東京地方裁判所 平成2年(ワ)16499号 判決 1998年3月31日
原告
オヌキ土地開発株式会社
右代表者代表取締役
小貫芳英
右訴訟代理人弁護士
土橋頼光
被告
株式会社泉
右代表者代表取締役
安川健
被告
株式会社シード
右代表者代表取締役
安川健
被告
株式会社ウイルトン
右代表者代表取締役
平松進
被告
安川健外一名
右被告五名訴訟代理人弁護士
森田昭夫
同
中村眞一
主文
一 被告株式会社シード、被告安川健及び被告株式会社ウイルトンは、原告に対し、各自金三六七五万円及びこれに対する被告株式会社シードについては平成三年一月一一日から支払済みまで年六分の割合による、被告安川健については平成三年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による、被告株式会社ウイルトンについては平成三年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による、各金員を支払え。
二 被告株式会社泉、被告福岡伊三夫及び被告株式会社ウイルトンは、原告に対し、各自金三六七五万円及びこれに対する被告泉については平成三年一月一八日から支払済みまで年六分の割合による、被告福岡伊三夫については平成三年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による、被告株式会社ウイルトンについては平成三年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による、各金員を支払え。
三 原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告の、その余を被告らの負担とする。
五 この判決は原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 被告株式会社シード、被告安川健及び被告株式会社ウイルトンは、原告に対し、各自金五二五〇万円及びこれに対する被告株式会社シードについては平成三年一月一一日から支払済みまで年六分の割合による、被告安川健については平成三年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による、被告株式会社ウイルトンについては平成三年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による、各金員を支払え。
二 被告株式会社泉、被告福岡伊三夫及び被告株式会社ウイルトンは、原告に対し、各自金五二五〇万円及びこれに対する被告泉については平成三年一月一八日から支払済みまで年六分の割合による、被告福岡伊三夫については平成三年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による、被告株式会社ウイルトンについては平成三年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による、各金員を支払え。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
原告(原告会社ということがある。原告会社の代表者は小貫芳英であり、同人を以下「原告社長」という。)は宅地建物取引業を主目的とする株式会社、被告株式会社泉(以下「被告泉」という。)はホテル経営を目的とする株式会社、被告株式会社シード(以下「被告シード」という。)は不動産の売買、ホテル、旅館の経営を目的とする株式会社、被告株式会社ウイルトン(以下「被告ウイルトン」という。)は不動産の売買、仲介を目的とする株式会社、被告安川健(以下「被告安川」という。)は被告シードの代表取締役(現在は被告泉の代表取締役)、被告福岡伊三夫(以下「被告福岡」という。)は被告泉の代表取締役だったものである。
2 被告泉との売却仲介委託契約
原告は被告泉(当時の代表者は被告福岡である。)から、平成元年八月二九日ころまでに、同社が所有し、ホテル営業のため使用中の別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件不動産」という。本件不動産中土地、建物だけを指すときは「本件土地」「本件建物」という。)を含むホテル営業中の有機体としての「ホテル・ウイング」全体の売買(以下「本件売買」という。)について売却仲介の委託を受け、原告はこれを承諾した(以下「本件売却仲介委託契約」という。)
