東京地方裁判所 平成2年(ワ)3581号 判決 1991年5月30日
原告 株式会社月岡浜田建築設計事務所
右代表者代表取締役 浜田善夫
右訴訟代理人弁護士 高橋一成
被告 矢吹英男
右訴訟代理人弁護士 山本治雄
主文
1 被告は、原告に対し、一六〇万円及びこれに対する平成二年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする
4 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、二三〇万円及びこれに対する平成二年四月一三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、建築の設計監理等を業とする会社であるところ、昭和六三年八月一〇日ころ、被告との間に、東京都葛飾区《番地省略》の場所に、その一階を被告が開業を予定している歯科診療所及びその二、三階を被告の各居宅とする三階建延床面積約二五〇平方メートルの建物建築について、建築設計業務の委託契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
2 原告は、本件契約の趣旨に従い、次のとおりの建築設計に要する作業を行なった。
(一) 昭和六三年八月三〇日右建築工事場所を調査したうえ、前記建築予定の建物の概略図面を作成し、これを被告に交付した。
(二) 同予定建物の概略図面を三、四通り作成して、同年一〇月六日これを持参して被告方に赴き、被告と面接して右委託の趣旨を確認したうえ、概略図面を説明し、また、被告からの希望を聴取し、右建築設計について打ち合せをした。
(三) 同年一一月一七日、右建物の内容が大分固まった案を図面としたものを被告に郵送し、これに基づいて、同月二〇日、同月二七日、右建築設計について被告と打ち合せをした。
(四) 同年一二月八日、同月一七日、被告と打ち合せをし、建築設計の最終案を確認した。
(五) 右の次第から、同年一二月から平成元年一月にかけて、建築確認申請に必要な構造図一一枚、意匠図九枚、構造計算書一綴(一三九枚)を作成した。
(六) 右図面等により平成元年一月ころ建築確認の申請手続をしようとしたところ、被告から申請を待つようにとの申入れがあり、日時が経過した。
(七) 本件契約について、原告の設計業務に対する明確な報酬額の定めはないところ、原告は、平成元年三月下旬、被告からの設計報酬額の問合せに対し、建築予定建物の工事費概算を八二四六万八〇〇〇円と見積り、この金額に社団法人東京都建築士事務所協会で作成した業務報酬基準の設計料率の平均一一・二二五パーセントを乗じ、この金額を設計のみで施工を考慮して半額とし、更に、設計業務の出来高が七〇ないし七五パーセントであるので、最低五〇パーセントを見て二三〇万円とし、これを被告に対し請求した。
3 原告は、被告に対し、商法五一二条に基づき、本件契約によりなした右建築設計業務についての相当な報酬二三〇万円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である平成二年四月一三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち、原告が建築の設計監理等を業とする会社であることを認め、その余を否認する。
被告は、昭和六三年一〇月六日、原告に対し、「建築予定場所の不動産について担保設定されている貸金債権一五〇〇万円、医療器具機材代金約八〇〇万円、内装費用一二〇〇ないし一五〇〇万円、運転資金、取壊費用、登記料、歯科医師会入会金を含めて総額金八〇〇〇万円の範囲内で建築したい。それが可能ならその建築設計を依頼する。」旨述べており、原告主張の建築設計契約を依頼したことはない。
2(一) 請求原因2(一)は、原告において、昭和六三年八月三〇日建築工事場所に赴いた旨を小沼保男から聞いている。
(二) 請求原因2(二)のうち、原告が、同年一〇月六日、被告方を来訪し、被告との間に、右建築設計について話合ったことを認める。この時、被告は、原告に対し、前記二1のとおり述べているものである。
(三) 請求原因2(四)のうち、建築設計の最終案が確認されたことを否認する。
被告は、原告と、設計について、何回か打ち合せをしたが、建築予算を気にかけ、その都度原告に工事費を問いかけていた。しかし、右打ち合せの間、原告から、工事費を示されたことはなく、建築設計の最終案も確定されないまま、原告から建築確認申請を出したい旨電話連絡を受けた。
