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東京地方裁判所 平成2年(行ウ)130号 判決 1992年9月24日

東京都世田谷区等々力五丁目一三番一二号

原告

亡駒村清相続財産管理人 野口敬二郎

東京都多摩市乞田一六〇五番地二

原告補助参加人

駒村美佐子

右訴訟代理人弁護士

田井純

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

田村隆

右指定代理人

足立哲

丹下浩

綱脇豊紀

高橋俊和

斉藤和

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用(参加によって生じた費用を含む。)は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

原告と被告との間で、

一  亡駒村清が昭和五七年三月三日八王子税務署長に行った昭和五四年分の所得税の修正申告に基づく、修正申告納税額金六九〇万五〇〇〇円の債務及び同金額に対する延滞税債務

二  八王子税務署長が亡駒村清に昭和五七年五月二日通知した同五七年四月三〇日付け賦課決定処分に基づく、同五四年分所得税確定申告額に対する過少申告加算税金一七万三〇〇〇円の債務及び重加算税金一〇三万三二〇〇円の債務

三  亡駒村清が昭和五七年三月三日八王子税務署長に行った昭和五五年分の所得税の修正申告に基づく、修正申告納税額金二二〇万二四〇〇円の債務及び同金額に対する延滞税債務

四  八王子税務署長が亡駒村清が昭和五七年五月二日通知した同五七年四月三〇日付け賦課決定処分に基づく、同五五年分所得税確定申告額に対する重加算税金六六万〇六〇〇円の債務

が存在しないことを確認する。

第二事案の概要

一  本件は、米穀類卸売業を営んでいた者が、生前の二年間の申告所得について申告漏れがあるとして税務署の調査を受け、税務署に呼び出しを受けて申告所得額を大幅に超える額による修正申告をするように勧められて、結局これに従い、勧告どおりの内容の修正申告をしたことにつき、その相続財産の管理人が本人には、そのような多額の所得が生ずる余地はなく、修正申告は、その重要な部分に錯誤があって無効であるとして、右申告により確定した租税債務の存在しないことの確認を求め、本人の妻がこれに補助参加し、右修正申告は、税務署担当者の強要により、真意ではないのにされたとの主張を併せてするものである。

二  当事者間に争いのない事実

1  亡駒村清(以下「亡清」という。)は、駒村商店の屋号で、昭和五四年一〇月までは東京都杉並区成田西一丁目四番一七号において、その後は、多摩市乞田一六〇五番地二において米穀類卸売業を営み、米の産地の卸売業者から仕入れた自由米を東京近郊の卸売業者及び小売業者へ販売していた者であって、所得税について所得税法一四三条に規定する青色申告書提出の承認を受け、昭和五三年分以降の各年分の所得税の計算については、租税特別措置法二五条の二に規定するみなし法人課税を選択していた。

2  亡清は、昭和五四年分及び昭和五五年分(以下「係争年分」という。)所得税について、それぞれ別表一、二の各確定申告欄記載のとおり法定申告期限内に確定申告をしたが、八王子税務署長は、所部担当官にその調査を命じた。

3  八王子税務署長は、昭和五七年三月三日亡清を同税務署に呼び出した。そこで、同署の所得税部門の調査官は、亡清に対し、係争年分の営業所得を調査した結果によれば、いずも申告所得額を大幅に超えた金額となったので、修正申告書を提出するように、修正申告をしなければ更正をすることとなるが、青色申告書提出の承認を取り消すこととなって、白色申告者として更正することとなるし、将来青色申告書提出の承認申請をしてもすぐそれが承認されるとは限らない、亡清は、昭和五四年度には、多摩市大字乞田字岩ノ入所在、地番一六〇五番の二、宅地、地積一二九・〇〇平方メートルおよび多摩市字岩ノ入一六三大字乞田番地換地予定地同所一六〇五番二、家屋番号一六三一番二、居宅、木造瓦葺二階建、床面積一階三六・七二平方メートル、二階三四・八三平方メートル(以下「本件土地建物」という。)を妻と共有名義で購入しており、そのローンの返済額が月額二〇万円以上であることからすると、昭和五五年度の所得金額は確定申告書に記載したものではおかしい、税務署は確実な裏付け資料に基づいて所得金額を算定しているから、その金額で修正申告書を提出して欲しいと告げた。

