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東京地方裁判所 平成2年(刑わ)2417号 判決 1992年3月06日

主文

被告人は無罪。

理由

第一  公訴事実及び争点

一  本件公訴事実は、「被告人は、Rと共謀の上、平成二年一二月五日午前五時二〇分ころ、東京都中央区<番地略>ニコマート銀座店(有限会社トウェンティーフォー経営)において、同店店員H(当二五年)に対し、所携の模造けん銃を突きつけた上、同人の頭部を掴んで窓ガラスに数回打ちつけるなどし、『キンセン。キンセン』などと申し向けて、その反抗を抑圧し、同会社代表取締役S管理に係る現金一七万円を強取したものである。」というのである。

二  後に詳述するように、R(以下、「R」という。)が、犯行現場のニコマート銀座店(以下「ニコマート」という。)に単独で入って右公訴事実のとおり強盗の実行行為をしたこと、その際、被告人は同店の近くにいたが、店内には入らず、直接的な実行行為を行っていないことは、証拠上明らかに認定できる。

そこで、本件における争点は、本件犯行時において、Rと被告人との間に本件強盗を共同遂行する旨の合意すなわち共謀があるか否かという点につきる。

検察官は、公判の冒頭手続段階の求釈明に答えて、被告人とRとの共謀は、本件犯行前夜である平成二年一二月四日(以下、日付について年を表示しない場合には、平成二年を指す。)午後九時ころから犯行の実行着手前までの間に成立したと主張する。一方、被告人は、本件犯行時、Rが強盗行為を行うことについて全く知らなかったと終始供述し、共謀の成立を全面的に争っている。

三  共謀に関する直接証拠

Rは、公判において、自分が強盗の実行行為を行ったのは、被告人の影響によるものである旨を供述する。しかしながら、共謀の成立過程と本件犯行に関するRの具体的な供述の内容は、後述するように、本件犯行前夜に多量の酒を飲み、また自宅に帰ってから大麻(ハッシッシ)を吸ったことによる影響で、犯行前夜の午後九時ころから本件犯行現場であるニコマートにおける本件犯行の直前までの間については、被告人とハッシッシを吸ったことなどのごく断片的な記憶以外には記憶がないというものである。また、Rの供述によると、Rは本件前に何回も被告人から強盗しようと誘われていたが、断り続けていたというのである。したがって、Rは被告人と共謀した旨の供述をしておらず、Rの供述からは共謀の事実を直接認定することはできない。

四  結局、本件においては、間接事実によって共謀を認定することができるかどうかが問題となる。

第二  認定できる間接事実の検討

一  証拠上明白に認められる事実

本件犯行前後のRと被告人の状況について、証拠上明白に認められる事実は、次のとおりである。

(a)  Rは、英国人で、平成元年三月四日日本に入国し(<書証番号略>、以下、甲、乙、弁の文字に数字が続く表記は、証拠等関係カードの検察官あるいは弁護人の当該数字に対応する請求番号の書証を指す。)、本件犯行当時東京都北区西ケ原所在のアパートひじり荘七号室に住み(<書証番号略>)、英語学校ビッグアップルで英語の講師として働いていた(<書証番号略>)。

被告人は、Rの実兄である(<書証番号略>)が、同年八月三一日日本に入国し(<書証番号略>)、本件犯行当時は右ひじり荘一〇号室に住み(<書証番号略>)、英語学校リバティで英語の講師として働いていた(<書証番号略>)。

(b)  本件犯行前夜である一二月四日の夜、Rは、午後六時三〇分ころから午後八時三〇分ころまで、勤務先の忘年会に出席し、午後九時過ぎころから午後一一時ころまで、銀座五丁目にあるバーで行われた二次会に参加し、午後一一時ころ、「電車で家へ帰る。」と言って、友人と別れた(<書証番号略>)。次に、Rは、午後一一時一〇分ころ、酔ってふらつきながら銀座一丁目派出所で、「駒込はどちらですか。」と道を尋ね、警察官に有楽町駅を教えられた。さらに、Rは、午後一一時二八分ころ、銀座二丁目に駐車中の普通乗用自動車のボンネットとバックミラーを壊し、一一〇番通報を受けた警察官から厳重注意をされている(<書証番号略>)。

(c)  他方、被告人は、本件犯行前夜、オートバイに乗って千葉県市川市行徳にあるリバティ英会話教室に行き、午後七時から午後一〇時三〇分ころまで、英語の授業を担当し、その後、ほどなく、オートバイに乗って事務所を出た(<書証番号略>)。

(d)  本件犯行当日である翌五日午前三時四〇分ころ、東京都文京区本郷七丁目の東京大学赤門前の本郷通りで、被告人がその所有のオートバイを運転し、Rが後部座席に乗って、駒込方向から都心方向へ向って走っていたところ、警備検問中の警察官から呼び止められ、職務質問を受けた。被告人は求められて免許証と外国人登録証を提示した。両名ともヘルメットを着用していたが、被告人はヘルメットをとり、警察官から外国人登録証の写真と同一人であることを確認された。警察官から、被告人のオートバイのナンバープレートが上に曲がってよく見えない状態であることを注意されたが、被告人は、「子供がいたずらしたのだと思います。」と言ってナンバープレートを元通りに戻したため、警察官は、その態度等から不審な点はないと判断して質問を打ち切った。その際、警察官は、被告人両名の身長、服装、車両ナンバー等を把握した。そして、被告人とRは、そのオートバイに乗って、本郷通りを本郷三丁目交差点方向(南方)に進行した(<書証番号略>)。

(e)  同日午前四時五五分ころ、ニコマート付近の松屋通りの路上にタクシーを停車させていた運転手大橋辰吉は、自車及び他の少なくとも二台の車の横を金髪で長身の外国人二人(証拠上、被告人及びRと認められる。)が、話をしながら昭和通り方向へ向かって歩いていくのを目撃した(<書証番号略>)。

(f)  同日午前五時一五分ころ、ニコマートから買物をして出てきた玖島裕は、同店から約二五メートル先の道路上にいた背が高く黒い服を着た男一名(証拠上、被告人かRのいずれかと思われる。)が同所から道路沿いの駐車場の奥の方に歩いていくのを目撃した。その男は駐車場の奥で玖島に背を向けて立ち、顔だけを道路の方に向けて、同人が通り過ぎるのを窺うようにしていた(<書証番号略>)。

