東京地方裁判所 平成2年(ワ)6209号 判決 1992年9月09日
原告 柏崎正雄
柏崎克彦
柏崎正彦
右三名訴訟代理人弁護士 安彦和子
被告 株式会社朝日不動産ローン
右代表者代表取締役 草間嘉瑞子
右訴訟代理人弁護士 吉田正夫
植草宏一
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は原告らに対し、原告三名の被告に対する別紙目録≪省略≫(一)の(1)及び(2)記載の債務が存在しないことを確認する。
二 被告は原告柏崎正雄に対し、別紙目録(二)の物件の表示欄(1)から(4)までに記載した不動産について右各不動産に対応する同目録登記事項欄記載の登記の各抹消登記手続をせよ。
第二事案の概要
一 本件は、原告が先物取引業者から勧誘を受けて、右取引業者の斡旋により先物取引に投資する目的で被告から金員を借り受け、原告所有の不動産に抵当権設定登記をし、その子らである他の原告二名が右借入れの連帯保証をしたが、右先物取引業者の勧誘した市場はいわゆるブラックマーケットと呼ばれる違法なものであり、被告はこれを知りながら融資したのであるから本件消費貸借契約は公序良俗に反し無効であり、また右勧誘行為は右取引業者らの詐欺によるもので、被告はこれを知っていたのであるから予備的に取消しの意思表示をしたとして、右貸金債務及び連帯保証債務の不存在の確認並びに右抵当権設定登記の抹消登記手続を求めた事案である。
二 争いのない事実
1 原告柏崎正雄(以下「原告正雄」という。)は、平成二年二月二三日、被告から金一二〇〇万円及び金一五〇万円を借り受ける旨の金銭消費貸借契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
2 原告柏崎克彦(以下「原告克彦」という。)及び原告柏崎正彦(以下「原告正彦」という。)は、原告正雄の右債務について(ただし原告正彦は金一五〇万円についてのみ)連帯保証をした。
3 原告正雄は前記債務について原告正雄所有の別紙目録(二)の物件の表示欄(1)ないし(4)記載の不動産(以下「本件不動産」という。)について、同目録登記事項欄記載の抵当権及び根抵当権設定契約(以下「本件抵当権設定契約」という。)を締結し、被告はその旨の登記を経由した(以下「本件登記」という。)。
三 原告らの主張
1 原告正雄は、平成二年一月八日、株式会社日本クリエート(以下「日本クリエート」という。)の社員である鈴木俊彦及び北見尚志から「今パラジウムを買うと確実に儲る」、「私たちプロに任せてくれ」などと執拗な勧誘を受け、契約書に署名押印したところ、四〇〇万円を用意するよう言われ、更に同月一〇日に兄弟会社として株式会社日本インフォメーションサービスの紹介を受けるとともに、同社の堀川から昨日の取引の二〇〇〇万円を用意するよう言われ、原告正雄が聞いていない旨答えて断わると、既に買ってあり、断わると違約金を支払うことになると脅かされ、金がない旨を話すと、不動産を抵当に外の業者から借入れをするよう言われ、その後、堀川から東亜ファイナンスの紹介で被告から借入れできる旨を告げられ、宇都宮にある被告の事務所において、宮川の指示に従い、被告の社員の質問に答え、借入れの為の書類に署名押印をした。
2 その後、原告正雄は北見から息子を連帯保証人にするよう言われ、同人の指示で友人の依頼で一〇〇万円貸すために融資を受けると偽って長男である原告克彦、次男である原告正彦に連帯保証人となるよう依頼し、宮川が署名押印を求めたので、原告克彦、同正彦は詳しい説明を聞かないで連帯保証人欄に署名押印した。
3 同年二月二七日、宇都宮の被告会社において借入れ目的を「商品相場」と記入して、司法書士事務所で抵当権設定登記手続をすると、今度は堀川から株式会社ロンバード(以下「ロンバード」という。)の安藤を紹介され、今後はロンバードに引き継ぐ旨の説明を受けた。
