東京地方裁判所 平成2年(ワ)14054号 判決 1993年3月29日
原告
斎藤裕子
同
斎藤洋二郎
同
斎藤貞一郎
右三名訴訟代理人弁護士
小山勲
同
小林康志
被告兼同亡森千代訴訟承継人
山岸満世
右訴訟代理人弁護士
古賀政治
同
北村晴男
被告
山口節子
同
森保之
右両名訴訟代理人弁護士
岡田和樹
同
柳沢尚武
同
君和田伸仁
主文
一 被告らは、原告らに対し、別紙物件目録二記載の建物を収去して、同目録一記載の土地を明け渡せ。
二 被告山岸満世は、原告らに対し、それぞれ平成三年七月九日から別紙物件目録一記載の土地の明渡し済みまで一か月四二一六円の割合による金員を支払え。
三 被告山口節子は、原告らに対し、それぞれ平成三年七月九日から別紙物件目録一記載の土地の明渡し済みまで一か月一六八六円の割合による金員を支払え。
四 被告森保之は、原告らに対し、それぞれ平成三年七月九日から別紙物件目録一記載の土地の明渡し済みまで一か月一六八六円の割合による金員を支払え。
五 訴訟費用は、被告らの負担とする。
第一 請求
主文第一項ないし第四項と同じ。
第二 事案の概要
一 本件事案
本件は、原告らが、被告らに対し、右当事者間の別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)について無断転貸等を理由とする契約解除による賃貸借契約の終了に基づいて、別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)の収去及び本件土地の明渡し並びに右明渡し済みまでの損害金の支払いを求めたところ、被告らが右契約の終了を争っている事案である。
二 争いのない事実等
原告斎藤貞一郎は、訴外亡森武久(以下「亡武久」という。)に対し、昭和四二年ころ、その所有する本件土地を賃貸し(以下「本件賃貸借契約」という。)、亡武久は、本件土地上に本件建物を建築して所有していた。その後、数次にわたる贈与又は相続により、昭和五二年一一月一五日には、原告らが本件土地につき各三分の一の持分を有するに至り、昭和五三年五月二五日までには各持分の移転登記がされ、右各持分の割合に従って本件土地の賃貸人たる地位を承継している。また、被告らは亡武久とその妻である亡森千代(以下「亡千代」という。)の子であるが、昭和五二年一一月一六日に亡武久が、平成三年七月八日に亡千代がそれぞれ死亡したことにより、被告らは被告山岸満世(以下「被告山岸」という。)九分の五、被告山口節子(以下「被告山口」という。)及び同森保之(以下「被告保之」という。)各九分の二の割合でそれぞれ本件建物所有権及び本件土地の賃借人たる地位を相続により承継している(当事者間に争いがない。)。
その間数次にわたる契約更新がされた結果、昭和六三年四月から、原告らと被告らとの間の賃貸借契約の賃料は、一か月二万二七七〇円となっている(当事者間に争いがない。)。
被告らは、平成二年四月ないし五月ころから、本件土地の一部(面積については少なくとも約一五平方メートルであることは、争いがない。)につき、訴外中村辰司(以下「中村」という。)及び同細矢誥次郎(以下「細矢」という。)に対し、対価(金額については、少なくとも月額各二万五〇〇〇円(合計五万円)であることは、争いがない。)を得て、駐車場として使用させた(以下「本件駐車場提供行為」という。被告山口及び同保之は、初め被告らによる右駐車場提供行為の事実を認めたが、真実に反し 錯誤に基づくものであるとして右自白を撤回し、改めて本件土地の一部が駐車場として利用されていたことは知らないと述べた。原告らが右撤回に異議を述べるので右自白の撤回の有効性について判断するに、本件各証拠によっても右自白が真実に反し錯誤によるものであるとは認められず、かえって、乙第二号証の1、2、第三号証の1、2、第四号証、被告山岸本人尋問の結果及び弁論の全趣旨からは被告らによる本件駐車場提供行為の事実が認められる。したがって、右自白の撤回は無効であり、結局、被告らによる本件駐車場提供行為の事実は当事者間に争いがないものというべきである。)。
原告らは、被告らに対し、内容証明郵便をもって、本件土地の一部を駐車場として第三者に使用させることを中止するように催告すると共に右郵便到達後一週間以内に中止しないときは無断転貸を理由として本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右内容証明郵便は平成二年九月二七日に被告らに到達した(当事者間に争いがない。)。
