大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

東京地方裁判所 平成2年(刑わ)2425号 判決 1992年3月23日

主文

被告人を懲役一年二月に処する。

未決勾留日数中二五〇日を刑に算入する。

この裁判確定の日から三年間刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

第一  被告人は、甲らと共謀の上、横浜トヨペット株式会社から中古の普通乗用自動車(トヨタカリーナ、車台番号TA○○―○○○○○○)を購入して自動車登録ファイルに新規登録をするにあたり、真実は右甲が右自動車を所有及び使用するのではないのに、同人が所有者及び使用者であるかのように虚偽の登録をすることを企て、昭和六三年七月八日、横浜市緑区<番地略>運輸省関東運輸局神奈川陸運支局において、情を知らない横浜トヨペット整備株式会社従業員をして、同支局の自動車登録官に対し、右自動車の所有者及び使用者の氏名は甲であり、所有者及び使用者の住所並びに使用の本拠の位置は同市緑区<番地略>である旨の虚偽の内容を記載した新規検査(登録)申請書に右甲の印鑑登録証明書等を添えて提出させて虚偽の申立てをなし、よって、情を知らない同支局の登録官をして、同日、東京都中央区<番地略>NTTデータ築地ビル内所在、運輸省地域交通局陸上技術安全部管理課自動車登録管理室にある権利・義務に関する公正証書の原本たるべき電磁的記録である自動車登録ファイルにその旨の不実の記録をさせた上、即時同所にこれを備え付けさせて公正証書の原本としての用に供した。

第二  被告人は、乙らと共謀の上、有限会社中島商事から中古の普通乗用自動車(ニッサンブルーバード、車台番号RU○○―○○○○○○)を購入して自動車登録ファイルに移転登録をするにあたり、真実は右乙が右自動車を所有及び使用するのではないのに、同人が所有者及び使用者であるかのように虚偽の登録をすることを企て、平成元年五月二二日、川崎市川崎区<番地略>所在の運輸省関東運輸局神奈川陸運支局川崎自動車検査登録事務所において、情を知らない丙をして、同事務所自動車登録官に対し、右自動車の所有者及び使用者の氏名は乙であり、所有者及び使用者の住所並びに使用の本拠の位置は同市高津区<番地略>である旨の虚偽の内容を記載した移転登録・自動車検査証記入申請書に右乙の印鑑登録証明書等を添えて提出させて虚偽の申立てをなし、よって、情を知らない同事務所の登録官をして、前同様に権利・義務に関する公正証書の原本たるべき電磁的記録である自動車登録ファイルにその旨の不実の記録をさせた上、即時前記自動車登録管理室にこれを備え付けさせて公正証書の原本としての用に供した。

(証拠)<省略>

(法令の適用)

1  罰条 第一、第二とも

(電磁的公正証書原本不実記録の点について)

(行為時) 刑法六〇条、平成三年法律第三一号による改正前の刑法一五七条一項、同罰金等臨時措置法三条一項一号

(裁判時) 刑法六〇条、右改正後の同法一五七条一項

(同供用の点について)

(行為時) 刑法六〇条、一五八条一項、右改正前の同法一五七条一項、同罰金等臨時措置法三条一項一号

(裁判時) 刑法六〇条、一五八条一項、右改正後の同法一五七条一項

刑法六条、一〇条によりいずれも行為時法の刑による。

2 牽連犯 第一、第二とも 刑法五四条一項後段、一〇条(いずれも犯情の重い供用罪の刑で処断)

3 刑種の選択 第一、第二とも懲役刑を選択

4 併合罪加重 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い第二の罪の刑に加重)

5 未決勾留日数の算入 刑法二一条

6 執行猶予 刑法二五条一項

7 訴訟費用の負担 刑訴法一八一条一項本文

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、次の各理由から、本件各事実について被告人は無罪である旨主張する。

①  本件各自動車の購入者は、判示第一の事実については甲、同第二の事実については乙であり、民事上これらの者が各自動車の所有者となるのであるから、本件各自動車登録ファイルの記録中、所有者の氏名及び住居について不実の点はない。

