東京地方裁判所 平成3年(ケ)443号 決定 1991年5月17日
債権者
日本抵当証券株式会社
代表者代表取締役
牧口德幸
右代理人弁護士
五十嵐公靖
同
渡辺孝
同
池田裕道
債務者兼所有者
忠和地所株式会社
右代表者代表取締役
大石勲生
主文
一 債権者の申立てにより、別紙の担保権・被担保債権・請求債権目録のうち、2の(2)記載の利息債権金三五〇万八六〇二円の弁済に充てるため、同目録の1記載の抵当権に基づき、別紙の物件目録記載の不動産について、担保権の実行としての競売手続を開始し、債権者のためにこれを差し押さえる。
二 債権者のそのほかの申立てを却下する。
理由
一債権者の申立て
本件は、抵当証券に表示された抵当権に基づいて、抵当証券に表示された被担保債権の弁済を受けるため、競売の申立てがなされた事件である。
債権者が提出した抵当証券には、元本の弁済期として、平成五年五月二〇日と確定期限が記載されているが、期限の利益喪失特約の記載はない。債権者は、抵当証券外の契約書に、債権者が利息の支払を怠ったときは、元本債権について期限の利益を失う旨の特約があると主張している。
債権者は、上記抵当証券外の契約書の特約を根拠に、平成二年一一月二〇日に支払うべき利息金の支払を怠った債権者は元本債権について期限の利益を失ったとして、別紙の担保権・被担保債権・請求債権目録記載の元本債権、利息及び損害金のすべてについて、競売の申立てをしている。
二当裁判所の判断
抵当証券法二六条は、債務者が利息の支払いを怠った場合その延滞が二年に達したときは、元本の弁済期が到来したものとみなすと規定し、ただし書きとして、抵当証券に特約の記載があるときは、その定めに従うべきものとしている。
このように、抵当証券法二六条が抵当証券に特約の記載を求め、記載のない特約の効力を否定するのは、法律が抵当証券を有価証券と規定したこと、すなわち、抵当証券が発行されたときは、抵当権及び債権の処分は、抵当証券をもってするのでなければこれをすることができないと規定したこと(抵当証券法一四条)と表裏の関係をなすものである。これをいいかえると、抵当証券のみをもって抵当権及び債権の処分を行なうことを可能とし、かつ、そのことを法律上強制しようとすれば、抵当証券に表章される(化体される)権利の内容が抵当証券以外の文書の内容によって定められるような事態を容認することはできない道理であり、法律はそのために抵当証券記載の特約に限って、その効力を認めたのである。有価証券としての抵当証券にいわゆる文言性が認められるのは、このような根拠及び必要に基づく。
以上のことは、抵当証券が裏書譲渡され、転々流通した場合には明らかであるが、債権者が、抵当権設定契約の原始当事者である場合でも変わりがない。
すなわち、有価証券法理のもとでは、証券の文言をすべての出発点として法立関係が構築されるのであり、証券以外の文書の内容等が証券上の権利に影響を与えるという事態を一般的に許容することはできない。この原則に対する例外として、債務者の側から主張されるいわゆる人的抗弁の制度があるが、人的抗弁は、証券に表章された権利を消滅ないし減少させるために主張することが許されるのであって、この制度は、証券に表章された権利以上の権利の主張を許すものではない。そして、原則に対する例外としての位置付けが可能な人的抗弁の制度でさえ、法律の規定なしに解釈で認めることはできないのであるとすると、権利の内容を拡張するという点で、有価証券法理の基本原則を根底から揺るがしかねない恐れのある事項について、法律の規定なしに解釈で認めることは極めて困難なことといわねばならない。このことは、抵当証券が手形と異なり有因証券とされても、変わりがあるわけではない。このような観点からすると、このような例外的取扱いは、法律の認める特定の場合に認められるにすぎないと解するのが相当であるが、抵当証券法には、原始当事者に限っても証券以外の文書の内容により、証券上の権利を債権者に有利に変更することを許容する規定は存在しない。
また、抵当証券を有価証券とする現行法のもとでは、債権者が訴訟を起こしたり、あるいは、担保権実行の申し立てをするなどの権利主張をする場合、抵当証券の所持とその記載以外の事実を立証する必要はない。これは、債権者の権利行使を容易なものとすることにより、債権の回収を確保する趣旨にでたものである。しかし、有価証券であるにもかかわらず、証券以外の文書の内容の主張を許すとすれば、債権者は、結局、抵当証券の記載以外によって、自己の権利の成立とその内容及び権利の帰属関係を立証しなければならないことになる。このようなことは、証券のみによって権利主張を可能にし、かつ、そのことを強制した法の趣旨を否定するものであり、採用することはできない。
そして、抵当証券は、動産執行の対象となり、執行官が差し押さえることが考えられる。その場合、執行官は、弁済期にある抵当証券を債務者に提示する義務などを負うのであるが(民事執行法一三六条)、その弁済期を判断するのに、執行官には抵当証券以外の文書の内容をみる機会のないことを考慮に入れなければならない。このことは、原始当事者間に限っても、抵当証券以外の文書により権利の内容が規定されるという例外を認めることに、さまざまな困難がつきまとうことを示している。
このように現行の執行制度を含めて、あらゆる法律関係は、抵当証券に表章される権利は、その文言のみで決定されるという文言性に支えられている。この点を考慮すると、抵当証券の文言以外の文書の効力を認めることは、困難であるといわねばならない。
以上のとおり、抵当証券法二六条ただし書きの特約とは、抵当証券に記載のあるものに限られるのであって、たとえ抵当証券以外の文書に期限の利益喪失の記載があったとしても、抵当証券上の権利はなんらの影響も受けることはないものである。そうすると、本件抵当証券には、抵当証券法二六条の特約の記載はないから、別紙担保権・被担保債権・請求債権目録2の(1)の元本債権の弁済期は、同条の定めのとおり、債務者が利息の支払を怠りその延滞が二年に達したときに到来する。
したがって、本件申立ては、抵当証券に記載されている弁済期が既に到来している別紙担保権・被担保債権・請求債権目録2の(2)の利息金三五〇万八六〇二円の範囲で認容するべきであるが、弁済期の到来していない元本債権及びいまだ発生しているとはいえない損害金債権については、却下を免れない。
(裁判官松丸伸一郎)
別紙担保権・被担保債権・請求債権目録
1 担保権
東京法務局昭和六三年三月二五日作成、下記抵当証券番号の抵当証券表示の抵当権
記
証券番号
第七一九六号
2 被担保債権及び請求債権
(1) 元本 一億二〇〇〇万円
上記1の抵当証券表示の元本債権
(2) 利息 三五〇万八六〇二円
(1)の各元本債権に対する平成二年五月二一日から同年一一月二〇日まで年5.8%(ただし、六か月ごとの支払の約定あり)の利息
(3) 損害金
(1)の各元本債権に対する平成二年一一月二一日から完済に至るまで年一八%(年三六五日の日割計算)の遅延損害金
別紙物件目録
1 所在 千代田区岩本町二丁目
番地 一四五番一
地目 宅地
地積 52.89平方メートル
2 所在 千代田区岩本町二丁目
番地 一四五番二
地目 宅地
地積 34.11平方メートル
3 所在 千代田区岩本町二丁目一四五番地一、一四五番地二
家屋番号 一四五番一の二
種類 店舗事務所
構造 鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付五階建
床面積 一階 60.94平方メートル
二階 71.70平方メートル
三階 71.70平方メートル
四階 71.70平方メートル
五階 56.00平方メートル
地下一階 61.95平方メートル