右催告期間経過後も、被告らは、引き続き本件土地の一部を中村及び細矢に駐車場として使用させたが、平成四年四月に本件駐車場提供行為を終了し、それ以降は第三者に駐車場としての使用をさせていない(当事者間に争いがない。なお、被告山口及び同保之の自白の撤回について、これが認められないことは、前記と同様である。)。
本件土地の平成三年七月九日以降の相当賃料額は、一か月二万二七七〇円である(当事者間に争いがない。)。
三 争点及び争点に関する当事者の主張
1 争点
本件において、原告は、無断転貸に基づく本件土地の賃貸借契約の解除(解除の意思表示は、前記の平成二年九月二七日到達の内容証明郵便)のほか、選択的に他の賃貸借終了事由として、増改築禁止特約違反、用法違反及び無断転貸とこれからの違反行為の組合せないし総合による信頼関係破壊に基づく賃貸借契約の解除(解除の意思表示は、平成四年一〇月二一日の本件第一七回口頭弁論における同年一〇月二三日付原告準備書面の陳述)をも主張しているが(平成四年一〇月二三日付原告準備書面参照)、本件における中心的な争点は、無断転貸に基づく解除の主張における
(一) 本件駐車場提供行為が本件土地の無断転貸に当たるか
(二) 無断転貸に当たる場合、右行為が信頼関係を破壊しない特段の事情が、被告らに存在するか
という点にある。そこで右の(一)、(二)の各争点についての、当事者の主張の要約は、次のとおりである。
2 当事者の主張
(一) 原告
被告らは、本件土地の面積125.48平方メートルの約二割に当たる約二四平方メートルを中村及び細矢の両名に対して駐車場として使用させていたものであって、本件土地の転貸に当たることは明らかである。
被告らは、右転貸の対価として、右両名から駐車場料金として月額各三万五〇〇〇円(合計七万円)を得ているが、これは坪当たり一万円であり、本件土地の賃料が月額二万二七七〇円(坪当たり六〇〇円)であることと比較すると著しく高額であって、営利を目的としたものというべきである。また、被告らは、原告の承諾を得る事なく平成二年四月ころから右転貸を行ったうえ、同年八月ころに原告らから右転貸の中止を求められたにもかかわらず、これを無視して転貸を継続し、さらに、原告らから同年九月二七日到達の内容証明郵便により右転貸の中止の催告及び解除の意思表示が行われた後もこれを無視して、本件訴訟が提起された後である平成四年四月に至るまで転貸を継続したものである。これらの事情に照らせば、右転貸につき、被告らに信頼関係を破壊しない特段の事情が存在しないことは明らかである。
(二) 被告ら
(1) 被告山岸が本件土地のうちの一部を右両名に対して駐車場として使用させた行為は、転貸に当たらない。
すなわち、①本件土地のうち被告山岸が中村及び細矢の両名に対して駐車場として使用させていたのは約一五平方メートルであって、本件土地全体(125.48平方メートル)のわずか八分の一の面積に過ぎず、建物の玄関先の部分で特に敷地の一部が駐車場として区画されているわけではないこと、②右両名の利用形態は、自動車という移動を目的とする物を一時的(一般に夜間)に置いておくというものであり、土地に第三者の所有物を固着させ、あるいは、日常的に物品を保管するというものではないこと、③右両名の利用権は契約上一か月の事前通告で消滅するものとされており、前記のような利用形態と相まって原状回復はきわめて容易であること、④本件土地上には依然として建物が存在し全体として建物所有目的が失われていないうえ本件「駐車場」部分は被告山岸の管理占有下にあること、に照らせば、これをもって本件土地の一部について第三者が「独立の用益者たる地位」を取得するものとは到底言えないから、転貸に当たらないというべきである。
このことは、借地上の建物を第三者に賃貸しても土地の転貸に当たらないこととの均衡からも首肯されるところである。すなわち、本件は、借家人に対して建物と共に敷地の一部を駐車場として使用させて家賃と共にその対価を得る場合と、その実質において、何ら変わるところはない。
(2) 仮に、被告山岸が本件土地のうち前記部分を前記両名に対して駐車場として使用させた行為が転貸に当たるとしても、本件においては、被告らには、次のような各事情が認められるから、信頼関係を破壊しない特段の事情が存在するものというべきである。
