東京地方裁判所 平成2年(ワ)12840号 判決 1993年12月15日
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金三〇八九万三五八〇円及びこれに対する被告丙川松夫及び被告有限会社戊田サービスについては平成二年一〇月一九日から、被告丁原竹夫については同月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その二を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 本判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
理由
一 請求原因1ないし3
1 請求原因1の(一)、(二)及び同(三)のうち被告丁原が原告の昭和六三年事業年度の税務申告手続を代行した税理士であることは、当事者間に争いがない。
2 請求原因2の原告と被告会社との継続的な委任契約の有無・内容については争いがあるものの、原告が被告会社に対し、原告の昭和六三事業年度の決算書類の作成及び法人税申告書の作成に必要な計算処理と、しかるべき税理士に税務申告手続の代行を任せることを委任したことは、被告らも認めている。したがつて、被告会社が、委任契約上原告に対し、右決算書類の作成及び法人税申告事務を善良な管理者の注意をもつて処理する義務を負うことは明らかであり、右争いのある点は、被告らの注意義務違反を判断する際に考慮すべき事情になるにとどまる。
3 請求原因3は当事者間に争いがない。
二 被告らの責任原因について
1 被告らの(善管)注意義務違反として主張されている点のうち、別紙有価証券売却損益一覧表記載の東京建物から三井物産までの一五銘柄の期末評価額の計算方法を誤つたとする点(請求原因3の(四)の(2)ないし(4))については、被告丙川の供述によれば、同人は、昭和六三事業年度の有価証券売却損益を計算する際に、法人税法が認める有価証券の評価方法である総平均法や移動平均法によらず、原告が送付した有価証券残高一覧表(甲一三のうち二枚目まで)に記載された買受額を自ら検討を加えることなくそのまま計上し、誤つた申告を行う結果となつたことが認められる。
しかし、請求原因3の(四)の(2)ないし(4)記載のとおり、右一五銘柄(このうち大興電子通信は、評価額の誤りはない)の取得原価の評価額を合計すると確定申告より修正申告額の方が低いのであつて、右過誤の結果は過大申告となつている。そのこと自体は原告に損害を及ぼすべき注意義務といわなければならないが、本件において原告が主張する損害は、有価証券売却損を過大に計上したために、圧縮記帳を十分に行わず法人税等を零にしなかつたというものであるから、右損害に関する限り、右注意義務違反は因果関係がない。
2 そこで、別紙有価証券売却損益一覧表のソニーケミカルから大日本印刷までの一〇銘柄の有価証券を計上しなかつたこと及び昭和六三年一二月二六日の取引の未収金を計上しなかつたこと(請求原因3の(四)の(1)及び(5))について、被告らに注意義務違反が認められるかどうか検討する。
《証拠略》によれば、被告丙川は、昭和六三年度の決算事務を処理するにあたり、同年一二月末における有価証券残高に関する具体的な資料を送るように同年一二月末頃に長尾に依頼したところ、長尾から昭和六三年一二月末日現在の有価証券残高を記載した二枚綴りの一覧表及び昭和六三事業年度中の株式取引の明細を表した三枚綴りの一覧表の送付があり、後者の株式取引明細表には、前記ソニーケミカル以下の一〇銘柄の株式について、別紙有価証券売却損益一覧表記載のとおりの残高の記載があつたこと、被告丙川は、それ以上乙野やその他の原告担当者に確認をとることなく、右一〇銘柄を計算に入れずに決算書を作成したことが認められる。
また、前掲証拠によれば、被告会社は原告から、証券会社から原告に送付された株式売買報告書につき、一、二か月まとめてその写しの送付を受けていたことが認められる。
