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東京地方裁判所 平成2年(ワ)4692号 判決 1991年8月30日

原告(反訴被告)

能條正則

被告(反訴原告)

杉本美貴

主文

一  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、五九万四九四六円及び内金一四万六九四六円に対しては平成元年六月一二日から、内金四四万八〇〇〇円に対しては同二年六月一日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、一三万九六三三円及び内金五万三三九六円に対しては平成元年六月一二日から、内金八万六二三七円に対しては同三年七月四日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告(反訴被告)及び被告(反訴原告)のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

五  この判決は、原告(反訴被告)及び被告(反訴原告)の各勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴請求

被告(反訴原告、以下「被告」という。)は原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、一二五万〇六五八円及びこれに対する平成元年六月一二日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴請求

原告は被告に対し、一〇三万八九八四円及びこれに対する平成元年六月一二日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告運転の直進する自動二輪車(以下、「原告車」という。)と、原告車走行車線側にある駐車場に進入しようと同車線を対向車線から横断していた被告運転の普通乗用車(以下、「被告車」という。)とが衝突したことから、原告及び被告が、夫々を相手方とし、自賠法三条及び民法七〇九条により、夫々に生じた損害の賠償等を請求した事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  事故の発生(以下「本件事故」という。)

(1) 日時 平成元年六月一二日午後一一時一〇分ころ

(2) 場所 東京都品川区荏原四丁目五番一四号先中原街道上(以下、「本件路上」という。)

(3) 原告車 自動二輪車(品川つ四六五八)

右運転者 原告

(4) 被告車 普通乗用自動車(ステーシヨンワゴン、品川五二ね三八九九)

右運転者 被告

(5) 事故の態様 中原街道を丸子橋方向から五反田駅方向に向けて進行中の原告車と、対向車線から右折横断して反対側の駐車場に入ろうとして本件路上付近に停車中の被告車との衝突

2  責任原因

(1) 本訴における責任原因(民法七〇九条)

被告は、被告車を運転して道路を横断するときは、対向車線を走行してくる車両に対する注意を払うとともに、このような車両のあるときは、進路を譲り、あるいはハンドルやブレーキを適切に操作するなどして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠つた結果本件事故が発生したのであるから、民法七〇九条により原告に生じた後記損害を賠償する責任がある。

(2) 反訴における責任原因(自賠法三条)

原告が本件事故当時運転していた原告車は、所有者である荒川正博から原告が借用し、自己の為に運行の用に供していたのであるから、自賠法三条により、原告は被告に生じた後記人的損害を賠償する責任がある。

二  争点

争点は原被告の責任原因、傷害の有無、損害額並びに過失相殺である。

第三争点に対する判断

一  責任原因

1  本訴における責任原因(自賠法三条)

証拠(甲一二、乙七、証人杉本尊)によると、自動車検査証上では被告車の所有者は西品川三菱自動車販売株式会社であり、使用者は被告の母親である杉本加代子であるが、実質的使用者は被告の父親である杉本尊であり、被告は被告車を時折使用する程度であること、本件事故の日も、杉本尊が本件路上付近に路上駐車させていた被告車を、同人に頼まれて、就寝の準備をしていた被告が当時の住居向い側の第一相互銀行駐車場に入れるために運転中に本件事故が発生したこと、との事実を認めることができる。そうすると、被告は、被告車を自己のために運行の用に供していたとは認められないので、自賠法三条の運行供用者責任を負うものとはいえない。

2  反訴における責任原因(民法七〇九条)

(1) 証拠(甲一、八の二ないし四、一一の一ないし六、一九、乙六の一ないし四、七、一〇、証人杉本尊、原告、被告)によると、以下の事実を認めることができる。

<1> 本件路上は、丸子橋方向と五反田方向とを結ぶ中原街道上にある。道路幅員は一六・六メートルあり、その両側に各幅員四メートル程度の歩道がある。丸子橋方向(北西)から五反田方向(南東)に至る部分は、歩道寄りから中央線に向かつて、幅員一・九五メートル余りの路側帯、幅員三・一〇メートル及び三・一五メートルの車両通行部分となつている(以下、歩道寄り側から車両通行部分を順に第一車線、第二車線という。)。中原街道は、アスフアルトで舗装された平坦な乾燥した道路であり、最高速度は時速五〇キロメートルに指定され、終日駐車禁止、転回禁止、歩行者横断禁止の規制がなされている。本件路上は市街地で交通量は多い。