(四) 請求原因2(五)のうち、構造図、意匠図、構造計算書が作成されたことは認める。
原告は、前記建築確認申請の旨の連絡において、設計の手直しは同確認後も可能であり、同確認は一年間有効であり、同申請の確認まで一か月を要し人出不足で建築工事がなお遅れる等の理由を述べ、被告は、何も分らず原告に言われるまま、同申請をしてくれと述べ、右構造図等の作成につながったものである。建築確認申請は、通常、建築工事請負契約を締結するか、若しくは、建築工事人、工事費を確定してから申請するものであり、被告の前記のとおりの建築設計の意図、原告に対する態度からして、被告においては、原告に対し、工事費の見積りを提出することを求めていたに過ぎず、これには概略設計で足り、原告の行なった右設計業務は、建築業も行なう原告において、将来建築工事請負を期待して被告の意向と関係なく行なったものに過ぎない。
(五) 請求原因2(六)のうち、平成元年一月ころ、原告に対し、建築確認の申請手続を待つようにと申入れたことを認める。
(六) 請求原因2(七)のうち、原告の設計業務に対する明確な報酬額の定めがなされていないこと、原告は、平成元年三月下旬、被告からの設計報酬額の問合せに対し、建築予定建物の工事費概算が八二四六万八〇〇〇円であるとし、建築設計報酬として二三〇万円を、被告に対し請求したことを認め、その余は不知。
(七) 原告主張の設計委託契約は、原・被告間に成立していないところ、仮に、原告の設計業務に幾ばくかの報酬が認められるとして、施工主である被告の予算も聴かず知らないまま、そして自ら工事費も明示しないまま、建築設計をし、これに基づき報酬額を算出したとする原告の態度は、建築の設計を業とするものとして杜撰であり、民法四一八条の過失として斟酌されるか、商法五一二条の相当な報酬額の算定について斟酌されるべきである。
3 請求原因3を争う。
第三証拠《省略》
理由
一 本件契約の成否を検討する。
1 《証拠省略》によれば、次のとおりの事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 被告は、歯科医師であるところ、昭和六三年ころ、その所有にかかる東京都葛飾区《番地省略》の土地に、歯科診療所を開設することを考え、同年六月ころ、知人の他歯科医師から、歯科診療所の開設、診療器具の納入に詳しいという小沼保男(以下「小沼」という。)を紹介され、同人に右開設の旨を説明し、被告及びその妻も立合い、右土地及びその地上建物を同人に見分してもらった。その結果、同建物は被告の所有であったところ、老朽化しており、それを取壊して右診療所と被告ら住居も併せた新しい建物(一階を診療所、二、三階を被告居宅)を建築する方向での話が進み、その際、被告の診療所開設による見込診療報酬額等などからする右建物建築及び診療所開設費用についての借入金返済の見とおし等からする、その建築、診療所開設等についての概括的な予算について、建築予定地に設定されているローン担保返済用に約一五〇〇万円、医療器具機材費用約八〇〇万円、内装費用一二〇〇ないし一五〇〇万円程度、運転資金、取壊費用等の費目から総合予算約八〇〇〇万円程度とする方向で被告と小沼の間で話がなされていた。そして、右取壊しがなされるべき地上建物については、その一階で佐藤某が歯科診療所を開業しており、被告において、右診療所開設とそのための同建物取壊しの計画を話したところ、佐藤においてそれに協力同調する旨の意向が表明されていた。
(二) 小沼は、被告の知人であった前記他歯科医師の診療所の開設につき内装工事を担当した知人である砂和田博明により原告を紹介してもらい、昭和六三年八月一〇日ころ、砂和田とともに原告事務所を尋ね、原告代表者と会い、被告との右話を踏まえて、右建物建築に向けての、原告の設計業者としての関与を仰ぎ、この際、建築意図や、総額で約八〇〇〇万円程度の予算を見込んでいる旨の話が概括的に小沼からなされた。
原告代表者は、同月末ころ、現地調査の趣旨で右建築予定地に赴き、小沼から同土地の分譲区画図の交付を受けるとともに、実測を行なった。
