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東京地方裁判所 平成2年(ヲ)2086号 決定 1990年9月01日

申立人 有限会社フイガロ

右代表者取締役 塩野谷邦彦

右代理人弁護士 小田原昌行

相手方 株式会社オリエントコーポレーシヨン

右代表者代表取締役 阿部喜夫

右代理人弁護士 松尾翼

小杉丈夫

奥野泰久

石井藤次郎

志賀剛一

主文

本件異議申立てを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

1  申立人は、申立人の持分に対する相手方の根抵当権は、滌除により消滅したので、相手方の申立人に対する競売申立ては不適法である旨主張する。

2  そこで検討するに、本件記録、基本事件の記録及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

①  申立人は、昭和六一年二月一〇日、岡崎興業株式会社から別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき根抵当権の設定を受けていたところ、右建物は、昭和六三年三月一日、持分一〇分の一につき申立人に、持分一〇分の五につき株式会社トリイ(以下「トリイ」という。)に、持分一〇分の四につき三立株式会社(以下「三立」という。)に、それぞれ売り渡され、同年六月一日、受付一七八三四号ないし一七八三六号の連番で、その旨の所有権移転登記がなされた。

②  その後、申立人、トリイ及び三立は、債権者に対し、昭和六三年七月一一日差出の書面をもつて、申立人において二三一〇万円で、トリイにおいて一億一五五〇万円で、三立において九二四〇万円で、それぞれ根抵当権を滌除する旨の通知をなし、右通知は翌一二日、債権者に到達した。

③  そこで債権者は、右金額の合計額二億三一〇〇万円であれば滌除金額として相当であると考え、昭和六三年七月二〇日差出しの書面で、申立人らに対して滌除金の受領を承諾すること、受領は昭和六三年八月三日午後三時、丸の内法律センターで根抵当権設定登記抹消登記手続書と引換えになす旨を通知した。

④  しかるに、申立人らは指定の日時には滌除金の提供をせず、申立人が、昭和六三年八月一五日、その滌除金額である二三一〇万円を東京法務局に供託したのみで、トリイ、三立においてはついに滌除金の提供をしなかつた。

⑤  債権者は、平成元年五月八日、申立人らに対して抵当権実行通知を発したところ、同年六月八日、トリイ及び三立から、債権者に対して、トリイにおいて三四五〇万円、三立において三〇〇〇万円で、滌除の通知がなされた。

⑥  このような状況の下で、債権者の通常競売の申立てに基づきなされたのが、本件競売開始決定である。

そこで、本件競売開始決定の適法性につき検討するにあたつて、申立人が債権者に対してなした滌除通知の有効性について検討し、あわせて、これに対する債権者の承諾の効力について検討することとする。

3  申立人は、本件建物につき、持分一〇分の一の所有権を有するに過ぎない。そこで、まず、抵当権設定後に、その目的不動産の共有持分権を取得するに至つた第三取得者が、単独で、その共有持分のみについて、抵当権の滌除の通知をなした場合、その有効性が問題となる。

滌除は、価値権と利用権との調和を企図し、抵当権者を甚だしく害しない限度で抵当目的物の利用価値を維持し、その流通を円滑ならしめることを目的とする制度である。ところで、共有持分権が、滌除の場面でも所有権と全く異ならないのであれば、当然共有持分権者は、単独でその持分についてのみ抵当権を滌除することが認められることとなろう。しかしながら、前記のような価値権と利用権との適正な調和をはかる滌除制度の解釈において、共有持分権を通常の所有権と同様に考えて、価値権と利用権の調和に支障を来さないといえるか、滌除制度の趣旨を逸脱しないといえるかが本件において問題となる。

滌除制度については、一般的にも、抵当権者から抵当権実行時期の選択権を奪い(民法三八四条一項、民事執行法一八五条)、増価買受の責任(民法三八四条二項)や担保供与義務(民事執行法一八六条一項、二項)にたえない抵当権者をして、不本意に抵当権を失わせる具に供せられ、利用権保護の使命を逸脱しつつある点が指摘され、解釈にあたつてもその本来の機能を逸脱しないよう、様々な努力が試みられているところである。

