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東京地方裁判所 平成2年(ワ)4549号 判決 1992年3月19日

両事件原告

長谷川俊次

外二名

右原告三名訴訟代理人弁護士

山﨑和義

第一事件被告

中嶋明美

右訴訟代理人弁護士

西村孝一

右訴訟復代理人弁護士

武田昌邦

第二事件被告

株式会社アムール

右代表者清算人

池田啓太郎

第二事件被告

池田啓太郎

右被告両名訴訟代理人弁護士

山内容

主文

1  第一事件被告中嶋明美、第二事件被告株式会社アムール及び第二事件被告池田啓太郎は、連帯して、原告長谷川俊次に対し金八三五万円及びこれに対する平成元年八月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告佐々木峯子に対し金一八五万円及びこれに対する平成元年八月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告エディ・スタングラーに対し金一五〇万円及びこれに平成元年八月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2  原告長谷川俊次及び原告佐々木峯子のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告らの、その余を第一事件被告中嶋明美、第二事件被告株式会社アムール及び第二事件被告池田啓太郎の負担とする。

4  この判決は、主文第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一請求の趣旨

1  第一事件被告中嶋明美(以下「被告中嶋」という。)、第二事件被告株式会社アムール(以下「被告アムール」という。)及び第二事件被告池田啓太郎(以下「被告池田」という。)は、原告長谷川俊次(以下「原告長谷川」という。)に対し金一〇〇二万五八三三円及びこれに対する平成元年八月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告佐々木峯子(以下「原告佐々木」という。)に対し金四六七万一八六六円及びこれに対する平成元年八月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告エディ・スタングラー(以下「原告スタングラー」という。)に対し金一五〇万円及びこれに対する平成元年八月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二事案の概要

本件は、①階下への漏水事故による責任が、建物所有者にあるのか、建物使用者にあるのか、それとも双方にあるのか、②漏水事故による相当因果関係のある損害はいくらかが争われた事案である。

一建物の使用、所有関係

1(一)  原告長谷川は渋谷区<番地略>所在の第三宮庭マンション六〇二号室(登記簿上建物の番号六〇参号。以下、「六〇二号室」という。)に家族と共に住居を構えており、原告佐々木は同マンション六〇一号室(登記簿上建物の番号六〇弐号。以下、「六〇一号室」という。)に、原告スタングラーと共に住居を構えていた。

(二)  被告中嶋は同マンション七〇一号室(登記簿上建物の番号七〇参号。以下、「七〇一号室」という。)の所有者であり、本件事故当時被告アムールが同室を使用していた。

(以上の各事実は、当事者間に争いがない。)

2(一)  原告長谷川は、六〇二号室の所有者である。

(二)  被告佐々木は、六〇一号室の所有者であるミウラドルフィンズから同室を賃借していた。

(三)  原告スタングラーは、写真家である。

(四)  被告アムールは、昭和六三年二月二四日、被告中嶋から七〇一号室を賃借して、同室で貸スタジオを経営していたが、本件事故発生当時、右賃貸借契約は合意解除され、明渡猶予期間中であった。

なお、被告アムールは、昭和六三年三月三一日、解散しており、被告池田がその清算人であった。

(以上の各事実は、証拠(<書証番号略>、証人松浦角代の証書、原告佐々木、被告池田及び被告中嶋の各本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨により認められる。)

二事故の発生

1(一)  右七〇一号室のベランダには南側と東側の二個所にしか排水口が設けられておらず、ベランダの回りは高さ三〇センチメートルのコンクリートの壁で囲われており、ベランダの高さは部屋の高さとほぼ同じであった。

(二)  平成元年八月一日、右七〇一号室のベランダに溜って溢れた雨水が室内に浸水し、更に右雨水は、同室の真下に位置する六〇一号室、六〇二号室に、それぞれ浸水した。

このため、六〇一号室及び六〇二号室は、ともに多量の浸水により居室、家財に損傷を受けた。

(以上の各事実は、当事者間に争いがない。)

第三争点

一原告らの主張

1  本件事故発生の原因の第一は、被告アムールの代表者被告池田が同室ベランダに植木鉢などを置き、また、清掃も不十分であったことから、植木鉢が倒れ、植木の葉や、泥と共に大量のゴミが南側の排水口を塞いだことにある。