その際、原告と被告泉は本件売却仲介委託契約による報酬を売買価額の三パーセントとする旨の合意をした(仮に、右合意が認められないとしても、被告泉は原告に対し、商法五一二条により相当額の報酬を支払うべき義務がある。また、本件売却仲介委託契約の解除が認められるとしても、被告泉は原告に対し、民法六四八条三項に基づき報酬支払義務がある。)。
3 原告の営業活動
原告は、被告泉から本件建物の図面等の交付を受け、原告において、本件不動産の登記簿謄本、公図写しを取り寄せ、現地調査をして、案内図を作成する等仲介の準備を行ったうえ、完成した右の資料を持って、従来の顧客等に対し営業活動を実施した。
4 被告シードとの仲介委託契約
原告は、前項の営業活動の一環として、平成元年六月末ころ、訴外株式会社リオス(以下「リオス」という。)の建築事業部長会沢英介(以下「会沢部長」という。)に本件売買の話を持ち込んだところ、被告シード(当時の商号は「株式会社安川総業」)を紹介された。
原告は、被告シードに本件売買の話を紹介し、折衝の結果、本件売買について買受仲介の委託を受け、原告はこれを承諾した(以下「本件買受仲介委託契約」という。)。
その際、原告と被告シードは本件買受仲介委託契約による報酬を売買価額の三パーセントとする旨の合意をした(仮に、右合意が認められないとしても、被告シードは原告に対し、商法五一二条により相当額の報酬を支払うべき義務がある。また、本件買受仲介委託契約の解除が認められるとしても、被告シードは原告に対し、民法六四八条三項に基づき報酬支払義務がある。)。
5 その後、被告ウイルトンが本件売買を仲介して、平成二年四月四日、被告泉の法人売買(株式の譲渡)という形式をとって、被告福岡が被告泉の株式を被告安川に売却し、被告泉の役員を被告安川らに全面的に変更して、本件売買の目的を達成した。
6 責任原因
(一) 被告泉及び被告シード
(1) 被告泉及び被告シードは、原告に対し、本件売買の媒介を委託し、かつ、原告の媒介行為を受け入れてきたのであるから、本件売買の仲介委託者としては、売買完成に向けて原告の媒介行為に協力すべき義務を有するにいたった。
(2) しかるに、被告泉及び被告シードは原告の本件売買の媒介に協力せず、本件売買を完成させなかった。すなわち
イ 原告が売買完成のために媒介行為を継続すべく、被告泉に対し平成元年九月二〇日過ぎから度々連絡をしても、被告泉は「税理士が外国に行っているので、帰りしだいこれを見せて連絡する。」とか「決算や何かで忙しいので二、三日待ってくれ。」とか「今検討中だ。もうしばらく待ってくれ。」とか「法人売買の方法で二〇億で売ることになった。具体化したら連絡する。」などと言を左右にして、本件売却仲介委託契約における協力義務に違反して協力しなかった。
ロ 被告シードの被告安川も平成元年一一月初めころになると、「あの話は駄目になった。」と言い、原告社長が「後で契約ができるようになったらどうするつもりか。」と言うと、被告安川は「その時はオヌキさん抜きでは契約しませんよ。」などといい、原告の媒介行為に対し、あたかも本件売買が不成立に終わったかの如く申し向ける等、言を左右にして、本件買受仲介委託契約における協力義務に違反して協力しなかった。
ハ 被告泉及び被告シードは、本件売買から原告を排除して、本件売買に被告ウイルトンを仲介させ、平成二年四月四日、法人売買の方法により、本件売買を成立させた。
(3) 以上のとおり、被告泉及び被告シードは、本件売買において、原告の媒介に協力しないという不作為、被告ウイルトンを介入させて法人売買の方法により本件売買を成立させるという作為により、原告による本件売買の媒介を妨害した。
(二) 被告ウイルトン、被告安川及び被告福岡
(1) 被告ウイルトン