②  同自動車登録ファイルの記録中、使用者の氏名及び住居並びに使用者の本拠の位置については、被告人に具体的謀議への参加は認められない。

③  同自動車登録ファイルの記録中、使用者の氏名及び住居並びに使用者の本拠の位置については、権利義務に関する公証事項には該当しない。

そこで、以下、当裁判所の判断を示す。

一  ①の主張について

1 本件各事件の経過

前掲各証拠によれば、本件各自動車が甲ないし乙の名義で登録された過程等について次の各事実が認められる。

(一) 判示第一の事実(甲事件)について

被告人は、昭和六三年五月中旬ころ、就職して秋田から東京に来ていた友人の甲とスナックで会い、同人に対し「自分の友人が車を買いたがっているが、親が承諾してくれないので、名義を貸して欲しい。全部俺が責任を持つ。」と述べ、承諾しかねている甲に対し、さらに「この車は中核で使う。うちらが移動の時に使う車である。一年間、名義を貸してくれ。一年後にはお前に車をただでやる。車はそちらの方で見つけてくれ。」と車の名義貸しの話を持ち掛けた。その一週間後に被告人は、甲の住んでいる寮を訪れ、甲において選定する車の値段や形状についての条件を提示し、印鑑証明を準備するように伝え、また、次回以降は「丁」なる人物が対応に当たると伝えた。甲は、一年後に自分の車になると聞かされて、これを承諾し、好みの車を選んで被告人に伝えた。なお、甲は、その際、車の所有者になるという意識はなく、名義を貸すだけのために手続をするものと理解していた。

その後、甲は、同年六月上旬に丁に会った際、同人から、選んだ車が高すぎるので当方で探すと言われ、一年後に自己の希望どおりの車がもらえるわけでないことに失望したが、友人である被告人の立場もあると思い、丁の指示のとおりに印鑑登録証明書等の準備を進めた上、同月一五日に横浜トヨペット株式会社あざみ野中古車センターに丁と共に赴いた。購入する車については、丁が既に本件トヨタカリーナを選んでおり、同人から「交渉はすべて自分がやるので、出されたものに名前を書いてハンコを押すだけでよい。」旨言われ、これに従って委任状(<押収番号略>)に署名押印をするなど、自己の名前で関係書類を作成し、丁が申込金として代金の内一万円を支払った。右の売買交渉に当たった右センターの従業員野口茂は、車を買うのは甲であり、その連れの男(丁)が従業員の甲のために金を出してやっていると思っていた。甲は、その後の駐車場確保や納車等には一切関与せず、本件トヨタカリーナは、判示内容の新規検査登録申請手続を経て、同年七月九日に右丁が残代金を支払い納車されたが、右代金及び前記申込金とも甲の出捐にかかるものではなかった。翌平成元年七月ころ、右トヨタカリーナは、名義を貸した礼として、戊から甲に引き渡された。

(二) 判示第二の事実(乙事件)について

被告人は、平成元年五月上旬ころ、かねて秋田市内の図書館で知り合った乙に対し、「東京に出てきたときに、自分たちで音楽活動をするにあたって、足代わりになる車を買いたい。川崎ナンバーで買いたい。(君は)川崎に住んでいるから、名義を貸して欲しい。」と車の名義貸の話を持ちかけ、戊(以下「戊」という。)に引き会わせた。同人も乙に対し同様の依頼をし、車の費用は全て被告人ないし戊らで負担するし、事故等の責任についても心配ないと述べた。乙自身は、運転免許を持たず、車に関心がないだけではなく、車嫌いであったが、被告人が同郷の知り合いであることなどから、右依頼を承諾した。なお、乙も、その際、車の所有者になるという意識はなく、名義を貸すだけのために手続をするものと理解していた。

そこで、乙は、右戊の指示に基づき、自動車登録に必要な印鑑登録証明書を準備し、同月一六日ころ、右戊に同道してオートアミティこと有限会社中島商事に赴き、戊が選定し購入方を申込んだ本件ニッサンブルーバードにつき、戊の指示に従い、自己の名前で購入及び移転登録するために必要な書類を作成し、戊が契約金として一万円を支払った。右の売買交渉に当たった右オートアミティの従業員木村進は、車を買うのは乙であり、その連れの男(戊)はその上司で車に詳しいので付いてきたという印象を受けている。右ブルーバードについても判示の移転登録手続を経て、同月二四日に戊が持参した残代金の支払いと引き換えに、戊に引き渡されたが、乙は代金、申込金その他の費用について一切出捐しておらず、また、同人は右車両の納車にも立ち会わず、その後これを使用したこともない。

2 電磁的公正証書原本不実記録罪の成否

(一) 本件各事案が、被告人側の者(甲及び乙を除く。以下、同じ。)において、甲又は乙から名義貸与の許諾を得て、自ら甲又は乙と称して、自動車を購入し、甲又は乙の名義で登録する場合であれば、契約上用いられた名義のいかんにかかわらず、被告人側の者と自動車販売店との間に売買契約が成立し、所有権も直接その者に帰属するから、その所有者の名義を甲又は乙と偽って登録を申請し、その旨登録をさせる行為が、真実の所有関係を偽ったものとして電磁的公正証書原本不実記録罪に当たることは、明らかである。

