東京地方裁判所 平成2年(刑わ)138号 判決 1992年2月26日
主文
被告人を禁錮二年に処する。
この裁判確定の日から三年間刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
第一犯罪事実
(被告人の業務者たる地位)
被告人は、電気照明器具及び設備の製造販売並びに各種機械器具設置工事の請負等を業とする有限会社三興製作所の代表取締役であり、昭和六一年一二月上旬から昭和六二年五月上旬までの間、同社が株式会社電子照明から受注した東京都港区六本木七丁目一三番七号所在のパフォーマンスビル内のディスコ「トゥリア」(当時。以下「トゥリア」という。)地下一階のダンスフロアー上部空間に懸垂する三基の照明装置の内の一基であるミドルリングを昇降させる電動昇降装置一式等を設計した上、これを製作して据え付ける業務に従事していたものであり、右期間中、同都大田区京浜島二丁目七番一四号所在の三興製作所工場事務所及びトゥリア等において右業務を執り行っていた。
(注意義務の前提事実)
右電動昇降装置は、トゥリア二階天井下部に設けられたグリッド上に設置され、モーター、減速機及びワイヤー巻取ドラム等で構成され、モーターの正逆の回転をVベルトで減速機に伝え、右減速機の出力軸に取り付けられているスプロケットからさらに伝動用ローラーチェーン(以下「ローラーチェーン」という。)でワイヤー巻取ドラムシャフトに取り付けられているスプロケット(ピッチ径二七三ミリメートル)に回転を伝達し、これによる巻取ドラム(直径五〇八ミリメートル)の正逆の回転によって、右ドラムに取り付けられたワイヤーロープによって懸垂されたミドルリングを昇降する構造となっており、右ローラーチェーンは、モーター側からの回転をドラムに伝達するとともに、ミドルリングの自重によりドラムが回転して、懸垂されたミドルリングが落下するのを制止する機能を担わされていた。そのため、右ローラーチェーンには、静止時でも、ミドルリングの総重量にワイヤー巻取ドラムと右ドラムシャフトのスプロケットの径比(一・八六)を乗じた荷重が作用する上、起動及び停止の際には、その際の衝撃により右荷重以上の負荷が繰り返し作用することになるので、これらの荷重に十分耐えうる強度を有するローラーチェーンを選定しなければ、右ローラーチェーンが疲労破断し、懸垂したミドルリングが地下一階のダンスフロアーでダンス等をする多数人の頭上に落下して死傷させる危険があった。
(注意義務)
そこで被告人としては、右昇降装置を設計するに当たり、三興製作所で製作を請け負ったミドルリングの枠部分の重量の把握はもちろん、右枠に取り付けられる照明器具等の電気装飾品(電飾品)の重量についてもこれを調査するなどして、ミドルリングの総重量を正確に把握し、これに径比を乗じてローラーチェーンに作用する荷重を正確に算出し、さらに起動及び停止の際の衝撃をも見込んで、その繰り返し作用する荷重に対して、疲労破断を招かない十分な強度を有するローラーチェーンを選定して、右昇降装置を製作設置し、もって事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があった。
(注意義務違反及び過失行為)
被告人は、ミドルリングに取り付ける電飾品の重量について正確に把握せず、かつ、径比を考慮することなく、右ローラーチェーンに作用する荷重がミドルリングの重量と等しいものと誤信して、実際のミドルリングの重量は、軽量化された本件事故発生当時でも約一三二四キログラムであり、その場合でも、前記径比を乗じた実際の作用荷重は約二四六三キログラム重に及ぶのに、ミドルリング重量として電子照明から当初伝えられた一〇〇〇キログラムを前提に、破断荷重がその一〇倍に近いカタログ上の平均破断荷重九〇〇〇キログラム重で同最大許容荷重が一五三〇キログラム重の株式会社椿本チエイン製六〇番二列のローラーチェーンを漫然と選定し、その後同ローラーチェーンがいわゆる山飛びを起こしたため、これと同番同列で平均破断荷重八八〇〇キログラム重の日立チェン株式会社(当時)製のローラーチェーンに交換して、右電動式昇降装置に取り付けて、トゥリアに設置し、同年五月八日ころ、これを使用に供した。
(因果関係及び結果)
被告人の右過失行為により、昭和六三年一月五日午後九時三五分ころ、トゥリア店舗内において同店従業員の操作によりミドルリングが上昇中、ミドルリングの電動昇降装置に取り付けられたローラーチェーンの強度が十分でなかったため、右ローラーチェーンが疲労破断してミドルリングが折からその下でダンス等をしていた多数人の頭上に落下し、よって、溝部明美(当時二一歳)ほか二名が、別紙一「死亡者一覧表」記載のとおりの傷害を負って、同記載の日時場所において死亡するとともに、阿部正剛(当時二一歳)ほか一二名が、別紙二「負傷者一覧表」記載のとおりの傷害を負った。
第二証拠<省略>
第三過失認定に関する当裁判所の判断
一 本件落下事故に至る経緯
前掲関係各証拠によれは、次の各事実が争いなく認められる。
(1) 本件トゥリアは、丸晶興産株式会社が組織したプロジェクトチームにより、昭和六〇年暮ころから前記所在地にディスコを経営するという形で企画・立案が進められ、丸晶興産の子会社株式会社トゥリア企画が経営母体となって、昭和六二年五月八日に開店したディスコであり、本件事故発生当日まで、年中無休で営業を続けていた。
(2) 右プロジェクトチームにおいては、昭和六〇年暮ころから昭和六一年一二月ころまでの間、近未来の宇宙の想像をかきたてるような雰囲気の店とするという基本方針に基づき、その照明装置も、多数の電気装飾を施すとともに、これを踊り客の頭上で上下させることにより、あたかも宇宙船が降下してくるようなイメージを踊り客に与えることを狙い、そのダンスフロアーの天井部に大・中・小の三つの楕円形リング状の照明装置を同心円状に設け(以下、外側より「アウトリング」、「ミドルリング」、「センターリング」という。)、それぞれのリングを別個の電動昇降装置により上下させるという構想をまとめ、そのデザインを定めた上、丸晶興産が電子照明にこの照明装置一式の製作を発注した(正式な請負契約の成立は、昭和六二年二月一九日)。
(3) 被告人は、電子照明社長の大島弘義ないし同社員の冨士原正憲から、既に前記プロジェクトチームによる企画検討の段階より、そこで検討されたプランが予算的にどの程度になるのかの見積りや技術的実現可能性等について、三興製作所として請け負う場合の意見を求められていた。そして、昭和六一年八月ころには、大・中・小各二基の馬蹄型の照明装置を昇降させ、各照明装置の重量が、大五〇〇キログラム、中三五〇キログラム、小三〇〇キログラムという案で、見積りの依頼があり、さらに馬蹄型の照明装置を二つつなげたリング状のものに案が変更となり、同年一〇月ころには、アウトリング一四〇〇キログラム、ミドルリング一〇〇〇キログラム、センターリング六〇〇キログラムという重量になる旨の話が、電子照明及び三興製作所の関係者の間で交わされていた。
