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東京地方裁判所 平成2年(ワ)13041号 判決 1992年9月30日

原告

道川満彦

右訴訟代理人弁護士

芳永克彦

内田雅敏

内藤隆

山崎恵

被告

株式会社東京スポーツ新聞社

右代表者代表取締役

太刀川恒夫

右訴訟代理人弁護士

中村尚彦

主文

1  被告は、原告に対し、三五〇万円及び内三〇〇万円に対する平成二年九月二六日から、内五〇万円に対する本判決確定の日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告に対し、別紙(四)記載のとおりの謝罪広告を別紙(五)記載の掲載要領に従い被告発行の「東京スポーツ」、「大阪スポーツ」、「中京スポーツ」及び「九州スポーツ」の各紙上に掲載せよ。

3  原告のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

5  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、一二〇〇万円及びこれに対する平成二年九月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告に対し、別紙(一)記載のとおりの謝罪広告を別紙(二)記載の掲載要領に従い被告発行の「東京スポーツ」、「大阪スポーツ」、「中京スポーツ」及び「九州スポーツ」の各紙上に、右謝罪広告を別紙(三)記載の掲載要領に従い株式会社朝日新聞社発行の「朝日新聞」、株式会社読売新聞社発行の「読売新聞」、株式会社毎日新聞社発行の「毎日新聞」及び株式会社産業経済新聞社発行の「産経新聞」の各全国版並びに株式会社山陰中央新報社発行の「山陰中央新報」の各紙上に掲載せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および第1項につき仮執行宣言を求める。

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二  当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  原告は、日本の地方競馬全国協会から騎手免許を取得し、益田競馬場(島根県)において騎手として実績を上げた後、平成元年一月からはマラヤ競馬協会(マラヤン・レーシング・アソシエーション)(以下「MRA」という。)に所属して同協会が統括するマレーシア国内の三競馬場(クアラルンプール、ペナン、イポー)とシンガポール国内の一競馬場(ブキティマ)において活動し、MRAの同年度リーディング・ジョッキー(最多勝騎手)となったことがある騎手である。

被告は、関東地方から東日本にかけて「東京スポーツ」、近畿地方を中心とする一帯に「大阪スポーツ」、中部地方を中心に「中京スポーツ」、九州地方を中心に「九州スポーツ」の名称で日刊新聞を発行している新聞社である。

2  被告は、平成二年九月二六日付の「東京スポーツ」紙のトップ記事として、第一面のほぼ全部を利用して、原告の氏名を大きく明示し、本人の写真を掲載した上で、「発覚 八百長競馬疑惑」との大見出しの下に、「日本人騎手 海外戦で汚点」、「地元(暴力団)と黒い噂」、「国外追放へ」、「目立つクサいレース」等の大きな見出しを使用して、別紙(六)記載のとおりの記事を掲載したほか、「大阪スポーツ」、「中京スポーツ」及び「九州スポーツ」の各紙上においても本件記事と同様の記事を掲載して、全国に報道した(これらの記事を以下「本件記事」という。)。

3  本件記事は、結局、原告がMRAにおいて八百長レース、特に地元のシンジケート(暴力組織)とかかわりのある八百長レースを行っていること、MRAの幹部が原告の右八百長レースを問題視して、原告に対して追放等の処分をする方針を表明したという虚偽の事実を摘示したものであって、原告は、これにより著しくその名誉、信用を毀損された。

4  本件記事は、日本国内のみならず、マレーシア及びシンガポールのマスコミ、競馬関係者の間においても周知の事実となっている。

原告は、本件記事が報道されたことによって、MRAで騎乗することに支障を生じているほか、いずれ騎手や調教師として日本の競馬界に復帰する意思を有しているが、本件記事がこのように大々的に報道された以上、原告の潔白が証明されない限り、日本競馬界への復帰をほとんど断念せざるを得ない。

このように、原告は、本件記事によってこれまでに築き上げてきた騎手としての名声も社会的信用も一挙に失墜させられたのである。

加えて、本件記事を掲載した被告発行の新聞は、原告の実家のある島根県益田市近辺でも読まれており、原告の留守を守っている家族までもが多大の不安と故なき非難に苦しめられ、原告の精神的苦痛を増している。