(g)  (本件犯行状況)

同日午前五時二〇分ころ、黒ヘルメットを着用したRは、公訴事実記載のとおり、ニコマート店内で強盗をした(第三回公判調書中の証人Hの供述部分、<書証番号略>)。なお、Rの公判供述中には、被害者Hの頭部をつかんで窓ガラスに打ちつけたことはないとの供述部分もあるが、カウンターの横の通路の部分に半分入り込むようにした犯人から、左手で頭をつかんで押しつけるようにゴンゴンという感じで頭を窓ガラスにぶつけられ、眼鏡も飛ばされた旨のHの公判供述は、本件犯行現場の状況に照らしその信用性に疑問を差し挟む余地が乏しく、Rが公訴事実記載の強盗をしたことは十分に認定できる。

(h)  Rが犯行後ニコマートから走り出てから数秒後、Hが店の外へ出たところ、ニコマートの南東側出入口から約三七メートルの地点にテールランプのついたオートバイが停車しており、被告人がその運転席にまたがっていた。右Hが目撃し始めた時点では、Rがオートバイの後部座席にまさに近づいて乗ろうとしていた。被告人はRが乗ると直ぐにオートバイを発車させた(<書証番号略>、第三回公判調書中の証人Hの供述部分)。

(i)  同日午前六時二五分ころ、被告人とRは、ニコマートからさして離れていない東京都港区<書証番号略>所在のレールシティ汐留企画株式会社が管理する駐車場前路上を歩いていたところ、一一〇番通報により本件捜査のため検索中の警察官に呼び止められ、職務質問を受けた。そのとき、被告人のオートバイは、同駐車場前路上に停められていた。被告人とRは、同所で右Hによる面通しがあった後、任意同行した築地警察署において、所持品検査を受け、いずれもヘルメット内の汗止め折り返し内側に、被告人が八万四〇〇〇円を、Rが八万六〇〇〇円をそれぞれ隠匿しているのが発見され、同日八時三〇分、両名は緊急逮捕された(<書証番号略>)。

(j)  右逮捕時、被告人は黒色革ジャンパーを、Rは黒っぽい青色ジャンパーを着用し、両名ともフルフェイスの黒色ヘルメットを所持していた(<書証番号略>)。

(k)  同月七日、Rの供述に基づき、前記東新橋の駐車場内の建物壁面に沿って設置されたエアコンユニットの裏側から、本件犯行に使用された銀色モデルガン(<書証番号略>、以下、「銀色モデルガン」という。)並びに黒色模造マシンピストルの本体、消音器及び弾倉(<書証番号略>、以下、本件だけで、あるいは三点合わせて「黒色モデルガン」という。)が発見された。

二  Rの供述により認定の余地のある事実に関する検討

1  以上認定の事実の他、本件において、Rは、①本件犯行当時、被告人が前記黒色モデルガンを携行していたこと、②かねて被告人から一緒に強盗しようと誘いかけられていたことを供述するので、これらの二つの事実が認定できるかどうかについても、検討を加える。

2  まず、これらの事実認定の前提となるR供述の信用性を一般的に検討する。

Rの本件犯行に関する供述過程、内容は、捜査段階の一部のものが不同意になっていて取り調べられていないため、完全には把握できないが、証拠となっている範囲でこれを概観すると、次のようになる。

(1) まず、逮捕当日の一二月五日段階では、Rは本件犯行については完全に否認しており、翌一二月六日の検察官調書(<書証番号略>)の段階でも同じである。なお、この時点では、被告人のことを友人である旨供述している。

(2) そして、翌一二月七日付けの上申書二通(<書証番号略>)において、Rは初めて本件犯行の実行行為者が自分であることを認めたが、自分が何をするつもりだったかを被告人は知らなかった旨、また、犯行に使用したモデルガンの隠匿場所についても供述している。さらに、翌一二月八日付けの上申書(<書証番号略>)の段階でも、被告人を本件犯行に巻き込んでしまった旨供述する。

(3) その後、一二月一〇日付けの警察官調書(<書証番号略>)においては、犯行時、犯行後の状況を具体的に供述しているが、この段階でも、「自分はたばこを買うためオートバイを停めさせ、スーパーマーケットに入った。」と自己の単独犯行である旨を供述している。

(4) 一二月一三日付けの上申書の段階から、Rは犯行前の状況については覚えていない旨を明確に供述し始めているが、一二月一四日付けの検察官調書(<書証番号略>・不同意部分を除く。)、同月一七日付けの検察官調書(三通中の(一)、(三)のもの・<書証番号略>)において、犯行前夜の勤務先の忘年会を終えてからニコマートにおける本件犯行の直前までについての行動については、記憶がない旨供述している。

(5) そして、公判で取り調べた調書中で最後の供述調書である一二月一八日付けの警察官調書<書証番号略>においても、自分の単独犯行であることを前提にし、被告人に迷惑をかけた旨供述している。

(6) 公判においては、前述のとおり、具体的な強盗に関する意思連絡がどのようなものであったかは記憶にないものの、犯行後自分が強盗をやってきたことを説明するまでもなく、被告人は自分が強盗をしてきたことを知っていた、当時自分は自分をコントロールすることができなかった、被告人は、酔っている自分を道具のように使った旨、すなわち、被告人の影響により本件犯行を行った旨の供述になっている。

このようなRの供述過程を見ると、当初自分の責任を否定し、次いでこれを認めたものの被告人の関わりを否定し、さらに次第に犯行前の状況に関する供述が曖昧となり、そして公判の段階では、具体的な被告人の影響を与える行為については記憶がないとしながら、被告人の影響を受け、被告人に操られて本件犯行を行ってしまったかのように供述を変遷させている。このように次第に本件犯行による責任をR自身から被告人に負わせる方向で変遷させていることが指摘できる。

次に、Rの公判における供述態度を見ても、時には感情をむき出しにして被告人と口論するなど、被告人に対する敵対意識が顕著に認められる。両名は兄弟であるが、英国における生育歴、家庭環境は複雑であり、従前から感情的に対立しがちな関係にあったものである(<書証番号略>)。

