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東京地方裁判所 平成2年(ワ)3046号 判決 1991年4月22日

原告 株式会社 スイック

代表取締役 伊藤昌雄

訴訟代理人弁護士 桜井英司

被告 宇塚勇

訴訟代理人弁護士 重國賀久

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

一  原告の請求

(被告の失火による損害を賠償したことを理由とする求償金の請求として)

被告は、原告に対し金三〇〇〇万円及びこれに対する平成二年三月二五日から支払い済みまで年五分の金員を支払え。

二  事案の概要

1  争いのない事実等

(一)  原告は、酒類の輸入販売等を目的とする会社で、江戸川区中葛西八丁目九番八号所在の倉庫の一階約一〇〇坪を賃借して、酒類を保管するとともに、酒類の出入庫用事務所を設けていた。

(二)  被告は、昭和五三年四月原告に入社し、右の倉庫事務所で、酒類の保管、出入庫、配送の業務に従事していた。

(三)  被告は、昭和六二年三月二八日午前八時四六分頃、右事務所において、過失により、火災を発生させ、右倉庫を全焼させた(本件火災という。)。

(四)  右倉庫の一部を賃借していた有限会社エイ・シー・シーは、右倉庫にあった衣料品、什器類三四六四万円相当が焼失する損害を被ったとして、本件原告被告を被告として、損害賠償請求の訴えを起こし、平成元年一〇月一九日原告全面勝訴の判決があった。被告は控訴せず、原告が控訴したが、平成二年二月二二日控訴審で原告が三〇〇〇万円を支払うことで和解が成立し、原告は、平成二年三月一日右和解金を支払った。

2  争点

(一)  本件火災について被告に重過失があったか。

(二)  仮に求償権があるとしても、損害の公平な分担の観点から信義則上減額するべきものか。

三  争点についての判断

1  争点(一)(被告の重過失の有無)について

証拠によれば、本件火災の経過は、次のとおりであったものと認められる。

(一)  被告は、前記事務所内で灯油入りポリタンクからポンプを使い石油ストーブに給油したが、ゴミを捨てるため一時その場を離れた際に、灯油が床にあふれ、床のカーペットに灯油のシミができた。ストーブには、本来円形の置き台が付属しているが、当時は、その置き台は使用されず(部屋の片隅に置かれていた。)、ストーブからあふれた灯油が、そのままカーペットにこぼれたものである。

(二)  被告は、新聞紙三枚を使い床の灯油を拭き取ったが、完全に拭き取ることはできなかった。

(三)  石油ストーブの自動着火装置が故障していた。そのため、被告は、近くにあった紙にライターで火をつけ、ストーブの芯に着火した。

(四)  被告は、着火した後燃えている紙をもみ消した。ストーブ置き台が使われていなかったこともあって、その際カーペットに火の粉がこぼれたが、被告はこれに気付かなかった。

(五)  被告は、点火に使った燃え残りの紙やその他のゴミを捨てるために事務所を出、再び戻ってみると、事務所の床から炎が上がっていた。

(六)  被告は、火を消そうとして物をかぶせるなどしていたが、その際誤って傍らにあった灯油入りポリタンク(蓋が開いていた)を倒してしまった。

(七)  事務所には消火器の備えがなく、被告は、有り合わせの段ボール板をかぶせるなど消火に務めた。

(八)  さらに、被告は、事務所外で消火器を発見して、事務所内に戻り、これを作動させようとしたが、作動せず、消火に成功しなかった。その間被告は、当時左足の関節に水がたまり、若干足が不自由であったこともあって、敷居につまずき床に倒れたが、その際衣服に火がついたため、外へ出て助けを求めた。

(九)  その後他の者が消火活動を行ったが、すでに火勢が強くなり成功しなかった。

証拠《省略》

以上認定した事実をもとに、被告に重過失があったかどうかを検討する。

失火の責任に関する法律の規定する重過失とは、通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見過ごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すものとすべきである(最判昭和三二年七月九日民集一一巻七号一二〇三頁)。

本件についてみると、被告は、給油の際石油ストーブから目を離して灯油をこぼした。このような過失は、日常ある軽微な過失であるし、本来石油ストーブの一部を構成して、給油中あふれる石油を直接床に流さない機能をもつ、ストーブの置き台が使用されなかったことを考慮すると、被告の右の過失をもって、重大な過失であるということはできない。

そして、被告は、紙で石油ストーブに点火しており、このような危険な点火の方法をとったことが、本件火災発生の最も大きな原因であるといえる。しかし、被告がこのような危険な方法をとったのは、石油ストーブの自動点火装置が故障していたことが原因であって、被告の過失を問うのは相当ではない。むしろ、自動点火装置が故障しているにもかかわらず、それを使用させていたについては、原告は、被告の使用者として責任を免れないものといわねばならない。

そして、被告は、点火のため燃えている紙をもみ消し、その際カーペット上に火の粉がこぼれている。この行動も、火災の危険を生じさせているが、しかし、紙をもみ消さないと被告自身がやけどをする恐れがあるのであろうから、もみ消す行動自体はやむを得ないものとしなければならない。そうすると、そのような行動をした場所が問題となるが、石油ストーブの置き台が使用されていれば、その上で火をもみ消すことにより、大事に至らない可能性が高いから、置き台が使用されていなかったことが、災いしていることを考慮しなければならない。そして、被告には、カーペットの上で火をもみ消したことに不注意な点があるが、被告が灯油を拭き取った後で心配ないと考えていたとしても、必ずしも重大な過失とまではいえない。灯油はカーペットに染み込み、被告が拭き取った後は、その跡が残る程度であったと考えられ、そうであるとすると、灯油への引火の可能性が明白であったともいい難いからである(灯油はガソリンほど引火性が大きくはないことを想起すべきである。)。

そして、被告は、火の粉が落ちた後を十分確認せず、ゴミ捨てに行っている。この行動は、次の作業を続けるとすれば、通常の行動にでたもので、確認が十分でなかったという程度の不注意は、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態ではないから、重過失ということはできない。

被告は、火を消そうとして、誤ってポリタンクを倒している。このことにタンクの蓋を閉めていなかったことが重なってはいるが、これらの過失は、時期を異にする二つの軽微な過失にすぎず、これらが運悪く重なったため、重大な結果を招いたにすぎない。したがって、これらの過失をとらえて、重過失であるとするのは相当ではない。

被告は、火を消そうとしたが無意味な行動に終始したといえなくはない。しかし、そのような結果となったについては、事務所内の消火器の備え置きがないこと、及び事務所外にあった消火器が作動しなかったことが大きな原因となっている。これらの点を見ると、消火についても被告に重過失があるということはできない。

以上のとおり、本件火災については、被告に連続した軽微あるいは通常の過失がある。その過失が重なって、重大な結果を招いてはいるが、そのような結果となったについては、被告の側だけに原因があるのではなく、石油ストーブを、防火の機能をもつ置き台のないまま使用するのに任せるとともに、着火装置が故障しているのにそのまま使用させ、また、石油ストーブの周辺に消火器を備え置くべきであるのにこれを怠った原告にも責任がある。そうすると、本件火災について、被告に重大な過失があるとして、失火の責任に関する法律の適用を否定するのは相当とはいえない。

なお、被告は、有限会社エイ・シー・シーとの間の訴訟に敗訴し、その判決は確定しているが、本件は、右の判決の対象とする事件とは当事者が異なるので、右の判決は、本件について拘束力を有するものではない。

2  結論

以上のとおり、被告は、本件火災について重過失があるとはいえないから、原告の本訴請求は理由がないことに帰する。

(裁判官 淺生重機)

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