5  よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償として慰藉料一〇〇〇万円及び弁護士費用二〇〇万円並びにこれらに対する不法行為の日の平成二年九月二六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるとともに、名誉を回復するために必要な処分として、請求の趣旨第2項記載のとおりの謝罪広告の掲載を求める(本件記事は、原告の出身地を含めて全国的に読まれている以上、全国紙及び原告の出身地の地方紙である山陰中央新報においても謝罪広告が掲載されるのでなければ、原告の被害の回復は十分ではない。)。

二  請求原因事実に対する被告の認否

1  請求原因1及び2の事実は、認める。

2  同3の事実は、否認する。

被告は、本件記事において原告が八百長レースを行っていると断じた訳ではなく、単にそのような噂があることを報道したものにすぎない。

3  同4の事実は、知らない。

三  被告の抗弁

1  本件記事の内容は、公共の利害に関する事実であり、専ら公益を図る目的で報道されたものであって、いずれも真実であるから、被告が本件記事を掲載したことにはなんらの違法性もなく、不法行為を構成しない。

(一) 原告は、平成元年五月七日に開催されたペナン競馬場でのレースにおいて、本命のジブラルタルという馬に騎乗した際、馬主ダトウ・ヤン及び当時契約関係にあった調教師K・L・チョンの両名から八百長レースを頼まれて、これを引き受けたが、結果的にはジブラルタルが一着になってしまったため、八百長に失敗したことがあった。

また、原告は、同年四月にイポー競馬場で開催されたレースにおいて、キャルシアムという馬に騎乗した際にも、調教師の指示に従わずに負けるなど、八百長レースを窺わせる騎乗の仕方をしている。

(二) 被告は、平成二年九月、スポーツ新聞の競馬記者経験を有し当時テレビ番組制作会社の競馬番組担当チーフプロデューサーであった訴外加賀谷修(以下「加賀谷」という。)がマレーシアでの国際招待レースに出走する訴外河内洋騎手(以下「河内騎手」という。)に同行取材することを知って、同人に河内騎手のレース経過を被告の発行する日刊紙「東京スポーツ」などに掲載するため寄稿するよう依頼していた。

加賀谷は、同月四日、河内騎手、馬主である訴外酒井泰次とともに日本を出発し、同月一六日までクアラルンプール、ペナン、イポー等に滞在して取材に当たったが、この間、MRAの職員のO・B・ハッサン、原告がマレーシアで最初に契約し原告と深い関わり合いを持っていた調教師のK・L・チョン、現地で利用した車のペナンの観光運転手タン・ホクセン、マレーシアの事情に精通し各界に人脈を持っている酒井泰次、日本人の現地駐在員らから原告がシンジケートがらみの八百長レースをしているという噂を聞いた。

また、マレーシアのイポー競馬場を運営するベラ・ターフ・クラブの理事長である訴外ジャヤラトナムは、同月一三日頃の夜、酒井泰次、河内騎手らとともに加賀谷を自宅の食事に招待したが、その際、同人は、加賀谷の質問に答えて、本件記事のような結論が導かれる話をした。

被告は、加賀谷からこれらの取材結果の報告を受けて、原告に深い関わりを持つ複数の者が同じ内容の話をしているというところから、その内容が真実であるものと判断し、前記のような噂やジャヤラトナムの発言又はこれらから導かれるところを本件記事としたものであって、なんら虚偽の事実を含むものではない。

2  また、仮に本件記事の内容が真実ではなかったとしても、右のような取材経過等に照らすと、被告においてこれを真実を信ずべき相当の理由があったから、被告には本件記事の報道につき、故意又は過失がなく、不法行為は成立しない。

四  抗弁事実に対する原告の認否

1  抗弁1の(一)の事実中、原告が平成元年五月七日に開催されたペナンでのレースにおいてジブラルタルに騎乗した際、K・L・チョンから勝たないように依頼を受けたが、ジブラルタルが一着になったことは認めるが、その余の事実は否認する。

