東京地方裁判所 平成2年(ワ)7293号 判決 1991年12月26日
原告
松下進
ほか二名
被告
竹内裕治
主文
一 被告は、原告松下進に対し七五万三五六〇円及び内金六九万三五六〇円対する平成元年三月二七日から、同高橋協子に対し一一五万九二六九円及び内金一〇五万九二六九円に対する右同日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告松下進及び同高橋協子のその余の請求並びに同松下恵子の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用のうち、原告松下進と被告との間に生じた分は五分し、その四を同原告の、その余を被告の各負担とし、原告高橋協子と被告との間に生じた分は四分し、その一を同原告の、その余を被告の各負担とし、原告松下恵子と被告との間に生じた分は同原告の負担とする。
四 この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、
一 原告松下進に対し七六三万〇九〇〇円及び内金六七七万〇九〇〇円に対する平成元年三月二七日から、
二 原告松下恵子に対し一五九万六五六〇円及び内金一三四万六五六〇円に対する平成元年三月二七日から、
三 原告高橋協子に対し三四二万一二八五円及び内金二九二万一二八五円に対する平成元年三月二七日から、
各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は奥多摩町方向と大月市方向とを結ぶ道路(県道大月奥多摩線)を、大月市方向から走行してきた原告車と奥多摩町方向から走行してきた被告車とが、互いの正面右側角付近を衝突させたことから、原告車に乗車していた原告らが被告に対し、自賠法三条により、事故によつて生じた人的損害の賠償を請求した事案である。
一 当事者間に争いのない事実
1 事故の発生(以下、「本件事故」という。)
(1) 日時 平成元年三月二六日午前一一時頃
(2) 場所 山梨県北都留郡小菅村二八三六番地の五先路上(以下、「本件路上」という。)
(3) 原告車 普通乗用自動車(練馬三三に六六六三)
右運転者 原告進
右同乗者 原告恵子、同高橋
(4) 被告車 普通乗用自動車(練馬五二ま四六一四)
右運転者 被告
(5) 事故の態様 原告車と被告車との正面衝突
2 責任原因
被告は、被告車を保有し、自己のため運行の用に供していた。
3 既払い金
原告進、同恵子につき各四〇万円、同高橋につき四五万七一〇〇円の損害の填補がなされている。
二 争点
争点は、事故の態様、原告らの負傷の有無及び損害額、過失相殺の有無程度である。
第三争点に対する判断
一 本件事故の態様
証拠(甲二の二、乙二の一及び二、三の一ないし三、四、一六の一ないし四、一八、原告進、被告)によると、以下の事実を認めることができる。
1 本件事故の現場である本件路上は、奥多摩町方面(東)と大月市方面(南西)とを結ぶ県道大月奥多摩線にある。右県道は山岳道路であるため、樹木により見通しの妨げられているところがあつたり、場所により道路幅員が異なつたり、あるいは各所にカーブがあつたりしている。本件路上付近はアスフアルト舗装された道路幅員五・四メートルの、ほぼ平坦で乾燥しており、速度規制はなく、センターラインは引かれていない。また、奥多摩町方面から大月市方面に向かつて緩やかな左カーブとなつており、右側が山、左側が崖であり、崖側にはガードレールが設置されており、転落を防止している。崖側には多数の樹木が乱立しており、対向方向の見通しを妨げている。交通量は少なく閑散としている。なお、本件路上から約二〇メートル大月市方面に寄ると道路幅員は六・四メートルに拡がつている。
2 原告進は、同恵子を助手席に、同高橋を後部席に同乗させ、原告車を運転して、大月市方面から奥多摩町方面に向け時速四〇ないし五〇キロメートルの速度で道路のほぼ中央を進行中、右前方の木々の陰から現れた被告車を約二〇メートル先に発見し、急ブレーキを踏んで停車し事故を回避しようとしたが、結局原告車の右前部角付近と被告車の右前部角付近とが本件路上中央部(左端から二・七メートルの地点)で衝突し、原告車の右前部バンパーフエンダー前照灯等が破損(小破)した。なお、原告車は衝突時にはその場に停車したが、道路端と原告車との間隔は約一メートル程であつた。
3 被告は、被告車を運転して奥多摩町方面から大月市方面に向け時速約六〇キロメートルの速度で中央部を進行中、左前方の木々の陰から対向して進行してくる原告車を約三五メートル先に発見し、危険を感じ急ブレーキを掛け、左に若干ハンドルを切つたが、結局約二〇メートル進んだ付近で、五ないし六メートルのスリツプ痕を残して衝突し、その場に停車した。被告車の右前部バンパーフエンダー等が破損(小破)した。なお、原告車は被告の発見後約一一・三メートル進んでいた。