共犯者の供述に関しては、一般的可能性としての「引っ張り込みの危険」の存在が指摘されるところであるが、以上のようなRの供述内容、変遷過程、供述態度を見ると、共犯者の供述の一般的な危険性にとどまらず、Rの被告人に責任を負わせる趣旨の供述については、その危険性が具体的なものとなっていると言わなければならない。このことは、以下、共謀に関わる間接事実に関するRの供述の内容を検討する際にも、その信用性については特に慎重な吟味が不可欠であることを物語っている。

3  黒色モデルガンの携行(前記①)について

Rは、本件犯行当時、自分が持っていたのは銀色モデルガンだけであり、黒色モデルガンはどこにあったかは知らない、自分が前記東新橋の駐車場で銀色モデルガンをフェンス越しに投げたところ、被告人がエアコンユニットの裏側に隠したのだが、そこから銀色モデルガンと黒色モデルガンが見つかったのだから、黒色モデルガンは被告人が持ち出していたものと思う旨供述する(公判供述、一二月一七日付け検察官調書(<書証番号略>。これに対し、被告人は、モデルガンは二丁ともRが隠し持っていたものであり、自分は当時これに気付いていなかった旨供述する(公判供述、一二月一八日付け検察官調書(二)(<書証番号略>))。

Rは、一二月七日に捜査官を東新橋の駐車場のモデルガンの隠匿場所に案内した際に、横に並んだ数台のエアコンユニットのうち、当初誤って実際の隠匿場所の隣のエアコンユニットを指示したという事情がある。自ら隠匿した場合であってもこの程度の些細な記憶違いはあり得ることであり、この事情はRの右供述の信用性を補強するものとは認め難い。また、Rがモデルガンを二丁とも所持するのは困難なのではないかという点及び強盗するためのモデルガンをRが二丁も所持するのは、不合理なのではないかという点から、黒色モデルガンを被告人が所持していたと解釈する余地もないではない。しかし、公判における検証の結果によれば、モデルガンを二丁とも携行することが不可能とは言えないものと認められるし、モデルガンを何のために持ち出したかについては、後に触れるが、少なくとも強盗の目的で持ち出したことを証拠上確定することはできない(Rは、アパートを出る時点のことについて、何も記憶がないと供述している。)。むしろ、Rのモデルガンに関する供述過程をみると、最初に自己の犯行を認めた一二月七日付け上申書(<書証番号略>)では、R自身がモデルガンを二丁とも持っており、これらをオートバイを駐車した場所の近くのエアコンユニットの裏側に隠した、その場所に警察官を案内することができる旨供述していたが、その後、Rは、一二月一〇日付け警察官調書(<書証番号略>)の段階で、黒色モデルガンを持っていたのは被告人であると供述を変え、さらに、それ以降の供述は前述のようなものとなっている。Rの供述に関しては、前述したような一般的な問題があるが、このモデルガンに関する供述についても、時間を追うごとに供述内容の重要な点で次第に被告人にとって不利益になるような方向に大きく変遷していることを指摘することができる。

また、Rの前記モデルガンに関する最終的な供述が真実であるとすると、Rは、被告人が黒色モデルガンを持っていたことについては、隠匿の際にも気付いていないことになり、本件の際にモデルガンが二丁も持ち出されていたことを知らなかったことになると思われるのに、前記のように、Rは警察官をモデルガンの隠匿場所に案内する以前から、モデルガンが二丁あることを供述し、現に隠匿場所から二丁のモデルガンが発見されたのである。

このようなRの供述内容やその変遷過程及び供述態度を見ると、Rの前記供述は、直ちに信用することができない。

4  被告人のRに対する強盗の誘いかけ(前記②)について

(1) Rは、公判において、本件犯行前の平成二年八月終わりか九月ころ以降、被告人からレコード販売店「タワーレコード池袋店」などを狙って強盗をしようなどと何回か強盗を誘われたこと、Rは、このことを勤務先の同僚であるMに話したこと及び被告人は自分の卒業証書が偽造であったため、ビザの更新ができないと思いパニックに陥っており、これが被告人の本件犯行の動機となっていることを供述する。

(2) この点については、証人Mが、平成二年一〇月か一一月ころ、職場のキッチンで、Rが、「被告人は、ビザの取得ができずに悩んでおり、ビザの取得ができなければ、被告人には、何か悪いことをしでかそうという考えがある。被告人は、自分に強盗を働こうと言っている。」という趣旨のことを話した旨供述しており、Rが本件犯行に先立つ一、二か月前から同趣旨の供述を他人にしていたことが認定でき、Rの前記供述の信用性を一応増強するものと言うことができる。

(3) そこで、R供述のいう強盗の誘いかけの動機となる被告人のビザ更新手続の状況について検討する。

関係証拠によれば、被告人の在留期間は平成二年一〇月一三日まであったこと、被告人は、同月一五日、勤務先の代表者とともに、入国管理局箱崎出張所で更新申請書類を提出し、これが受理されたこと、その際、被告人は、在留期間更新手続にとって必要な大学卒業証明書の写しを提出しており、これは偽造されたものであるが、その際にはこの偽造の大学卒業証明書の写しは特に問題とされずに順調に手続が進められ、更新が困難であると思わせるような特別な事情はなかったこと、そして、この手続については、本件犯行の六日後である同年一二月一一日に一年間の在留期間の更新が許可されたことが認められる(<書証番号略>)。

後記認定のように、日本で語学教師として働いて相当高額の報酬を得、日本人の恋人もいて長期間の日本滞在を希望していた被告人にとって、日本での在留期間の更新が大きな関心事であり、被告人が、在留期間を経過し、その更新申請をしてから約一か月半を経過してもその許可が得られなかったことから、被告人が更新の許否について、不安を感じていたであろうことは推認するに難くない。しかしながら、被告人及び勤務先の代表者の供述では、申請した時点での在留期間の更新が許可されなかったのは、形式的な書類の不備であったと認識しているとのことであるが、前記認定のとおり本件犯行後、結局許可になった事実からすると、右供述は信用できる。

これらの事実からすれば、Rが供述するような在留期間の更新手続に必要な大学の卒業証明書が偽造であったことから被告人が在留期間の更新ができない状況にあったという事実も、また、在留期間の更新が許可されなかったため被告人がパニックに陥っていたという事実も認め難いものである。