<2> 原告は、原告車を運転して、本件路上の丸子橋寄りにある城南信用金庫荏原支店前付近に至る中原街道とT字型に交差する道路を中原街道方向に走行して右交差点に至つた。原告は、信号待ちのために停車し、信号が変つた後発進し、左折して中原街道に出て、五反田方面に第一車線中央部を時速六〇キロメートルないしそれを上回る速度で走行して本件路上付近に至つた。そして、原告は、三七・六メートル先に対向車線からほぼUターンを完了するような状態で第二車線を横断していた被告車を発見し、若干ハンドルを左に切りながら進行を続けたところ、一五・五メートル先で第一車線を横断して歩道上に乗り入れようとしている被告車に気付き、ブレーキを掛けたが、約六・八五メートルのスリツプ痕を残して被告車左側面に衝突し、その場に転倒した。

<3> 被告は、杉本尊の依頼により、五反田方面から丸子橋方面に至る道路部分の歩道寄りに停車していた被告車を道路反対側にある第一相互銀行駐車場に入れようとして、被告車を運転して発進した。当時右駐車場は、夜間の無断駐進入を防止するためチエーンで入口を塞いでいたが、僅かにチエーンを掛けていないところがあつたので、そこから進入するつもりであつた。被告は、先ず、本件路上付近のセンターライン寄りに停車し、右折を指示するウインカーを点灯させ、対向車のないことを確認したところ、相当離れたところに原告車を発見したが、十分に横断できるものと考え、ゆつくりとした速度で右折して第二車線に進入し、Uターンするかのように被告車前部をやや五反田方向に向けて進行し、その後ハンドルを切つて道路をほぼ横断するように進行した。そして、被告車前部が歩道に係つた当たりで、約一五メートル離れた右側の歩道上に酔払つた人を発見し、その様子を見るために停車した。その時、被告車の車長は四・三メートルであり、路側帯及び第一車線は併せても四・五メートルであるため、被告車により、路側帯及び第一車線はほぼ塞がれた状態となつていた。そして、被告車がこのような状態にあるところで、原告車が衝突した。

証人杉本尊は、自宅四階から原告車の状況を見ていたが、原告車は相当な騒音をあげていたことからすると、スピードは一四〇キロメートル位であると証言している。しかし、四階から見ている者に正確な速度を確認しうるとは容易にはいい難いし、速度に関する同証人の証言中には不自然な点もあり、直ちに措信できない。そして、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(2) 右事実によると、原告は原告車を運転するに当たり、前方を注視し、適切にハンドル・ブレーキを操作しなかつた過失を認めることができる。

二  原告の損害及び求償権

1  原告の負傷、通院経過

証拠(甲二の一及び二、三、原告)によると、以下の事実を認めることができる。

(1) 負傷

頸椎捻挫、右膝挫創

(2) 通院経過

平成元年六月一三日から同年七月一八日まで昭和大学病院通院(実日数一二日)

2  原告の具体的損害

(1) 治療費 六万四五六〇円

証拠(甲三)によると、原告は、本件事故による負傷の治療を受けた昭和大学病院に六万四五六〇円を支払つたことを認めることができるので、右額が損害となる。

(2) 休業損害 一六万二五〇一円

<1> 原告は、本件事故により勤務先を二四日間欠勤したが、時給は一一〇〇円であり、一日当たり七・二五時間勤務できたのであるから、休業損害は一九万一四〇〇円であると主張する。

<2> 証拠(甲六の一及び二、七の一ないし三、九、一〇、原告)によると、原告は、本件事故当時藤村電器株式会社に機械工として勤務し、時給一一〇〇円であつたこと、原告は時間内に出退勤したり、欠勤したりするなどその就業状況は不規則であるが、本件事故前の平成元年三月二二日から同年六月一二日までの八一日間に五一日間勤務し、給与として四〇万一五〇〇円を得たこと、原告は本件事故により休業した日を含む期間は平成元年六月一三日から同年七月一八日までの三七日間であり、その間一九時間の就労をなしていたこと、を認めることができる。

<3> そこで、原告の休業損害の算定は、事故前の平均収入額から休日を含む休業期間中に支払われる額から一九時間分(二万〇九〇〇円)を控除することが妥当であり、これによると、一六万二五〇一円となる(円未満切り捨て、以下同じ)。

(3) 慰謝料 二〇万〇〇〇〇円

本件事故の態様、結果、通院の経過、本件事故に対する被告の対応、その他本件審理に顕れた一切の事情を総合して判断すると、原告の慰謝料としては二〇万円とすることが相当である。