そこで、共有持分権者に単独での持分滌除権を認めた場合、担保権と利用権との調整にいかなる影響を及ぼすかを検討する。これを認めると以下のような弊害が考えられる。

①  抵当権者は、持分権に基づく滌除通知の度ごとに、場合によつては何回も増価競売をもつて滌除に対応しなければならない事態となり、債権回収のための時間と労力は、抵当権者が予想しえた負担を超えるものとなる。

②  抵当権者は、対象不動産の所有権を評価の対象として、その担保価値を基礎に抵当権の設定を行う。ところが、その後これが持分権に細分化され、持分についてのみの滌除が成立すると、以後抵当権はその残部のみに存続し、抵当権実行は、不動産の残余持分についてのみ行わなければならなくなる。また、抵当権者が右滌除を受諾せず、増価競売をもつて対応する場合にも、右増価競売は当該持分についてのみ行わなければならない。ところで、不動産の持分権は、不動産の管理権においても、処分権においても、他の持分権者との関係で大きな制約を伴うものであつて、その市場性は一体としての不動産に比してかなり低く、競売手続上の評価においても、かなりの市場性減価がなされるのが通例である。また、自らが対象不動産を利用しうる権限を当然には有しないから、持分権の買受人には、民事執行法上の簡易な占有取得手続である引渡命令も認められないと解されている。したがつて、細分化された個々の共有持分権価格を合算しても、その評価は、結局一個の不動産の価格よりかなり低額にならざるを得ないのが一般である。そうすると、抵当権者は、当初把握した担保価値を、その後の所有者、第三取得者の行為によつて毀損されることになり、抵当権の不可分性に反する結果となる。

これに対しては、抵当権者が、滌除通知のなされた持分に対する増価競売と併せて残余持分に対する通常競売を申し立て、これを一括売却することによつて当初の価値を確保しえないかが問題となる。しかしながら、通常競売と増価競売との一括を認めると、買受申出人が現れなかつた場合に、増価競売にかかる持分を申立抵当権者に増価額で買い受けさせてよいか否かに問題が残り、最終的には当該持分のみを独立して売却に付する必要があると解されるから、結局前記の弊害は残らざるをえない。

なお、抵当権の目的である土地が分筆されて第三者に譲渡された場合にも類似の事態が生じることは否めないが、分筆の場合には(地形、面積にもよるが)、分筆されたものを合計すれば抵当権者が当初把握した価値とほぼ同額に達し得る場合も想定し得るのに対し、持分に分割した場合には、通常これを合計しても、抵当権者が当初把握した価値よりかなり下回るのが一般的と考えられること、分筆には物理的限界があるが、持分分割にはそのような限界がないこと、分筆には測量図の添付等が必要とされるなど濫用もしにくいことを考えると、持分分割によるものの方が抵当権者を害する危険性が高い。

③  持分滌除を認めると、抵当不動産が複数の者に持分権譲渡された後、各持分権者から同時に滌除の通知が到達し、その申出額の合計額が合理的な額である場合、抵当権者がいかに対応するべきかが問題となる。これを受諾したにもかかわらず、本件のように実際に滌除金を提供してくるのが一〇分の一の共有者のみの場合には、一〇分の九の抵当権は存続するが、一〇分の一が消滅してしまうこととなろう。そうすると、抵当権者は、結局市場性の低い持分に対する抵当権しか有しないこととなる。一方、これに対して、すべてに増価競売で対抗すると、増価金額はその合理的な価額より一〇分の一高い額となるため、この価額以上の買受人が現れることは期待できず、結局抵当権者は合理的価額より一割高い額で不動産を自ら買い取らざるをえなくなる。これでは、いずれを選択しても抵当権者にとつて不利益である。

以上のような弊害に鑑みれば、共有持分権の滌除を認めた場合の抵当権者の不利益は、一個の所有権の滌除がなされた場合に比して、かなり重大なものと解せざるをえない。そして、一体として把握した不動産の価値を、その後の所有権者らの行為によつて予期せぬところで害される抵当権者の立場と、一方、抵当権の存在を知りながら、敢えて不動産の持分権を譲り受けた共有持分権者の立場を考えれば、共有持分権のみの滌除を認めることは、民法の予定する範囲を超えて、不当に第三取得者を保護する結果になるものと考える。したがつて、共有持分権者が、その持分についてのみなした滌除は無効と解される。