4  亡清は、右調査官の勧めに応じ、同調査官が別表一、二の各修正申告欄記載どおりの係争年分の所得金額や所得税額等を書き入れた各修正申告書の住所、氏名欄に自署し、かつ、指印を押捺して、これを提出した(その提出の日については、原告らは、これを昭和五七年三月二日であるとし、被告は、翌三日であるとして、争いがある。以下、この提出によってしたものとされた修正申告を「本件修正申告」という。)。

5  八王子税務署長は、昭和五七年四月三〇日亡清に対し、係争年分の所得税について別表一、の各加算税賦課決定欄記載のとおり、重加算税又は過少申告加算税の各賦課決定をした。

6  亡清は、昭和五七年九月二六日死亡し、相続人は、その相続を放棄して、原告が選任された。

三  修正申告、更正の請求及び申告についての錯誤の主張に関する法制並びに判例

1  納税申告書を提出した者は、その提出により納付すべきものとしてこれに記載した税額に不足額があると認められる場合、これに記載した純損失等の金額が過大であると認められる場合などには、その申告について更正が行われるまでは、その申告に係る課税標準等又は税額等を修正する納税申告書を税務署長に提出することができる(国税通則法一九条一項)。

2  また、納税申告書を提出した者は、その申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、当該申告書の提出により納付すべき税額が過大であるとき等の場合には、当該申告に係る国税の法定申告期限から一年以内に限り、税務署長に対し、その申告に係る課税標準等又は、税額等につき更正をすべき旨の請求をすることができ、その請求があった場合には、税務署長は、その請求に係る課税標準等又は税額等について調査し、更正をし、又は更正をすべき理由がない旨をその請求をした者に通知する(同法二三条一項、四項)。右一年の期間制限については、一定の事由がある場合には、その事由が終了した日から起算して二月以内と修正されるが、本件については、そこに規定する事由のいずれも存在しない(同条二項、国税通則法施行令六条一項、当事者間に争いがない事実)。

3  所得税確定申告書の記載内容についての錯誤の主張につき、最高裁判所第一小法廷は、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、所得税法の定めた過誤是正以外の方法による是正を許さないとすれば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ許されないと解すべきである旨判示した(昭和三九年一〇月二二日、最高裁判所民事判例集第一八巻第八号一七六二頁登載、当裁判所に顕著な事実である。)。右判旨は、相当であって、これを採用すべきであり、右判旨の適用については、修正申告であると、確定申告であるとによって差異は生じないとすべきであるから、本件についても、右判旨にしたがって判断するのが相当である。

四  争点及びこれについての当事者の主張

1  本件修正申告に錯誤はあるか、それは客観的に重大かつ明白で、本件訴えによる是正を許さないとすれば、亡清の利益を著しく害すると認められる特段の事情があるといえるか。

(原告の主張)