(三) 原告代表者は、昭和六三年一〇月六日ころ、小沼、右砂和田を同行して、埼玉県久喜市の当時の被告居宅に赴き、被告と初めて面会し、被告及びその妻を交えて、予め作成持参した右建築予定建物の平面図二枚を示し、同建築についての基本計画を三案提示するなどして、話し合った。この際、原告代表者は、被告側から、所要工事費について尋ねられ、これに対し、設計図面がないと明確な工事費は算出できないとしてその回答を控え、一坪当たり八〇万円から一〇〇万円程かかるであろうとの返事をし、被告の妻からは、「家作りの要望」と題する居住用建物についての意図、要望を細かく記載した書面も交付され、その趣旨での設計を依頼された。
(四) 原告代表者は、右話合いにより設計作業に本格的に着手し、昭和六三年一一月下旬、右被告自宅で被告及びその妻と会い、被告側の要望を受けての打ち合せをし、さらにその一週間後、被告宅で右建築のための打ち合せをした。そして、原告代表者は、これまでの間に、被告から、平成元年七月に歯科診療所の診療を開始する目標である旨伝えられており、同年四月までに一階における右診療所の建築工事を完成させるべく設計作業を進め、原告会社の設計担当者も含めて、小沼の作成した右診療所の平面図をもとに同平面図を作成するとともに、平成元年一月までに、右歯科診療所工事の「案内図・配置図・敷地求積表」、「求積図・求積・採光面積チェック」、「仕上表」、「平面図」、「立面図」、「断面図」、「矩計図」、「階段詳細図」、「階段詳細図」、「同工事の鉄筋コンクリート基準図(1)」、「同基準図(2)」、「基礎伏図・基礎詳細図」、「地中梁リスト」、「PH・R・3・2階梁伏図」、「軸組図」、「鉄骨架構詳細図」二通、「大梁ジョイント・小梁仕口基準図」、「ブレース基準図」、「溶接基準図」、「構造設計概要書」、「構造計算書」、建物全体の完成予想図二通、「3階屋内鳥瞰図」、「2階屋内鳥瞰図」、二、三階の全体及び各部屋の別手法による鳥瞰図三通、「室内パース(2)・2F食堂居間3F寝室」、「室内パース(1)・2F玄関2F台所」の各図書を作成完成させた。
(五) 被告は、昭和六三年一二月中に、右建物を翌年七月に完成させる目的でおり、その建築工事所要日数約三か月との見通しを得て、同月末ころ、建築予定場所に存する建物において歯科診療所を開設している前記佐藤にその旨を伝え、以後の交渉を小沼に任せて、自身は、右久喜市から茨城県大子に転居した。そして、被告は、平成元年一月中、右大子において、原告代表者から、右建物の建築確認申請を出したい旨電話連絡を受け、同申請から一か月以上たたないと建築工事を開始できず、工事業者の人手不足で工事が遅れることもあり、右佐藤との立退等の交渉が解決したらすぐ工事に取り掛かれるようにしておく、同確認は一年間有効である旨の説明を受け、被告において右建築について有した懸念考慮事項について質問したうえ、確認申請の方向で作業を進めて欲しい旨述べた。
(六) 平成元年一月末、被告の診療所開設についての前記佐藤との交渉調整がうまくゆかず、被告は、原告に対し、右確認申請を控えるよう連絡し、他に建物を賃借して歯科診療所を開設することを検討するようになった。そして、この計画変更について、医療器具及び内装工事は従前とおり必要とされるところ、建物建築工事は不要となるため、被告において、原告代表者に対し、建築計画を中止する旨を伝えるとともに、それまでの原告の作業についていくら位になるのか問い合せた。これを受けて、原告代表者は、平成元年四月三日、被告宅に赴き、一階は歯科診療所であるから一坪当たり一二〇万円の工事費、二、三階及び屋上は居宅であり一坪当たり一〇〇万円の工事費が各必要になるとの見地から、右建築工事費用坪単価に予定床面積を乗じて総工事費概算を八二四六万八〇〇〇円として、請求原因2(七)のとおりの業務報酬基準の料率を適用し、これを半額としたものに、設計出来高五〇パーセントとし、設計料として二三〇万円の金額を明示請求した。
2 右事実によれば、原告は、昭和六三年一〇月六日ころ、被告に対し、東京都葛飾区青戸三丁目一二番八号の土地に一階を診療所、二、三階を居宅とする三階建延床面積約二五〇平方メートルの建物を建築するについて、建築設計業務を委託したものであり、本件契約が締結されたことを認めることができ、その委託された設計業務の趣旨、内容は、概略右規模の建物について被告の意図、要望する事項を最大限に実現し実用に供するものとするについて、原告においてその基本構想をまとめそれに基づき建築物の全体的な概要を具体的に図面に作成し、その基本設計に基づいて、建築工事を具体的に実施してゆくのに必要な建築費用を見積り、その見積費用の確定を経て建築工事をなすに必要な手配・手続きを原告において行うこととされたものであったと認めることができる。