4 安藤は、原告正雄に関係書類の引渡しを求め、預かった金は必ずそれ以上にして返す旨の説明をしたが、その後、ロンバードが原告正雄に無断で大量の取引を同原告名で行っていること、前記借入れに関して説明を受けていないのに公正証書が作成されていること、本件は右ロンバードらの私設市場の先物取引であり、かつ、当初から原告から詐取する意思をもって確実に儲るなど虚偽の勧誘を行って原告に融資を得させ、これを受領していたことが判明した。
5 以上の経緯によれば、本件先物取引は違法であり、違法な目的であることを被告は認識して融資をしたものであるから、右融資も公序良俗に反し違法である。したがって、本件契約及び本件抵当権設定契約(以下併せて「本件契約等」という。)は無効であり、原告らには、被告に対する右契約上の債務はなく、また、原告正雄は被告に対し本件登記の抹消を求めることができる。
6 仮に当然に無効とならないとしても、本件契約等は、右堀川ら先物業者の詐欺によりなされた意思表示であり、被告はこれを知っていたのであるから、原告らは、訴状により本件契約等を第三者の詐欺を理由として取り消す旨の意思表示をし、右訴状副本は平成二年六月二二日、被告に送達された。
7 よって原告らは被告に対し、本件契約上の債務の不存在の確認を、原告正雄は本件登記の抹消登記手続を求める。
四 本件の争点
1 本件契約等は公序良俗違反により無効となるか。
2 本件契約等は第三者の詐欺による意思表示として取り消すことができるか。
第三当裁判所の判断
一 公序良俗違反について
原告らが本件契約等が公序良俗に反するとする理由は、原告正雄と日本クリエート、日本インフォメーションサービス、ロンバードとのブラックマーケットにおける私設先物市場における本件取引が公序良俗に反し、被告は本件貸金が右取引に使用されることを知りながら原告に融資したものであるから、同様に公序良俗に反し、無効であるという点にある。そこで、本件パラジウムの取引の経緯及び被告の関与について検討するところ、関係証拠によれば、次の事実を認めることができる。
1 原告正雄は、東京教育大学教育学部を卒業後、昭和六三年退職するまで高等学校の体育科教諭を勤め、その後は三年ほど嘱託で非常勤講師をしていたが、退職後は月に二二万円程度の年金を受領する生活に入り、嘱託の関係で月に四、五万円の収入があった。家業は酒屋であり、年間売上は一〇〇〇万円程度で、同人の妻が経営していたときは実収入は月一〇万円程度あったが、長男の妻が関与するようになってからは原告正雄夫婦にはその収入はない。原告正雄は、本件が起きるまで株、商品相場取引などに関与したことはなかった(原告正雄本人第八回弁論一ないし四頁、第九回弁論一ないし九項)。
2 平成二年一月八日、日本クリエートの社員である鈴木俊彦(≪証拠省略≫)及び北見尚志(≪証拠省略≫)が来訪し、原告正雄に対しパラジウムを買うよう勧誘をした。原告正雄は、三時間ほどの間、勧誘を受け、その間、断わり続けていたが、「必ず金は返ってくる」と繰り返すので、五万円くらいなら出せると承諾し、関係書類に署名押印したが、帰宅間際になって四〇〇万円必要だ、押印した以上出さないと違約金をとると言われて、これを承諾した(原告正雄本人第七回弁論二ないし六項)。
3 翌九日、右鈴木から、部長がお礼に伺いたい、いい話がある旨の電話が入り、同月一〇日、鈴木と日本インフォメーションサービスの部長と名乗る堀川雅裕(≪証拠省略≫)が来訪した。鈴木は同社係長の名刺(≪証拠省略≫)を持参しており、原告正雄は、同社と日本クリエイトとは兄弟会社である旨の説明を受けた。堀川が原告正雄に昨日二〇〇〇万円くらいの品物を買ってあると述べてその支払いを求めたが、原告正雄は、頼んだことはなかったので、聞いていない旨答えると、堀川は説明が不十分だと鈴木を叱るような言動をし、その後四時間ほど注文した、しないということで揉めたが、今なら儲る、必ず返ってくる、やめれば一割の違約金を貰うなどと言うので、やむなくこれに応じ、金の借入れ先は堀川らが探して同原告に連絡するということになった(原告正雄本人第七回弁論七ないし一一項)。