被告ウイルトンの代表者平松進(以下「平松社長」という。)は、原告において、被告泉から本件不動産が売りにだされていることを探知し、本件不動産の売買情報を被告シードに提供してその購買意欲を起こさせ、その後数ヵ月に渡って被告泉と被告シードとの間の媒介折衝をなし、実質的には本件売買が成立していることを熟知しながら、被告福岡(被告泉)及び被告安川(被告シード)に対し、原告から本件売買媒介の連絡があっても、口実を設けてこれを取り上げず、原告を本件売買から排除すべきことを教唆し、その結果、被告泉及び被告シードをして売買媒介委託者として原告の売買媒介行為に協力すべき義務に違反させて協力させず、かつ、自らは原告に取って代わって、本件売買の取引形態を法人売買の方法に変更させて、実質的に本件売買を成立させ、もって、媒介手数料を取得したのであるから、被告ウイルトンは原告に対し、不法行為に基づき、原告の媒介手数料請求権侵害による損害を賠償する義務がある。
(2) 被告安川及び被告福岡
被告泉及び被告シードの前記各行為は不法行為にも該当するところ、被告安川は被告シードの代表取締役、被告福岡は被告泉の代表取締役であり、法人の代表者による不法行為は、法人の行為を組成する一面と、その個人の行為たる一面の二面の存在を有するものであるから、被告らはそれぞれ個人としても不法行為責任を負担しなければならない。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める(全被告)。
2 請求原因2の事実について
(一) 被告泉、被告福岡 否認する
(二) その余の被告 知らない。
3 請求原因3の事実について
(一) 被告泉、被告福岡 本件建物の図面等を原告に交付したことは認めるがその余の事実は知らない。
(但し、原告を含めて多数の不動産業者に本件建物の図面等の写しを交付したものである。)
(二) その余の被告 知らない。
4 請求原因4の事実について
(一) 被告シード、被告安川 否認する。
(二) その余の被告 知らない。
5 請求原因5の事実は認める(全被告)。
6 請求原因6の主張はすべて争う(全被告)。
第三 証拠
証拠関係は本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。
第四 当裁判所の判断
一 請求原因1及び同5の各事実は全当事者間に争いがない。
二 右争いのない事実と証拠(原告代表者、証人朝倉俊隆、甲一の一ないし七、甲二の一・二、甲三ないし五、甲六の一ないし一一、甲七の一・二、甲八、甲九の一・二、甲一〇ないし一五、甲一六の一ないし四、甲一七、一八、甲一九ないし一二の各一ないし四、甲二二の一ないし六、甲二三の一・二、甲二六)に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、右認定に反する証拠(証人福岡義久、同曾澤英介、同杉原庸介、被告福岡本人、同安川本人、被告ウイルトン代表者、乙四、二〇)は採用できない。
1(一) ホテル・ウイングは被告泉が経営しており、実際の営業は株式会社福岡商事の常務取締役であった福岡義久(以下「福岡常務」という。)が担当していた。
(二) 被告泉及び株式会社福岡商事の親会社である株式会社フクオカ食肉の代表取締役である被告福岡は、ホテル・ウイングとして営業中の本件不動産(但し、本件土地は借地である。)について、採算に合う価格での買主が見つかれば、これらを一括して売却したいとの希望を有していた。そして、被告福岡は昭和六三年秋ころからそうした希望を工藤建設株式会社代表取締役の工藤五三(以下「工藤社長」という。)他の知人、友人らに伝えていた。
2(一) 原告は、工藤社長から、平成元年(以下、特にことわりのない限りいずれも平成元年の出来事である。)三月二七日、被告泉のオーナーである被告福岡が本件不動産を営業権とともに売却したいと言っているので買手を探してくれと言われた。
(二) 原告は、六月一九日、買受け希望者の松島某を福岡常務と本件不動産所在地で引き会わせたが、当時被告泉が本件土地の所有権を取得していなかったために、右取引はそれ以上進展しなかった。
(三) 原告は、六月二三日、本件不動産の登記簿謄本、公図写し等を取り寄せる等して仲介の準備を行った。
3 六月三〇日、原告のホテル事業部の朝倉俊隆課長(以下「朝倉課長」という。)がリオスの会沢部長に本件売買の商談を持ち込んだところ、七月三日、会沢部長から朝倉課長にリオスグループ(被告シードを含む。)で購入を検討したいから、媒介を頼みたい旨の連絡があった。
4 七月五日、朝倉課長は、被告シードの被告安川と原告社長の会談日を設定するため、リオス本社に会沢部長を訪問し、同月一九日に原告社長が被告安川を訪問することを決定した。
