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東京地方裁判所 平成2年(ワ)15517号 判決 1994年2月21日

原告(反訴被告)

武井生夫

右訴訟代理人弁護士

池下浩司

右訴訟復代理人弁護士

三木昌樹

村上典子

湊弘美

被告

中央瓦斯工事株式会社

右代表者代表取締役

川村興作

右訴訟代理人弁護士

本島信

被告(反訴原告)

中央土建工業株式会社

(旧商号 中央配管工業株式会社)

右代表者代表取締役

田村純人

右訴訟代理人弁護士

高橋亘

主文

一  本訴被告中央瓦斯工事株式会社は、本訴原告に対し、別紙物件目録一記載の土地を明け渡せ。

二  本訴被告中央土建工業株式会社は、本訴原告に対し、別紙物件目録二記載の建物を収去して、同目録一記載の土地を明け渡せ。

三  本訴被告らは、各自、本訴原告に対し、平成元年三月一一日から前項の明渡済みまで一か月当たり金五四万二九二〇円の割合による金員を支払え。

四  反訴原告の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、本訴、反訴を通じ、これを一〇分し、その九を本訴被告中央土建工業株式会社(反訴原告)の負担とし、その余を本訴被告中央瓦斯工事株式会社の負担とする。

六  この判決は、第三及び第五項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  本訴請求

主文第一ないし第三項と同旨

二  反訴請求

1  主位的請求

反訴原告が、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)について、反訴原告、同被告間の昭和五七年一月一日付け賃貸借契約に基づく、普通建物所有目的、賃料一か月五四万二九二〇円とする賃借権を有することを確認する。

2  予備的請求

反訴原告が、本件土地について、反訴被告を賃貸人、本訴被告中央瓦斯工事株式会社を賃借人、反訴原告を転借人とする昭和五七年一月一日付け転貸借契約に基づく、普通建物所有目的、賃料一か月五四万二九二〇円とする転借権を有することを確認する。

第二  事案の概要

本訴の事案の概要は、次のとおりである。すなわち、本訴原告(反訴被告。以下「原告」という。)は、本件土地の所有権に基づき、本訴被告中央瓦斯工事株式会社(以下「被告中央瓦斯」という。)に対し、本件土地の明渡しを、本訴被告中央土建工業株式会社(反訴原告。以下「被告中央土建」という。)に対し、同被告が本件土地上に所有している別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)の収去及び本件土地の明渡しを、並びに本訴被告らに対し、賃料相当損害金の支払をそれぞれ求め、それに対し、被告中央土建は、本件土地について賃借権又は被告中央瓦斯を転貸人とする転借権を有している旨主張し(抗弁)、原告は、それに対し、右賃借権を否認し、右転借権については特約に基づく解約を主張する(再抗弁)。被告中央土建は、それに対し、被告中央瓦斯の賃借権及び右転借権は建物所有を目的とするもので、借地法の適用があるとして、右解約の効力を争っている(再々抗弁)。さらに、被告中央土建は、原告の請求は権利の濫用である旨主張している(抗弁)。また、被告中央瓦斯は、本件土地を占有していない旨主張して争っている。

反訴は、被告中央土建が、原告に対し、本件土地についての建物所有目的の賃借権又は転借権の確認を求めている事案である。

結局、本件の主要な争点は、被告中央土建が本件土地について賃借権又は転借権のいずれを有していたのか、及びそれが建物所有を目的とするものであるか、並びに本訴請求が権利の濫用に当たるかということになる。

一  前提となる事実

以下の事実のうち、証拠等を挙示したもの以外は、争いがない。

1  本件土地は、原告の亡夫武井義平(以下「義平」という。)の所有であったが、同人の死亡(昭和五九年一〇月五日)に伴い原告の亡母武井ハナが相続によりこれを取得し、さらに、同人の死亡(昭和六三年五月四日)に伴う遺産分割協議に基づき原告がこれを取得した(弁論の全趣旨)。