4 他方、被告の熊谷勝宇都宮営業所長代理(≪証拠省略≫)は、東亜ファイナンスの江上季男(≪証拠省略≫)から原告正雄に対し一五〇〇万円位を不動産を担保に融資するよう依頼を受けたので、被告社員の宮川義明(≪証拠省略≫)とともに原告正雄の自宅を見に行き、一二〇〇万円くらいが融資限度額と査定し、二月六日、江上にその旨連絡し、本人と会わせるよう求めたところ、同月一三日、江上から今日原告正雄本人が来訪する旨の返事があった。原告正雄は、融資を受けるため、右北見に自宅の権利済証を交付していたところ、宇都宮の朝日不動産(被告)に行って手続きをするよう言われたので、宇都宮にある被告の営業所を訪れ、被告の右宮川らと面会し、借入申込書(≪証拠省略≫)に必要事項を記入した。その際、「資金使途」欄には、北見から具体的に言わない方がいいと言われていたので自宅の改築費用にすると説明して「改築」と記入した(熊谷勝証人五ないし三七項、原告正雄本人第七回弁論七ないし一一項)。
5 その後、右熊谷及び宮川は、原告正雄方を訪れ、担保とする予定の原告正雄の自宅を見たが、その際、借入れの目的は建物の改築ではなく、商品相場への投資である旨の話が出された(熊谷証人四七ないし四九項)。また、原告正雄は、北見や堀川から保証人が必要であり、原告正雄の子を保証人にするよう言われていたので、熊谷、宮川にもその旨の話をしていた(原告正雄本人第七回弁論一九、二〇項、熊谷証人四五項)。熊谷は、原告正雄が小山高専の講師をしており、また酒店を経営し、長男、次男の保証も可能と聞いたので、融資額は一三五〇万円まで可能と判断した(熊谷証人四五項)。
6 同月二一日夕方、原告正雄は、借入れ、抵当権設定のための必要書類を持って被告の宇都宮営業所を訪れ、同所において、そのころ、金一二〇〇万円についての抵当権設定金銭消費貸借契約証書(≪証拠省略≫)、金一五〇万円についての借用証書(≪証拠省略≫)、極度額を金六〇〇万円とする根抵当権設定契約証書(≪証拠省略≫)、一三五〇万円が商品相場を使途とするもので、平成四年三月二〇日を期限として売上げから一括返済する旨の確認書(≪証拠省略≫)などの書面に記入し、署名押印した(原告正雄本人第七回弁論二一項、熊谷証人五七ないし六六項)。そして翌二二日、原告正雄と被告社員宮川は、原告正雄の長男である原告克彦の勤務先である西方病院を訪れ、同所において、原告克彦は前記書面(≪証拠省略≫)の連帯保証人欄に署名押印した。また、同日、原告正雄と宮川は、原告正雄の次男である原告正彦方を訪れ、原告正彦は金一五〇万円の借入れに関して前記書面(≪証拠省略≫)の連帯保証人欄に署名押印した(熊谷証人六七ないし七六項、原告正雄本人第七回口頭弁論二二項)。
7 同月二三日、原告正雄は、東亜ファイナンスの前記江上とともに被告の宇都宮営業所を訪れ、同所において、印鑑証明書、権利証などを確認し(原告正雄が北見に渡した権利証は江上を通じて示されたものと推測される)、建物の権利証がなかったので保証書により登記することになり、狭山司法書士事務所に原告正雄、江上、宮川が行き、同所において登記が可能であるとの確認を得て、宮川から原告正雄に貸金一三五〇万円が交付された(熊谷証人八三ないし九六項)。その後原告正雄と江上とはホテル鯉保にある喫茶店に赴いたが、同所には北見、堀川がおり、堀川から日本通商振興協会中央取引市場正会員株式会社ロンバード(代表取締役前田民雄)の営業主任安藤健治(≪証拠省略≫)を紹介され、今後はロンバードが引き継ぐ旨の説明を受けて、前記江上が、手数料として金六七万円を差し引いて(≪証拠省略≫)、北見が安藤に対し、その残金を引き渡した(原告正雄本人第七回弁論二八、二九項、同第八回三五ないし三九頁、弁論の全趣旨)。その際、原告正雄は株式会社日本通商振興協会中央取引市場現物条件付保証取引約款と一体となった右約款を承諾しロンバードと取引する旨の約諾書及び氏名、住所、連絡先の通知書と題する書面(≪証拠省略≫)を作成した。