(4) 右のような事情を考慮すれば、被告人が強盗事件を持ちかけたというR供述は、その重要部分が客観的状況とくい違っている。この事情に前記のR供述一般の評価を加えて考慮すれば、右供述の信用性は低いし、本件犯行前にRがMに被告人の強盗の持ちかけについて話したということも、Rの当時の話自体が虚偽ないし不正確な内容を含んでいたものと言わざるを得ない。

以上の検討から、被告人が以前からRに強盗を持ちかけていたという事実を認定することはできない。

三  動機について

検察官は、被告人が本件犯行当時、日々の生活費等に支出がかさんで預金もわずかとなっていたことや、右在留期間延長が許可されるか未定の不安な状態にあったことから、本件犯行を行うだけの動機が存在しており、これも共謀認定の間接事実であると主張する。

しかし、在留期間延長申請の問題については、右認定のように、申請時に在留期間の更新が許可されなかったのは形式的な書類の不備に過ぎないと被告人が認識していたと認められ、この点は本件犯行の動機とは結びつかない。また、金銭上の問題については、本件犯行当時の被告人の預金が一万円足らずであったという事実は認められる(<書証番号略>)。しかし、被告人は、当時リバティ英会話教室の英語教師として月給二五万円前後の定期的収入があり、本件犯行日より約一〇日前にも約二五万円の給料を直接手渡されたから(<書証番号略>)、本件犯行を敢行するに十分な動機があるとまでは言い難いと思われる。かえって、被告人には、恋人として交際していたNという女性がいて、被告人が同女との結婚を望んでいた上(同女の証言)、安定した収入もあったことから、被告人が日本での生活に満足していたのではないかと評価する余地も多分に残されていることなど、反対の事情も存在する。以上の検討から、結局動機の点は、本件の争点である共謀成立を推認させる積極的事情とはならないものと言わざるを得ない。

第三  被告人の弁解の検討

一  以上の検討によれば、共謀の成否に関連して認定できるのは、前記の証拠上明白に認められる事実として掲げた(a)から(k)の事実である。

検察官は、右各事実、特に(d)、(e)、(f)、(h)、(i)、(k)の各間接事実から、本件犯行に関するRと被告人の共謀が認定できると主張する。すなわち、一二月の早朝五時二〇分という時間帯に、深夜人通りの少ない犯行場所に、強盗の実行行為を行った者を自己所有のオートバイの後部座席に乗せて連れていき、強盗行為の直前に強盗の実行行為者とともに犯行現場であるニコマートの周辺を歩き回っている本件犯行前の被告人の行動状況、実行行為者が強盗行為を行っている最中は店の近くに待機しており、これが終わるとすぐにその者をオートバイに乗せて現場から逃走し、その後強盗の実行行為者が大きな危険を冒して強奪、入手した被害金員のおおよそ半分を受け取ったという犯行時ないし犯行後の被告人の行動状況及びRが犯行に使用した銀色モデルガンと共に黒色モデルガンが隠匿されていた点は、検察官の主張するように、被告人とRが遅くとも本件犯行の実行の着手前までに、被告人が見張りとオートバイによる逃走行為を、Rが強盗の実行行為を分担する旨共謀し、実行行為前に予め両名で本件犯行現場の周辺を徒歩で見回って周囲の状況を観察し、各自右共謀に基づく分担行為を行って本件犯行を完遂し、犯行現場から逃走後、強奪した現金の分配を行ったという強い嫌疑があることを十分に推認させる事情である。そこで、これらの点について、被告人が合理的な説明、弁解を行っているかが次に検討されるべき問題点である。

具体的には、次の点に対する被告人の合理的な説明があるかが問題となる。

①  Rをオートバイの後部座席に乗せて本件犯行場所まで連れていったのはなぜか。

②  ニコマートに入ったRを外で待ち、Rが外に出るとすぐにその者をオートバイに乗せて現場から走り去ったのはなぜか。

③  犯行直前にRとともに犯行現場の周辺を歩き回ったのはなぜか。また、被告人かRのいずれかが、通行人の目を避けるかのような不審と思われる行動をとったのはなぜか。

④  Rから被害金品の約半分を事件直後に受け取った理由は何か。

⑤  Rがモデルガンを所持していることに気が付かなかったのか。

二  右の各点に関する被告人の弁解は、次のとおりである。

1  (①の点に関して)

本件犯行当夜、オートバイの後部座席にRを乗せて外出したのは、Rの酔いをさまさせようとして横浜へ行こうとしたためであり、現に横浜へ行ってベイブリッジを見た。

そして、横浜からの帰途に道を間違え、道に迷った状態で都内を走り回るうち、たまたまニコマート付近を通ったにすぎない。

2  (②の点に関して)

ニコマートの近くでオートバイを停めたのは、Rがたばこを買いたいと言ったからであり、下車後ハッシッシを吸う話が出てこれを吸った後、Rがニコマートでたばこを買ってくるのを待っていた。

数分後、店からロジャーが急いで出てきて、「行こう。」と言ったので、同人を後部座席に乗せて発車したに過ぎない。

3  (③の点に関して)

ニコマート付近をRと二人で歩いていたのは、ハッシッシを吸うのに適当な場所を探し歩いていたためである。

4  (④の点に関して)

Rがこの金は店に落ちていたものだと説明した。被告人は、このお金はニコマートのお金である可能性があるとは思いながらも、Rからそのうちの約半分の金を受け取った。あとで考えると、これは愚かな行為であった。

5  (⑤の点に関して)

自分は、Rがモデルガンを持っていることに気付かなかった。

検察官は、これらの被告人の弁解はすべて虚偽である旨主張しているので、以下、これらの弁解の信用性を検討する。

三  横浜へ行ったという弁解について

1  酒に酔ったRをドライブに連れ出したという点について

被告人の弁解中、本件犯行当夜、オートバイの後部座席にRを乗せて外出したのは、Rの酔いをさませるためにドライブをしようとしたためであるという点については、前述のように、Rが本件犯行前夜である一二月四日の夜、勤務先の忘年会に出席し、多量の酒を飲んで酔って問題を起こしていること(証拠上明白に認められる事実(b))、後に詳述するように、日ごろRが酒に酔った末に乱暴な行動をしがちであった状況が認められることから、当夜酔って帰宅したRを落ち着かせるためにドライブに連れ出したという被告人の弁解自体、特段不自然、不合理であるとは言い難いものと認められる。

