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東京地方裁判所 平成2年(行ウ)211号 判決 1991年5月28日

東京都渋谷区恵比寿南三丁目三番一一-一一〇三号

原告

蛭崎三朗

東京都目黒区東山三丁目二四番一三号

被告

渋谷税務署長 鍵主潔

右指定代理人

渡邉和義

小野雅也

石津嶺祐

三浦道隆

阿部豊明

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が平成元年四月二六日付けでした原告の昭和六二年分の所得税の更正のうち総所得金額で九三四万三四一一円を超える部分並びに原告の同年分の所得税の過少申告加算税及び重加算税の各賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

一  本件課税処分等の経緯(この事実は、当事者間に争いがない。)

1  原告は、昭和六三年三月一五日、昭和六二年分の所得税について、事業所得金額を八一二万二四一一円、給与所得金額を一二二万一〇〇〇円、総所得金額を九三四万三四一一円、納付すべき税額を一八八万九二〇〇円とする確定申告をした(以下、右申告を「本件確定申告」という。)。

2  被告は、平成元年三月二八日、原告に対し、昭和六二年分以降の所得税の青色申告の承認を取り消した。

3  被告は、同年四月二六日、右原告の所得税について、事業所得金額を四八二二万二四一一円、給与所得金額を一八三万四二〇〇円、総所得金額を五〇〇五万六六一一円、納付すべき税額を二二六四万六二〇〇円とする更正(以下「本件更正」という。)並びに過少申告加算税額を一万六〇〇〇円とする同税の賦課決定(以下「本件過少申告加算税賦課決定」という。)及び重加算税額を七二〇万六五〇〇円とする同税の賦課決定(以下「本件重加算税賦課決定」という。)を行った。

二  争点

1  本件更正について

(一) 本件更正の基礎となる原告の昭和六二年分の所得金額のうち、給与所得金額が一八三万四二〇〇円であることについては当事者間に争いがないが、事業所得金額については、被告がこれを四八二二万二四一一円であると主張するのに対し、原告は右金額から必要経費分として四〇〇〇万円が控除されるべきであると主張している。

なお、右の原告が必要経費であると主張する四〇〇〇万円及び青色申告控除相当分一〇万円の各控除がないものとした場合の原告の昭和六二年分の事業所得金額が四八二二万二四一一円となること、前記のとおり原告の青色申告の承認が取り消されたことに伴って青色申告控除額相当分一〇万円を原告の前記申告に係る事業所得金額に加算すべきこととなったことについては、いずれも当事者間に争いがない。

(二) 右四〇〇〇万円を必要経費として控除すべきか否かの点に関する双方の主張は、次のとおりである。

(1) 原告は、「サンリアルエステイト」の商号で不動産の仲介業を業としている者であるが、東京都杉並区和田三丁目所在の土地及び建物を対象物件としていずれも昭和六一年一二月一三日に成立した相原清子ほか三名を売主、三晃物産株式会社を買主とする売買契約及び同社を売主、株式会社三条を買主とする売買契約(以下、右二つの売買契約を「本件売買契約」という。)について、その仲介を行い、その結果、右各契約当事者らから、昭和六二年中に仲介手数料として五一二一万七〇八〇円を受領した(以上の事実は、当事者間に争いがない。)。

(2) 原告は、前記の各取引の当事者を原告に紹介してくれた者らに対し、昭和六二年中に謝礼金として四〇〇〇万円を支払ったから、原告の事業所得金額の算出に当たっては、右四〇〇〇万円を必要経費として控除すべきであると主張する。

これに対し、被告は、右謝礼金四〇〇〇万円の支払がなされた事実はないから、これを事業所得金額から控除すべき理由はないと主張している。

(3) したがって、本件更正に関する争点は、原告が主張する謝礼金四〇〇〇万円の支払があったか否かの点にある(本件争点<1>)。

2  本件重加算税賦課決定について

(一) 原告は、本件確定申告において、前記原告の主張にあるとおり、昭和六二年中に本件売買契約の当事者を紹介してくれた者に対して謝礼金として四〇〇〇万円を支払ったとして、これを事業所得金額から控除して申告し、その証拠資料として、被告に対して、株式会社ブリックハウジング名義の領収書五通を提出した(これらの事実も当事者間に争いがない。)。

(二) 被告は、原告がその主張のような謝礼金を支払った事実はなく、株式会社ブリックハウジング名義の領収書五通も虚偽のものであって、原告は、右のような虚偽の領収書を用いてあたかも原告が株式会社ブリックハウジングへ四〇〇〇万円の謝礼金を支払ったごとく仮装し、所得金額を過少に申告したものであり、このような原告の行為は、国税通則法六八条一項による所得税の課税標準等の計算の基礎となるべき事実の隠ぺい、仮装及びそれに基づく納税申告書の提出に当たるから、被告が、原告に対し、同項の規定に従って算出した七二〇万六五〇〇円の重加算税の賦課決定をしたことには、なんら違法な点はないと主張している。

