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東京地方裁判所 平成2年(ワ)6538号 判決 1991年8月22日

原告

遠藤清武

被告

渡邊利久

主文

一  被告は、原告に対し、一五〇万五五一三円及びこれに対する平成二年六月一六日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一四六九万三七七〇円及びこれに対する平成二年六月一六日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求の原因

一  被告は、平成元年一二月二七日午前〇時五〇分ころ、千葉県市原市姉ケ崎地先国道一六号線日鉄ドラム前交差点において、原告所有の車両(足立三三に六六二三、日産インフイニテイー)が赤信号に従い停止しているのに、飲酒運転していたため気付かず、自らの運転する車両を追突させ、原告車両は破損した。

二  原告と被告とは、平成元年一二月二七日、本件事故による損害賠償につき、次のとおり合意した。

1  被告は、原告所有の右車両と同種同型の新車を原告に対し買い与える。

2  被告は、右の新車が原告において利用可能となるまでの間の代車料を負担する。

3  右の他、原告において右事故による損害が発生した場合は一切被告が負担する。

4  被告が運転していた車両の損害は被告において自己負担とする。

三  しかし、被告が右賠償契約を履行しないので、原告は、被告に対し、填補賠償を請求できるところ、右原告車両と同種同型の車両の代金見積額は七七九万八二七〇円であり、代車料として、日産インフイニテイーの代車は存在しないため、日産シーマの代車料一日当たり三万六一〇〇円・平成二年九月二七日までの代車料の合計は七三六万一四一〇円であるが本件訴訟では内金五五九万五五〇〇円を請求することとし、その合計は一三三九万三七七〇円となる。

四  弁護士費用 一三〇万円

五  よつて、原告は、被告に対し、一四六九万三七七〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成二年六月一六日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三請求の原因に対する認否

一  請求の原因一項は認める。

二  同二項は争う。

三  同三項については、被告が履行しないことは認めるが、その余は不知ないし争う。

四  同四項は争う。

五  同五項は争う。

第四被告の主張

一  本件事故による原告車両の破損は五日程度で修理可能なものであるが、原告は、被告に対し、本件事故直後から事故車の修理を拒否し、自動車修理業ビツグワンオートの大里と思われる人物と共謀のうえ、本件のようにおろしたての新車を破損した場合は、同等の新車を取得して賠償する法律上の責任がある旨を申し向けて、「この原稿どおり書面にしろ」と繰り返し要求し、被告は、大の男二人から右のように要求され、初めての事故であつたこと、法律上も全く無知であつたこと、書類にしないと飲酒運転を警察に通報し、刑務所に送つてやる、書類を書くまで帰さないなどと繰り返し脅されたので、原告の言いなりになれば家に帰して貰えるものと考えて、原告の言いなりに書面を作成した。

二  しかし、右のように何らかの書面が作成されているとしても、そのような書面によつて本件訴訟の請求金額が算定されるとすれば、明らかに本来の損害賠償金からみて、一〇倍近い金額になり、公序良俗に反する暴利行為であり、無効である。また、被告は、右書面を作成する際、そのような法律上の責任が存在しないにもかかわらず、やむをえないかの如く錯覚させられていたので、意思表示の要素に錯誤があり、無効である。さらに、右のような書面作成行為は、原告の強迫によつてなされたものであり、被告は、平成二年三月三一日に原告到達の書面で意思表示取消の通知をしている。

第五被告の主張に対する原告の反論

本件では、被害車両の所有権を加害者が取得する方法で、損害を賠償しようとするものにすぎず、全くの新車を大破させた場合は、単に修理代金、格落損の賠償ではなく、填補賠償したうえ被害車両を加害者が無償で譲り受けることが多いから、暴利行為にならないし、単なる賠償方法の選択の問題であるから、意思表示の要素でもなく、錯誤による無効は考えられない。また、被告は、飲酒運転を警察に届けられるのが怖くて本件意思表示をしたというようであるが、事故届を出すのは違法なことではなく、「飲酒運転だから、事故の届けを出さないでくれ」と頼んだのは被告であり、その手段、目的において違法な点はなく、強迫による意思表示の要件を欠いている。