2  ベイブリッジのライトについて

被告人は、公判において、本件犯行当夜、Rをオートバイの後部座席に乗せて、午前一時ころアパートを出発し、午前二時ころ横浜に着いた、横浜のベイブリッジを見たが、その状態は二本の柱に白いライトが上向きに並んで瞬いており、橋の構造が見えた旨供述している(第一五、一七、二〇、二一回公判)。

検察官は、被告人の供述するベイブリッジのライトは、夜間装飾用のライトアップを意味することは明白であり、横浜ベイブリッジのライトアップは午前零時に全部消灯することから、右供述ひいては犯行当夜被告人とRが横浜へ行った旨の被告人の弁解は明らかに虚偽であると主張する。

まず、客観的にベイブリッジの明かりがどのようになっているかを検討する。首都高速道路公団総務部長作成の捜査照会回答書(<書証番号略>)及び弁護人により作成された報告書(<書証番号略>)によれば、横浜ベイブリッジの夜間装飾用のライトアップは午前零時に全部消灯すること、ライトアップ消灯後でも、ベイブリッジの二本の支柱の片側にそれぞれ三個ずつ明かりが点滅しており、上二つの明かりが無色、下一つの明かりがややオレンジがかった色であること、ライトアップ消灯後も通る自動車の灯火等により、ベイブリッジの構造は見えること、以上の事実が認定できる。

そこで、被告人が供述していた横浜ベイブリッジのライトとは何であったかが問題となるが、第一七回公判において、検察官が、被告人に対し、被告人が見たという横浜ベイブリッジのライトの状態を質問した際、被告人は、当初の口頭での説明で意が十分に通じないと判断し、自ら申し出て図面を作成している。この図面(第一七回公判調書添付)を見ると、二本の支柱にそれぞれ四つずつの明かりがついていた様子が描かれている。この図面によれば、被告人が供述していた明かりは、夜間装飾用のライトアップとは態様を異にしており、明かりの数が三つと四つで若干くい違っているものの概ねライトアップ消灯後もついている明かりと態様が類似している。したがって、被告人が供述していたライトは、ライトアップ消灯後もついている明かりを意味していると認められる。

したがって、被告人が見たという横浜ベイブリッジの状況は、むしろ客観的証拠に符号するものであり、前記検察官主張の論拠から、横浜へ行ったという被告人の弁解が虚偽であるとは到底認められない。

3  Rとの間で横浜へ行ったとの口裏合わせをしたかという点について

Rは、公判における第二回目の証人尋問(第二二回、第二三回公判)の際に、本件犯行直後、東新橋の駐車場で、被告人から「警察に停められたら横浜へ行った帰りだという作り話をしよう。」と言われ、逮捕された当初の供述で取調べの警察官に対し、横浜に行ってきた帰りである旨の嘘を述べたと供述している。検察官は、この供述からみて、被告人の横浜へ行ったとの供述は虚偽であると主張する。

しかし、Rは、確かに、逮捕後の犯行自体も否認している段階において、本件とは全く関係がない、本件発生のころは横浜から帰ってくる途中であった旨の供述をしているが(一二月五日付けの弁解録取書(<書証番号略>)、同日付け警察官調書(<書証番号略>)、自己の犯行を認めた後、すなわち、本件発生時にニコマートにいたことを認めた段階での一二月一〇日付けの警察官調書(<書証番号略>)でも、依然、横浜にドライブした帰りである旨供述している。次に、Rは、取調べの捜査官に対し、横浜に行ってきたことにしようと被告人と口裏合わせをした旨供述するところ(第二二回公判)、Rと被告人との共謀の成否に関するこのような非常に重要な事実についての供述を捜査官が調書に残さないとは到底考えなられないが、この口裏合わせに関する供述調書は存在しないのであり(第二三回公判での検察官の釈明)、Rの右供述は虚偽であると認められる。また、この点は、Rが、このような口裏合わせについて捜査段階、第一回目の証人尋問を通じて供述していなかったにもかかわらず、審理の最終段階になり本件から一年以上も経過した後に突如言い始めたことを物語っている。これらの前記のR供述の信用性に関する一般的な評価をも考え合わせれば、Rの口裏合わせをしたとの供述は信用することができない。

4 以上検討したとおり、被告人の横浜へ行ったとの供述は、何ら信用性が減殺されないばかりか、むしろ客観的状況に符号していること、逮捕の時から一貫していること及び前記Rの一二月一〇日付け警察官調書(<書証番号略>)とも一致することを考えるならば、その信用性が増強されているものと考えて差し支えない。

四  道に迷ってニコマート付近に行った旨の弁解について

1  被告人の道に迷ったとの弁解の具体的な内容は、横浜からの帰途、国道一五号線(第一京浜)を通って東京都に戻ったが、途中で標識を見落として左に曲がるべきところを直進して道に迷ってしまい、都内を走り回るうち、本件犯行現場であるニコマートの前を通った、また、証拠上明白に認められる事実(d)で警察官に呼び止められた場所が、しばしば通ったことのある本郷通りであることには気付かなかったというものである。

2  被告人がオートバイを運転する際にしばしば本郷通りを利用しているという事実は、被告人自ら供述するところであり(被告人の第一七回公判供述)、警察官が本件当夜被告人らを職務質問をした東京大学付近の本郷通りは、比較的特徴の多い道路であることを考えれば、検察官が主張するように、本郷通りを通りながらそれに気付かなかったという被告人の供述はやや不自然であるように思われる。また、道に迷っていたと言いながら、本郷通りで職務質問を受けた際に警察官に道を尋ねなかったという点も一般的には不可解、不合理な行動であると言わざるを得ない。

また、被告人は、道に迷って東京都の東側から都心方向に戻ってきて、松屋通りから右折してニコマート前の道路に入ったと供述する(被告人の第一八、二一回公判供述)が、道に迷っている被告人がわざわざ右折して細い道へ進入するというのもいささか不自然な行動と言えないわけでもない。