被告中央土建は、ガス、水道配管工事の請負、土木建築工事の請負等を目的として、昭和四六年一二月一〇日に設立された会社である(乙九)が、それ以前は、同被告代表者田村純人(以下「田村」という。)が田村組の名称で営む個人営業であった。同被告は、本件土地上に本件建物を所有している。なお、同被告は、被告中央瓦斯の下請の立場にある。

2  義平は、昭和四二年五月一日、被告中央瓦斯との間で、本件土地のうちの四九五平方メートル(一五〇坪)について、土地使用者を被告中央瓦斯、賃料を一か月三万七五〇〇円、使用目的を同被告の「業務に係る東京瓦斯株式会社瓦斯管埋設施工の為之れに必要なる現場詰所及び材料置場に使用し他の目的には一切使用せず」、使用期間を一年などとする内容の「臨時土地使用に関する契約書」と題する賃貸借契約書を作成した(甲一四の6)。そのころ、田村は、本件土地の使用を開始した。

なお、その後も少なくとも昭和四七年までは、右土地について、標題、当事者、使用目的及び使用期間(一年)が右契約書と同一の賃貸借契約書が約一年ごとに作成されている(甲一四の1ないし5)。

3  田村は、昭和四二年八月ころ本件建物の付属建物(一)、(三)及び(四)を、昭和四六年六月ころ同(二)をそれぞれ建築した(弁論の全趣旨)。

4  田村は、被告中央土建が昭和四六年一二月一〇日に設立されたことから、本件建物の付属建物(一)ないし(四)の所有権を同被告に移転し、以後、同被告が本件土地を使用するようになった。

5  義平は、その所有財産管理の税務対策上、昭和五四年五月一日、有限会社多恵(以下「多恵」という。)を設立し、本件土地の賃貸人たる地位を昭和五五年四月一日から形式上は同社に移したが、実質的には賃貸人は以前と同一であった。

6  義平、被告中央瓦斯及び被告中央土建は、昭和五五年四月一日、前記495.00平方メートルの土地に、それに隣接する396.00平方メートル(一二〇坪)及び237.60平方メートル(七二坪)の土地を加えた合計1128.60平方メートルの土地について、①賃貸人を多恵(前述のとおり実質的な賃貸人は武井義平であった。)、賃借人を被告中央瓦斯、転借人を被告中央土建、②使用目的を、被告中央土建が被告中央瓦斯より「下請する東京瓦斯株式会社の瓦斯管埋設工事等の現場詰所及び材料置場等として使用するものとし、他の用途には使用しない」、③転貸借期間を二年、④建物建築禁止の特約として、被告中央土建は多恵及び被告中央瓦斯の「承諾を得なければ本件土地に建物を建築してはならない。ただし現に本件土地に建設せられている現場詰所・部品倉庫等の仮設建築物については」多恵及び被告中央瓦斯は「これを承諾する。」、被告中央土建が「今後仮設建築物を新築又は増改築する必要を生じた時は図面を添付して」多恵及び被告中央瓦斯の「承諾を得るものとする」、⑤解約の特約として、被告中央瓦斯又は被告中央土建は六か月前に予告することにより契約を解除することができるなどとする内容の「土地一時使用転貸借契約書」と題する賃貸借契約書を作成した(乙一)。

7  義平、被告中央瓦斯及び被告中央土建は、昭和五七年一月一日、本件土地のうちの151.14平方メートル(45.8坪)の土地について、前記6の賃貸借契約書と標題及び内容が転貸借期間及び賃料を除いて同一の賃貸借契約書を作成し、これにより、前記1128.60平方メートルの土地に151.14平方メートルの土地を加えた本件土地全体について、右各賃貸借契約書に基づき賃貸借契約が締結された(乙二)。そして、そのころ、被告中央土建は、義平から、本件建物の主たる建物の建築についての承諾を得た(乙七)。