被告は、原告において、被告の述べた建築工事予算額を聞きながら、この予算額を失念するか、考慮せず、勝手に設計業務を進め、被告の提示した建築工事予算におさまるような設計をしなかったので、そもそも、このような内容の設計業務についての設計委託契約は成立しておらず、被告の所期する設計業務を果さない原告に対し報酬支払いの業務はないとの趣旨の主張、供述をしている。
しかしながら、被告において原告に対して要望した提供業務の趣旨、内容は、前記事実に照らして明らかなように、当初より一定の建築工事予算額を提示し、これを前提として全ての建築工事内容の設計をしてゆくものではなかった。なぜなら、被告は、工事費について一応の予算枠を設定し、これが原告に概括的に述べられていたことが認められなくもないが、その設定の仕方は、工事費について明確な限定をしたものではなく、その建築意図及び具体的要望を実現するについて未知な工事費用について、専門家たる原告にその具体的な金額をまず見積ってもらい、予算と照し合わせながら、建築内容又は予算について相互に修正を加えて、最終的建築計画を決定する意向でおり、右設計業務もその趣旨で進行していたものである。この趣旨は、被告において、工事費を原告代表者に尋ねても、原告代表者がなかなかその具体的見積額について答えず、予算との関係で不安になった旨述べていることからも如実にうかがわれ、これは、被告らが抱いた建築意図・要望を実現しようとすればかかる工事費用と、借入れ建築資金返済等の経済的見地からの予算とが適合するかどうか照合したいがためであり、そのための見積りをまず求めていたものである。建築についての工事費の未知な具体的要望をしながら、これを予めの定額で設計することを期待するのは困難であり、また、それなら、被告において、建築物の材質、程度等の心配はしても、工事費の見積りについて不安に思う必要はないはずである。
そこで、被告において、建築予算の話しをしたとして、それは、あくまでも、被告側の一応の設定予算であり、その額が、原告の設計業務においてなすべき当初の建築費の見積方法、見積枠を拘束するものではなく、これが設計契約の成否を左右するものではない。
また、右のとおりの経緯による原告の設計作業について、設計契約を勧誘する企画設計、概略設計にとどまる程度の無償のサービスというべきものとは到底いえない。
3 そして、前記事実によれば、建築予定地上の建物収去の調整が進行せず、平成元年七月診療所開設との予定を聞いていた原告代表者において、まずそれに間に合わせるため建築工事開始の手配をすべく確認申請をとることを被告に対して連絡し、工事費見積りの調整と、それによる設計変更を残したまま、当事者間においては、その見積額の提示と、さらなる調整協議が棚上げされるかたちで推移し、被告の確認申請を控えるべき旨の連絡と建築計画中止によりそれ以上の協議の余地もないままに終わってしまったこと、原告は、建築計画を中止した被告からの清算要請を受けて、前記一1(六)のとおりの根拠から報酬請求をしたものであり、そのなかでの見積額の提示は、右建築計画の実現、進行に何らの影響を及ぼさない、設計料清算の目的にのみ意味をもつ提示であったことを認めることができる。
これによれば、本件契約は、被告の都合により解約されたものと認めることができる。そして、原告の設計業務の遂行について、同契約の本旨に従ってなされていたものであり、委託業務の清算のための右のとおりの原告工事見積額の内容・提示について、施工主の意向に副わないものであったとして、これをもって原告の行った右業務の遂行を本件契約上の債務の履行に該当しない無用、無益なものたらしめるものではなく、また、右建築計画が予定とおり進行していれば、被告の予算に見合う修正が可能であったことが認められるものである。
すると、原告において、右趣旨の建築設計契約について、被告の都合により中途解約され、それ以上の工事費見積及び建築工事手配をする余地はなくなったものの、その段階にいたるまでのその本旨に従った履行をなしたものということができる。
そこで、右設計契約について、特定した報酬支払いの約定は存しないところ、契約締結当時原告において設計を業とするものであったことは当事者間に争いはなく、原告は被告に対し右解約に至るまでになした設計業務の割合に応じた相当な報酬を請求できるものである。