本件事故発生の原因の第二はベランダの東側にサンルームを増築してあったため、東側の排水口は全く水が流れないような状態になっており、排水口としての機能を果たさなかったためである。

2  被告アムール及び被告池田は、七〇一号室の占有者として、ベランダ南側の排水口を塞ぐことのないよう十分注意する義務があるのに、植木鉢を置いたり、清掃を十分にしておかなかったため、本件事故が発生したのであるから、工作物の占有者としての責任がある。

また、被告中嶋は、所有者としてこのような違法な増築は取り壊すべきであったのにこれをせず、また、せめて南側の排水口が十分機能するように注意する義務があったのにこれを怠った。

そして、被告らの責任は、共同不法行為の関係にある。

3  これにより原告らが被った損害は、別紙損害額目録1ないし3記載のとおりである。

4  よって、原告らは、被告ら各自に対し、請求の趣旨記載の損害金及びこれに対する事故の翌日である平成元年八月二日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二被告中嶋の主張

1  東側排水口が機能しなかったのも、南側と同様排水口の目詰まりによるものであり、構築物(サンルーム)のためではない。東側排水口の機能は、ベランダ上のサンルームの設置によっても、全く阻害されていない。このことは、本件事故発生直後、南側排水口にごみが大量に詰まっており、このごみを取り除いたところ、水が急速に引いて、階下への漏水も止まったことから明らかである。

2  被告中嶋は、被告池田に対し、ベランダの排水口の設置位置を説明し、水の流れが悪くならないように清掃に努めて欲しい旨日ごろから繰り返し、注意していた。

したがって、本件ベランダに構造上の瑕疵は存在せず、本件事故の発生は、排水口の清掃管理を怠り、かつ、荒天時に不安定な植木鉢を排水口付近に放置した被告池田らが負うべきである。

3  工作物の所有者としての責任は、占有者が免責された場合の第二次的・交替的な責任であるから、被告中嶋が、工作物の占有者たる被告アムールらと共同不法行為責任を負うことは論理的にあり得ない。

4  原告らの主張する損害の中には、因果関係のないものも含まれており、また、個々の損害の評価額についても相当でないものもある。

三被告アムール及び被告池田の主張

1  本件事故は、被告中嶋が、排水口の上に構築されていたコンクリート製の建物を取り壊すことをせず、その構築物が排水口を塞ぎ、雨水を流れなくしてしまったことに原因がある。

また、本件マンションは、建物の構造上、雨水が直接七〇一号室のベランダに流れ込む構造となっており、かつ、南側排水口に接続する排水管は、既に管の内部が腐食等により排水の機能が十分に果たせなくなっていた。本件事故発生以前にも七〇一号室のベランダに水が溜って同室内に浸水するということが度々あり、被告アムールは、その都度、本件マンションの管理人に対し、配水管の修理を申し出たり、被告中嶋に対し、修理方の請求をしていたが、本件マンションの管理責任者及び被告中嶋は、何らの修理もしなかった。

したがって、本件事故は、本件マンションの排水を十分に機能させることについて責任を有する者ないし本件マンションの管理責任者の設置ないし修補義務の懈怠に原因がある。

そうすると、本件事故の責任は、本件ビルを建築した者、同ビルの管理者並びにベランダ東側の排水口の上に違法な構築物を設置してその排水口の機能を果たせなくした七〇一号室の売主及びその構築物を撤去すべき義務のあった被告中嶋にあり、被告アムールには何らの責任もない。

工作物の責任は、その瑕疵修補をして損害の発生を防止することができる地位にあるものに責任を認めるものであるところ、本件排水口の瑕疵修補をすることができたのは、被告中嶋らであり、被告アムール、被告池田は、その地位になかったから、工作物の占有者としての責任はない。