(4) 同年一二月八日、右大島及び冨士原が、三興製作所に被告人を訪ね、トゥリアに設置する照明装置の最終構想がまとまったとして、重量につき、アウトリング一四〇〇キログラム、ミドルリング一〇〇〇キログラム、センターリング六〇〇キログラムということで、この各照明装置の昇降装置の製作についての見積りを依頼した。
被告人は、この席で大島に対し、ウェイトバランスを取り付けるか否かを尋ねたが、同人からトゥリアにはウェイトバランスを取り付ける場所がないと言われた。同月中旬ころ、被告人が長男である甲野一に作成させた電子照明宛ての見積書(同年一二月一三日付)が送付され、そのころ、電子照明がこれを了承したことにより、電子照明と三興製作所との間で本件各リングの昇降装置の下請契約が成立した。さらに、電子照明は、翌六二年一月下旬ころ、右昇降装置の発注に加えて、各照明リングの電飾品を取り付ける枠の部分の製作も三興製作所に依頼した。
(5) 被告人は、同年一月下旬ころから昇降装置の構想を練り始め、減速機の出力軸からワイヤー巻取ドラムへの動力伝達の方式について、ワイヤーの引き回しが少なくて済むローラーチェーンを使用する方式とすることにし、昇降装置の部材の選定を始めた、その際、被告人は、ワイヤー等の安全基準として荷重の一〇倍以上の破断荷重のものを選定すべきであるという知識を有していたので、ローラーチェーンについても同様の安全率を確保すべきであると考えていたが、他方、ローラーチェーンに作用する荷重には、吊り物重量の他、巻取ドラムの直径とその軸に取り付けられたスプロケットのピッチ径の比(径比)が影響するのに、そのことを考慮しないで、ローラーチェーンに作用する荷重は吊り物荷重に等しいと思い込んでいた。
(6) 被告人は、各リングの重量についても、前年一二月八日に大島らから伝達された吊り物重量を前提とし、大島らに各リングの枠に取り付けられる電飾品の重量が具体的にどれくらいになるかを確認し、これとの関係で三興製作所で製作する枠の重量を把握し、リングの総重量を検討し直すことはしなかった。そのため、被告人は、本件ミドルリングについては、一〇〇〇キログラムの予定重量を前提に、これがローラーチェーンに作用する荷重と等しいものとして、安全率が一〇近く確保できる破断荷重九〇〇〇キログラムの椿本チエイン製六〇番二列のローラーチェーンを選定した。
(7) 被告人は、昭和六二年二月一六日ころ、設計組立て図面を兼ねる配置図を書き上げ、三興製作所では、同年三月中旬ころまでには前記工場において、昇降装置の組立て及び作動テストを終え、同月一七日からトゥリアにおいてその設置工事に着手し、同年四月八日ころには、各リング枠の取付けも終えた。そのころから、電子照明は、電飾品の取付け・調整等の作業に入った。
(8) 被告人は、同年四月一五日ころ、施主側から大島を介してワイヤーの強度等に関する資料の提出を求められ、そのころ、昇降装置の昇降能力に不安を持ったことから、三興製作所従業員の宮地正に大島らから当初示された前記(4) 記載の各リングの重量を前提に本件昇降装置の強度計算を行わせ、宮地は、強度計算書Aを作成した。
(9) 被告人は、同月二二日深夜にミドルリングの昇降装置のローラーチェーンが山飛びを起こしたため、被告人は、ローラーチェーンに損傷があることを慮って、同月三〇日に前記椿本チエイン製六〇番二列のローラーチェーンを、同番同列の日立チェン製の新品のローラーチェーンと交換した。
(10) 山飛びが起こった後、被告人は、宮地に昇降装置の強度についての再検討を命じ、同人は、枠部分の重量をさらに細かく計算した上、大島から聞いた各リングの総重量をもとに、アウトリング約二〇七一キログラム、ミドルリング約一四四四キログラム、センターリング約五五四キログラム(以下、重量及び作用荷重並びにこれに基づき計算した数値については、約を付すべき場合もこれを省略して表記することがある。)という数字を出し、これを前提に強度計算書Bを作成し、同月二四日これを被告人に提出した。
その際、被告人は、宮地から吊り物重量が重過ぎるという指摘を受け、翌二五日、大島に対し、電話で減量を依頼し、大島は、同月二九日、アウトリングにつき三二〇キログラム、ミドルリングにつき二二〇キログラム減量できる旨回答した。そこで、これに基づき、宮地は、アウトリング一七五一キログラム、ミドルリング一二二四キログラム、センターリングは、かわらず五五四キログラムという数字を前提として強度計算書Cを作成した。
なお、昇降装置の強度計算をした宮地も、巻取ドラムとスプロケットの径比を考慮することを失念していた。そのため、被告人の径比の看過を発見し、これを是正し、あるいは、被告人にこれを気付かせるに至らなかった。
(11) 三興製作所及び電子照明が、同年五月二日、各リングの重量を実測した結果、アウトリングが二一〇〇キログラム、ミドルリングが一六三〇キログラム、センターリングが七〇〇キログラムと、アウトリング及びミドルリングについては予定重量を大幅に超過していることが明らかとなった。しかし、被告人は、トゥリアの開店予定日が同月八日に迫っていたのに加え、大島が各リングに設置されているトランスを天井のグリッドに移設してミドルリングにつき前記のように二二〇キログラム程度の軽量化を行う旨述べていたので、予定重量までの軽量化について電子照明が努力してくれるだろうと期待して、同月八日のトゥリア開店とともに、同店における使用に供した。被告人は、この段階でも前記径比の見落としに気付いておらず、後記の決定的な強度不足については本件事故が発生するまで、これを認識していなかった。
(12) 電子照明においては、同月九日から同月二九日にかけて、アウトリングとミドルリング上のトランスボックスをいずれも天井グリッド部分に移設し、またモニターテレビの前面ガラスを取り外す工事を行い、さらに同年一二月二九日から同月三一日にかけて照明器具の一部につき、より軽量なものに取り替える工事を行い、これらの作業により、ミドルリングについては約三〇〇キログラムの軽量化が行われたが、それでもなお本件事故発生当時、ミドルリングは一三二四キログラムの重量を擁していた。
(13) 右昇降装置の操作は、各リングに取り付けられた電飾品の操作やディスコに流す音楽の選曲・レコード盤の操作等とともに、ディスクジョッキーに委ねられていた。ディスクジョッキーは、営業時間中、客の入場状況や盛り上がりの程度、流す音楽の雰囲気等を考慮して、トゥリア地下一階のダンスフロアーの一隅にあるDJボックス内に設けられた操作盤を操作して、各自がそれぞれディスコ内の演出に有効と判断するときに、随時、昇降装置を作動させて各リングの高さを変化させていた。