よつて、申立人が、本件建物についてなした滌除通知は、無効であると解する。

4  なお、仮に一般的には持分にかかる滌除が無効とはいえないとしても、本件では以下の理由から、本件滌除の主張は、信義則違反又は権利濫用であつて、その効力を生じないと解する。

①  一件記録から認められる以下の点に照らせば、申立人は、滌除金額の提供をしなかつたトリイ、三立と共謀関係を有すると推認するのが相当である。

ⅰ  申立人が、他の共有持分権者と同時期に所有権の移転を受け、同日付、連番でその移転登記がなされている。

ⅱ  共有持分権者らからの滌除通知が全く同日付で発送されている。

ⅲ  共有持分権者らからの滌除金額が、ちようど持分割合に比例して、いずれも二三一〇万円の倍数になつている。

ⅳ  建物について、無関係の者に共有関係が生じることは極めて稀である。

そして、三者が意を通じて滌除の申し出をしながら、内二者が滌除金額の提供をしないのであるから、申立人らの側において不履行があるというべきであり、内申立人のみが滌除成立の主張をなすことは、信義則に反し許されないと解すべきである。

②  一件記録によれば、申立人らは、債務者である岡崎興業の倒産時に、本件建物の所有権移転登記を取得していること、岡崎興業倒産時には、別件においても、滌除を悪用した様々な執行妨害がなされていることが窺われ、これによれば、本件滌除の主張も、滌除制度を濫用した執行妨害の一端と推認され、権利濫用にあたると解される。

よつて、本件滌除の主張はその効果を有しないというべきである。

5  次に、このような無効な滌除に対し、相手方がこれを受諾したことによつて、いかなる効果が生ずるかについて検討する。すなわち、持分滌除を無効と考える理由が、以上のように抵当権者の利益保護にその趣旨があるとするならば、不利益をあえて受忍する旨の抵当権者の滌除受諾の意思表示があれば、あえてこれを無効とする必要がないとも考えられるからである。

そこで、検討するに、本件においては、申立人から滌除の申し出がなされた当時、株式会社コスモジヤパンなる後順位根抵当権者が存する。滌除は、全抵当権者に対してその効力を生じ、これを有効とすれば他の抵当権者との関係でも、その滌除金額の弁済、供託によつて抵当権が消滅すると解せざるをえない以上、抵当権者の一人が無効な滌除を承諾したからといつて、これを有効と解することはできないと考える。これを認めれば、他の抵当権者は、その意思に反して、自己が一体として把握した一個の不動産を、持分権に細分化され、市場性の低い持分権に対する抵当権を作出されることになる。また、無効な滌除通知に対しては、抵当権者としてはなんら対応を示す必要がない以上、他の抵当権者とは、滌除金額を不当と考えながらも、無効な滌除通知であると解してこれを無視していたとも十分予想し得るのであつて、にもかかわらず、一人の抵当権者の受諾の意思表示によつて、これが有効になるとは到底解しえないからである。したがつて、相手方の滌除受諾の意思表示により、本件申立人の滌除が有効になるとは解しえない。

もつとも、みずから滌除を受諾した相手方が、当該持分について抵当権実行の申し立てをするのは、信義則に照らして、問題となり得る余地もあろう。しかしながら、これを認めないと、結局相手方は、その余の一〇分の九についても抵当権の実行ができなくなつてしまう。なぜならば、一〇分の九の実行のみ認めるならば、他の抵当権者がその意に反して、一体として把握した抵当権の価値を細分化されてしまうことは、前記と同様だからである。

また、前記のとおり、信義則違反はむしろ三者共謀して滌除の申し出をしながら、内二者について滌除金額の提供をしなかつた申立人側にあるというべきであり、これに比し、右三者が滌除金額を提供するものと誤信して承諾した相手方には、信義則違反は存しないというべきである。

よつて、この点からも、相手方の承諾によつて、本件滌除が有効となると解する余地はない。

6  以上のとおり、申立人のなした本件持分滌除は無効であり、その他に本件根抵当権が消滅したと認めるに足りる事情は窺われないから、本件根抵当権に基づいてなされた本件通常競売申立ては適法であつて、本件異議申立ては理由がない。

(裁判官 秋吉仁美)

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