(一) 亡清は、自主流通米の卸売業者として、栃木県内及び茨城県内等の米生産地の自主流通米集荷業者より自主流通米を仕入れたうえ、これを米穀卸商、米穀小売商及び大口需要家に販売していたが、その売上に占める比率は、米穀の俵数で、(1)米穀卸商、大手の米穀小売商及び大口需要家に販売したものが、<1>昭和五四年が全体の約七一・一パーセントの三万二三九俵、<2>昭和五五年が全体の四三・一パーセントの一万二一四二俵、(2)一般の小売米穀商に販売したものが、<1>昭和五四年が全体の二八・八パーセントの一万三一〇二俵、<2>昭和五五年が全体の五六・八パーセントの一万六〇〇〇俵で、このうち右(1)は仕入れ先の生産地集荷業者より直接得意先に配達してもらういわゆる伝票売買で、粗利益は低く、一俵当たり昭和五四年及び昭和五五年においていずれも約二五〇円であり、右(2)は、直接米穀商に販売するいわゆる直扱いで、その粗利益は、一俵当たり昭和五四年において約五五〇円、昭和五五年において七〇〇円に留まった。亡清が米穀を運搬するための車両として昭和五四年及び昭和五五年において保有していたのは、積載量二屯の貨物自動車一台で、この車両により一名の従業員とともに直扱いの小売米穀商に配達していたため、一日に配達できる量は、制限積載量を超過する米穀を積載しても最高一俵六〇キログラムの米穀五〇俵が限度であったから、一日五〇俵、年三二〇日の稼働で一万六〇〇〇俵が最高の配達量となる。

(二) 亡清の昭和五四年分所得については、所得調査において担当官が確認できた仕入数量一万三一〇二俵は、直扱い売買分の仕入れ数量であり、売上数量四万五四三一俵は伝票売買分と直扱いの売買の合計数量であるため、右直扱い売買分の数量に一俵当たりの粗利益五五〇円を乗じた七二〇万六一〇〇円が直扱い売買の粗利益となり、右合計数量から直扱い分を差し引いた三万二三二九俵が伝票売上分の売買数量となるから、これに一俵当たりの粗利益二二五〇円を乗じた八〇八万二五〇円が伝票売買の粗利益となるので、その合計額一五二八万八三五〇円が同年度の粗利益となる。これから、別表三記載の諸経費を控除すると、同人の、同年分の営業所得金額は、同表記載のとおり、四二〇万一四三一円となるから、これにより同年分事業主報酬額三六〇万円を控除した「みなし法人税所得金額」は、六〇万一四三一円となり、「みなし法人税額」が「みなし法人所得金額」に一〇〇分の二三・九を乗じて計算した一四万三七四二円、「みなし法人の配当所得金額」が「みなし法人所得金額」の一〇〇分の七二に相当する四三万三〇三〇円となる。よって、配当所得金額が四三万三〇三〇円、給与所得金額が二四三万円となり、その合計二八六万三〇三〇円から、所得から差し引かれる社会保険料控除、生命保険料控除、扶養控除、基礎控除の合計九七万三〇〇〇円を差し引いた課税される所得金額一八九万〇〇三〇円に対する税額二三万〇四〇〇円から配当控除四万三三〇三円を差し引き「みなし法人所得税額」一四万三七四二円を加え、更に源泉徴収税額一八万三一二〇円を差し引いた一四万七七一九円が納税額となる。

(三) 亡清の昭和五五年分所得については、所得調査において担当官が確認できた売上数量二万八一四二俵は、正しく、このうち直扱い売買分は、前記のように最高でも一万六〇〇〇俵であるから、同数量に一俵当たり粗利益七〇〇円を乗じた一一二〇万円が直扱い売買の粗利益となり、右合計数量から直扱い分を差し引いた一万二一二四表が伝票売上分の売上数量となるから、これに一俵当たりの粗利益二五〇円を乗じた三〇三万五五〇〇円が伝票売買の粗利益となるので、その合計額一四二三万五五〇〇円が同年度の粗利益となる。これから、別表四記載の諸経費を控除すると、同人の、同年分の営業所得金額は、同表記載のとおり、三八七万五〇一〇円となるから、これより同年分事業主報酬額三六〇万円を控除した「みなし法人所得金額」は、二七万五〇一〇円となり、「みなし法人税額」が「みなし法人所得金額」に一〇〇分の二三・九を乗じて計算した六万五七二七円、「みなし法人の配当所得金額」が「みなし法人所得金額」の一〇〇分の七二を相当する一九万八〇〇七円となる。よって、配当所得金額が一九万八〇〇七円、給与所得金額が二四三万円となり、その合計二六二万八〇〇七円から、所得から差し引かれる社会保険料控除、生命保険料控除、扶養控除、基礎控除の合計九七万三〇〇〇円を差し引いた課税される所得金額一六五万五〇〇七円に対する税額一九万五七〇〇円から配当所得控除一九万五七〇〇円を差し引いた金額が〇円となるため、「みなし法人所得税額」六万五七二七円から源泉徴収税額一八万六一二〇円を差し引いた一一万七三九三円が還付される金額となる。

