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東京地方裁判所 平成2年(刑わ)2176号 判決 1991年9月02日

主文

被告人を懲役六月に処する。

未決勾留日数のうち三〇日をこの刑に算入する。

この裁判確定の日から三年間この刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、平成二年一一月三日午後四時一三分ころ、東京都渋谷区神宮前六丁目三五番神宮橋歩道上において、違法行為の制止及び検挙等の職務に従事中の警視庁代々木警察署警察官星子節男に対し、長さ約二・一メートルの塩化ビニール製セーフティコーン連結棒(平成三年押第六七号の1)でその頭部を殴打する暴行を加え、同警察官の職務の執行を妨害したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の行為は、刑法九五条一項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち三〇日をこの刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間この刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

一  星子に対する暴行が存在しないとの主張について(略)

二  星子らの職務行為が違法であるとの主張について

1  弁護人は、星子らの職務行為は違法であり、公務執行妨害罪によって保護されるべき職務に当たらない旨主張しているので、この点について補足して説明する。

公務執行妨害罪が成立するためには、暴行・脅迫を受けた公務員の職務行為が法令上の根拠に基づく適法なものであることが必要であることはいうまでもないところ、関係各証拠によれば、本件犯行に至る経緯、本件当時の星子の職務執行状況等について、以下の事実が認められる。

(一) 本件当日である平成二年一一月三日は、文化の日で休日であると同時に、明治神宮の例大祭、渋谷区民祭り等の催し物が重なり、時期的に七・五・三の宮参りに訪れる人も多く、神宮橋歩道周辺は多数の人出が予想されたため、同所付近を管轄区域とする警視庁原宿警察署及び代々木警察署では、警視庁機動隊の応援を得て、午前中から、主として交通整理等を目的とする雑踏警備を実施していた。

また、神宮橋歩道付近では、かねてから、休日になると、「秋の嵐」のメンバーらが、道路交通法七七条一項所定の所轄警察署長の許可を得ることなく、反天皇制を標榜して、横断幕を張り、ビラを通行人に配布したり、「スピーカーズコーナー」と称して、通行人との間でハンドスピーカーを使用して天皇制等について議論する集会活動を行うなどしており、本件当日も、同様の行動を行って通行人らを滞留させ、一般の通行人の交通を阻害することが予想されたことから、代々木警察署では、当日の警備に当たっては、私服警察官らを「秋の嵐」のメンバーらによる違法行為の現認、記録、写真撮影、報告等の視察採証、制止、検挙等の職務に従事させていた。そして、同署警備課に勤務する警部補である星子節男も、同署警備課長の下命により、採証班小隊長として、この職務に従事していた。

なお、神宮橋歩道周辺は、以前から「秋の嵐」のメンバーらだけでなく、他にも路上でギター演奏等の様々なパーフォーマンスを行う者もあったことから、特に多くの人手が予想された本件当日には、神宮橋歩道上でこのようなパーフォーマンスが行われ、人だかりができて通行人の交通が阻害されることのないように、原宿警察署によって、神宮橋歩道の両脇にコーンバーで連結されたセーフティコーンが設置されていた。

(二) 「秋の嵐」のメンバーら十数名は、当日午後一時三〇分ころから、神宮橋歩道東端の表参道歩道橋下付近の歩道上で、道路交通法七七条一項所定の所轄警察署長の許可を受けずに、「天皇制はいらん」などと書かれた横断幕を掲げたり、通行人に対してビラを配布したり、ハンドマイクを用いて「スピーカーズコーナー」と称する活動を開始し、そのころ被告人もこれに加わった。その後「秋の嵐」のメンバーらの活動により神宮橋歩道上に人の滞留が生じたことから、原宿警察署の警察官らは、その活動により一般交通に著しい影響が生じていると判断し、「通行の妨害になります 直ちに中止し移動しなさい」と書かれたプラカードを掲げたり、付近に来ていた機動隊の広報車を用いるなどして、「秋の嵐」のメンバーらに対し再三にわたり、その活動を中止するように警告した。しかし、「秋の嵐」のメンバーらが警告を無視して活動を継続したため、午後一時五七分ころ、原宿警察署及び代々木警察署の警察官や機動隊員らが、「秋の嵐」のメンバーらをその場から排除した。

