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東京地方裁判所 平成2年(ワ)12791号 判決 1992年3月26日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

理由

第一  請求

一  第一事件

(主位的請求)

第一事件被告は、原告に対し、別紙物件目録一記載の貸室(以下「貸室一」という。)を明け渡し、かつ平成二年九月一五日から右明渡し済みまで一か月一五万円の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

第一事件被告は、原告に対し、原告から金五〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、貸室一を明け渡し、かつ、平成二年九月一五日から右明渡し済みまで一か月金一五万円の割合による金員を支払え。

二  第二事件

(主位的請求)

第二事件被告は、原告に対し、別紙物件目録二記載の貸室(以下「貸室二」という。)を明け渡し、かつ、平成二年一〇月一日から右明渡し済みまで一か月金二九万円の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

第二事件被告は、原告に対し、原告から金七五〇万円の支払を受けるのと引換えに、貸室二を明け渡し、かつ、平成二年一〇月一日から右明渡し済みまで一か月金二九万円の割合による金員を支払え。

三  第三事件

(主位的請求)

第三事件被告は、原告に対し、別紙物件目録三記載の貸室(以下「貸室三」という。)を明け渡し、かつ、平成二年一〇月一日から右明渡し済みまで一か月金三〇万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

第三事件被告は、原告に対し、原告から金七二〇万円の支払を受けるのと引換えに、貸室三を明け渡し、かつ、平成二年一〇月一日から右明渡し済みまで一か月金一四万円六〇〇〇円の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、いずれも原告が被告らに対し、本件各貸室を含む建物全体(以下「本件建物」という。)及び諸施設の老朽化並びに本件建物が建築基準法等の法規に適合しない構造的欠陥を有する危険な建物であることを理由に、賃貸借契約解約申入れの正当事由があるとして、本件各貸室の明渡し等を求める事案である。

二  争いのない事実

1  西北ビル株式会社は、被告らに対し、本件各貸室を、次のとおりの約定で賃貸し、各賃貸借契約は、期間満了後いずれも更新されている。

(一) 第一事件被告関係(以下「賃貸借契約一」という。)

契約年月日 昭和五七年七月二六日

賃貸目的物 貸室一

使用目的 店舗

賃貸期間 昭和五七年七月二六日から三年間

賃料等 賃料一か月一〇万二〇〇〇円、共益費一か月三万八〇〇〇円

損害金 契約終了後明渡し済みまで賃料の三倍相当額

(二) 第二事件被告関係(以下「賃貸借契約二」という。)

契約年月日 昭和六〇年一〇月一七日

賃貸目的物 貸室二

使用目的 店舗

賃貸期間 昭和六〇年一一月一日から三年間

賃料等 賃料一か月二九万円

(三) 第三事件被告関係(以下「賃貸借契約三」という。)

契約年月日 昭和五八年一一月一六日

賃貸目的物 貸室三

使用目的 店舗

賃貸期間 昭和五八年一一月一六日から三年間

賃料等 賃料一か月三〇万五〇〇〇円

2  西北ビル株式会社は、昭和六一年一〇月一五日、日本相互信販株式会社に、同社は、平成元年五月一八日、原告に、それぞれ本件建物を売り渡し、原告は、各賃貸借契約における賃貸人の地位を承継した。

3  原告は、第一事件被告に対しては、平成二年三月一四日に、第二事件被告及び第三事件被告に対しては、平成二年三月一五日に、それぞれ到達の書面をもつて、各賃貸借契約を解約する旨意思表示した。

三  争点

1  本件建物は、その構造・躯体に亀裂等が発生し、鉄骨が腐食、膨張するなどして老朽化が進み、建物崩壊に至る危険性があるか。また、給・排水設備が劣化、腐食し、改修できない状態にあるか。さらに、電気設備の容量不足による過熱、停電及び建物老朽化に伴う漏水等による絶縁不良、漏電によつて火災を引き起こすおそれがあるか。