① 本件「駐車場」の利用形態等
前記のとおり、本件「駐車場」は、本件土地全体のわずか八分の一の面積に過ぎず、しかも独立した区画もない状態で玄関先に自動車の駐車を認めたに過ぎない形態であるうえ、利用者との契約は一か月前の一方的な事前通告で終了させることができるもので、原状回復が容易である。
② 本件「駐車場」としての使用の終了
被告山岸は、本件「駐車場」としての使用を、平成四年四月をもって終了している。
③ 被告山岸の経済的困窮
被告山岸の夫である山岸勝男(以下「勝男」という。)は、昭和六一年四月の直腸癌の手術後、人工肛門カテーテル導尿が常時必要な身となり、身体障害二級の認定を受けたが、時を同じくして、八〇歳を超える老齢の母である亡千代が独り暮らしであったことから、被告山岸は、昭和六二年四月から本件建物において、亡千代と同居を始めた。昭和六三年一二月には勝男は癌の再発のために入院し、平成元年四月にいったん退院できたものの、平成二年三月に死亡した。この間、平成元年四月から亡千代は都内青梅市所在の慶友病院に入院したが、その費用は一か月当たり一七万円を要した。右のとおり、平成二年三月の勝男死亡後は、被告山岸は、自らと子供二人の生活を支えるとともに、亡千代の入院費も負担せざるをえない状況であり、経済的に困窮した状況にあったものであり、月々の生活費のために少しでも足しになる収入を求めて空いている玄関先の敷地部分を第三者に駐車場として賃貸したものである。
④ 法律家の回答
本件土地の一部を駐車場として第三者に使用させることを中止するように原告らからの申し入れがあった際に、被告山岸が弁護士甲野一郎に対応を相談したところ、同弁護士は、駐車場としての使用は無断転貸に当たらないと回答した。そこで、被告山岸は、原告らの申し入れに応じることなく、駐車場としての賃貸を継続したものである。
⑤ 原告らの黙認
本件土地のうち被告山岸が駐車場として使用していた部分のうち右側一台分の部分は、もともと亡千代と同居していた被告保之が自己の所有する自動車を置いていた場所であるが、同被告が結婚して別居してからは、亡千代は、生活費を捻出するため、昭和六〇年九月から株式会社香取板金工業に右場所を駐車場として賃貸させていたものである。原告らは、本件土地の隣地に居住してこの事実を認識しながら放置し黙認していながら、平成二年九月になって駐車場として第三者に使用させることの中止を求める内容証明郵便を送付してきたものであるが、五年間の放置黙認の後に突然右のように異議を述べるのは信義に反する行為である。
四 争点についての当裁判所の判断
1当裁判所の認定した事実
証拠(甲二、一六、二七、乙一、二の1、2、三の1、2、四、乙ロ七、九、一一、原告斎藤裕子本人、被告山岸満世本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。
(一) 昭和五九年当時、本件建物は、亡千代が三分の一、被告山口、同山岸及び同保之がそれぞれ九分の二の割合で共有し、本件土地の賃借人たる地位も右割合で亡武久から承継していた。右当時、本件建物には、亡千代が長男である被告保之と共に居住しており、本件土地のうち西端の本件建物玄関前部分には自動車一台が駐車可能なスペースがあったことから同被告所有の自動車を置いていたが、同年一〇月には同被告が結婚して別居し、本件建物には老齢の亡千代が独居することとなった。同月ころから亡千代は右場所を株式会社香取板金工業に駐車場として賃貸して賃料を生活費の一部に充てていた。昭和六二年四月に至って、被告山岸とその家族が亡千代と共に本件建物に居住することになったが、そのころには既に前記香取板金工業に対する駐車場契約は終了していたことから前記場所には被告山岸の夫である勝男所有の自動車を置いていた。そのころ、右場所に隣接して設置されていた物置を除去したことから、右場所には自動車二台が駐車可能なスペースが生じた。勝男は、この間、昭和六二年一二月に直腸癌の再発のため入院し、平成元年四月にいったん退院できたものの、平成二年三月に死亡した。勝男が死亡して、同人所有の自動車を売却してからは前記の場所のスペースは空いていた。この間、亡千代は、平成元年四月に、都内青梅市所在の慶友病院に入院し、その後、平成三年七月に死亡した。
