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東京地方裁判所 平成2年(ワ)15662号 判決 1991年7月09日

原告 深井寿美代

右訴訟代理人弁護士 遠藤直哉

同 竹内厚

同 小林和則

同 新谷桂

同 村田英幸

被告 株式会社 オフィスマギー

右代表者代表取締役 岡田順治

右訴訟代理人弁護士 村田友榮

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載二の建物を明け渡せ。

二  被告は、原告に対し、平成二年一二月一八日から右明渡済みまで月三三万八〇〇〇円の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、被告の負担とする。

五  この判決は、仮に執行することができる。ただし、被告において、金五〇〇万円の担保を供するときは主文第一項の、金八〇〇万円の担保を供するときは主文第二項の仮執行を免れることができる。

事実

(請求の趣旨)

主文第二項中請求金額を月五〇万円とする外、主文第一、二項と同旨

(請求原因)

一  原告は、平成二年三月一四日、被告に対し、原告所有の別紙物件目録記載一の建物(本件建物)のうち、同二記載の部分を、左記条件で賃貸した。

①  賃料 月三三万八〇〇〇円

②  期間 平成二年三月一五日から三年

③  目的 マリンスポーツ店の事務所、店舗に使用する。

④  原告の書面による承諾を得なければ、賃借部分の修理、改造、模様替えその他原状を変更する一切の工事をしてはならない。

⑤  本件建物に損害を加え、他人に迷惑を及ぼす行為をしてはならない。

⑥  被告会社の役員に変更のある場合には、原告の承認を要する。

二  原告と被告との間の賃貸借契約に関し、次の事情がある。

1  本件建物の一階はロシア料理店「マノス」に、三階から八階までは居住用として賃貸され、原告及び娘の深井日出子らは、九階に居住している。

2  被告は、契約後、二階のエレベータからの出入口をふさぎ、賃借部分の改装工事をし、二階の便所部分を物置に改造し、代わってエレベータホール部分に便所を設けた。

3  被告は、本件建物の外壁に「クラブマジェンタ」の看板を取り付けた。

4  被告は、平成二年九月中旬頃以降、賃借部分において、女性に接客させて酒食を提供し、グランドピアノを置き、カラオケの設備を置いて深夜まで客に利用させている。

三  同年一二月一七日当時の賃借部分の相当賃料額は、月五〇万円である。

四  原告は、前同年一一月八日及び一二月一七日、被告に対し、信頼関係の破壊を理由として賃貸借契約を解除するとの意思表示をし、また、平成三年三月一二日、本件第三回口頭弁論期日において、同年一月分以降の賃料の不払いを理由として賃貸借契約を解除するとの意思表示をした。

五  よって、原告は、被告に対し、賃貸借の終了に基づき、本件建物のうち被告の賃借部分の明渡し及び契約解除の後の平成二年一二月一八日(訴状の送達の日の翌日)から明渡し済みまで月五〇万円の割合による賃料相当の遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因記載一の事実中、③の合意は否認するが、その余は認める。

二  同二中、1の事実及び4中、女性従業員がいることは、認める。

三  同三は、否認する。

四  同四中、原告主張の頃、解除の意思表示がされたことは、認める。

(抗弁)

一  被告会社の当時の代表者塩野修造は、平成二年三月頃、原告代理人深井日出子及び金子徳人(株式会社富士ホーム従業員)に対し、マリンスポーツの会員の集会所、懇談所として使用し、会員のために飲食を提供する施設とすることを明示して賃借したいと申し入れ、その承諾を得た。

二  被告は、賃借部分の造作の改造工事について、工事終了後、開店間際に原告代理人深井日出子、金子徳人らに店内の見分を得た際、承諾を受けた。

店内の改装には多少派手な部分も見受けられるが、会員には若者が多く、また、マリンスポーツの事業は、はでやかさをもモットーとしているため、これに適合するようにしたものである。

被告は、賃借部分を会員及びこれから会員になろうとする者への飲食の提供の用に供しようとしたもので、風俗営業法に違反するとの認識がなく、その届け出をしなかったのである。

なお、被告が本件建物の二階のエレベータの出入り口をふさいだのは、被告において二階部分全部を賃借したため、クラブを利用する会員には階段を使用させ、エレベータを使用させない方が居住者に迷惑にならないであろうとの考えによるもので、悪意はない。

(抗弁に対する認否)