(14) 右各リングは、トゥリアにおいて同店の演出の目玉として、本件事故発生に至るまでの間、右のようにして使用されていたが、昭和六三年一月五日午後九時三五分ころ、本件昇降装置に使用された前記日立チェン製のローラーチェーンが破断し、その破断により制動力を失ったドラム側スプロケット、シャフト及びドラムが回転し、ワイヤーロープに吊られているミドルリングが落下し、その下でダンス等をしていた多数人の頭上に落下し、本件死傷事故が発生した。
二 本件ローラーチェーンの破断の原因
竹本政博外二名作成にかかる鑑定書(<書証番号略>)及び証人竹本政博の第九回公判調書中の供述部分(以下「竹本鑑定」という。)並びに中込昌孝外一名作成にかかる鑑定書(<書証番号略>)及び証人中込昌孝の第一〇回公判調書中の供述部分(以下「中込鑑定」という。)によれば、本件ローラーチェーンが破断した原因は、その構成部品の疲労破壊によるものであり(疲労破断)、疲労の原因は、本件ローラーチェーンに作用する荷重が、その疲労限度荷重を著しく超過した状態で、長時間使用され、多数回の繰り返し荷重が加えられたことによるものであると認められる。
1 本件ローラーチェーンにかかる作用荷重
本件ミドルリングの重量は、前記のとおり完成当時で一六三〇キログラムであり、その後軽量化された本件事故発生当時でも一三二四キログラムであった。そして、ワイヤー巻取ドラムの直径(五〇八ミリメートル)と右ドラム軸のスプロケットのピッチ径(二七三ミリメートル)との径比は、一・八六であるから、右ミドルリングの重量にこの径比を乗じた荷重が少なくとも常時ローラーチェーンに作用していた。
また 事故後ローラーチェーンを交換して復元した本件昇降装置により、ミドルリングの左右二か所に加速度計を取り付け、ミドルリングの発進及び停止時の加速度を測定した結果、発進時〇・一二Gないし〇・一三G、停止時には〇・一G(Gは重力加速度)であった。
したがって、右ミドルリングの起動時の最大加速度〇・一三Gに重力加速度一Gを加えた一・一三Gがミドルリングに作用していることになるから、起動時にローラーチェーンに作用する荷重は、完成当時において、三四二六キログラム重(一六三〇キログラム×一・八六×一・一三)に、事故当時においても、二七八三キログラム重(一三二四キログラム×一・八六×一・一三)に及んでいた(実際には、ワイヤーロープと滑車シーブとの間の摩擦により、これよりもやや大きな値になると考えられる。)。
2 本件ローラーチェーンの強度
本件ローラーチェーンと同じ日立チェン製六〇番二列のローラーチェーンのカタログ上の平均破断強度は、八八〇〇キログラム重であり(日立チェンカタログ・<書証番号略>)、同製品の新品の強度試験の結果においても、八・七トン程度の強度を有していた。
ローラーチェーンに限らず、一般に金属は、ある一定以上の繰り返し荷重を受けると次第に劣化し、本来の破壊強度以下の荷重を受けた場合でも破壊するに至るが(疲労破壊)、他方、この一定の荷重以下の繰り返し荷重であれば、何回荷重をかけても疲労を生じないことが知られており、この一定の荷重は疲労限度荷重と呼ばれている。捜査関係事項照会回答書(<書証番号略>)添付の日立チェン製六〇番二列ローラーチェーンのS/N曲線、証人竹田義彦の公判供述、同人の警察官調書(<書証番号略>の同意部分)及び前記各鑑定によれは、本件ローラーチェーンの疲労限度荷重は、一二四〇キログラム重ないし一二五七キログラム重程度で、これは、破断荷重の概ね七分の一の荷重であり、また、S/N曲線からみて実用上問題ないと考えられる一〇の六乗回における荷重振幅は一四八〇キログラム重程度で、破断荷重の六分の一である。
前記1のとおり、本件ローラーチェーンに作用する荷重は、ミドルリングの軽量化の後でも二七八三キログラム重であるから、その疲労限度荷重である一二四〇キログラム重ないし一二五七キログラム重との関係では二・二倍にも及び、実用上問題がないと考えられる一四八〇キログラム重との関係でも一・九倍もある。
3 本件ローラーチェーンにかけられた繰り返し荷重の回数と疲労破断の関係
本件ローラーチェーンは、片道一回の昇降により一・五回(したがって、往復では三回)の繰り返し荷重を受けるが、後記認定のとおり、かなり少なめに見積もっても、使用回数は、一日平均二六回あったと認められ(捜査報告書・<書証番号略>)、これを往復にして一三回とみて、トゥリアにおいて昭和六二年四月三〇日から昭和六三年一月八日までの昇降装置が使用された作動日数を八か月(×三〇日)二四〇日として、全体の使用回数を計算上、一三×三×二四〇=九三六〇回と導き、これを概ね九×一〇の三乗回として、前記事故時の作用荷重の下で、前記S/N曲線と対比すると、この程度の繰り返し荷重の回数でも、本件ローラーチェーンが疲労破断するに十分であると推定される。
三 被告人の過失責任
本件ローラーチェーンが疲労破断した原因は、前記二のとおり、(a) ローラーチェーンに作用する荷重がその疲労限度荷重を著しく超過した状態にあったこと、(b) その状態で長時間疲労破断するに十分な程度に繰り返し荷重が加えられたことの二点である。そこで、被告人に本件結果に対する過失責任を問うには、(a)及び(b)の点について、予見が可能であったか、予見に従って結果を回避することが可能であったか、そしていずれも可能であった場合、予見し、結果を回避すべき義務があったかを検討する必要がある。
以下、予見可能性、結果回避可能性及び予見・結果回避義務の順で見ることにする。
1 予見可能性
(一) (a)の点についての予見可能性
この点については、(イ)ミドルリングの重量が当初予定された一〇〇〇キログラムを超過していたこと、(ロ) 本件ローラーチェーンには、ミドルリングの重量にドラム側スプロケットとドラムの径比を乗じた作用荷重がかかり、さらに起動時、停止時には加速度が作用し、静止時の荷重を上回る荷重が作用することの二点の予見可能性が問題となる。この二点について予見が可能であれば、被告人としては、作用荷重一〇〇〇キログラム重を前提にして前記強度の本件六〇番二列のローラーチェーンを選定しているのであるから、右ローラーチェーンでは強度不足であり、その疲労限度荷重を著しく超過することになることは十分予見可能であったといえる。
(1) (イ)の点について