(二) 被告山岸は、平成二年四月八日に「森千代代理人山岸満世」名義で中村との間で、同年五月一日に「森千代」名義で細矢との間で、それぞれ本件土地のうち西端の本件建物玄関前の部分を、駐車場として使用させる旨の契約を締結した。右各契約は、いずれも「駐車場(自動車保管場所)契約」と題され、自動車一台(中村は「ニッサンパルサー一三〇〇CC」、細矢は軽トラック)の駐車場として敷地を使用させる旨の契約であり、賃料月額二万五〇〇〇円、敷金二万五〇〇〇円、期間一年間(合意更新可能)とされ、契約条項中には、「借主は貸主に無断で契約の車以外を置いてはならない。又賃借権の譲渡及び転貸は絶対にしてはならない。」(第四条)、「貸主の都合により止むなく本契約を解約する事態を生じた場合は一か月以前に借主にお知らせするに付、当該車場を無条件にて明渡すことを誓約する。」(第九条)との条項がある。中村及び細矢は、右各契約日ころから、それぞれ自動車を駐車させた。右駐車場の面積は、契約上、自動車一台分の駐車場というだけでそれ以上明らかにされていないが、車両の大きさ等を勘案すると、右両名が自動車二台の駐車場として使用していた部分(以下「本件駐車場部分」という。)は、本件土地のうち西端の本件玄関前の約一五ないし一八平方メートル程度の面積であった。右各駐車場契約は、平成三年四月ないし五月に期間一年でそれぞれ合意更新された(更新後の賃料月額二万六〇〇〇円、敷金も同額)。被告山岸は、右駐車場の賃料を、亡千代の療養費の一部に充当していたが、被告山岸は、他に茨城県取手市にも家屋を所有し、これを昭和五九年四月から月額八万円で第三者に賃貸して賃料収入を得ていた。
(三) 平成二年八月、本件土地の一部が第三者に駐車場として使用されていることに原告斎藤裕子が気づいたことから、原告斎藤洋二郎は、被告山岸に対して本件駐車場部分を第三者に使用させることを止めるように求めたが、被告山岸は、これをきき入れず、本件駐車場部分を中村及び細矢に使用させ続けた。そこで、原告らが弁護士小山勲及び同小林康志に相談した結果、右弁護士両名は、原告らの代理人として、亡千代及び被告らに同年九月二七日に到達した内容証明郵便により、書面到達後一週間以内に本件駐車場部分を第三者に使用させることを中止するように催告すると共に、右期間内に中止しないときは本件土地についての賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。被告山岸は、右催告に対する対応を弁護士甲野一郎に相談したところ、同弁護士は本件駐車場部分を中村及び細矢に賃貸することは無断転貸には当たらず問題はない旨を述べた。そこで、同弁護士は亡千代及び被告らの代理人として、同年一〇月二日付内容証明郵便により、原告らの代理人の小山、小林両弁護士に対して、「敷地のごく一部を駐車場使用することが土地の無断転貸にあたるとは到底考えられないので、催告には応じられない」旨の回答をし、被告山岸は、引き続き本件駐車場部分を中村及び細矢に使用させた。
(四) 同年一一月七日に本件訴訟が提起されて同年一二月に亡千代及び被告らに訴状が送達され、さらに平成三年七月に亡千代が死亡した後も、被告山岸は、本件駐車場部分の賃貸を続けた。しかし、亡千代の療養費を支出する負担がなくなったことと本件訴訟の帰すうに配慮した結果、被告山岸は、中村及び細谷に対する駐車場契約の期間が満了するのを機会に、平成四年四月末日をもって本件駐車場部分を駐車場として賃貸することを止め、その後は駐車場としての賃貸は行っていない。
2 無断転貸の有無について前記認定の各事実を前提として判断するに、まず、被告山岸が前記のとおり本件駐車場部分を中村及び細矢に駐車場として使用させた行為については、なるほど契約書上は貸主として亡千代ないし亡千代代理人として被告山岸が表示されているものであるが、本件建物の共有者であった被告山口及び同保之は平成二年当時いずれも本件土地の賃借を含めて本件建物の管理を被告山岸に委ねていたこと、本件駐車場部分に第三者の自動車二台が駐車している状況は外部から一見して明らかであって中村及び細矢に対する賃貸後に被告山口及び同保之はその状況を見る機会があったものと認められること、駐車場収入は右被告両名も扶養義務を負担するところの亡千代の療養費の一部に充てられていること、右被告両名に対しても原告らの代理人の弁護士から内容証明郵便で駐車場賃貸の中止の催告がされ、さらに本件訴訟