2  本件七〇一号室の占有者は、被告アムールであり、被告池田ではない。したがって、占有者としての責任が問われるのは、被告アムールであって、被告池田ではない。

3  原告ら主張の損害には、本件事故と関連性が明らかでないものや、相当因果関係のないものが含まれている。

第四証拠関係<省略>

第五争点についての判断

一事故発生の責任関係

1  七〇一号室のベランダの形状

証拠(<書証番号略>、検証の結果、被告中嶋本人尋問の結果)によれば、次の事実が認められる。

(一) 七〇一号室は、本来、専用面積75.50平方メートル(登記簿上64.20平方メートル)、テラス面積28.53平方メートルの三LDKの建物であったが、その後被告中嶋が七〇一号室を購入した昭和六一年一月末までの改装により、西側のテラス部分は廃止されて、部屋に取り込まれており、また、北側ベランダの東側部分(納戸の先部分)には、別紙図面のように、内法幅員約2.06メートルのサンルームが構築されていた。

(二) また、七〇一号室の北側ベランダのサンルーム以外の部分(幅員約10.35メートル、奥行約1.8メートル)には、昭和六一年一月末までの改装により、ベランダの上にコンクリートを打ってその上にタイルを貼っており、そのため、そのタイル面の高さと七〇一号室内の床面と高さとでは、余り大きな差がなく、タイル面の傾斜もさほどではなくなっていた。

(三) 右ベランダの西端の縁石の手前に深さ約2.5センチメートルの排水溝があり、それはベランダ縁石に沿ってサンルーム外壁と縁石との間に延びているほか、別紙図面のようなタイル面の中に二本のT字型の排水溝が設けられ、その排水溝は西端の排水溝に繋がっている。そして、T字型の排水溝の深さは、ベランダの出入口に近い場所で約1.8ないし二センチメートルであった。

(四) 右縁石手前の排水溝は、別紙図面に示すように南端の部分で排水口に繋がっており、また、サンルームの外側の部分の排水口に繋がっている。

サンルーム外壁とベランダ縁石との間は、コンクリートで覆われているが、右排水口の真上のコンクリート部分(サンルームに約八一センチメートル入った場所)には、掃除用のため、幅約21.5センチメートル×8.5センチメートルの窓が開けられている。

以上の事実が認められる。

2  事故発生の原因

(一) 証拠(被告池田本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、従前の浸水事故の発生に関し、次の事実が認められる。

(1) 七〇一号室は、本件第三宮庭マンションの最上階の八階に位置しているが、右マンションの構造上、ベランダの上に屋根がないため、雨水が直接ベランダに流れ込む構造となっていた。

(2) 右のように雨水が直接流れ込むことや、ベランダに塵芥が溜り易いことや、排水の能力が低いことから、これまでも、雨水が七〇一号室内に浸水することは度々発生していた。

(3) ベランダの排水口のうち、東側のものは、その構造上掃除が難しく、排水能力が低く、南側の排水口に流れる水量の方が多かった。そのこともあって、南側の排水口には塵芥が溜り易い状態にあった。

(4) 被告池田は、浸水の発生が多かったことから、被告中嶋の母親や、本件第三宮庭マンションの管理人に対して、排水の改善工事を要望していたが、本件事故発生までには、そのような工事は全く行われなかった。

(5) 被告池田は、七〇一号室を賃借する直前に、被告中嶋から、浸水事故の発生の虞があるため、排水口の掃除をするよう注意されていたことから、忠実にベランダの掃除を行っていた。

以上の事実が認められる。

(二) 証拠(<書証番号略>、証人松浦角代の証言、原告長谷川及び被告中嶋の各本人尋問の結果)によれば、本件事故の発生に関し、次の事実が認められる。

(1) 平成元年七月三一日から同年八月一日にかけて、東京地方には、大雨が降った。その雨は、七月三一日午後九時頃から降りだし、翌八月一日一杯降り続いたが、そのうち八月一日の午前二時頃から同日午前五時頃にかけては、一時間当たりの降水量が三五ccを超え、場所によっては五〇ccを超える豪雨となっており、そのような強い雨が二時間ないし三時間続いた。

(2) この豪雨のため、本件ベランダに溜った雨水が七〇一号室に流れ込み、次いで、八月一日午前二時頃から階下の六〇一号室、六〇二号室等に漏水が発生した。

(3) 同日二時ないし三時頃、漏水事故に気づいた階下の住民等が七〇一号室に入室しようと同室の玄関扉を開けたところ、同室内に溜っていた水が廊下に流れ出すほど同室内に水が溜っていた。