証人冨士原の第四回及び第五回公判調書中の供述部分、同大島の第五回ないし第七回公判調書中の供述部分、被告人の公判供述、第一七回公判調書中の供述部分及び同人の検察官調書(<書証番号略>)によれば、<1>電子照明は、昭和六二年一月下旬ころ、右昇降装置の発注に加えて、各照明リングの電飾品を取り付ける枠の部分の製作も三興製作所に依頼したこと、<2>被告人は、この段階で始めて三興製作所でミドルリングの枠を製作し、それに電子照明において電飾品を取り付けることを認識したのであって、それまでは昇降装置のみの製作を請け負ったものと認識していたこと、<3>電子照明から枠の製作も依頼された際、被告人と電子照明との間では、各リングにつき、三興製作所で製作すべき各枠の重量をどの程度に抑えるべきなのか、また、電子照明において、各枠に取り付ける電飾品の重量がどの程度になるのか等について、打ち合わせは行われなかったこと、<4>昭和六二年四月中旬に宮地が本件昇降装置の強度計算をするに際して枠の重量の計算をして最初ミドルリング枠六八〇キログラムという数値を算出するまで、被告人から電子照明に対して、電飾品の重量を問い合わせ、あるいは枠の重量について伝達するということはなかったことの各事実が認められる。
なお、<2>の点については、電子照明が当初は第三者に発注する旨三興製作所に伝えていたのを、受注してくれる先が見つからなかったため、その時点に至って三興製作所に依頼することに変更したのか、電子照明としては昭和六一年一二月八日の段階で枠も含めて発注したつもりであったのに、三興製作所側がそのように受け取らなかったのかについては、関係者の供述が食い違うため必ずしも明らかではないが、見積書(<書証番号略>)の記載と被告人の警察官調書(<書証番号略>)添付のディスコジュビレーション等の照明器具昇降装置を請け負った際の見積書の記載とを対比すると、後者には枠も含まれている点等からして、<2>のように認定することができる。
次に、<4>の点については、被告人は、枠が約五〇〇キログラムになると昭和六二年一月に冨士原に伝えたような気がする旨第二〇回公判では供述するが、同時に冨士原から了解した旨の返事を受けた記憶はない旨述べるなど、その供述自体曖昧である上、他にこれに符合する証拠もない。枠の重量が六八〇キログラムと算定された後の電子照明との対応振りと比べても、実際に被告人がそう言ったならば、これに応じて、電子照明においても電飾品の重量を少なくとも概算はして、重量に関するやり取りが行われたはずであるのに、そのような事情をうかがわせる事実はない。他方、被告人自身、実際に枠の重量がどの位の重量になるのかについて、電子照明に伝達しようとは考えなかったとも供述し、その理由として、「それ以前にも電子照明との付き合いでもって似たようなものを作っていたが、出来上がった物を眺めた感じから、大体うちで作るものと電飾品が半々に近かったので、そういうことは聞こうとも思わなかったし、従前と同じだろうなという自分なりの考えでいた。」旨述べている(第二〇回公判における供述)こと等に照らすと、そもそも、被告人は、重量の配分について、協議しなければならないという意識はなかったものと考えられるのであり、被告人が冨士原に対し、枠が約五〇〇キログラムになると伝えた旨の右被告人の供述は、信用できない。
そこで、右<1>ないし<4>の事実に徴すると、被告人は、ミドルリングの予定重量が一〇〇〇キログラムと提示されていたとしても、その後に、昇降装置を製作する被告人の側で、昇降装置だけでなく、電飾品を取り付けるミドルリングの枠まで製作することになり、かつ、重量の配分についてなんらの協議もされていないのであるから、被告人の側で、製作する枠の重量を算定するのはもちろん、電子照明において取り付けようとしている電飾品の総重量も把握するのでなければ、完成したミドルリングが予定重量一〇〇〇キログラムの範囲内に収まるか否かが分らず、場合によっては、当初の予定重量を超過するかも知れないことは、十分に予見可能であったというべきである。
(2) (ロ)の点について
(ロ)の点については、機械設計者である被告人にとって当然知りうべき事柄であると考えられるから、その予見可能性は、優に認められる。なお、被告人は、その検察官調書においては、径比を乗ずべきこと自体知らなかったと供述し(<書証番号略>)、公判廷では、これに反して、当然そういう知識はあったが、失念していた旨供述している(第二〇回公判廷における供述)。被告人が知らなかったのか、失念したのかは、その過失責任の有無には関係しないので、いずれかを認定する必要はないと考える。
(二) (b)の点についての予見可能性
(1) 本件昇降装置の使用状況
前記のとおり、本件ミドルリングは、各ディスクジョッキーが演出のために他の照明装置とともに操作していたが、具体的にどの程度昇降させていたかは各ディスクジョッキーによってまちまちであり明確ではない。捜査段階において、各ディスクジョッキーから、ミドルリングの移動から停止までの一連の昇降装置の操作を一回と数えた一日の昇降回数を聴取した結果では、いずれのディスクジョッキーもそのときの雰囲気で昇降させるので正確な回数は分らないとしながら、ミドルリングの昇降回数は、一日平均一〇回ないし四〇回との供述をしている(<書証番号略>)。他方、弁護人が、当時客としてトゥリアを訪れた者にリングの昇降回数を聴取した結果では、最も多く供述する者で、時間の特定も三つのリングの区別もないものの、一曲あたり二回位上下させていた、盛り上がったときには一曲あたり一往復はしていたとしている(<書証番号略>)。
リングの昇降は、必ずしも最上限から最下限に一度に行なうものではないと認められるところ、右各聴取に際しては、その回数をどのように把握して供述したかも明確ではない上、そもそも当時回数を意識していない者の漠然とした記憶によるものであって、信頼性は低いものの、およその目安にはなると考えられる。これに、<1>ミドルリングを上昇させた上限の高さと下降させた下限の高さとの間の移動距離は、五・一三メートルであり、この間の移動には、二分四秒を要すること、<2>営業時間は営業開始当初午後六時ころから午前零時ころまでであり、昭和六三年秋ころ以降は閉店時間が遅くなり、年末には最長午前五時ころまで延びたこと、<3>営業時間中には間断なく音楽が流されており、その一曲あたりの長さは四分位であるが、盛り上がるにつれて短かくなり、午後一〇時ころから一一時ころには二分位になること、<4>リングの昇降も開店直後及び午前零時を過ぎた時間には少なく、盛り上がった時間に多くなること、<5>三つのリングの中ではミドルリングが一番使用頻度が高いことの各事実を総合すると、ディスクジョッキーに対する聴取から推測した一日平均二六回という回数は(<書証番号略>)、かなり少なめに見積もったものであり、弁護人の主張する一日片道で二〇〇回という回数は、過度に多く見積もったものであると認められる。
(2) 被告人の認識内容