なお、担当官が仕入れの総数量として把握したとする二万八六三七俵が売上総数量であったとしても、このうち直扱い分は前記のように最高で一万六〇〇〇俵であり、この粗利益は前記のとおり一二二〇万円、右総数量から右直扱い分差し引いた一万二六三七俵が伝票売買分の売上数量となるから、これに一俵当たり粗利益二五〇円を乗じた三一五万九二三〇円がその粗利益となる。したがって、この場合でも所得額は三九九万八七六〇円となるに過ぎない。

(四) 以上のとおり、亡清の係争年分の納税額は、低額であったのであり、これを極めて高額のものとした本件修正申告には、その要素に錯誤がある。

亡清は、昭和五四年度において妻と共有名義で本件土地建物を二八〇〇万円で買い受けたが、そのうち二三〇〇万円はローンを設定したのであるし、その他の費用も数年のうちに蓄えた金員によって支払ったものであったから、このことが昭和五四年度所得税を高額に申告しなければならない理由にはなり得ないものであるのに、亡清は、そのような場合には、同年度に担当官が要求するような多額の申告をしなければならないものと誤信て、その指示に従ったものである。

(補助参加人の主張)

(一) 本件修正申告は昭和五四年分及び昭和五五年分の所得について昭和五七年三月になってされているので、その後これについて更正の請求を期間内にすることは不可能であり、本件訴えによる以外の是正の手段はない。納税申告においては、真実の所得額と申告書に記載された所得額との齟齬が錯誤を構成するのであって、このような錯誤は、申告に表示された金額の根拠や算出過程に誤りがあったことを意味する。本件修正申告は、昭和五四年度につき当初申告額が所得金額二六三万八八〇〇円、所得税額二四万二〇三〇円(源泉徴収税額控除後は五万八九〇〇円)であるのに対し、所得額一二七九万九四〇〇円、所得税額七一四円七一一九円(源泉徴収税額控除後は六九六万三九〇〇円)であり、昭和五五年度につき、当初申告額が所得金額二五七万二五六〇円、所得税額二〇万五六六五円(源泉徴収税額控除後は二万二五〇〇円)であるのに対し、所得金額七四三万五四四〇円、所得税額二四〇万八〇八四円(源泉徴収税額控除後は二二二万四九〇〇円)であって、申告額より大幅な増加を示している。したがって、本件修正申告が亡清の錯誤により、瑕疵のあるものであったのであれば、それは申告書の書面上において客観的に重大かつ明白であるというべきである。

(二) 亡清は、八王子税務署に出頭した際に、中雅俊公認会計士の助言に従い、印鑑を持参しなかったことからしても、同署担当官から示唆されていた一〇〇〇万円に及ぶ所得額などあり得ないことを認識していたことは、明らかである。それにもかかわらず亡清は本件修正申告書に署名し、拇印を押捺したが、これは、同税務署において、担当官から、若し修正申告に応じないときは、更にひどい高額の税が課せられるとの恫喝的な誘導がされたため、その修正申告に応じた方が有利であると誤信した結果錯誤に陥ったことによるものである。したがって、修正申告書自体税務署員が一方的に作成したものであり、押捺も極めて異例である指印によってなされているのである。その際には、亡清から依頼をうけた税理士望月昇が立ち会ったが、同人は依頼を受けたばかりで亡清の営業の実態や所得額などを全く把握しておらず、税理士としての業務を行える状態になかったから、同人の立会いは、本件修正申告については意味を持たない。

