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東京地方裁判所 平成2年(ワ)6834号 判決 1992年2月28日

原告

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

高橋崇雄

宮岡孝之

被告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

藤本猛

主文

一  被告は、原告に対し、金五三七万七四〇八円及びこれに対する平成二年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一〇八一万〇七三四円及びこれに対する平成二年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告に対し、平成二年六月一日以降毎月五日限り金六五万円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告と被告は、昭和五三年七月一〇日、協議離婚し、その際、両者は財産分与・慰謝料の支払等のほか、未成年の子の養育費等について次の合意(以下「本件合意」という。)をした。

(一) 被告は原告に対し、三人の子の小学、中学、高校、大学進学についての教育費全額(授業料を含む。)を負担することとし、かつ、子の養育費として一か月金五〇万円を毎月五日、当月分を送金して支払う。

(二) 但し、物価の変動に伴い、原告が増額を請求したときは、被告はこれに応じることとする。

2  本件合意には、被告において、その子らが成人したとしてもそれぞれが大学程度の教育を終えるまではその扶養義務を負うという趣旨が含まれる。

3  ところが、被告は長女夏子(昭和四三年九月一五日生)が成人に達したことを理由に、昭和六三年一〇月分の養育費を金一六万六六六六円減額して原告に送金した。

そこで原告は、被告に対し、直ちに右支払に異議を述べるとともに、加えて1の(二)の合意に基づき、当時の生活費に見合う相当額(後述4記載)として養育費を月額金六五万円とするよう増額請求した。

ところが、被告は、その後今日まで、原告の請求を無視して右減額のまま支払を続けている。

4  原告が、右増額を請求した根拠は以下のとおりである。

まず、前記1の(二)は、被告が原被告間の子である夏子、秋子及び二郎に対し、昭和五三年七月当時、金五〇万円で三人の子らが営むことが出来る生活水準をそれ以後も保証した趣旨である。

そこで、「東京の物価」平成二年八月分の付属資料によると、消費者物価指数は昭和五五年を一〇〇とすると、

(一) 全国物価指数では、昭和五三年当時の物価指数は89.5であり、昭和六三年一〇月の同値は117.6である。

(二) 東京都区物価指数では、昭和五三年当時の物価指数は90.0で、昭和六三年一〇月の同値は119.5である。

右の数値を養育費にあてはめ、物価変動に伴う養育費の上昇を計算すると、次のとおりになる。

(一) 全国物価指数を基準とすると、

500,000÷0.895×1.176=656,983円

(二) 東京都区物価指数を基準とすると、

500,000÷0.9×1.195=663,889円

5  原告は、昭和六三年一〇月以降、平成二年五月まで、被告が支払うべき金六五万円と現実に送金している金三三万三三三四円との差額である金三一万六六六六円を毎月被告に代わり立替払いしている。

その合計は、

(650,000-333,334)×20(か月)=6,333,320円

となる。

6  さらに、原告は、本来被告が負担すべき子らの教育費等を次のとおり立替払いしている。

(一) 金六〇万円

これは、夏子及び秋子の普通自動車運転免許取得のために負担したものであり、子らがいわゆる「車」社会に生きるために必要最小限の資格であり、被告が負担すべき教育費である。

(二) 金二八万四六八〇円

これは、秋子が進学している玉川大学以外の一〇大学分の受験料であり、確実に大学に進学するために必要なもので、被告が負担すべき教育費である。

(三) 金二六七万二〇〇〇円

これは、秋子及び二郎が大学進学のために家庭教師を付け、塾に通わせるのに要した費用であり、受験競争の激しい現代社会においては高校教育のみでは希望する大学に進学することはできず、これらの費用も大学進学のための教育費である。

(四) 金五八万七四〇〇円

これは、秋子及び二郎の部活動費用(秋子の大学でのゴルフ部、二郎の高校でのスキー部)として原告が負担したもので、学生生活を単なる勉学の場とせず、体力の養成とともに友人を得、充実した人生を送るために必要なもので、全人格的な教育に要した費用である。

(五) 金三三万三三三四円

これは、三人の子らが平成元年八月に被告のもとに約二五日間滞在した際、被告が送金しなかった一か月分の養育費である。子らが被告の下で生活しようとも、月々の養育費として原告が支払わなければならない金額は存在するのであり、被告のもとで生活したからといって被告の養育費負担義務が消滅するものではない。

7  また、被告は、原告に対し両者間の子三人の養育費として、平成二年六月以降も、前記のとおり、金六五万円を毎月五日限り支払うべきである。

8  よって、原告は、前記5、6の被告が負担すべき教育費等の立替金合計一〇八一万〇七三四円及びこれに対する平成二年六月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに平成二年六月一日以降毎月五日限り金六五万円の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2は否認する。