8 同月二六日、前記書類に基づき、本件不動産について本件登記がされ(≪証拠省略≫)、また、同年三月一九日宇都宮地方法務局所属小林庄市公証人役場において、宮川が被告代理人、熊谷が原告ら三名(一五〇万円について)又は原告正彦を除く二名(一二〇〇万円について)の代理人となり、一二〇〇万円及び一五〇万円のそれぞれについて公正証書を作成した(≪証拠省略≫)。
9 その後、右安藤は、原告正雄に関係書類の引渡しを求め、預かった金は必ずそれ以上にして返す旨の説明をし、また、インフォメーションサービスから原告正雄が預けた四〇〇万円から同原告が損をした一三四万円を控除した残額である二六六万円を預かっており、内金六万円を返還し、その余の二六〇万円は預かるとして現金二六〇万円の仮預り証(≪証拠省略≫)を原告正雄に交付したので、原告正雄は安藤に対し、取引関係書類一切を安藤に手渡した(弁論の全趣旨)。その後、ロンバードから原告正雄が依頼をしていないのに金三〇〇〇万円を超える多額の先物取引を同原告名で行っている旨の二月二七日付御取引明細確認書(≪証拠省略≫)が原告正雄に送付され、前記借入れに関して前記三月一九日付公正証書が作成された旨の通知が来た。その後、本件は右ロンバードらの私設市場の先物取引であることが判明し、また訴訟後の平成三年三月一四日宇都宮市内の主婦などから先物取引で確実に儲るなどとして三五億円を詐取した事実でインフォメーションサービスという名称の会社(住所、代表者の氏名からは本件のインフォメーションサービスと同一の会社であるかは確認できない)役員らに実刑判決等が言い渡され、ロンバードの実質的経営者ら(私設市場日本通商振興協会との関連等から本件のロンバードとは実質的には同一の会社であると推認される)が千葉市内において元教諭らに対しパラジウム取引は銀行預金より有利であり、預けてくれれば絶対に儲る旨述べて委託保証金を詐取した容疑で逮捕された事実が報道された(≪証拠省略≫)。また通産省も悪質パラジウム取引業者による勧誘については、価格決定方法の公正さ、会員業者の資産等に疑問があり、極めて危険な取引である旨述べて注意を呼びかけており(≪証拠省略≫)、また国民生活センター、各都道府県、弁護士会等でもパラジウムなどの私設市場における先物取引により消費者が被害を受けないよう注意を呼びかけている(≪証拠省略≫)。なお、原告正雄は本件に関与した取引業者から本件に関し金五四〇万円を回収している(原告本人第八回弁論四〇、四一頁)。
以上の経緯によれば、原告正雄と日本クリエイト、日本インフォメーションサービス、ロンバードとの間の本件取引は、私設市場におけるパラジウムの先物取引であると認められ、本件の勧誘方法等を併せ考えると、違法性の強い取引であると認められ、全体として公序良俗に反するものと推認され、これを覆すに足りる証拠はない。
ところで、公序良俗に反する取引に使用する目的で融資を受けた場合当該融資に関する契約自体が公序良俗に反し無効となるかについて考えると、一般には違法な目的に使用されることを知りながら金銭を貸し付けた場合、当該消費貸借契約及びその貸金を担保するための抵当権等設定契約自体も違法行為を助長促進することになるから違法性を帯び、無効となる余地があると認められるのであるが、本件についてこれを見ると、被告は本件貸金が「商品相場」に使用されることは明確に認識しており、契約時の書面にも明記されていること、当初原告正雄は建築資金であると虚偽の事実を述べていたこと、被告担当者によれば全く面識のない業者の紹介であること、原告正雄が申込書に記載した酒屋の年収一〇〇〇万円について具体的に確認する行為がされた形跡のないこと、原告克彦、同正彦が承諾していると言いながら同人らが使途についてまで承諾しているかについて何らの確認もしていないことなどを考えると、被告の担当者である熊谷あるいは宮川において、原告正雄が行おうとしている商品取引はリスクの高いものであるとの疑いがありながらも敢えてその内容には触れないで担保を確保し融資に至ったことが窺われるのであるが、他方、本件融資の目的