(被告の主張)

(一) 八王子税務署の担当官は、昭和五七年一月一四日亡清宅に調査に赴き、提示のあった一部の帳簿書類等を調査したところ、昭和五五年分については、仕入数量が二万八六三七俵であるのに、売上数量は二万八一四二表であること、小売の売上分四〇万円の計上漏れのあること等が判明し、昭和五四年分については、売上数量が四万五四三一俵であるのにかかわらず、仕入数量は一万三一〇二俵しか確認できず、両年度の棚卸しが実施されていないため、期首、期末の棚卸し数量及び金額の把握もできなかった。右調査により仕入れ除外が想定されたので、仕入れ先について反面調査を行った結果、簿外の仕入れは認められなかったが、安斉米穀店から昭和五五年分の仕入額について記帳ミスによる計算誤り(計上額三八万八五〇〇円、調査額三八八万五〇〇〇円)が認められた。

(二) 昭和五七年二月上旬亡清から売掛帳の提示があったので調査したところ、索引には、有限会社岩崎商店及び高橋米店の名称及び両店との取引を記載した頁があると記載されていたが、売掛帳には該当頁は見当たらなかった。そこで、説明を求めたところ、亡清は、右両店との取引を記載してある頁を売掛帳から取り外していたこと及び両店に対する取引額を除外して所得額を申告したことを認めた。その後岩崎商店については、売掛帳の取り外り部分の提出があったが、高橋米店については提出されなかった。

(三) 以上の調査の結果、昭和五五年分について、期首並びに期末の棚卸数量及び金額が把握できないため、これらを等しいものとして処理し、その結果、右(一)の調査で把握した仕入れ数量から、売上数量を差し引いた四九五俵分(うち三九九俵は岩崎商店分)の売上金額が申告漏れとなっていると推認せざるを得なかったこと並びに昭和五四年分については、仕入数量が把握できず申告漏れと認められる売上数量及び売上金額が確定できなかったことから、同税務署長は、やむを得ず亡清の係争年分の各売上金額を次のとおり算定した。

(1) 昭和五五年分 五億二九八〇万七〇四七円

右金額の算定根拠は、次のとおりである。

<1> 確定申告書添付の青色申告決算書記載の売上金額 五億二〇三三万四一六〇円

<2> 小売売上分の計上漏れ額(前記(一)の調査により判明した。) 四〇万〇〇〇〇円

<3> 右売上金額(<1>+<2>)に対応する数量 (二万八一四二俵)

<4> 岩崎商店に対する売上金額 七三二万九二五〇円

(数量) (三九九俵)

<5> 調査により実額で把握した売上金額(<1>+<2>+<4>) 五億二八〇六万六四一〇円

(数量) (二万八五四一俵)

<6> 調査により把握した一俵当たりの平均売上単価 一万八五〇二円

(528,066,410円÷28,541俵=18,502円/俵)

<7> 青色申告決算書記載の仕入額金 五億〇六一七万七八八〇円

<8> 右仕入金額に対応する数量(前記(一)の調査により判明した。) (二万八六三七俵)

<9> 仕入金額の計算誤りによる調整額(前記(一)の調査により判明した。) 三四九万六五〇〇円

<10> 調査後の仕入金額(<7>+<9>) 五億〇九六七万四三八〇円

(数量)(<8>) (二万八六三七俵)

<11> 調査により把握した一俵当たりの平均仕入単価 一万七七九八円

(509,674,380円÷28,637俵=17,798円/俵)

<12> 算出売上原価率(<11>÷<6>) 九六・二パーセント

<13> 売上金額算定額(<10>÷<12>) 五億二九八〇万七〇四七円

(なお、青色申告決算書記載の経費中自己に対する家賃七八万円は認めず、経費に算入しない。)

