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東京地方裁判所 平成2年(ワ)9591号 判決 1992年3月25日

主文

一  被告らは、原告株式会社あけぼの企画が別紙物件目録四記載の建物を使用して行う同目録一記載の「ホテルあけぼの」の営業を妨害してはならない。

二  原告株式会社あけぼの企画のその余の請求及び原告田井光明の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告株式会社あけぼの企画と被告らとの間においては、同原告に生じた費用の二分の一を被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告田井光明と被告らとの間においては、全部同原告の負担とする。

理由

第一  原告らの請求

一  被告らは、原告株式会社あけぼの企画(以下「原告会社」という。)が別紙物件目録四記載の建物(以下「本件建物」という。)を使用して行う同目録一記載の「ホテルあけぼの」(以下「ホテルあけぼの」という。)の営業を妨害してはならない。

二  被告らは、連帯して、原告会社に対し、金七一六万二一八七円及びこれに対する、被告株式会社甲田(以下「被告会社」という。)については平成二年九月一一日から、被告甲野太郎(以下「被告甲野」という。)については同月九日から各支払済みまで、原告田井光明(以下「原告田井」という。)に対し、金五八〇万円及びこれに対する、被告会社については同月一一日から、被告甲野については同月九日から各支払済みまで、各年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。

四  第二項、第三項につき仮執行の宣言

第二  事案の概要

本件は、原告らが、被告らの不法行為によつてホテル営業を妨害され、損害を被つたとして、妨害の禁止及び損害賠償を請求している事案である。

一  争いのない事実

1  原告田井は、別紙物件目録二、三記載の各土地及び本件建物を所有している。

2  原告会社は、ホテル、飲食業の経営、株式投資等を目的とする会社であるが、本件建物を原告田井から賃借して、ホテルあけぼのを昭和六二年八月四日から営業している。

3  被告会社は、貸金業を主な目的とする会社であるが、ホテルあけぼのの営業権は原告会社にはなく、被告会社が有する旨主張している。原告らは、平成二年四月、被告らを相手方として、東京地方裁判所に本件建物を仮に明け渡すこと及びホテルあけぼのの営業を妨害してはならないこと等を求める仮処分を申請し(同裁判所平成二年(ヨ)第一三四〇号仮処分申請事件)、同裁判所は、同年六月八日、その旨の仮処分決定をした。

二  原告らの主張

1  被告甲野は、山口組系暴力団構成員の乙山春夫ほか暴力団員数名に対し、原告田井から脅迫的な方法で金銭等を取り立てることを依頼し、同人らと共謀して、平成二年三月二〇日、二三日、及び二四日の三回にわたり、東京都中央区日本橋兜町一五番一三号「センターホテル東京」等において、原告田井に対し、「金を返せ。さもなくば、お前を殺して俺は刑務所に入る。」等と執拗に金員等を要求し、もしこれに応じなければ、原告田井の生命に危害を加える気勢を示して脅迫した。

2  原告田井は、本件建物を居所としていたが、被告甲野は、平成二年三月二六日から同年四月一〇日までの間、原告田井が本件建物に帰宅するのを待ち構えて捕らえようと画策し、本件建物の近辺に暴力団員数名を配置して佇立させ、連日にわたつて見張りを続けるとともに、ホテルあけぼのの従業員を四、五回にわたつてホテル外に呼び出した。

3  被告甲野の意を受けた乙山春夫ら数名は、平成二年三月二七日、二八日、及び三〇日の三回にわたつて本件建物内に侵入して、原告会社の業務を威力をもつて妨害した。また、被告会社の専務取締役丙川松夫及び営業部員丁田竹夫は、同年四月一〇日、当時の原告会社代表取締役大平栄治の制止を振り切つて本件建物内に侵入し、不法占拠を始めた。

4  このため、原告らは、平成二年六月八日に本件仮処分決定を得、同月二一日、右決定に基づいて強制執行がされた結果、本件建物の明渡しが実現したが、被告らは、それまでの七三日間にわたつて本件建物を不法占拠していた。被告らは、その後も数回にわたつて原告会社に電話をかけ、本件建物に現われる等の違法行為を行つた。

5  原告会社は、被告甲野が前記のとおり暴力団員数名を動員し、原告田井らの生命に危害を加える旨明言していたので、ホテルあけぼのの利用客に危害が及ぶと取り返しがつかなくなると判断して、同年三月二三日以降、ホテルあけぼのの営業を停止し、厳重に施錠して立入禁止にしたが、その後現在に至つても、営業再開の目処は立つていない。また、原告田井は、自分の生命の安全を図るため、逃避生活を余儀なくされ、今なお本件建物に帰宅することができない状況にある。なお、原告会社は、被告会社に対し、ホテルあけぼのの営業権を譲渡したことはない。