これに対し、原告は、真実右四〇〇〇万円を本件売買の仲介者に支払ったものであって、被告主張のような仮装、隠ぺい等を行ったことはないと主張する。

(三) したがって、本件重加算税賦課決定に関する争点は、原告が所得税の課税標準等の計算の基礎となるべき事実の隠ぺい、仮装、又はそれらに基づく納税申告書の提出を行ったか否かの点にある(本件争点<2>)。

3  本件過少申告加算税賦課決定について

(一) 被告は、本件更正に係る総所得金額のうち、前記の本件重加算税の対象となる部分以外の税額一六万円を基礎とし、国税通則法六五条一項の規定に従って算出した一万六〇〇〇円を過少申告加算税として賦課決定したものであるから、右賦課決定に違法はないと主張している。

これに対し、原告は、昭和六二年分の所得金額は本件更正に関する前記の原告の主張のとおりであり、また、青色申告の承認が取り消されたのが本件確定申告後の平成元年三月二八日になってからであることからしても、被告の本件過少申告加算税賦課決定は違法であると主張する。

(二) したがって、本件過少申告加算税賦課決定に関する争点は、本件過少申告加算税の対象とすべき過少申告額をいくらとみるべきかの点にある(争点<3>)。

第三争点に対する判断

一  原告主張の謝礼金の支払の有無(争点<1>)について

原告は、昭和六二年中に本件売買契約の当事者を紹介してくれた者に謝礼金として紹介手数料名下に四〇〇〇万円を支払ったと主張する。

しかし、原告は、昭和六三年六月二七日に行われた被告の係官による事情聴取に対して、本件売買に関する紹介者は四、五名おり、これらの者全員に対して紹介手数料名下に合計四〇〇〇万円を支払ったと供述するだけで、これらの各紹介者の氏名や住所、各紹介者に対する支払額、支払日時など原告主張の謝礼金支払の事実を具体的に明らかにするために必要な事項については、今後の営業に差し支えるとして一切これを明らかにすることを拒み、また、これらの点については記録も作成していないと述べるほか、右四〇〇〇万円の支払の事実を証する証拠資料として原告が被告に示した株式会社ブリックハウジング名義の原告宛領収書五通(甲六号証の一ないし五)については、右謝礼金を紹介者の一人に支払った際に受け取ったものであるが、原告自身はブリックハウジングなる会社は知らないし、同社に対して前記の謝礼金を支払ったものでもないと供述している(乙一号証)。また、株式会社ブリックハウジングなる法人は、昭和六二年当時、登記簿上存在してはいたが、同社の登記簿上の住所と前記領収書記載の住所とは一致しておらず、しかも、右領収書記載の住所地には、同社となんらかの関連を有すると認められるような会社や事務所等も存在していなかった(乙六号証、同七号証)。

更に、原告は、本件訴訟においても、原告が右の謝礼金をいつ誰に対して支払ったかを明らかにすることはできないとして、その支払の相手方等を明らかにするための主張、立証を行おうとしない(この点は、当裁判所に明らかである。)。

以上のような事実関係からすれば、原告が紹介者に対して謝礼金四〇〇〇万円を支払ったとの原告主張の事実を肯認することは到底困難であり、むしろ右のような事実は現実には存在しなかったことが推認できるものというべきである。

したがって、被告のした本件更正にはなんらの違法もない。

二  原告が本件所得税の課税標準等の計算の基礎となるべき事実について、隠ぺい、仮装等を行ったか否か(本件争点<2>)について

原告が本件売買の仲介者に対して謝礼金として四〇〇〇万円を支出したとの事実が実は存在しないものと認められることが前記一のとおりであることからすると、ブリックハウジング名義の原告宛領収書五通は、虚偽の内容を記載した文書であり、そのことを原告自身も本件確定申告時に認識していたことが推認できるものといわなければならない。

そうすると、原告は、本件確定申告において、国税通則法六八条一項にいう所得税の課税標準等の計算の基礎となるべき事実の隠ぺい、仮装及びそれに基づく納税申告書の提出行為を行っていたというべきことになる。

したがって、被告のした本件重加算税賦課決定には、なんらの違法もない。

三  本件過少申告加算税の対象とすべき過少申告額をいくらとみるべきか(争点<3>)について

原告の昭和六二年分の事業所得金額が被告主張のとおりであることは前記のとおりであるから、本件更正には違法な点はないこととなる。また、原告は、平成元年三月二八日、昭和六二年分にさかのぼって同年分以降の所得税の青色申告の承認を取り消されたのであるから、原告の本件確定申告書は、青色申告書以外の申告書を提出したものとみなされることとなる(所得税法一五〇条一項)。

そうすると、本件更正の結果新たに納付すべきこととなった税額のうち本件重加算税賦課決定の対象となる部分以外の税額は一六万円であるから、国税通則法六五条一項の規定に基づいて、これに一〇〇分の一〇の割合を乗じて計算した一万六〇〇〇円が過少申告加算税となる。

したがって、被告のした本件過少申告加算税賦課決定には、なんらの違法もない。

四  結語

以上の次第で、本件更正並びに本件重加算税及び本件過少申告加算税の各賦課決定は、いずれも適法なものというべきことになる。

(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 市村陽典 裁判官 近田正晴)

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