(三) しかし、「秋の嵐」のメンバーらは、午後三時ころ、再び表参道歩道橋付近に戻って前同様の活動を再開し、警察官による前同様の警告にもかかわらず、これを無視して活動を継続していた。その後、午後四時ころになって、表参道歩道橋の北側歩道上において、「秋の嵐」のメンバーら三人が公務執行妨害罪の現行犯として逮捕されたことから、それを違法、不当な逮捕であると考えた被告人を含む他のメンバー数名が、付近にいた警察官に対し不当逮捕であるなどと激しく抗議する事態となった。

その際、星子は、逮捕現場付近にいた私服警察官が「秋の嵐」のメンバーらに取り囲まれ、その腕を引っ張られたり、胸ぐらを掴んだりされているのを現認したことから、その間に割って入り、その警察官を「秋の嵐」のメンバーから引き離した。しかし、その後も、「秋の嵐」のメンバーらは、更に「何で逮捕したんだ。逮捕理由を説明しろ。」などと星子ら警察官に詰め寄るなどしていた。そこで、星子は、同所付近は通行人も多く相当混雑した状態であったことから、通行人を混乱に巻き込むことを避けるため、他の警察官とともに、明治神宮南門の方向に移動していった。

(四) ところが、被告人を含む「秋の嵐」のメンバーらは、なおも口々に「なぜ逮捕した。」「逮捕理由を説明しろ。」などと叫びながら、移動しようとする警察官らを追い掛け、警察官の持っていた脚立を引っ張ったり、警察官の腕を引っ張ったり、体当たりをしたり、更には、路上に設置されたセーフティコーンを蹴り倒すなどしていたことから、星子は、更に検挙活動に発展するかもしれないと考え、採証、制止等の職務を継続しつつ、移動していた。

その際、他のメンバーらとともに、星子ら警察官を追い掛けてきていた被告人が、路上に落ちていたコーンバーを拾い上げ、星子に対し前記認定のとおりの暴行に及んだ。

2  以上の証拠上認定される事実から明らかなとおり、本件当日、星子は、警視庁代々木警察署警備課長の下命により、違法行為の現認、記録、写真撮影、報告等の視察採証、制止、検挙等の職務に従事していたのであって、このような星子の職務執行行為は、警察法、警察官職務執行法に基づく適法な職務行為であると認められ、本件犯行当時における星子の職務行為に何ら違法とすべき点は見当たらない。

3  なお、この点について、弁護人は、本件のような場合には、警察官による職務行為全体について、その適法性如何を吟味すべきであるところ、星子以外の警察官が行ったものであるとしても、現場にいた警察官らによる「秋の嵐」のメンバーらの排除行為、メンバーら三名の逮捕行為がいずれも違法であるから、その場にいた星子ら警察官の職務執行が全体として違法となるものと解すべきであると主張している。しかし、公務執行妨害罪における職務行為の適法性の有無は、前述のとおり、暴行・脅迫を受けた公務員の職務行為について個別的に判断すべきであり、したがって、この点についての弁護人の主張は、星子以外の警察官らが行った職務行為の適法性について判断を加えるまでもなく、理由がない。

更に、弁護人は、仮に、星子の個別的な職務行為を問題にすべきであるとしても、星子は、被告人が何ら違法行為を行っていないにもかかわらず、被告人を逮捕しようとして、被告人に向かって突進して来たのであるから、その職務行為自体違法なものである旨主張している。しかし、前記のとおり、被告人は、路上に落ちていたコーンバーを両手で持って、いきなり星子を殴打しようとし、星子は、これを身体を後ろに反らせるようにして避けるとともに、被告人の行為は公務執行妨害罪に当たると判断して逮捕行為に出ようとし、その際、被告人が再度コーンバーを星子に向けて振り降ろし、これが同人の頭頂部に命中した、という経緯が認められ、所論のように被告人が何ら違法行為を行っていないのに、星子が逮捕しようとして被告人に突進したというわけではないのであるから、弁護人の主張はその前提を欠くものというほかない。

(以下略)

(池田〓一 村田渉 藤田みゆき)

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