(4) 七〇一号室入室後、ベランダを確認したところ、ベランダに置かれていたゴムの木が南側排水口を塞ぐような形で倒れているほか、その排水口に塵芥が大量に詰まっている状態であったので、入室した警察官、階下の住民等が、ゴムの木を取り除き、また、その塵芥を除去したところ、雨は降り続いているにもかかわらず、滞留していた雨水は徐々に減じていった。

以上の事実が認められる。

(三) 右認定によると、雨が降り続いているにもかかわらず、南側排水口の塵芥を除去することによって減水していったのであるから、南側の排水口の塵芥を予め完全に除去していれば前記した一時的な豪雨状態の時間帯を除けば、排水能力として十分であったと推認される。しかし、本件マンションの場合には、前記したように、屋根がなく雨水が七〇一号室のベランダに直接溜る構造になっていたから、予測以上の豪雨の場合には、南側の排水口一つでは排水能力が十分ではなく、東側の排水口が完全に機能しなければ、雨水が溜ることが避けられない状況にあったことも推認される。

そして、右東側の排水口の清掃は、その構造からして容易でなく、完全な塵芥の除去は困難であることも明らかである。

また、右ベランダも、タイル張りのために底上げされていなければ、ベランダに滞留することができる水量も増加し、浸水の水量もその分少なくて済んだことも容易に推測されるところである。

3  被告らの責任の有無

(一)  以上によれば、本件豪雨による浸水事故は、被告池田が忠実に南側排水口及び東側の排水口の塵芥を完全に除去していれば、発生を回避することができた可能性を否定することはできない。少なくとも、そのような完全な注意を行っていれば、かかる大きな損害の発生は回避できたことは明らかである。本件事故の原因となった豪雨は、一時間当たりの雨量が非常に大きく、両方の排水口の塵芥が完全に除去されていても、浸水を回避することができなかった可能性も否定できないので、被告池田の過失と事故発生との因果関係について問題がないわけではないが、少なくとも、忠実に塵芥の除去を行っていれば、かかる大きな事故発生は回避することができたことは明らかであるので、被告池田の過失と事故の発生の因果関係の存在を否定することはできない。

そうすると、被告池田に過失が認められる以上、同人が清算人となっており、かつ、契約上七〇一号室の使用者であった被告アムールに損害賠償の責任があることを否定することができないことは明らかである。

(二)  ところで、原告らは、被告池田についても、占有者としての責任を主張し、被告池田はこれを争っている。

確かに、七〇一号室の契約上の使用者は、被告アムールであったことは前記のとおりであるが、民法七一七条一項の規定により損害賠償の責任を負うべき「占有者」とは、工作物を事実上支配し、その瑕疵を修補することができ、損害の発生を防止することができる関係にある者を意味するから、被告池田も、そのような地位にあったものであることが明らかであるので、被告池田も、占有者として損害賠償の責任を負うものと認めるのが相当である。

(三)  さらに、原告らは、被告中嶋について工作物の所有者としての責任を求めているところ、同被告は、事故発生について占有者に損害賠償責任が認められる場合には、所有者としての責任は認められるべきでない旨主張している。

確かに、本件事故の発生については、右に認定したように被告池田及び被告アムールに占有者として損害賠償責任が認められる。

しかし、本件事故の発生には、本件ベランダの構造が大きく影響を与えていることは否定することができないところである。

すなわち、本件ベランダの東側の排水口は、サンルームの構築により、塵芥の完全な除去が容易でない状況となっており、このため、本件事故による損害が増大していることは前記したとおりである。また、本件ベランダがタイル張りのために底上げされ、そのために、損害の発生が増大したことも前記のとおりであるから、これによる損害増大部分の責任を占有者に負わせることはできず、その部分は、所有者たる被告中嶋が負わなければならない。

これらサンルームの構築、ベランダの底上げは、被告中嶋が七〇一号室を購入する以前の所有者がしたものであるが、それだからといって、事故発生当時の所有者である被告中嶋の責任を否定することはできない。