8  これを受けて、被告中央土建は、昭和五七年九月一日ころ、本件建物の主たる建物を建築し、昭和六一年五月八日、右建物について保存登記手続をした。

9  義平、被告中央瓦斯及び被告中央土建は、昭和五九年四月一日、賃料を増額して、本件土地全体について前記6の賃貸借契約書と標題及び内容が賃料を除いて同一の賃貸借契約書を作成した(甲四、乙三)。それと同時に、義平及び被告中央瓦斯は、本件土地について、賃貸人を多恵(実質的な賃貸人は義平)、賃借人を被告中央瓦斯、使用目的、賃貸借期間(二年)、建物建築禁止の特約、解約の特約をいずれも前記6の賃貸借契約書と同一とする「土地一時使用賃貸借契約書」と題する賃貸借契約書を作成した(甲三)。

10  原告は、被告中央瓦斯に対し、昭和六三年九月一〇日到達の内容証明郵便で本件土地についての賃貸借契約を、前記9の賃貸借契約書(甲三)の解約の特約に基づき、右書面到達後六か月を経過した日をもって解約する旨の意思表示をした。

11  本件土地の平成元年三月一一日以降の賃料相当額は、一か月当たり五四万二九二〇円である。

二  争点

1  本件土地全体について義平を賃貸人として昭和五七年一月一日に締結された賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)は、被告中央瓦斯を賃借人(したがって、被告中央土建を転借人)とするものか、それとも被告中央土建を賃借人とするものか。

(原告の主張)

本件土地の賃借人は、被告中央瓦斯であり、被告中央土建は、被告中央瓦斯から本件土地を転借したものである。したがって、被告中央瓦斯は、本件土地を間接占有している。また、原告の被告中央瓦斯に対してした本件賃貸借契約解約の意思表示は、賃借人に対するものなので有効である。

(被告らの主張)

本件土地の賃借人は、被告中央土建であり、被告中央瓦斯は、本件土地を賃借していない。義平が被告中央瓦斯に対し本件土地を賃貸し、これを被告中央瓦斯が被告中央土建に対し転貸した形式を採ったのは、当時被告中央土建には信用がなかったので、被告中央土建の元請の立場にあった被告中央瓦斯に賃料の支払を実質的に保証させるためにすぎない。したがって、被告中央瓦斯は、本件土地を間接占有していないし、また、原告が被告中央瓦斯に対してした本件賃貸借契約解約の意思表示は、賃借人に対してされたものではないから、無効である。

2  本件賃貸借契約は建物所有を主たる目的とするもので借地法の適用があるものか。(被告中央土建の主張)

(一)(1) 本件賃貸借契約は、普通建物所有を目的とするものである。

義平は、被告中央瓦斯及び被告中央土建との間において、昭和五六年末ころ、従前から賃貸していた本件土地のうちの1128.60平方メートルの土地に加えて、151.14平方メートルの土地を賃貸することを合意した(前記一、7参照)が、その際、これに併せて、右追加部分を含む本件土地全体について普通建物所有の目的を追加することを合意し、これに基づき、義平は、被告中央土建が本件建物の主たる建物を建築することを承諾したものである。

(2) なお、右のとおり義平が普通建物所有を目的とする本件賃貸借契約を締結したのには、次のとおりの特別な事情があった。

すなわち、義平は、昭和四二年ころから本件土地の隣接地約一四〇坪を英建設株式会社(以下「英建設」という。)に材料置場として賃貸していたところ、英建設が賃料不払の状態となり、義平からの土地明渡し要求にも応じないばかりか、ダイエン建設株式会社(以下「ダイエン建設」という。)に右隣接地を占有させるなどしたため、これに苦慮した義平が被告中央土建代表者の田村に協力を求め、右隣接地の明渡しが実現すれば明渡し部分を被告中央土建に賃貸することを約束した。そこで、田村は、知合いの弁護士に相談し、昭和五四年二月二〇日には義平のために不動産仮処分保証供託金として二〇〇万円を同弁護士に提供するなどして協力し、その後、訴訟上の和解により右明渡しが実現したことから、昭和五六年末ころに前記の合意が成立したものである。