が提起された後も、右被告両名は本件駐車場部分を賃貸することを中止させようとしていないこと等の事情を総合すれば、本件駐車場部分の中村及び細矢に対する賃貸については右被告両名は亡千代及び被告山岸に対して承諾を与えていたものと認めるのが相当であり、したがって、本件駐車場部分を中村及び細矢に駐車場として使用させた行為については、右被告両名も本件駐車場部分の賃貸人としての地位にあったものというべきである(なお付言するに、仮に、右被告両名の主張するように、右被告両名が、亡千代及び被告山岸が本件駐車場部分を駐車場として中村及び細矢に使用させていることをまったく知らなかったとしても、被告山口及び同保之は本件土地の賃借を含めて本件建物の管理を共有者である亡千代及び被告山岸に委ねていたものであり、また、本件土地の賃貸借においては、原告らが貸主として本件土地を使用させる義務が不可分債務であるのと対応して、本件土地を賃借人として善良な管理者の注意をもって保管し、いわんや賃貸人の承諾なく第三者に使用収益させない義務は亡千代及び被告らの借地権の準共有者全員で負担するものと解すべきことからすれば、いずれにしても、亡千代及び被告山岸が本件駐車場部分を駐車場として第三者に賃貸した行為については、被告山口及び同保之もまた責を負うものというべきである。)。
そこで、次に、本件駐車場部分を中村及び細矢に駐車場として使用させたことが本件土地の無断転貸に該当するかどうかを検討する。
なるほど本件駐車場部分の面積は約一五ないし一八平方メートル程度であって本件土地全体の面積125.48平方メートルの一二ないし一五パーセント程度に過ぎないものであるが、中村及び細矢の両名との間の契約内容は、いずれも自動車一台の駐車場として賃料を月額二万五〇〇〇円ないし二万六〇〇〇円と定めるほか、敷金、第三者への賃借権の譲渡転貸の禁止等について詳細な条項を定め、賃貸期間については一年間で合意による更新可能としている。
民法六一二条が賃貸人の承諾なく賃借人が賃借権を譲渡し目的物を転貸することを禁じ、これに反して第三者に使用収益をさせたときは賃貸人が賃貸借契約を解除することができるものと規定している趣旨は、賃貸借が当事者の個人的信頼関係を基礎とする継続的法律関係であることにかんがみ、賃借人において賃貸人の承諾なくして第三者に賃借物を使用収益させることは契約の本質に反することから、このような行為のあったときには賃貸借関係を継続することのできない背信的行為があったものとして、賃貸人において一方的に賃貸借関係を終了させることができることを規定したものというべきである。
右趣旨に照らせば、第三者に使用収益をさせた対象が賃貸借の目的物である借地の一部であるからといって民法六一二条にいう「転貸」に該当しないということはできない。
本件においては、前記認定のような契約内容及び利用形態であることに照らせば、本件駐車場部分を中村及び細矢に駐車場として使用させたことは転貸に該当するものというべきである。たしかに、借地上に商店、飲食店、劇場等の、不特定多数の顧客の来訪を伴う建物を所有ないし管理する場合において、自動車を利用する顧客の来訪を容易ならしめるために、右建物に付属して不特定多数の顧客を対象とするいわゆる時間貸しの駐車場を設置するような場合には、第三者を対象とする駐車場として借地の一部を使用することが、社会通念上右建物所有ないし管理の目的の範囲内の利用行為と認められ、転貸に該当しないものと認められることもあり得るものといえる。しかし、本件においては、前記認定のとおり、特定の賃借人を対象として賃貸期間一年間しかも更新を前提とする駐車場契約を締結しているのであって、これらの点を考慮すれば、本件駐車場部分を第三者に駐車場として使用させたことについては、社会通念上本件建物所有の目的の範囲内の利用と認めることは到底できないものであり、転貸に当たることは明らかである。なるほど、前記のとおり本件駐車場部分は面積的には本件土地全体の一二ないし一五パーセント程度であるが、そのことをもって、転貸に該当しないということはできないし、また、契約上、貸主は一か月の事前通告により賃貸借を解約できることとされているが、そうだからといって転貸に該当しないということもできない。
3 信頼関係を破壊しない特段の事情の有無について