(四)  そして、被告アムール又は被告池田の負うべき損害部分と、被告中嶋が負うべき損害部分とを区分けすることができない以上、被告らは、連帯して、原告らに生じた損害を賠償する義務があるというべきである。

二損害関係

1  原告長谷川関係

(一) 証拠(<書証番号略>、証人松浦角代の証言)によれば、六〇二号室への浸水の結果、六〇二号室では、各部屋の天井、壁から大量の漏水があり、天井、壁に染みを遺したほか、天井の一部が抜け落ち、また、家具類、寝具類、衣類、絨毯、畳、床板等を汚染したことが認められる。

(二) その結果、原告長谷川に生じた損害は、次のとおりである。

(1) 内装工事関係

証拠(<書証番号略>、証人松浦角代の証言)によれば、原告長谷川は、六〇二号室の内装工事をウイル・コーポレーションに依頼し、天井、床を造り替え、その費用として六七〇万円を要したこと、また、原告長谷川は、この内装工事のための大工等との打合せの際や、工事に従事する大工等の弁当代として、一〇万円を超える支出をし、内装工事のための打合せのために相当の交通費を支出したほか、大工等へのお礼のためにポロシャツを購入したりしたこと、更に、内装工事のための引越費用として九万円の支出をしたことが認められる。

これら内装工事に関して支出した費用のうちには、本件事故と相当因果関係の認められないものも存在するので(例えば、畳表や、壁紙、天井クロス等は、数年ごとに張替え等を要することは公知の事実であるから、事故と相当因果関係があると認められるのは、それら支出した費用のうち、予定より支出を早められたことによる損害に限られる。)、原告長谷川が支出した内装工事関係費用のうち、本件事故と相当因果関係があるのは六五〇万円に限るものと認めるのが相当である。

(2) ホテル生活関係

証拠(<書証番号略>、証人松浦角代の証言)及び弁論の全趣旨によれば、原告長谷川は、本件事故発生により、平成元年八月一日から同月一五日頃までホテル生活を余儀なくされ、ホテルでの宿泊料、ホテル内での食事、サービスの提供により、ホテルに三七万五一一〇円を支払ったこと、また、この間、原告長谷川ないしその妻であった松浦角代は、ホテルと自宅との往復等のタクシー代として四万円を超える支出をしたこと、この間、同人らは、外食を余儀なくされたため、ホテル内や、ホテルの近隣の店舗で食事をし、その費用を支出したことが認められる(なお、ホテル内のアゼリアでの料金の一部は、現金で支払われているが、大部分は、ホテル代金の中に含まれている。)。

これらホテル生活を余儀なくされたことによって支出したものは、本件事故と因果関係を否定することはできないが、その支出した費用の中には、本件事故と相当因果関係の認められないものも存在するので(例えば、ホテル料金の中には、マッサージ料金や、喫茶料金も含まれているし、原告長谷川夫婦以外の者のために購入しているケーキ代金も含まれている。また、外食のための支出も、一定の額を超えるものは相当因果関係を認めることはできない。)、原告長谷川が支出したホテル関係費用のうち、本件事故と相当因果関係があるのは三五万円に限るものと認めるのが相当である。

なお、証拠(<書証番号略>、証人松浦角代及び証人森玲の各証言)によれば、原告長谷川が使用した右ホテルは、我が国でも有名な最高級ホテルであるが、同ホテルの室料金は、一万六四五〇円(初日のみ一万七五〇〇円)であるところ、事故直後、原告中嶋の代理人的立場にあった、同人の母親森玲が一日当たり五万円の割合による必要経費の支払を約束したことが認められるので、その程度のホテル料金は、本件事故と相当因果関係にあるものと認めるのが相当である。

(3) 家具類等関係

証拠(<書証番号略>、証人松浦角代の証言)及び弁論の全趣旨によれば、漏水による汚染の結果、六〇二号室内では、別紙損害目録1の一ないし六記載の品物が使用することができなくなり、原告長谷川は、再度購入のための支出を余儀なくされたこと、また、同人は、新しい絨毯代金や、照明器具代等として九七万円以上の支出をしたこと、更に、同人は、汚染した衣服のクリーニング代として八万円以上の支出をしたほか、日曜雑貨類の購入のため一〇〇万円以上の支出をしたことが認められる。