(二) 被告中央土建は、前記一、8のとおり、昭和五七年九月一日ころ本件建物の主たる建物を建築し、昭和六一年五月八日保存登記手続をしたが、それ以降、義平及び原告は、本件土地の使用状況を知りながら、長年にわたり異議を述べなかったので、本件土地の使用目的を建物所有目的と変更することを黙示に承諾したものである。

(三) 仮に、本件土地全体については借地法の適用が認められないとしても、別紙図面(二)のイ、ロ、ハ、ヌ、ル、オ、イを順次直線で結んだ部分873.59平方メートルについては、本件建物五棟を所有するために通常必要な範囲の敷地というべきであるから、右部分については借地法の適用が認められるべきである。

(原告の主張)

(一) 前記一、6、7、9の各賃貸借契約書に記載された使用目的及び建物建築禁止の特約に照らして、本件賃貸借契約が建物所有を主たる目的とするものとは到底認められない。

また、昭和四二年に本件土地について賃貸借契約が成立した経緯も、被告中央瓦斯から作業場として本件土地を貸して欲しいという話がきっかけであったこと、本件土地は三九〇坪弱であるのに対し、本件建物敷地部分は全部で約四五坪であり、敷地部分の占める比率が低いこと、被告中央土建による本件土地の使用形態は、資材置場、仮設建物設置といったもので、契約当初からほとんど変化がないこと等に照らせば、昭和五七年一月一日の前後を通じて、契約書上明記された使用目的を変更させるような特段の事情は認められない。

(二) 義平や原告が本件土地の使用状況を知っていたとしても、右使用状況は前記(一)で述べたようなものであることからすれば、そのことから、直ちに義平や原告が本件賃貸借契約における使用目的を建物所有目的に変更することを黙示に承認したものということはできない。

3  原告の本訴請求は、権利の濫用に当たるか。

(被告中央土建の主張)

(一) 被告中央土建は、従業員四一名(ほかに、季節労働者約一〇名)のほか、下請会社約一〇社(従業員約五〇名)を抱え、事業用自動車又は建設機械計二五台を有して、東京都杉並区関係の工事等官庁関係の事業を始め、多くの事業を手がけている。ところが、被告中央土建は、本件土地以外に事業に供する土地を有していないので、仮に、本件土地を明け渡して杉並区外に移転することになるならば、過去の実績をすべて失い、多数の従業員及びその家族の生活も脅かされることになる。

(二) これに対し、原告は、相続税の納付資金に窮しているため本件土地の売却が必要である旨主張するが、原告が義平及び亡武井ハナの相続によって取得した土地は、その面積及び経済的価値とも膨大なものであり、最近、その所有地の一部を売却したので、相続税の未納分はほとんど解消したはずである。また、原告は、現在も、豪華な住居を所有し、これに隣接して、広大な面積の有料駐車場二か所を所有しており、これらの駐車場用地は、いずれも容易に換価処分のできる土地である。

このような原告が、被告中央土建に対し本件土地の明渡しを求めることは、権利の濫用というべきである。

(原告の主張)

(一) 原告は、亡武井ハナの相続について、総額一三億四六一〇万円余の相続税を負担し、現在までに、相続財産を順次売却して得た譲渡益から、うち五億五五六八万円余を納付したが、残額は、なお八億七一四一万円余ある。原告としては、今後の納税も、結局、不動産の売却によらざるを得ないが、自宅周辺の駐車場による収入は、原告の生計維持に不可欠なものであり、また、右駐車場は、将来原告の二男の自宅用地としても使用する予定である。そして、その余の土地は、売却が困難であるので、結局、本件土地を売却せずには相続税残額の支払は難しい状況にある。

(二) これに対し、被告中央土建は、本件土地を明け渡せば業務の遂行が不可能になる旨主張するが、杉並区の指名競争入札参加者心得によれば、杉並区に事業所があることは、杉並区の公共事業を受注することの必須条件ではないから、本件土地を明け渡しても業務の遂行は可能である。また、本件訴訟の和解手続において、原告は、被告中央土建に対し、代替地の提供を申し出たが、同被告は、これを拒絶したものであり、原告としては、同被告の立場を十分に考慮している。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