二 原告らの損害
1 原告進について
(一) 負傷の有無等
原告進は、本件事故により負傷し、麻布病院に入通院したと主張しているが、被告は同原告の負傷そのものを否定し、仮に負傷したとしても入院する程ではなかつた旨主張して、右主張を争つている。
(1) 証拠(甲一の二ないし七、乙一、五、一二の一及び二、一三、原告進、被告)によると、以下の事実を認めることができる。
<1> 本件事故後、原告進は、現場に駆け付けた山梨県上野原警察署警察官に対し、頭部に瘤がある程度なので怪我は大丈夫である旨申告し、原告車を運転して自宅まで戻つた。
<2> 原告進は、本件事故の翌日にいたり具合が悪くなり、翌三月二八日に麻布病院を受診した。レントゲン所見上異常は認められなかつたが、頭部痛、頸部痛の訴えがあつたことから、同病院医師は頭部・右膝打撲、頸椎捻挫により四週間の加療を要すると診断したが、同原告の希望により同日から平成元年五月二〇日まで入院し、以後同年七月一日(実日数九日)まで通院して治療を受けた。カルテには同原告の症状の訴え、同病院の投薬(注射、湿布)、理学療法(鍼、マツサージ、超音波)などの記載はあるが、ジヤクソンテスト、スパーリングテストといつた頸椎捻挫に対し通常行われるテスト所見をはじめとする他覚的・理学的な所見に関する記載はない。のみならず、当時、同原告は慢性肝炎により同病院で治療中であつたが、カルテにはこの点に関する記載も見られない。また、同原告は入院期間中何回か無断外出している。
<3> 被告は原告進から原告らが負傷した旨の連絡を受けたことから、平成元年三月二九日、上野原警察署に対し人身事故の届けを行つたが、原告らからは届出はなかつた。同警察署警察官は、実況見分及び取調べを行うために原告進に再三連絡をとるも、同原告はその呼び出しに応ずることは勿論、何らの連絡をとることもなかつた。
<4> 頸椎捻挫は、正面衝突の場合でも発傷することはあるが、不意を衝かれることの多い追突とは異なり、衝突が予見できるために防御態勢をとることができ、そのために、発傷に要する衝撃は追突と比べてかなり大きいことが通常である。
(2) 以上の事実と事故態様によると、原告進は、本件事故により、頭部・右膝打撲、頸椎捻挫の傷害を受けたものと認めることはできるけれども、同原告は、原告車を運転していたのであり、かつ、予め被告車を発見し事故を予見していたのであるから、防御態勢をとつていたとみられることや、事故後の同原告に関する状況を総合すると、その傷害の程度が入院を要するものであるとまでは認めることはできない。
(二) 具体的損害
(1) 治療費 四〇万三七五〇円
証拠(甲一の四及び五)によると、原告進は麻布病院での治療費として相当額を支出したことを認めることができるけれども、そのうち入院料を控除した四〇万三七五〇円が本件事故と相当因果関係のある治療費である。なお、前掲各証拠によると、平成元年五月二三日以降の通院については、通院そのものは認めることができるけれども、その間の治療費を認める証拠はない。
(2) 入院付添費 〇円
入院は必要ではないので、これを前提とする入院付添費の請求は理由がない。
(3) 入院雑費 〇円
入院は必要ではないので、これを前提とする入院雑費の請求は理由がない。
(4) 通院交通費 〇円
これを認める証拠はない。
(5) 休業損害 九一万八八五〇円
原告進は、本件事故当時、東京都新宿区所在の有限会社島袋工務店に営業課長として、神奈川県小田原市所在のゼネラル興産株式会社に営業部長として、それぞれ勤務し相当額の給与を得ていた旨主張し、それに沿う証拠(甲一の八ないし一四、四の一及び二、五の一ないし三、六の一ないし一二、同原告)を提出するけれども、同原告は確定申告書を提出しないし(甲五の一は昭和六三年の所得税の確定申告書であるが、平成三年四月になつてからの申告のため直ちには措信できない。)、右各証拠によると、同原告は右両社に毎日出社していたのではないし、従業員を使用して右給与を得ていたことが伺われるから、右給与は同原告の労働の対価そのものということもできないし、右収入に対する同原告の寄与割合を認める証拠もないので、右額を前提として休業損害を算定することはできない。しかしながら、右各証拠によると、同原告は、本件事故時、当時の賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計学歴計の男子労働者の四〇~四四歳の賃金額である五七三万三〇〇〇円程度の収入を得ていたと認められるので、右額を基礎とし、入院期間中の日数を以て全日休業とし、その後の通院実日数九日については半日休業として休業損害を算定すると、九一万八八五〇円となる。