これら支出したものの中にも、絨毯代金及び照明器具代金の一部や、衣服類、履物類の代金の一部のように本件事故と相当因果関係の存在を認めることができないものも含まれているので(相当因果関係が認められるのは、購入価格ではなく、事故当時の品物の時価ないし購入を早期にしなければならなかったことによる損害に限られる。)、汚染により使用することができなくなった品物の性質、予測されるその価格を斟酌すると、原告長谷川が支出したこれら費用のうち、本件事故と相当因果関係にあるのは一五〇万円に限るのが相当と認められる。

(三) してみると、被告らは、原告長谷川に対し、連帯して、八三五万円及びこれに対する事故発生の後であり、支払期日が到来した日の翌日である平成元年八月二日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものと認められる。

原告長谷川は、右金額を超える損害を主張しているが、右認定を超えて相当因果関係にある損害を認めることはできない(なお、証拠(<書証番号略>、証人松浦角代及び証人森玲の各証言)によれば、被告中嶋が、事故発生直後に、原告長谷川に対し、五〇万円の支払をしたことが認められるが、本件事故によって、原告長谷川には、同人主張以外の損害(例えば、精神的損害)の存在も推認されるところ、同人は、この主張をしていないので、右五〇万円の支払を損害算定に当たって斟酌するのは相当でない。)。

2  原告佐々木関係

(一) 証拠(<書証番号略>、原告佐々木本人尋問の結果)によれば、六〇一号室への浸水の結果、六〇一号室では、各部屋の天井、壁から大量の漏水があり、天井、壁に染みを遺したほか、天井の一部が剥離したり、抜けたりし、また、家具類、寝具類、衣類、絨毯、畳、床板等を汚染したことが認められる。

(二) その結果、原告佐々木に生じた損害は、次のとおりである。

(1) ホテル生活関係

証拠(<書証番号略>、原告佐々木本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、原告佐々木は、本件事故発生により、平成元年八月一日から同月七日までは六〇一号室に寝起きしていたが(このため、寝具類等を購入し、一八万円を超える支出をした。)、家財道具、衣類等の大部分を廃棄したことや、内装工事のため、同月八日から同月一五日頃までホテル生活を余儀なくされるに至り、ホテルでの宿泊料、ホテル内での食事、サービスの提供により、ホテルに二六万八七三二円を支払ったこと、また、この間、原告佐々木ないしその夫である原告スタングラーは、ホテルと自宅との往復等のタクシー代として五万円を超える支出をしたこと、この間、同人らは、外食を余儀なくされたため、ホテル内や、ホテルの近隣の店舗等で食事をし、その費用として三万円を超える支出したことが認められる。

これらホテル生活を余儀なくされたことによって支出したものは、本件事故と因果関係を否定することはできないが、その支出した費用の中には、本件事故と相当因果関係の認められないものも存在するので(例えば、ホテル料金の中には、喫茶料金も含まれているし、原告佐々木夫婦以外の者のために購入しているケーキ代金も含まれている。また、外食のための支出も、一定の額を超えるものは相当因果関係を認めることはできない。更に、寝具類等の代金のうち、相当因果関係にある損害は、寝具の時価ないし予定より買い替えを早期にしなければならなくなったことによる損害に限られる。)、原告佐々木が支出した寝具類代金及びホテル関係費用のうち、本件事故と相当因果関係があるのは三五万円に限るものと認めるのが相当である。

なお、証拠(<書証番号略>、証人森玲の証言、原告佐々木本人尋問の結果)によれば、原告佐々木が使用した右ホテルは、我が国でも有名な最高級ホテルであるが、同ホテルの室料金は、二万二九五〇円であるところ、事故直後、原告中嶋の代理人的立場にあった、同人の母親森玲が一日当たり五万円の割合による必要経費の支払を約束したことが認められるので、その程度のホテル料金は、本件事故と相当因果関係にあるものと認めるのが相当である。