弁護人は、被告人は、本件昇降装置がトゥリアにおいて演出目的のために営業中頻繁に使用されるということを知らされておらず、その使用頻度は、通常被告人が製作する照明バトンや舞台の緞帳等の使用頻度である一日四回ないし五回程度のつもりでいたから、トゥリアにおいて被告人の予想をはるかに超えた使用頻度で使用されるということは予見できず、したがって本件ローラーチェーンの破断という事態は予見できなかった旨主張する。
そして、被告人も、「通常、昇降装置を取り付ける舞台の照明装置の場合、昇降の目的は、メンテナンスや照明位置の設定であって、一日に一、二回程度しか動かさないし、使用回数が多い舞台の緞帳の場合でも、一日に四、五回程度の昇降にとどまるというのが業界の常識であり、元請もそれを承知している。電子照明からは、ディスコの照明に使うという話は聞かされたが、演出目的で動かすということは聞かされておらず、せいぜい毎日のメンテナンスとその後開業時間前にリングの高さを変化させるという使用方法だと思っていた。」(第二〇回及び第二六回公判における供述)、「一二月八日の打ち合わせの際、自分の方から使用回数は一日四、五回位かという話を切出したら、そんなものでしょうという答えだった。このような話を聞いたので、自分たちがいつも作っているものと同じようなものを作ればいいと思った。また、その時に、ディスコの営業は四、五年で終わりになるという話も聞いた。」(第二六回公判における供述、警察官調書<書証番号略>)旨述べている。
そこで、検討するに、関係各証拠によれば、<1>被告人は、トゥリアの照明器具の昇降装置について早い段階から電子照明の冨士原らから見積等のためイメージ図面を見せられていたが、右図面から、ダンスフロアー上は吹き抜けの天井が著しく高い構造となっており、そこに昇降装置によってそれぞれ独自に上下する照明リングを取り付ける構想であることが容易に認識できたはずであり、また、本件企画の初期の図面にはメンテナンス等の目的では説明できない形状の照明器具の昇降装置の構想(<書証番号略>)やダンスフロアー自体も上下させる(せり上げ舞台)構想もあったことがうかがわれ、被告人もそのような構想があったことを知っていたと認められること(冨士原の供述)、<2>三興製作所内部でも、宮地正が、本件昇降装置と同様の構造を持ち、本件に先立って製作された博多マリアクラブの照明器具昇降装置について、メンテナンスのためだけの使用としては不合理な使用回数である一時間に五、六回という認識を持っていたこと(同人の第八回公判調書中の供述部分)、<3>被告人は、本件トゥリアの昇降装置を請け負うまでの間に、電子照明からディスコ用照明装置の昇降装置等を八件は請け負っており、右請け負った中のコスミックフラワー及びロケットという照明装置については、ディスコで演出目的で使用されるものであることを理解していた旨供述していること(第二〇回公判における供述)、<4>ディスコ用の照明昇降装置の設計・施工を二〇件ないし三〇件は手掛けたという証人宮路昌太郎は、「ディスコの場合には客に合わせて動かす使い方がある。ディスコの場合には、変化を出す、つまり演出で使うものと考えている。」旨供述していること(第一二回公判調書の同人の供述部分)の各事実が認められる。
右事実によれば、被告人において、本件昇降装置等が演出目的で使用されることを当初から認識していたと認められる。これを知らなかったという被告人の弁解は、不合理であり、到底信用できない。本件昇降装置によりミドルリングが人の頭上で繰り返し昇降されるということも分っていた旨述べている検察官調書(<書証番号略>)の方が信用できるというべきである。
なお、証人大島及び同冨士原も、本件昇降装置の発注ないし製作段階で、被告人との間で使用回数が話題に上ったことはなく、使用回数が問題になったのは、開店後ないしは本件事故後である旨述べている。これに、<5>本件昇降装置の使用説明書(<書証番号略>)は、被告人が昭和六二年四月一五日ころ、施主に提出するように要請されて三興の従業員の飯山滋に命じて作成させ、内容については被告人自身が確認しているものであるが、それには使用回数についての記載がなく、作成にあたった飯山も、被告人から使用回数について説明を受けたり、指摘を受けたことはない旨述べていること(証人飯山滋の第八回公判調書中の供述部分)、<6>予定重量を超過していることが判明した後に作成された強度計算書B(<書証番号略>)には、ワイヤーの強度につき「一般にワイヤーの疲労は使用頻度に左右される(中略)ワイヤーの寿命は通常五〇〇〇往復程度である」という使用回数を意識した記載がされているが、右記載は、同強度計算書にワイヤー強度をどのように記載するかについて作成者の宮地が被告人に相談したところ、被告人の指示を受けて記載したものであること(宮地の検察官調書・<書証番号略>の同意部分)、<7>これに対し、重量超過が判明する以前に作成された強度計算書A(<書証番号略>)については、同じく宮地がワイヤー強度の記載について被告人に相談したにもかかわらず(宮地の検察官調書)、使用回数についての記載はないことの各事実を併せて考慮すると、被告人が、本件昇降装置の使用回数について意識し始めたのは、重量超過が明らかになってからのことであると認められる。
被告人自身も、「警察で大島から使用回数が一日四、五回であると聞いた旨話したが、そのような事実はなかった。」旨、検察官調書(<書証番号略>)及び公判廷(第一七回及び第二〇回)では述べており、一貫しない。
そうすると、右<1>ないし<7>の各事実を総合すると、被告人は、大島との間で本件昇降装置の使用回数を一日四、五回程度と打ち合わせた事実はなかったのはもちろん、その程度と意識的に考えていたこともなかったのであり、むしろ、本件昇降装置がディスコで営業中に演出目的で使用されることについては十分認識していたものと認められる。そして、被告人は、本件昇降装置が半永久的に使用されることを前提として設計・製作を行い(被告人の公判供述)、その主張する四、五回程度しか使用されないようにするための措置・対策を何ら講じていないのであるから、本件昇降装置の使用回数が、本件事故発生に至るまでにディスクジョッキーらが実際に使用した回数程度に上るかもしれないということは、被告人にとって、事前に十分予見することが可能であったといわざるをえない。
しかも、被告人が予想したと主張するような程度の使用回数(一日に四、五回程度)であっても、本件ローラーチェーンにかかる作用荷重がその疲労限度荷重を著しく超過した状態の下では、早晩疲労破断を生じる可能性があったから、被告人には、その予見に基づき同様の結果回避義務が生じることになると認められる。