6  被告甲野の前記不法行為は、被告会社の職務を行うに当たつてされたものであるから、被告会社は、商法二六一条三項、七八条、民法四四条一項による損害賠償責任があり、被告甲野は、商法二六六条の三第一項による損害賠償責任がある。

7  被告らの不法行為によつて原告らの被つた損害は、次のとおりである。

(一)原告会社関係七一六万二一八七円

ホテル営業利益損失 五九三万四六四七円

前年同期における一日当たりの平均営業利益五万二五一九円に一一三日を乗じたもの。

警備員派遣費用 一二二万七五四〇円

(二)原告田井関係 五八〇万円

宿泊費用 八〇万円

慰謝料 五〇〇万円

三  被告の主張

1  被告会社は、株券を担保に金員を融資することを業務とする有限会社株式投資ファイナンス及び有限会社ファイナンシャルプランニングに対して貸金債権を有しており、その数額は平成二年三月時点で、有限会社株式投資ファイナンスに対しては八〇億円、有限会社投資ファイナンシャルプランニングに対しては約四六億九〇〇〇万円に達していたが、これらの貸金はすべて原告会社に即貸し付けられていた。

2  原告会社は、平成二年三月一五日、買い注文を出していた株券の売買代金の決済が出来ず、その支払能力に疑問が生じたので、被告甲野は、同月一六日、他の債権者らとともに原告田井に対して状況の説明を求めた。また、被告会社は、有限会社株式投資ファイナンス及び有限会社ファイナンシャルプランニングから、両会社が原告会社に対して有する貸金債権の譲渡を受けて、原告会社の承諾を得るとともに、右債権を担保するため、同月二〇日、原告会社を代理する権限を有していた原告田井から、ホテルあけぼのの営業権を譲り受けた。したがつて、被告会社が(本件建物)の占有権原を有することは明らかである。原告田井は、同月二四日、被告会社が有限会社ファイナンシャルプランニングから譲り受けた債権について、債務引受をした。

3  被告らは、原告らが主張するような違法行為をしたことはない。原告田井は、ここ数年巨額の資金を投じて、原告田井名義又は原告会社名義で仕手戦を演じてきたが、遂にこれに失敗し、一〇〇〇億円とも二〇〇〇億円とも言われる莫大な負債を抱え、逃避生活を余儀なくされたもので、これは被告らとは関係がない。被告会社は、原告らに対する巨額の債権を回収し保全する必要上、原告らと交渉したに過ぎず、その過程で多少波風が立つてもそれは止むを得ないことである。

第三  証拠関係《略》

第四  争点についての判断

一  前記争いのない事実に、《証拠略》によると、次の事実が認められる。

1  原告田井は、数年前から株取引を始めるようになり、巨額の資金を運用して仕手戦と言われる株取引を行つていたが、その資金は、金融業者に自己の所有株券を担保に差し入れ、時価の約八割相当額の融資を受ける方法によつて調達していた。平成二年二月当時、原告田井の主要な融資元である有限会社株式投資ファイナンス(東京都中央区《番地略》)からは約二〇〇億円、有限会社ファイナンシャルプランニング(同所)からは約一一〇億円の融資を受けていたほか、他の数社からも同様の方法で多額の融資を受けていた。

2  有限会社株式投資ファイナンス及び有限会社ファイナンシャルプランニングは、原告田井への資金を再調達するため、原告田井から差入れを受けていた株券を、被告会社に更に担保として差し入れ、被告会社から借り受けた資金をそのまま原告田井に融資していた。平成二年二月当時、被告会社の有限会社株式投資ファイナンスに対する貸金は約一二〇億円、有限会社ファイナンシャルプランニングに対する貸金は約四〇億円に上つていた。

3  平成二年三月中旬、株価が一挙に暴落し、原告田井が有限会社株式投資ファイナンス及び有限会社ファイナンシャルプランニングに差し入れていた株券の価額も暴落したため、原告田井は、両者に追加担保を差し入れる必要に迫られていたが、一〇〇〇億円以上も借受債務を負担し資金繰りに窮していたので、追加担保株券を差し入れることができず、そのあおりで両社も、連鎖的に資金繰りに窮し、被告会社へ追加担保を差し入れることができなかつた。