原告は、K・L・チョンの右の依頼を拒絶した。

抗弁1の(二)の事実は、知らない。

2  抗弁2の事実は、否認する。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。

二そして、本件記事(別紙(六)参照)は、「サム・オカヤ通信員」(証人加賀谷修の証言によれば、右「サム・オカヤ」は、被告が加賀谷の取材したマレーシアでの国際招待レースにおける河内騎手に関する記事や本件記事を報道するにあたって加賀谷のために付したペンネームであることを認めることができる。)の取材通信に基づくものとしての体裁をとって、原告の経歴や原告がマレーシア及びシンガポールに渡ってからの活躍振りを紹介した上で、地元関係者の言として「道川はクサい(八百長)レースをしている。証拠があがらないから騎乗停止とか、騎乗失格処分にはできないが、MRA上層部は彼を切りたがっているんだ。」、日本商社の現地駐在員の言として「話がよく入ってきます。花形の日本人だけに我々も困ってしまう。それに、こちらへ来た当時、面倒をみてもらっていたK・L・チョンという調教師とも、なぜかケンカ別れしたとか、派手に暮しているとか、とにかく周辺がおかしいらしいです。」、MRA幹部ジャヤラトナムの言として「日本人のジョッキーはとにかく技術が凄い。何人でもこちらに来て乗ってほしいよ。」、「だがね、どんないいジョッキーでも、一年もいると悪くなる。ミチカワの身辺にシンジケートの黒い動きがあるようだ。はっきりした証拠はあがってないがね。」、「MRAとしては、騎手ライセンスを与えない方向。その方法も見つけた。道川の持っている日本(地方競馬)の騎手資格が九月末に切れると聞いている。それ以後、MRAで騎乗することはないだろうね。」などと関係者の発言を引用して報道するものであって、こういった本文の内容に「発覚八百長競馬疑惑」、「日本人騎手海外戦で汚点」、「地元と黒い噂」、「国外追放へ」、「目立つクサいレース」等の見出しの配置や、ジャヤラトナムの写真に付した「MRAの“ドン”ジャヤラトナム理事。道川追放の急先ぽう?」とのコメントを総合的に勘案し、一般読者の普通の注意と読み方を基準としてこれを閲読すると、本件記事は、原告が八百長レース、特にシンジケートがらみのそれを行っている具体的で確実な嫌疑があって、MRA幹部がこれを理由として原告に対し追放等の処分をする意向を表明しているという意味内容のものとして読み取ることができる。

そして、一般読者としては、このような報道が右のような形で大々的になされた以上、実際にも原告がシンジケートがらみの八百長レースという犯罪的な不正行為にかかわっていることが相当程度に確かであるとの判断をするのが通常であって、それによって原告の社会的評価、とりわけ騎手としてのそれが著しく低下させられ、原告の名誉が害されることが明らかである。

三そこで、被告の抗弁の成否について、検討すると、先ず、<書証番号略>、証人加賀谷修、同酒井修、同石川ワタル及び同酒井泰次の各証言並びに原告本人尋問の結果を総合すると、次のような事実を認めることができる。

1  スポーツ新聞の競馬記者経験を有し当時テレビ番組制作会社の競馬番組担当チーフプロデューサーであった加賀谷は、平成二年九月、マレーシアでの国際招待レースに出走する河内騎手に同行して取材することになったが、その際、被告から河内騎手のレース経過を被告の発行する日刊紙「東京スポーツ」などに掲載するため寄稿するように依頼を受けていた。

加賀谷は、同月四日、河内騎手、馬主でマレーシア、シンガポールへしばしば往来しそこでの競馬界にも通じていて原告とも一時期親交のあった酒井泰次とともに出発して、同日クアラルンプールに到着し、同所で原告がマレーシアで最初に契約し原告と深い関わり合いを持っていた調教師のK・L・チョンが一行に加わって、翌日同所を発ち、ペナンに到着した。そして、K・L・チョンを除く四人は、同月一〇日、ペナンからイポーに移動し、同月一六日まで同所に滞在した。