未成年の子に対して継続的に扶養を命ずる場合、特段の事情がない限り、給付義務の期間は成人に達するまでと解すべきである。

ちなみに、被告は、夏子が昭和六三年九月から平成元年六月までスイス所在の教養専門学校スルバル・モンフルーリーに留学した費用等合計約七〇〇万円を負担している。

3  同3の事実は認める。

4  同4は争う。

5  同5の事実は争う。

6  同6の(一)ないし(四)の事実は不知。

仮にこれらの支出がされたとしても、それは教育費にはむろんのこと、生活費にも当たらず、いわゆるぜいたく費に属するものである。

同6の(五)は争う。

7  同7、8は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因について

1  請求原因1及び3の各事実は、当事者間に争いがない。

2  請求原因2の本件合意における養育費の終期について、判断する。

<書証番号略>(財産分与・慰謝料の支払い等の契約公正証書)には、被告が三人の子の親権者となり、成人に達する日まで養育するとの条項に次いで、本件合意が記載されているが、養育費の終期についての定めはない。

この点について、右公正証書作成に当たり、被告の連帯保証人となった証人谷崎素及び当事者として関与した原告本人は、いずれも、公正証書に記載された養育費については、子らが大学に進学した場合は、その卒業まで支払われるとの理解であった旨供述する。

これに加えて、わが国では大学教育その他の高等教育機関による教育が相当普及している状況にあること、本件において、大学までの教育費の全額負担が合意されていること、実際に、大学在学中に養育費の負担を止められると、在学・卒業が困難となるおそれががあること、弁論の全趣旨によれば、被告は、相当程度の資力を有するものと認められることなどの諸点に照らすと、本件合意における養育費の終期は、大学ないしこれと同程度の高等教育課程を終了するまでと認められる。

ところで、<書証番号略>、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、夏子は、高校卒業後、昭和六三年九月から平成元年六月まで、スイス所在の教養専門学校スルバル・モンフルーリーに留学し、その過程を終了していること、その後、カナダ所在のダグラスカレッジに再度留学を希望し、留学手続を完了したが、体調が不十分であったことから留学を見合せ、留学資金を得るためアルバイトをするなどしていたが、現在は、一応留学の希望をもちつつも、ATTというアメリカに本社のある国際電信電話会社に勤務していること、右スイス留学には、交通費等を含め約七〇〇万円の費用を要したが、被告がこれを負担したことが認められる。

右の事実、殊に専門学校しかもスイス留学という点及び現在、会社に勤務している点を考慮すれば、夏子については、同校での過程を終了した時点で、大学に準ずる高等教育を終了したものとして、これを同人に対する養育費の終期とみるのが相当である。

3  請求原因4、5の養育費増額請求について判断する。

本件合意(請求原因1の(二))によれば、物価の変動に伴い、被告は養育費の増額に応ずる義務があるということができる。

しかし、右合意をもって、原告の一方的な意思表示により、客観的に相当な金額の扶養料に増額されるとの形成権を定めたものとまで認めるには、その文言等からみて、疑問が残るといわざるを得ない。

そして、本来、当事者間で具体的な扶養の程度、方法(扶養金額等)について合意のない場合は、家庭裁判所が各自の資力その他一切の事情を考慮して審判で判定すべきものと解される。

そうすると、右増額にかかる養育費の請求は、理由がない。

4  夏子の養育費の立替分について判断する。

夏子については、前記のとおり、留学期間の終了をもって養育費の終期が到来したものと認められる。ところで、被告は、前記留学の諸費用約七〇〇万円を負担しているが、その期間が比較的短期であったことからすると、この期間の養育費を負担すべきものと考えられる。

そうすると、原告は、昭和六三年一〇月から平成元年六月分まで、被告が減額した一か月金一六万六六六六円の九か月分合計金一四九万九九九四円を立て替えて支払ったこととなる。

5  請求原因6の立替金について判断する。

(一)  <書証番号略>によれば、「小学・中学・高校・大学進学についての教育費全額(授業料を含む。)」と「子の養育費」とが分けて記載されていることが認められる。

思うに、あえて「教育費」と「養育費」を分けた趣旨を考えると、原被告は、三人の子らの教育を十分にし得るよう、特に「養育費」とは別に「教育費全額」を被告が負担することを意図したものと認められる。

そして、「授業料を含む。」とされていることをも考慮すると、右「教育費」には、広く小学・中学・高校・大学進学に必要な費用、すなわち、進学のために必要な塾や家庭教師の費用、受験料、入学金、授業料、クラブ活動に必要な費用その他学校に対し支払う諸費用等を意味すると解するのが相当である。

そうすると、請求原因6のうち(二)ないし(四)は、右「教育費」に含まれると認められるが、(一)は含まれるとはいえない。

そして、<書証番号略>、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、右(二)ないし(四)の費用を立替払いしたことが認められる。

(二)  (五)の平成元年八月分の養育費については、三人の子が約二五日間被告のもとに滞在したからといって、当然に被告の養育費支払義務が消滅するものではないから、原告は、同月分の養育費(但し、夏子の分を除く。)を立替払いしたものと認められる。

以上によれば、請求原因6の立替金の合計は、金三八七万七四一四円となる。

二結論

以上によれば、本訴請求は、原告の立替金五三七万七四〇八円及びこれに対する平成二年六月一四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官浅野正樹)

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