前記第二、一、2、4ないし7及び9で認定したとおり、被告中央土建の前身である田村が本件土地の使用を始めたころの昭和四二年五月一日、義平と被告中央瓦斯との間で、本件土地のうちの四九五平方メートルについて、被告中央瓦斯を土地使用者とする「臨時土地使用に関する契約書」と題する賃貸借契約書が初めて作成されて以来、少なくとも昭和四七年までは、右土地の使用に関して当事者が同一の賃貸借契約書が約一年ごとに作成されており、その後、昭和五五年四月一日には、義平、被告中央瓦斯及び被告中央土建との間で、本件土地のうち右495.00平方メートルの土地を含む1128.60平方メートルの土地について、賃貸人を有限会社多恵(実質的な賃貸人は義平)、賃借人は被告中央瓦斯、転借人を被告中央土建とすること等を内容とする「土地一時使用転貸借契約書」と題する賃貸借契約書が作成され、さらに、昭和五七年一月一日には、本件土地のうちの151.14平方メートルの土地について同様の標題及び内容の賃貸借契約書が、また、昭和五九年四月一日にも、本件土地全体について同様の標題及び内容の賃貸借契約書がそれぞれ作成されている。

そして、甲一一の1ないし6、乙三四ないし三六及び被告中央土建代表者本人の供述(第一回)によれば、田村が本件土地の使用を開始して以来、本件賃貸借契約締結の前後を通じて、原告に対する賃料の支払については、田村あるいは被告中央土建では、元請の被告中央瓦斯からの請負代金支払の決済日との関係上、期限までの支払に責任が持てなかったことから、被告中央瓦斯が、原告に直接賃料を支払い、後に被告中央土建の被告中央瓦斯に対する請負工事代金請求権と相殺していたことが認められる。

このように、本件土地の一部について賃貸借契約関係が開始した当初から現在まで、契約書では一貫して被告中央瓦斯が賃借人とされ、昭和五五年以降の契約書では明確に被告中央土建は転借人とされていること、及び本件土地の賃料の支払についても、原告に直接賃料を支払っていたのは、一貫して被告中央瓦斯であること、その他、前記第二、一、2ないし9で認定した本件賃貸借契約締結に至る経緯及びその後の状況を総合すれば、本件賃貸借契約は、原告と被告中央瓦斯との間で、同被告を賃借人として締結されたものであり、被告中央土建は被告中央瓦斯から本件土地を転借した転借人であると認定するのが相当である。

そうすると、被告中央瓦斯は本件土地を間接占有しているものというべきであり、また、原告の被告中央瓦斯に対してした本件賃貸借契約解約の意思表示は、特約に基づき賃借人に対してされたものであるので、本件賃貸借契約に借地法の適用がなければ有効なものということになる。

二  争点2について

1 まず、本件土地の使用をめぐり、義平、被告中央瓦斯及び被告中央土建との間で作成された各賃貸借契約書についてみると、前記第二、一、6、7及び9で認定したとおり、昭和五五年以降の契約書では、一貫して、本件土地の使用目的については、転借人である被告中央土建がガス管埋設工事等の現場詰所及び材料置場等として使用し他の用途には使用しない旨定められ、また、建物建築禁止の特約として、現に本件土地に建設されている現場詰所・部品倉庫等の仮設建築物については原告及び被告中央瓦斯はこれを承諾するが、それ以外は、被告中央土建は原告及び被告中央瓦斯の承諾を得なければ本件土地に建物を建築してはならず、被告中央土建が今後仮設建築物を新築又は増改築する必要を生じたときは図面を添付して原告及び被告中央瓦斯の承諾を得るものとする旨定められている。