これらの他に、検察官が主張するように、被告人は以前に田町で週一回英語の授業をするために、二、三か月間アパートから田町まで通っていたこと(被告人の第一七回公判供述)、オートバイを利用する際には、日ごろ英文による道路地図を持ち歩いて都内の道路を調べていたこと(<書証番号略>)など、被告人が道に迷ったこととやや相応しない状況も認められる。

3  しかし、逆に被告人の弁解のように道に迷うという可能性があることを窺わせる事情も存在する。

国道一五号線で道を間違えたことに関して想定できる可能性としては、被告人が以前に田町に通っていたときは、神田付近で本郷通りから日比谷通りに入り、田町近くで国道一五号線を横断していたものであって(被告人の第一七、二〇回公判供述)、被告人の供述するように逆に横浜から国道一五号線を進行してきた際、夜間でもあったから、うっかりして、田町付近で交差する日比谷通りに気付かす、左折することなくまっすぐ交差点を通過する可能性を指摘できる。また、その国道一五号線(中央通り)を進行したのち、秋葉原付近で左折すると本郷通りに至るが、これも直進すれば、被告人が図示するように(<書証番号略>)、上野広小路、不忍通りを経て道に迷い、本郷通りを都心方向に南下する可能性もないではない。

被告人は、来日後本件犯行当日まで約一年三か月(<書証番号略>)、オートバイを購入してからは約七か月(<書証番号略>)しか経っておらず、また、日ごろ地図を持ち歩いているとはいっても(ただし、本件当夜は携行していなかった)、日本人に比較して日本語のわからない外国人が道路標識によって位置を確かめる能力が著しく低いことも否定することはできないし(<書証番号略>)、道に迷ったとされる時刻が深夜であることが被告人の道路の識別を妨げた可能性も指摘できる。また、被告人らが当時ハッシッシを所持していたのが虚偽であるとは認め得ないことは後記のとおりであるが、仮にハッシッシを所持していたのであれば、警察官と余り関わりたくない、話したくないと考えるのが不合理、不可解とも一概に言い難いであろう。これらの結果、道に迷ったという弁解はもとより、ニコマート前の細い道に入った時点では、睡眠不足に加え、帰途に吸ったハッシッシの影響もあって注意力、集中力が鈍っており(<書証番号略、被告人の第一五、一八回公判供述)、ニコマートの前を通ったころには、円を描くようにその辺を走り回っていた、急いで帰宅しようとは思っていなかった、東京駅がどこにあるか気にしなくなった(被告人の第二〇、二一回公判供述)という弁解も、虚偽であるとして排斥するにはなお躊躇を感じざるを得ない。

4 以上の事情を総合して考えれば、被告人が国道一五号線で道を間違え、本件犯行前までずっと道に迷っていたという弁解については、やや不自然、不合理な点が残るとはいえ、これが、虚偽であるとまで断定するには、なお合理的な疑いが残ると言わざるを得ない。

五  Rがたばこを買ってくるのを待っていたという弁解について

1  前述のように、Rが強盗行為後、被告人運転のオートバイに乗って逃走したこと(証拠上明白に認められる事実(h))に対しては、被告人は、Rがニコマートでたばこを買ってくるのを待っていたところ、なかなかRが戻ってこないので、ニコマートの方へ近づいていったとき、Rが店から走り出てきて「行こう」と言ったので、すぐにオートバイまで戻り、Rより先にオートバイの運転席にまたがり、そのあとRが後部座席に乗ると、オートバイを発進させたと弁解する。

2  まず、被告人とRが逃走した状況について、目撃者である被害者Hの供述を検討する。

Rが外へ出てからHが外へ出るまでの時間について、Hの捜査段階の供述は、「出入口のセンサーがピンポンと音がしたので四、五秒してからすぐに店の外に出た」というもの、同人の公判供述は、「少し外をうかがいながら出て行ったので、一〇秒もなかった」、「(警察では四、五秒と言っているが)それくらいだと思う」というものであり、結局、四、五秒ないし長くとも一〇秒程度であったと認められる。それだけの時間内のR及び被告人が三〇数メートル離れたオートバイのところに戻って、被告人の弁解する行動をとることが不可能であるとは言えないから、被告人の供述はHの証言と矛盾するとは言えない。

また、被告人は、Rより先にオートバイにまたがっていたが、オートバイの構造上、運転席にいる者が先に乗車するのが通常であると考えられ、被告人も当然自分の方が先に乗車したと供述しているから、外へ出たときには被告人がオートバイにまたがっていたというHの供述と矛盾はしないし、このことをもって被告人が外で逃走のために待機したと認定することもできない。

次に、Hの供述によると、Hが外へ出た際に被告人の乗るオートバイのテールランプがついていたことが認められるが、被告人の供述によると、被告人が所有するオートバイは、エンジンを掛けなくともテールランプだけを点灯させることができるものであり、これを覆す証拠は存しないから、被告人がすでにエンジンをかけて待機していたという事実を認めることもできない。

以上から、被告人の弁解はHの供述と矛盾するものではない。

3  また、オートバイで走行中、同乗者がたばこを買うためコンビニエンスストア(本件ニコマートでたばこも販売されていた。)の前付近で運転者に声をかけてオートバイを停止させ、その購入までの間運転者が路上でオートバイのテールランプをつけて待っていること及び同乗者が戻るや直ちに発進すること自体、通常あり得る話であって、格別不自然、不合理とも言えないものである。かえって、後記のように、被告人は捜査以来一貫してたばこを買うためにRから停止を求められた旨供述している上、Rも、捜査段階において、前述のように右被告人供述と一致する供述、すなわち、自己の単独犯行を認めつつ、たばこを買うため停車させた旨述べたこともあるのである(一二月一〇日付け警察官調書(<書証番号略>))。したがって、検察官主張のように、被告人がRによる強盗行為後の逃走に備えて待機していた可能性は否定できないものの、そのような断定まではしがたく、被告人の右弁解が不自然で信用できないとする根拠は存しない。