二 次いで、相当な報酬額について検討する。
1 当事者間に報酬額の定めのない場合、右相当額を判断するについては、建築士業界の基準、当事者間に推認される合理的意思、業務の規模、内容、程度等の諸事情を総合的に勘案して相当とされる額を定める他はない。
(一) 《証拠省略》によれば、東京都内における設計業務の報酬について、各建築事務所は、社団法人東京都建築士事務所協会が作成した「設計・工事監理標準業務料率表」(以下「料率表」という。)に依拠していることが認められる。そして、料率表については、昭和五四年七月一〇日建設省告示第一二〇六号(いわゆる、建築士法第二五条の規定に基づき建築士事務所の開設者がその業務に関して請求することのできる報酬の基準)(当裁判所に顕著である。)に基づき実費加算の方式によって算出した額を対応する工事費に対する料率として表示しているものであり、合理的根拠を有するものというべきである。
(二) 料率表によれば、工事費に応じその標準業務報酬が料率により表示されており、この工事費については、設計契約の当事者間において施工主が承認し確定した工事費を、基準とするのが相当である。
すると、前記一1に認定のとおり、被告の診療所等の建築については、それに資する建築工事費見積りが原告から提示されたとはいえず、最終的な工事費の確定に至る前に計画が中止されたものであり、被告においては、その建築工事費として、約五〇〇〇万円程を予定していたものであり、その建物への要望実現を優先させ原告の見積提示後に右予算について変更を加えることが予想されたとして、原告の前記一1(六)のとおりの趣旨及び事情から見積られた八二四六万八〇〇〇円程で工事費の確定をみたとは推認し難く、確定したであろう工事費は右五〇〇〇万円を基準とするのが相当である。
(三) 昭和六三年度の料率表によると、工事費五〇〇〇万円については、当該建築工事(料率表において「第3類」に属する。)につき設計を完成させた場合の料率として一〇・五六パーセントとされている。
そして、前記一1(六)に認定の事実によれば、原告が報酬請求の前提として算出した工事費見積額の算出においては、建物の規模、構造、用途から単位面積当たり一階診療所において一二〇万円、二、三階において一〇〇万円位必要とするというもので、これについてそれ以上の根拠、説明はなく、被告の当初要望とおりの建築工事が実行されたとして必要となるであろうと推定される概括的な見積予定額の提示をしているものであり、この額が、具体的な見積計算作業により導かれた結果であるということはできないものである。すると、原告において、建築工事を具体的に実施することを可能にし、その工事費を具体的に算出するに足る詳細な設計に及んでいたとは認めることはできない。このことと、前記認定にかかる原告の作成にかかる各図書の内容を、前記建設省告示に規定する設計についての標準業務内容(同告示第四の「(イ)直接人件費」中の「別添一」中の「別表第2」に記載)に照して検討すると、原告においては、右「別表第2」に記載の「基本設計」の(総合)、(構造)を、建築主との工事費の承認、確定に至る段階を残してほぼ達成したものと認めることができる。そこで、これら事情により、原告のした設計業務は、本来なすべき全設計業務の約三〇パーセントと認めるのが相当である。
すると、原告が実際にした設計業務遂行割合(約三〇パーセント)を設計完成業務の報酬額(五〇〇〇万円×〇・一〇五六=五二八万円)に乗じ、右相当な報酬額は一六〇万円とするのが相当である。
2 よって、原告は、被告に対し、本件契約による報酬として一六〇万円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日である平成二年四月一二日(一件記録上明らかである。)の翌日である平成二年四月一三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払請求権を有するものである。
三 以上の次第により、原告の本訴請求は、右二2の限度で理由があるから、その限度で認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行宣言について、同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小原春夫)