については原告正雄自身具体的に明らかにしないようにしていたこと、原告克彦及び同正彦の連帯保証を得るに際して、被告社員が積極的に融資の目的を隠したり、虚言を弄したりしてはおらず、同原告らは原告正雄から友人のために借入れすると聞かされていたのであり、そうした状況のもとでは被告社員が原告の子らも融資の目的を知って連帯保証する意思があると考えたとしても不自然ではないこと、本件借入れに際しては東亜ファイナンスの江上が仲介人として行動しており、先物業者である北見、鈴木、堀川、安藤と右江上とは直接の接触があり、共謀していた可能性が強いが、これら業者と被告社員との直接の接触についてはこれを認めるに足りる証拠のないこと、北見が原告正雄に融資目的について具体的に述べないよう指示をしたのは被告がその具体的な目的を知れば融資しなくなるとの配慮からであったとの推測も成り立つこと等からすると、貸金業者同士で紹介し合うことにより手数料を稼いでいたという側面はあり、また担保を当てにして場合によっては原告の「商品取引」の内容が危険性の高いものであるとの可能性も否定できない状況のもとで敢えてその内容を確認しないで融資の決定をしたという点では、その融資の姿勢に問題があると考えられるのであるが、更に貸金契約自体を無効とするに足りるような強い違法性を基礎づける事実の認識が被告社員である熊谷あるいは宮川にあったと積極的に認定することまでは困難であると言わねばならない。そうだとすれば、本件契約等が公序良俗に反し無効であるとまでいうことは困難であると解される。
二 第三者の詐欺について
次に原告らは、本件融資は前記鈴木、北見、堀川、安藤らの取引業者が確実に儲ると述べて原告正雄を欺もうしてその返済を確実に受けられるかのように誤信させて融資を受けさせたもので、第三者の詐欺による意思表示であり、被告は右事実を知っていたのであるから原告らは本件契約等を詐欺による意思表示として取り消すことができる旨主張するので検討すると、前記認定の事実によれば、前記鈴木らは原告正雄に対し危険性が高い取引であるにもかかわらず、必ず返ってくるなどと原告正雄に繰り返し長時間告知して、その旨誤信させ、原告正雄は融資を受けてこれを取引業者らに預託してもその返還を受けることができると信じて被告からの借入れを承諾したものと認められ、一般に原告正雄の立場においておよそ取引業者からの返還がなければ一三五〇万円もの金額を融資先に返済することは不可能であり、その場合は自宅が競売に付されることになるのであるから、必ず返還を受けられるとの誤信がなければ本件のような多額の融資を受けることは通常ないと考えられることからすると、原告正雄の本件契約等における意思表示は第三者の詐欺による意思表示であると認めることができる。
そこで、被告がこれが詐欺による意思表示であることを知っていたかどうかを検討すると、前記認定のとおり、右取引業者らと被告担当者らとの間には直接の接触があった事実を認めることはできず、原告正雄とのやりとりの中で同原告が錯誤に陥っていると知ることは一般に容易であるということはできず、そうすると、被告社員らは原告正雄が取引業者からどのような勧誘を受けたために本件融資を受けてこれを商品相場に使用しようと考えるに至ったのかを想像することはできたとしても、前記のような詐欺による意思表示であることまで知っていたと推認することまではできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうだとすると、被告において本件契約等が第三者の詐欺による意思表示であることは更に使用目的についてよく尋ねるなどして認識することが可能であったとは認められるとしても、現に知っていたとまでは認めることはできないから、原告らは、第三者の詐欺を理由として、被告に対し本件契約等における原告らの意思表示を取り消すことはできないと言わねばならない。
第三結論
以上によれば、原告らの被告に対する請求はいずれも理由がないのでこれを棄却する
(裁判官 大塚正之)