(4) 物損(ヘルメツト、マフラー) 三万一五〇〇円

証拠(甲四の一、一一の六、一六の一、三及び四、原告)によると、本件事故により損傷したヘルメツト時価は三万一五〇〇円であると認められる。ところで、マフラーは部品として流通しているときは独自に価値を有するものであるが、被害車に取り付けられた後は被害車の価値に含まれ、マフラー自体の価値は考慮する程のことはないので、損害としてはヘルメツトのみを考慮すれば足るものというべきである。

3  物損(求償権)

(1) 原告は、本件事故により原告車が全損となり、その所有者である荒川正博に対し八〇万円を支払つたので、その内、原告車の時価である五六万円を求償する。

(2) 証拠(甲四の二、一一の一ないし五、一三、一四、一六の一及び二、二〇、二二、原告)によると、被害車は所有者である荒川正博が平成元年三月に初度登録した車両であるが、本件事故によりフレーム曲損し全損となつた事から、原告は、荒川に対し、被害車の賠償として八〇万円を払つたこと、被害車の時価は五六万円であること(有限会社光風輪業商会が時価の算定をなすに当たり交換したマフラーの価格を考慮してはいないが、マフラーの交換による被害車の時価の上昇の程度は僅かであると考えられるので、敢えて右時価を変更することは相当ではない。)、の事実を認めることができる。そうすると、原告は、被告に対し、五六万円を限度とし、後記求償割合に応じた求償権を取得した。

4  合計

以上を合計すると、原告の損害額は四五万八五六一円となり、求償しうる額は五六万円となる。

三  被告の損害

1  被告の負傷、通院経過

証拠(乙一の一ないし三、七、八、被告)によると、以下の事実を認めることができる。

(1) 負傷

頸椎捻挫

(2) 通院経過

平成元年六月一九日栗原医院通院(実日数一日)

平成元年六月二〇日から同年八月八日まで昭和大学病院通院(実日数六日)

2  被告の具体的損害

(1) 治療費 五万一〇八〇円

証拠(乙一の二及び三、七)によると、被告は、本件事故による負傷の治療を受けた昭和大学病院に五万一〇八〇円を支払つたことを認めることができるので、右額が損害となる(なお、栗原医院で要した治療費は明らかではない。)。

(2) ポリネツク代 四一二〇円

証拠(甲一七、乙一の一、七、一二の二、被告)によると、被告は本件事故による負傷の治療のためにポリネツクを使用し、その費用として四一二〇円を支出したことを認めることができるので、右額が損害となる。

(3) 文書料 八〇〇円

証拠(甲一七、乙一二の二)によると、被告は、昭和大学病院に支払つた文書料のほかに文書料として八〇〇円を要したことを認めることができるので、右額が損害となる。

(4) 休業損害 三万三七〇〇円

<1> 被告は、本件事故による負傷のため七日間休業し、一日当たり六三六五円を得ていたので、休業損害は四万四五五五円である旨主張する。

<2> 証拠(乙二、三の一ないし三、被告)によると、以下の事実を認めることができる。

Ⅰ 被告は、本件事故当時、東京日産モーター株式会社上馬営業所に営業職として勤務し、事故前三箇月間に同社から支給を受けた額は五七万二九〇〇円であり、稼働日数は八五日であつたこと。従つて、一稼働日当たり六七四〇円であること。

Ⅱ 被告の前記通院期間中の出欠勤状況は、定時出勤時間は明らかではないので、午前九時とすると、遅刻一〇日、直行七日、特別休暇(生理休暇)三日、有給休暇二日、振替休日八日であり、他は定刻に出勤していたこと。また、通院日では、遅刻一日、直行五日、有給休暇一日であつたこと。

Ⅲ 右会社では、遅刻三回により欠勤一日と取り扱つていること。

<3> 右事実によると、原告は本件事故により、特別休暇三日、有給休暇二日、遅刻一日、直行五日を要したと認めることが相当である。直行は五日あり、被告は、本人尋問において、直行とは遅刻のことであると供述するが、タイムカードの記載と対比し、かつ被告が営業職であることからすると、遅刻をさすと断定することはできず、むしろ会社に出勤する前に顧客を訪問することをいうと解することもできないわけではない。従つて、遅刻一日では休業日にはならない。そこで、原告は稼働日数一日当たり六七四〇円の支払いを受けていたので、五日では三万三七〇〇円となる。