なお、弁護人は、チェーンの破断が生じるのは静止時ではなく、昇降中であるとの推測の下に、被告人は、昇降装置の動作はメンテナンス及び照明装置の高さの設定のために開店前に行われるもので、踊り客が直下にいる状態で昇降がなされるとは知らなかったから、被告人には、そのような破断を生じる作動時に直下に人がいることの予見可能性がない旨主張するけれども、以上認定のとおり、被告人のこの点の供述は信用できず、そもそも本件ミドルリングがダンスフロアーという人の出入りを当然に予定する場所の直上に設けられていること等からしても、到底採用できるものではない。
2 結果回避可能性
被告人において、前記(a)及び(b)の点についての予見が可能であり、本件ローラーチェーンが疲労破断することの予見可能性があったと認められるのであるから、次に右予見に従って結果を回避するために、作用荷重に見合った強度を有するローラーチェーンを選定して本件昇降装置を設計設置することが、可能であったかどうかを検討すべきことになるが、右可能性があったことは、明らかである。
すなわち、本件昇降装置の設計・製作者として、結果を回避するため、(1) ミドルリングの総重量を把握し、(2) これに径比を乗じ、さらに起動・停止の際の衝撃を考慮して必要な使用係数を乗じ、(3) 以上から得られる作用荷重に見合うローラーチェーンを選定するという手順を踏むことは、十分可能であったと認められる。
(一) ミドルリングの総重量の把握について
関係各証拠によれば、<1>三興製作所が各リングの枠の製作も受注した昭和六二年一月下旬の段階では、既に電飾品の内容が確定していたこと(「御見積書」と題する書面・<書証番号略>)、<2>ミドルリングに取り付けられる電飾品のうち、特に重量が大きいテレビモニター、ビジュアルライト、トランスボックス等についても大島は個々の重量を把握していたと認められること、<3>そのうちテレビモニターについては同年二月二三日に被告人が電子照明からサンプルを受け取っていること、<4>四月一八日ころ、宮地正が、ミドルリングの枠の重量を計算したときの最初の計算結果である六八〇キログラムという数値を大島に伝達したところ、同月二二日ころ、これに対して大島は右重量を約七〇〇キログラムとした上で、電飾品の総重量を加えたミドルリングの重量を一六〇〇キログラムと宮地に伝達しているから、大島はその時点で電飾品総重量が九〇〇キログラムであることを把握することができたこと、<5>本件ミドルリングの枠重量は実際には五六六キログラムであったが、宮地が再度計算をし直した際には、五二四キログラムと比較的正確な数値を導き出すことができ、宮地は、これに基づいて、前記強度計算書Bにおいては、ミドルリングの重量として一四四四キログラムという数値を導き出していることの各事実が認められる。
これらの事実に照らせば、被告人にとって、大島らに問い合わせるなどの労を厭わなければ、少なくとも前記強度計算書Bにおける程度の重量把握は容易になしえたものと認められる。
(二) 径比及び使用係数の考慮について
吊り物の重量に径比を乗ずべきことは、この種の昇降装置の設計・製作者にとって当然採用が可能な知識であると認められる。本件では、この点は、特に問題となっていない。
使用係数についてみるに、ローラーチェーンの選定にあたって、起動・停止の際の衝撃をも見込むべきことも、安全設計の観点からは不可欠であると認められるところ、前記二、1で述べた起動・停止時に作用する加速度の程度は、実験をするのでなければ確実には把握できず、右実験は設計段階では必ずしも容易でないことがうかがわれる。そうすると、実験により具体的数値としてこれを把握するのでない場合には、設計者としては、代替手段として一般に知られている経験的数値に従って安全を確保できるように設計すべきことが求められるのは当然である。前掲各証拠によれは、このような数値として、例えば、使用係数(前記椿本チエインカタログ・<書証番号略>)ないしは修正率(前記日立チェンカタログ・<書証番号略>)というものが公表されており、この数値を計算上得られた作用荷重に乗じて、ローラーチェーンの選定をなすべきものとされていることが認められる。そして、前記各鑑定、証人山本及び同竹田の各公判供述によれば、本件昇降装置の場合は、「(多少の)衝撃を伴う伝動」に当たり、使用係数ないし修正率は、一・二ないし一・三程度であることが認められる。そうすると、被告人とすれば、本件昇降装置に取り付けるローラーチェーンの選定にあたって、右一・二ないし一・三の使用係数を、前記ミドルリングの重量と径比によって算定される荷重に、さらに乗ずる必要があることは明らかであり、また、そうすることが十分可能であったと認められる。
(三) 適切なローラーチェーンの選定について
一定の使用回数を前提としないでローラーチェーンを使用する設計者としては、疲労限度荷重を超えない強度を有するローラーチェーンを選定しなければならないが、当該ローラーチェーンの疲労限度荷重自体はS/N曲線から求められるものであるから、一般の設計者にこれを知るべきことを要求することはできない。そこで、一般の設計者としては、チェーンのメーカーがカタログで保証する許容荷重又は破断荷重から適切なローラーチェーンを選定すべきことになる。そこで、椿本製のローラーチェーンの場合であれば、作用荷重に使用係数を乗じた数値がカタログに記載されている許容荷重(「最大許容荷重」と表記されている。)を超えないローラーチェーンを選定し、許容荷重の記載がなく、破断荷重の記載がある(「平均破断強さ」と表記されている。)日立チェン製のローラーチェーンの場合には、前記数値に一定の倍数(安全率)を乗じたものが収まる破断荷重のローラーチェーンを選定することになる。後者の場合、安全率をどの程度とればよいかが問題となる。
この点について、「伝動用ローラーチェーンJIS B一八〇一-一九八〇」(<書証番号略>添付のもの)の解説によれば、「一般に伝動用に使用する場合には、繰り返し荷重による疲労破壊を避けるため、常用の荷重は破断荷重(最小)の七分の一以下が適当である。」とされ(<書証番号略>)、同様の記載が、「回転伝動機構の設計」(大西清著、<書証番号略>)の五四頁等の設計実務書にもみられる。七分の一(安全率七)という数値の根拠としては、過去の実験や経験により、リンクプレートが疲労破壊しない荷重の目安として導入したもので、疲労限度はチェーンサイズや列数、加工法により破断荷重に対する比率が八分の一ないし四分の一と異なるが、実用的数値として七分の一を採用したものと説明されている(日本チェーン工業会作成の回答書・<書証番号略>)。
そうすると、一般の設計者としては、安全率として七程度を見込んでローラーチェーンを選定すれば足りるということになる(中込鑑定)。もっとも、本件装置の安全性は直ちに人命にかかわるだけに、設計者としては装置の安全性を十分確保すべき設計態度が望まれることは言うまでもない。日立チェンの関係担当者である証人竹田義孝の公判供述によれば、本件昇降装置のように人身事故に直結する装置については、安全率一〇以下で設計することは考えられないとしており、エレベーターの主索及びクレーンの巻上用ワイヤーロープについては、建設省告示及び労働省告示により安全率一〇はとらなければならいとされている(<書証番号略>)。