4  このため、被告会社の有限会社株式投資ファイナンス及び有限会社ファイナンシャルプランニングに対する多額の貸金の回収が事実上不可能になり、代表者の被告甲野は、同月一六日、有限会社株式投資ファイナンスの代表者遠藤清吉と折衝して、同社が原告田井に対して有する貸金債権一一三億五一九〇万円を被告会社に譲渡する旨の「念書」を受領する一方、それ以後数回にわたつて原告田井と直接交渉し、貸金債権の回収を図ろうとした。その結果、同月二〇日には、原告田井が被告会社に対し、ホテルあけぼのの営業権及び什器、備品一切を譲渡する旨の「営業権譲渡書」を、同月二四日には、原告田井が有限会社株式投資ファイナンスに対し、同社に差し入れている株券が担保割れして負債が生じた場合には原告田井の責任で返済する旨の「念書」及び原告会社が被告会社に対し、担保割れが生じて迷惑を掛けていることは申し訳ない。同月三〇日までに追証を差し入れるよう努力する、原告田井が全責任をもつて全額返済することを約束する旨の「念書」をそれぞれ原告田井が作成して、被告甲野に交付した(もつとも、原告田井は、営業権譲渡書を作成した当時ホテルあけぼのの代表権を有していなかつたから、ホテルあけぼのの営業権を有効に譲渡する権限はなく、したがつて前記営業権の譲渡は無効である。)。

被告会社は、平成元年一二月、金融業等を営んでいる乙山春夫から二億円を借り受けたが、平成二年三月当時未だ弁済をしていなかつた。そのため、乙山春夫は、被告甲野が原告田井と前記のとおり直接交渉した際、一時行動をともにしたことがあつた。乙山春夫は、関係者の間では暴力団と繋がりがあると考えられている人物である。

5  乙山春夫は、同年三月下旬ころから、三回にわたつて本件建物内に無断で入り込んだ。また、被告甲野の指示を受けた被告会社の専務取締役丙川松夫ら二名が同年四月一〇日、原告会社役職員の制止を振り切つて本件建物内に入り込み、事務所を占拠した。このため、原告会社の業務は停滞したままの状態になつた。原告田井は、身の危険を感じて、同月二六日ころから本件建物に戻らなくなつた。

6  そこで、原告らは、平成二年四月一四日、被告ら四名を相手方として、東京地方裁判所に、本件建物からの仮退去、本件建物内への立入禁止、ホテルあけぼのの営業妨害の禁止等を求める本件仮処分を申請したところ(同裁判所平成二年(ヨ)第一三四〇号事件)、同裁判所は、同年六月八日、被告らは本件建物を仮に明け渡せ、被告らは自ら又は第三者をして原告会社が行うホテルあけぼのの営業を妨害してはならない、被告らは原告らに直接交談することを強要してはならない旨の本件仮処分決定をした。次いで同月二一日、本件仮処分決定に基づく強制執行が行われ、被告らの占有が排除された。

7  本訴は、平成二年八月に提起されたが、原告ら訴訟代理人の上申書には、要旨、原告田井とは平成三年九月二日以来接触ができず、あらゆる手段を講じて本人尋問のための出廷を促そうとしたが、連絡が取れなかつた旨記載されている。

二  右認定事実によると、被告会社にはホテルあけぼのの営業権はなく、被告甲野の指示で行われた本件建物の占拠は違法であると認められ、右行為は、被告らのホテルあけぼのの営業に対する妨害ということができるが、このような妨害は、本件仮処分の執行後現時点までの間は一応納まつている。しかしながら、被告らは、現にホテルあけぼのの営業権は被告会社が有する旨主張していること並びに前記認定の本件紛争の経緯及びその後の状況に照らせば、将来において再び妨害が行われる可能性が存在することは否定できないから、営業妨害の禁止を求める原告会社の本訴請求は、理由があるというべきである。

次に、原告らは、被告甲野が乙山春夫らと共謀して原告田井を脅迫する等の不法行為を行つたと主張するが、被告甲野は、本人尋問においてこれを全面的に否定している上、前記の事情から原告田井の本人尋問を実施することができず、かつ、他にこれを認めるに足りる証拠がない以上、右主張を採用することはできない。また、前記のとおり、被告甲野の指示で行われた本件建物の占拠は違法であるというべきであるが、これによつて原告らの被つた損害については、前記の事情から立証がされたとはいい難く、他にこれを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。

三  以上のとおりで、原告会社の請求は、営業の妨害禁止を求める限度において理由があるから、これを認容すべきであるが、その余は理由がないので、これを棄却し、原告田井の請求は全部理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大藤 敏)

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