(2) 昭和五四年分 八億〇七二七万〇四六七円

右金額の算定根拠は、次のとおりである。

仕入数量の実額が把握できないため、同年分の青色申告決算書に記載された仕入金額七億七六五九万四一九〇円を昭和五五年分の算出売上原価率(右(1)の<12>)で除して算出した金額を売上金額として推計した

(四) 以上の結果、亡清の係争年分の営業所得の金額及び租税特別措置法二五条の二の規定を適用して算出した所得金額等は別表五のとおりとなったので、八王子税務署の神田係官は、亡清及び望月税理士に対して右調査内容及び右売上金額の算定方法を説明し、別表一の各修正申告欄記載のとおりの各修正申告を勧め、右係官が右金額を書き入れた各修正申告書の用紙を交付したところ、昭和五七年三月三日亡清が同人の住所氏名欄に自署押印した右申告書が、売上計上漏れの事実を認めた上で重加算税の軽減を求める旨記載した嘆願書と共に提出された。

(五) 以上のとおり、 本件の場合は、亡清の本件係争年分の修正申告額は適正であり、原告らの主張は、その所得金額の算出の根拠となる事実関係が明らかにならない以上、錯誤の有無さえ認定できないのであって、まして、その錯誤が重大かつ明白であるとは到底いえない。

2  亡清は、本件修正申告を、その真意に基づかず行ったか。

(補助参加人の主張)

本件修正申告における申告書が亡清の指印で押捺されていること及びその提出が昭和五七年三月二日に行われたのにも係わらず、八王子税務署の収受印が翌三日付けで押捺されていることは、同月二日に同署において担当官により行われた亡清に対する修正申告のしょうようが、同人の自由な意思を抑圧して申告の外形を作出したことすなわち亡清にその申告について真意が欠けていることを示すものである。

(被告の主張)

亡清は、本件係争年分の所得税の金額が書き込まれた各修正申告書の用紙を閲覧のうえ、これに署名指印しているものであり、担当官は、亡清及びその顧問税理士であった望月に対し本件調査の内容及び本件係争年分の売上金額の算定方法を説明のうえ本件修正申告を勧め、亡清がこれに応じたのであるから、右申告行為は同人の意思に基づくものである。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  原告らは、亡清のした本件修正申告のどの点に錯誤があると主張するのか必ずしも明らかではないが、以下その主張から考えられるものについて検討する。

2  所得額に関する錯誤の主張について

原告らは、亡清が本件修正申告をするについて、その所得額につき錯誤があったと主張するようである。しかし、亡清は、申告期限内に係争年分の所得税の申告をしていながら、その後になって、修正申告書に自ら署名し、指印をもって押捺をもしてこれを八王子税務署に提出しているのであるから、その申告額の算出は、八王子税務署担当官の勧告に従ったものであるとはいえ、その申告額がいくらであるかは、亡清は充分これを認識していたはずである。したがって、その申告の意思表示において申告額の点に錯誤があったというためには、亡清の係争年分の所得額がこれと異なるものであることが実額において明らかであり、かつ、そのことを亡清が申告当時何らかの事情で認識していなかったことが必要である。確かに、同署担当官が亡清に示した数字は、昭和五五年度につき、平均売上原価や平均仕入単価から売上原価率を算出し、これによって売上金額を算出したもので、一つの推計計算であるし、昭和五四年度については、昭和五五年度の算出売上原価率を使用した全くの推計であるから、実額に比べれば、相応の誤差のあることを免れないであろう。しかし、原告らが主張する係争年分の所得額というのも、帳簿諸票によって実証された実額なのではなく、いずれも直接亡清の米穀卸売営業にタッチしたことのない証人静士朗や同中雅俊が、帳簿付けをした経験や、同業者に聞いた話などから、亡清の取り扱う販売態様に伝票売買と直扱いの二種類があって、それぞれ利益率が異なるとし、それぞれにつき概ねこの程度であろうとする利益率を、概ねこの程度であろうとする右販売態様の占める割合に従った販売量に乗じて売上金額を算出しているのであって、その採用した利益率や二種類の販売態様の占める割合が右証人らのいうとおりであることに確たる裏付けがある訳ではなく、これによる算出額が、客観的に正しい亡清の所得額であるとは到底認めることができないのである。それに加え、亡清は、証人静士朗や同中雅俊の証言によれば経理に素人であったとしても、その証言するように商売人としては練達であったというのであり、乙第九号証のような帳簿を精密に記帳する能力もあったのであるから、細かい決算がどうなるかは別として、取引によって上げる利益については敏感であったはずであり、本件修正申告当時自らの取引行為の内容や、売上額、所得額について、大体の認識はあったとみられるのであるが、原告らの主張するところには、本件修正申告当時において亡清に認識し得なかったような事項は含まれていないのであって、亡清は、これら主張に係る事項は当然認識したうえで、同署担当官の勧告に従ったものと認められるのである。以上のとおり、亡清の本件修正申告において所得額ないしその算出の基礎となる事項について何らかの思い違いがあって、錯誤に陥っていたとは認め難いという他はないのである。