そして、それ以前についてみても、本件土地の一部についての賃貸借契約が開始した当時の昭和四二年から昭和四七年まで約一年ごとに作成された契約書においても、土地使用目的は被告中央瓦斯の業務のために必要な現場詰所、材料置場に使用し、他の目的には一切使用しない旨定められている。

これらの契約書の文言に加えて、前認定のとおり右各契約書においては使用期間がその都度最長でも二年と定められていることからすると、契約当事者の意思としては、本件賃貸借契約における本件土地の使用目的はガス管埋設工事等の現場詰所及び材料置場等のためであり、そのための仮設建物の建築のみが付随して認められていると理解するのが素直である。

2 そして、現に本件土地の使用状況をみると、甲九、一〇、乙一四の1ないし11、一五の1ないし12、二四の1ないし5及び被告中央土建代表者本人の供述(第一回)を総合すると、本件土地の面積は1366.56平方メートル(実測)である(争いのない事実)ところ、そのうち本件建物の占める面積は、全体でもわずか204.35平方メートルにとどまること、本件建物は、主たる建物も含めて、いわゆるプレハブ建築の域を出ないものであること、本件土地のうち本件建物敷地部分を除くその余の部分のほとんどは、被告中央瓦斯の下請としてガス、水道配管工事の請負業等を営む(この点は前認定のとおりである。)被告中央土建の業務遂行のための資材、保安材、廃材・廃土等の置場及び工事用車両の駐車場等として使用されていること、本件建物も、主たる建物は事務所として使用されているが、その余の付属建物は従業員の宿舎、食堂、倉庫、物置等として使用されていること、本件土地の右のような使用状況は、前認定のとおり、昭和四二年五月一日に義平と被告中央瓦斯との間で「臨時土地使用に関する契約書」が作成されて被告中央土建の前身の田村が本件土地の使用を開始して以来、使用面積が昭和五五年四月一日と同五七年一月一日に増加したほかは、ほとんど変化がないこと、以上の事実が認められる。

右認定事実によれば、被告中央土建による本件土地の現実の使用状況も、本件賃貸借契約締結の前後を通じて、一貫して、前記各賃貸借契約書に定められた使用目的にほぼ沿った形のものであることが認められる。

3 以上認定した本件土地の使用をめぐり義平、被告中央瓦斯及び被告中央土建との間で作成された各賃貸借契約書の内容及び被告中央土建による本件土地の現実の使用状況に照らすと、義平ないし原告と被告中央瓦斯ないし被告中央土建との間において本件賃貸借契約の主たる目的を建物所有とする旨の特段の合意がされた事実が認められない限り、本件賃貸借契約は建物所有を主たる目的とするものとは認められないといわざるを得ない。

4  そこで、この点に関する被告中央土建の主張について判断する。

(一)(1) まず、被告中央土建は、義平から昭和五六年末に既存建物に加えて本件建物の主たる建物の建築が承諾された際、同人との間で本件賃貸借契約は建物所有を主たる目的とする旨の合意がされた旨主張する。

そして、乙四ないし七、一三、二七の2、三七の1ないし8、三八ないし四〇、八四、八五及び被告中央土建代表者本人の供述(第一回)並びに弁論の全趣旨によれば、義平は、本件土地の隣接地約一四〇坪を英建設に材料置場として一時使用のため賃貸していたところ、英建設が賃料不払の状態となり、義平からの土地明渡し要求にも応じないばかりか、ダイエン建設に右隣接地を占有させ、やがて不法廃棄物を集積したことから、杉並警察署の摘発や東京都及び杉並区役所の行政取締りの対象となり、また、右占有によって義平の所有地の入口がふさがれた状態になったこと、そこで、義平は、被告中央土建代表者の田村に協力を求めたので、田村は、知合いの弁護士に相談し、昭和五四年二月二〇日、義平のために不動産仮処分保証供託金として二〇〇万円を同弁護士に提供したこと、その後、訴訟上の和解により明渡しが実現したので、前認定のとおり、昭和五七年一月一日、被告中央瓦斯及び被告中央土建は、義平から、右明渡し部分の一部である151.14平方メートルの土地を従前からの賃借部分に加えて賃借あるいは転借し、そのころ、被告中央土建は、義平から、本件建物の主たる建物の建築についての承諾を得たこと、その後、義平は、右明渡し部分のうち右151.41平方メートルを除く部分とこれに隣接する同人の所有地を併せて杉並区にゲートボール場として賃貸したこと、そして、義平死亡後に、原告を含む相続人三名は、ゲートボール場用地を杉並区に売却したこと、以上の事実が認められる。