六  ハッシッシを吸う場所を探し歩いたとの弁解について

1  本件犯行直前にRとともに本件犯行現場周辺を歩き回ったり、Rか被告人のいずれかが通行人の様子を窺ようにしていたこと(証拠上明白に認められる事実(e)(f))の理由として、被告人が供述するのは、被告人とRがニコマートを通り過ぎたところでオートバイを停めた際、どちらからともなくハッシッシを吸おうということになり、ジョイント(ハッシッシとたばこを合体させたもの)を作って吸うのに適当な場所、例えばアパートのホールやビルのロビーのような所を探し歩いた(証拠上明白に認められる事実(e)の時点)、結局、オートバイを停めた側あたりの駐車場で二人でジョイントを作って吸った(証拠上明白に認められる事実(f)の時点)後、Rがニコマートへたばこを買いに行った。ハッシッシのことは捜査段階では供述していないが、それは、警察にハッシッシの嫌疑をかけられたくなかったからであるというものである。

2  被告人とRがハッシッシを吸ったかどうかについて検討すると、Rは、公判で本件犯行当夜アパートでハッシッシを吸った記憶があると述べている(第六回公判)が、捜査段階の最初に自白をした一二月七日付け上申書(<書証番号略>)においても、同旨の供述をしている。また、R、被告人両名とも、日ごろからハッシッシを吸っていたと供述し、証人Nの供述もそれを裏付けている。被告人は、捜査段階で右の弁解をせず(一二月一〇日付け警察官調書では、二人で道を探したこともある旨述べている。)起訴後、弁護人に対する手紙の中で初めてこの弁解をしており(<書証番号略>)、供述が変遷していると言い得るが、警察にハッシッシの嫌疑をかけられたくなかったから当初これを供述しなかったという被告人の弁解が不合理であるとも言えない。一方、被告人らが逮捕された際には、両名ともハッシッシを所持していなかった事実が認められるが(<書証番号略>)、以上のような状況からすれば、被告人及びRが日ごろハッシッシと無関係であるとは到底言えず、両名が本件犯行当夜もハッシッシを吸っていた可能性は十分にあると認められる。また、当夜被告人らがハッシッシを持っていたとすれば、ジョイントを作って吸う場所を探して歩き回ったこと、ハッシッシとの関係で通行人の目を避けるようにしたこと自体、格別不合理であるとも言い難い。以上から、被告人の右弁解を虚偽あるいは不合理であると認めるに足りる証拠は存在しない。

七  被害金の約半分を受け取ったことに対する弁解について

この点に関する被告人の弁解は、Rが本件犯行による被害金を所持していることに気が付き、Rにその金はどうしたのかと尋ねたところ、Rは店に落ちていたものだと説明した、被告人は、この金は店のお金である可能性がある、犯罪につながるお金ではないかとは思いながらも、Rからそのうちの約半分の金を受け取った、あとで考えると、これは愚かであったというものである。

被告人とRがいずれもヘルメット内の汗止め折り返し内側に隠していた一七万円の被害金は、一〇〇〇円札が七〇枚、五〇〇〇円札が二〇枚という非常に特徴のある構成であり、これが店の売上げであることは、当然認識できるはずであって、店のお金である可能性があると思ったという程度の被告人の説明は、やや不自然である上、Rが自らの身を危険にさらして入手した金のしかも約半分を被告人が受け取ったこと自体、一般的には被告人とRとの強盗に関する共謀の存在を相当疑わせる事情であると言えよう。

しかし、この点について、被告人は、自分が愚かで、欲張り、どん欲であり、不正直であったことを認めているものであるが(<書証番号略>、最終陳述)、人間誰しも欲があること、異国の地に兄弟二人で生活していたこと、同夜自宅を出発して以来行動を共にし、現に被告人はRが犯行後現場から離れるのを手伝う結果となったことなどの事情を考慮すると、被告人は予めRの強盗意図を知らなかったものの、犯行後Rが犯罪行為でお金を取得してきたことを知り、たまたま兄として半分の利得にあずかったに過ぎないという可能性も直ちに否定できないと言わなければならない。

検察官は、本件当夜、アパートを出発する約一時間前に、Rが被告人に対し、「これから金を稼ぎに行こう。」と誘ったことがあるなら(被告人作成の手紙・<書証番号略>)、Rが被告人に対し店から取得してきた現金入手の経緯を偽る理由はなく、「店に落ちていた。」とのRの現金入手経緯の説明についての被告人の供述には虚偽があると主張するが、右被告人の手紙によれば、Rが右のように誘った際、被告人はこれに反対したのであるから、Rが正直に現金入手の経緯を説明しなかったとしても、特に不合理ではなく、被告人の右供述は虚偽であるとは直ちに言えないと思われる。なお、検察官は、被告人らが犯行後東新橋の駐車場に隠れていた旨主張するが、Rが現実に強盗を働いたものであり、また、被告人も犯罪につながる金を受け取ったとの認識があったとすると、同所に両名が隠れていたとしても、特に不合理ではない。もっとも両名はオートバイを駐車場内ではなく路上に停車させていた(<書証番号略>)から、本格的に身を隠していたとも言い難いように思われる。

以上、被告人の現金取得についての前記説明は弁解としてやや弱いと言わなければならないとしても、被害金の半分を取得したことをもって共謀成立の認定の決め手とすることはできない。

八  Rのモデルガン携行を知らなかったという弁解について

被告人は、Rがモデルガンを持っていることには全く気付かなかったと供述しているが、検察官は、被告人がモデルガンのうちの一丁を携行していなかったとしても、Rが前記モデルガン二丁を携行していれば、気が付いていたはずであると主張する。

しかし、Rが犯行時着用していたジャンパーを用いて行った公判(第二二回)における検証の結果(写真)から推認すれば、Rが二丁のモデルガンをズボンにはさむなどして身に付けた場合のジャンパーの膨らみ具合の状態は、少なくとも外見上一見してモデルガンを持っているということが分かるとまでは断定できないし、被告人が犯行前のRと行動を共にしたのは深夜であったこと、オートバイに乗っているときに、Rの腹が被告人の背中に当然当たるとする証拠はないとする被告人の供述(第一四回公判)を覆すだけの証拠はないことなどからすれば、被告人がRのモデルガン携行に気付かなかったという可能性も否定することができない。