右のとおり、被告会社は、昭和六三年一二月末日現在右一〇銘柄の株式の記載がある旨の株式取引明細表を原告から送付されて、かつ、証券会社の株式売買報告書の写しの送付も受けていたのであるから、これらの資料に基づき、疑義があればさらに原告に問い合わせるなどして、正確な有価証券売買の損益を計算することが可能であつたし、いやしくも被告会社の義務として決算書類の作成及び法人税申告事務等の委任を受けていた以上、そうすべき委任契約上の注意義務を負つていたというべきである。しかるに、被告会社は、漫然と、前記有価証券残高一覧表の記載等のみに基づいて有価証券売買損益を計算し、その結果ソニーケミカル等一〇銘柄の有価証券の存在を看過したため、有価証券売却損を過大に計上したものであつて、右注意義務に違反したというべきである。また、同様に、昭和六三年一二月二六日の取引についても、前記株式取引明細表に記載があるところ、その取引日からして未収金の発生が当然予想され、かつ証券会社から株式売買報告書の送付も受けていたのであるから、未収金の存在に気づかず、その計上を怠つたことには注意義務違反が認められる。
3 本件において、仮に正しい有価証券売却損を計上した場合でも、建物の一部を圧縮記帳の対象としていればその分だけ損金の額が増加し、納付税額が零で済んだという関係にあることは、当事者間に争いがない。
被告らは、建物の圧縮積立金を計上しなかつたのは、原告の指示によるものであるから、右処理をしたことについて被告らに責任はない旨主張する。なるほど、原告から被告代表者に送付された「63年度甲野産業決算及び圧縮記帳確定についてのお願い」と題する書面には、「基本原則として……丁川マンションの建物の圧縮延長を承認して戴いておりますが、これを廃止し償却資産としたいので今回の圧縮より除外し、土地のみ圧縮して下さい」との記載があり、また、被告丙川は、右書面受領後の電話でも原告代表者から建物は圧縮しなくてよいと言われていた旨供述する。
しかし、甲五の右記載自体、必ずしも全ての建物について圧縮から除外するという趣旨には読めないものであるばかりでなく、甲五には、「父の株売却損も明確でなく……経常収支もはつきりしない中で、最も代替資金が少なくそして最終税金を払わなくて良いかを検討した私の答が9億円前後ありましたので、その線に沿つて物件を購入し」、「代替(圧縮)確定は、株売買損、経常収支を見込んだ後、代替物件をどの物件まで確定すれば代替決算を含めて今期税金は0になるか検討の上、下記の順序で確定して下さい」との記載もあることから考えると、甲五全体としては、昭和六三事業年度の納税額を零にするための決算書の作成とそれに基づく税務申告を被告会社に求める趣旨のものであつたことが容易に読み取れるものであり、被告丙川が述べる電話での指示も、無条件で建物を圧縮対象としないというものであつたとは考え難い。
したがつて、誤つて有価証券売却損を過大に計上し、建物の圧縮積立金を全く計上せず、原告が多額の法人税等を納付せざるを得ない結果を招いたことは、本件委任契約上被告会社に課せられた善管注意義務に違反した債務不履行にあたるというべきである。
なお、被告らは、原告が本件確定申告書中の有価証券の計上漏れを発見して、期限内に申告のやり直しをすることが可能であつたのに、これをしなかつたと主張するが、仮にそうしたことが時間的に可能であつたとしても、専門家の作成した決算書類と税務申告書の誤りを素人である原告が発見し是正しなかつたことを非難はできず、被告らの責任を否定すべき事由とならないことは論ずるまでもない。のみならず、《証拠略》によれば、原告代表者が被告丙川から本件法人税確定申告書の送付を受けたのは平成元年三月中旬と認められるが、原告の場合、三月末までであれば正規に申告のやり直しができたとは認められない。
4 被告丙川は、被告会社の代表者として、現実に本件決算書類と税務申告書の作成にあたつた者であるから、当然、不法行為上の過失が認められる。
また被告丁原については、同被告が原告の昭和六三事業年度の税務申告手続きを代行した税理士であることは争いがなく、《証拠略》によれば、被告丁原は被告会社の顧問として、被告丙川の行う決算事務、税務申告事務等を指導、点検する業務を行つていた者であることが認められるから、被告丙川が前記のとおり誤つた決算書及び法人税申告書を作成した際、その過誤を是正しないまま確定申告に至らせた以上、被告丙川に対する指導監督を怠つた過失があり、原告に対し民法七〇九条に基づく不法行為責任を負うというべきである。