一  抗弁記載一の事実は、否認する。

深井日出子が承諾した事実はないし、金子は、代理権を有しない。

二  同二の事実は、否認する。

被告が賃借部分で営業する「クラブ・マジェンタ」において提供する酒類には、レミーマルタンルイ一三世(三五万円)、カミュ・バカラ(二五万円)、バランタイン三〇(一八万円)等があり、被告の主張するような、マリンスポーツをする若者への提供を予定するものではない。

(証拠)《省略》

理由

一  請求原因記載一の事実は、賃貸借契約の目的を除き、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、マリンスポーツ店の事務所、店舗に使用することを目的とすると約して賃貸借契約をしたと認めうる。

二  原告は、被告について、賃貸借契約における信頼関係を破壊すべき事情があると主張するところ、賃貸借契約を巡る経緯について見る。

1  本件建物の一階はロシア料理店「マノス」に、三階から八階までは居住用として賃貸され、原告及び娘の深井日出子らは、九階に居住している(争いがない。)

2  本件建物の一階は、建築後、内装をしない状態で賃貸され、賃借人においてロシア料理店に適するように内装を施して営業している。また、二階は、平成元年一月頃から同年末頃まで、皮の販売店に賃貸され、床にはリノリウムが貼られ、天井板も貼られていて、平成二年初め頃も、机を入れれば、そのまま事務所として利用することができる状態で、水道設備があり、冷蔵庫が設置されていた。本件建物の二階は事務所に賃貸することが予定され、電気は利用できたものの、居住用又は飲食店営業用の他の階と異なり、ガスの配管はされていなかった。

3  被告の当時の代表者塩野は、平成二年二月頃、不動産仲介業者の株式会社富士ホームの担当者である金子徳人に対し、被告が本件建物の近隣で営業しているマリンスポーツ用品の販売店が手狭であるため、その会員向けのダイビングツアーの企画等の際の集会所及び説明の場所として利用するために賃借したいと申し込んだ。原告から本件建物の賃貸等を任されていた深井日出子は、金子の手配により、その頃、金子と共に塩野に会ったところ、塩野は、深井日出子に対し、ダイビングの講習会及びダイビングツアーへの参加者の募集のためのパンフレットを示して金子に対してしたのと同旨の説明をした。深井日出子は、右説明を了解して被告に賃貸することとし、平成二年三月一四日、富士ホームの事務所で賃貸借契約を締結した。右契約の際、塩野は、深井日出子に対し、賃借部分において、会員に対してコーヒーを供することがあることは説明したものの、賃借部分を酒食を提供する店舗として利用することを明らかにしたことは全くなかった。

4  契約後の平成二年六月から九月頃までの間に、被告は、賃借部分の改装工事をし、床のリノリウムを剥がし、天井の電気の配線にも手を加え、二階のエレベータの近くに新たに便所を設け、従前の便所の部分を物置に変え、ガスの配管工事をした。また、被告は、本件建物の一階入り口の上部と二階の道路に面した窓側に窓を全面的にふさぐ大きさのクラブマジェンタの看板を取り付けた。

5  被告は、前同年九月中旬頃からクラブマジェンタの営業を開始したが、これについて風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風俗営業法)三条による許可は受けていない。同クラブにおいては、グランドピアノ及びカラオケの設備を置き、女性従業員に接待させ、酒食を提供している。提供している酒には、販売価格が一本二〇万円から三〇万円に及ぶものがある。クラブ内にグランドピアノ及びカラオケの設備を置いていることは、争いがない。)

右認定の事実、特に、賃借した他人所有の家屋の床のリノリウムを剥がし、便所を移設し、従前なかったガスの配管工事をし、建物の入り口及び賃借部分の外壁面に看板を設置し、また、女性に接客させ、酒食を提供することは、それが賃貸人との合意なくしてされた場合は、それだけで、賃貸借契約の当事者間の信頼関係を破壊するに足りる行為で、契約の解除を是認しうる。