(2) 家具類等関係

証拠(<書証番号略>、原告佐々木本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、漏水による汚染の結果、六〇一号室内では、別紙損害額目録2の一ないし七記載の品物が使用することができなくなり、原告佐々木は、これら汚染物の廃棄のための費用として一万七〇〇〇円を負担したほか、再度購入のための支出を余儀なくされたこと、同人は、これら再度の購入費用として、掃除器具、除湿剤等に五万円以上、下駄箱、スリッパ入れ等に八万円以上、寝具類等に二八万円以上、履物類に一二万円以上、アイロン、掃除機に五万円以上、カメラバックに二万円以上、箪笥、カーペットに一七万円以上、洋服代に八五万円以上の支出をしたこと、また、同人は、汚染した衣服のクリーニング代として一一万円以上の支出をしたこと、更に、同人は、汚染によって、各購入価格で、二三万円以上のフロッピー等、三万円以上の工具類等、二二万円以上の書籍類を廃棄せざるを得なくなったことが認められる。

これら支出した費用や、廃棄せざるを得なかった品物の中にも、家具類及び電気器具代金の一部や、衣服類、履物類の代金の一部あるいは書籍代金の一部のように本件事故と相当因果関係の存在を認めることができないものも含まれているので(相当因果関係が認められるのは、購入価格ではなく、事故当時の品物の時価ないし購入を早期にしなければならなかったことによる損害に限られる。)、汚染により使用することができなくなった品物の性質、予測されるその価格を斟酌すると、原告佐々木が支出したこれら費用及び被った損害のうち、本件事故と相当因果関係にあるのは一五〇万円に限るのが相当と認められる。

(三) してみると、被告らは、原告佐々木に対し、連帯して、一八五万円及びこれに対する平成元年八月二日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものと認められる。

原告佐々木は、右金額を超える損害を主張しているが、右認定を超えて相当因果関係にある損害を認めることはできない(なお、証拠(<書証番号略>、証人森玲の証言、原告佐々木本人尋問の結果)によれば、被告中嶋が、事故発生直後に、原告佐々木に対し、五〇万円の支払をしたことが認められるが、本件事故によって、原告佐々木には、同人主張以外の損害(例えば、精神的損害)の存在も推認されるところ、同人は、この主張をしていないので、右五〇万円の支払を損害算定に当たって斟酌するのは相当でない。)。

3  原告スタングラー関係

証拠(<書証番号略>、原告佐々木本人尋問の結果)によれば、原告スタングラーは、当時カタログ写真を受注し、その撮影を終え、六〇一号室で現像中であったところ、本件事故の結果、作業継続ができなかったばかりか、ネガも傷つき、所定の納期である八月五日に納品できなかったことにより、当初予定の三〇〇万円の撮影料のうち、半額の一五〇万円しか支払を受けることができず、一五〇万円相当の損害を被ったことが認められる。

原告スタングラーが被った右一五〇万円の損害は、本件事故と相当因果関係にあるものと認めるのが相当である。本件事故の態様に鑑みると、右程度の被害は、通常予想される範囲内の損害であるからである。

してみると、被告らは、連帯して、原告スタングラーに対し、一五〇万円及びこれに対する平成元年八月二日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものと認められる。

三結論

以上のとおり、被告らは、各自、原告長谷川に対し金八三五万円及びこれに対する平成元年八月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金を、原告佐々木に対し金一八五万円及びこれに対する平成元年八月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金を、原告スタングラーに対し金一五〇万円及びこれに対する平成元年八月二日から支払済みに至るまで年五分の割合の遅延損害金をそれぞれ支払う義務があるから、原告スタングラーの請求を全部認容するほか、原告長谷川及び原告佐々木の請求は、右限度で認容し、同原告らのその余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する(なお、原告スタングラーの請求は、全額請求が認容されているが、実質的には、同原告の損害が同原告の妻である原告佐々木の損害として斟酌されており、その請求部分の一部が棄却されているので、訴訟費用の負担については、原告スタングラーにも負担させることが公平であると認められる。)。

(裁判官田中康久)

別紙損害額目録1、2、3<省略>

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