第六証拠

本件記録中証拠関係目録記載のとおりである。

理由

一  不法行為にもとづく損害賠償の方法や額を定めるには、損害賠償制度を指導する公平の原則、債権関係を支配する信義則、社会生活一般に要求される共同の精神等を基礎とすべきであるから、他人あるいは自分を損害から守るべく要求されている注意を払い、損害を避け、もしくは軽減させることに協力するのが相当であり、損害を生じるにまかせ、あるいは不必要に高めたりすることは許されない。したがつて、当該当事者が損害抑止の努力を尽くしても、なお生じる損害が賠償の対象とせられるべきもので、当該当事者が相当な注意と善意をもつて合理的に行動しても避け得なかつた損害のみ回復し得るものとするのが損害賠償制度の原則である。

ところで、本件においては、原告と被告との間で、平成元年一二月二七日付の念書(甲第一号証、以下「本件念書」という。)が作成されていて、そこには「渡辺利久は遠藤清武の車両について同種同型新車を買入し返済する」、「渡辺利久は、新車買入までの代車料全額を負担する」旨の記載がある。しかし、原告及び被告各本人尋問の結果によれば、本件念書は、原告車両の破損の程度、修理の必要性、修理内容等が未だ明確になつていない本件事故当日である平成元年一二月二七日の夜間に作成されたものであり、損害賠償として最も重要である賠償金額そのものがいかほどになるのか不明である。このような約束の対価となる金額が定かでないような本件念書の前記の記載は、当事者双方が右の損害賠償制度の原則に則つて行動したとは認められず、もとより損害賠償制度の原則を履すものではなく、本件念書は、単に新車返済が損害回復の最も費用の少ない合理的な方法と考えられる場合には、それに依ることを約し、また、必要性、相当性、合理性の認められる範囲の代車料を負担することを約したものと解すれば足りるとするのが相当である。

したがつて、成立に争いのない乙第一号証、乙第二号証の一ないし九、乙第三号証の一ないし一〇、被告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、本件事故による原告車両の破損個所は、主として同車の後部であつて、修理可能であり、修理費見積も一四〇万五五一三円と、新車購入費(七七九万八二七〇円)に比し、極めて低額で済み、本件事故においては保険の利用も可能であるのであると認められるから、当事者としては、保険の利用を含め、かかる方法を取ることが損害を少なからしめると合理的に考えられる方法を取るべきものであり、それに要する費用こそが相当因果関係にある損害の額になるものと解すべきであり、損害を不必要に高める手段を選択することは許されないから、原告車両の被害状況に相応した適切な原状回復の方法を発見して、これに依るべきである。原告車両の右破損の状況からして現在の自動車修理技術、自動車の性能、耐久性等を考えれば、十分修理可能であり、十分修理可能である以上は、物理的原状回復である修理こそが原則として適切、合理的な原状回復方法であるといえるから、これに依るべきであり、車両を買い替える行為を選択するのは、損害拡大行為であつて、合理的理由が認められるかは疑わしい。

したがつて、本件においては修理費一四〇万五五一三円をもつて原告車両の損害額と認めるのが相当である。

二  また、代車として他から自動車を賃借して支払つた賃料につき、被害者が、加害者に対し、右事故と相当因果関係がある損害として賠償を求めうる範囲は、相当な注意と善意をもつてしても避け得なかつたような損害のみ回復できるものであるから、自動車の所有または利用の形態が多様であることを考慮すると、事故前における被害車両の利用目的及び利用状況、被害車両を修理するために必要な期間、その期間中の被害者の代車使用の必要性、被害車両と代車との各車格等を斟酌して、その必要性、相当性、合理性を判断して定めるべきものであると解するのが相当であり、必ずしも代車料全額を損害賠償請求できるものでもない。

ところで、本件においては、原告は、代車料七三六万一四一〇円のうち五五九万五五〇〇円を主張するのであるが、甲第五号証は、株式会社トラスト(代表取締役大里正義)が、ニツサンシーマの一日当たりの賃料を三万六一〇〇円と単に見積もつたものにすぎず、原告が、株式会社ビツグワンオートに少なくとも五五九万五五〇〇円を支払つたと認めるに足りる証拠はなく、代車を必要とする事情等も明らかではないから、原告の右主張は採用しない。

三  弁護士費用 一〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告が、原告代理人に本件訴訟を委任し、弁護士費用を支払う旨約したことが認められるところ、本件審理の経緯、認容額等諸事情からすれば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は一〇万円と認めるのが相当である。

四  よつて、原告の請求は、被告に対し、一五〇万五五一三円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成二年六月一六日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、この限度で認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原田卓)

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