しかしながら、本件を契機にして懸垂物の総合的な安全指針をとりまとめた建設省住宅局建築指導課監修の「懸垂物安全指針・同解説」(平成二年三月・<書証番号略>)によっても、懸垂物にローラーチェーンを使用する場合には、「常用の荷重は、破断荷重(最小)の七分の一以下が適当である。」としている。また、最大のローラーチェーンのメーカーである前記椿本のカタログによれば、その許容荷重は、破断荷重の六分の一、すなわち安全率でいえば六程度となっている。そうすると、刑法上の結果回避義務として常に安全率一〇以上をとるべきであるとすることはできない。
なお、一定の使用回数(使用頻度ではない)を前提とするローラーチェーンの選定基準として期待寿命選定法というものがあることが認められる。証人山本敏治の公判供述によれば、<1>これは、メーカーが保有し一般に公表されていない各チェーンについてのS/N曲線を用いなければ不可能であること、<2>その選定法が記載されている前記椿本チエインカタログでは、期待寿命選定法については、選定は同社が行うので、かなり詳細な『期待寿命選定に必要な事項』を決定して用命すべき旨の記載があること、<3>この選定法は一定の使用回数を超えた場合にはチェーンが破断することが前提となっているので、同社がこの方法を採用するについては、チェーン破損の場合の安全上の問題について実害が生じないことを前提としており、破断したときに人命にかかわる場合は、採用すべきでないとされていること等が認められる。そうすると、期待寿命選定法のような設計思想があるとしても、右カタログの指定にしたがった手続を踏んでチェーンの選定をするのでない限り、これに依拠することが危険であることは設計者にとって容易に知りうることである。したがって、そのような手続を踏んで右選定基準を採用するのでない設計者は(被告人自信も、当公判廷において、「使用回数(頻度)や使用期間を前提に本件昇降装置を設計したのではなく、半永久的に使用できるものとして設計・製作した。また、これまでにも使用回数や使用期間を前提に設計をしたことはない。」旨供述しているところである。)、繰り返し作用することが予定されている作用荷重に対して、許容荷重ないし一定の安全率を基礎にして、疲労破断予防のために十分な強度のあるチェーンを選定するという基準に則っていなければならないというべきである。
3 予見・結果回避義務
右のとおり、被告人において、本件ローラーチェーンの疲労破断の予見可能性が認められ、かつ、結果発生を回避することができた以上、本件ローラーチェーンを使用する本件昇降装置の設計・製作者である被告人には、原則として予見・結果回避義務が生じるといえる。所論に鑑み、次の二点を検討する。
(一) 重量把握義務について
被告人としては、前記の事情の下で結果発生を回避するためには、右昇降装置を設計するに当たり、安易に元請の提示した予定重量に従うことなく、三興製作所で製作を請け負った右ミドルリングの枠部分の重量の把握はもちろん、右枠に取り付けられる照明器具等の電飾品の重量についても元請の電子照明の大島らに問い合わせ、個々の電飾品の重量及び個数を確認して独自に重量を把握するか、あるいは電子照明に電飾品の総重量の算定を求めるなどの調査をして、合理的な根拠をもって同リングの総重量を把握すべき義務があることは明らかである。
弁護人は、吊り物重量が、見積り時ないしは契約時の指定重量の一〇〇〇キログラムを大幅に越えていたということについて、下請業者である被告人の立場では予見不可能である旨主張し、被告人も、「下請業者としては、元請業者を信頼するしかなく、電子照明は信頼できる元請業者であった。」等これに沿う供述を本件公判においてしている。
この問題を、予見可能性、予見義務及び結果回避義務のいずれの領域に位置付けるべきかは、議論のありうるところであるが、ここでは、結果回避義務の問題として扱うことにする。
昇降装置を使用する舞台照明装置等の製作・施工を行う元請業者の証人丸茂尚治、同猿渡正の各公判供述及び証人佐々木宏安の第一八回公判調書中の供述部分並びに下請業者の同大澤省三の公判供述及び同人の第一二回公判調書中の供述部分等によれば、元請が見積り時から契約時までに指定重量を変えることは希であること、元請が指定重量を伝えるにあたっては、正確に重量を把握して伝達するとか、大きめに見積もって伝達するという工夫をしていること、下請としても、あらかじめ伝えられた重量が特に信頼できない場合以外は、その重量を前提に設計するしかないこと等のこの種の業界における一般的事情がうかがわれる。
しかしながら、業界においてそのような一般的事情があるとしても、本件のように、吊り物が非定型的なものである上、予定重量が一旦提示された後に、昇降装置を製作する下請業者の側で、昇降装置だけでなく、電飾品を取り付ける吊り物枠まで製作することになった場合には、当該下請業者の側で、製作する枠の重量を算定するのはもちろん、取り付けられる電飾品の総重量も把握するのでなければ、完成した照明装置が予定重量の範囲内に収るか否かが分らない状況に置かれることは明白である。このような場合において、なんら重量配分について協議することなく、漫然と元請の提示した予定重量に安住することが合理化されるものとは到底考えられない。したがって、被告人には、本件ミドルリングの総重量を把握すべき義務があるというべきである。
前記大澤も、「照明装置を付けるフレームまで受注する場合については、元請に、フレーム重量及びどのくらいの電飾品(照明器具及び附属品の総合的数字)を載せるかということは聞く。フレームに何を幾つ、何キログラム吊るかということは教えてもらわないと分らない。フレームを追加注文された場合で、部材や組立て等の完全に施工できる詳細な図面を注文者からもらうのでない場合には、相手が考えていたフレームの重量と、当方で考えるフレームの重量が変わってくる可能性があるから、再度、フレーム以外の部分の重量をチェックの必要がある。なお、当方でフレームを製作する場合は、必ずその重量計算をしている。」という趣旨の供述(第一二回公判調書中の供述部分)をしており、弁護人の右主張が本件のような場合に業界内部者の通念にも合致しないものであることを裏付けている。
(二) 使用係数の考慮義務について