2  本件建物は、現行の建築基準法、消防法及び東京都安全条例に適合しない構造的欠陥を有する危険な建物であるか。

第三  争点に対する判断

一  甲四、五号証には、大要次のとおりの記載があり、証人田沢実は、右記載とほぼ同旨の証言をする。

1  構造・躯体

躯体コンクリートに亀裂、爆裂が発生しており、特に一階の床(スラブ)は、防水工事を実施していないため、亀裂による浸水によつて、鉄筋が腐食、膨張し、地下階天井は、梁、耐力壁に構造亀裂が発生し、鉄筋が露出し、腐食が進んでいる。このため、一階の床は、火災時の熱や地震の振動により抜け落ちることがあり得る。このような一階の梁、スラブの損傷は、ラーメン構造の特性上、ビル全体に波及し、ビル崩壊に至る危険性がある。

2  給・排水設備

給水管は、水道メーター以降の部分が同メーターボックスの狭隘等により、その取替え工事ができない。このため、漏水、赤水の発生を防止できない。受水槽は、竣立当時の地下コンクリート製のままであるが、砂、カビが発生して、維持管理、衛生管理上問題である。その取替え工事は容易ではない。

排水管、汚水管、汚水ポンプも劣化し、機能不全の状態にある。三階の共同便所は、異物が詰まり使用できず、排水設備の使用限界に達している。入居者がいる状態では取替え不可能な部分が多く、衛生上も問題である。

台所、洗面所、便所は、長年にわたつて水が使用され、そのこぼれ等により、床に浸透し腐食している。場所によつては、下階の天井まで腐食し、衛生的にも問題がある。特に浴室は、防水層の劣化が激しく、漏水が進み、部分的な改修工事では解決できない状態である。

3  電気設備

受変電設備は、設計負荷を大きく超えている。そのため、変圧器の容量不足により、過熱、停電の発生が予測される。

建築物の老朽化に伴う漏水等により、絶縁不良、漏電が火災の原因となり得る。地下一階から地上三階は、テナントの改修、改築により、二次配線が不明で、緊急遮断時には、混乱が起こり、救助活動に支障を来す。動力、電灯、コンセント各設備ともテナントの要求に応えられず、容量不足で使用限界に達している。

4  法規適合性

本件建物各階の店舗、事務所等の壁、天井は、木造であり、火災時には、火の回りが早く、有害ガスが発生し、人命問題となる。各階段室防火扉は、常時解放・常時閉鎖式である。火災時には、避難階段が煙突状態になり、避難できないし、階下よりの延焼の原因となるのに、排煙設備がない。なお、設計上、排煙設備の設置は不可能である。

共同住宅の台所、便所、浴室、浴槽釜の換気は、堅系統による共通コンクリートダクト方式であるが、ダクト内に防火ダンバー(火災により温度が急激に上昇した場合に、自動的に風道が閉鎖される装置)が設備されていない。地下一階、地上一階の換気は単独換気であるが、防火区画部に防火ダンバーが設置されていないため、火災時には、煙害により人命に危険が生じる。以上の本件建物の設備は、現行の建築基準法及び消防法に適合していない。

東京都安全条例は、緊急の際の避難を容易にするため、行き止まり廊下を禁止し、二方向に避難できることを要求しているのに、本件建物は、この要求を満たしていない。また、本件建物には避難上有効なバルコニーもない。さらに、消防救助活動に必要な「窓先空地」もなく、災害に対し効果的に対応することが困難である。建築基準法の改正において制度化された非常用照明設備もないので、非常の際に停電したときは、混乱が懸念される。これらの安全設備の設置工事は、大規模なものとなる。そのほか、火災発生時の初期消化に必要な諸設備も十分ではなく、避難誘導の設備についても同様である。

5  以上のとおり、本件建物の現況では、災害発生時には多大な物的、人的被害が想定されるので、早急な総合的改修工事、又は取り壊し工事を実施すべきである。

二  これに対し、乙一号証には、大要次のとおり記載があり、証人酒井浩は、右記載とほぼ同旨の証言をする。

1  構造・躯体

本件建物は、昭和三五年、日本住宅公団によつて建築されたものであり、竣工後三〇年余を経過したものであるが、構造的劣化が少なく、安定した建物である。平面形も断面形も整形しており、建物の重心が低く、剛芯と重心が重なつている上、コンクリートの質の悪さからくる被害はなく、コンクリートの中に打ち込まれている鉄骨と鉄筋が、コンクリートと一体となつて働き、地震には強い理想的な建物である。

