのにそれがないこと、根抵当権設定契約証書兼代物弁済予約証書の一二項の文言からしても、右記名、押印がされた趣旨は、原告が、根抵当権設定契約及び代物弁済予約に基づいて訴外会社が被告に対して負担するすべての債務を、訴外会社と連帯して保証する旨約したにすぎないと解されることなどにかんがみると、右事実をもって前記認定を左右することはできない。
二根抵当権消滅請求権について
民法三九八条ノ二二が物上保証人等に対し極度額に相当する金額を払い渡し又は供託することにより根抵当権の消滅を請求することを認めた趣旨は、根抵当権は極度額という枠の支配権であり、物上保証人等は、その範囲で負担を負っているにすぎず、極度額を超える債務が存在する場合に常にその全額を支払わなければ根抵当権を消滅させることができないこととすると、物上保証人等に過度の負担を強いることになるということから、元本の確定後において現存債務額が極度額を超えるときは、物上保証人等に極度額に相当する金額を払い渡し又は供託させることによって根抵当権の消滅を請求することを認め、その負担を免れさせることにあると解するのが相当である。
そうだとすれば、本件のように、現存債務額につき、債権者である被告が極度額より少ない額を主張し、債務者である訴外会社が極度額を超える額を主張するなど、両者の間に争いがあって、現存債務額が不明である場合についても、民法三九八条ノ二二の「現に存する債務の額が根抵当権の極度額を超ゆるとき」に該当するものとして、物上保証人である原告は、極度額に相当する額を払い渡し又は供託して根抵当権の消滅を請求することができるものと解するのが相当である。
ところで、被告は、民法三九八条ノ二二による根抵当権の消滅を請求できるのは、根抵当権の被担保債権の残額が極度額を超えていることが裁判上認定された場合又はそれにつき争いがない場合に限られ、本件のような場合、原告としては、まず被告との間で訴訟手続等によって現存債務額を確定させた上で、それが極度額を超えているとき初めて根抵当権の消滅を請求すべきで、逆に超えていない場合は第三者弁済の方法により根抵当権の消滅を請求すべきであり、現存債務額が不明のまま根抵当権の消滅を請求することはできない、このように解しても、原告は、被告の主張する額を第三者弁済することにより根抵当権の消滅を求めることができるので原告に不利益はないし、逆に極度額を払い渡し又は供託することにより根抵当権を消滅することを認めると、原告に被告が主張する債務額を超えた極度額相当額の金銭的支出を強いることになり、原告に不利益を与えることになる旨主張する。
しかしながら、原告は、訴外会社と被告との間の現存債務額を訴訟手続等で確定させ、右額が極度額を超えることが明らかになった場合に初めて民法三九八条ノ二二の根抵当権消滅請求ができるにすぎないと解すると、原告は、元本額が確定された後も訴外会社と被告との間の紛争が解決されるまで物上保証人としての地位から免れられないことになり、これは極度額の範囲内でしか責任を負わない物上保証人に過度の負担を強いることになって、債権者と物上保証人との利害の調整を図った前記本条の趣旨とも合致せず、また、原告が、現存債務額を超えた金銭的支出を強いられるという点については、原告が、右額の確定を待たずに極度額相当額を供託することにより根抵当権を消滅させるという方法を選択しているのであるから、これをもって原告に根抵当権の消滅請求権がないという根拠にはならない。
また、被告は、訴外会社との訴訟において現存債務額が四二億〇〇四九万八九二七円と主張していながら、五四億円の還付請求をすれば、全く矛盾した行動をとることになり、ひいては訴外会社の主張を認めることになるという事実上の不利益を被ることになり、更に、一つの債権について供託された供託金の一部についての還付請求は認められていないので、被告としては極度額相当額の受領を強いられるが、後日残存債務額が極度額未満であったことが確定すると、悪意の不当利得者として不当利得返還債務を負わされ、これを免れるには、被告と訴外会社との間の訴訟において残存債務額が確定するまで原告からの弁済を受領できないことになるが、他方根抵当権は消滅することになるという法律上の不利益を被ることになると主張する。
しかしながら、被告の事実上の不利益の主張については、それ自体理由があるとは解されず、法律上の不利益の主張についても、被告は、残存債務額が確定した後に供託金の還付請求をするなり、一旦五四億円の還付請求をした後、四二億〇〇四九万八九二七円との差額につき弁済供託等の手続をとるなどの方法により回避することができるのであり、被告の主張は採用できない。
なお、被告は、本件仮登記担保権は、いわゆる根仮登記担保権であって、極度額について特段の定めがないので、その極度額は本件不動産の適正な評価額であり、五四億円に限定されない旨主張するが、本件仮登記担保権がいわゆる根仮登記担保権であると認めるに足りる証拠はなく、本件根抵当権の消滅に伴い、本件代物弁済予約に基づく本件仮登記担保権が消滅したことは明らかであり、被告の主張は採用できない。
三本件五四億円の供託の効力について
被告は、本件債権の残額は四二億〇〇四九万八九二七円であるにもかかわらず、原告は、訴外会社の前記主張を事実上被告に認容させるべく、被告に対し五四億円を提供し、供託したのであるが、これは、右債権残額の四二億〇〇四九万八九二七円の提供、供託とはいえず、また、供託法上被告は右供託金五四億円の還付請求権を有するだけで、四二億〇〇四九万八九二七円の還付を受けることができないのであるから、このような供託は、適法な供託には当たらない旨主張する。
しかしながら、以上述べたことから明らかなように、本件のような場合において、現存債務額が不明であるとして、物上保証人である原告が、被告に対し、極度額相当額を現実に提供したが、被告が現存債務額は四二億〇〇四九万八九二七円にすぎないと主張してこれを受領しなかった(<証拠>)という事情のもとで、原告がこれを受領拒絶とみなして五四億円を供託した場合、右提供及び供託が有効であることはいうまでもない。
(裁判官木村元昭)
別紙物件目録
一 所在 千葉市富士見一丁目
地番 九番参
地目 宅地
地積 148.86平方メートル
二 所在 千葉市富士見一丁目
地番 九番六
地目 宅地
地積 828.85平方メートル
三 所在 千葉市富士見一丁目九番地六
家屋番号 九番六
種類 店舗兼事務所
構造 鉄筋コンクリート造陸屋根地下壱階附七階建
床面積 壱階 729.16平方メートル
弐階 796.25平方メートル
参階 615.48平方メートル
四階 470.57平方メートル
五階 470.57平方メートル
六階 105.30平方メートル
七階 48.60平方メートル
地下壱階 660.34平方メートル
別紙登記目録
一 千葉地方法務局昭和六壱年弐月弐〇日受付第七弐五〇号根抵当権設定登記
極度額 金五四億円
債権の範囲 昭和六壱年壱月参壱日金銭消費貸借契約、売買取引、賃貸借取引、消費貸借取引、寄託取引、請負取引、支払委託取引、保証取引、手形債権、小切手債権
債務者 明裕不動産株式会社
根抵当権者 南西株式会社
二 千葉地方法務局昭和六壱年弐月弐〇日受付第七弐五壱号所有権移転請求権仮登記
原因 昭和六壱年壱月参壱日代物弁済予約
権利者 南西株式会社