5 七月一九日、原告社長と朝倉課長がリオス本社を訪問し、被告安川及び会沢部長と本件不動産の購入について会談した。その際、被告安川は「うちのグループで買うから土地の権利は完全に取得してくれ。」と述べた。
6 七月二四日、原告社長と朝倉課長は、福岡常務と会談したが、その際福岡常務は原告社長に対し「土地は買い取って渡してもいいが、売買価格は一八億五〇〇〇万円になる。」といった。右同日、原告社長は福岡常務から本件不動産の図面(甲六の一ないし一一)と借地部分の賃貸借契約書(甲七の一・二)を渡された。
7 七月二五日、原告は、会沢部長に対し、代金が一八億五〇〇〇万円になった旨を連絡した。会沢部長は、その額だと仲介手数料約五〇〇〇万円を入れると一九億円になり無理だ、もっと安くするようにと要求した。
そこで、原告社長、朝倉課長らが福岡常務に連絡をとり「一八億五〇〇〇万円では売れない。」として、売買代金の再検討を申入れをした。
8 八月一〇日、会沢部長から、原告に対し、一七億五〇〇〇万円なら買いたい、手数料を入れて一八億にしてもらいたい、との連絡が入り、原告は、手数料についてはこの申し出を了承し、代金については、早速福岡常務に連絡し、被告福岡と相談して連絡するよう申し入れた。
9 八月一五日、同月一七日、朝倉課長は福岡常務に対し、被告福岡と相談することを督促した。
10 八月二二日、福岡常務から、朝倉課長に「福岡社長と相談した結果、一七億五〇〇〇万円で売ることにした。」旨の連絡があった。そこで朝倉課長は近々打合せに行く旨申し入れた。
11 八月二九日、原告社長と朝倉課長が福岡常務と会談して、売買代金一七億五〇〇〇万円(建物敷地含む。建物敷地は被告泉が買い受けて譲渡する。駐車場は借地権を譲渡する。土地六億五〇〇〇万円、建物一一億円)、買付証明書の宛名は被告泉とする。仲介手数料は三パーセントとすることなどを合意した。
そして、同日原告社長が福岡常務に、次回には売主側、買主側一堂に会して打合せを行い、その際買付証明書と売渡証明書を交換したい旨申し入れ、福岡常務はこれを承諾した。
12 八月三一日、原告社長、朝倉課長がリオス本社に被告安川、会沢部長を訪問したが、その際、被告安川は仲介手数料を三パーセントとすることを承諾するとともに、原告社長に対しホテルの建築図面、建築確認書、駐車場・通路部分の借地契約書等のコピーの交付を求めるとともに、会社売買の方法がとれるかを訊ねた。また、売買契約締結前における合意書の作成、国土法届出書類を原告において準備し、合意書案については九月七日夕方までに安川総業に持参することを求めた。
これに対し、原告社長は、法人売買は可能である旨の回答をするとともに、その他の事項も了解した。そして、その際に原告社長は、被告安川から被告泉宛の八月三〇日付けの買付証明書(甲八)を受領した。
13 九月三日、朝倉課長が売却依頼者と買受依頼者を引き合わせる会見の日時設定のため、福岡常務と被告安川に電話連絡をして、同月八日午後一時三〇分に横浜産業貿易センター八階の横浜商工会議所会員談話室において会見する旨の合意がなされた。
14 九月六日、原告社長と朝倉課長がリオス本社に被告安川を訪問した。このとき、被告ウイルトンの平松社長を紹介された。
15 被告安川から売買代金の融資先の紹介を依頼され、原告はこれを了解した。
16 九月七日、原告社長は、融資について、昭和リース株式会社の神林課長ほか一名を連れてリオス本社を訪問し、融資の条件等を打合せした。その結果、おおむね前向きに検討することとし、被告安川、右神林、リオス社長田辺を含めて会食した。
17 九月八日、横浜産業貿易センター八階の横浜商工会議所会員談話室において、売手側として被告福岡、福岡常務、会計士が、買手側として被告安川、会沢部長が、仲介業者として、原告社長、朝倉課長が会談した。
原告社長が各人を紹介し、取引の打合せに入った。
その席上、原告社長は、被告安川から預かっていた買手側の買い付け証明書を売手側に渡した。被告福岡は、同証明書の条件を承諾し、「売渡証明書を至急原告あてに送付する。」旨約束した。
次いで売買の方法論の打合せをしたところ、被告安川から、新会社を設立して新会社名義で購入した方がよいのではとの提案があり、原告は、これを含めて、売買契約書の作成などの依頼を受け了承した。被告福岡側の会計士から、M&Aの方が有利ではないかとの発言があり、被告福岡も検討することを約束した。