被告らが右特段の事情として主張する事実のうち、被告山岸が経済的に困窮していたこと(前記三2(二)(2)③[被告山岸の経済的困窮]参照)及び甲野弁護士から駐車場としての使用は無断転貸に当たらないとの回答を受けていたこと(前記三2(二)(2)④[法律家の回答]参照)については、いずれも、その主張する内容自体がそもそも信頼関係を破壊しない特段の事情に該当するものとはいえないことは明らかというべきである。すなわち、土地賃貸借自体が経済活動に属する法律関係である以上賃借人の金銭的窮迫が賃貸人との関係で無断転貸を免責する事由となり得ないことは明らかであり、また、賃借人の依頼した弁護士が独自の法律的見解を表明したとしても、その見解に従って行動した責任は依頼者である賃借人自身が負担するべきであって、これを賃貸人に対する免責事由とすることができないのは当然のことというべきである。
また、過去に亡千代が本件駐車場部分を第三者に駐車場として使用させていたことを原告らが黙認していたとの主張(前記三2(二)(2)⑤[原告らの黙認]参照)については、なるほど、前記認定のとおり、亡千代が昭和五九年一〇月ころから本件駐車場部分のうち自動車一台分のスペースを第三者に駐車場として使用させていたことが認められるが、原告らがこれを認識しながら放置して黙認していたことは、証拠上、認めるに足りない。右駐車場賃貸は昭和六二年四月より以前に終了していたものであるところ、右部分には、昭和五九年一〇月まで被告保之所有の自動車が置かれており、昭和六二年四月からは被告山岸の夫勝男所有の自動車が置かれていたことを考慮すると、原告らにおいて、本件駐車場部分に被告らないしその家族以外の第三者が所有し管理する自動車が駐車していることを認識したうえでこれを黙認していたとは、たやすく認めることはできないところ、本件においてはこれを認めるに足りる証拠はないというべきである。
また、本件駐車場部分の利用形態等(前記三2(二)(2)①[本件「駐車場」の利用形態等]参照)及び平成四年四月をもって本件駐車場部分の駐車場としての賃貸を終了したこと(前記三2(二)(2)②[本件「駐車場」としての使用の終了]参照)については、なるほど、被告らの主張するように、本件駐車場部分は、本件土地全体の一二ないし一五パーセントの面積に過ぎず、しかも独立した区画もない状態で玄関先に自動車の駐車を認めたに過ぎない形態であるうえ、利用者との契約は一か月前の一方的な事前通告で終了させることができるもので、原状回復が容易であり、また、本件駐車場部分の駐車場としての使用は平成四年五月以降行われていないことが認められる。
しかしながら、他方では、前記認定のとおり、本件駐車場部分を駐車場として中村及び細矢に賃貸して使用させていたことについては、平成二年八月に原告斎藤洋二郎が口頭で中止を求めたところ、被告山岸はこれをきき入れず、同年九月二七日到達の内容証明郵便により原告ら代理人弁護士の名義で右転貸の中止を催告すると共に本件土地の賃貸借契約解除の意思表示をした後も、被告ら代理人弁護士名義の内容証明郵便によりこれを明確に拒否して、本件訴訟提起後も右賃貸を継続したうえ、平成四年四月末日に至ってようやくこれを終了したことが認められるのであって、右経緯に照らせば、前記のような被告ら主張に沿う事実が存在するとしても、本件において、被告らに信頼関係を破壊しない特段の事情が存在するものとは到底認められない。
また、本件にあらわれたすべての事情を考慮しても、本件において被告らに信頼関係を破壊しない特段の事情が存在することを認めることはできない。
4 結論
よって、原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容し、仮執行の宣言については本件においては相当でないからこれを付さないこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官三村量一)
別紙物件目録
一 土地
所在 東京都世田谷区下馬五丁目
地番 一八番六
地目 宅地
地積 416.62平方メートル
のうち、125.48平方メートル(別紙添付図面赤線内)
二 建物
所在 東京都世田谷区下馬五丁目一八番地六
家屋番号 一八番六の二
種類 居宅
構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建
床面積 一階56.56平方メートル
二階34.02平方メートル
別紙土地実測図<省略>