(6) 慰謝料 五〇万〇〇〇〇円
原告進の傷害の部位・程度、通院の相当期間・経過、本件事故の態様等本件審理に現れた一切の事情を総合して考慮すると、同原告の受けた苦痛を慰謝するには五〇万円をもつてすることが相当である。
(7) 損害合計 一八二万二六〇〇円
2 原告恵子について
(一) 負傷の有無等
原告恵子は、本件事故により負傷し、麻布病院に入通院したと主張しているが、被告は同原告の負傷そのものを否定し、仮に負傷したとしても入院する程ではなかつた旨主張して、右主張を争つている。
(1) 証拠(甲三の四ないし九、乙一、六、一二の一及び二、一四、原告進)によると、以下の事実を認めることができる。
<1> 本件事故後、同原告は、現場に駆け付けた山梨県上野原警察署警察官に対し、怪我は大丈夫である旨申告し、原告車に同乗して自宅まで戻つた。
<2> 同原告は、本件事故後具合が悪くなり、平成元年三月二八日に麻布病院を受診した。レントゲン所見上異常は認められなかつたが、主訴があつたことから、同病院医師は頭部・右肩・腰部打撲、頚椎捻挫により二週間の加療を要すると診断した。同原告は同年四月一〇日まで通院(実日数七日)した後、同原告の希望により同日から同月二八日迄入院し、以後同年六月一四日まで通院(実日数一六日)して治療を受けた。カルテには同原告の症状の訴え、同病院の投薬(注射、湿布)、理学療法(鍼、マツサージ、レーザー)などの記載はあるが、ジヤンクソンテスト、スパーリングテストといつた頸椎捻挫に対し通常行われるテスト所見をはじめ、他覚的・理学的な所見に関する記載はないし、入院に際し、同原告に症状の悪化のあつたことを首肯させるような記載もない。
<3> 原告恵子は上野原警察署に対し、人身事故の届けを行つたことはなかつた。
<4> 頸椎捻挫は、正面衝突の場合でも発傷することはあるが、不意を衝かれることの多い追突の場合とは異なり、衝突が予見できるために防御態勢をとることができ、そのために発傷に要する衝撃は追突と比べて大きいことが通常である。また、頸椎捻挫は、事故直後にその症状が現れることもあるが、事故後暫くしてからその症状が現れることも強くなることもある。
(2) 以上の事実と事故態様によると、原告恵子は、本件事故により、頭部・右肩・腰部打撲、頸椎捻挫の傷害を受けたものと認めることはできるけれども、同原告は助手席に乗車していたのであるから、被告車との衝突を予見して防御態勢をとつていたと考えられることや、事故後の同原告に関する状況を総合すると、その傷害の程度が入院を要するとまでは認めることはできない。
(二) 具体的損害
(1) 治療費 二三万五三〇〇円
証拠(甲三の五及び七)によると、原告恵子は麻布病院での治療費として相当額を支出したことを認めることができるけれども、そのうち入院料を控除した二三万五三〇〇円が本件事故と相当因果関係のある治療費である。
(2) 入院付添費 〇円
入院は必要ではないので、これを前提とする入院付添費の請求は理由がない。
(3) 入院雑費 〇円
入院は必要ではないので、これを前提とする入院雑費の請求は理由がない。
(4) 通院交通費 〇円
これを認める証拠はない。
(5) 慰謝料 四〇万〇〇〇〇円
原告恵子の傷害の部位・程度、通院の相当期間・経過、本件事故の態様等本件審理に現れた一切の事情を総合して考慮すると、同原告の受けた苦痛を慰謝するには四〇万円をもつてすることが相当である。
(7) 損害合計 六三万五三〇〇円
3 原告高橋について
(一) 負傷の有無等
原告高橋は、本件事故により負傷し、麻布病院及び斎藤医院に入通院したと主張しているが、被告は同原告の負傷そのものを否定し、仮に負傷したとしても入院する程ではなかつた旨主張し、右主張を争つている。
(1) 証拠(甲二の二ないし七、乙一、七、一二の一及び二、一五、原告進)によると、以下の事実を認めることができる。
<1> 本件事故後、同原告は、現場に駆け付けた山梨県上野原警察署警察官に対し、怪我は大丈夫である旨申告し、原告車に同乗して帰宅の途についた。