18 九月一二日、リオス本社で、会沢部長、被告安川、原告社長、朝倉課長が本件売買の細部について打ち合わせをした。契約締結前に売手との間で合意書を作成すること、新会社で購入すること等が手続上の要望等として出された。また被告シードは新会社設立の費用を原告が負担するよう要求した。
19 九月一三日、横浜のホテルリッチにおいて、会沢部長と共に原告社長、朝倉課長が福岡常務と会談し、買手側としては、新会社を設立して、通常の不動産売買の方法でやりたい旨説明し、福岡常務もその方法で検討することを約束した。
20 九月一八日、原告社長、朝倉課長がリオス本社を訪問して、原告が作成した合意書案(甲一四・被告泉と被告シード間の「覚書」)を呈示し、被告安川の了解を得た。
その後の国土法届出、契約書作成、代金決済等の打合せをした。
21 九月二一日、戸塚ワールドに福岡常務を訪問して、前記合意書案を提示した。
22 九月二七日、朝倉課長が福岡常務に電話したところ、同人は「検討中」と言って言葉を濁した。
23 その後、原告側において再三福岡常務に連絡するも要領を得ないので、一〇月六日に工藤社長に連絡をとり、被告福岡の説得を依頼した。
24 その後、福岡常務に催促したところ、法人売買の方法で二〇億円で売ることになった。具体化したら連絡する、といわれた。しかし、連絡が入らないので催促すると、居留守を使ったり、要領を得ない応答に終始するようになった。
25 一一月初旬ころ、原告社長及び朝倉が被告安川を訪ねてその後の経緯を尋ねると、同被告は、あの話は駄目になったと答えた。原告社長が後に契約できるようになったらどうするつもりかと言うと、被告安川はそのときは原告抜きでは契約しないと確約した。
26 被告泉は、平成元年一一月三〇日付けで原告に対し、仲介依頼を終わらせるとの趣旨の手紙(甲一〇)を出している。
27 その後、被告ウイルトンが本件売買を仲介して、平成二年四月四日、被告泉の法人売買(株式の譲渡)という形式をとって、被告福岡が被告泉の株式を被告安川に売却し、被告泉の役員を被告安川らに全面的に変更して、本件売買の目的は達成された。
三 以上の事実関係に基づき検討する。
1 前記の事実経過、とりわけ、原告が被告泉と被告シードの代表者ないしは担当者に対し、本件売買の意思を確認し売買代金の交渉をしていること、被告シードに対し融資先を紹介していること、売買交渉も煮詰まり、被告シードから買付証明書も提出され、原告は売手と買手を紹介して、引き合わせるところまで本件売買を進行させていること、被告泉及び被告シード側においても原告が本件売買の仲介人として行動していることを認識していること、被告泉が平成元年一一月三〇日付けで原告に対し、仲介依頼を終わらせるとの趣旨の手紙を出していること等の諸事情に照らすと、原告と被告泉との間では本件売却仲介委託契約が、また、原告と被告シードとの間では本件買受仲介委託契約が少なくとも黙示的に成立したことが認められ、右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。
そして、その後、本件不動産の売買の形式について、当初の土地建物の売買から法人売買によることが摸索されるようになり、原告は被告泉、被告シードとの間で、その意向に則した仲介行為を実行しようとした経緯にあることは認められるものの、被告シードと被告泉の間で、原告主張の日時である平成元年九月八日に本件不動産の売買契約が代金一七億五〇〇〇万円で成立したと認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。
2 しかして、仲介報酬請求権は仲介人が売買を完成させてはじめて発生する権利であるが、仲介人をことさら排除して取引を成立させた場合には、民法一三〇条の法理により、仲介人が成約させたと同視して報酬請求権が発生するものと解すべきところ、被告らは、原告が関わった本件売買の話ははかばかしい進展がないまま、時日が経過していたこと、九月八日に被告安川と被告福岡とが会ったが雑談ばかりで本件売買の話を切り出すきっかけを双方失ったまま終わってしまったこと、当事者を参集させておきながら売買の話を一切出さないままに終わった原告の対応に被告福岡、被告安川らは不信感を募らせたこと、そして一〇月ころには、本件売買の話はいつか立ち消えになったこと、平成元年一二月ころになって株式会社フクオカ食肉の赤字解消策及び資金の調達方法として