三 損害について
1 被告らの注意義務違反により、原告は一億一七九三万九六〇〇円の法人税等を納付する結果となつたが、これをそのまま原告の損害とすることには疑問がある。
すなわち、圧縮記帳は、税を最終的に減免するものではなく、課税の延期の手段にすぎない。本件の場合も、建物を圧縮記帳の対象とすると、当該建物の帳簿上の取得価額は圧縮された金額となる結果、各事業年度の減価償却費は実際の取得価額で計算される場合よりも少なくなり、圧縮記帳によつて当初減つた分の法人税が当該建物の耐用年数にわたり徐々に回収されることになる。確かに、翌期以降利益が発生しなければ、減価償却費の多寡にかかわらず、法人税は納付する必要がなくなり、結果として税が減免された観を呈するが、それはたまたまそうなつただけで、営利を目的とする会社について、翌期以降長期にわたつて利益のないという異常な事態を想定して、圧縮記帳をしなかつたことによる税額の増加が、当該年度の税額確定と同時に損害として確定すると解することは適当ではない。
したがつて、圧縮記帳をしなかつたため原告が実際に申告・納付した税額から圧縮記帳をしたと仮定した場合にその後法定償却期間を通じて増加する法人税等の総計(ただし、損害発生時である実際の納付時を基準とすべきであるから、中間利息を控除する)を控除した金額をもつて原告の損害とするのが相当である。なお、原告は、圧縮記帳によつて一億一七九三万九六〇〇円の納付が不要となれば、年五パーセントでも年間約五九〇万円の運用益が得られ、これで将来の法人税等の増加額の支払が可能となるから、損害金は支払いを余儀なくされた一億一七九三万九六〇〇円であると主張する。しかし、本件の損害は修正申告税額の納付時に発生しており、その時点における金銭的評価を行つた額につき原告に損害賠償請求権が与えられるのであるから、その後における運用益を仮定して損害額を考えることは相当でない。また、原告は、昭和六三事業年度から平成四事業年度までは確定申告上計上収益が赤字であり、圧縮記帳の有無にかかわらず納税の必要がないことが確定しているからこの期間の法人税額は零とすべきであるとも主張するが、右と同様、損害額の金銭的評価時点以降の事情は損害額算定に際し考慮すべきではない。
2 昭和六三事業年度の所得金額を零とするためには別紙取得不動産一覧表の番号(1)丙山ビルと(6)丙田ハイツの両建物を圧縮記帳の対象として加えれば十分であると認められるところ(両建物の取得金額の合計に差益割合と課税繰延割合を乗じた金額は、同年度の修正申告所得額を超える)、《証拠略》によれば、別紙減価償却費等計算表による納税差額の計算は妥当なものと認められるから、納税差額の合計額は一億一二四八万八四五五円となる。右金額から、別紙中間利息控除額計算表のとおり、ライプニッツ式により中間利息を控除すると、納税額の現在価格は五六一五万二四四〇円となるから、実際の納付税額一億一七九三万九六〇〇円から右金額を控除した六一七八万七一六〇円が、本件における原告の損害であると認められる。
四 過失相殺
本件において被告らが前記のような注意義務違反を犯したことについては、前述のように、原告側から被告会社に送付した有価証券に関する資料が不完全であつたことや、原告代表者が被告丙川に対し、建物については一切圧縮記帳しなくてもよいと誤解されかねない文書を送付したことが寄与しており、これらの点について原告にも過失がある。
その過失の割合としては五割が相当である。
五 結論
以上のとおりであるから、原告の請求は、損害額の六一七八万七一六〇円から五割を過失相殺した三〇八九万三五八〇円の限度で理由があり、原告は一部請求として一億円を請求しているからその範囲内である三〇八九万三五八〇円の限度で認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九〇条、仮執行宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 田中俊次 裁判官 佐藤哲治)