(2) しかしながら、右明渡しについて被告中央土建がした具体的な協力というのは、結局、被告中央土建代表者の田村が知合いの弁護士に相談して、昭和五四年二月二〇日に義平のために不動産仮処分保証供託金として二〇〇万円を同弁護士に提供したことにすぎず、それに対し、被告中央土建は右明渡し部分の一部である151.14平方メートルの土地を借り増しすることができたというのであるから、それ以上に、義平が、本件賃貸借契約の主たる目的を建物所有に変更することに合意するほど多大な経済的利益を右明渡しにより一方的に得たとは、にわかに認め難い(なお、右明渡しによって義平及び原告が多大の利益を得たとしても、それは右明渡しに係る土地の所有者である同人らに元来帰属すべきものであったことはいうまでもない。)。

また、被告中央土建が義平から本件建物の主たる建物の建築についての承諾を得た際作成された書面(乙七)には、新築する建物については「2F 事務所」と記載されているだけであって、それ以上の構造、材質等の詳細については何ら触れるところがないことが認められるから、右書面の記載から、直ちに、被告中央土建が従来の仮設建物と質的に異なった恒常的な建物を建築することについての承諾を得たとは認め難い。むしろ、前記第二、一、7及び9で認定したように、その際及びその後に作成された賃貸借契約書のいずれにおいても、使用目的及び建築禁止の特約については何らの変更もなく、従前のものと同様であることからすると、昭和五七年一月一日ころに被告中央土建が義平から得た本件建物の主たる建物の建築についての承諾は、建築禁止の特約を前提として、ガス管埋設工事等の現場詰所及び材料置場等としての使用に伴って付随的に必要な仮設建物の建築について得た承諾としての意味しか持たないものと解すべきである。

(3) そうすると、前記(1)の認定事実から直ちに被告中央土建の前記主張事実を認定することは難しく、他に、これを認めるに足りる証拠はない。

(二) 次に、被告中央土建は、昭和五七年九月一日ころに本件建物の主たる建物を建築して以来、義平及び原告は長年にわたって異議を述べなかったから、本件賃貸借契約の主たる目的を建物所有に変更することを黙示に承諾した旨主張する。

そして、証人武井耕吉の証言及び被告中央土建代表者本人の供述(第一回)並びに弁論の全趣旨によれば、義平及び原告の住居は本件土地から極めて近距離にあること及び義平が生前本件土地に立ち寄って被告中央土建の田村を訪ねたこともよくあったことが認められるから、義平及び原告が本件土地上に本件建物の主たる建物が建築されたことを十分認識していたものと推認することができる。

しかしながら、前記2で認定したように、被告中央土建による本件土地の現実の使用状況が本件賃貸借契約締結後も前記第二、一、6、7及び9で認定した各賃貸借契約書に定められた使用目的にほぼ沿った形のものであることからすると、義平及び原告が本件建物の主たる建物の建築を知りながら直ちに異議を述べなかったからといって、そのことから、直ちに、本件賃貸借契約の主たる目的を建物所有に変更することを黙示に承諾したものと認めることはできず、他に、これを認めるに足りる証拠はない。

5  なお、被告中央土建は、本件賃貸借契約について、仮に、本件土地全体については建物所有を主たる目的とするものではないとして借地法の適用が認められないとしても、本件建物の敷地部分873.59平方メートルについては同法の適用がある旨主張するが、前記1ないし4に述べたところは、右敷地部分のみについても同様に妥当するものというべきである。