2  加賀谷は、原告に関してはほとんど予備知識を持っていなかったが、同月五日ペナンに到着した早々、MRAの職員のO・B・ハッサンから「道川を知っているか。道川は競馬の賞金よりもレース以外のお金でたくさん儲けている。」との話を聞かされた。

加賀谷は、O・B・ハッサンのした右の話の趣旨がよく判らなかったが、K・L・チョンに原告のことを尋ねたところ、同人は、「道川は、シンジケートにからんでいて危ないジョッキーだから、あまり近づかないように。」との話をし、また、酒井泰次も、「河内をあまり道川に近づけないように。」と指示し、さらに、ペナンの観光運転手タン・ホクセンは、加賀谷に対し、「ここの国の競馬というのは、いろいろシンジケートとかそういうのがからんでいてちょっと危ない。道川も危ないレースをしているというのを聞いている。」と語った。

また、加賀谷は、ペナンで知り合った日本人の商社駐在員(氏名不詳)から、「道川君というのは評判が悪い。K・L・チョンと喧嘩別れしたらしい。」と聞いたので、別の機会にK・L・チョンにその理由を尋ねると、同人は、「原告が貸した金を返さないからだ。」と答えた。

3  加賀谷は、同月一三日頃の夜、酒井泰次、河内騎手及び競馬記者の石川ワタルらとともに、イポー競馬場を運営するベラ・ターフ・クラブの理事長であるジャヤラトナムの自宅に食事に招待され、その際、たまたま原告のことが話題になったが、ジャヤラトナムは、日本人のジョッキーは技術的にどうかとの加賀谷の質問に対して、「外国のジョッキーは技術的にはすばらしいものを持っているが、あまり長く当地にいると悪い方に染っていく。」との趣旨の発言をし、さらに、同月中に到来する原告の日本での騎手免許の期限が経過したときにも原告がMRAで騎乗することができるかとの加賀谷の質問に対して、「日本での免許の期限が経過すれば、当然MRAでの免許も下りないであろう。それが国際ルールであると理解している。」との趣旨の答えをした。

なお、ジャヤラトナムは、被告が本件記事を報道した後、本件記事中に同人の言として引用されたような発言をしたことを全面的に否定して、被告に謝罪を要求した。

4  加賀谷は、右2及び3にみたような過程において、対談又は質問の相手方に対して、原告について取材している旨を明示したことはなかったし、右の過程で聞き知ったことについての格別の裏付けのための取材や調査をしたことはなかった。

そして、加賀谷は、この間の同月八、九日頃にレースの合間を縫って原告に会った際又は同月一五日に河内騎手とともに飲食した際の雑談中に、原告に対して、「シンジケートには関係がないのか。」と質問したのに対して、原告は、「シンジケートとは関係がないが、スポンサーがついている。」、「日本での免許が切れても、マレーシアでは大丈夫だ。」などと答え、加賀谷も、それ以上には具体的な質問はしなかった。

5  被告の担当者は、同月一七日に帰国した加賀谷から前記のような情報を取材結果として報告を受け、原告の日本の地方競馬全国協会の騎手免許の期限が同月二八日で到来することを確認し、原告のプロフィール等を補った上で、本件記事を作成して、前記のとおり、同月二六日付でこれを「東京スポーツ」ほか三紙に掲載した。

6  ところで、被告は、本件記事の報道後の同年一一月二日から五日までの間、被告の文化社会部記者酒井修及び加賀谷をマレーシア及びシンガポールに派遣して、原告に関する追加取材をさせた。

そして、酒井修及び加賀谷は、この間、K・L・チョンの調教師助手ホイ・キー・ポーに面会して、同人から、原告が平成元年四月にイポー競馬場でキャルシアムという馬に騎乗した際、調教師の指示に従わずに不自然な負け方をしたなど、八百長レースを窺わせる騎乗の仕方をしたという話や、原告が同年五月にペナン競馬場でジブラルタルという馬に騎乗した際、レース直前のパドックにおいてK・L・チョンから負けるようにとの指示を受けていたにもかかわらず、一着になってしまって、K・L・チョンらに大きな損失を負わせたことがあるとの話を聞かされた。