また、本件においても、所有権が被告人側の者に直接帰属すると解されるのであれば、すなわち、甲事件では、抹消登録を受けた未登録自動車の所有権が販売店から甲を経由せずに、被告人側の者に、乙事件では、登録自動車の所有権が販売店から乙を経由せずに、被告人側の者にそれぞれ移転すると解されるのであれば、その所有者を甲又は乙として登録することが不実記録に当たることは明らかである。

しかし、本件では、被告人ら(甲事件では被告人又は丁、乙事件では被告人又は戊を指す。)の指示によるものとはいえ、甲又は乙が自ら自動車販売店へ赴き、かつ、印鑑登録証明書を準備し、自己の名前でその実印を使用して契約書等の関係書類を作成し、販売店の担当者も甲又は乙が契約の相手方であると認識しているのであるから、甲又は乙が、自動車販売店との間の各売買契約の民事上の契約当事者であるとみざるをえない。これを各売買契約の一方の当事者が被告人側の者であり、その者と販売店との間に売買契約が成立したとみるのは民事的には無理であろう。もっとも、民事とは別に、刑事独自の契約関係、ないし所有権の移転経路を考え、これを前提に犯罪としての公正証書原本不実記録罪の成否を検討する立場もありうる。ただ、財産犯等については、民事の権利関係とは別に刑法上の観点から犯罪の成否を考えるべき場合があるが(最高裁昭和六一年七月一八日第三小法廷決定・刑集四〇巻五号四三八頁参照)、公正証書原本不実記載・記録罪については、民事上の物権の変動ないし物権の帰属等を公示する不動産登記簿等の記載・記録に対する公共の信用を保護法益とするのであるから、民事上のそれから大きく離れたところで議論するのは、問題であろう。

そこで、本件の契約関係ないし所有権の移転経路を検討するに、前記1認定のとおり、(イ) 名義こそ甲又は乙にするものの、自動車購入の代金及び手続費用はすべて被告人側の者で負担し、現実に自動車を利用するのも被告人側の者であるとされていたこと、(ロ)現実に購入するにあたっても車種の選択等は結局被告人らで行なっていること、(ハ) 納車に際して甲及び乙は立ち会っていないこと、(ニ) 甲及び乙の内心としても自己の所有という意識はなく、使用・収益及び処分の権限は被告人側の者に委ねる意図であったことの各事実が認められる。

そうすると、本件各売買契約は、被告人側の者を取引及び登録の表面に登場させない目的から、被告人側の者と甲又は乙との間で結ばれた、受任者である甲又は乙が自己の名義で取引をし、自己の名で取得した権利を委任者である被告人側の者に即時に移転することを内容とする一種の委任契約の委任事務の履行としてなされたものであると解釈することができる。そこで、契約締結後、販売店との売買契約に基づいて本件各自動車の所有権が買主たる甲又は乙に移転(遅くとも代金支払いの時点と解される。)すると、直ちに右内部関係により、甲又は乙から被告人側の者に権利が移転することになる。

なお、被告人らは、甲に対して、購入した自動車について、「一年後にはおまえにやる。」と述べ、甲もこれを予定していたことはうかがわれるが、その一年間に甲に何らかの権限が留保されているわけではないから、これはその一年後の時点で被告人側の者から甲に譲り渡すというだけの趣旨であると解するのが相当である。

(二)  ところで、このように解した場合、即時かつ終局的に所有権は被告人側の者に移転すると言えても、物権変動の理論上は、本件各自動車の所有権は一旦は甲又は乙を経由してから移転することになるため、一旦所有権を取得した者として甲又は乙の名義で新規登録又は移転登録すること自体は、移転の経過を示す一過程としては真実に合致し、不実記録に当たらないのではないかという疑問が生じる。

そこで、検討するに、自動車登録制度は、当初、旧道路運送法(昭和二二年法律第一九一号)五六条及び車両規則(昭和二二年運輸省令第三六号)四〇条ないし四四条を根拠とし、盗難の予防及び実態の把握という行政上の目的から出発したものである。その後、この制度は、道路運送車両法(昭和二六年法律第一八五号)及び自動車抵当法(昭和二六年法律第一八七号)により、右の行政目的に加えて、当時の時代背景のもとで、老朽化した自動車を更新して車両の保安度を向上させる必要から、そのための金融の円滑化を図るために、自動車を目的とする所有権の得喪及び抵当権の得喪変更の各公示方法としての機能を有する新しい制度として発足するに至り、これに伴い自動車登録原簿が設けられた(道路運送車両法六条一項)。