、ホテル・ウイングを売却する話が浮上し、あらためてM&Aの方法によって本件売買を実現することが企図されたこと、被告ウイルトンを介して被告泉と被告シードと交渉を開始し、M&Aの方法による売買の完成を目指して種々の手続きがとられたこと等を主張し、証人福岡義久、同杉原庸介、被告福岡本人、同安川本人、被告ウイルトン代表者は右主張にそう供述をし、平成元年の末ころにあらたに契約の機運が生じたということを強調するが、一方、甲二五によると、被告ウイルトンは平成元年一一月二八日には既にM&Aの方法による売買の計算書を被告安川宛てに送付しており、かつ右計算書には「本計算書は必ず極秘でお願い致します」との記載部分があることに照らし、本件売買が一旦中断したものであるとする供述には疑問があるうえ、本件売買は実質的には原告が仲介した被告泉と被告シードが契約当事者となって成立したものとみることができ、被告らのいう本件売買を断念したとする時期からわずかの期間で本件売買の完成に向けて話が進展したというものであるから、原告の仲介行為の影響が全く排除された新しい契約とみることは著しく困難といわざるを得ず、結局、本件売買の完成は原告を排除して、実質的には被告シードと被告泉の間で締結されたものと解するのが相当であって、被告シードと被告泉については原告の仲介業務を妨害し、原告を排除して売買の目的を達したものと推認でき、民法一三〇条に該当する行為があったものといわざるを得ない。
なお、本件売買はたんなる不動産売買ではなく、最終的には、M&Aの方法によってなされたものであり、その手法には単なる不動産売買の場合と比較して幾多の相違点があるが、ホテル営業の場合は、もともとホテルの入れ物部分である不動産等の施設のみが取引の対象となるものではなく、ホテルの営業自体の譲渡をも取引対象とするものであるから(弁論の全趣旨)、不動産売買によるか、M&Aによるかは、方法論の問題にすぎないともいえ、原告はいずれによっても過去の経験から対処し得たのであるから、そのことをもって、原告の仲介業務の実行と本件売買の完成に因果関係がないものということはできない。
4 前記の事実経過に照らすと、被告ウイルトン、被告安川及び被告福岡は、原告が本件不動産の売買仲介をしていることを知りながら、かつ、原告を排除すれば各報償額相当の損害を被ることを知りながら、ことさら原告を排除して平成二年四月四日に本件売買を完成させたものと推認せざるを得ず、同被告らは原告に対し、不法行為に基づく損害賠償義務がある。
5 ところで、本件売買契約は、単に本件不動産の売買にとどまらず、ホテル・ウイング経営の譲渡一切を含んだものであって、かつ、最終的にはM&Aの方法によって本件売買は完成しているところ、会社売買を行うについては、不動産のみの売買とは異なる準備、交渉が必要であり、たとえば被告泉の債権債務を整理し、契約関係書類の整備や会計帳簿類を整えること、同被告の株式の評価を行い、一株の適正金額を決定すること、従業員や役員を退職させたり、リース、レンタル等の契約の引継ぎ等に問題がないか検討すること、金融機関に対する保証人の変更などの確認をすること、資産、負債の変動を前提として租税債務の見直し、繰越欠損金の処理を行うこと等の作業が必要となる。これらは本来仲介業者が直接に関わる問題ではないとしても、仲介業者として本件売買を完成させるためには、人的手配を含め、これら作業に相応の関与をすることが求められることは明らかであって、とりわけ一〇億円以上の取引においてはその費用も仲介業者が負担するものと認められる(原告代表者)。
そして、本件全証拠に弁論の全趣旨を総合すると、右の費用に相当する部分として原告が負担すべき割合は仲介報酬額の三割と認めるのが相当であり、原告はその部分の業務を履行していないのであるから、本来の報酬額(予定売買代金額一七億五〇〇〇万円の三パーセントである五二五〇万円)から三割を減額した金額である金三六七五万円をもって、それぞれ被告泉及び被告シードの原告に対する報酬額と認めるのが相当である。また、被告安川及び被告福岡は原告に対し右同類の損害を、被告ウイルトンは本件売却仲介委託契約及び本件買受仲介委託契約それぞれから発生する報酬請求権を侵害したものとして各契約ごとに原告に対し、金三六七五万円の損害を与えたものというべきである。
6 よって、主文のとおり判決する。
(裁判官小久保孝雄)
別紙<省略>