したがって、被告人がRのモデルガン携行の事実を知っていたとまで認定する証拠はない。

九  以上より、被告人の弁解は、一部にやや不自然さは認められるものの、これを虚偽である、あるいは不合理であると認めることはできない。

第四  Rによる単独犯行の疑い

そこで、次に、共謀存在を否定する方向での間接事実を検討し、これと総合的に判断して共謀の存否を決することとする。

本件が、Rによる単独犯行であるという疑いを生じさせる事情として、次のような事実が挙げられる。

一  Rの捜査供述

Rは、前述のように、捜査段階で最初に自白を始めた時点では、自分の単独犯行で、被告人とは関係ない旨の供述をしている。具体的に言うと、初めて犯行を認めた一二月七日付け上申書(<書証番号略>)において、「私の兄は私が何をするつもりだったか知らなかった。」と、一二月八日付け上申書(<書証番号略>)において、「私が、自分の兄を犯罪に巻き込んでしまった……」と述べ、同月一〇日付け警察官調書(<書証番号略>)においては、「営業中のスーパーマーケットを見つけたので、私はたばこを買おうと思い、運転中の被告人の肩をたたいてオートバイを止まらせた。」「(店内に入ってから)お金はあるにこしたことはない、このレジの現金を奪い取ってやろうと決め、ズボンに突っ込んでいたガンを取り出し、店員の方へ歩み寄った。」と供述している。そして、一二月一三日付け上申書(<書証番号略>)及びこれに言及したRの第一回目証人尋問での供述では、「私は兄に対してたくさんの面倒をかけた」旨、一二月一八日付け警察官調書(<書証番号略>)では、「被告人に大変迷惑をかけた」旨供述している。

Rは、公判においてこのような自分の単独犯行を認める供述の存在に触れられるといささか興奮し、なぜ、その後供述を変え、被告人に影響されて本件犯行を行ったように述べるに至ったのかについて十分には説明をしないものの、Rの説明によると、飲酒とハッシッシの影響により、被告人をかばうために供述したものであるということである。しかし、ハッシッシの急性効果は通常せいぜい数時間持続するに過ぎないこと、逮捕後約二週間経過した一二月一八日まで依然自分の単独犯行である趣旨の供述している(<書証番号略>)ことからすると、右のRの説明には疑問が残り、その供述の変遷について十分な根拠はないものと言わなければならない。

また、これらの単独犯行を認める段階のR供述中には、前述の横浜に行っていたとする内容の他に、一二月一〇日付け警察官調書(<書証番号略>)にあるように、「たばこを買おうと思って、運転中の被告人の肩をたたいてオートバイを止まらせた」旨の内容も含まれるが、この内容は、被告人の捜査段階からの一貫した供述(ただし、逮捕当日は黙秘)と一致しており、これがRにより考え出された被告人をかばうための虚偽供述であるとすると、なにゆえ、被告人の供述と一致するのかが説明できない。もちろん、その旨被告人との間で口裏合わせがあった、あるいは捜査官の誘導があったとの証拠もない。

Rは、公判において、前記のように、被告人の影響を受けて本件を行ったように供述するが、右の事情の他、前述のR供述の一般的信用性として検討した点を合わせ考えれば、Rの右公判供述を信用することはできない。

二  モデルガン

本件においては、モデルガンが二丁持ち出されていること及び実際に使用されたのは銀色モデルガンだけであることが明らかである。仮に、検察官主張のように、被告人とRが、Rにおいて強盗の実行行為を、被告人において逃走準備行為をそれぞれ分担する旨予め計画していたとすれば、なにゆえ、実際使用するあてもないのに二丁ものモデルガンを持ち出したのか、若干疑問なしとしない。

Rは、なぜモデルガンを持ち出したのかについて、一二月一七日付け検察官調書(二)(<書証番号略>)において、「私たちがこの二丁のガンで遊ぶために持ち出したのだと思う。」と述べており、被告人も、Rのモデルガン携行理由について同様の推定をしている。したがって、Rに当夜モデルガンで遊ぶ気持ちがあった可能性も直ちに否定できない。

三  Rの行動傾向

Rの住んでいたアパートの家主である証人Oの供述及び警察官調書(<書証番号略>)、T弁護人調書(<書証番号略>)、証人Nの供述等によれば、Rは、以前、飲酒の上アパートで暴れ、同居していた恋人のAに対し乱暴したり、自ら窓ガラスを割って「死にたい。」と騒いだりしたということが幾度かあって、パトカーが出動したこともあり、家主のOも困っていたことが認められる。本件犯行前夜も、Rは勤務先の忘年会及びその二次会で飲酒した上、アパートへの帰途、銀座で暴れて他人の乗用自動車のボンネットとバックミラーを壊したことが認められる(<書証番号略>)。

また、R自身も、平成二年秋にAが帰国した後は、憂うつになり、酒におぼれていた旨、また、本件については、酒に酔って、惨めで、「自分自身に災難がふりかかるように望んで」強盗をしたと思う旨(以上、一二月一八日付け警察官調書(<書証番号略>)、一二月一三日付け上申書(<書証番号略>))、さらに、自分が酒に酔うと何をするか分からない、手を切ったりする旨(第七回公判)供述している。

これからすると、Rが、酒に酔った状態で突発的に単独で本件犯行を行ったという可能性も否定できない。

四  以上からすると、本件が被告人の言うようなRの単独犯行であったとする可能性はなお残ると言わなければならない。

第五  結論

以上検討した結果によれば、本件で被告人とRとの共謀については、直接的にこれを証明する証拠は存在しない。そして、共謀を推認させる間接事実として、被告人が犯行場所近くでRを待ち、犯行後同人をオートバイに同乗させて直ちに出発した事実や被害に係る金銭の半分を受け取った事実などが認められることから、被告人がRと強盗を共謀していたのではないかとの相当の嫌疑が残るものの、被告人は、これに対し前記のとおり弁解し、一部にやや不自然な点も認められるとはいえ、弁解を虚偽あるいは不合理であるとして排斥することが困難であり、他にRの単独犯行を窺わせる事情も存在するのである。これらを総合すると、本件においては、被告人とRとの間に共謀が成立したと認めるにはいささか躊躇が感じられるのであって、右共謀の事実を認定するに足りる証拠は存在しないと言わざるを得ない。したがって、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対して無罪の言渡しをする。

(裁判長裁判官中西武夫 裁判官渡邉弘 裁判官中村さとみ)

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