(5) 交通費 二二八〇円

証拠(乙四)によると、被告は、昭和大学病院に通院するに当たり、全てタクシーを利用し六八四〇円(片道五七〇円)を要したことを認めることができるところ、被告の治療経過、通院経過、就労状況などを勘案すると、タクシーによる通院は平成元年六月二〇日と同月二七日の二日のみ必要であると認められ、その余の通院には電車又はバスによる通院を相当とするが、その際に要する交通費の額は明らかではないので、結局四日分は認めることはできない。

(6) 慰謝料 一五万〇〇〇〇円

本件事故の態様、結果、通院の経過、その他本件審理に顕れた一切の事情を総合して判断すると、原告の慰謝料としては一五万円とすることが相当である。

3  車両修理代(求償権)

証拠(乙五、六の一ないし四、九、一三、被告)によると、本件事故により被告車が損壊したので修理をなし、被告は、所有者である杉本加代子に代わり、修理業者東京日産モーター株式会社上馬営業所に対し、修理代四三万一一八九円を支払つたことを認めることができる。そうすると、被告は原告に対し、右同額の求償権を取得したこととなる。

4  合計

以上を合計すると、被告の損害額は二四万一九八〇円となり、求償しうる額は四三万一一八九円となる。

四  過失相殺ないし求償割合

1  原告は、本件事故の発生に当たり、自己に過失はなく、被告の一方的過失により発生した旨主張し、被告は原被告双方の過失により発生したものではあるが、その割合は、原告六割、被告四割であると主張している。

2  証拠(甲一七、乙一一の一及び二)によると、自賠責保険調査事務所は、被告に安全運転欠如、左方注視警戒不十分の重過失があるとして損害額の二割を減額していることが認められ、更に、既に認定した事実をも考慮すると、本件事故は原被告双方の過失により発生したものというべきであり、過失相殺は原告の損害額の二割、被告の損害額の八割をそれぞれ減ずることが相当である。そして、原被告の共に相手方に対する求償割合も過失相殺の割合によることが相当である。そうすると、原告の有する損害賠償請求権は三六万六八四八円となり、原告の自認する既払い額二四万九九〇二円を控除すると一一万六九四六円となり、求償額は四四万八〇〇〇円となる。また、被告の有する損害賠償責任権は四万八三九六円となり(原被告とも既払い額を主張していない。)、求償額は八万六二三七円となる。

五  弁護士費用 原告 三万〇〇〇〇円

被告 五〇〇〇円

1  損害賠償請求部分について

弁論の全趣旨によると、原告及び被告は、本件訴訟の提起及び追行を原被告各訴訟代理人に委任し相当額の報酬を支払うことを約したことを認めることができるところ、請求額、審理経過、認容額などに照らし本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、原告につき三万円、被告につき五〇〇〇円とすることが相当である。

2  求償権行使部分について

原告及び被告はいずれも求償権の行使に際しても弁護士に委任したことから、弁護士費用の支払いを求める。しかし、不法行為訴訟において弁護士費用が損害として認められるのは、不法行為により直接損害を受けた者がその損害を回復するために弁護士に依頼することは、通常必要な手段であるということによるところ、求償権は直接の被害者に対して弁済をなした共同不法行為者が、自己の支出した部分について公平の見地から、他の不法行為者に請求するために認められている権利であるから、不法行為債権とは異なり、求償訴訟においては弁護士費用は請求できないと解することが相当である。従つて、原被告のこの部分の請求は理由がない。

六  求償権部分の遅延損害金の起算日について

求償権は期限の定めのない債権であるから、催告によつて付遅滞の効果を生ずるものであると解すべきである。一件記録によると、原告は被告を相手方として本訴提起前に調停を申し立ててその求償権を行使したものと認められるところ、それが何時なされたか明らかではないので、本件訴状の送達された日の翌日である平成二年六月一日をもつて原告の被告に対する請求の遅延損害金の起算日と認めることとする。また、被告の原告に対する求償権を行使したことが明らかな平成三年六月二五日付け準備書面は直送されているので、同書面の陳述された日である平成三年七月四日をもつて被告の原告に対する請求の遅延損害金の起算日と認めることとする。

七  結論

そうすると、原告の被告に対する請求権は、五九万四九四六円及び内金一四万六九四六円に対しては平成元年六月一二日から、内金四四万八〇〇〇円に対しては平成二年六月一日から、また、被告の原告に対する請求権は、一三万九六三三円及び内金五万三三九六円に対しては平成元年六月一二日から、内金八万六二三七円に対しては平成三年七月四日から、各支払済みまで年五分の割合の遅延損害金となる。

(裁判官 長久保守夫)

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