東京地方裁判所 平成2年(行ウ)47号 判決 1990年11月02日
原告
有限会社サンワ・エンタープライズ
右代表者取締役
小林守
右訴訟代理人弁護士
西村常治
被告
大蔵大臣
橋本龍太郎
右指定代理人
堀内明
外五名
主文
一 原告の主位的請求を棄却する。
二 原告の予備的請求に係る訴えを却下する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
一主位的請求
被告が平成元年一二月一八日にした原告の証券取引法一八九条五項に基づく申立てを受理しない旨の処分を取り消す。
二予備的請求
被告が平成元年一一月二七日付けで原告に対してした利益関係書類の写し(蔵証第一九二五号)の送付が無効であることを確認する。
第二事案の概要
一関連する制度の概略と争いのない事実
1 証券取引法(以下「法」という。)には、会社の役員及び主要株主が自社の株券等の売買を行った場合の規制措置が定められている。すなわち、会社の役員又は主要株主が自社の株券等につき一定の売買をして利益を得た場合には、会社は、その利益を会社に提供すべきことを請求することができるものとされている(法一八九条一項)。
右の規定の実効性を確保するため、会社の役員又は主要株主に対しては自社の株券等の売買を行った場合にその売買に関する報告書を大蔵大臣に提出すべきことが義務づけられており(法一八八条一項)、大蔵大臣は、提出された報告書の記載に基づき、右主要株主等が法一八九条一項所定の売買利益を得ていると認める場合は、報告書のうち当該利益に係る部分の写しを右主要株主等に送付するものとされている(法一八九条四項)。そして、右利益関係書類の写しの送付を受けた主要株主等は、当該利益関係書類の写しに記載された内容の売買を行っていないと認めるときは、一定の期間内に大蔵大臣にその旨の申立てをすることができ、この申立てがないときは、大蔵大臣は、当該利益関係書類の写しを会社に送付するものとされている(法一八九条四項、五項)。すなわち、これによって、会社の側で主要株主等の自社株売買による利益取得の事実を把握することが可能になり、会社の主要株主等に対する利益提供請求が事実上容易になることが期待されているものと解されるのである。
2 被告大蔵大臣は、原告から自社株の売買に関する報告書の提出を受け、平成元年一一月二七日付けで、右報告書のうち当該利益に係る部分の写し(蔵証第一九二五号。以下「本件利益関係書類の写し」という。)を原告に送付し、翌二八日、原告は右送付を受けた(以下、本件利益関係書類の写しの送付を「本件送付」という。)。
3 そこで、原告は、被告大蔵大臣に対し、同年一二月一八日、本件送付につき、法一八九条五項に基づく申立てと称する申立て(以下「本件申立」という。)をしたが、被告は同日、右申立てを不受理とする処分(以下「本件不受理」という。)をした。
二争点
1 まず、被告は原告のした本件申立てが法一八九条五項に基づく申立てではなかったためこれを受理しなかったものであると主張している。したがって、本件の争点①は、本件申立てが法一八九条五項に基づく申立てに当たるかどうかである。
2 次に、原告は、本件送付が行政庁の処分に当たるとして、予備的に本件送付の無効確認を求めているが、被告は、そもそも利益関係書類の写しの送付は行政庁の処分に当たらないから本件送付の無効確認を求める原告の予備的請求に係る訴えは不適法であると主張している。したがって、本件の争点②は、利益関係書類の写しの送付が抗告訴訟の対象となる行政庁の処分に当たるかどうかである。
3 また、仮に原告の右予備的請求に係る訴えが適法であるとすれば、原告は、そもそも原告は、法一八九条所定の主要株主に該当しないから本件送付が無効であると主張している。したがって、本件の争点③は、原告が法一八九条所定の主要株主に当たるかどうかである。
第三争点に対する判断
一争点①(本件申立てが法一八九条五項に基づく申立てに当たるか)について
法一八九条五項は、主要株主等が大蔵大臣から利益関係書類の写しの送付を受けた場合においてその写しに記載された内容の売買を行っていない旨の申立てをすることができると規定しているのであるから、同項の申立ては、自己が利益関係書類の写しに記載された内容の売買を行っていないことを申し立てる内容のものであることを要するものといわなければならない。
ところが、<証拠>(申立書)によれば、本件申立ての申立書には、法一八九条五項に基づいて申立てをする旨の記載があり、また、「当社がそこに記載された内容の売買を行っているとは認められない。」とする記載があるものの、その理由としては、専ら原告が法一八九条にいう主要株主には該当しないことが挙げられているのみであり、結論として、本件送付の撤回を求める旨が記載されている。そうすると、右申立書の内容を、原告が本件利益関係書類の写しに記載された内容の売買を行っていないことを申立てるものと解することは困難であるから、被告が右申立てを法一八九条五項に基づく申立てではないとしてこれを受理しなかったこともやむを得ない対応であったものと考えられる。したがって、本件不受理が違法であるとしてその取消しを求める原告の主位的請求は、理由がないこととなる。
二争点②(利益関係書類の写しの送付が抗告訴訟の対象となる行政庁の処分に当たるか)について
ある行為が抗告訴訟の対象となる行政庁の処分といえるためには、それが公権力の行使としてなされる行為であって、しかも国民の法律上の地位あるいは権利義務に直接の影響を与えるものであることを要することはいうまでもない。
ところで、前記のような自社株の取引の規制措置の仕組みからすると、法一八九条四項の規定による利益関係書類の写しの送付が、その後に取られる諸手続と相まって、当該主要株主と会社との間での利益提供義務をめぐる法律関係に何らかの影響を及ぼすことがあるとしても、それはあくまで事実上の影響にとどまるものであり、右株主等の法律上の地位又は権利義務を直接左右するものとまですることは困難である。そうすると、右利益関係書類の写しの送付は、抗告訴訟の対象となる行政庁の処分には当たらないものというべきであるから、本件送付の無効確認を求める原告の予備的請求に係る訴えは、不適法なものとして却下を免れない。
三争点③(原告が法一八九条所定の主要株主に当たるか)について
右のとおり、原告の予備的請求に係る訴え自体が不適法なものである以上、争点③については、判断する必要がないこととなる。
(裁判長裁判官涌井紀夫 裁判官市村陽典 裁判官小林昭彦)