四以上のような事実関係の下において判断すると、先ず、被告は、原告が前記のジブラルタルに騎乗した際に八百長レースを頼まれてこれを引き受けたが、結果的にはこれに失敗したものであると主張し、証人酒井泰次も、これに添う証言をしているし、原告自身も、K・L・チョンから右のような依頼を受けたこと自体は自認するところである。

しかしながら、証人酒井泰次、同酒井修及び同石川ワタルの各証言並びに原告本人尋問の結果を検討すると、右ジブラルタルに関する噂や情報は、結局、いずれも原告が酒井泰次、石川ワタルらに対してK・L・チョンから右のような依頼を受けたがこれを拒絶したため、K・L・チョンからはその後ほとんど騎乗させてもらえなくなったとして相談したことに淵源を持つものであって、それ以外には独立した証拠はないし、八百長レースを意図しながら結果的に失敗して一着になるとか、出走直前のパドックで八百長レースの談合が行われ、そのとおりに事が運ばなかったために大きな損失を被ったということ自体、極めて不自然なことであって、容易に想定し難いところであり、他には原告がK・L・チョンの右の依頼を引き受けて八百長レースその他の不正行為を働き又は不正行為を働こうとしたものと認めるに足りる証拠はない。

また、前記キャルシアムの件については、証人酒井修の証言によっても、これに関してホイ・キー・ポーの話したところは、結局、同人の推測の域を出るものではないことが明らかであって、ここでも原告が不正行為を働き又は不正行為を働こうとしたものと認めるに足りる証拠はない。

そして、加賀谷がO・B・ハッサン、K・L・チョン、タン・ホクセン、商社駐在員等から原告に関して得た情報は、結局、取材目的であることを知らないままのこれらの者との短い会話の中で聞き及んだ原告に関する一般的な漠然とした風評の域を多く出ないものであって、なんら不正行為の具体的な実例を伴っておらず、単なる中傷にすぎないこともあり得ることを容易に疑うことのできる類のものである。また、加賀谷は、原告に対しても、右の者らから聞き及んだことについて雑談の中でさりげなく質問をしてその反応を確かめたという程度以上には確認してはおらず、他にはなんらの裏付けのための取材や調査をしなかったものである。

また、加賀谷がジャヤラトナムから得た情報は、その語られた状況等に照らすと、原告の八百長レースその他の不正行為又はそれを理由とするMRAからの原告の追放等といったこととは関係がないことが明らかであるにもかかわらず、これと加賀谷がO・B・ハッサン、K・L・チョン、タン・ホクセン、商社駐在員等から得た前記のような情報とを合わせて、原告が八百長レース、特にシンジケートがらみのそれを行っている具体的で確実な嫌疑があって、MRA幹部がこれを理由として原告に対し追放等の処分をする意向を表明しているものと帰納することは、いかにも牽強付会といわざるを得ない。

そして、被告担当者は、加賀谷から報告を受けた右のような情報に原告の日本の地方競馬全国協会の騎手免許の期限が間近に到来することや原告のプロフィール等を補っただけで、本件記事を作成して報道したものであって、それ以外には格別の取材や調査を行ったことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件記事の内容がいずれも真実であるとか、被告においてこれを真実と信ずべき相当の理由があったものといえないことは明らかであって、被告の抗弁は失当である。

五そこで、本件記事によって毀損された原告の名誉等の損害の回復について検討する。

1  先ず、<書証番号略>、証人石川ワタルの証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、平成元年にMRAのリーディング・ジョッキーとなって以来、一躍競馬界の注目を集め、「世界へ羽ばたいた異端児」として今後の活躍を期待する向きも多く、また、本人も、MRAでの実績を踏み台として他の国においても活躍をしたいという強い意欲を持っていたものであるところ、被告による本件記事の報道によって、日本国内においてはもとより、マレーシア、シンガポール等においても、原告が八百長レース等の不正行為にかかわっているのではないかとの疑惑が広まり、原告は、これによってその社会的評価を著しく害されたほか、今日に至るまでの騎手活動においても少なからぬ影響を受け、既に二年を経過した現在においても、原告が失った名誉は未だ回復され尽くしてはいないことを認めることができる。