構造的クラックとしては、床版に入つたコンクリートクラックがあるが、その幅は大きくない。また、コンクリートの打継部分の目地が入つていない部分に水平のひびわれが出ているが、これらは、いずれも修復可能である。

2  仕上げ

本件建物の外壁には、モルタル剥離やひびわれ部分があり、ひどいところでは、そこから雨水が浸入して、白華現象を起こしている。また、外部に面する開口部の建具回りのコーキング材の劣化や鉄部の塗膜の経年劣化による剥離、発錆、腐食が始まつている箇所が見られたり、一階通路床の現場打ちテラゾーンにひびわれが見られる。

ところで、建物の外装は、時間とともに経年劣化していくものであり、部位によつては五年又は一〇年ごとに修繕していく必要があるところ、本件建物については、昭和五七年以降修繕を怠つており、部所によつては故意に放置してあつたり、破損したと思われるところもあり、右劣化等の原因は、日常の保守管理の悪さによるものということができる。

いずれにしても、これらの劣化等は、適切な補修により甦らせることが可能であり、今後日常的保守管理と定期的な修繕工事を施せば、本件建物は、これまでの倍以上の使用に耐え得るということができる。

3  建築設備

建築設備である機械設備、給水設備、排水設備、衛生器具設備、受変電設備等の中には、長年の間の関係法規の改正で現在その基準を遵守していないものもあるが、だからといつて、本件建物を法規違反として取り壊す必要があるわけではない。不遵守箇所については、その重大さの程度によつて遡及措置として改修を要する場合があるが、本件建物にはそのような箇所はない。したがつて、本件建物については、日常的保守管理と改修を行つていけばよく、その改修が不可能な箇所はない。

4  避難設備

共同住宅は、各住戸が二方向に避難ができるようになつていなければならないところ、本件建物の各住戸の窓先には、避難バルコニーが設けられており、現在も有効に機能している。また、各住戸の玄関前の共同通路の行き止まり部には、必ず避難階段が設けられている。さらに、避難階段の避難階の外部には、一部を除いて幅員一・五メートルの避難通路が設けられている。

5  本件建物は、丁度今大修繕の時期にかかつているが、これまで放置していた部分を含めて、この際適切な修繕を施せば、使用上何らの問題もない。

三  そこで、検討するに、乙一号証の作成に当たつて本件建物を調査した一級建築士である酒井浩は、被告側からの依頼によつたため、本件建物の竣工図面等の設計図書をみていない点で、やや難はあるものの、二回にわたる現地調査と甲四号証の報告書及び添付の写真を見た上で調査したものであり、乙二号証によつて認められるその経歴からしても、その判決は十分に信頼できるものというべきである。もとより、甲四、五号証を作成した一級建築士である田沢実も、四、五回にわたる現地調査と関係資料等を検討した結果、右甲号証を作成したものであつて、これ一概に排斥することは不適当であるが、前記乙一号証及び証人酒井浩の証言並びにこれらの証拠及び乙三から五号証によつて認められる、本件建物について所有者である原告らは昭和五七年ころ以降は日常の保守管理、修繕等を行つていないとの事実に照らせば、右甲四、五号証及び証人田沢実の証言のみによつては、本件建物の老朽化が進み、建物崩壊に至る危険性があるとか、本件建物の建築設備の不備が補修不可能であり、その結果、火災等を引き起こすなどして、人災をもたらすおそれがあるとか、さらに、本件建物が現行の建築基準法、消防法及び東京都安全条例に適合しない構造的欠陥を有する危険を建物であるとかの原告主張の事実を認めるには、未だ十分ではないといわざるを得ない。そのほか、原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、原告の主位的請求は理由がない。

四  原告は、予備的に正当事由を補完するための金員の提供を主張するが、三において判示したところによれば、本件においては、右の金員の提供をもつて正当事由を補完することは到底できないものというべきである。

したがつて、原告の予備的請求も理由がない。

(裁判官 秋山寿延)

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