とりわけ、被告中央土建代表者本人の供述(第一、二回)によっても、同被告の事業が継続していくためには、資材、保安材、工事用車両等を保管する土地が不可欠であり、本件建物のみでは不十分であることが認められることからすると、本件賃貸借契約について、右敷地部分のみについて建物所有を主たる目的とするものと解することが当事者の合理的意思に合致するとは到底考え難いところである。

6 以上の次第で、本件賃貸借契約は、建物所有を付随的に目的とするものとは認められるが、建物所有を主たる目的とするものとは認められないから、本件賃貸借契約には借地法の適用がないものというべきである。

三  争点3について

1  甲一二、一六の1、2、乙一八ないし二〇、四一、四二、四四ないし七五及び原告、被告中央土建代表者(第一、二回)各本人の供述並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告中央土建は、田村の個人営業を承継した会社であり、ガス、水道配管工事の請負業等を営み(前認定のとおり)、本件土地をその唯一の事業地としている。そして、その従業員数は、下請である株式会社長田組に出向している者を含めて、約四〇名程度であり、更に冬期には季節労働者が追加される。

また、その事業内容は、田村が個人営業をしていた昭和四二年当時は、被告中央瓦斯からの下請がすべてであったが、近年は、右下請工事以外の公共事業にも参入するようになり、そのうちの多くは杉並区が実施する公共事業である。公共事業請負合計金額は、昭和六三年度が二億八一二四万円余、平成元年度が三億一七七四万円余、平成二年度が四億一一一四万円余である。

なお、杉並区の公共事業については、資材置場が同区内になくても指名競争入札の参加資格は失わないが、資材置場が同区内にあるほうが実際上は有利である。

(二) 一方、原告は、本件土地付近に、自宅用地、駐車場用地等の土地を所有しているが、右土地等を亡武井ハナから相続するについて、総額一三億四六一〇万円余の相続税を負担し、一部は納付済みであるが、現在も残額が九億円弱と多額に上っている。そして、原告は、右既納付額については、相続不動産を順次売却して得た譲渡益を充てたが、右残額の支払のためには、右駐車場用地はそこからの収入を生活の糧としており、他の所有地も直ちに処分する見通しが容易には立たないので、本件土地の明渡し、売却を必要と考えている。

2 右認定事実によれば、本訴請求が認められた場合に被告中央土建の事業及びその従業員の生活に相当の影響があることは否めないが、他方、原告にも本件土地の明渡し、売却を必要とする切実な事情があり、そのような事情から、原告は、田村が個人営業として本件土地(ただし、当初はその一部)の使用を開始してから二〇年余という前認定の現場詰所及び材料置場等としての使用目的からすると十分な期間が経過した後に、本件土地の明渡しを求めたのであるから、本件土地の所有者としての権利に基づく原告の本訴請求が権利の濫用であるというためには、単に、原告が本件土地の付近に自宅用地、駐車場用地等の土地を所有していながら本件土地の明渡しを請求しているというだけでは足りず、それが被告中央土建に対する嫌がらせ、その他の違法、不当な動機に基づくなどの特段の事情が存することを必要とするものというべきところ、右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の本訴請求を権利の濫用に当たるものということはできない。

第四  結論

以上によると、原告に対し、被告中央瓦斯は本件土地の間接占有者として本件土地を明け渡すべき義務があり、被告中央土建も本件賃貸借契約が特約に基づき平成元年三月一〇日をもって解約された以上、本件建物を収去して本件土地を明け渡すべき義務がある。

そして、同月一一日以降の本件土地の不法占有は、その占有に至った経緯その他の占有形態からみて、被告らの共同加功によるものというべきであるから、被告らは、各自、原告に対し、同日から被告中央土建が本件建物を収去して本件土地を明け渡すまで賃料相当損害金を支払うべき義務がある。

よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、被告中央土建の反訴請求は失当であるから、これを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官横山匡輝 裁判官小田幸生 裁判官沖中康人)

別紙<省略>

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