2  そして、本件における不法行為の態様、その他先に説示したような諸事情に照らすと、被告は、不法行為による損害賠償として、原告に対して、原告が被った精神的苦痛に対する慰藉料として三〇〇万円、原告が本訴の提起・追行を原告訴訟代理人弁護士らに委任することによって出捐を余儀なくされる弁護士費用のうち五〇万円を賠償すべき義務があるものと解するのが相当である。

また、原告が失った名誉は、先にみたとおり、未だ回復され尽くしてはいないものと解されることに鑑みて、被告は、その回復のための措置として、別紙(四)記載のとおりの謝罪広告を別紙(五)記載の掲載要領に従い、被告が本件記事を掲載したのと同一の被告発行の「東京スポーツ」、「大阪スポーツ」、「中京スポーツ」及び「九州スポーツ」の各紙上に掲載すべき義務があるものというべきである。

六以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告に対して、慰謝料三〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成二年九月二六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、弁護士費用五〇万円及びこれに対する本判決確定の日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払い並びに主文第2項記載のとおりの謝罪広告の掲載を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとして、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条及び九二条の、仮執行の宣言については同法一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官村上敬一 裁判官中山顕裕 裁判官岡部豪)

別紙(一) お詫び

当社は、一九九〇年九月二六日付の「東京スポーツ」紙をはじめ、「大阪スポーツ」、「中京スポーツ」及び「九州スポーツ」紙上において、「発覚八百長競馬疑惑」の見出しの下に、あたかも貴殿がマラヤ競馬協会の統括するマレーシア及びシンガポールの競馬場において八百長レースを行っているかの如き記事を掲載しました。

右はまったく事実無根であり、一九八九年度にはマラヤ競馬協会のリーディング・ジョッキーになるなど優秀な騎手として活躍中の貴殿の名誉信用を傷つけ、大変ご迷惑をおかけしました。

ここに深くお詫びするとともに、心より反省し、今後報道にあたってはかかる過ちを犯さないことを全社をあげて誓約します。

年 月 日

株式会社東京スポーツ新聞社

右代表取締役 太刀川恒夫

道川満彦殿

別紙(二)

一 掲載すべき新聞

「東京スポーツ」、「大阪スポーツ」、「中京スポーツ」及び「九州スポーツ」

二 掲載すべき紙面 第一面

三 掲載すべき回数

二日間連続で各二回

四 広告の大きさ 一面の四分の一

五 使用する活字

一八級(4.5ミリ角)活字ゴチック字体

別紙(三)

一 掲載すべき新聞及び紙面 「朝日新聞」、「読売新聞」、「毎日新聞」及び「産経新聞」の各全国版並びに「山陰中央新報」

二 掲載すべき紙面

朝刊社会面記事下広告欄

三 掲載すべき回数 各一回

四 広告の大きさ

縦二段抜き、横八センチメートル

五 使用する活字 1.5倍活字

別紙(四) 謝罪広告

当社は、平成二年九月二六日付「東京スポーツ」紙のほか、「大阪スポーツ」、「中京スポーツ」及び「九州スポーツ」各紙上において、貴殿がマラヤ競馬協会の統括するマレーシア及びシンガポールの競馬場において八百長レースを行っているかのごとき記事を掲載して報道し、貴殿の名誉・信用を傷つけ、ご迷惑をおかけしたことをここに深くお詫びします。

年 月 日

株式会社東京スポーツ新聞社

右代表取締役 太刀川恒夫

道川満彦殿

別紙(五)

一 掲載すべき新聞 「東京スポーツ」、「大阪スポーツ」、「中京スポーツ」及び「九州スポーツ」

二 掲載すべき回数 各一回

三 使用する活字

一八級(4.5ミリ角)以上

別紙(六)<省略>

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