被告人としては、ミドルリングの重量を把握した上、径比及び使用係数(一・二ないし一・三)を乗じた上、それが許容荷重を超えないようなローラーチェーンを選定するか、安全率として七程度を見込んだ破断荷重のローラーチェーンを選定すべき結果回避義務があったものと認められる。ところで、被告人は、ワイヤーロープの安全基準から学んだものとして、ローラーチェーンの選定基準として作用荷重の破断荷重に対する安全率一〇を一応の目安とし、本件六〇番二列のローラーチェーンも、ミドルリングの予定重量一〇〇〇キログラムとの関係で、椿本チエインのカタログ上の平均破断荷重が九〇〇〇キログラム重であったので、概ね安全率が一〇近く確保できるとして、これを選定したというのである(被告人の公判供述)。もっとも、被告人の検察官調書(<書証番号略>)では、アウトリングについて、その重量が一四〇〇キログラムであるという前提で、一〇倍の一万四〇〇〇キログラムをもとに、椿本のカタログで平均破断強度がこれを上回る八〇番二列のローラーチェーンを選定し、本件ミドルリングについては、その重量が四〇〇キログラム軽いので、カタログに当たらず、一ランク下の六〇番二列のものを選定したとしている。その結果、六〇番二列のローラーチェーンの平均破断強度は、九〇〇〇キログラムであるから、安全率は、一〇を割っている。しかしながら、被告人が安全率を一〇はとるべきであるという設計思想を持っていたこと自体は、優に認められる。
そうすると、被告人が採用していた安全率一〇という基準は、安全率七に使用係数をも考慮した基準として一応の合理性を有するものであると考えられる(証人山本敏治の公判供述)。
そして、前記ミドルリングの重量把握及び径比の考慮により、ローラーチェーンに作用する静止時の正確な荷重さえ、誤らずに把握できれば、右被告人の採用する安全率一〇の選定基準をあてはめることにより、本件昇降装置のローラーチェーンに疲労破断の危険のない十分な強度を備えたものが選定されたはずである。そうすると、本件事情の下において、結果回避義務の内容としては、ミドルリングの重量把握と径比を考慮した作用荷重の正確な算定に尽き、被告人が安全率一〇の選定基準に依拠している以上、使用係数を考慮しなかった点については、結果において結果回避義務を履行していることになるから、この点は、被告人の過失の内容を構成しない。
4 結論
以上説示したとおり、被告人としては、本件昇降装置を設計するに当たり、<1>三興製作所で製作を請け負った本件ミドルリングの枠部分の重量を把握することはもちろん、右枠に取り付けられる照明器具等の電気装飾品の重量についてもこれを調査するなどして、同リングの総重量を正確に把握し、<2>これに径比を乗じてローラーチェーンに作用する荷重を正確に算出し、<3>起動及び停止の際の衝撃をも見込んで、その繰り返し作用する荷重に対して、疲労破断を招かない十分な強度を有するローラーチェーンを選定し、右昇降装置を設計設置すべき業務上の注意義務があるところ、<1>及び<2>の注意義務を果たしていれば、被告人としては、安全率を一〇程度とるべきことは認識していたのであるから、本件結果発生を回避するのに十分な強度のローラーチェーンの選定が可能であったのに、被告人は、右<1>及び<2>の注意義務を怠ったため、本件結果を発生させたものと認められる。したがって、被告人に右の点について業務上の過失責任があることは明らかである。
第四法令の適用
1 罰 条 各死傷者につき
(行為時) 平成三年法律第三一号による改正前の刑法二一一条前段、同罰金等臨時措置法三条一項一号
(裁判時)
右改正後の刑法二一一条前段
(刑法六条、一〇条により、行為時法の刑による。)
2 観念的競合 刑法五四条一項前段、一〇条(最も犯情の重い溝部明美に対する業務上過失致死の罪の刑で処断)
3 刑種の選択 禁錮刑を選択
4 執行猶予 刑法二五条一項
5 訴訟費用 刑訴法一八一条一項本文
第五量刑の理由
一 本件は、被告人がディスコの照明装置の電動昇降装置を設計・製作して、設置するに際し、判示のとおり、機械設計者として基本的な注意義務違反があったため、右電動昇降装置に使用されていたローラーチェーンが疲労破断し、照明装置がディスコで踊りに興じている多数人の頭上に落下し、死傷させたという事案である。
被告人は、判示のような本件機械の規模、構造、用途に照らし、何よりも安全に配慮して設計することが求められていたにもかかわらず、吊り物重量が当初の予定重量を超過することが予見可能であったのに、右予定重量のままであると軽信し、正確な重量を把握するための措置を怠った上、さらに初歩的知識というべき径比をも見落としたことにより、本件ローラーチェーンに作用する荷重の把握を大幅に誤り、本来取り付けるべき強度の約三分の一程度の強度しかないローラーチェーンを本件昇降装置に取り付け、本件事故を惹起してもので、その過失の態様は、重大であり、危険性も明白である。本件昇降装置は、ダンスフロアーの上に吊られた一トンを超える照明装置を、踊り客の頭上で演出のために上下させるという、従来にない企画のために設計されたものではあるが、その基本的構造には特に新奇性があるわけではなく、右過失の原因は主として、あらかじめ正確な機械工学等の知識に基づいた綿密な強度計算をせず、それまでの経験に頼って部材を選定するという安易な設計態度にあったものと認められ、この点において、同様の強度不十分な装置を製作する危険さえもあったと言わなければならない。
そして、本件事故は、死者三名、負傷者一三名を出す大惨事となり、その被害者がいずれも若者であるという痛ましいものであった。また、流行の最先端を行くディスコとして雑誌等でも喧伝され、巷の評判を集めていた場所で発生した事故であるだけに、社会の注目を集め、与えた衝撃にも大きなものがある。
そうすると、被告人の刑事責任は誠に重いといわなければならない。
二 しかしながら、本件の結果発生に至る過程で、被告人以外の関係者が注意を払っていれば、被告人のあやまちを是正することができる機会があったのに、不幸にしてその機会が十分に活かされなかったこと、本件ミドルリングの予定重量が当初の見積りでは一〇〇〇キログラムとされていたのに、そのうち電飾品の重量が九〇〇キログラムに及んだのであるから、元請業者としても、下請業者である被告人に対し、正確な予定重量を示すなどの配慮を払うべきであったこと、死亡した被害者の遺族との間では、施主会社から被害弁償がされて、示談も成立していること、被告人には、前科、前歴はなく、すでに高齢の域に達している上、持病のため健康状態等も必ずしも芳しくないこと等、被告人のために酌むべき有利な事情もある。
三 以上の点を総合考慮し、被告人に対しては主文掲記の刑を定めた上、その刑の執行を猶予するのが相当であると判断し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 原田國男 裁判官 鹿野伸二 裁判官 前田巌)
別紙 一、二<省略>