<2> 同原告は、本件事故後具合が悪くなり、平成元年三月二八日に麻布病院を受診した。レントゲン所見上は異常は認められなかつたが、主訴があつたことから、同病院医師は左肩・右下腿・左肘打撲、頸椎捻挫により二週間の加療を要すると診断した。同原告は同年四月一〇日まで通院(実日数九日)した。その間、カルテには、ジヤクソンテスト、スパーリングテスト陽性との記載がある。その後、同月一一日から原告の希望により同月二八日迄入院し、以後同年五月二日から同年八月三〇日まで斎藤医院に、頸椎捻挫、腰部・右下腿打撲、左足関節捻挫との所見で通院(実日数不祥)して治療を受けた。麻布病院のカルテには同原告の症状の訴え、同病院の投薬(注射、湿布)、理学療法(鍼、マツサージ)などの記載はあるが、頸椎捻挫に対し通常行われるジヤクソンテスト、スパーリングテストの所見は右の他一回のみであり、他に他覚的・理学的な所見に関する記載はないし、入院に際し、同原告の症状の悪化を首肯させるような記載もない。
<3> 原告高橋は上野原警察署に対し、人身事故の届けを行つたことはなかつた。
<4> 頸椎捻挫は、防御態勢を採れたかどうかによつて影響することが大きい。
(2) 以上の事実と事故態様によると、原告高橋は、本件事故により、左肩・右下腿・左肘打撲、頸椎捻挫の傷害を受けたものであり、かつその程度は、同原告は後部席に乗車していたのであるから事故の発生を予見していたとまではいうことはできないので、他の原告とは異なり、弱いものではなかつたと認めることが相当である。しかし、麻布病院のカルテの記載と、同病院の他の原告らに対する治療内容や入院の判断をみると、果たして原告高橋に対しても適切な判断の上で入院させたものであるかについては疑問が残るので、結局、原告高橋については、入院の必要についての立証があつたものとは認めることができない。
(二) 具体的損害
(1) 治療費 二四万四五二〇円
証拠(甲二の四、六及び八ないし一三)によると、原告高橋は麻布病院及び斎藤医院での治療費、斎藤医院での処方箋により購入した薬品代として相当額を支出したことを認めることができるけれども、そのうち入院料を控除した二四万四五二〇円が本件事故と相当因果関係のある治療費である。なお、前掲各証拠によるも、斎藤医院での治療費を認める証拠はない。
(2) 入院付添費 〇円
入院は必要と認められないので、これを前提とする入院付添費の請求は理由がない。
(3) 入院雑費 〇円
入院は必要とは認められないので、これを前提とする入院雑費の請求は理由がない。
(4) 通院交通費 〇円
これを認める証拠はない。
(5) 休業損害 七七万一八四九円
証拠(甲二の一四ないし一七)によると、原告高橋は、本件事故当時有限会社高橋製作所に勤務し、昭和六三年には三〇八万七四〇〇円を得ていたこと、本件事故時による原告の休業期間は三箇月程度と認めることが相当であるので、休業損害額は七七万一八四九円となる。
(6) 慰謝料 五〇万〇〇〇〇円
原告高橋の傷害の部位・程度、通院の相当期間・経過、本件事故の態様等本件審理に現れた一切の事情を総合して考慮すると、同原告の受けた苦痛を慰謝するには五〇万円をもつてすることが相当である。
(7) 損害合計 一〇五万九二六九円
以上の損害額を合計すると一五一万六三六九円となり、既払い額を控除すると残存する損害額は一〇五万九二六九円となる。
三 過失相殺
既に認定した本件事故の態様によると、本件事故の発生に当たり、道路の中央部を走行し、かつ被告車の発見後適切な対処を怠つた原告進の過失も寄与していたことを認めることができるので、同原告に生じた損害の四割を減ずることが相当である。そうすると同原告の損害額は一〇九万三五六〇円となり、既払い額を控除すると六九万三五六〇円となる。
また、証拠(甲五の一、原告進)によると、原告恵子は同進の妻であるので、同原告の過失は被害者側の過失として同じ割合で原告恵子の損害の算定に当たり斟酌すると三八万一一八〇円となり、既払い額を控除すると、既に損害は填補済みとなる。
四 弁護士費用 原告進 六万〇〇〇〇円
同高橋 一〇万〇〇〇〇円
原告らは、本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人に委任し相当額の報酬を支払うことを約したことを認めることができるところ、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、原告進につき六万円、同高橋につき一〇万円と認めることが相当である。
五 結論
以上の通り、被告は、自賠法三条により、原告進に対し七五万三五六〇円及び内金六九万三五六〇円については本件事故の翌日である平成元年三月二七日から、同高橋に対し一一五万九二六九円及び内金一〇五万九二六九円については右同日から、各支払済みまで民事法定利率年五分の割合による損害金の支払いを求める限度で理由があるが、原告恵子については請求自体理由がない。
よつて、主文の通り判決する。
(裁判官 長久保守夫)