三  被告は、賃貸借契約を締結する際、当時の代表者塩野が原告代理人深井日出子及び金子徳人に対して本件建物の二階をマリンスポーツの会員の集会所、懇談所として、会員に飲食を提供する施設とすることを明示して申し入れ、承諾を得たと主張する。しかしながら、これに一部沿う証人塩野修造の証言は、前記認定の事実、特に、取り交わされた契約書上、明確にマリンスポーツ店の事務所、店舗に使用することを目的とするとされていること、本件建物の二階部分は住居用及び飲食店用に供されている他の階と異なり、ガスの設備がされておらず、従前皮の販売店に賃貸されてきて、賃貸借契約当時、事務所として利用できる状態であったこと、契約の締結に当たり、被告の当時の代表者である塩野が賃借部分において会員にコーヒーを提供する意図を示したにとどまること、これに加え、本件建物の三階以上の部分が住居に利用されていることをも考慮すると、原告又はこれを代理する権限を有していた深井日出子において、二階部分を深夜に及ぶ営業のために賃貸することを容認するとは到底考えられないことと対比して、採用の限りではない。また、証人塩野も、深井から了解を得るから刺激しないように開業の準備を進めるようにと金子から言われたと証言しているところ、右証言の内容自体から、原告又は深井日出子が工事を了解した事実がないことを示すことが明らかである。他に、原告又は深井日出子が本件建物の二階部分を被告主張の目的のために賃貸したと認めるに足りる証拠はない。被告は、原告代理人金子徳人が本件建物の二階部分を会員の飲食の提供の場に使用することを許容したと主張するが、不動産賃貸の仲介人である業者の従業員である金子に原告を代理する権限があると言えないことは多言を要しないし、本件において、他の通常の場合と異なり、仲介人に代理権をも授与したとの事実を認めるに足りる証拠も存しない。

四  被告は、次に、原告代理人深井日出子又は金子徳人が工事の終了後に被告の工事に承諾を与えたと主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、被告は、原告の書面による承諾を得ないで修理、改造、模様替え、その他原状を変更する行為をしないと約し、工事の内容が契約書に明示された目的と異なる利用に適するようにするためのものであるにもかかわらず、原告が工事を承諾したことを示す書面等の客観的証拠は被告から提出されていないばかりか、《証拠省略》によれば、工事に着手する前には工事内容を示す図面を原告に交付していないというのである。このような事情の下では、原告又はその代理人が被告のした工事に承諾を与えたものとは到底認めることはできないというべきで、一部、被告の主張に沿う証人塩野の証言は、採用の限りでない。

被告が賃借部分においてするのは、要するに、女性に接客させ、酒食を提供するクラブで、そこで提供する酒も、販売価格が一本二〇万円から三〇万円にも及ぶものがあるというのであって、明らかに風俗営業法三条の規定に基づく許可を要するもので、これを許可を得ることなくしているに過ぎない。被告は、会員に飲食の提供をするためのもので、それが同法に違反するものとの認識がなかったと主張するが、健全な良識を備えた者であれば、被告が実際に本件建物の二階部分においてしている営業が許可を要するかどうかを警察等関係機関に相談するのが通常であって、なんら相談することもなく、営業を開始するというのは、違法の認識がないのではなく、法を順守するという意識がないことの現れと見た方が実態に合うというべきであろう。

五  以上のとおり、被告の当時の代表者塩野は、当初から賃借部分を酒食を提供する営業に利用する意図を有しながら、深井日出子及び不動産仲介業者の富士ホームの担当者の金子徳人には、それを隠し、近隣で営むマリンスポーツの販売店、事務所として賃借したいと嘘の事実を言って賃貸借契約を締結し、契約が締結されるや、契約書の明白な文言にも反し、便所の移設、ガスの配管の実施等、建物の構造に悪影響を及ぼし兼ねない工事をするなど、原告の所有に係る本件建物をまるで我物のごとくに手を加え、その間、所有者側の反対の意向には一切耳を貸さず、また、法の要求する許可をも得ることなくクラブの開店にまで至ったというのが、本件の実態である。

本件の右認定の事実経過からすると、信頼関係の破壊を理由とする解除の意思表示(平成二年一一月八日に被告に到達したことは、争いがない。)により、原告と被告間の賃貸借契約は終了したものと解するのが相当である。

右当時の賃料相当額については、約定賃料額である月三三万八〇〇〇円の限度において認めうるものの、これを超える金額については立証がないから、原告の請求する契約の解除後である平成二年一二月一八日(訴状の送達の日の翌日)以降、明渡し済みまで、右額の限度の請求を認容すべきである。

よって、原告の請求は、賃貸借の終了に基づく本件建物中二階部分の明渡し、及び右金額の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 江見弘武)

<以下省略>

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