他方、右の道路運送車両法において、自動車の安全性の確保を主眼とした車両検査制度の一環として、自動車登録原簿とは別に、自動車検査記録簿が設けられたが、これは、その後の道路運送車両法の改正(昭和四四年法律第六八号)により、自動車登録原簿とともに自動車登録ファイルに一元化された。また、車両検査制度自体についても、保安上の技術基準に加えて公害防止上の技術基準も含まれるに至った(昭和五七年法律第九一号)。

かくして、自動車登録ファイルを基礎とする自動車登録制度は、前記の各種の行政上の目的に資する行政登録としての性格と登録を第三者対抗要件とする民事登録としての性格を併せもつものとなった。

ところで、公正証書原本不実記載・記録罪の成否を考えるに当たって、自動車登録ファイルの行政登録としての性格と民事登録としての性格との関係をどう捉えるべきかが問題となる。

前記沿革上の理由及び制度の主目的に加えて、自動車登録ファイルへの登録を自動車運行の要件として規定し(道路運送車両法四条)、自動車運行のもう一つの要件である自動車検査(同法五八条一項)に関する事項も自動車登録ファイルに記録されること(同法七二条一項)、登録・記録事項自体、主に右の行政目的上必要とされるものを多く含んでいること、変更登録、移転登録及びまっ消登録について、所定の事項に変更があった場合並びに自動車検査証の記載事項の変更があった場合には、いずれも変更の事由があった日から一五日以内にその旨の申請等をすべきことが定められ(同法一二条一項、一三条一項、一五条一項、六七条一項)、その違反行為については罰則が規定されていること(同法一〇九条二号、一一〇条一項一号)などの諸点を総合すると、自動車登録ファイルについては、行政登録の性格が顕著であるから、まず基本的にはこれを行政登録として把握し、その範囲内で民事登録としての性格を加味して考慮すべきものと考える。

さて、この行政登録としての性格に徴すると、自動車登録・検査記録は、自動車登録ファイルに登録・記録すべき事項について、その現況を公示することに意味があることになる(現況主義の採用)。そこで、登録を受けていない自動車の登録を受けようとする場合について規定する同法七条一項にいう「その所有者」とは、現在の所有者を指すことになる。例えば、既に転々と所有権が移転した未登録自動車について、登録を受けようとする場合には、その現在の所有者が新規登録の申請を行うことになる(新規登録については、申請義務自体は規定されておらず、登録を受けなければ、運行の用に供することができないという形で規制される。)。

これを甲事件にあてはめてみれば、現在の所有者である被告人側の者が甲と共謀の上、既に所有者でない甲を所有者であるとして新規登録の申請をし、その旨登録させる行為は、現況を公示していないという意味において、不実記録に当たることになる。

また、新規登録を受けた自動車(登録自動車)について所有者の変更があった場合について規定する同法一三条一項においては、「新所有者」に移転登録の申請義務が課せられているが、右の「新所有者」とは、同様に現在の所有者を指すことになる。例えば、Aを所有者とする新規登録がされている自動車の所有権がBを経由してCに移転した場合、Bではなく、Cに移転登録の申請義務があると解される。もちろん、Bは、Bが所有者である限り、一五日以内に移転登録の申請をしなければならず、それを怠れば、罰則が適用されるが、Cに所有権が移転してしまえば、Bには、その時点以降、申請義務はないことになるばかりではなく、その適格もなく、その名義での登録は許されないことになる。

これを乙事件にあてはめてみれば、現在の所有者である被告人側の者が乙と共謀の上、既に所有者でない乙を所有者であるとして申請し、その旨登録させる行為は、現況を公示していないという意味において、不実記録に当たることになる。

以上は、行政登録としての性格に従って解した場合の結論であるが、他方、自動車登録制度の民事登録としての性格をも併せて考慮する必要がある。自動車検査証の記載事項は、専ら技術的な事項を含み、その現況を記録することに意味があるといえるから、現況主義によるべきであるが、民事登録としての性格が強い所有権の移転等に関する部分は、現況主義を前提としつつ、行政登録としての性格と民事登録としての性格との調和を図る必要がある。

