東京地方裁判所 平成2年(行ウ)228号 判決 1991年7月11日
原告
後藤雄一
被告
大場啓二
同
峯元啓光
右両名訴訟代理人弁護士
山下一雄
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求の趣旨
被告らは、東京都世田谷区に対し、各自金一万二〇〇〇円及びこれに対する被告大場については平成二年一二月二〇日、同峯元については同年一二月二三日(被告両名に対する本件訴状の送達の日の翌日)から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、世田谷区の住民である原告が、テレビ番組に出演したタレントに贈呈する花輪の代金を被告らが支出したことが違法な世田谷区の公金の支出に当たるとして、世田谷区に代位して、被告らに損害の賠償を求めている住民訴訟事件である。
一当事者間に争いのない事実
1 原告は東京都世田谷区の区民であり、被告大場啓二は世田谷区の区長、被告峯元啓光は同区の総務課長の職にあった者である。
2 平成二年三月二日、フジテレビのテレビ番組である「笑っていいとも」に出演したタレントのせんだみつおに対して、「世田谷区長大場啓二」の名による花輪が贈られた。
右花輪の代金として、平成二年三月九日、世田谷区の資金前渡受者である被告峯元が支出命令権者として、世田谷区の一般会計の総務費、総務管理費、一般管理費、交際費の中から、一万二〇〇〇円を支出した。
3 なお、せんだみつおは、世田谷区の主催する行事である「青年の祭典」や「ぱおぱお討論会」あるいは綱引大会に司会者として出演し、また、世田谷区のテレビ広報番組である「風は世田谷」にレポーターや区民の一人として出演し、更に、世田谷区の行う行事である三軒茶屋銀座商店街振興組合のオープニングセレモニーに出席して挨拶をしたりしている人物である。
二本件の争点
本件の争点は、右一万二〇〇〇円の支出が地方自治法二四二条一項にいう違法な公金の支出に当たるか否かの点にある。この点に関する当事者双方の主張は、次のとおりである。
1 原告の主張
(一) 被告らによる本件公金の支出は、公職の候補者等が当該選挙区内にある者に対していかなる名義をもってするを問わず寄付をすることを禁止した公職選挙法一九九条の二の規定に違反するから、違法な公金の支出に当たるものというべきである。
(二) せんだみつおが世田谷区主催の行事等に出演したのは、世田谷区から報酬を受けてそのタレントとしての仕事を行ったに過ぎないものである。他方、せんだは、昭和六二年の区長選挙では被告大場の選挙カーに同乗して選挙の応援をしたことがある等、被告大場とは特別な関係のあるその支援者である。したがって、本件花輪の贈呈は、右のような被告大場の個人的な付き合いあるいは個人の人気取りのためになされたものというべきであり、区長交際費という公金を右のような目的で支出することは、社会通念上相当と認められる範囲を超えるものであり、違法な公金の支出に当たるものというべきである。
2 被告らの主張
(一) 地方公共団体も、一個の社会的実在として、外部の者との間で社会通念上相当と認められる範囲の交際を行うことが当然に認められているものというべきであり、その交際の内容、程度等をどのようなものとするかは、当該地方公共団体の自由裁量に委ねられているものと考えられる。
(二) 世田谷区では、せんだみつおが前記のとおり世田谷区の関与する諸行事に参加、出演してくれていることに常々感謝していたところ、同人がテレビ番組に出演することを知り、同人に対し、当時世田谷区が実施していた行事を同番組中で宣伝してくれるよう依頼するとともに、区政の運営に積極的に協力してくれていることに対するお礼として、本件花輪を贈呈することとしたのである。したがって、本件花輪代金の支出は、社会通念上許容される範囲内のものであることは明らかである。
第三争点に対する判断
一原告は、まず本件公金の支出が公職選挙法一九九条の二の規定に違反するものであると主張している。
しかし、右公職選挙法の規定が、公職にある者を含む公職の候補者等が行う寄付あるいは右公職の候補者等を寄付の名義人とする寄付を禁止する規定であることは、その文言からして明らかである。ところが、本件公金の支出は、前記のとおり、世田谷区が同区の機関たる区長をその名義人として行ったものであり、公職にある被告大場個人が行い、あるいは被告大場個人を名義人として行われたものでないことは明らかであるから、なんら右公職選挙法の規定に違反するものではない。
したがって、この点に関する原告の主張は失当である。
二1 被告らも主張するとおり、地方公共団体も、実在する一個の社会活動の主体として、外部の者との間で社会通念上相当と認められる範囲内の交際を行うことが許容されることは当然であり、その交際の内容、程度等をどのようなものとするかは、当該地方公共団体の裁量に委ねられているものと考えられる。したがって、そのような交際のために行われる公金の支出も、その目的、金額等が社会通念に照らして容認できないようなものであり、事務担当者がその権限を濫用してその支出を行ったと認められるような場合でない限り、それが違法とされることはないものというべきである。
2 ところで、前記の当事者間に争いのない事実関係及び証人鎌田一郎の証言によれば、世田谷区による本件公金の支出の経緯は、次のようなものであったことが認められる。
すなわち、テレビタレントであるせんだみつおは、世田谷区の住民であって、前記のとおり、従前から世田谷区の関与する諸行事に積極的に参加、出演するなどして区政の運営に協力し、また、世田谷区の広報、宣伝にも協力することが少なくなかった。そのため、世田谷区では、せんだのこのような活動に対して常々感謝の気持を持っていたところ、同人が平成二年三月二日にフジテレビの番組「笑っていいとも」に出演することを知り、同人に対し、当時世田谷区が実施していた行事「梅まつり」を番組中で宣伝してくれるよう依頼するとともに、日ごろからの区政運営への協力に対するお礼の意味もあって、花輪を贈呈することとし、世田谷区の公費で右花輪代金として一万二〇〇〇円を支出したものである。
3 右認定のような事実関係からすれば、他方で被告大場とせんだとの間に原告の主張するような個人的な関係があったとしても、なお本件花輪代金の支出は、世田谷区の交際費の支出として社会通念上相当と認められる範囲に属するものであることが明らかであり、その支出について被告らがその権限を濫用したものとすることは困難なものというべきである。
したがって、右公金の支出が社会通念上相当と認められる範囲を超える違法なものであるとする原告の主張も失当である。
(裁判長裁判官涌井紀夫 裁判官市村陽典 裁判官近田正晴)