3  その他の点に関する錯誤の主張について

原告らは、亡清が、八王子税務署担当官によって、本件修正申告に応じなければ、より高額な更正処分を加えるといわれ、そのような誤った認識の下に右申告をしたと主張する。しかし、仮に亡清がそのような誤った認識に基づいて申告をしたとしても、それはいわゆる動機の錯誤に過ぎず、本件修正申告において、そのような動機が表示されていたと認めえないことは証拠上明らかであるうえ、納税申告は、これを行った動機がどうあれ、客観的に正しい所得額に基づいて行われればその有効性に疑問の余地はないのであり、本件修正申告が基礎とする所得額が客観的に誤っていることを認めるべき証拠はない(証人静士朗や同中雅俊の証言は、単なる推測を述べるものに過ぎず、本件修正申告の内容を左右するに足りるものとは認められない。)から、原告らの右主張も採用できない。

原告らは、また、亡清が昭和五四年度において本件土地建物を買い受けたことをもって、同年以後の所得額を高額にしなければならない事由と誤解して本件修正申告をしたとの趣旨の主張をするが、これまた、右と同様動機の錯誤に属する主張があって、そのような動機が本件修正申告に表示されていたとは認め難いから、右同様に採用できないのである。

二  争点2について

亡清は、本件修正申告書を提出するについて、その前に八王子税務署の担当官らの、係争年分の所得額の把握について説明を充分聞き、その内容を了承してその書面に署名し、拇印をもって押捺したことが認められる(乙五、乙八、証人望月昇)。これに反する証人中雅俊の証言は、亡清が本件修正申告書を提出した後から本人から聞いたとするものに過ぎず、直ちに採用できるものではない。本件修正申告書に拇印が押捺されたのは、異例ではあるが、証人望月昇が証言するように、何度も出直すことをせずその日で決着を付けてしまいたいとして、書類を完成させることもあり得ることであるから、このようなことがあったからといって、同署担当官が亡清の意思を制圧して右書面に押印などをさせたとか、亡清にその書面の作成について、その旨の意思が欠けていたとかの事実を認めることはできない。その他に右補助参加人の主張を認めるべき証拠はない。

第四結論

よって、原告らの主張はいずれも理由がなく、原告の請求を認めることはできないから、これを棄却することとする。

(裁判長裁判官 中込秀樹 裁判官 榮春彦 裁判官 喜多村勝徳)

別表一

昭和五四年分

<省略>

別表二

昭和五五年分

<省略>

別表三

所得金額計算書

昭和五四年分

<省略>

別表四

所得金額計算書

昭和五五年分

<省略>

別表五

<省略>

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