例えば、転々譲渡された自動車につき中間取得者がいるときには、その者の私法上の利益を保護する必要もあるから、一旦自動車の所有権を取得した者がその所有権を他に移転させた後であっても、その所有者として登録上表示される必要が認められる場合がありうる。この点は、不動産登記で中間省略登記が認められない場合と同じである。前例でいえば、BがCから未だ代金の支払いを受けていないような場合には、所有権はCに移転していても、B名義の移転登録を受ける行為は、正当である。したがって、所有権者がCであるのに、Bとして登録を受けることは、現況主義の前提のもとで、現在の所有者と異なる登録を受けるという点では、構成要件上不実記録に該当するとせざるをえないが、Bの正当行為として、その違法性を阻却すると解すべきなのである。

かくして、本件においては、中間取得者という意味で、右のBに相当する甲又は乙には、権利保全上ないしは経済上保護すべき私法上の利益が全く認められないから、違法性を阻却する事由はなく、被告人側の者が現在の真の所有者であるのに、これを甲又は乙として申請し、その旨登録させる行為については、公正証書原本不実記録罪が成立することになる。

なお、右の中間取得者のBに権利保全上ないしは経済上保護すべき私法上の利益が認められない場合についても、Bは、契約に基づき、Bへの移転登録請求権があるから、所有権がCに移転していても、B名義で登録することは、権利移転の経過を明らかにするものとして、不実記録にはならないと仮に解したとしても、本件については、以下の事情が認められるから、公正証書原本不実記録罪が成立するというべきである。

すなわち、本件では、被告人側の者の本件自動車に関する所有・使用の実態を隠蔽する目的から、実際には被告人側の者が所有者であるのに、甲又は乙が表面に出て、売買契約の当事者となり、法律構成として前記委任契約という形をとったため、所有権がたまたま甲又は乙を経由したに過ぎないのであるから、これを全体としてみれば、被告人側の者が甲又は乙と称して契約を締結した場合と同視すべきであって、実際の所有者である被告人側の者ではなく、甲又は乙を所有者とする申請・登録が不実記録に当たると解することができるのである。

したがって、弁護人の右主張は、理由がない。

二  ②の主張について

弁護人は、被告人が甲又は乙に頼んだのは自動車の購入だけであり、使用関係については、甲事件については「中核」「うちら」が使うと言っただけであり、また、乙事件では「(被告人が)東京に出てきた時に音楽活動をするに当たって足代わりに使いたい」という話をしただけであって、駐車場等の手配には関与しておらず、いずれも使用者の住居及び氏名並びに使用の本拠の位置については具体的な指示等をしていないこと、そして被告人は、自動車販売業者のように自動車登録に精通しているわけではないことを指摘して、使用者の住居及び氏名並びに使用の本拠の位置について虚偽の事実の申告をするについての謀議がない旨主張する。

しかしながら、共謀は、犯罪行為の具体的細目まで明確に特定して行われることを要しないのであり、他人名義で自動車を購入し、その名義で登録するという大筋についての謀議の成立が認められる以上、自動車登録ファイルの記録にどのような記録をするかについての具体的な謀議までなくとも、具体的実行行為に対応した共謀共同正犯の成立は妨げられないと解される。すなわち、前記一で述べたように、本件犯行の目的は、実際の所有者・使用者が登録上に顕在化することを避けることにあるのであるから、被告人において、特に使用者の住居及び氏名並びに使用の本拠の位置の点についての具体的な謀議あるいは申請書にそのような記載欄があること自体の具体的な認識がないとしても、自動車登録ファイルの記録事項全体について、名義を提供する甲又は乙の所有・使用と矛盾しないように記録させることの大筋の謀議は、当然あったと認められる以上、この点についても被告人に共謀共同正犯としての責任があることは、明らかである。

したがって、弁護人の右主張は、理由がない。

三  ③の主張について

道路運送車両法七条により、使用の本拠の位置は、自動車の新規登録申請書の記載事項とされ、同法九条により、自動車登録ファイルの登録事項とされており、使用者の住居及び氏名も、同法五八条二項及び同法施行規則三五条の三第四号により、自動車検査証の必要的記載事項とされ、同法七二条一項により、自動車登録ファイルに記録されることになっている。これらの事項が自動車の抵当権者にとって自動車の現況を把握する上で重要であることなどからして、右各事項についての不実の記録は、刑法一五七条一項にいう「不実ノ記録」に当たると解すべきである(最高裁判所昭和五八年一一月二四日第一小法廷決定・刑集三七巻九号一五三八頁参照)。

したがって、弁護人の右主張は、理由がない。

(裁判長裁判官原田國男 裁判官鹿野伸二 裁判官前田巌)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例